【Assault for Freedom】 Chapter1 “Diamond Revolt”

同人誌・電子書籍で頒布する”Assault for Freedom”の
Chapter 1 Diamond Revoltを無料公開致します。

以前公開したものより推敲を行ったため、
細部に微々たる変更がありますが、
ほとんど同じ内容となっております!

【しおり】
Part1 Part2 Part3 Part4

 

Part1

「ハハハ! いいぞ! もっと流血ジュースをぶち撒けろ! 規制規制と煩いババアどもを、ヒステリーに追い込んでやれ!」
 BASの社長、悪の帝王エビル=エンペラーと名高いジャスティン=クックが、大層愉快そうに叫んだ。
 帝王の自宅に設備された巨大スクリーンは、本来なら大都会のビルの為の規格。五十過ぎとは信じられない程に、ボディビルダーもかくやと鍛え抜かれた帝王の身体を、深々と受け止める心地好いチェアー。座ったまま片手に持つグラスには、毎日晩酌にしていると豪語する、自動車一つの値打ちはする最高級のブランデーが注がれている。
「あなたの台本ブック通りですか?」
 チェアーの背もたれ越しに投げ掛けられた声。帝王の婦人、エリシャ=クックという。紅色の竜鱗に覆われた尻尾の他に双角を持った、生粋の竜人間。
 シャツにエプロンという動きやすい格好だが、羽根のイヤリングは誉れ高き血統を示す由緒ある代物。そしてブランドのスキンケア化粧品を使っているのが、疎い人間でもよく分かる。プライドが高い故、自身が認めた男にとって相応しくあろうと、ホームヘルパーなどを雇わず、ほぼ全ての家事を完璧にこなすのだ。
「ああ! あどけない少女が、全身串刺しにされている所だ!」
 ハハハと、高笑い交じりにジャスティンが言う。
「相も変わらず、悪趣味にして過激なものです。いくら死なない、後遺症が残らないとはいえ」
 そう言ってエリシャは、両腰に手を当てた。ジャスティンが、あくどい笑みを浮かべながら振り返る。
「その方が盛り上がる。反感を買うのが悪役ヒールの仕事だ」

 巨大スクリーンに映るのは、所々に焦げ跡がある床に伏した、女の子アーティストの痛ましい姿。床下から突き出してきた、無数の血塗れの針によって、全身至る所を貫通されている。針の先端に、抉られた内臓が引っ掛かっている……などといった、放映禁止レベルの惨劇ではない。しかし、年端もいかない子どもに見せつけたら、大泣きするに違いない。
 そこは本来なら、コンディニプール音楽院跡地と呼ばれる、ホラースポットの一つ。嫉妬と逆恨みに塗れた、生徒や教師たちによる、酸鼻を極めたいじめ、そして自殺の現場だった場所。今はBASにおける、出張ライブの舞台ステージだ。
「皆が君の姿に夢中だ。華々しいデビューで良かったね」
 血塗れの燕尾服を着た、蝙蝠の両翼を持つ、顔立ちそのものは可愛らしい感じの青年。バイストフィリア、ブルーノ=ブランジーニの仕業だ。女の子を弄んだことに、罪悪感の欠片すらなく、むしろ婚礼服を仕立てたかのように恍惚する。
「ふざけんな!」「最低コウモリ!」「女の敵!」「サイコパス!」
 倫理観が抜け落ちている平然さが、この試合ライブを眺めていた観客たちの逆鱗に触れた。放火によって半焼した為に、不気味な闇夜が露になった校舎跡。その中央に立つブルーノは、観客席とステージを隔てる見えない壁・・・・・越しに、群衆を見回す。
「どうして批判される筋合いがあるのだろう? 彼女は目立ちたいからこの舞台の上に立った。僕は先輩として、手っ取り早く有名になるお手伝いをしているだけだよ」
 ブルーノは苦笑いしながら、仰向けになっている犠牲者の腹を、思い切り踏み付けた。黒いエナメル靴の裏には、思い描いたイメージを実体化する技術――すなわちメーション・・・・・によって作られた血塗れの針が、びっしりと。スパイクに踏み抜かれた女の子の腹に、夥しい数の穴が抉られた。
「違うのです! パパが私を傭兵にして、戦場で死なせたくないから――!」
 そう叫んだ女の子の名は、プラネッタ=モルティス。腕が四本、足が四本、目が四つ、蜘蛛から進化を重ねてきた人間。二つの手で、辛うじて二丁の拳銃を握っており、恐怖に屈服しまいと逆らっている。が、下から数多くの血塗れの針に串刺しにされ、その上吸血鬼のような青年に踏み付けられているから、もがくことすら不可能。
「それなら、わざわざ晴れ舞台に立つ必要なんてないじゃあないか。君はレイラ中の人間に、誉めそやされたいんだよ。初々しい表情を一皮剥けば、自己顕示欲で一杯だ」
 スパイク靴で腹を踏み躙ると、血塗れの針はプラネッタの奥深くまで侵入していった。
「私のお父さんは! 普通の人みたいに生きていく方法を知らないから! 戦う方法だけを教えてもらったけど、それで幸せになって欲しいって――!?」
 一際大きな血塗れの針が、言い終わる前に口内に放り込まれた。ブルーノの掌から突き出したそれは、喉の奥深くに突き刺さり、先端から勢いよく血液を噴出させる。この血液は強酸性であり、直接体内に流し込まれたプラネッタは、想像を絶する激痛と共に内臓が溶かされてゆく。
「おいやめろ!」「キチガイコウモリ!」「可愛そうでしょ!」
 最早傍観者を装えない観客たちは、この異常者を精神的に抹殺せんと、集団で畳み掛けた。ブルーノは優しく微笑みながら、プラネッタの口から針を引き抜き、それを霧消させた。
「ほら、また人気になった」
 プラネッタは窒息で昏倒する寸前かのように咳き込みながら、自分のと強酸性のとが入り交じった血を噴出させている。

「ムハハハハハ! 最高にイカれてやがる! 次は着ている服を溶かしてやれ!」
 巨大スクリーンの前に鎮座するジャスティンは、大衆を意のままに操る快楽に酔い痴れ、両手を広げて大いに笑う。
「レイラ中のテレビに、あの子のヌードを放映するおつもりですか?」
 空になったグラスにブランデーを注ぎながら、エリシャが飛ばす。
「なに、心配はいらん。そろそろ時間だ」
「あの子の出番ですね」
 クリスタルのデキャンタ瓶をテーブルに置いたエリシャは、そこでようやく視線をスクリーンへと移した。

「バイオリニストを目指していた時、家庭教師から教わったんだ。聴衆からお金と時間を頂いている以上、決して手を抜いてはいけない」
 親指以外の四本から、細長い血塗れの針を繰り出すブルーノ。「やめろ!」などいった観客の怒声は、全く意に介さない。
「僕はプロ意識が高いんだ。できる範囲で、皆の希望に応えてあげたいけど――どうかな?」
「首チョンだな」「斬首がいい」「どうせ死なないし」
 観客席の最前列に陣取る集団が、興奮した様子で捲し立てる。異常性を剥き出しにしたこの集団に、マトモな観客が近寄るはずもなく、周囲十席分くらいは空席になっている。
「じゃあ、望み通りにしてあげよう」
 四本の針で、プラネッタの首を挟み込むブルーノ。何とか二挺の拳銃を取り落とさないように踏ん張っている女の子は、首縄で吊るされたように持ち上げられた。
 見えない壁の内部にいれば死なないし、負った怪我もすぐに癒えるし、感じる痛みも軽減される。しかし、痛みに慣れたアーティストであっても、ブルーノが齎す苦痛は耐え難いもの。死なないことは即ち、無間地獄に苛まれることなのだ。
「ごふっ……ごふっ……」
 悲鳴の代わりに、幾度となく吐血するプラネッタ。強酸性の血液が口内をボロボロに溶かす。死ぬような痛みを受けても気絶すら許されない、そのトラウマが首筋に刻み込まれる、今まさにその時――!

「全員の望みを叶えてあげられないから、あんた一生負け犬ジョバーなんだよ」
 いやに強気な女性の声が聴こえたと思ったら、華々しく燃え盛る焔が落ちてきた。それはプラネッタの首を挟んでいた針を打ち砕き、燃やし尽くす。次いでその焔を纏っていた主が、ブルーノの目の前に着地する!
「それとも、目が退化しちゃって周りが見えない?」
 片膝立ちからゆっくりと立ち上がる、派手な炎を思わせるジャケットを羽織ったアーティスト。揺らめく聖火のようにポニーテールが波打ち、威風堂々たる竜の尻尾を僅かに曲げて威嚇する。
「ディア様!?」「華焔不死鳥だ!」
 帝王ジャスティンと夫人エリシャの間に産まれた、猿人間と竜人間のハーフ、クローディア=クックだった。生まれつき、BASの看板娘になることを宿命づけられた不死鳥を、知らぬ者などこの場にいない。
「えっ、誰!?」
 尻餅を付いてから、数回ほど血を吐いた所で、プラネッタがクローディアの背を見上げる。他のアーティストが乱入することは、スタッフから知らされていないのだ。

「ハハハ! どうだ、プラネッタ! お前には出世街道を歩ませてやる! 初戦から我が娘とのタッグマッチだ!」
「いやにお気に入りですね。どれ程の逸材なのかしら?」
 クローディアの両親も、悲鳴から一転して歓声で満ちた会場を、自宅のスクリーンで見守っていた。

「他の人から出番を横取りする。流石は社長の娘。見上げた自惚れだね」
 呆れたように言い放つや否や、ブルーノは爪のように展開した血塗れの針で、クローディアの喉を切り裂こうとした。クローディアはその爪を片手でキャッチし、事なきを得る。
 本来なら爪に付いた強酸性の血液によって、クローディアの手はボロボロにされたであろう。だが、片腕に纏う華々しい炎、通称華焔かえんがクローディアを守っている。
 単純な攻撃力などとは別にある、メーションにおける強度・・の概念。双方の強度が互角だからこそ、爪も華焔も無効化されないのだ。
「看板娘の意にそぐわない者は、徹底的に焼却かい? この種の劇を観たい人も少なくないよ?」
 そう言ったブルーノは、爪が目の前に在ることを確信するのに徹している。吸血鬼が不気味に口元を吊り上げると、クローディアの乱入を良く思わない同類たちも、同様に口元を吊り上げた。
「別に? ハードコアでもいいよ、私には。それが役目だし」
 自信満々の表情で言い切ったクローディアは、もう片方の手を徐々に爪へと近づける。
「後は、新人の子を傷つけさせない、そして狂人ヒールを焼き尽くす。以上、この三つが――」
 両手で爪をホールドしたクローディアは、思いっ切りそれをへし折った! 粉々になった爪は、火力を増大させた華焔に包まれて消え失せる。
「あんたたち全員の望みで、いいんだよね?」
 クローディアはブルーノに背を向けると、両手を広げ、観客席を見回しながら叫ぶ。
「フオワァーーーーーッ!!!」
 直後、凄まじい歓声が沸き起こり、「クローディア! クローディア!」というコールが高鳴る。
「宣言したからには、思い通りになってもらおう」
 今度は両手から血塗れの針、もとい爪を展開させるブルーノ。クローディアは人差し指で手招きした。
 踏み込んだブルーノが爪を水平に薙ぐと、クローディアはバックステップして前蹴りで反撃。そうして乱入者と悪役の熾烈な接近戦が、幕を開けた。

 一方プラネッタは、どういう訳か見えない壁に四つの手を押し付け、極々ゆっくりと前進している。まるで重いピアノを、前に押し出しているかのようだ。
「プラネッタちゃん、どこ行くの!?」
「ビビっちまったかァ!?」
 観客たちは慌ててプラネッタの前に詰め寄り、ステージを指差したり両手を振ったりしている。ステージの上では、偶然にも手四つの状態となった、クローディアとブルーノが力(とメーションの強度)比べをしている。
「やはり新人の子には、荷が勝った相手ではないです?」
 スクリーンに映った新人を観ながらエリシャが言う。
「なに。プロの観客がケツ押ししてくれる。真に迫った興行とは、むしろ観客が作るものだ。当然、裏方のスタッフも含めてな」
 ジャスティンは不敵に笑いながら返答した。

「えぇっと……? 私の出番、終わりな雰囲気じゃないんですか?」
 見えない壁の内側から、腕四本の肘から先だけを出した状態で、プラネッタが硬直した。――強酸性の液体を浴び、注入され、針でズタボロに引き裂かれていた筈のその身体は、時間経過によって半分ほど元通りになっていた。
「いや! 終わりじゃないから!」
「むしろこっからがホンバン!」
「ディア様を援護してやれ!」
 BASの醍醐味を心得ているベテランたちは、新人の子に魅せ方・・・というのを教授し始めた。
「えっ……!? でも、二対一はヒールの義務で、私はベビーフェイスだから――」
 どうもこの子は、世間知らずを自覚した上で、無理に一般人に合わせようとしているのか、時たま素っ頓狂な言葉が飛び出てくる。
「いいのよいいのよ!」「卑怯じゃないって!」「あれはお助けキャラな!」「主役は君だ!」
 四つの目を丸くさせたプラネッタは、習った事と何もかも違う出来事の連続で、頭が真っ白になっている。
「ほら、行って!」「行けって!」
 次第に観客たちはプラネッタに詰め寄り、突き出ている四本の腕を押し戻そうとした。
「何してるの!?」「抜けなくなった!?」
 見えなくて不思議な質感の壁の外から、少しずつ内側へと戻されてゆく四本の腕。
「あいたっ!」
 スポン! と四つの手が抜けると、勢い余ってプラネッタは尻餅をついた。

(銃を持った人に側面を取られるのは、ひどく不愉快だ)
 掌から太い血塗れの針を突き出し、やや遠間にいるクローディアを串刺しにしようとしたブルーノ。尻餅をついたプラネッタを脇目で確認すると、ふいに嗜虐的な笑みを浮かべた。
 真っ直ぐに繰り出された極太針を、斜め前への鋭いステップで躱すのは、クローディアにとって朝飯前。そのままボディブローでカウンターを決めようとしたら、寸での所でブルーノの空いた方の手に顔を掴まれた。
 ブルーノはクローディアの顔を掴んだまま、五本の指から血塗れの針を一気に突き出す。容赦なく貫通した五本の針の先端から、強酸性の血液が噴出し、無惨にも脳内口内を直接溶かす!
「ちょっと! 爪カビ移さないでよ!」
 ブルーノに片手で持ち上げられたクローディアは、拘束されながらも華焔を纏った蹴りを、何度もお見舞いしている。が、あまり効いていない。
 これみよがしにクローディアを持ち上げたブルーノは、クローディアを銃弾への盾として扱うつもりでいる。
(ロングバレル……ロングバレル……)
 二本の腕で拳銃をしっかり握るプラネッタは、精密射撃でブルーノの足先だけを撃ち抜こうと考えた。銃身の先端に細長い筒状のものを、余った二本の腕で取り付けようとしている。『一人であらゆる状況に』がコンセプトなこの拳銃は、非常に多種多様なアクセサリーに対応しているのだ。
「さっきの強装弾は!?」「ディア様ごと撃っちまえよ!」
 プラネッタの意図を察した観客たちは、突飛な指示を異口同音に叫んでいる。
「えっ、でも……」
 ロングバレルの装着作業を中断し、肩越しに困惑の表情を見せるプラネッタ。そんなことはお構いなしに、ブルーノが空いた方の手を広げ、血液の塊を発射してきた。
「前!」「前見ろ!」
 促されるまま前を向いたプラネッタは、飛来する血液の塊数発を、拳銃で残らず撃ち抜き、霧消させた。銃弾に配合されている抗メーション物質AMM――メーションに耐性のある物質の抵抗力が、血液の塊の強度を上回ったのだ。
「プラネッタ! 別に撃っちゃって良いから! いっそ私の頭を撃って! 針がツーンってしてメッチャ痛い!」
 地に足着けずにもがいているクローディアですら、フレンドリーファイアを促している。
 どうせ誰も死なないからという意識は、こうも人間を残酷にしてしまうものなのか? この際倫理観は抜きにしても、味方に損害を与えることは、冷徹な思考を以ってしても戦術的失敗としか言えないのではないか?
「いいから撃て!」「早く!」「平気だから!」

 血に飢えた観客ばかりで恐ろしい……。プラネッタは怯えながらも、拳銃のスライドを三つ目の手で引き、四つ目の手で腰のポーチから取り出した強装弾を装填する。随分と無理がある設計、運用法の拳銃だが、使い捨てることを前提としているため問題はない。
 ブルーノは暴れるクローディアの顔を、より強く握り締めた。同時に、空いた方の手を掬い上げると共に、目の前に血液の壁を創りだす。クローディアの身体だけでは、弾丸を防げないと予測したのだろう。
 蜘蛛人間のプラネッタは、拳銃を四つの手でしっかりホールドし、四本の足でしっかりと床を踏みしめ、腰を深く落とした。大技を予感した観客が一瞬静まり返ったあと、一際派手なマズルフラッシュと共に、強力な銃弾が発射された。
 それは、並の銃弾ならば触れた瞬間に跡形もなく溶解させる、血の壁を水風船の如く打ち砕いた。勢いは留まることを知らず、クローディアの後頭部から額にかけて難なく貫通し、ブルーノの頭部をも撃ち抜く。尚も突き進む強装弾は、ブルーノの背後にあった木椅子やバイオリンケース、そして古びたピアノをも粉砕した!
「よっしゃあ!」「ざまあ見ろ!」「反動きっつそうだな……」「すっごーい!!」
 上半身を大きく反らして、危うく倒れそうになっているブルーノを観て、観客たちは大いに喜ぶ。地に足付けると共に、片膝立ちで額を抑えるクローディアの姿には目もくれない。
(みんな怖い……)
 反動によって、地面を擦るように後退したプラネッタは、やはり素人の言う事に耳を傾けるべきではなかったと、良心の呵責に苛まれていた。

