【Assault for Freedom】 Chapter2 “Blazing Firewood”
同人誌・電子書籍として頒布予定の”Assault for Freedom”、
そのChapter2の予告編となります。
「なによもう! ウソばっかり! ケチンボ!」
出入り口の辺りから、アクシャヤの金切り声が響いた。
「困りますよ、お客様。無理なものは無理ですって……」
食べ物やノートに夢中になっていた三人は、その視線を店長と思わしき、鹿角が生えた男に移す。鹿人間と正対しているアクシャヤは、背後に踊り子ゾンビ、マッチョ骸骨、仮面を付けた吸血鬼、パジャマを着た天使などを従えている。
「ここにアルバイト募集、未経験歓迎ってあるじゃないの!」
嫌味ったらしく言ったアクシャヤが、壁のチラシを指差す。
「いえ、でも飲食店でアンデッドはちょっと……」
鹿の店長は、腕組みすると目を泳がせた。
「衛生面や臭いなら問題ないわ。帰ったら手洗いうがい、毎日お風呂と全身アルコール消毒を、徹底させているもの」
背後のアンデッドたちは、医療用アルコールやら作業用手袋やらを一斉に取り出し、じーっと店長の顔を見つめた。
「ですがしかし、その、すみませんが、見た目が……」
「ベイビーたちは、文字通り息切れ知らずなのよ。賄いさえ頂ければ、賃金は半分でもいいわ。それにお店のイメージアップにもなるし、異文化交流で新たな時代を築くチャンス!」
連続高速
「フロアマネージャーになんて言われるかが……」
「なによもう! ベイビーたちは、生き甲斐を見つけられずに死んだから、わざわざアタシの冥府にやって来たのに!」
アクシャヤは両手で顔を覆うと、膝から崩れ落ちた。アンデッドたちも、跪き頭を垂れて地面を何度も叩いたり、横倒れになって嗚咽交じりに泣いたり、震える握り拳を天に突き上げたり、枕を取り出して不貞寝したり。
「どこに頭を下げても門前払いされるのよ! それでもアナタはベイビーたちに、一生棺桶に引き籠ってろと言うの!?」
泣き落とし作戦にも屈せず、店長は深々と頭を下げて言う。
「何卒ご容赦のほどご理解お願い致します」
「もう。仕方ないわねえ。かくなる上は――」
突如泣き止んだアンデッドダンサーズが、静かに立ち上がると、店主は「なっ……!?」と漏らして身構えた。不気味な静寂が、レストラン全体に浸透した次の瞬間。アクシャヤが踊り子風衣装を脱ぎ捨て、ゾンビや天使も服を引き裂き、艶めかしい身体をセクシーポーズで見せ付けた。
「お触りさせて、ア・ゲ・ル♥ 今ならオプション付きよ♥」
「帰れ!」(ドゴォ!)
