【予告編】Blazing Firewood Part4

【Assault for Freedom】 Chapter2 “Blazing Firewood”

同人誌・電子書籍として頒布予定の”Assault for Freedom”、
そのChapter2の予告編となります。

 

『いつでも、だれとでも、セレブパーティー』
 それがこの高級百貨店のキャッチコピーだ。通称ティム、正式名称ティム・セシル。由来は創業者のフルネームから。
 謳い文句に違わず、近代ヨーロッパの宮殿を彷彿とさせる内装。ヴィクトリアン柄のフロアと天井を貫く、純白を燈す燭台を備えた柱。立ち並ぶそれらに挟まれて回廊を往けば、レースを纏った白い手を引かれる、麗しき令嬢の感慨。
 中心部は大規模な吹き抜けだ。半円形のバルコニーが無数に並び、絢爛たる劇場を彷彿とさせる。吹き抜けの天井はドーム状、色鮮やかにライトアップされたステンドグラス。バルコニー越しに垣間見える、最高級ブランド店舗の犇めきすら、額縁に収められた油絵のようで――。

「この辺は滅多に来ないけど、近くにこんな所があるなんて」
 エスカレーターに乗るコスティが、呆然と広場を眺める。
「大体ドームの中で事足りるからねえ。それにテレポート・チケットを使えば、自宅と職場まで瞬間移動の往復だし」
 アクシャヤは、ゾンビから借りたフラメンコドレスに着替えていた。裸にノースリーブを羽織るのは、ここではマズイ。
「ここはね、フランスやイギリスのデパートを参考にしたらしいの~! だからワタシにとってはデジャヴってカンジで、いっつも服とかオカシとか買いに来るの~!」
 先頭に立つフランが振り返り、目を輝かせた。
「フランスはアナタの故郷で、イギリスは――レイラの隣の世界にある国の一つで合ってる?」
 アクシャヤは腕を組んで、上唇を舐めた。
「言葉としては知っているんだけどもねえ。例えばホラ、イギリス風ガーデニングみたいに」
 レイラの隣の世界――辺鄙な冥府出身のアクシャヤにとっては、隣の隣の世界の地図なんて、まず見る機会が無い。
「イギリスはフランスから見て、海を挟んで北側のお島!」
 首を傾げるアクシャヤ。
「ヴィヴィアンウエストウッドに、ピクシー=ロットに、ミスタビーンの国!」
「映画で言えばハリー・ポッターや007とか」
「なるほど! ああいった雰囲気の国なのねえ。素敵だわ」
 隣の世界の大衆娯楽などは、レイラにとっても馴染み深い。

 一階の化粧品売り場、そして婦人服、紳士服、アクセサリーのフロアなどを通過し、少年少女向けのフロアで降りた一行。下層の煌びやかさを残しつつも、童話みたいにファンシーな雰囲気漂うフロアを歩くと、目的の店に到達した。
 ベージュの照明に彩られた、薔薇の造花の華々しさ。雑誌の表紙を飾るように、ポーズを決めているマネキンらは、若々しさの中に品を感じさせるコーデだ。余白を十分に持たせたディスプレイは、全ての商品が主役・・だという自信の表れ。
「いやっほ~い! ブリジェット~!」
 フランの呼ぶ声に反応して、店の奥から少女がやって来る。
「あ~ん! フランちゃん、いらっしゃいませ~!」
 彼女は河馬人間故、褐色肌の所々が血に染まったように赤くなる。それをレッドのアイシャドウとして応用し、可憐ながら艶っぽい顔立ちを演出させるのは、さすがブランドショップの従業員と言った所か。平たく短い尻尾もキュートだ。
「あのね、フランね、ティーンでもギリギリ手が届くくらいに高級な、チェック柄のマフラーを探しに来たの~!」
「そうなんだ~! 何とコーデするの?」
 間髪容れず、ブリジェットが身体を揺すりながら訊く。
「これこれ! さっきフリマで買ったの~!」
「あ~ん! どっちかって言うとトラッド系なんだ~!」
「けども、マフラーは思いっきりガーリーがいいの~!」
「え~!? 程度にもよるけど、思いっきり・・・・・だと浮いちゃわない~? 真面目ガールが、ちょっとムリしたみたいで」
「それがいいの~! 心の檻を壊す第一歩ってカンジで!」
「なるほどね~! 今度はどんな設定なのかなぁ~?」
 キャッキャと盛り上がっている二人を、店の入り口から眺めているアクシャヤとコスティ。ちょっと近づきにくい……。
「フランちゃんに慣れっこなのねえ」
「凄い長話の予感がするけど……」