「そんなに出番が待ち切れなかったのかい?」
 頭部が赤に染め上げられつつあるブルーノは、糸で引っ張られたかのように、気持ち悪い動きで上体を起こした。もう一度スライドを引き、強装弾を装填する最中であるプラネッタに対して、掌を向ける。
 すると、プラネットの体内から無数の鉄片が飛び出した! 内側から蜂の巣にされたプラネッタは、血をだらだらと流しながら、特に腹部に来る激痛によって、立っていられなくなった。先ほど突き刺された血塗れの針が、まだプラネッタの体内に残留しており、それらが爆発したのだ。
「すまない。新人の君に、華を持たせるべきだっだよ」
 その場で爪を展開したブルーノは、両膝を着き、腹を押さえているプラネッタを、やや遠間から見下ろしている。
「うぅ……」
 プラネッタは激痛で、反撃どころではない。
 と、片膝立ちになっていたクローディアは、不死鳥のような炎翼を身に纏って急上昇。アッパーカットさながらに、ブルーノの顎に体当たりをかます! 突き上げられたブルーノは、数メートルほどぶっ飛んで、背中から床に激突した。
「ありがと、プラネッタ!」
 数メートルの高さから、軽やかに着地したクローディアは、プラネッタの方を向くと笑顔で手を振った。身に纏う華焔は、より煌びやかになっている。――ふと見ると、後頭部から額にかけての風穴が、とっくに塞がっていた。
 彼女が片膝立ちだった時、確かに後頭部から血が流れているのを確認した。見えない壁の内部だとしても、こんなにも傷の治りが早いのは異例だ。
「いつの間に……?」
 プラネッタは四本腕で腹を押さえながら、素早く立ち上がったブルーノとメーションの撃ち合いを始めた、クローディアを見上げる。音楽院跡地に放置された机が、木椅子が、ガラス片が、リコーダーが、華焔に焼き尽くされ、酸血さんけつに溶解されてゆく。
「な! 平気だっただろ!」
「ディア様の華焔は、一瞬で傷を治してくれる!」
「そして華焔は、俺たちが熱狂するほど燃え上がる!」
「積極的に応援していこうな!」
 大いに沸き返った観客席から、プラネッタに対する解説が次々と飛んで来た。
「あのぅ、次は何をすれば……?」
 プラネッタは低姿勢のまま四本足で動き、見えない壁に顔を押しつけながら尋ねる。ベテランの観客たちは正しかった。素直に従うのが、勝利への近道だと判断した。
「バイストフィリアの奴、血の鎧・・・を纏っているの、見えるだろ? あれを削らないと」
 額から流れ出る大量の酸血が、指先爪先まで余すことなくブルーノを覆っていた。クローディアが掌から発射する火の玉や、龍を模した熱光線は、酸血甲さんけつこうの表面に触れると瞬時に蒸発する。
「私たちが全力で焚き付けた華焔でも、あの酸血の強度には及ばないのよ」
「あいつの武器は血液だから、あいつ自身が血を流すとヤバくなるんだ」
「あれくらいパワーアップした華焔なら、普通のメーションだと一瞬で焼き尽くせるのに」
「直接殴りに行けば、身体が酸で傷つくしなァ」
「そうだったんですか」
 水中でダイナマイトを爆発させたかのように、ブルーノが纏っている酸血が三百六十度に飛散する。避ける隙間もないクローディアは、為す術なく被弾。身に纏う華焔で焼き尽くすことは不可能で、浴びた肌が瞬時に黒ずむ。
「ひえっ!?」
 爆散した酸血甲の一部が飛んで来たので、プラネッタは慌てて伏せた。尚も酸血を厚く纏っているブルーノを視界に入れつつ、ゆっくりと立ち上がるプラネッタの背後に、観客たちによるありがたいアドバイス。
「さっきの弾でも貫通出来ないかも知れん! 手数で削れ!」
「ディア様には当たっても大丈夫だから、とにかく連射!」
「了解なのです!」
 イケると確信したプラネッタはゆっくりと歩きながら、二本腕で拳銃を握り、通常時を上回る速度で拳銃を連射した。三本目の手で自らスライドを後退させ、余った手と二本の足で、弾丸一発ずつを直接チャンバーに装填する早業。リロードの必要なしに、無尽蔵の弾を注ぐ様は、機関銃の如し。
 最初は遠間だったため、ブルーノには全く命中せず、それどころかクローディアに弾が当たる始末だった。しかし、形成した弾幕によって、向かい来る血液弾や針を撃ち落としつつ、有効射程距離まで少しずつ近づいてゆく。
 十分にブルーノと間合いを詰め、最初の一発が酸血甲に命中する。池に水滴が落下した時のように、小さな波紋が広がるのみ。構わずに観客の言う事を信じ、装填し、発射し続ける。流れ弾を顔や腹に受けても、歯を食いしばって耐える。
 クローディアの火の玉や熱光線の手助けもあって、次第に酸血の装甲が薄くなっていた。二対一という必然的な物量差によって、両者に対する反撃の弾が、どうしても手薄なものとなる。相手をコーナーに追い詰めたボクサーが、超絶ラッシュを仕掛けているかのように、観客たちは徐々にヒートアップしている。
 間もなく血の鎧が剥がれ落ちるかと思われた時、プラネッタの連射が止まった。白骨のような拳銃の銃身が赤熱化し、所々に亀裂が走っている。
「ジャムったか!?」「いや、壊れたっぽいね」「無理がある使い方だったよな」
 最悪のタイミングで弾幕が消失してしまった。今まで撃ち落としていた数多の血液や針が、一挙にプラネッタの全身を呑み込もうとしている……!
「えー!? なんでこんな時に!?」
 プラネッタの斜め後方で、両手から交互に火の玉を撃っていたクローディアも、上擦った声で叫んだ。
 しかしプラネッタ、この拳銃は使い潰すことが前提だと理解しているため、四つの目は鋭いままだった。まずは自らうつ伏せに倒れ込みつつ、ブルーノの弾幕による被害を最小限に抑える。そして、拳銃を何やら弄り回してから、それをカーリングのようにブルーノの足元に投擲。
 回転しながら進む拳銃は、ブルーノの足元に行き着いた瞬間、突如として大爆発した! 弾倉内に残っていた弾丸が、四方八方に飛び散る!
 爆心地に立っていたブルーノは、弾丸や破片、そして爆風をモロに受け、酸血甲が完全に剥がれ落ちてしまった。余剰エネルギーはブルーノ自身にもダメージを及ぼし、音と衝撃によって一瞬の立ち眩みを覚える。
「ナイス! プラネッタ!」
 新人を褒めながら、クローディアは短距離を全速ダッシュ。尚も傷口から流れ出る酸血によって、酸血甲が復元されるよりも速く、ブルーノの胴を両手で締め上げ、持ち上げた。
 締め上げた際の圧迫ダメージに加え、両手に纏う華焔の翼が、大層不愉快そうな面持ちのブルーノを燃やす。――いや、燃やしているはずだが、何故か火傷一つできていない。
「華焔を移して、傷を癒しているのか!?」と観客の一人が叫ぶ。「そうか! 敢えて傷口を塞いで!」「血の鎧を封じているんだ!」
「プラネッタ! デビュー戦のフィニッシュ・ムーブ、ド派手に決めちゃって!」
 ブルーノを拘束したまま、クローディアはプラネッタの方を振り返りながら叫ぶ。父親ジャスティンを彷彿とさせる不敵な笑みは、見る者に妙な説得力と確信を抱かせる。
「了解なのです!」
 この人なら絶対に大丈夫だ。すっかり信じ切っていたプラネッタは、ライブの最後を飾るに相応しい大技――つまりフィニッシュ・ムーブの準備に取り掛かった。
 メーションによって、どこからともなく三つの手の中に現したのは、白骨のような拳銃合計三挺。同様に、残った手で握るように現したのは、三枚羽のブーメラン。この三枚羽には、拳銃の弾倉よろしく沢山の強装弾が詰まっている。
 弾倉を入れていない三挺の拳銃を、ブーメランの羽に装着する。察しの良い観客は、さっき拳銃が投げ捨てられたことを思い出し、早くも興奮の絶頂にあった。
「やっちまいなァ!」「ディア様耐えろよ~!」「初披露ね!」「ちなみに技名は!?」
「FARCRY!」
 掛け声と共に投擲されたブーメランは、ブルーノに直撃した後轟音を発する。激しい炎と甚大な爆風が、二名のアーティストをすっぽり包んで不可視にする!
 まるで花火工場が火災に見舞われたかのように、強装弾があらゆる方向に飛び散っている! 大岩を発泡スチロールの如く打ち砕く程の一発一発が、音楽院跡地の床を、壁を、窓を、その他あらゆる物体を粉砕するのだ!

「やったか!?」「やったの!?」「どうだ!?」
 爆炎が消えるまでの僅かな間、観客たちは一旦静まり返る。数秒後に姿を見せたのは、黒焦げになってしまったブルーノを踏み付けている、親指を立てたクローディアだった。
「散々振り回されたデビュー戦だったけど、結果的に大金星で良かったかもね」
 そう言ったクローディアは、最高潮に高まった華焔の庇護によって、身体には傷一つない。華焔不死鳥の二つ名は伊達じゃない。
「やったぜ!」「やってた!」「やりましたァ!」
 ライブ終了を告げるゴングが聞こえなくなるくらい、拍手喝采が轟いた。
「ハハハハハ! どうだ! 一般客参加型のアトラクションは! 一般人にとって身近なアイドル、いつでも会えるアイドル。今流行りのやり方だろう?」
 予定通りに事が進んで満足したのか、ジャスティンも自宅で高らかに笑ってみせた。
「無茶なことばかり。心臓がはち切れそうになるものです」
 エリシャはというと、いくらクローディアが不死身だとはいえ、サンドバッグ同然の扱いを受ける我が子の心身が、心配で堪らなかった。

 

Part2

「エリシャよ。お前に特等席のチケットを用意してやれんかったのが、実に残念だ」
 ジャスティンは空のグラスに、ブランデーを注いで貰う。
「フィニッシュ・ムーブを迎える瞬間、アリーナに居合わせた者は、ああして一体となる。お前の故郷の祭りにも似た、集団トランス状態だ。我がBASが演出する非日常の前では、このブランデーすら児戯に過ぎん」
 そう豪語してブランデーを一気飲みしたジャスティンは、「あぁ」と満足そうに声を漏らした。己が築き上げた唯一無二の栄光、その眩さに自身の顔を映しては悦に浸る。
「あなたのお仕事に支障がなければ、お供致しますとも」
 背後から肩を揉みながら、エリシャが返す。
「会場全体が、本当に一体と化していたのかは、疑問が残る所ですが」
 先輩であるクローディアが、新人であるプラネッタに幾つかのインタビューを投げ掛けている傍ら、巨大スクリーンには観客席の様子が映し出されている。数秒ごとにカメラが切り替わっているが、ブルーノの猟奇劇を愉しみにしていた観客たちが、若干残念そうな面持ちでいた。
 後遺症や事故死の恐れは一切なし。四肢切断や臓器露出などの残酷なシーンは、全て未然に防がれる。極めて健全にバトルを楽しめるBASだが、これを逆の方向に突き詰めると、ステージの上ならどんな過激な行為も許される事になる。だから、反社会的なアーティストを支持する観客は少なくない。
「このジャスティン様のブックに不満があるならば、反逆者ヒールを支持すれば良い」
 そう言ってジャスティンはあくどい笑みを浮かべた。
「そいつがベビーフェイスを倒せば、代替わりの時期である証明なのだろう。逆に反逆者が負ければ、現役のベビーフェイスに箔が付く。どちらに転んでも、盛り上がることは疑いようがない」
 客を喜ばせる為ならば、自らやられ役を買って出るのがジャスティンだ。ステージ上でのジャスティンは、金と権力に物を言わせて観客の反感を買い、敢えて部下のアーティストに倒される役回りに徹している。己が書き上げたブックを燃やすテロリストを、心待ちにしているのも、そうしたショーマンシップの延長線上にあるのだろう。
「近頃は食って掛かって来る、骨のあるアーティストがおらん。モンペお望みの全員がシンデレラな発表会のように、負けん気の足りん若者ばかりで困る。――それとも、悪の帝王様の独裁政治が、少しばかり行き過ぎたか?」
 妻に肩揉みしてもらいながら、ジャスティンは腕を組んで考え込む。

「――へぇー! じゃあ、今まで甘いお菓子とか縁がない生活して来たんだ! 傭兵としてサバイバル技術を仕込まれていたら、そうなるよねー!」
「そうなのです! 雑誌で勉強して、タマゴを食べたらヒヨコさんのことを思い出して、涙を流す修行をしています!」
「そんな修行しなくても、プラネッタは十分女子力高いと思うな。だって、いつも裁縫道具持ち歩いているんでしょ?」
「傭兵としての技術なんてイケメンに話したら、ドン引きされてしまうのです!」
 さっきまでの血生臭い光景が嘘のように、クローディアとプラネッタが音楽院跡地の中央で談笑している。二人が負った刺傷や銃創などは殆ど治っている。過激な非日常から、平和な日常へと帰ってゆく。
 新人アーティストの魅力(?)をアピールするために、もう少しこうしたやり取りが続くのであろう。大多数の観客は、ライブがクライマックスを迎えた時の恍惚感に酔い痴れながら、二人のやり取りを面白おかしく見守っていた。至って和やかに、平和的に。

「FU●●●●●●●●●●K!」
 テレビなどでこのライブを観戦している人たちには、数秒間に渡って「ピー!」という規制音が鳴り響いた為、さぞかし驚いたことだろう。音楽院跡地を埋め尽くしていた観客たちは、汚らわしいシャウトに思わず両耳を塞ぎ、やがて空気を読めない馬鹿者の在処を次々と指差した。
「だ、誰なのです!?」
「プラネッタ! あそこ! 上の方!」
 天井や床が焼け落ちる前は、音楽院跡地の渡り廊下だった場所に、乱入者はいた。ダブルネックギターで狂ったように掻き鳴らすのは、血で錆びたナイフのように汚らわしくも鋭利なギターリフ。ヘッドバンギングと共に二本の細長い触角を激しく揺らしているが、あれはゴキブリから進化した人間の証なのだろう。
「ベルゼブブに●●●されたメスネズミのチルドレン! コカイン啜って溶けた牙に黒死病を孕んだ、不浄のリリムどもよ!」
 音楽院跡地の床から、壁から、机から、あらゆる所から、ネズミの大群が這い出てくる。青筋が破裂寸前まで浮き上がり、末期の虫歯のように歯がボロボロになった、ゾンビのようなネズミの大群が。
「うわっ、ネズミ!?」
「なに!? 大地震の前兆!?」
 見えない壁内部の中央に立つプラネッタとクローディアは、数えきれない程のネズミを見回していた。
「大腸に溜まった●●●一つ残らずまで! テメェらのエサだァー!!」
 暴れ狂うギターのサウンドと共に、ネズミの主がシャウトを発すると、メーションによって創られた意思を持つもの――すなわちイメージ=サーヴァントの大群が、一挙に押し寄せてきた!
 プラネッタは時限式爆弾になる、白骨のような拳銃を次々と投げ捨て、クローディアは片手を地面につけ、煌びやかな華焔の渦を周囲に連爆させる。銃や弾の破片、そして華焔に触れたネズミは、コロッと倒れた後に霧消してしまうが、あまりにも数が多すぎて、津波のように前線が迫ってくる!
「服の下! 可愛くないネズミがいっぱい!」
 物量で押し切られてしまったプラネッタの服の下に、ネズミが次々と侵入してくる。腐った牙で噛み付かれる度に、毒物か何かを注入されるのか、痺れるような痛みが血管を走る! 一噛み一噛みはどうってことないが、十匹、二十匹に同時でやられたら意識が混濁するし、その間にも纏わり付くネズミは増えてゆく。
 クローディアは自身から華焔を発し、身体に触れたネズミから火傷を負わせ、霧消させている。
「プラネッタ! これ!」
 同様に、放った華焔でプラネッタを燃やすと、纏わり付いていたネズミは容易く消え失せ、残る大群は飛んで火に入る夏の虫状態。
(ちなみに、華焔によってプラネッタは一切負傷してないし、両者の衣服は焦げ跡一つ生じない。未熟者が創ったメーションの炎は、時として現実の炎以上に危険な代物となるが、熟練者が上手く制御するメーションの炎は、当人にとって極めて都合の良い、物理法則を無視した現象となる)
 最後の一匹が華焔に飛びこんで霧消すると、挨拶代わりの攻撃を終えたゴキブリ人間が、いやに冷静な声で告げる。
「背徳の預言者、レジナルド=マーフィー……肥溜めからの爆誕だ」

「これもあなたのブック通りですか?」
 人を騙すことが好きな夫のことだから、エリシャはこれをサプライズの一環ではないかと勘繰った。娘に活躍の場を設けるという建前で、娘に強敵をぶつけて痛めつけさせるという、あんまり嬉しくないサプライズ。
「ハハハハ! そうだ! お前のことを忘れていたよ、レジナルド=マーフィー!」
 社長自らが企画したビックイベントに、堂々と殴り込みを仕掛ける無謀な所業。これぞ、ジャスティンが心底求めていたエンターテインメント。この上ないビジネスチャンス。
「人種はゴキブリ人間、見ての通り過激なパフォーマンスが売りのスラッシュメタラーだ。この社会を呪う若者たちを代弁するような、シニカルでバイオレンスな楽曲は、複数のドラッグを同時にキメた時のように聴衆を狂乱させる。メーション・スタイルはベルゼブブ=スウォーム、物量とスピードに秀でたイメージ=サーヴァントらを操る」
 幻の自動車の誕生秘話を語るが如く、嬉々として部下自慢を始めるジャスティン。
 レジナルドはギターを掻き鳴らし、所々骨が露出したコウモリの大群を召喚する。魔法の絨毯よろしく大群に運ばれて、仰向けのままでいたブルーノの背中に飛び降りる。
「こっんの中●れカマ野郎!! テメェの●●●、●●●中の●●●に●●して、ベーコンにされちまったか!?」
 この後待ち構えるであろう、BASスタッフからの処罰を恐れもせず、放送禁止用語を乱発するレオナルド。
「すまないレジナルド。せっかく観に来てくれたのに、不甲斐ないコンサートになってしまって」
 新人いじめの報いを受けて、満身創痍にされたブルーノも、殆ど傷が癒えていた。あえて何も喋らずにいたのは、空気を読んでの上なのだろうか。
「テメェはワルに成りきれねぇから、女子供にやっつけられんだよ! お坊ちゃんぶってねぇで、テメェの●●の●をおっ広げて見せ付けちめぇ!」
「そういう君は、見境が無さ過ぎる。プロならもっと、上質な獲物を選ぶべきだ。悲壮感がより浮き立つような子を」
 趣味嗜好が合うのか、同じ狂人ヒールという仲間意識によるものなのか、この二人はプライベートで仲が良いという噂。
「オラ!! もう一度●●しやがれ! 第二ラウンドおっぱじめんだよ!」
 ブルーノを激しくストンピングしながら、掻き鳴らしたギターによって衝撃波を浴びせ掛けるレジナルド。
「さっきまで身体中から流血していたから、肝心な所に血が通わないんだ……」
 口答えに憤慨したレジナルドは、転がっていた空の植木鉢を拾うと、ブルーノの後頭部に思いっ切り叩き付けた!
「FU●●●●●●●●●●K!」
 ブルーノは電気を喰らったかのように、ビクッと動いた。

「ちょっと! 子どもも観ているのに、禁止用語連発するの止めなさいよ!」
 レジナルドを指差しながら警告するクローディア。
「えっ、良い子のみんなが観てもいい番組なんですか!?」
 プラネッタは四つの目をまんまるにして叫ぶ。
「アァン!? テメェ! オレにファッ●ン●●●するなってか!?」
「それはもっとダメだけど、生放送中だからもっと言葉選びなさいよね!」
「FU●●●●●●●●●●K!」
 とりあえず口汚く叫んだレジナルドは、ギターを素早く掻き鳴らして、目が今にも腐り落ちそうな蜂の大群を召喚した。ショットガンのように一纏めに発射された大群を、クローディアは目の前に華焔の壁を展開することで防ぐ。
 レジナルドは、蜂を召喚するためのリフをもう一度、より速く掻き鳴らした。やはり召喚された蜂の大群が一纏めに放たれ、クローディアの華焔に燃やされて霧消する。同じフレーズを繰り返すことで、直前に使ったメーションをスピーディーに発動できるのだ。
 尚もリフを掻き鳴らし、その速度は蜂が召喚される度に加速する。クローディアの華焔の強度が削り切られるか、それともレジナルドのスタミナが先に尽きるか、一触即発なメーションでの根比べ状態だ――!
「Ahhhhhhhhhh!」
 ……と思いきや、怒りを発散して満足したのか、レジナルドは咆哮とともにギターリフを終えた。
「ニンゲン様にはなぁ! ●●●する為の穴が必要なんだよお! テメェは●●●が出てくるお口で●●●を●●●されてぇか!?」
 そう叫んだレジナルドは、八つ当たり気味にギターをブルーノの背中に叩き付けた。
「レイラ中の公衆便所は、どこもかしこも満席だ。便器はいつもオムツが取れない大人で溢れ返り、腹痛に悶える家畜どもは野●●するしかねぇ……血塗られたディストピアだ。だからオレたちの手で、とびっきりの公衆便所を建ててやるんだ。一番蠅が集りやすく、一番目立ちやすい所にな」
 さり気なくブルーノを蹴り飛ばしたレジナルドは、主役であるはずのプラネッタをも意に介さず、ステージの中央に陣取って狂ったようにシャウトする。
「テメェらに、マジ●チなメンバーを紹介してやるぜ! アイドルポップとミサ曲で滅菌消毒されたディストピアを、オレたちの手でもう一度、汚染してやる!」

「ネームレス=リメイン。死神と呼ばれた傭兵が自作した拳銃。質実剛健の家財也」
 声がしたと同時に、極彩色の風がプラネッタの目の前を掠める。身構えたプラネッタが、ホルスターに二本の手を伸ばしたが、二梃の拳銃がいつの間にか消えていた。
われ玉璽ぎょくじを刻みませう。人類が共有すべき遺産たる証」
 プラネッタの背後に、風と思わしきものの正体が立っていた。彼女はプラネッタが身に付けていた二挺の拳銃を床に置くと、爪先でこれ見よがしに踏み躙る。
 その後、ご満悦な面持ちとなった彼女が二梃を拾い上げると、立派な飾り羽で渦を巻く孔雀の印が刻印された。薄手のレッグカバーの足裏にある紋様で、判子を押すようにして。
「あの者、もしや……!?」
 髪の毛の代わりに、目玉を思わせる紋様の羽根が頭部から生え、同じく腰周りから生える羽が、ベリーダンス衣装の腰巻きのように連なっている、成熟した女性。鳥人間――より厳密に言えば、孔雀から進化した人間である彼女の勇姿を、エリシャは知っている。
「えっ、うそ!?」「マジもん!?」「引退したんじゃ……!?」「なんでここに!?」
 殆どの観客も、孔雀人間の女性には見覚えがあった。確か彼女は、怪盗劇とカンフー活劇を見事に融合させ、古典映画シリーズの一つとして数えられるまでになった、伝説のヒロインを演じきってみせた女優。
「人呼んで権茶恩くぉんだうん! 纏璽玉膚てんじぎょくふとお呼びなさい!」
 その名前、ステージネームが音楽院跡地に轟いた瞬間、辺りからは最早悲鳴と変わらない叫びが飛び交ってきた!
「マジ!? 本物!?」
 クローディアもトップクラスの有名人であるが、伝説のアクション映画女優を目の前にして、その風格に立ち竦んだ。
「そ、そんなに有名な人なのですか!?」
 幼少時代、サバイバル一辺倒の教育を受けてきたプラネッタだから、誰もが知っている女優を知らなくても無理はない。
「驚くのも無理はあるまい。かの有名なカンフー映画、纏璽玉膚シリーズによって一世を風靡したアクション女優は、出産を機に映画界から姿を消した。しかし、『お前の母ちゃんはやらせしかできないザコ』といじめられた我が子の嘆きに奮い立ち、己が力を示すために、バトル・アーティストとして舞い戻ったのだ」
 してやったりの顔で、エリシャに解説を始めるジャスティン。レイラ中の人間の度肝を抜くために、今の今まで極秘情報として内密にしていたのだ。
「いやしかし、初披露がこのような形になるとは……。誰の手引きだ?」
 バトル・アーティストは新人であっても、ある程度までは出演するライブなどを自由に決めることが許されている。とは言っても、社長自ら企画したライブに乱入するとは、生半可な準備では許されない行為だ。ジャスティンは、二人の乱入者の背後にある、何か強大なものの存在を疑った。
「一挺は吾の美術館に永久保存。もう一挺は、警察組織に寄与せんが為、然るべき値打ちで技術者に売り付けませう」
 所謂メソッド・アクターである茶恩は、ステージの上では完全に映画のキャラクターになり切っている。
「低価格で作成できる拳銃ならば、相場から言い五万。技術料金を加味すれば最低でも四十万。吾がこの舞台に立つに要した費用は二十万程。肉体を鍛え上げるに用いた錬成費三千万などは出精し……強気に見積もって、百万ほどの値打ちか」
「銃の構造がバレたたら、私の商売上がったりなのです!」
 プラネッタはわなわなと震えながら言った。