店主のハイキックがアクシャヤに命中した! 「いやん!」と漏らしたアクシャヤの転倒に、背後に立つダンサーズもボーリングの如く巻き込まれ、屍の山が出来上がった。
「アクシャヤも苦労してるなー」
「移民政策はとっても大変なのです」
「どうしてオバケ屋敷で働かないんだろ~?」
都合よく居合わせたDJが選曲した、軽快なブレイクビーツがサビに突入する。クルーバトルが佳境を迎えようとする寸での所で、クローディアたち四人が到着した。
「結構人いるねー。突然やっても、こんなに集まるんだ」
そう言ってクローディアは、円形ステージを眺める。
マッチョ骸骨の中でも、隊長格と思わしき黒衣の骸骨が、力強く踊っている。両腕を広げたまま跳び上がり、足を折りたたんでの空中回転。両膝立ちで着地すると、両の手刀で斬るような動きと合わせて、左右に素早く重心を動かす軽快なステップ。勇敢さを醸し出すダンスに、「グルジアンか!」「まるで軍隊格闘術の演舞だ」などと言った歓声が沸く。
鬣を持つ獅子人間が、中央に躍り出た。彼は骸骨の目の前で跳び上がると、空中で開脚しながら二回転して着地する。骸骨の頭頂部に、踵落としが炸裂しそうな勢いだった。
更に彼は、ステージ上のアンデットたちの前に来ると、開脚したまま
「ストリート系の人が、かわりばんこに中央に立つなんて、まるでロンドン・ファッション・ウィークみたい~!」
なんてフランが呑気に言っていると、仮面吸血鬼が空中から舞い降りてきた。激しかった曲調が、穏やかになるのを見計らったのか、吸血鬼隊長のダンスはしなやかなで品がある。
両手を広げて僅かに身体を反らす、首を左右にかしげる、片方だけ爪先立ちになって深くお辞儀する。一見地味な動きだが、どれもリズムにピッタリで、尚且つ流麗で機械的でない。「仮面舞踏会なのね!」「オペラみたい」という観客の声。
吸血鬼は最後にギャング団らを指差して、高笑いのジェスチャーをした。「貴様らにできるものか!」と言わんばかりに。
ギャング団の番になると、蟷螂から進化した人間が、両手を小刻みに動かしながら中央に移動する。その場で意味の無さそうな動きをする――かと思えば、一瞬両足が
スケートレースのように、前屈みになって地面を蹴ると、何故か斜め後ろに滑って行った。それを四回繰り返すと、バク宙した後三点倒立し、両足を器用に動かしながらスライド移動。「どうやってんだ……!?」と観客席がどよめく。
フィニッシュは仰向けに倒れ、丸太のように一回転した後、片手で身体を持ち上げ、両足を斜めに持ち上げて
「なによ! 元々アタシたちが、この場所、この時間を貸し切りにするわよって、オフィスに申し込んでいたのに!」
アクシャヤが両手を腰に当て、前のめりになって抗議する。
「俺らもOfficeで正規の手続きを踏んだが? この場所、この時間、予約に空きがあると確認した上でな」
デニスは4カウントに合わせて、目の前でパンチを繰り出したり、しゃがみながら腰を引いたりする。挑発の動作だ。
「なんですって? 何週間前の話なのよ?」
「Huh? 数日前の話だが?」
両陣営のリーダーが、物言わず睨み合っていると、プラネッタは「ミシェルさんの仕業……?」と呟いた。
「アクシャヤがこの広場を予約した時間を調べた上で――」
「買収されたスタッフが、デニスちゃんに『ココ空いてるよ~!』って教えたら、勘違いしてケンカになるかも!」
「つまり、私だけじゃなく、アクシャヤとかのスケジュールも調査した上で、この抗争アングルを仕組んでたり……!?」
クローディアの脳裏に、ミシェルの捨て台詞が過ぎった。
『この場に居合わせた者残らず、傍観者と言わせませんわ! 安寧を享受できる最後の日、せいぜい大切になさいッ!』
無関係な仲間が巻き込まれたと思うと、腸が煮えくり返る。
「まあいい。理由はどうあれ、Battleが起こったんだ。敗者が勝者に場所を譲る、それがこの場所での掟だ」
暫しの沈黙の後、デニスが動きを中断して言った。
「貴重な練習時間を無駄にしたくない。Speedyに終わらせてやる。お前ら全員、まとめて掛かって来い」