「このコーデはね、最近デビューした新人アーティストちゃんに用意したから~! ヘンなことしても、元傭兵だから~じゃなくて、上京したばかりだから~で誤魔化せるし! もっと早く、BASに馴染めると思うの~!」
 尚もおしゃべりに夢中になるフランを、ブリジェットは日常茶飯事と言わんばかりに、笑顔で聞いてあげていた。
「そうなんだ~! その新人ちゃんって、どこ?」
「あれあれ~? どこだろう?」
 ここでフランは、店内がアンデッドで埋め尽くされ、クローディアたちがいなくなった事に気が付く。指を口端にあてがいながら、紳士デュラハンを見上げていると、身振り手振りで居場所を教えてくれた。
「にゃるほど~! 一階吹き抜け広場にいるんだ~!」
 デュラハンが(頭無いけど)頷くなり、フランは店の外に飛び出した。と、一番気に入ったマフラーを持ったままなのを思い出して、そのままの速度でUターン。
「ブリジェットちゃん、これ取り置きしてて~!」
「いいよ~! ゆっくりして来て~!」
 なんて、お互い無邪気に両手を振り回しながら、後ろ歩きで徐々に遠ざかってゆく。そうしてバルコニーから、吹き抜けの最下層を見下ろすと、ゴシック調のカーテンが見えた。
(なるほど……)
 急にフランは真面目な顔になった。数秒間棒立ち状態でいると、異空間から淡いグレーの長いステッキを取り出した。
 直後、フランがバルコニーを飛び越え、居合わせた人々は「きゃあ!?」と悲鳴を上げた。下層にいた人々も、ステッキを変身させたゆめかわパラソルで、ふわふわと落ちてくるフランに「うおっ!?」と驚く。

「ヒールは良い。悪を自覚する者は、相応しくない場においては存外大人しい。新人もまあ、教え諭しましょう」
 ブレンダンの皮肉の笑みが、徐々に鬼の形相へ移ろう。
「それに比して、ベビーフェイスのなんたる厚顔無恥か! 歓声に酔って無礼者どもを引き連れ、善良なお客様を不愉快にさせる。挙句、我らを悪者に仕立てる! 当百貨店は、BASの管轄と勘違いしておられる!」
 方々から、「仰る通りですわ」などと同意する声が上がった。クローディアたちは知らないが――或いは、無意識にやっていたのかも知れないが、今までベビーフェイスとそのファンたちは、ティム百貨店に多大な営業妨害をしていたらしい。
 ここぞとばかりに、他の客も口々にベビーフェイスを謗る。
「看板娘の愚かさを、信者が模倣するのでしょうね」
「皆の悪口を言うのは止めなさいよね!」
「道端死体で溢れ返ったら、世も末だとは思いません?」
「そんな差別することないのに、ねえ……!」
「愚民を寄せ集めた交響曲なんて、獣の嬌声に等しいですの」
「ああ!? もう一回言ってみろ!」
 誰の弁護も受けられずに、数に押し負けて言われ放題になっている仲間たちを、プラネッタは呆然と眺めていた。
「剣を捨ててまで、ああして世俗に染まりたいか?」
 プラネッタは、オルガの言葉を否定も肯定もできない。

「オルガってさ~!」
 黒の領域に場違いな、ぽわぽわした声の主に視線が集まる。
「そ~ゆ~トコ、ババア臭いよね~!」
 ずかずかと入ったフランがそう言うから、場が凍りついた。
「気に入ったヒトには優しくて、それ以外には意地悪でさ!」
 クローディアたちも、人が変わったように声を荒げているフランに、呆気にとられてしまう。
「御主のような雑種から守護せん故。我らの純黒に桃水を混在されては、処女の鎧が形無しじゃ」
 立ち上がったオルガが、威圧的に歩みながら、どす黒い声で返す。話の前後が見えないが、因縁の深さを窺わせる。
「着たい服を自由に着て何が悪いの~!?」
「理念を解せぬ輩が侵せば、我らの聖域が穢れる」
「古いルールに縛られてるのは、老けたショウコだよ~!?」
「自由を名分に、奇天烈な趣向に逃げるか。小娘が」
 一触即発の、業火のような憎悪の応酬。他の者が口を挟む隙がない。クローディアは、仲間にひそひそと話す。
「あの二人、昔一悶着あったらしくて犬猿の仲なんだよねー」
「オルガさんが、お洋服を売らなかったかしらねえ?」
「普通に話せば、仲良くなれそうに思うんだけど……」
 プラネッタは、どっちつかずの場所で立ち尽くしていた。二人の激しい言い争いは、尚も続く。