「返してあげなさいよ、それ!」
 クローディアは両腕に華焔を纏い、ダッシュで茶恩との間合いを詰めてゆく。と、茶恩は傍に転がっていた木椅子を蹴り飛ばす。クローディアに向かって滑走する椅子の背もたれを掴み、逆立ち状態のようになると、両手を軸にして駒のように開脚大回転した!
「うわっ、何それ!?」
 格闘技としては到底あり得ないムーブだったので、クローディアは困惑して立ち止まる。茶恩の脚が顔面に当たりそうになった寸前、姿勢を低くして回転蹴りから逃れた。
 真横を通り過ぎた瞬間、茶恩は椅子を持ったまま縦に半回転。勢いを利用して、持ってた木椅子を振り降ろしてきた! クローディアは両腕でガードし、木椅子は木端微塵に。
「すげぇ! 本当にできるんだ!」
 小道具を用いず、雑技団のような動きをしてのけた茶恩に、大勢の観客が夢中になる。いくら映画館のポスターなどで、CGやワイヤーは未使用と宣言しても怪しいものだが、映画で見た動きを目の前で再現されたなら、もう疑いようがない。
 壊れた木椅子の脚であった二本の棒を、茶恩は巧みに操っていた。クローディアのパンチやキックを躱しながら、木棒の先端で刺突し、斜め前に飛びながら後頭部を殴りつけ、脛から首へと上昇する神速の八連撃で斬り付ける。茶恩は見栄えが良いという理由で、テコンドーを主体にして戦うが、他の格闘技や武器術にも長けている。
「このっ!」
 近間に来た時、クローディアはボディーブローで反撃を試みたが、茶恩は鋭いバックステップで回避。直後、茶恩は前に踏み込んで低姿勢で一回転。クローディアの足を払おうとするが、間一髪、足を上げて蹴りを避けられた。
 丁度一回転した瞬間に、カウンターの前蹴りを浴びせようと思ったクローディアだが、あろうことか茶恩はもう一回転してきた。それも立ち上がりながらの上段蹴りだから、不意を突かれて顔面にクリーンヒットしてしまった!
 ――名だたる怪盗は、盗みの現場に敢えて痕跡を残すという。茶恩が用いる痕跡は、アームカバー、レッグカバーによって刻まれる孔雀の玉璽。強烈な蹴りを頬に浴びたクローディアは、顔面に孔雀の印が刻まれてしまった。
「できるんだ! 実戦で!」
 今この時点においては、クローディアよりも茶恩の方が、より沢山の声援を受けている。
 茶恩は宙に舞い上がりながら、身体の軸を地面と水平にした。空中で三回転した後、クローディアの頭部目掛けて垂直に踵を叩き付けようとする。すかさずクローディアは両手で頭を隠す――が、なぜか顎を蹴り上げられて、後方に吹っ飛ばされてしまった!
「えっ!? 何したの今!?」「どうして吹っ飛んだ!?」
 回転方向に逆らった蹴り技は、一般人は勿論、格闘技のプロにすら見切ることが難しい。
 クローディアは尻餅をつき、茶恩は華麗に着地。木棒を投げ捨てると、腰に収めていた二挺の拳銃を引き抜き、容赦なく連射! クローディアは慌てて全身から華焔を発し、銃弾から身を守ろうとする。
「いたっ! ……あれ!?」
 と、クローディアの皮膚に幾つかの銃創が生じた。直撃よりは遥かにマシだが、それなりに痛い。
 いつもなら拳銃弾程度、軽々と燃やして防げるはずだが、華焔の勢いがいつになく弱々しい。それもそのはず、クローディアの華焔は観客の応援によって焚き付けられ、激しさを増すもの。その観客たちは今、伝説のカンフー女優に心を奪われているのだ。
「既にそちの身体は吾のものよ。刻印されし孔雀印、光栄に思え」
 プラネッタから奪った宝を、再度腰に収めながら、勝ち誇ったように言う茶恩。クローディアは対抗するようにニヤリと笑いながら、ひょいと立ち上がる。
「ふふん。でもキックはあんまり痛くないね。そのアームカバーとレッグカバー、映画通りなら玉璽纏ぎょくじまといって言うんだっけ? わざと攻撃力を低くするメーションを掛けた、撮影用の武器でしょ」
 そう言って指差した瞬間、茶恩がクローディアの手首を片手で捕え、肘を肘で捕え、一気に骨を折った! 尚も腕を捕らえられているクローディアは、茶恩と共にその場で一回転して引き倒される。クローディアの背後から脇の下に腕が回されていて、片膝立ちの茶恩が身体を捻ると、肩の関節まで破壊される!
「是即ち、そちの演芸よりも長く上映できる事と同義也」
 仰向けになったクローディアの頭を膝に乗せ、首を締め上げながら茶恩が言う。本気を出せば、神速の関節技で全身を破壊できるという、暗黙の脅迫だ。
「マジだー! この人マジだー!」
 優しく解放されたクローディアは、身体を震わせて驚愕するのみであった。

「僕の名前はイグノランス。思案するガラクタドールだ」
 まさかの茶恩に熱狂していたせいか、いつの間にか第三の乱入者が現れていたことに、多くの観客は気が付かなかった。
「あらまあ、可愛らしい男の子」
 スクリーンを眺めるエリシャがそう漏らす。イグノランスと名乗った、小奇麗でシンプルな首輪を着けた男の子は、生まれたばかりの赤子を思わせるように透明で、それでいて聡明そうな顔立ちをしている。素肌を覆うように黒い装甲があり、眼球のほぼ全体が真っ黒なのを見ると、蟻から進化した人間なのだろう。
「奴は天涯孤独であるが故に、子どもとは思えぬくらいに感情表現が希薄。しかし、心の奥底では愛を求めているが故に、仕える主を探し回っているのだよ。精密機械の如き弾道演算能力を以ってして、アンタレスと呼ばれる特殊な光線銃を使いこなす、モンスターヒールだ」
「モンスターヒール? 主に外見などで観客を怖がらせる、悪役のことですよね?」
「……それにしても、新人アーティストを二人以上も囲い込めるとは、余程強力なバックが付いているに違いない」
 エリシャの質問を無視するように、ジャスティンが独り言を言った。知らぬふりを決め込むことは、つまり後で性質の悪いサプライズが待ち構えているということだ。
「奉仕させて欲しい。僕の自由意志を証明する為に。人間らしいことを――」
 見えない壁のすぐ近く、いわば特等席に陣取っている、悪趣味な観客たちと向き合うイグノランス。不完全燃焼だった彼らはすかさず、「プラネッタちゃんを撃て!」「顔と服をやれ!」と口々に叫んだ。イグノランスの片手には、変わった形のレーザーライフルが握り締められている。
(来るの……!?)
 プラネッタは、メーションで異空間から予備の拳銃二挺を取り出し、敢えてホルスターに入れてしっかりと握る。半壊した机の上で、足を組んで眺めている茶恩が、隙を見つけて銃を奪ってくるかも知れないからだ。
「それが何故、君たちへの奉仕と成り得るのだ?」
 イグノランスは無表情で問いかけた。猟奇趣味への軽蔑でもなく、恐怖でもない、純朴な形で疑問を呈した。機械的な反応に、流石の観客たちも困惑して一瞬静まり返るが、すぐに「プラネッタちゃんが可愛いから」という返答が来た。
「不明な因果性だ。原初状態の僕には理解し難い」
 瞬きもせず、頷きも首を振ることもせず。好奇心を秘めた巨大な黒目で、悪趣味な観客たちは真っ直ぐ見つめられた。なぜ猟奇趣味に目覚めたのかなんて、改めて質問されたら咄嗟の説明に困る。自然と観客たちは、イグノランスと同じように真顔になっていた。
「だが――把握した。局地的な多数決原理に基づき、アンチノミーを克服する。君たちの思考回路を理解してみたい」
 イグノランスは無表情のまま、やおらにライフルをプラネッタに向けた。
「ふふ。素直じゃあないか、あの子。怖いくらいに」
「あの坊主には後でたっぷりと、タトゥーの彫り方をねじ込んでやる」
 期待の新人を見つけて、狂人ヒール二名がほくそ笑む。
「クローディアさん、休んでいてください! 私がやるのです!」
 プラネッタが言った瞬間、イグノランスは無表情でライフルを撃って来た!

 銃口から射出された光線弾は、実弾に比べるとそれほど速くはなかった。横走りしながら、四本腕による安定した二挺撃ちを行い、射線から逃れながらイグノランスに反撃する。
 イグノランスは両腕をクロスさせ、メーションによって対銃弾防護壁ABBを展開した。バトル・アーティストにとっての基本技の一つである。しかし、半透明な防護膜は銃弾の貫通を許し、皮膚が傷ついた。メーションはそれほど得意ではないらしい。
 プラネッタが焼け落ちた屋根の陰に隠れたところで、イグノランスは斜め上に向けてライフルを撃った。勿論その方向にプラネッタはいないが、まるで鏡に反射されたように、光線弾の軌道が変わった。天井にあたって跳弾した訳でもなく。
 プラネッタは「えっ」と声を漏らすと、物陰から飛び出し、間一髪で変則軌道した光線から逃れる。片膝立ちのまま二挺の拳銃を連射すると、イグノランスもライフルから小さな光弾を連射させて対抗した。
 互いの撃った弾が、二人を結んだ線の中心付近で衝突しあい、共に撃ち落とされる形になっている。この奇跡的な確率が頻発しているのは、弾幕障壁BBBという基本的なメーション技によるものだ。その効果は銃弾速度や連射速度など、メーションの腕前よりも銃火器の性能、そしてガンテクニックに依存する割合が非常に大きい、シューター向けの技だ。
 先に弾を撃ち尽くしたプラネッタは、自ら仰向けに倒れ込む。その中途、空の弾倉を抜き、フリーになった手を使って、新たな弾倉を素早く挿し込む。これを一挺に対して二本の腕で行えば、二梃同時にリロードできるのだ。
「僕はもう――」
 何やら呟きつつ、イグノランスは大きな光の塊を撃った。
(クラスター爆弾!?)
 上下に揺れながらゆっくりと迫り来るそれに対し、プラネッタは仰向けのまま一発打ち込む。案の定、銃弾が命中した瞬間、光の塊はハリネズミが爆発したかのように、無数の小さな光の針となって拡散する! その内の何発かが刺さったが、あんまり痛くなかったので安堵するプラネット。これが至近距離での爆発だったら……想像もしたくない。
 次々と光の塊を撃ってくるイグノランス。プラネッタはその全てを、近い順から撃ち落としていったが、二挺拳銃の銃弾が尽きるのは時間の問題だった。最後の一発を撃った瞬間、仰向けのまま全速力で後退する。蜘蛛人間特有の、八本手足だから為せる業だ。
「あの蠍のように、本当に皆の幸の為ならば――」
 反撃を喰らうことはないと確信したイグノランスは、闇夜に向けて何度も太い光弾を撃った。その間にも光の弾は迫り、それを上回る速度でプラネッタが後退する。最も近い光の塊が、時間切れで爆散した瞬間、プラネッタは物陰に退避した。
(こうなったら、追加弾倉なのです!)
 そう思いながら、異空間から特殊な弾倉を取り出したプラネッタは、念のために真上を確認した。――やっぱり光線弾が降って来た! 太い光線弾から分裂した、無数の光線弾が闇夜を埋め尽くしている!
 プラネッタはやむを得ず、メーションでABBを展開した。半透明な防護膜によって、光の雨の第一波、第二波からは守られた。が、第三波からは徐々に光弾が貫通して身体に刺さり、第四波によって完全に防護膜が破壊され、残る光の雨が無慈悲に突き刺さる!
「僕の躰なんか、百遍灼いても構わない」
 イグノランスは、そう言いながら銃口を降ろした。プラネッタは物陰で、無数の小さな刺傷に悶えて自らの両肩を掴んでいるが、そこまで激しい出血量という訳でもない。
 無表情のまま、猟奇趣味を持った観客たちに向き直るイグノランス。すると、「それで終わり?」とでも言いたげな視線が帰って来た。
「僕の奉仕は、十分だったか?」
 その無機質さに当てられて、すっかり観客たちも大人しくなっていた。
「種族のイドラを持たない僕には、分からない」
 イグノランスは、瞬き一つしなかった。

「本当のなまえはてぃみゅりぃ。二つ名は虚蝕きょっしょくって言う」
 廃校舎の壁の陰から現れた、ティミュリィと名乗ったサイバーゴス風の女の子。何日も不眠でいるかのように、目の下にある隈が真っ黒で、手足は左右で別々の色合い、シルエット。まるで身体の部位ごとに、異なる生物を継ぎ接ぎにしてくっ付けたかのようだ。
「でもわたし、寄生するタイプのキノコから進化したにんげんだから、戦う時になると、段ボールにしまっていた、たくさんあるわたしたちが暴れだして――」
「また乱入者!? なんかいつも以上に多いなあ!」
 勢いが復活した華焔と、見えない壁の内部という相乗効果によって、破壊された身体が元通りになっていたクローディア。物陰で蹲っていたプラネッタに駆け寄り、傷だらけの身体に華焔を灯してあげると、乱入者が現れた方を見た。
「カルシウムに、コラーゲン……骨素材!? 否、よもや……」
 茶恩はと言うと、片眼鏡と一体になったバタフライマスクを着けて、奪った宝の鑑定に夢中になっていた。
「そろそろキリがないのです!」
 灯された華焔によって、クローディアと同様な自然治癒能力を得たプラネッタ。無数の刺傷が塞がると、二挺の拳銃をリロードしながら立ち上がった。
「お昼に食べたハンバーガーの挽肉から豚の唇が露出し、という胸怖小人のニヤニヤが……昇る……、引き肉から豚の唇、が、露出して、水溶する何もかも分裂した太陽が迫って来てコンクリートが水様して、ある日狂、怖……が、深海魚で生まれて来れば良かった小人を食えるし大洋という教賦でスープが沸騰しても」
 自らの頭を抱えながら言いだしたティミュリィの言葉を、理解できる者はいなかった。詠唱式のメーションですらない。
「あの子、意識が不安定のように見えますが、大丈夫なものですか?」
 腕組みをしているエリシャは、険しい面持ちでスクリーンを眺めている。
「彼女は茸人間の中でも希少種な、言わば寄生するタイプのキノコから進化した人間でな。ティミュリィと言う名前の、核心・・となる一つの人格があるが、あらゆる生物に寄生を繰り返した経緯から、数多くの自我・・がごった煮になっているのだ。普段は根暗な性格だが、興奮すると支離滅裂で凶暴な状態となってしまう。孤独な生活に耐え兼ねて、ともだち・・・・作りのためにデビューしたのだよ」
 嬉しそうに解説したジャスティンは、ある人物が一枚噛んでることを確信し、不敵に笑っていた。
「――精神は液化した虚無だ。無意識の深淵の上に蓄積された――」
 突如目を見開いたティミュリィが両手を突き出す。皮膚を鉄ヤスリで削ったかのように、二本の腕から粉状のものが分離されたかと思うと、底知れぬ闇を思わせるような黒へと変色した。闇の底に潜む得体の知れない怪物が、地上に立つ者を掴んで引きずり落とすかのように、黒い粉が空間を浸蝕しながら二人に迫る――!
「目潰し!?」
 クローディアは例によって、目の前に華焔の壁を展開した。深海生物の触手のように、空間を侵食する黒い粉は、華焔の壁に当たって呆気なく霧消する。背後に立っているプラネッタも、華焔の壁によって守られるはずだった。
「あ、プラネッタ!?」
 しかし、クローディアの華焔がまだ弱体化していると判断したのか、それとも疲労故の焦りなのか、イグノランスのような変速軌道の攻撃と判断したのか。物陰から物陰へと飛びこみ前転することで、浸蝕する黒い粉から逃れようとした。

 飛びこみ前転を終えたプラネッタは、すぐに周囲を確認した。すると、今まで自分とクローディアが立っていた場所に、ティミュリィが瞬間移動していた。どうやらあの黒い粉は、瞬間移動をする為の予備動作であるらしい。
 移動直後で周囲の状況が把握できず、辺りをキョロキョロ見回しているティミュリィに向かって、一挺の拳銃を向けるプラネッタ。確実にダメージを与える為、まずは一発胴体を狙い、矢継ぎ早に頭狙いの一発を撃った。ティミュリィの身体に二つの風穴が空き、小麦粉袋が破裂したように、黒い粉が周囲に飛び散る。
「ちょ、プラネッタ! 私だって!」
 何処かへ消えていたクローディアの怒声。気が付くと、今の今までティミュリィが居た場所に、クローディアが立っていた。腹部と頭部に銃創を受け、身体から夥しい量の血が流れているクローディアが。
「えぇっ……」
 プラネッタは罪悪感で、上側の二つ目から、涙が流れそうになった。まさか、銃撃を受ける寸での所で、ティミュリィがもう一度瞬間移動したというのか。自身と相手の場所を瞬時に入れ替える、高度なメーションによって。
「ちゃんと確認しろや! ど素人!」「何テンパってんの!?」「頭おかしいんじゃね?」
 観客席から発せられる痛烈な批判が、耳を通り抜け心臓へと突き刺さる。
「ちゃんと確認して撃ってよ、プラネッタ! 今まで何の為に練習してきたの!?」
 怒り心頭のクローディアは、全身に華焔を纏いながら、ゆっくりとプラネッタの方へ歩み寄る。
「それとも私のことが気に食わない!? せっかく親切にしてあげたのに!」
 シューズが腐った床を踏みしめる度に聞こえる響きが、まるで自分が断頭台へ続く階段を登っている時のように思える。
 プラネッタは恐怖で腰が抜けてしまって、その場にへたり込んでしまった。人として恥ずべきミスを犯した自分に、裁きの華焔が迫ってくる――!
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
 皮膚の全てが爛れる地獄の炎を想像する。身体が勝手に、クローディアの太腿を狙って射撃していた。観客の怒りも籠った激しい華焔が、呆気なく拳銃弾を燃やす。地獄の炎が迫るにつれ、心臓が暴走し、血管が破裂しそうになり、あまつさえ吐き気すら覚える。
「恩知らずが!」「辞めちまえ! クズ!」「あんたなんか、生きてる価値ないわよ」「さっさと責任取れよ!」「お姉ちゃん、きらい!」「こんなライブ観に来るんじゃなかった……」
 三角座りになり、涙を滲ませた四つ目を固く閉ざし、四つの手で耳を押さえ付けて、外界の情報をシャットアウトする。それなのに、観客の罵声は無理矢理脳内に響き渡り、周囲の空間が押し潰して来るような錯覚に陥る。
 為す術なく天誅を待ち受ける他なくなったプラネッタは、この責め苦から逃れる唯一の方法を思いついた。自らの側頭部に銃口を突き付け、躊躇なく引き金を引く!
 それで苦しみから解放されるはずだった。しかし、ここは事故死や後遺症があり得ないBASのステージ。死ぬことは許されず、気絶することすら許されない。
「私のっ! 腕が悪いのです! もう悪魔の腕になっちゃいました! 早く手術したいです!」
 どうせ拷問に晒されるなら、せめて自分で自分を罰しようと考えた。胸に装着していたナイフを手に持つと、自らの手首を何度も突き刺した。必死に許しを乞いながら、顔を振り回し、涙を撒き散らす。
 目の前で立ち止まり、屈みこんだクローディアが、ナイフを突き立てられたプラネッタの腕を取る。彼女の全身に灯った華焔が、そのまま腕に燃え移る刹那――!