デニス側の観客たちが、「うおーっ!?」と絶叫した。「デニス! デニス!」と、手拍子と共にコールが始まる。
「それはBASのライブとして、という意味かしら?」
「Yeah。お前らに有利な土俵で、相手してやるってんだ。そうすれば、負けても女々しく言い訳はできんだろうさ」
「言ってくれたわねえ! 本当に全員でイくわよ!?」
汗を垂れ流しながらも、アクシャヤは一歩踏み出した。すると、隊長格のアンデッドたちに行く手を阻まれる。
「ちょっと! アタシに休んでろって言うの!?」
瞑目して首を振る幽霊、黙って頷く骸骨、「任せて」と勝ち気な笑みを浮かべるゾンビ。デュラハンは主の肩を優しく支え上げ、パジャマ天使は眠そうな顔で、安眠枕を差し出した。
「……そうよね。居場所は自分たちで勝ち取るもの」
アンデッドたちの心情を悟ったアクシャヤは、ゆっくりと引き下がった。受験に向かった子どもを見送る母親のような、憂いに満ちた表情で。
「アタシは、ベイビーたちが自転車を漕げるようになるまで、後ろから支えてあげるのが役目」
観客席に座っていた、大勢のアンデッドたちが、一斉にステージに飛び乗った。その数は百を下らない。紳士デュラハン、踊り子ゾンビ、マッチョ骸骨、仮面吸血鬼、マジシャン幽霊、兵隊ミイラ、パジャマ天使――全てのアンデッドは、強烈な向かい風に打たれている。
「グルでボコって汚ぇぞ、テメェら!」
「寄って集ってただのChickenじゃないの!」
多勢に無勢な有様を目の当たりにして、観客たちは猛抗議せずにはいられない。鶏の声真似すら聞こえる。
「リーダーさんって、玉無し野郎なんだわ」
「貴様それでもベビーフェイスかッ!」
避けるのに必死なデニスの代わりに、観客たちが挑発する。両膝立ちで息を切らしているアクシャヤは、歯軋りする。
「Shut Up! これは俺が仕掛けたBattleだ」
両手を広げ、挟撃して来たゾンビと骸骨を突風でブッ飛ばした直後、デニスが声を張り上げた。二、三重にも包囲網を張るアンデッドたちは、困惑した様子で観客席を見回す。
「Look。死霊術の反動で、冥王は今にもブッ倒れそうだ。このまま凄みを利かせていれば、勝手に終わるだろうさ」
アンデッドたちを迎撃し続ければ、ダメージやスタミナを肩代わりするアクシャヤは自滅する。そうはさせまいと、アンデッドたちはより強く得物を握り締めた。
「勝負は勝負だろうが、こんのやろぉー!」
「王様だって苦しんでいるの、見て分かるでしょ!」
「負けたたら潔く譲ってもらうからな!」
ダンサーズを支持する観客の声援で、アンデッドたちは雄叫びを上げ、総攻撃を再開した。デニスは真下に突風を放ちながら、反動を利用して空高く飛翔する――!
「アクシャヤさん、大丈夫なのです?」
人混みを掻き分け、何とか最前列までやって来たプラネッタが、見えない壁のすぐ前にいるアクシャヤに声を掛けた。
「ねえ、アタシどうすればイイ? 何をすれば正解なの?」
息も絶え絶えに、消え入りそうな声を発したアクシャヤ。極度の疲労と、全身に走るズキズキとした痛みが、メンタル面にも響いて弱気になっている。
「アクちゃんはどうしたいの~?」
フランは指を口端にあてがって、きょとんとする。
「ベイビーたちに、花を持たせてあげたいわ。でも、卑怯者呼ばわりされたら、黙っちゃいられない。ましてや、リーダーが怠け者なダンサーズだなんて……」
息苦しさに立ち眩みを覚えても、決して演奏する手を止めず、幾度となくブッ飛ばされても、決死の覚悟で突っ込む。そんなダンサーズを見守るアクシャヤは、不意に目を瞑った。
「でも、罵られてでも利益を追求するのが、指導者の役目でしょう? 一人で闘うより、ベイビーたちと協力した方が、勝利は確実だわ。けど、それで観客が納得するかどうか……」
「無理にアクシャヤが出る必要もないでしょ」
コスティが物憂げな表情で言う。
「出たいのよ、アタシだって! 男らしさを見せ付けてやりたいのよ! けれど、ベイビーたちがやると決めたからには、黙って後押しするのが、母親らしさってものでしょう!?」
冥王として、一人のインキュバスとして。あらゆる葛藤を押し詰めた金切り声は、やり場も無く観客席をすり抜けた。