「オルガ様、勝手なお願いで恐縮ですが――」
 ブレンダンに耳打ちされると、オルガは目を見張った。
「良いのか? 此処での決闘を、御主は誰よりも忌み嫌う」
「ベビーフェイス様方は、どこでも仕事熱心ですからな」
「じゃが幾ら何でも、見えない壁無しでの決闘は……」
「アーティスト様方に支給される、ポータブルライブセットを、先日取り寄せました。十数分程度ですが、見えない壁を展開できる装置です。争いが避けられぬなら、せめて見えない壁を展開して、商品とお客様をお守りするまで」
「自暴自棄はいかん。妾が邪魔ならば、即刻ドームにて――」
 遮るように、ブレンダンは首を振ってみせた。
「それにお嬢様には、の概念を教えて差し上げなければ」
 指差されたフランは、思わず襟を引っ張る様な動きをする。
「……済まんのう、皆の者。然らば手短に仕留めてくれる」
「深くお詫び申し上げます」
 ブレンダンは、苦虫を噛み潰したような顔で頭を下げた。

 こういう事態を想定していたのか、決闘場が仕立てられるのは早かった。百貨店のスタッフらが、勢いよく黒カーテンを取っ払ったので、吹き抜けのバルコニーに居合わせた人々は、オルガを競札に出された芸術品のように思っただろう。
 次いでフランは、無数のスポットライトを浴びた時のような、独特の高揚感を覚える。見えない壁の内部にいる証だ。
「ご覧ください。フラン様に拵えた、鳥籠・・で御座います」
 両手を広げ、皮肉めいた笑みでブレンダンが言う。
「まあ、恥知らずなベビーフェイス様ですこと」
 間近のゴスロリ少女たちを始め、バルコニーを埋め尽くす貴族たちによる、異口同音の蔑みで吹き抜けが満ちる。小鳥が啼くように上品な、嘲笑。アヒルの子を憐れむかのような、視線。フランの立場だと、完全なアウェー戦になるだろう。
「その、私が、代わりに……いや、何でも」
 クローディアは責任を取る為、自分で収拾をつけたかったが、ステッキを握り締めるフランと目が合い、押し黙る。
「ワタシね、いつまでも大切にしたいの。生徒会をやるなら大統領。カメラを持つ時はフォトグラフ。色んなヒトになって、色んなユメを見られる、そーゆーキモチを」
 自ら鳥籠の中央へと歩みながら、顔の横に現したのはチャイナ服の二頭身妖精。ステッキと融合し、中華風のステッキに化すと、フラン本体もチャイナ服の拳法家に変身する。
「だからね、ちょっと服の着方が違うくらいで、問題があるって言うヒトが許せない。誰かのルールに縛られたくはないの。それじゃ、ユメ見るキモチなんて……!」
「妾は何物にも染まらぬ。妾は何者にも成し得ない理想を見詰める。故にこの眼を穢す万物を消し去らん」
 オルガはメーションで武器を創りだす。右手には時計の長針を模した剣を、左手には短針を模した短剣を。
「妾は翅を去した蝶。蛹こそ我が宮殿、我が窮極の形貌。胸中に秘めた無垢なる領域、その深淵を覗き忘我する。永遠に」
 広場の中央で、ステッキと長針が交差した。数秒の沈黙、オペラの開幕にも似た緊張感。どちらともなく、互いの武器を打ち払った瞬間――それが決闘開始の合図となった。

(あーもう! またパリィされた!)
 今まで何度もオルガと戦っているが、時止めされた直後はどうしても一瞬混乱する。素早く立ち上がったフランは、ぐるぐる目のチャイナ妖精が足元で倒れ、しかも自分の服がチャイナではなく、ボロボロなドレスであることに気付く。服に無数の穴が空いたせいで、変身が解けてしまったらしい。
「素敵なお召し物ですな。フラン様の人気が鰻上りだ」
 上乳や鼠蹊部を露出させているフランに、ブレンダンが嫌味ったらしい拍手を送った。見えない壁の外側にいる観客たちは、相も変わらず大人しいが、カメラのシャッター音があちこちから鳴り響いている。二度とフランがここに寄り付かないよう、徹底的に恥をかかせる魂胆だ。
「因縁の相手とはいえ、ちょっとやり過ぎじゃない?」
 クローディアは不快感を露わにした。
「自分撮り……いや、セルフィーとか言ったか?」
 オルガは飲みかけの紅茶を手に取ると、怒りと屈辱で顔を真っ赤にしているフランに、背中を見せたまま一口含む。激しい戦闘にも関わらず、吹き抜け広場にあったハンガーラックやテーブルは、殆ど傷付いていない。
「今の内に済ませるが良い。何時もしているじゃろう?」
「調子に乗んなクソババア。誰がやるかよ」
 腸から抉り出したかのような、フランの重く低い声。
「嗚呼、上澄み・・・に非ずから掬い上げないと。賢明よのう。蛍光塗料で染まった御主の裸体は、玩具で覆い隠すが世の為」
「オマエは一生化石を着て引き籠ってろ」