「――大丈夫? プラネッタ?」
 その一声で、プラネッタはようやく認識できた。クローディアに握られている自分の手首から、得体の知れないキノコが生えていたことを。手首だけでなく、全身数ヵ所にキノコが寄生していた。それらは華焔によって、全て焼け落ちる。
「キノコの胞子で洗脳されていたのか……!?」「罪悪感で自傷に追い込んだんだよ」「えげつなッ!」
 観客たちは、プラネッタを罵ってなどいなかった。キノコによって精神が寄生されていた時、聞こえる言葉全てが罵詈雑言へと変換されていただけだ。心配そうに顔を覗きこんでくるクローディアに対して、プラネッタは呆然と頷くことしかできなかった。
「見たか? ああやって自我を寄生して、幻聴や幻覚で責めるんだ。すると、ヤ●中みたいに兄弟同士でケンカしたり、手前の首を掻き毟ったりして、自分の手を下さずにリンチできるんだ」
「久しぶりに、新しい狂人ヒールがデビューしたという訳か。僕や君とはまた、方向性が違っている」
 ヒールの花形とも言える狂人ヒールは狭き門。レジナルドとブルーノは、気持ちの昂りクールダウンさせるように、譫言を言い続けるティミュリィを、興味津々と眺めていた。
「そこから光が、光。わたしの蝕胞しょくほうが土星、の輪の中に掃除機されてしまった。あるいは消毒液が空から降って来てこれはわたしの気だけが狂っている演技ですいぐのらんすと同じです自由意志です……ふぅ」
 自我が安定したティミュリィは、無気力な顔となる。
「自由意志とは、かくも混沌としたものなのか?」
 イグノランスは遠間から、彼女を無表情で観察していた。

「少しは思い知ったのではなくて? 貴女の腐敗政治に異議を唱える、虐げられし民らの反骨精神を。悪の帝王の七光り、クローディア=クックッ!」
 五人目の乱入者は、クローディアにとって聞き慣れた声だった。ライブの枠組みを超えて突っ掛かってくる、クローディアのライバル。誰に対してもフレンドリーな彼女ですら煙たがる程、事あるごとに営業妨害ばかりする、嫌味の塊。
 胸元の空いた真紅のロングドレスを着て、無色の宝石が額に埋め込まれたハイ・カーバンクル。高貴な生まれであることが一目で分かる衣装だが、職人の頭目さながらに大声を張り上げる様は、むしろ労働者階級の方が親しみやすいだろう。
「ミシェル、あんた……!」
 思わず拳を握り締めながら、クローディアが五人目の乱入者を――今までの四人を統率するリーダーを睨み付けた。
「ハハハ! やっぱりお前が主犯だったか! ダイヤモンド=クイーン、ミシェル=ルィトカ! いいぞ、もっとやれ!」
 これぞ待ち望んでいたものだと、ジャスティンは両手を打ち鳴らして大いに喜んだ。クローディアがミシェルに手を焼いていることはよく知っているが、あの程度で心折れるようなヤワな教育はしていない。自慢の娘にどれほど食い下がれるか見物だと、激突の瞬間を待ち焦がれている。
「観客を楽しませる為なら、何でも許されるこのステージ。されど、実際に上演されるは、口パクアイドルグループのお遊戯会にも等しい、筋書き通りのおままごとッ! 泥臭さとッ! 気合とッ! 根性が足りませんわッ!」
 盛大なブーイングによって出迎えられることは、覚悟の上の乱入。飛び交う野次を跳ね除けるかの如く、最後列の観客にまで届く声で演説をするミシェル。
わたくしは、この決闘場を在るべき姿に還したいのですわッ! 奴隷身分にも等しく下克上の機会を与え、絶えず強者が王座を巡って流動し、永劫に淀み無き清流が溢れだす、神聖なる決闘場に!」
 観客席を見回したところで、誰も彼もが意気地なし。台本通りに進んだライブで、自分たちが飼い慣らされていることを、疑問にすら思わない。自らの意志を破棄して、金持ちが投げ与えるエサを啄んで生きる、奴隷の精神。
 しかし、どのような集団の中にも、反骨精神を秘めた骨のある人間は、常に一定数いるものだ。表立って反逆しないのは、同調圧力によるものなのか、無念にも実力が伴わないのか、虎視眈々と機会を狙っているのか。
 ミシェルの先祖は、鉱山地主に奴隷としてこき使われていたが、下克上によって利権を奪い取って貴族となった。ミシェルはその武勇伝を誇るかのように、金持ちでありながら飢えた貧乏人の精神を絶やさずにいる。反逆の意志を秘めた強き者どもを煽り立て、闘争に駆り立てることを、使命として己に課しているのだ。
「貴殿たちッ! 血潮滴る闘いを所望なのではなくてッ!?」
 今回ミシェルが目を付けたのは、ブルーノの猟奇趣味を楽しみにしてきた観客たちだった。彼らの目の前、見えない壁に鼻先が触れるか否かの前に陣取ると、握り締めた拳を見せつけながら叫んだ。
 片手に四つずつ、計八つ嵌められたダイヤモンドの指輪。それらが一斉に煌くと、ミシェルの握り締めた拳が無色透明な宝石に覆われた。物理的にもメーション的にも、最高峰の強度を誇る宝石を、真正面から豪快にぶちかますメーション・スタイル。決して砕けぬ不屈の闘志を称えるように、ダイヤモンド=ガイストと呼ばれている。

「利益の追求こそが資本主義ならば、声高き顧客の意見を汲み取るのは自明の理ッ! 口枷を嵌められたように押し黙れば、衆愚政治が罷り通ってしまうのは、時間の問題ッ! 貴殿らは、煌びやかな装飾を纏う豚どもに媚び諂って、人生を台無しにするのがお望みですのッ!? 違うでしょうッ!!」
「そうだそうだ!」「ダルマだ!」「ヒロピンだ!」「大革命だ!」
 マイノリティたちは、鬱憤を晴らすようにがなり立てた。刺激に飢え、曝け出せない欲望を抱えて生きる人にとって、またとないチャンス。渇望していた寄るべき大樹。ダイヤの女王が革命を起こす瞬間を観たいと、釘付けになっていた。
「素晴らしいですわッ! もっと声を聞かせておやりなさいッ! その魂の叫びで、眠りこけた羊どもの目を覚醒させてご覧なさいッ!」
 虐げられし民を統率する手腕に長けているミシェル。彼女が大声を張り上げる度に、心酔した側の観客たちも狂乱し、その勢いは数十倍以上もの観客たちを尻込みさせるほど。
「今に私が、羊どもを修羅場に連れ出して、一人残らず鉄拳で打ち砕いて――」
 クローディアは何の前触れもなく、振り向いた瞬間のミシェルの顔に、華焔を纏ったストレートをお見舞いしようとした。ミシェルはダイヤに覆われた手で、クローディアの拳をギリギリのところで捕らえる。
「意にそぐわぬ者の口は封じるお積もりッ!?」
 掴んだクローディアの拳を、怪力を以って握り潰そうとするミシェル。クローディアの手の骨が軋む。メーションとしての強度も、素の状態ではミシェルの方が上だから、急速冷凍されるかのように、華焔の勢いも弱まってゆく。
「あんたの声がうるさくて、観客の声が聞こえないんだよ。喋ってばかりいないで、たまには耳を傾けてみたら?」
 しかし、クローディアの華焔は誰かの応援によって焚き付けられるもの。単純な戦闘能力ではなく、いかに観客と共に戦うのかを追求したメーション・スタイル。徐々に大きくなる声援と共に、華焔の強度が高まり、逆にダイヤを削りゆく!
「そうだそうだ!」「ただの嫉妬だわ!」「数に頼ってボコボコにしやがって!」
「数に頼っているのは、貴女の方ではなくてッ!?」
「皆の期待を背負っている分、それに応える責任があるの!」
「自分だけが正義だと思わないで下さいましッ!」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ!」
 華焔とダイヤが真正面からぶつかり合い、両者一歩も譲らない。何万人もの声援を受けた華焔の勢いは、さながら竜神の吐く息のように荒々しくも神々しい。それを真正面から受け止めているミシェルの姿が、不死鳥を打ち負かす新たな伝説の到来を予感させ、眉を顰めていた観客ですら「もしや……!?」と無意識に期待していた。
 両者一歩も譲らぬ力比べは、凄まじい罵倒の応酬と共に、数分に渡って続いた。

「フンッ!」
 やがてミシェルの方から、先に手を引く。
「今日は宣戦布告さえ済ませれば、それで良いですの。私がけしかけるのは総力戦。そう! 貴女のプライベートや関係者をも巻き込む、大規模な戦争ですのよッ!!」
 腕に纏ったダイヤを霧消させ、メリケンのようなダイヤ指輪を嵌めた拳を振り上げて叫ぶ。
「憶えておきなさい、クローディア=クックッ! 貴女が生まれ持ったコネクションや血筋のみでBASを支配するならば、私たちは気合によって削り切るまでッ!」
 真紅のロングドレスを翻したミシェルは、肩越しにクローディアを睨み付けながら、最後にこう叫んだ。
「この場に居合わせた者残らず、傍観者と言わせませんわ! 安寧を享受できる最後の日、せいぜい大切になさいッ!」
 直後、スタッフが装置を操作したことで、ミシェルの身体が一瞬光に包まれ、瞬間移動で控え室へと消え去った。
「いいか。世のキ●ガイ野郎どもを隅に追いやると、いずれテメェら最大の敵となって立ちはだかる。メタリカを追い出された奴が、メガデスを結成して復讐を誓ったようにな」
 中指をクローディアに突き立てから、後を追うように瞬間移動で去るレジナルド。……よれよれになっているブルーノも、何故か一緒に消え去った。
「そちの居場所、吾が盗ってくれるわ。賢明にして活きの良い聴衆は、誠に天下無双の至宝。そちには豚に真珠也」
 うっとりと目を細めながら茶恩は言う。うっすらと危険な笑みを浮かべると、怪盗もまた瞬間移動で退場する。ブーイングではなく、クローディア以上に盛大な歓声を受けながら。
「僕にはミシェルのやることが、矛盾しているように見える。だが僕は僕自身が無知であるのを自覚しているし、本当は理にかなっている行為なのかもしれない。ルサンチマンか、アガペーか――それを見極めたい」
 イグノランスは二人に背中を見せたまま、難しい言葉を呟きながら、ゆっくりと光に包まれて消える。その純粋な好奇心が、見守る者に一抹の不安を覚えさせた。
「あなたの華焔の中に、てぃみゅりぃたちが入っていけば、もっとたくさん、ともだちができるのかな?」
 ティミュリィは遠間から、目をパチパチさせながら言うと、逃げるように瞬間移動で去っていった。

「敵軍がたくさんで、クローディアさん大変ですね」
 やがて、記録的な嵐が過ぎ去ると、プラネッタは無言で佇むクローディアの背後から、小声で言った。
「私は生まれつき、恵まれ過ぎているからね。その分人一倍苦労しなきゃ、笑われちゃうよ」
 振り返らず、グローブを嵌め直しながら、クローディアは強く答えた。その瞳に陰りはない。大勢に焚き付けられた華焔が、制御しきれずに身体の表面で跳ね回っている。迸る華焔は、観客からの強制なのかも知れないし、クローディアの強がりなのかも知れない。本人にすら真意は分からない。
「ハハハハ! それで良い! それでこそ私の娘だ! 逆境を見せ場に変えて、魅せろ!」
 スクリーンの前で高笑いしたジャスティンは、デキャンタ瓶の中身を、一気にラッパ飲みした。
「でも、たまには休んだっていいものですよ」
 スクリーン越しとは言え、ライブの熱狂に呑み込まれることなく、強く、優しく、エリシャは呟いた。

 

Part3

 昨今にしては稀な程、大規模な乱入劇がレイラ中に放映され、一時間弱した頃合。
 ミシェルの実家、すなわちルィトカ家の豪邸内部にて。
 そのホールには、億単位の値段で購入したという抽象的な絵画が幾つも飾られ、有名な芸術品の盗品と思わしき物がちらほら見受けられる。テーブルには、肥満の原因になるような料理、そして酒の空き瓶が大量に散乱し、絶えず獣のような笑い声を発する輩ばかりがいる。
「アホだなぁ、あいつら」
「ちょっと煽てればすぐに乗せられる」
「生き甲斐も友だちもいない連中なのね~」
 こうした罵詈雑言を飛ばしては、賛同を求めるように周囲の席を見回し、醜く口を歪める大人ども。彼らが巨大スクリーンで観ているのは、先ほど生放送で繰り広げられた、ミシェル軍団による乱入劇だ。録画した映像を、何度もリピート再生している。
「な? 脳に欠陥のある人間どもは、血を見せれば喜ぶだろ?」
 巨大スクリーンに背中を向けるように座っている男が、嘲笑い交じりに言った。ルィトカ家の現当主、ペムロド=ルィトカ。ミシェルの実父だ。
「そうですね!」「その通りです!」「さすがです!」
 ペムロドの晩餐会に出席した同類たちは、条件反射に主催者を賞賛した。

「考える力が無ぇ欠陥人間どもはよぉ、こうして血を見せればパチパチ鳴らして名作だと持て囃すんだ。中身なんか見ちゃいねぇ」
 いい気になったペムロドは話を続ける。不幸にも、心ない言葉を発する現当主を咎める者は存在しない。参列者たちは地位の保守に徹しているから、一様に「そうですね!」と答えるだけのイエスマンだ。
「要は誰かをぶち殺せば名作になんだよ。ぶち殺される奴は、悲劇のヒーローや可愛いガキならもっと良い」
「そうなんですか?」
 御機嫌を取るのが特に巧い参列者の一人が、敢えて訝しげな顔をして聞き返す。
「欠陥人間どもの溜まり場を覗いて来いよ、おめぇ!」
 バンとテーブルを叩き付けながらペムロドが叫ぶ。無知な参列者に怒りを覚えたのか、それとも支配下にある者を叱り飛ばすチャンスに狂喜したのか。
「勘違いした売れねぇクソ雑魚ライターどもが、ショートケーキにマスタードを塗りたくったみてぇに、必要も無ぇのにぶち殺す! ガキのおままごとに人殺しをブチ込んで、出し抜いたつもりで笑ってやがる! さもこれが現実の厳しさだと、クソ雑魚ライターどもが知ったかぶって、味覚障害の欠陥人間が涎垂らして頷きまくる!」
 聞き返した参列者は、大袈裟に頷きながら「欠陥人間ですなぁ!」と言って同調する。
「いやぁ気持ち悪い。生きてる価値ありませんね」
「考える力が欠落しているのですわ」
 礼節を弁えた人間が不在なのを良いことに、ゲラゲラと大笑いしている参列者たち。ペムロドは更に持論を垂れ流す。
「何もできねぇ欠陥人間どもはよぉ! 勝ち組人間が許せねぇんだよぉ! 仕返しも何もできねぇから、昼も夜も勝ち組がぶち殺される所を観たがってる!」
「だからああいうのが流行るんですね」
「やれやれ……」
「おうよ! だからミシェルには、勝ち組をぶち殺したがっている欠陥人間どもを付けてやった! わざわざ大金叩いて、欠陥人間どもを囲いこんでやった!」

「何でですか?」
 二番目に御機嫌を取るのが巧いと思わしき参列者が、ここぞとばかりに聞き返した。
「BASを乗っ取ったあいつを出汁にして、こいつで商売しようってんだよぉ! 欠陥人間どもに、少しは生きてる価値を与えてやろうってんだ!」
 ペムロドはテーブルクロスの中から、近未来的なゴーグルを取り出し、椅子を蹴飛ばしながら立ち上がる。
「このゴーグルはエスケーパーつって、掛けるとターゲットにした奴の感情や思考を追体験できる。まだ試作段階だけどよぉ。要するに、オリンピックの金メダリストをターゲットにセットして、このゴーグルを掛けりゃ、欠陥人間でもヒーローになったような気分を味わえる」
 ペムロドが説明している最中、見計らったようなタイミングで現れた召使いたちが、参列者にエスケーパーを配布する。
「何の生き甲斐もねぇ欠陥人間が、エスケーパーで逃避すればどうなる? 二十四時間ゴーグルを付けっぱなしにして、現実に帰って来れねぇだろうよ。完成した暁には、エスケーパーは使い捨て前提の量産品になる。エスケーパー中毒になった欠陥人間どもは、メシを食うのも服を着るのも忘れて、こいつを買い漁るようになるってわけだ」
「合法的な麻薬ですね!」
「欠陥人間にはお似合いですなあ!」
「あえて欠陥品を売るなんて天才ですねぇ!」
 これらの賛辞に、一体どれほどの真心が籠っているのか。
「……ミシェルを操り人形にするんですか?」
 誰もが思いつく疑問を、誰よりも先に言う事ができた参列者は、内心でほくそ笑んだ。
「いつまでもターゲットにするわけねぇだろ、おめぇ! 欠陥人間どもは、根性だの気合だのにアレルギーだ。すーぐブラック企業だ、体育会系だと、赤ちゃんみてぇに泣き喚いて、そのクセ自分では何もしねぇ。BASを乗っ取ったあいつをターゲットにするのは、あくまでエスケーパーを流行らせるための叩き台だ」
 ペムロドは懐からリモコンを取り出し、スイッチを押す。絵画も何も飾られていない、不自然な壁のスペースが、引き戸のように左右にスライドを始めた。
 仕掛け壁の奥に隠されていたのは、強化ガラスとガラス扉で隔てられた、簡素な待合室だった。ガラス越しには三人の子どもが椅子に座っているのが見えるが、マジックミラー加工が為されており、待合室側からホール側を見ることはできない。この晩餐会における余興のために、わざわざ突貫工事で作られた部屋らしい。

「エスケーパーが欠陥人間どもの間で流行ったら、ターゲットにするのはこいつだ! こいつが本命だ!」
 大層興奮した様子のペムロドが叫ぶと、すぐ隣の空間が歪んだ。徐々にその姿は色濃いものとなり、遂には完全に不透明となったは、この世の者とは思えない完璧な容姿の、純白の羽根を持つ少年であった。
「こいつはイドルっつうミュータントでよぉ! 俺の命令には絶対口答えしねぇように創られてる! 今おめぇらに渡したエスケーパーは、こいつをターゲットに設定している!」
 イドルという名の、少年型ミュータントの背中を、音が響くくらいに叩いたペムロド。
「おいイドル! あの部屋にいるガキどもは、自分勝手な行動で人様に迷惑を掛ける、欠陥人間だ! ちょっと行って説教してこい!」
 ペムロドが言った瞬間、参列者たちは今にも笑いだしそうになるのを堪え、一斉にエスケーパーを掛けた。
「俺は、自分自身の正義・・を貫いてみせる。たとえ誰から、どのように批判されたとしても」
 天使のミュータントは、待合室とホールを隔てるガラス扉に向かって、ゆっくりと歩み始める。その姿は徐々に透明へと近づいてゆき、再び目に映らないものとなった。

    ◆

「ったく! いつまで待たせんだよ!」
 待合室にいる子どもの一人、喧嘩が強そうな柄の悪い不良少年が、テーブルの脚を蹴飛ばしながら叫んだ。サムエルという名の少年は、濃い肌の牛人間であり、僅かに彎曲した二本の角を持つ。
「パーティの招待状寄越したんなら、しっかり準備しておけっての! 大人のクセによー! 時間ギリギリまでジムでスパーリングしときゃー良かった!」
 サムエルは大層イライラした様子で立ち上がり、数秒間待合室を歩き回った後、テーブルの上でノートパソコンを開いている眼鏡の男の子の脇で立ち止まる。
「おい、リヤンシュって言うんだっけか? お前も招待状貰ってここに来たんだよな?」
「そうだよサムエル。僕のプログラマーとしての資質を表彰したいって言うらしいから」
 リヤンシュという名の、タコから進化を遂げてきた眼鏡男子は、タコのような八本足をフル活用して、高速タイピングしている。
「プログラマー? 子どもなのにか?」
「うん。携帯電話で数学の練習問題ができるプログラムを作ってるんだ。僕の将来の夢は、特許が貰える発明をすること」
「よく分かんねーけど、マジ半端ねぇヤツなんだな」
 サムエルはノートパソコンを覗いてみたが、アルファベットや数字が羅列されているのを見て、頭痛を覚えるのみ。
「最近、電車やバスで学校に行く人増えてるよね? 疲れるし、帰ったら宿題どころじゃない。電車の中とかで宿題ができればいいなぁと思ったけど、ノートを広げると邪魔になるし、だから誰でも持ってるようなもので、レイラ中の皆が楽して宿題できればなぁって」
「オレ、練習があるから全然宿題やってねーし、そもそも学校に行ってねーけどよ。そんな風にできるなら、ちょぴっとくらいはやってやるぜ……で、お前も招待状を貰ったのか?」
 とても精巧に可愛らしい人形を、怪物から守るように抱きしめている、身体が弱そうな少女に話しかけるサムエル。
「え、え……」
 病弱少女は、言葉を詰まらせながらも弱々しく頷いた。この子の名前はウズマと言って、大きな一つ目を持っていて、その瞳は常に潤んでいる。
「んなに怖がらなくていーだろが」
 舌打ち交じりにサムエルが言うと、ウズマは「ご、めん……」と漏らして、一つ目から大粒の涙を流してしまいそうになる。イライラして、つい棘のある言い方をしてしまったサムエルは、心の中で自分に舌打ちしながら、少女が抱き締める人形に目を遣る。
「……お前が作ったのか?」
「う……」
 ウズマが微かに頷く。
「うめーな」
「うん……。野菜なの」
「野菜? 野菜から作られた人形か?」
「うん……。で、でも、売れないような、捨てるはずだった野菜を使って……。いつかは、野菜が好きじゃない子どもが、食べたくなるような……何でも口に、入れたがるし」
「二人ともすげーヤツだな」
 テーブルに座ったサムエルは、両手を枕にして天井を見上げた。
「ルィトカ家って、凄く大金持ちらしいね。そのパーティーに招待されるってことは、君も凄い人なんじゃないのかい?」
 そう言ってリヤンシュは、キーボードをタイプしていた八本足を、テーブルの下に隠した。
「俺はレスリングの大会で優勝したことがあるぜ。俺メチャクチャつえーぞ。親父をバカにした大人たちも、投げ飛ばしてやった」
「すごい……」
 ウズマがか細い声で言う。
「俺の親父は、我流の柔術を創始したんだ。メチャクチャつえーからな。だのに、もっとつえーヤツと戦った時に膝を壊しちまって、それから皆よえーよえー言いやがる! そりゃー、昔と比べて歳だし、膝も不調だから確かに弱くなっちまったけど、昔の親父知らねークセに、皆がよえー言うから自分もよえー言いやがって!」
 怒りが込み上げてきたサムエルは、椅子の背もたれを思い切り蹴り飛ばした。「う……」と怖がったウズマが、野菜人形を強く抱き締める。
「だから、学校や宿題の時間も惜しんで、ひたすら練習しているんだね」
「ああ! 何も知らねークセに、勉強しろとか、基本に忠実にやれとか、ふざけんな! 全員投げ飛ばしてやる! いつか、必ず!」
 ――待合室に仕掛けられた小型マイクによって、ホールにいる参列者たちは、すごい子どもたちの会話を盗聴していた。
「目上の人間に敬意を払えねぇ、生まれつき欠陥抱えたガキが!」
「近頃の若者は、すぐ携帯電話で楽したがって困りますなぁ!」
「あんな人形が流行ったら、真似する人が出てきて、食べ物を大切にしない子どもばかりになりますわ」
 三人の子どもは、マジックミラーの向こう側から、卑しい大人たちに批判されていることに全く気が付かない。

 と、テーブルに直接腰を下ろしていたサムエルは、突如背中に強い衝撃を受けて、ほぼ真横に吹っ飛ばされてしまう! 「えっ?」「え……」と、他2名が困惑する中、不良少年は壁に激突した後、床に落下する。彼がレスリングの受け身技術を活用しなかったら、間違いなく重傷を負っていただろう。
「なんだなんだ!?」
 若くして実践経験豊富なサムエルは、大人にいきなり背中を蹴られた時のことを思い出し、重心を低くして構えつつ周囲を見渡す。
「――誰も言わないから俺が言ってやる。今すぐ不良をやめて、マトモな生活に戻れ」
 テーブルの上には、半透明になった天使のような羽根を持つミュータント――すなわちイドルが立っていた。ドアが開けられた気配はしないし、ホールとこの部屋を隔てるマジックミラーが割られた形跡もない。壁をすり抜け、音もなく待合室に侵入したというのか?
「はぁ!? 誰だよお前!」
 構えたまま、一歩踏み出したサムエルが叫ぶ。リヤンシュとウズマは、そっと立ち上がり、恐るおそる部屋の隅へと後ずさっている。
「俺はイドル。自分の正義に忠実である者。この生命いのち、ミュータントという創られた悲劇だとしても、自分が自分であることを証明してみせる」
 完全に透明感がなくなったイドルは、テーブルの上から不良少年を見下しながら言った。自分の正義に忠実とは言うものの、その発言すらもペムロドの命令による、空虚な言葉。
「俺とやろうってか!?」
 すっかり頭に血がのぼったサムエルは、一発ぶん殴ってやろうと、もう一歩踏み出した。その瞬間、イドルの純白の羽根が白く輝く。
 すると、サムエルが着ていた使い古しの上着が、空気を限界以上に詰め込んだ風船みたいに爆散した! 銃で撃たれたかと思った不良は、さすがに「おわぁ!?」と仰け反り、他二名の子どもは思わず目を瞑る。
「お前は全てを暴力で解決しようとする。心が弱い証拠だ。勉強をサボっているから、話し合いで解決することも出来ない。マトモな大人に成れるはずがない」
 テーブルから降りたイドルは、ペムロドや参列者が好きそうな言葉を口にしながら、無表情のままサムエルの目の前に立った。
「人の生き方にケチつけんじゃねーよ!!」
 完全に我を忘れたサムエルは、イドルの鼻先に全力の鉄拳をぶち込んだ。が、このミュータントの皮膚はダイヤモンドかと思えるほどに硬く、逆に不良の拳が傷つく形となった。「いってぇ……!」と、傷ついた拳を擦りながら間合いを取るサムエル。
「俺はお前のことを想って言っているんだ。大人たちを見返してやりたいんだろ? じゃあ正しい知識が必要なことは、お前のような馬鹿でも分かる。それなのに、現実から目を逸らして、どうして矛盾した行動をとる?」
「何も知らねークセして、調子こいてんじゃねーぞ!」
 今度は投げ飛ばしてやろうと、イドルの腰に両手を回そうとする。が、サムエルの手先が触れた刹那、あろうことか十本指の爪全てが、極々小規模な爆発とともに亀裂が走る! 幸い、大怪我には至らなかったが「があぁぁー!?」と悲鳴をあげて身体を丸めてしまう程の激痛が走る!
「分かる。俺には分かる。だから説教してやるんだ。俺の正義を貫く為に」
 仰向けになったまま、激痛と憎しみで歯を食い縛っている少年を、見下しながらイドルが言った。
「いやぁ、いい教育になる!」
「大人の階段を登ったわね!」
 エスケーパーを装着した参列者たちは、イドルの思考を追体験することによる快感で、頭を真っ白にしていた。自分たちより生きた時間が短いのに、自分たちよりも活躍する子どもたちを、徹底的に踏み躙って支配する快感だ。
「イドルにはよぉ! 念じただけで物を破壊できる、プロのメーション使いのクローン細胞を仕込んでんだ! オリジナルとは比べ物にならねぇ威力だからな、おめぇ!」
 そのイドルの主であるペムロドは、エスケーパーを装着していないのにも関わらず、参列者以上の狂乱を見せていた。欠陥人間どもが崇める偶像を操り、支配された人間の価値観や人生をも支配する、より巨大な快感によって。

「お前は楽して成長することばかり考え、先人が流した血や汗や涙を、蔑ろにしている」
 イドルの純白の羽根が白く輝くと、テーブルの上に置かれていたノートパソコンが、爆発して粉々になってしまった。
「どうして!?」
 ウズマと共に、待合室の隅に退避していたリヤンシュは、気が動転してノートパソコンの残骸に駆け寄った。彼の努力の結晶は、今や火山灰のように椅子とテーブルを覆い尽くしていて、せめて記録メディアだけはと粉塵を掻き分ける。
「古いやり方は間違っていると決めつける。お前の傲慢さが表れている証拠だ。古いやり方には、お前も知らないような、大切なものが隠されている。素直に従わないと、いずれしっぺ返しがやって来る」
「僕は何も、決めつけたことなんか!」
 すっかり粉塗れになった両手で、バンとテーブルを叩き付けながら、リヤンシュは抗議した。
「いや、決めつけている。あらゆる可能性を模索する知性があれば、『レイラ中の皆が』なんて思い上がらない。お前は、お前にとっての普通を、皆の普通だと勘違いしている。だから俺が、目を覚ますチャンスを与えた」
「決めつけているのは、君の方だよ!」
 半ば涙目になって訴えるリヤンシュ。
「あーあ。顔を真っ赤にしちゃって、泣きそう」
「図星を突かれて狼狽えていて笑える」
 思春期に入るか入らないかの年齢で、大人顔負けの知識量を誇るプログラマー。そんな彼の甘ったれた根性を叩き直すイドルを、エスケーパーで追体験する参列者たちは、自分らは眼鏡少年の上に立つ大人だと一様に錯覚していた。
「正論が勝って小気味いいですねぇ!」
「俺に感謝しろよおめぇ! イドルを創ったのは俺だ!」
 正直な所、ルィトカ家の財力なら苦労して金儲けをする必要は無いし、もっと効率的な方法は幾らでもある。ペムロドが無意識下で思う真の目的は、レイラ中の人間が崇める強大な偶像を操り、絶対的なアイデンティティを確立させること。
 祝福の言葉だけを主神に告知し、呪詛の言葉は自らが背負う。無限に肥大するであろうペムロドのアイデンティティを、一切穢さない為の守護天使。不滅の心理的障壁。永遠なる偶像。それこそがイドル。

「不謹慎極まりない物体だ。存在するだけで皆が不幸になる」
 部屋の隅で、野菜人形を抱き締めたまま震えている、ウズマの方へと近づきながらイドルは言った。
「食べ物に恵まれない子どもたちが、それを見たらどう思う? お前は飢えに苦しむ人間を考えもしないで、絶望の淵に追いやる悪魔だ」
「こ、これは、す、捨て……」
 恐怖で全身を震わせるウズマは、それ以上続ける事ができなかった。
「お前の年下が真似することについては、どう思っているんだ? いずれ食べ物を粗末にする人間で溢れ返るぞ。お前の浅はかな行いのせいで」
 言い終わった瞬間、イドルの羽根が白く煌く。野菜人形は、内側にダイナマイトを仕込まれたかのように、見るも無惨に粉々になってしまった。
 無常にも、火山灰のように足元に降り積もる、野菜人形だったはずの粉塵。大切なお友だちを抱えていたはずの両手を、大きな一つ目に押し付けて、「ぐすっ、うぅ……」と悲痛な声が漏れた。
「お前いい加減にしろー! 壊すことしかできねーのか!?」
 未だに蠢く激痛に身体を丸めながらも、鬼のような形相でイドルを見上げながら、サムエルが糾弾した。舞い落ちる、野菜人形だった粉塵が触れては、雪のように溶けてしまう為、綺麗な姿が保たれているイドルの後姿。
「俺は自分の正義を貫き通した。あの不謹慎な物体がある限り、この子に幸せな人生は訪れない。だから破壊してやったんだ」
「悲しんでいるじゃないか! 君は間違っている!」
 今度はリヤンシュが糾弾した。唇を噛み、両拳を強く握り締め、無力な自分を呪ってすらいる。
「正義を貫くことは、憎まれ役になることだ。誰からも理解されない生き方だろう。俺はその現実を甘んじて受ける。自分が自分である為に」
「言い訳してんじゃねーぞ!」
「屁理屈だ!」
「――俺は、俺の信念に忠実で在りたいだけだ」
 無力な子どもがいくら糾弾しようとも、イドルは眉ひとつ動かさない。
「欠陥人間が好きそうですねぇ!」
「負け組どもにウケそうだ!」
 かく言う参列者たちが、イドルの思考や感情を追体験し、悦に浸っている。生意気な子どもに正論を下す思考回路、弱者の糾弾を耳にしても揺るがぬ感情。エスケーパーによって、自分はイドルへと転生したような心地になって、絶対的な支配者として君臨する快楽に酔い痴れる。
「欠陥人間どもは、喜んで中毒になると思いますわ!」
 いや、支配と言うよりは、イドルとペムロドが齎す快楽に従属しているのかも知れない。身も心も偶像と一体化するのを望むことは、偶像を前に跪いたのも同義。ペムロドの思惑に嵌まっていることに、薄々と気が付いている参列者もいるが、しかし彼らはむしろ従属することに悦びを見出している。
「楽して偉くなれるなら、やらねェ手はねェよなァ!」
「分かったかよ、おめぇ! 俺が欠陥人間に生きる価値を与えてやろうってんだ! 欠陥人間どもの人生は、俺のものだ!」
 服従か支配か。マゾヒズム的かサディズム的か。どちらにせよ、参列者もペムロドも、権威主義を基にアイデンティティを確立している事には変わりない。他者への強い依存によって成り立つ、仮初の自分らしさ・・・・・
 それは偶像によって現世で肥大化し、自由から逃走した人間を呑み込み、糧にし、融合して、やがて美学や信念を踏み躙る白痴の神と成る。

「FU●●●●●●●●●●K!」
 子どもたちの悲痛な叫びや泣き声が流れていたスピーカーから、突如甲高いシャウトが届いた。エスケーパーによって快楽に溺れていた参列者たちは、思わず両手で耳を塞ぐ。
「カタツムリ!?」
 テーブルの下から、無数のカタツムリが姿を現したのに気付く参列者たち。毒々しい色の、催眠術で使われるような渦をした、殻を背負っているカタツムリの大群。
「フォーク無しではフライドポテトも食えねぇ、テメェら●無し貴族の為に、オレがエスカルゴを食わせてやるぜ!」
 堂々とホールの正面扉を蹴り破って登場したのは、背徳の預言者レジナルド=マーフィー。ダブルネックギターで掻き鳴らされる、邪悪なリフに呼応して、ホール内のあらゆる隙間から次々とカタツムリが出現する。
「イドル! 早くこっちに来て俺を守れよ、おめぇ!」
 ペムロドがそう叫んでから数瞬後、待合室にて透明化したイドルが、ペムロドの真正面にて実体化した。絶えず天使の羽根を輝かせ、近付くカタツムリから次々と木端微塵に破壊し、霧消させてゆく。
 ウナギのように身体をくねらせながら、それはもうカタツムリとは思えない程の猛スピードで、椅子の脚から参列者の身体へと登ってゆくイメージ=サーヴァントら。農園のキャベツみたいに、大量発生したカタツムリに埋め尽くされたら、こういう生き物が嫌いな人はショック死するレベルだ。
「うわっ!! 気持ち悪い!!!」
「いやぁ!! 来ないでぇ!!!」
 乱痴気騒ぎにあったホール内の雰囲気は一転、カタツムリによって阿鼻叫喚の終末劇場と化した。我を忘れて、真っ青な顔で逃げ回る参列者もいるが、カタツムリを踏ん付けた際に滑って転び、倒れた所に更なるカタツムリが群がるゾッとする結末に。
「ソースはセルフサービスだ! チキン貴族のゲ●風味エスカルゴってな!」
 カタツムリに纏わり付かれた参列者たちは、特に外傷を受けた様子はないものの、カタツムリの粘液によって眩暈と吐き気を催していた。
「目が回る!」
「吐きそう……」
 ただ一人、イドルのおかげで無事でいたペムロドが叫び、怒り任せにフォークを投げつける。
「なんのつもりだ、おめぇ!?」
「レジナルド=マーフィー……どこにメス入れてもウジ虫しか湧いてこねぇ、欠陥だらけの人間さ」
 参列者たちがもがき苦しむのを見て、一先ず満足したレジナルドは、ギターを弾き終わると共にマジ●チスマイルを見せ付けた。程なくカタツムリの大群は残らず消え失せ、参列者たちは間一髪、ゲ●風味エスカルゴのセルフサービスをせずに済んだ。
「うぉおい!」「ゴルァ!」「何すんの!」「ふざけんな!」
 愉しみを台無しにされて御立腹な参列者たちは、眩暈で足元が覚束ないままに、レジナルドに詰め寄って拳を振り上げたり、指差したりする。
「謝れぇえ!」「土下座しろ!」「弁えろ!」「自分が何したか考えろ!」「マナー違反だ!」「何様なのアンタ!」
「あァン?」
 レジナルドは老人のように、耳元で片手を広げて聞こえないフリをした。
「それが目上に対する態度か!」「私たちが貴様の給料を払ってやってるのだ!!」「舐めてんじゃないわよ!」「ごめんなさいって言えぇ!!」「赤ちゃんかよぉ!?」
「あァ~~~ンン??」
 詰め寄って来る参列者を押し返すように、負けじと前進しながら聞こえないフリをするレジナルド。
「言葉通じねぇのかよ!」「謝れっつってんの!」「クビにするぞオメェ!」「欠陥人間が!!」「ごめんなさいは!?」
「FU●●●●●●●●●●K!」
 レジナルドはいきなり鋭利なギター音を轟かせ、取り囲んでいた参列者を衝撃波で吹き飛ばした! ドミノ倒しめいて次々と倒れた参列者たちは、眩暈も相俟ってなかなか立ち上がれない。絨毯のようになった彼らを、レジナルドは走り回りながら、一人ひとり踏み付けてゆく。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
「いだいいだい!」
「腹踏み付けんなゴラァ!」
「こいつ頭おかしい……いだっ!!」

 一方、イドルが去り、ウズマのすすり泣く声のみが聞こえる待合室に、新たな招かれざる客が入って来た。ホールへと続く扉ではなく、通路に続く方の扉からだ。
「君の使用していたPCが、光学ドライブ搭載型だったのは幸いだ」
 思案するガラクタドール、イグノランスだった。無表情のまま、呆然と立ち尽くしていたリヤンシュの方へと歩んでいく。握っているレーザーライフルには、外付けの光学ドライブが装着されている。
「誰……?」
 半ば放心していたリヤンシュだったが、イグノランスがふいに銃口を向けて来たので、力士に突き飛ばされたように自ら尻餅を付く。トリガーを引いたのを確かに見た時、身体中から色んな物が飛び出そうになり、目を瞑って頭を抱えた。
 数秒後、特に痛みを感じなかったリヤンシュは、身体をガタガタと震わせながらも目を開く。青紫色の光線が、木端微塵になっていた元パソコンに対して照射されている。細長い光線が、残骸全体を覆い尽くすように拡散している。
「レーザー光を照射することにより、保存されていたデータを読み込んでいる」
 イグノランスの淡々と説明したを聞いたリヤンシュは、敵意が無いことを悟り、安心して立ち上がった。
「そんな技術が、レイラで実用化されているの?」
「ディスク表面上のピットが、粉塵の面積よりも細微であったのが、奇跡的とも言えよう。ただし、ピット自体が寸断された場合は、復元率が低下する」
 外付けの光学ドライブには、進行度合いが青いゲージで表示されていた。おおよそ三分の一くらい進んでおり、完全にコピーするまでにはもう少し時間が掛かりそうだ。

「お人ぎょうさん、おかあさんの心の鏡。たくさんある自分のひとり」
 どこからともなく、呪われそうな調子の声が聞こえてくると、すすり泣いていたウズマの涙が止まった。両手をどかし、一つ目で野菜人形の残骸を見下ろすと、まるで分裂したアメーバの映像を巻き戻したかのように、カラフルな粉塵が身体の部位を為してゆく。
「あなたがお人ぎょうさんをだっこするのは、お人ぎょうさんがあなたを守っているから」
 ウズマの斜め前で、底知れぬ闇から削り取ったような、不気味な胞子が渦を巻く。あんな色、野菜人形のパーツに使っていなければ、ノートパソコンの残骸でもない。
 どこからともなく現れた蝕胞の一部が、半分ほど元通りになった野菜人形の内部へと侵入していった。やがて、野菜人形が元通りになると同時に、蝕胞はあらゆる生物を継ぎ接ぎにしたような混沌とした寄生キノコ人間――虚蝕ことティミュリィとなった。
「ほら。今はこの子が、あなたのおかあさん」
 床に転がっていた野菜人形を拾い上げたティミュリィは、大きな一つ目をパチクリさせているウズマに渡してあげた。
「ナカナイデ、ウズマ」
 口は動かなかったが、少しぎこちない声が、野菜人形の腹の中から確かに聞こえた。
「喋った……!」
 さっきまでの涙が嘘のように、パッと笑顔となるウズマ。話すのが苦手なウズマは、よく野菜人形たちに話し掛けながら、自分の感情を確かめていたものだが、まさかこの子の方から声を掛けてくれる日が来るなんて。夢が叶ったウズマは、ギュッと野菜人形を抱き締めて頬ずりした。
 ここだけの話、ウズマのことが可哀想に思ったティミュリィが、さり気なく蝕胞を寄生させて自我を植えつけたのだ。今はまだ、ありきたりな言葉を発するだけの未熟な自我だが、向けられた感情などを糧にして成長できる。母親が毎日話し掛けてあげれば、蝕胞は半永久的に野菜人形に寄生し続け、いつかきっと流暢な言葉を話すウズマの半身になる。
「あなたのおかげで……!」
 さっきの不可解な光景を目の当たりにしたウズマは、目の下が真っ黒な少女のおかげで、野菜人形が喋るようになったことを、それとなく理解していた。
「お人ぎょうさんが橋になって、てぃみゅりぃとあなたもともだちだね」
 ティミュリィは、パチパチと瞬きしながら言った。

「復元率は、99.2%だった」
 限界までデータを吸い上げたイグノランスは、レーザーライフルから外付け光学ドライブを外す。
「不完全な僕を許してくれるのか?」
 光学ドライブそのものを、リヤンシュに差し出したイグノランスは、真剣な眼差しをしている。リヤンシュは視線によって、脳を射抜かれたような感覚を覚える。
「十分過ぎるよ! だって家にはバックアップがあるから、0.8%はそれで補完できるよ、きっと! その内に、この場で打ち込んだプログラムが含まれたとしても、今日一日が無駄になることよりずっとマシ!」
 リヤンシュは慌てて何度も頭を下げた後で、恐るおそる外付けの光学ドライブを受け取った。
「なんてお礼を言ったらいいのか……!」
天上的な愛ウラニオス・エロスを実践しているんだ。精神を研磨する、崇高な行為。肉体ではなく、精神を愛することを」
 そう言ってイグノランスは、片手を広げて握手を求めた。握り返されたイグノランスの冷たい手が熱を帯び、その瞬間初めて彼は存在価値を証明され、無表情のまま頬を赤らめる。

 と、突如ホールとを隔てていたマジックミラーに、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。次の瞬間、音を立てて崩壊すると、向こう側に立っていたレジナルドが、間近に立っていたサムエルを指差す。どうやらギターを掻き鳴らした際の衝撃波で、マジックミラーを割ったらしい。
「おい。コイツら●無し貴族どもが、テメェらのこと低●のガキって散々言ってやがったぜ」
「んだとー!?」
 サムエルは、それまで隔てられていた向こう側の景色を見て、全てを察する。
 贅沢過ぎる料理を囲って、何者かたちが大騒ぎしていた形跡。唯一人無事な人間、主催者のペムロドが一番目立つ席に座っていて、庇うように憎きイドルが立っている状況。そして大人たちが転げ回っているのは、目の前のゴキブリ人間が叩きのめしてくれたからだと、それとなく理解できた。
「どいつもこいつも、子どもだからってバカにしやがってー!!」
 サムエルは思わずテーブルに頭突きをかまし、二本角で面を抉り抜いた。
「テメェにコイツをやらぁ! オレと一緒に、オヤジ狩りしようぜ!」
 レジナルドは腕に付けていた、スパイクだらけのアームプロテクターをサムエルに投げ渡した。これを付けて前腕で殴打したら、間違いなく物凄く痛い。
「ああよ! 倍返しだ!!」
 迷わず手に取ったサムエルは、スパイクを装着してホールの方に飛び出していった。レジナルドの背後には、両手で高価なツボを持ち上げているチキン貴族がいるが、気配を察知しながらも敢えて知らんぷりしている。
「死ね! 欠陥人間!」
 今まさに、ツボをレジナルドの頭上に直撃させようとした瞬間、真横からサムエルの前腕が炸裂した。やっぱり物凄く痛い。「うぎゃあぁ!」と悶絶した参列者を踏み付けながら、サムエルが叫ぶ。
「どうせ暴力はいけねえとか言うんだろ!? 分かってんだよー! お前がそうやって言葉や仕組みで暴力を振るって、俺たちにできる暴力だけを禁止するってことが!」
 忌々しく蹴りで追撃したサムエルは、次々と襲い来る参列者たちに対して、格闘で反撃していった。狡猾で悪徳な大人たちに抗う為の、不良少年ができる唯一の方法であった。必死に歩んできた道を肯定するための。
「やっちめぇな! ワルになってこい! テメェのようなク●ガキが必要なんだ! 大人しいガキばかりじゃ、大人どもに都合の良い世界になっちまうぜ!」