 フランはステッキを縦に構え、新たな妖精を召喚する。
(格闘がイチバン相性良いと思うけど、チャイナ服にはしばらくヘンシンできないし、ここはスピードで……!)
 二度目の変身は忍者だ。黒い忍者装束だが、桃や水色の幾何学が鏤められていて、隠密向けではない――と思いきや、蜃気楼のように絶えずその姿が揺らめいて、捕捉しがたい。忍刀と化したステッキは、左肩から右腰に背負った。
 フランが素早く印を結ぶと、霧が全身から噴出した。紅茶を飲みきり、カップをテーブルに置いたオルガが振り返ると、辺り一面すっかりブルーやピンクのモヤモヤだらけ。
(忍びか。以前、闇討ちに不覚を取った事もあったのう)
 などと思いながら、鋭く後ろにステップすると、降ってきた手裏剣が立っていた場所に刺さる。この手裏剣、ただでさえキラキラ光って見えにくいのに、ユメ色な霧の中に紛れてしまえば、至近距離になるまで反応できない。
 オルガは剣の切っ先で地面に触れると、時計盤が浮かび上がり、速度半減の半球空間が生まれる。自ら半球空間の中心に立つが、オルガ自身は時の流れが半分とならない。四方八方から飛んでくる手裏剣のみが、半球空間にて速度が落ちる。
 半分くらいの弾速なら、至近距離でも何とか反応できる。舞うように四方八方に時計針を乱射しながら、空間内に入った手裏剣を剣や短剣で斬り払う。しかし、手裏剣の圧倒的物量の前に、どうしても何発か被弾してしまって、割と痛い。

「とりあえず針をばら撒いて、手裏剣を相殺しているのねえ」
 フランの姿が見えないにも関わらず、無駄に弾を乱射するオルガの動き。その真意を、アクシャヤは見抜いていた。
「でもオルガさんの弾って、強度が低くて厳しそうですね」
 プラネッタの指摘通り、フランの手裏剣一振りを霧消させるのに、オルガは時計針を十何発も当てる必要がある。オルガもそれを理解した上で、弾数で強度差を埋め合わせようとするが、全ての手裏剣を相殺するのは不可能だ。
「現実離れ過ぎたメーションは、強度が低い。それにスタミナ消耗も激しいし、このままだとフランの有利でしょ」
 ふいにコスティが脇見する。クローディアは炎を思わせるショートジャケットを、異空間から取り出していた。これは彼女がバトルする時に着る、コスチュームの一部だ。 
「あるぇ? クローディア、乱入するつもりかい?」
「ううん。フランに貸してあげようかなーって」
 振り返ったプラネッタが四つ目をパチパチさせている。
「フランはさ、服やアクセサリーをコーデ・・・することで、能力の合成ができるんだ。例えば、今フランが私の服を着たら、華焔も操れる忍者に変身できるよ」
「アナタの華焔は、誰の応援も受けない素の状態だとしても、並以上の強度はあるわよねえ」
「つまり、手裏剣に君の華焔を纏わせて投げまくれば――」
「強度の差によって、オルガさんを押し切れるのです!」
「そーゆーこと。仲間が笑われたんだ。放っとけない」
 そう言ってクローディアが、見えない壁に手を触れようとした瞬間、ゴスロリたちが立ち塞がった。思わず立ち止まったクローディアを、まるで薔薇園の蜜液を直に貪る浮浪者のように、蔑んだ目で見ている。
「真剣勝負に水を差さないで下さいまし」
「偽善者とは、貴女の為に存在する言葉なのですね」
「ベビーフェイスって、悪い事してる自覚がないの?」
 観客に手を上げて、強行突破するなど許されない。クローディアは苦笑いしながら後ずさる。
「だよねー。ごめんね、空気読めなくて。そういうバトル、皆は観たくないもんね」
 ここはBASドームの敷地外。クローディアが好き放題やって、観客が馬鹿騒ぎする場所ではない。

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