「おめぇら! 自分が何してるのかちょっとは考えろよぉ!」
 遂に堪忍袋の緒が切れたペムロドは、大笑いしているレジナルドを指差し、イドルに攻撃を指示した。
「イドル! 手加減してやれよ、おめぇ! おめぇがヒーローになるための踏み台なんだからよぉ!」
「俺が言ってやるんだ。あいつらが間違っていることを。正義を貫くために」
 機械的にそう答えたイドルの、天使の羽根が光を帯びる。直後、サムエルの大立ち回りを観て、腹をよじって笑っているレジナルドの全身に激痛が走った。あらゆる体内器官が破裂したような感覚を覚えたレジナルドは、「あうっ!?」と身体を棒にして硬直し、心臓麻痺したかのようにそのまま倒れ込んでしまった。
「え……!?」
「身体が破裂したってこと!?」
 待合室の中から、外の様子を伺っていた子ども二人は、顔を真っ青にして立ち尽くす。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ……!」
 レジナルドは生きていた。実際に体内器官が破裂した訳ではないが、今まで味わったことのない苦痛に苛まれ、脂汗を滝のように流しながらも立ち上がる。
「テメェも大量●戮が好きらしいな!」
 レジナルドはゼーハーと苦しそうに呼吸しながらも、壇上から見下すイドルを指差す。
「お前は腐ったミカンだ。平穏を乱し、罪のない人間を悪に堕とす悪魔だ。音楽を隠れ蓑にして、やってることは弱い人間の為すことと変わらない。だから俺が、皆を代表して手を汚すんだ。自分の正義を貫くために」
「聖戦の為にぶっ●す。いい言葉だよな! 約束された安堵だ。何も考えなくても、三十七兆の細胞が射●しっぱなしだ!」
「正義の反対は別の正義。俺のやることもまた、見方を変えれば悪なのだろう。だけど俺は、自分が自分らしくある為に戦う」

 ふと、イドルの周囲に蝕胞が集う。渦潮のようにイドルの足元に集積した蝕胞の中から、卵の黄身のように蕩けたティミュリィの腕が飛び出し、その先がイドルの胸に触れた。イドルの全身、そして天使の羽根は、瞬く間に蝕胞によって黒く塗り潰される。
 大量の蝕胞によって、強烈な自我を寄生させて、イドルを止めるつもりだった。が、全身を覆う蝕胞が霧消しても、現れたイドルは依然天使のような美貌を保ち、純白の羽根の煌きは一層強くなっていた。
 直後、イドルの足元に集積された蝕胞が、内側にダイナマイトを仕込まれたかのように爆破された。元の姿に戻ったティミュリィは、腹を押さえて激痛に耐えるレジナルドの方へと吹き飛ばされた。
「馬鹿野郎、おめぇ! 最高級のAMMが身体に混ざってんだ! メーションなんて効かねぇんだよ!」
 イドルに隠れて、椅子に腰を下ろしているペムロドは、レジナルドの傍で倒れたティミュリィを嘲笑う。
「中途半端な覚悟なら、今すぐアーティストを辞めろ。友だちが欲しいと本気で思うなら、普通はその能力を封印し、別の道を模索するはずだ。普通はな。俺はお前の為を想って言っているんだ」
 イドルが淡々と言うと、エスケーパーを装着した参列者たちは手を叩いて爆笑した。
「普通の人間じゃないからねぇ!」
「欠陥人間ですもの!」
「意思亡き意志が我ら……に絡んでは蹂躙するという悪魔、の児戯が我らがまるで戦火に覆われた廃屋の様に……くぅ!」
 興奮して支離滅裂な言葉を話すティミュリィは、両手で身体を持ち上げてみるが、激痛によって立ち上がれない。
「アァン!? テメェ! 嬢ちゃんは自分の正義を貫いちゃダメってか!?」
 苛烈な痛みで、片膝立ちになっているレジナルドは、再度イドルを指差して皮肉を飛ばした。
「自分らしい人生を歩ませる為に、間違ったことをはっきり指摘するべきだ。俺には分かる。正しい道筋に導かれなければ、最悪の結末が待っている」
「虚無、が……降りてくる歓喜の言葉が金の陽光となってお前は太陽だ! 砂漠で殺す邪悪の化身正義の外套を被った――! てぃみゅりぃは違うの! 他の人とは全然!」
 深呼吸を繰り返しつつ、何とか立ち上がったティミュリィ。フラフラしており、その姿を観て参列者たちがゲラゲラ笑う。

「アンチノミーを克服する」
 待合室の窓枠から飛び出したイグノランスは、片肘から地面に着地すると共に、レーザーライフルの照準をイドルに定めた。STUNの文字が投影されたホロサイトを覗きこみ、イドルの胴体に多重になった円形ロックオンカーソルがあることを確認する。本来、複数のターゲットに向けて同時攻撃する為のシステムを、単体に対する集中攻撃として応用する。
 多重ロックオンしたイドルに向けて、非殺傷の光線を複数同時に発射する。複雑に絡み合いながら直進し、道半ばで夏の大三角を描くように分離した。それからイドルの胴体一点目掛けて収束し、光線全てが同時に命中した!
 しかし、光線はイドルの身体を麻痺させるどころか、全く同じ軌道でイグノランスの方に跳ね返されてゆく。微かに目を見開いたイグノランスは、後ろに転がって回避を試みるが、間に合わずに頭部に受けてしまった! 激しく痙攣し、手放されたライフルが床に転がる。
「理論ではなく、心で愛を理解してみろ。もっと単純に考えることはできないのか? 誰もお前のように、難しく考えていない。お前のやっていることは無駄だ」
 無疵のままでいるイドルが、イグノランスを見下ろしながら言った。
「君の目的が分からない。君は何をしたいのか?」
 麻痺から復活したイグノランスは、ライフルを拾い直して立ち上がり、尚も非殺傷の光線を発射した。一本ずつ正確に、イドルの異なる部位へと発射するが、手に撃っても足に撃っても光線が反射され、イグノランスの身体が痺れる一方だ。
「お前はお前を愛する人間のことを想ったことがあるのか? カッコつけて自分を犠牲にしても、お前を愛する人間を悲しませるだけだ。何も考えずに戦うだけじゃ、ただの機械だ。お前の為を想って言っているんだ」
 徐々に出力が上がってゆく光線を、微動だにせず跳ね返しているイドルが言った。イドルは僅かに表情を硬くしながら、自身に跳ね返ってくる光線に耐えている。が、遂に重篤な麻痺に耐えられずに片膝をついてしまう。
「いぐのらんす、空っぽにならないで。あなたへの愛で、虚無をみたして」
 ティミュリィがイドルの背中に手を当て、蝕胞を纏わり付かせた。自我を寄生しているのではなく、寄生したキノコで麻痺の症状を吸い取り、イグノランスを治療しているのだ。
「君たちの信念に、悉く白いカラスを示すのは、見ていられない」
 感情が希薄なイグノランスだが、今回ばかりは胸の内で、仲間に対する何か熱いものが暴れている。
「見ろ。お前のせいで、誰かが傷ついた。だから言ったのに」
「FU●K! テメェがやったんだろうが! ペテン師めぇ!」
 レジナルドは足元に転がっていた皿をイドルに投げつけたが、ダイヤモンドのような皮膚には傷一つ付かない。

「ざまあ見ろ! 欠陥人間ども!」
「普通に生きてれば、こんな屈辱とは無縁だったのにねぇ!」
 イドルの思考や感情を追体験していた参列者らは、あらゆる痛みを忘れて狂喜乱舞していた。
「何だよお前らー!? 殴られたらちょっとは痛がれよ!」
 先ほどから憑りつかれたように笑っている参列者たちに、一人ひとりスパイクの殴打をお見舞いしていったサムエルは、奴らの笑い声が全く絶えないことに尻込みした。
「人をバカにするのが、そんなに楽しいこと!?」
 待合室の物陰に隠れたリヤンシュは、携帯電話で警察を呼ぶか否かで悩んでいる。
「いじめ……!」
 弱い者いじめが子どもの世界だけだと思っていたウズマは、三名の生贄を取り囲んで罵詈雑言を浴びせている大人たちに、恐怖している。
「分かったかおめぇ! おめぇらなんか大人しくした方が、世の中の為になる! 普通に生きている奴らを邪魔すんなよおめぇ!」
 イドルの隣に立ったペムロドが、ゲラゲラ笑いながら叫ぶと、参列者たちの声は更に大きくなった。
「欠陥品が!」「悪魔の子!」「犯罪予備軍!」「人間の恥さらし!」「自己満足野郎!」「親不孝!」「三流芸術家!」「幼稚園行けば!?」「赤ちゃんからやり直して来い!」「生きてる価値ないですな!」「何で生まれて来たの!?」「よく生きてられるねぇ!」「死ね!」「死ねよ!」「さっさと死ね!」
「ヒャハハハ! そんなにク●してぇか、テメェら! いいぜ! オレがパンツを脱がしてやる!」
 脂汗を垂れ流しながらも、レジナルドは歯を食い縛ってギターを構えた。
「てぃみゅりぃてぃみゅりぃてぃみゅりぃてぃみゅりぃ……わたしはてぃみゅりぃ。わたしは、わたしのことを好きでいたい」
 自分の名前を連呼して正気を保ったティミュリィは、両手の内に蝕胞を発生させて、撃ち出す準備をした。
「これが限界状況であるならば、理性を捨て、本質を掴みとってみせる」
 イグノランスの目がかつてなく真剣になり、レーザーライフルの銃口をイドルに向けた。

 イドルの純白の羽根が煌いた瞬間、三人のアーティストが僅かに引き下がる。ふと、イドルの頭頂部に影が覆い被さったのを見て、レジナルドもティミュリィもイグノランスも、一斉に天井を見上げた。イドルの足元にある円形の影が、急速に広がってゆく。
 不審に思ってペムロドが眉間に皺を寄せた瞬間、天井から降って来た宝石尽くめの人型が、イドルの頭部に肘を直撃させた! 薄い水色の宝石を、重装鎧のように全身に纏う彼女は、ズドン! と重い音を立てて倒れ込み、床に亀裂を走らせる。彼女が片手を支えにして、のっそりと立ち上がると、物臭そうに振り返ったイドルと目が合った。
「やれやれ……」
 一切痛がる様子を見せないイドルは、宝石鎧の肘の辺りを見つめている。角にぶつけられた卵のように凹み、亀裂が走っている肘の辺りを。純白の羽根が煌くと、その亀裂はミシミシと音を立てながら鎧の手足の末端まで走り、間もなくガラガラと音を立てて重装鎧が崩れさった。
「ミシェル、おめぇ! またワガママかよ!」
 崩れた鎧の中から現れたのは、ペムロドの実娘、ダイヤモンド=クイーンことミシェル=ルィトカだ。露出度の高いロングドレスを着ており、イドルに浴びせた渾身のエルボーの反動で、肘から出血しているのがはっきりと分かる。
「乱入劇を終え、早々に撤退した甲斐がありましたわ。私の留守を見計らった晩餐会とは、どういうお積り?」
 ミシェルは三人の子どもと目配せを交わしながら言った。ルィトカ家に仕える人の中でも、ミシェルの方を支持する人間が、こっそりと告げ口したらしい。
「呼ばれなかった理由ちゃんと考えて物を言えよ、おめぇ! せっかく欠陥人間どもに更生のチャンスを与えてやってんのに、おめぇらのせいで台無しだ!」
 顔を真っ赤にしたペムロドがテーブルを蹴り飛ばす。
「戯言をッ! 言わないで下さいましッ! 更生のチャンス!? 世の理不尽に反逆する彼らに、貴殿如きが更生など、見上げた横暴さですわッ!」
「おめぇがBASでやってることと同じだろうがぁ! 弱い奴を集団で滅多打ちにして、根性を鍛えてやってんだよ!」
「精神論を押し付けるのは、人間として一番やっちゃ駄目なことだ」
 主人のペムロドを庇うように、守護天使のイドルが喋る。
「馬鹿の一つ覚えみたいに根性、気合を押し付けて、それで過労死した人が何人いると思っているんだ?」
「成程。一理ありますわ。――それで? 貴殿の考える改善方法を教えて下さいまし」
 ミシェルは両手の骨をバキバキと鳴らしている。
「僕は自分の正義を貫く。自分が自分である為に」
「あらまあ、詰まらない偶像ですこと。何も考えていない、誇りも信念も持ち得ない。そのような輩の説法など、取るに足りませんわッ!」
 四個のダイヤ指輪を嵌めて、メリケンを装着しているようなミシェルの拳。天井に向かって掲げると、勢いよくイドルの頬に叩き付ける! しかしイドルは全く痛がる素振りを見せず、「はぁ……」と漏らして呆れた。
 それどころか、例によって純白の羽根が煌き、ミシェルの全身に尋常ならぬ痛みが走る。第三者の視点では、ミシェルが急に歯を食い縛り、微かに前のめりとなり、脂汗を流し始めたように見えた。姿形や音が存在しない、破壊するだけのイドルの能力。
「馬鹿野郎、おめぇ! 何もできねぇ欠陥人間どもは、こういう奴が好きなんだよ!」
 激痛に悶えているミシェルを見て、ペムロドが大笑いしている。
「ほら! 根性ですぞ~! お嬢さま~!」
 エスケーパーでイドルの人生を追体験している参列者たちも、大爆笑している。
「おめぇが好きな、誇りも信念も根性も気合も、欠陥人間の人生には不要なんだよ! 適当に飯食って糞して、ヒーローや可愛い女がぶち殺されるところ見てりゃ満足なんだよ! あいつらそれで、全てを悟ったみてぇに澄ましてやがる!」
 壊れた猿のオモチャみたいに手を打ち鳴らしながら、イドルの方へと歩んでいくペムロド。
「おめぇらは大人しく踏み台になってるこった! 欠陥人間は自分で変わることが嫌いだから、一人完璧なアーティストがいれば十分だ! エスケーパーが完成したら、おめぇらにも分けてやる! イドルとエスケーパーを作った俺に感謝しろよ、おめぇ!」
 歯を食い縛っているミシェルをはじめ、レジナルド、ティミュリィ、イグノランス、サムエル、リヤンシュ、そしてウズマを、順々に指差しながら、勝ち誇ったように叫んだ。今やペムロドは、偶像を産み落とした邪神そのもので、人間を超越した力で価値観を支配する快楽に酔い痴れている。

「あらお父様。完璧なアーティストを名乗らせるなら、もう少し改良が必要なのではなくて?」
 脂汗を垂れ流しながらも、ミシェルは不敵に笑ってみせる。
「何言ってんだぁ、おめぇ!」
 ミシェルが精神論に依存して、現実逃避をしているようにしか思えず、ペムロドや参列者はゲラゲラと笑った。
「すぐに気合に頼る癖を直さないと、最後にはお前に跳ね返って来るからな」
 呆れながら言い放ったイドルの額には、一筋の血が流れていた。頭にエルボーを落とされた際に、僅かながら傷を受けたのだ。
 ふとペムロドがイドルに目を遣ると、「はぁ!?」と怒鳴って顔色を変えた。それこそ偶像のように佇んでいたイドルは、物臭そうに額を撫で、赤く染まった指先を見る。
「まったく……」
 眉を顰めて呟いたイドルに、顔を真っ赤にしたペムロドが掴みかかり、激しく揺さぶった。不滅の心理的障壁、無垢な守護天使に泥が塗られるのは、許されざること。主人の顔に泥を塗るにも等しい、裏切り行為なのだ。
「ボーっと突っ立ってるからだろ、おめぇ! 俺におめぇのケツ拭かせるつもりか!?」
「なんて厄日だ……!」
 戦いで一切傷を受けない、無敵の自分という精神的拠り所が揺らぎ、イドルはストレスを感じていた。
「何やってんだ!」「調子に乗ってんじゃないわよ!」「欠陥人間以下かよ!」
 エスケーパーでイドルの思考を追体験していた参列者らは、狂喜が瞬時に反転して憤怒に染まった。我を忘れ快楽を訴えていた彼らは、我を忘れイドルに罵詈雑言を浴びせていた。
「うわあああああああ!!!」
 イドルはペムロドを突き飛ばすと、激しいストレスから齎される頭痛に頭を抱えた。
「うおぉい! 何すんだおめぇ!」
 背中からテーブルに突っこみ、あらゆる食器を破壊したペムロドは、這う這うの体で逃げだした。
 憤怒に支配され、エスケーパーを外すことすら忘れた参列者らは、イドルのストレスを追体験することで、更に汚い言葉を浴びせまくる。イドルのストレスが増大する程に、エスケーパーを通して自分が苦しむことも忘れて。
 次第に言葉だけではなく、皿やフォークや空き瓶まで投げ付けられた。ストレスによって集中力を削がれている為か、頭を抱えたまま動けずにいるイドルは、投擲物を受ける寸前で破壊できないどころか、マトモに受けて傷を受けている。
「テメェガリ勉ブレインのゲ●野郎か? 初めて皮剥いたくらいで夜泣きしやがって」
「みんな意識が溶けてひとつのホットケーキになっちゃった」
「失われた半身は、やはり共依存で埋める事が不可なのか?」
「まあ、なんてだらしのないこと。自分らしさを貫くならば、今すぐ立ち上がってみせなさいッ!」
 飛び交う投擲物が当たったら危ないので、四名のアーティストはイドルから離れた所で屈んでいる。

「うおぉい! さっさと緊急停止させろよ、おめぇら!!」
 参列者の輪の外側に避難したペムロドは、近くにいる召使いたちを手当たり次第に殴り飛ばしながら叫ぶ。
「俺に恥かかせるつもりかおめぇ! スイッチ押すのもできねぇのかよ!? 頭おかしいんじゃね!?」
「その……緊急停止スイッチが……何者かに盗まれてしまって……」
 召使いの中の一人、マルコという青年が恐るおそる告げた。リーダー格とも言える存在だが、召使いとしては経験が浅い。しかし、他の召使いはマルコよりも若いから、仕方なくリーダーを務めているのだ。というのも、年老いた召使いは我先にと退職しているからだ。
「盗まれてしまってじゃねぇだろ、おめぇ! おめぇのせいで晩餐会が台無しだ!」
 ペムロドはまずマルコを蹴り倒すと、近くにある皿やフォークや椅子を、次々と顔面目掛けて投げ飛ばす。マルコに庇われた若き召使いたちは、どうにもできずに硬直している。
「何で報告しなかった!? あぁ!?」
「ふ……紛失したことが表沙汰になったら、晩餐会が台無しになると思って、さっきまで全員で探し回っていましたが」
 鼻血を出しているマルコが答えた。その目は虚ろ。この失態を報告したら、部下共々酷い目に遭わされることを確信していたが、面と向かってそう言えるはずがない。完全な存在であるイドルを、緊急停止させる必要は無いだろうと、自分に言い聞かせていたが、不運にもミシェル軍団の乱入によって失態が露呈してしまった。
「誰がそんな事しろっつった! 自分で勝手な行動するなっつっただろ! 責任は自分で取れよおめぇ!」
 ペムロドに股間を蹴り飛ばされ、マルコは両目を強く瞑って丸くなる。
「ど、どうすれば……?」
「それくらい自分で考えろよ、おめぇ!」
 ペムロドはムシャクシャして、マルコの顔面を乱暴に踏み潰した。

「そちが所望するのは、これのことか?」
 何食わぬ顔で、ペムロドの背後から躍り出てきた、孔雀人間の女性。ベリーダンス風の衣装に身を包んだ女傑、纏璽玉膚の茶恩だった。薄手のアームカバーを纏った手には、緊急停止スイッチが握られている。
「なに人の物勝手に盗ってんだ! 提訴すっぞ、おめぇ!」
 怒鳴ったペムロドは無視して、四名のアーティストの前に立つ茶恩。
「御見事ですわ、茶恩ッ! やはり私に奪われることを恐れて、召使いはあえてスイッチを携帯しなかったようですわね」
「ちなみに、どこにかくれんぼしていたの?」
「此処より最寄りの紳士御手洗い、不自然な壁掛け鏡の裏側ぞ。テコを利用しても微動だにしなかったが、植木鉢の底面に押し釦が在り、解除したら壁ごと開いた」
「何故そこにあると分かったのか?」
「吾等の強奪を未然に抑え、且つ有事の際は即座に持ち出せる。加えて、赴くに自然を装える場所となれば、召使いの筆頭が男である観点からも、紳士御手洗いの可能性が高くなるものよ」
「テメェ頭良いな! コイツが『ク●して来る』って便所に行けば、確かに気づかれにくい!」

「うわあああああああ!!!」
 悪役アーティストらが呑気に語らっている間にも、イグノランスと参列者たちは同士討ちに熱中していた。茶恩は芝居掛かった様子で、緊急停止スイッチをこれ見よがしに押し込んだ。
「うっ……」
 ミュータントの体内に仕込まれた何かが作用して、イドルはバタリと倒れてしまった。参列者らも、糸が切れた人形のように、座り込んだり倒れ込んだりした。
「死ん、だの……?」
 ウズマは自我が芽生えた野菜人形と抱き合いながら、見てはならぬものを見て、小刻みに震えていた。
「彼奴は気絶したのみぞ。あの伊達眼鏡を掛けた者等は、彼奴の思考を追体験して、虚脱感に襲われた」
 まるで託児所の職員が子どもに言い聞かせるように、声の調子だけを変えた茶恩が、おもむろに子どもたちの方へ歩んでいった。屈んで、三人組と目の高さを同じくすると、腰に巻いていた宝石やら何やらを差し出した。
「是。そち等にルィトカ家の財宝をくれてやろう。巨腹の肴と化すよりも、後の世の英傑に投資した方が、財宝も破顔する。是を売り払い、パソコンでも上着でも、野菜人形の農場でも買うが良い」
 それがこの家から盗んだ金銀財宝であることは、リヤンシュやウズマの目にも明らかだった為、二人は互いに顔を見合わせて困惑していた。
「姉ちゃん。ひょっとしてテンジギョクフか? 映画に出ていただろ」
 喧嘩好きなサムエルは、昔観たアクション映画に茶恩が出演したことを知っていた。おぼろげな記憶だが、確か悪い奴が一人占めしているお宝を盗んで、皆のために分け与えている、正義のヒーローだったはず。それが実在するとは。
「如何にも。吾は喜ばしいぞ。そちのような子供にまで、吾の名が知れ渡っているとは」
 茶恩が言うと、サムエルはしたり顔で金銀財宝を受け取った。「有名人……?」とウズマが恐るおそる訊くと、茶恩が「うむ」と答えた。
「やった……! これでプログラムの続きができる!」
 まだ完全には信用していなかったが、まあサムエルも受け取ったことだし、リヤンシュもウズマも今後の活動資金を頂くのであった。
 
「うおぉい! 人の物盗るなっつってるだろ、おめぇ!」
 散々狼藉を働かれたペムロドは、自分の着ている服を引き裂かんばかりに怒り狂っている。
「茶恩、私が許しますわ! この豪邸に住む私がッ!」
 心の底から憎い父親に対抗するように、ミシェルが声を張り上げる。
「ガキの人気取りができて幸せもんだよなぁ! 根っからの悪党のクセして、善人ぶりやがってよぉ、おめぇ!」
「そちの創造主芝居に比べれば、余程有意義だと思うが?」
 おもむろに立ち上がった茶恩が、激しく指差してくるペムロドの方を向く。台本通りのセリフを言われたに過ぎないという、余裕の表情だ。
「ガタガタ芝居っつってんじゃねぇぞ! なぁにが纏璽玉膚だ! おめぇはベビーシッターを雇う金があるクセして、子育てごときで芝居から引退した、ワガママ女じゃねぇか!」
「なぬ……?」
 茶恩の顔付きが一気に曇る。
「そしてガキがいじめられたら、何食わぬ顔でアーティストデビューだぁ!? 芝居しかできねぇ女が、殺し合いできると思ってんのか! そもそも、芝居でのし上がって調子こいてる女のガキなんか、いじめられて当然だろ! 嘘吐きの成り上がりに育てられたガキは、芝居しか能のない嘘吐きに決まってるだろ、おめぇ!」
 言っている内に、ペムロドは上機嫌になっていた。あの纏璽玉膚が犯したミスを指摘するのは、鋭い観察眼と教養の深さが不可欠に違いないからだ。

 と、茶恩が一歩踏み出したかと思うと、その一歩で数メートル離れていたペムロドとの距離を瞬時に詰め、いつの間にかペムロドは水平に蹴り飛ばされていた!
「己! 詫びろ! 吾の娘に!」
 壁に激突し、例によって「うおぉい!?」と怒鳴ったペムロドに、再度間合いを詰めての回し蹴りをお見舞いする茶恩。脚に玉璽纏を装備しているため、ペムロドでも何とか耐えられるくらいに攻撃力が低いが、壁に叩き付けられた際の痛みが体内に響く。
「そちの様な輩が蔓延る限り、吾等の家庭に安息は訪れぬのだ! 身代金目当ての悪漢共が、何時娘を誘拐せんかと震え慄く日々! 否が応でも衆目を集める重圧に、幼き魂が擦り減らされる日々! 吾の目上の俳優等は、斯様な苦痛に人知れず涙していた……!」
 二度目の蹴りにより、壁にもたれてぐったりしているペムロドの前で、憤怒が籠められた身振り手振りを交えながら語る茶恩。
「故に我は帰家穏坐したが、己んぬる哉、星の巡りには抗えぬものよ。左様なら、人事を尽くして天命を待つまでと、今一度闘技の世に身を投じた。吾の娘を謗る者に、恐慌の玉璽を刻印せんが為!」
 茶恩はペムロドの顔面に渾身の蹴りを叩きこんだ。玉璽纏によってペムロドの顔に、立派な飾り羽で渦を巻く孔雀の印が刻印される。弱体化されても尚強烈な蹴りを受けたペムロドは、最早怒鳴ることもできない。
「落ち着くんだ、茶恩。君の事情はよく分かるが」
 イグノランスの諫言に耳を貸さず、我を忘れている茶恩は、四度目の蹴りをペムロドの腹に突き刺した。骨の髄まで強さを思い知らせなければ、調子に乗った悪党が子どもを攫うかもしれないし、目の届かない場所で子どもがいじめられるかも知れない。
 ふいに、茶恩の背中が蝕胞に覆われる。背中から小さなキノコが生えてきて、五度目の蹴りを放とうとしていた茶恩は、寸での所でピタリと止まる。
「憂鬱なアンネローゼを寄生させたの」
 ティミュリィに言われた茶恩は、冷静な自我に寄生された。
「……すまぬ」
 ほんの少しだけ自己嫌悪を感じた茶恩は、振り返るとティミュリィたちに頭を下げた。
「今このヤロウをぶっ●せば、姉貴の計画も台無しだぜ~?」
 マジ●チスマイルを浮かべながらおどけるレジナルド。

「何が姉貴だ……。俺がおめぇらを養ってやってんだ。勝手な行動すんじゃねぇ……」
 相も変わらず粗野な物言いだが、すっかり勢いが消沈しているペムロドである。
「ご存知ないのかしら? お父様。ここに集う豪勇の士は、大金に誘われた羽虫ではありませんの。下克上の世を成就せんとする、同志ですわッ」
 両手を腰に当てて、威風堂々とペムロドの前に立ちはだかるミシェル。契約上ではペムロドに雇われている四名のアーティストも、ぐったりしているペムロドを取り囲む。
「ですが、安心してくださいませ、お父様。私は敢えてお父様の手駒と成りますわ。偶像崇拝を蔓延させるのも、権謀術数で私を祭り上げるのも、大いに結構」
 ミシェルはペムロドが着る服の襟を掴み上げ、強制的に立ち上がらせる。
「私は、それすらも逆手にとって、下克上が常となる風潮を作り上げてみせますわ。まずは大衆娯楽で人心を掌握し、ゆくゆくはレイラ中の奴隷・・を解放するためにッ!」
「うるせぇ……! おめぇが気に食わねぇ奴を蹴落とすための、言い訳じゃねぇかよぉ……!」
 ミシェルがクローディアを激しく嫌っているのを、ペムロドは知っていた。その対抗意識を切り口として、ペムロドがこの偶像崇拝作戦を企てているのだ。
「えぇ! 気に食いませんともッ! 私は! 家柄や権力のみに甘んじる恥知らずが全員! お父様のようなッ!」
 ミシェルは声を張り上げ、父親を突き離して壁にぶつけた。
 こういう父親を持ってしまったミシェルは、本当の意味でルィトカ家らしいことを――腕っぷし一つで這い上がる逆転人生を求め、バトル・アーティストとなった。だからこそ、(少なくともミシェルの主観では)生まれ持った才能や権威で、自作自演の三文芝居に酔っているBASの看板娘が許せないのだ。彼女をペムロドと重ね合せているのかもしれない。
「どうぞ、全財産を投げ打って挑んでご覧なさい。私はそれを、正面から叩き潰す。そうすれば、誰も言い逃れができませんわ。気合と根性が、家柄や権力に打ち勝ったことをッ!」
「ほざいてんじゃねぇぞ、おめぇ! 勝つのは俺だ! 俺の思い通りになるんだよぉ!」
 威勢を張ったペムロドは、晩餐会の会場から一目散に逃げていった。イドルが横たわり、参列者らが無気力でいる中、アーティストや子どもたちの笑い声に顔を真っ赤にしながら、ホールを後にした。

「サンドバッグかよ俺は……。だったらジム行ってこいっつーの。まったく……有給とるの許してもらえないだろうし」
 他の召使いが立ち去って行く中、マルコは床に顔を埋めながら、心情を吐露していた。顔にケガを負っていることを、あまり気に留めてないように思われる。
「俺が訴えても、どうせ弁護士に頼んで、有耶無耶にするんだろうなぁ。俺みたいな一般人では勝ち目がないし。でもお金無いしなぁ……」
 ぶつぶつ言いながらも、立ち上がる気力が残っていない為、その場に胡坐をかいてぼーっとしている。そんな召使いのリーダー格に、ミシェルは歩み寄っていく。
「いいですこと?」
 青年の両肩を鷲掴みにしながら、至近距離で声を張り上げるミシェル。
「奴隷とは、無能な人間の元に付きながら、牙を研ぎもせず、不平不満のみを言い、あまつさえ迎合して己を捨てる者のことですわッ!」
 マルコは「うるさい」の一言を言い返す気力も無く、死んだ魚の目のまま、ミシェルに揺すられるがままだ。
「悔しくありませんの!? 主人にやり返したいのではなくて!? 貴殿が平和主義者だとしても、この状況から逃亡したいとは思っているはず! それなのに、どうして行動しませんのッ!?」
「お前に何が分かる? 父さんが死んで母さんも病気、妹は学費に喘いでいる。ここは収入だけは良いからな。転職したところで、状況が良くなる訳がない」
 ミシェルは硬直し、自嘲したマルコを数秒間直視しした後、両肩からそっと手を離す。
「――それでしたら、仕方がありませんわ」
 勢い任せで言い放ったことを、ちょっと反省したミシェルは、決まり悪そうにマルコに背を向け、腕を組んだ。
「そうですわッ……! 反逆心を持ちながら、ただ一つの機会すら巡らない悲劇の者が、この世にどれ程いることかッ!」
 ミシェルは、真に優れた権力者が果たすべき義務を思い起こし、即座に行動に移す。
「そもそも決闘場とは、そのような勇士に逆襲のチャンスを与える、神聖な場所であったはず。それも今や形骸化したお遊戯会」
 居ない相手に難癖付けながら、メーションで異空間から現したのは、ミシェルが所有する現ナマ。封筒に入れず、胡坐をかいて俯いているマルコの目の前で、札束を床に叩き付ける。マルコは瞬きもせずに札束を見詰め、数秒後に不思議そうに漏らした。
「……これは……?」
 姉貴と慕われるペムロドの娘のことは、マルコも一応耳にしている。どうせなら、ペムロドよりもミシェルの下で働きたかったと、少ない休憩時間中に仲間とよく愚痴っていたものだ。並ならぬ才能の持ち主が、宝くじを当てるような強運に恵まれてありつける、夢のまた夢のような幸せだろうなと。
「足りませんの? でしたら、これ以上は私の下で働きなさい。私が現場を目撃した以上、もうお父様を恐れる心配はありませんの。また殴られたりしたら、私が半殺しにしてやりますわッ!」
 ミシェルは指の骨をボキボキと鳴らした。この金剛女王なら、本当に父親を半殺しにするだろう。
「君に何の得があるんだ? 俺なんかを助けて……」
 とっくの昔に、闇黒の運命を受け容れたマルコは、希望を抱くことによるリスク、すなわち恐怖や恐れが胸中で渦巻いていた。おおよそ何年ぶりに感じた、苦痛なのだろうか。
「敢えて自分の為と言わせて頂きますわッ! 真の強者が人の上に立つ、正しき世の為にッ!」
 ミシェルが声を張り上げると、初めてマルコは女王の顔を見上げ、瞬きをしてみせた。
「ウ●コを我慢するより、便所に流した方がスッキリするだろ?」
「財宝は、価値ある者が手にしてこそ、高貴に煌く。又、吾は切望している。健やかな家庭を」
「人類史とは、腐敗と革命の反復ともいえ、その度に自由精神の概念をも発達させた。愛の概念が昇華される瞬間に立ち会えることは、僕にとっても興味深い」
「みしぇるたちに自我を観測されるとね、わたしも火事になったみたい。今はまだ寄生ちゅうだけど、いつかは旅立つの」
 ここぞとばかりに、他の四名も声を張り上げる。
「来いよ! 一緒にぶん殴ってやろーぜ!」
「お兄さん、経緯はともあれ、その歳でリーダーが出来るのは凄いことだと思いますよ」
「一緒だよ……みんな、気持ちは……」
 見知らぬ子どもたち――自分よりずっと才能や幸運に恵まれた子どもたちまで、温かい声を掛けてきた。
 支配者の束縛から解放され、奴隷の枷を投げ捨てた瞬間――マルコの自由意志に基づく初めての行動は、一筋の涙を流すことであった。

 

Part4

 美青年が、二本の指揮棒で風を操っていた。
 長く尖った耳を持つエルフの彼は、とんがり帽子が特徴的な民族衣装に身を包み、どこか物憂げな表情でリハーサルに打ち込んでいる。両手に握った指揮棒を繋ぐような、紐のように細長くしなやかな渦巻く風によって、砂時計のような形をしたコマを空中で回転させている。
 あえて風紐かざひもを緩め、急に左右に引っ張る。コマが真っ直ぐ放り投げられ、それを斜めに張った風紐で受け止めた。
 一歩踏み出し、太腿の裏に風紐を引っ掛ける。中央が沈み、逆三角形になった風紐。左右交互にコマを投げ渡し、まるでテニスのラリーのよう。
 一旦風紐を消失させ、コマを指揮棒一本の上に乗せた。数秒間、指揮棒の上でグラインドを続けた後、もう片方の指揮棒に投げ渡し、お手玉するように何回か繰り返す。
 フィニッシュに、指揮棒に乗せたままのコマを、大きく真上に放り投げた。優しい色合いの照明と、木目柄のプロペラファンが、穏やかな雰囲気を醸し出す、天井の高い北欧風のレストラン。天井すれすれに達した後、落下を始めるコマ。
 二本の指揮棒を片手に握り、鞭のようにしならせると、カウボーイの投げ縄さながらに、再度展開した風紐でコマをキャッチするのであった。

「準備できました」「確認お願いします」
 温かみのあるパーティションで囲われた、即席の控え室。多種多様な植物が彩られたカーテンをめくり、BASのスタッフ二名が中に入ると、見えない壁の設営が終わったことを報告する。
「あいよ」
 パフォーマーはコマを足元に置くと、テーブルにある空の花瓶に向けて、指揮棒を振るう。すると、渦巻く風が矢のように放たれ、花瓶に命中。複数の破片となって崩れ落ちた。
 数分の間、二名のスタッフは注意深く壊れた花瓶を観察していた。――無数の微小な破片が、磁石で引き寄せられたかのように結合を繰り返し、徐々に大きな破片へと修復されてゆく。やがて、大きな二つの破片となった花瓶は、一瞬テーブルから浮き上がって結合し、時間を巻き戻したかのように元通りになっていた。
「問題ありませんね」「大丈夫です」
 2名のスタッフは、エルフの美青年に対して頭を下げ、その場を後にした。レストラン全体を囲うように展開した見えない壁、それがきちんと効果を発揮しているのか、確認しに来たのだった。
 見えない壁の内側で壊された物質は、時間経過で元通りになる。たとえケガを負っても、ちょっと経てば治療される。つまり、器物損壊や事故の心配なく、思いっ切りパフォーマンスができると言うことだ。
「完璧にこなせるといいけれど……」
 エルフの美青年は、伏し目になって呟いた。何せ、大勢の人間が食事している場所で公演をするのだ。手元が狂って、ロールキャベツやライ麦パイを吹き飛ばしてしまったら、至福の夕食時を台無しにしてしまう。いくら見えない壁内部の出来事でも、これは許されざる行為。無意識にも、浅く速い呼吸となっていた。
 入場の合図でもある音楽が、スピーカーから流れた。(さながらプロレスラーの入場曲のように)バトル・アーティストとしてステージに上がる際に流れる、自分自身のテーマ曲。テーマ曲を知っている者の歓声が、パーティションを飛び越え、長く尖った耳の内へ流れてゆく。
 美青年の心の中は、顔見知りの観客が居るという嬉しさで満ち、微かな笑みを浮かべてカーテンをめくった。

    ◆

 木造りの椅子、白に水色の紋様が入ったテーブルクロス、雪景色や明るい森の様子が描かれた絵画。寒い地方にありそうなレストランの中には、クローディアとプラネッタもいた。
 ここはBASの本拠地、名付けてBASドームの一画にあるレストラン。出張ライブからドーム内の控え室へと、瞬間移動装置を使って退場した二人は、しばらくドーム内を歩き回った後、雰囲気良さげなこの店で夕食をとることにした。
「私、このピュッティパンヌを頼むのです。ジャガイモにソーセージ、保存食に向いているものばかりで、舌に馴染みそうなのです」
「私はとりあえず、トナカイのステーキを三人前かな。後、ロヒケイットとポルッカナラーティッコとカーリカーリュレートと、それからトマトジュースを五杯分お願い!」
「クローディアさん!? そ、そんなに頼んで、大丈夫なのですか!?」
「もちろん。いつもこれくらい食べてるし。でないと筋肉つかないから」
 涼しい顔をしたウェイターは、確認を取った後に「かしこまりました」とだけ言い残し、厨房へと去るのであった。
 食事が運ばれてくるまでの間、先輩と後輩で親睦を深める。
「プラネッタはいつも何食べてるの? やっぱり、保存食に向きそうなジャガイモやソーセージが大好物?」
「そうなのです。さっきも言いましたけど、スイーツとかとは縁のない生活をして来たのです」
「じゃあさ、デザートにはこのキーッセリというものを頼もうよ。メニューによると……イチゴやグランベリーが入った、ゼリーみたいなものなんだって。私が奢るよ」
「了解です! クローディアさん、イケメンなのです」
「イケメン!? 私が!?」
「デートで女の子の分も払う人のことを、世の女の子はイケメンと呼ぶのです。雑誌に書いてありました」
「いつもどんな雑誌読んで勉強してるの……?」

 と、穏やかなヒーリングミュージックから一転。バトル・アーティストが登場する時に使われるような曲が聴こえてきた。そういえばレストランに入る時、隅っこにある取って付けたような簡素なステージと控え室が、ちょっと気になった。すかさずそっちに視線を移すと、エルフの美青年がカーテンをめくり、壇上に立っていた。
「忘却の彼方から、コスティ=シェルストレーム。共に奏でよう、俺たちだけのシンフォニー」
 エルフの美青年もといコスティは、片手を腰の前に、片手を背面にして、を作るように深々と頭を下げた。
「初めましての人は、初めまして。分からない人も多そうだから、説明しておくよ。俺が持っている、この一対の棒切れの名はシルフィード=シンフォニー」
 そう言ってコスティは、指揮棒を握ったまま両手を広げ、その場でくるりと優雅に回る。
「風の精霊、つまりシルフィードを指揮する為の道具なんだ。俺が育った里では、成人すると皆持つけど、森外の人間には珍しいんじゃないかな? 精霊の力を借りてのメーションは」
 頭上でクロスさせた指揮棒を、弧を描くように一気に振り降ろす。二本の先端が風紐で繋がった。レストラン周辺に揺蕩う風の精霊と共鳴したのだ。
「戦いの道具にするのは野蛮かも知れないけど、俺はもっと皆に分かりやすく、誰でも『すげぇ!』と思うようなパフォーマンスをしたいんだ。身内受けするような演目に囚われるのは、森に住むエルフの悪い癖だし、自己満足だと思う」
 コスティは物憂げな目つきで、レストランを隈なく見渡した。万が一、同業者や森のエルフがこの中にいて、生意気だと思われたりしたら……。
「だから俺は、対戦相手にも花を持たせられるようなメーション=スタイルを編み出したんだ。それこそ自己満足の綺麗事かもしれないけど……。どうだろう、試しに何か投げてくれないかい? 花瓶でもナイフでも、何なら火の玉でも銃の弾でも」

「じゃあコスティ! 私の華焔を撃つからねー!」
 コスティから見て死角となっているテーブルから、いきなり飛び出してきたクローディアの自慢げな笑顔。コスティを上回る大物の名乗りで、レストラン内が騒然となる。
「あるぇ!? クローディアいたの!?」
 BASの看板娘がまさかの登場で、コスティは背骨を反らして息を詰まらせた。バトル・アーティストの象徴とも言える超有名人にとって、果たして自分はシンフォニーを奏でるに値するのか。脳内のイメージが途切れて、危うく風紐が消失しそうになる。
「ねぇ、見えない壁を展開しているんだよね?」
 席から立ち上がったクローディアは、壁際で待機していたスタッフらに向けて問う。
「はい。安全の確認は済みました」「全力でどうぞ」
 スタッフらが頷きながら返すと、クローディアは楽しげな表情で、両手の内に華焔を溜めた。独断先行で物事を決めるのは、クローディアのちょっとした悪癖だ。
「じゃあ全力でやっても大丈夫だね。コスティ、私たちだけのシンフォニーをお願い!」
「ちょ! 待って!」
 ビビっているコスティに構わず、クローディアはチャージした華焔を撃った。激しく美しく火の粉を撒き散らす、巨大な火の玉の剛速球!
 コスティは両手を高く上げる。同時に風紐の真ん中辺りが、縄跳びのタイミングが失敗した時のように、彼が穿く靴と地面の隙間に入り込む。上下から引っ張られた風紐は、コスティの胴体部分でX字状に交差する形となった。
 丁度風紐の交点に、巨大な火の玉が着弾した。打ち上げ花火が開花した時のように、煌びやかな火の粉が飛び散って、コスティは黒焦げになるはずだった――が、風紐で受け止められた火の玉は、コスティの目の前で回転し続けていた。
「さっすがー!」
 クローディアはガッツポーズをしながら叫んだ。コスティの指揮棒と彼女自身の華焔によって、シンフォニーが奏でられるのを観て、レストランに居合わせた者は惜しみない拍手を送る。
「それなりに応援してくれる人がいるし、この華焔なら強力な盾になりそうだ」
 指揮棒を巧みに操り、華焔玉を8の字にゆっくりと振り回しながら言った。クローディアのメーションは、応援する人が多いほど強化されることは、周知の事実。
「もっともっと、投げたり撃ったりしてくれるかい? 華焔が霧消しない内がチャンスだよ」

「よし、プラネッタ! せっかくだし、宣伝も兼ねて撃っちゃいなよ!」
 クローディアに引っ張られて立ちあがったプラネッタは、四つ目を全て丸くして困惑した。
「えぇ!? いいのですか!? 万に万が一、人に当ててしまったら……」
「大丈夫大丈夫! さっきのライブみたいに、見えない壁が張られている内は平気だから!」
 プラネッタの背中を片手で押しながらクローディアが言う。
「本当にいいのですか? レイラには色んな人がいますから、銃を持ち歩くだけで逮捕される法律なんて基本ありませんが、公共の場で撃ったりするのはちょっと……」
「だから大丈夫だって! このくらいドームの中では日常茶飯事だからさ、誰も気にしないよ! ディズニーランドで時計ウサギとアリスが追いかけっこしていても、皆迷惑だなんて思わないでしょ?」
「健全なファンタジーと比べたら、ここは過激すぎるでしょ!」
 火の玉で8の字を描きながらコスティがツッコむ。プラネッタはメーションを使って、異空間に収納していた拳銃を手の内に現した。
「じゃあ――行くのです!」
 二つの手でしっかりと拳銃を握る。三つ目の手を使って、手動でスライドを後退させると同時に、四つ目の手と二本の足で、弾丸一発ずつを直接チャンバーに装填する早業。通常時を遥かに凌ぐ連射速度で、リロードの隙を克服した銃弾の嵐をコスティにプレゼントした。
 コスティは指揮棒を巧みに操って、巨大な火の玉を目の前で(彼から見て)時計回りに振り回していた。乱射された弾丸の悉くが火の玉に着弾して、焼き尽くされてゆく。
「すげぇ! 全部火の玉で受け止めてる!」
「狙ってやってるの!?」
「振り回しながら風を起こして、掃除機みたいに吸い寄せてるんじゃないかしら?」
「あー、だから多少ずれてても火の玉に入ってゆくのか」
 滅多に見れないものを間近で観て、レストランの人々は大いに興奮していた。プラネッタは依然として銃弾を乱射している。コスティが協奏している火の玉は、沢山のAMM入り銃弾を受けた為に、強度が削れてすっかり小さくなっていた。

「せっかくだから、その拳銃も投げてくれるかい?」
 ついに火の玉が霧消すると、手を一旦止めたコスティが頼んだ。
「もしもあるなら、二個か三個同時に投げてくれると、面白いものが見れるかもよ?」
「了解なのです!」
 彼の技量なら問題ないと判断したプラネッタは、新たに二挺の拳銃を現し、合計三挺の拳銃の秘密のスイッチを押す。すると、拳銃は鋭い刃を持ったV字型のブーメランへと変形し、三つのブーメランを同時にコスティへと投擲した! 本来このブーメラン投擲は、銃弾が空になった時などに使う奇襲用の技であるらしい。
 コスティは二本の指揮棒を、素早く持ち上げてから振り降ろす。二本の先端から風紐が伸び、それぞれ一つずつのブーメランを捕らえてから、最後の一つのブーメランを両側から捕らえ、一本の風紐となって繋がる。
 そのまま三つのブーメランを引き寄せると、二等辺三角形を描くように、胴の前で規則正しく回転させた。V字のブーメランがくるくると、一定の速度で機械のように操られていて、まるで量子力学の実験を眺めているかのようだ。
「ここから投げるから、掴んでみて」
 そう言ったコスティは、二本の指揮棒を片手で握ってから、投げ釣りのようにそれらを振り降ろした。三つのブーメランは、勢いよくプラネッタの方に飛んで行くかと思われたが、巧みに風紐を操っている為に、天井スレスレになるくらい高い放物線を描いた。
 頂点に達したブーメランらは、空から羽毛が揺れ落ちるかのように、ゆっくりとプラネッタの目の前に落ちてくる。コスティの粋な気遣いによって、プラネッタは何の苦労も無く三つのブーメランを回収できた。
「コスティさん、優しいのです」
「借り物は綺麗なままで返すのが礼儀でしょ」
 コスティは両腕と頭でZを作る様な、深々としたお辞儀をして締め括った。

「ワタシのシンフォニーも奏でて~!」
 アーティストたちの一期一会のシンフォニーを観て、自らもジャグラーになることを夢見た乙女が一人。パステルカラーのふわふわとした洋服に身を包んでいて、いわゆるユメカワイイといった感じのファッションだ。
「あるぇ? 君は――」
 淡いグレーの長いステッキを、メーションで異空間から取り出している少女を、コスティはちょっとだけ知っている。
「ミニュイ=トゥジュール、フランソワーズ=シャントゥール! 今日はジャグラーになってみたいの~!」
 フランソワーズことフランは言い終えると同時に、頭の脇にチャイナ服を着た二頭身の妖精――イメージ=サーヴァントを召喚した。フランと顔がそっくりなこの妖精は、ステッキの先にちょんと立つと、霧消しながらステッキと融合してゆく。するとフランが着ている服は、光に包まれた。
 チャイナ妖精と完全に一体化したステッキは、中国拳法で使われるような、金の派手な紋様の入った赤く太い棒となっていた。同時にフランを包み込む光も消え失せ、妖精が着ていたのと同じチャイナ服の姿が現れる。魔法少女が、中国拳法家に変身したのだ。
「こんな所で奇遇じゃないか、フラン。レイラでの生活には慣れたかい?」
 軽くお辞儀しながらコスティが問い掛けると、目を星のように輝かせながらフランが返す。
「慣れた慣れた~! 自然とニホンゴ・・・・も上達して、ジャパニメーションも字幕なしで観れるようになっちゃった! 毎日がメルヴェユってカンジ!」
「メ……メルヴェユ?」
 聞き慣れない単語に若干困惑したコスティは、尖った両耳を一瞬ピクリと跳ね上げた。
「フランス語で言うトコのサイコーを略したの~!」
「そうか。君フランスの人だったよね」
 フランとコスティがやり取りしている間、座っているプラネッタはクローディアに小声で質問する。
「フランスって、レイラのどこなのです?」
「フランスは隣の世界・・・・にある国だよ。日本という国がある世界と一緒」
「そうなのですか。どうしてこっちの世界に来たのです?」
「フランスに将来有望なファッションモデル候補生の噂があって、BASのスカウト担当が目を付けたの。あのステッキ、サンドリヨン=ブランシュを渡して、『成りたい自分にヘンシンしてみせろ』とテストを出したんだって。そうしたら見事に合格して、今はこのBASドームの近くで、アーティストやりながら一人暮らししているよ」
「一人暮らし……家族と一緒じゃないのですか?」
「うん。でも家出とか誘拐とかじゃないよ。家族の許可を得てるし、両親やフランス政府からも公認されてるから」

「せっかくだから、ワタシのフルーツを分けてあげるよ。フルーツバスケットの特大を注文したんだけども、これ四人前だったみたい!」
 フランはそう言いながら、中華風に変身・・したステッキを構え、片足立ちになった。
「ちゃんとメニューを見てから頼まないと、店員に失礼でしょ。お馬鹿さん」
 優しい声で言ったコスティは、苦笑いしながら肩を竦めてみせた。察しの良いウェイターの一人が、フランの近くのテーブルに、大量の空き皿を置いてくれた。
「じゃ、まずは盛り付ける用のお皿でシンフォニ~!」
 テーブルの上にある皿の縁に、ステッキの先端を持ってきたフランは、テコの原理を用いて皿をコスティの方へと投げ飛ばした。コスティは自身を軸とする小規模な竜巻を発生させ、投げられた皿を捉えた。
 普段のフランがこんな曲芸に挑戦しても、皿をあらぬ方向に飛ばして失敗に終わるだろう。しかしチャイナ服に変身したフランは、なりたい自分・・・・・・という強烈なイメージを、現実の自分自身に重ね合せているため、まるで中国雑技団の人が憑依したようになっている。
 フランは一枚ずつ、ステッキを使って投げ飛ばす。残さずキャッチするコスティは、彼自身を軸とする渦巻く風によって、メリーゴーランドのように数多くの皿を回転させている。
「次はフルーツを切っていくよ~!」
 フランの脇に、コック帽を被った妖精が出現。中華風ステッキの先端に立つと、融合していたチャイナ服妖精が反対側から飛び出してきて、入れ替わりにコック帽妖精が融合した。
 ステッキは巨大な包丁へと変身し、フラン自身もコック帽妖精と同じ姿、可愛らしいコックさんへと変身した。近所のカフェのおばさんから、デパートのパティシエールまで、ありとあらゆるコックさんを投影した、欲張りなコックさん。
 たまたま自分が手を付ける寸前だった、バスケットの中にあるフルーツ詰め合わせに、巨大な包丁で乱れ切りをお見舞いする。あっという間にリンゴは八等分され、バナナは輪切りにされ、マスカットは一粒ずつに分けられ、イチゴのヘタが取り除かれる。
「あんな感じで、着ている服ごとにフラン自身の能力が変わるんだよ。ヘンシンしながら戦う魔法少女だね」
 一般客が盛り上がっているから、席に座って自重しているクローディアが、傍にいるプラネッタに説明する。
「アーティストばっかり盛り上がって悪いし、皆で俺に向かってフルーツを投げてごらん。皿に盛り付けるからさ。人が触ったフルーツを、他の人に渡しはしないことを誓う」
「わーい!」「それなら……」
 レストランの人々はフランの近くに寄ってきた。バスケットの中のフルーツを掴むと、一人ずつ順番に、コスティに向かって投げてゆく。小さな子どもが投げたイチゴが、コスティの足元にすら届かなかったとしても、風で引き寄せられるようにして、ゆっくりと皿の上に舞い落ちる不思議な光景。

「誰がどの皿なのか、ちゃんと憶えているの~?」
 バスケットのフルーツが全部皿に盛りつけられた後に、フランが聞いてみた。目まぐるしく回転する大量の皿は、似たり寄ったりな盛り付けのフルーツばかりで、間違って人が触ったフルーツを手に取りかねない。
「シルフィードたちの楽譜に刻んだ」
 コスティが言った直後、それまで不可視だった風の精霊たちが姿を現した。半透明で清らかなワンピースを着た、蝶のような可愛らしい翅を持つシルフィードたちは、フルーツが盛り付けられた皿を真下から持ち上げている。渦巻く風に巻き込まれて、規則正しく回転していると思ったが、なるほど、風の精霊たちが運んでいたのか。
 風の精霊たちは、それこそ風に舞うように、無邪気な笑顔とともにフルーツ盛り合わせを人々に運んで行った。精霊一人に付きお客様一人、しっかり記憶していたから、滞りなくフルーツを届けることができた。
「フラン。一緒に祝砲を上げてみないか?」
 コスティが両腕を脱力させながら言う。
分かったダコール! ドカーンとイッパツ!」
 再三に渡って召喚したのは、セクシーなボディースーツを着た女スパイの妖精だ。自由奔放で悪党どもにも単身立ち向かえるくらい強くて、でも本当にピンチの時には恋人が助けに来てくれる、ロマンに生きる大人の女性。
 スパイ妖精と融合したステッキは、包丁からバズーカへと変身し、フランの衣装もボディースーツに変わる。今のフランは、色んな銃火器の扱いに長けた女スパイ。二本の指揮棒を掲げたコスティに、バズーカの照準を向けて連射する!
 コスティは激しい上昇気流を纏っていた為、砲弾はコスティに直撃する寸前、物理法則を無視して直角に上昇を始めた。天井に砲弾が当たるスレスレの所で、砲弾はタイミングよく爆発し、カラフルな火花がレストランに舞い散った。何発も打ち上げ花火が舞い散っていて、まるで沢山のクラッカーを一斉に打ち鳴らしたみたいだ。
「後でSNSにアップするから、ミンナみてね~!」
 フランはフィギュアのように身体を回転させながら、レストランのあちこちをスマホのカメラで撮る。その後、苦笑いを浮かべたコスティの隣に立つと、ポーズや着ている服を変えながら、何度も自撮りするのであった。
「戦うだけがアーティストじゃないのですね」
 やはり戦う芸術家なので、戦うことばかりに目が行っていたプラネッタは、四つ目をパチパチとさせながら言った。
「戦いもジャグリングもコスプレも、自分を表現する手段の一つだよ」
 クローディアが得意げな面持ちで返答する。
 日常と非日常の境目であるBASドーム。レストランの一画は、偶然そこに居合わせた者たちによって、またとないシンフォニーが奏でられる形になった。

    ◆

 近未来にタイムスリップしたかのように、シンプルながらスタイリッシュな雰囲気を醸し出す、BASドーム内部メインストリート。
 壁に備え付けられた電子ポスターは、人気アーティストの姿やライブの日程、空席情報、ドーム内にあるテナントの広告などを、目まぐるしく映し出している。一定距離ごとに観葉植物が配置され、液晶自動販売機には物珍しいジュースや健康食品を陳列。通路を挟み込むように、レイラは勿論、あらゆる異世界から集まった店舗が並んでいる。ストリートを歩き回るだけで、世界旅行をしたような気分に浸れる。
 それはもう、色んな人種や籍の人々がストリートを行き交い、愛玩動物どころかロボットとすら擦れ違うことも。各々の目的も様々で、男同士の殴り合いに興奮する格闘技マニアや、女性アーティストの健気な姿に熱狂するアイドルオタクなどは勿論のこと。はなっからBASに興味は無く、ショッピングや外食、レジャーを目的とする人も多い。トレーニングやライブ上がりのアーティストも、ちらほら見受けられる。

 そんなメインストリートの中央を歩く、四名のアーティスト。中庭を目指して先頭を歩くクローディア、キョロキョロとテナントを見回しているプラネッタ、凄まじい人混みと騒音によって若干気分が悪いコスティ、アパレルのショーウィンドウに目を遣ってはキャッキャとしているフラン。
「あと一人見つけたら、食べ放題のお店に行くからね」
 クローディアはそう言いながら、暇そうにしている知り合いがいないか、辺りを見回している。
「クローディアさん、まだ食べるんですかぁ!?」
 さっきのレストランで、少なくとも三人前の食事を平らげたクローディアに対し、プラネッタは四つ目が飛び出るくらい驚いた。
「足りない足りない! これじゃあ筋肉維持できないし、胃袋が縮んで明日の朝食べられなくなっちゃう」
「ディアちゃん太らないの~!?」
 視線があちこちに飛んでいたフランは、思い出したかのようにクローディアの真横に駆け寄る。
「肉だけ食べていれば人間太らないよ」
「法螺話じゃないのかい……?」
 タダでさえ気分が悪いコスティは、胸焼けによって更に気分を悪くした。
「個人的にさ。コスティは沢山食べて筋肉を付けた方が、もっとカッコよくなると思うな。背が高い方なんだし」
 クローディアに言われて、ガッチリ体型になった自分を思い浮かべたコスティは、肩を落として首を振った。
「風の精霊が怖がるから、遠慮しておこう」
「コスティが筋肉ムキムキにヘンシンしたら、白馬のシュヴァリエみたいになっちゃう~!」
「シュヴァリエって何なのです?」
 プラネッタがフランに質問する。
「フランス語で騎士って意味なの~!」
「……それにしても、なんで一人で行かないんだい? 誘われたのは嬉しいけれども」
 大層物憂げな面持ちとなったコスティは、話題を変えるつもりで述べた。
「それがさー。昔はあそこに一人で行っていたんだけど、元が取れないから一人で食べ放題は止めてくださいって言われて。必死にお願いしたら、団体として来るなら良いって言われたけど、その基準が五人以上だからさ」
 両手を後頭部に回しながら、クローディアが答えた。
「あのぅ、クローディアさん……私もう、お腹いっぱいなのです」
 蜘蛛のような腕二本で、自分のお腹を抱え込んだプラネッタが言う。
「大丈夫大丈夫。私がお肉食べまくっている間、座ってるだけでいいから。お金は全部私が払うよ」
 クローディアはBASの社長、ジャスティンの娘なのだから、お小遣いは有り余るほど貰っている。ちなみにクローディアには、歳の離れた兄がいる。
本当にアボン!? じゃあワタシ、アイスクリームでウサちゃん作って写メっちゃお~っと!」
 つまりフランもお腹いっぱいだと言うことだ。
「俺は一人でチョコレート祭りしてるよ」
 コスティはデザートなら食べる気力はあるらしい。
「それなら私は、野菜やキノコを炒めて、タッパーに保存してお持ち帰りするのです!」
「それはちょっと止めた方がいいかもね……」
 思わずマジな調子で言ってしまったクローディアは、中庭へと続く自動ドアを通り抜け、他の三名も後に続いていった。

 BASドームの中庭に辿り着いた四人。
 見上げると真っ黒な夜空。燦然とした栄光によって、一等星さえも萎縮している。とどまる所を知らない人々の騒々しさが、眠気を誘うような闇に吸い込まれるから、ドーム内部よりは幾分か静かだ。
 石畳で舗装され、生垣でちょっとした迷路が形成され、テイクオフした飲食物を楽しむのにお誂え向きな、オシャレなベンチや椅子がそこかしこにある。知らない人に写真を見せれば、「ここは最高級ホテル」と答えられても不思議ではない。
 環境に配慮した最新技術の照明、しかも外観は贅沢なアンティーク風。それが広大な中庭に大量に設置され、底なしの資金力を物語っている。通りすがれば、数瞬だけ喧騒から解放される癒しの噴水。西洋文化に囚われることもなく、滝石組などが存在する和風エリアなる場所まである。
「さてと。人が集まってそうな所に来てみたんだけど――」
 満席になった野外ホールを目指して歩いているクローディアは、中庭の様子がいつもと違うことに気が付いた。暗闇に揺れる妖しい松明、微かに聞こえる陽気な打楽器と手拍子、顎を撫で上げるかのような艶っぽい弦楽器。そして、演者不在の野外ホールは、点滅を繰り返している赤や紫や黄色の照明でライトアップされている。
「あはっ! ピカピカ~! 誰のコンサート?」
 スキップで先頭に躍り出たフランは、両手で眼鏡を作って野外ホールに注目した。
 と、四人は地面が振動するのを感じた。大勢の観客が野外ホールへと押し寄せているのかと、全員揃って辺りを見回すなり、そこかしこから土煙が噴出する。
 赤色、黄色、紫色――土としては通常あり得ない色の煙が消失するなり、姿を見せたのは、ゾンビや骸骨やミイラや幽霊等々。つまり様々な種類のアンデッドたちが、土の中から現れて、一斉に野外ホールの方へと走り出したのだ。
「えぇ!? ホラー映画の撮影なのです!?」
 プラネッタの目の前を、多数のアンデッドが通り過ぎてゆく。「オラァー!」とか「キエーッ!」とか、鬼気迫った様子で全力疾走するアンデッドを追うように、四つ目をあちこちに動かしていたら目が回った。
「血の気のある音が聴こえない。正真正銘のアンデッドだ」
 コスティの尖った両耳は、他の人種には聞こえない音を拾えるのだ。
 満席の野外ホール全体を囲むように、アンデッドたちが輪を作った。次の瞬間、生きとし生ける者が無惨に食い散らかされる、吐き気を催すような光景が広がるだろう――かと思いきや、野外ホールの観客たちはアンデッドを顧みて、「キター!」だの「うおー!」だの「キャー!」だの、楽しそうな叫び声を上げている。

 ややあって、野外ホールの中央で一際大きな土埃が噴出した。火山の噴火に例えるべき、様々な色が入り交じった土埃の中から姿を見せた主演者。尖った双角を持った、踊り子風の衣装を身に纏った男。敢えて露出させた厚い胸板、そして挑発的な魅惑の眼差しが情欲を煽る、インキュバスだ。
「アンデッドダンサーズ、パッショネイト! 今夜は寝かせないわよ~!」
 彼は、筋肉質でセクシーな肉体に反して、女性っぽい口調で高らかに叫んだ。
「パーティーのホストは、このア・タ・シ! ネクロ=カーニバルのアクシャヤ=モトワニよ~!」
 艶めかしく腰をくねらしながら、インキュバスの彼が言うと、観客たちは「ウオオオーーーッ!」とか「キャーーーッ!」と大歓声を上げた。
 狂熱を帯びた観客席を包囲するアンデッドたちは、地中から這い上がるや否や全力疾走したせいで、両膝に手を置いて呼吸(!?)を乱したり、ふらふらと倒れそうになっている。普段からロクなものを食べていないせいだろうか。
「アナタたち! 笑顔よ、え・が・お! 死んだ魚のような目をしていたらダーメ! ほら、口角に指をあてなさい!」 
 などと言って、アクシャヤがアンデッドの存在意義に一石を投じる。アンデッドダンサーズの団長命令に従って、アンデッドたちは顔を引き攣らせながらも、腐った指や骨だけの指を口角にあてた。
 アクシャヤのすぐ隣で土埃が噴出し、大きな打楽器を抱えたゾンビが這い上がって来る。
「サン、ハイ!」
 掛け声と共に、アクシャヤがゾンビに抱えられた打楽器を片手で連打する。重低音が観客席を突き抜け、外周にいるアンデッドたちの胸をも貫き、揺さぶられた魂が心身に尋常ならぬエネルギーをもたらす。飢餓によって精気を無くしていたアンデッドらは、再び心臓が鼓動を始めたかのように熱狂し始めた。
「なんか火照ってきたわーー!!」「テンション上がってきた!」「踊りましょう!」
 観客席にいる一般人たちも、アクシャヤの演奏によって更にヒートアップする。

「あの子もこの子も、み~んなあげぽよ~!?」
 アクシャヤの間近にいた人間ほどではないが、フランの魂も打楽器の鼓動によって僅かにヒートアップし、幼稚園児のようにその場で跳ね回りながら行く末を楽しみにしている。
「クローディアさん。あのゾンビさんたちも、イメージ=サーヴァントなのですか?」
「あれは正真正銘のアンデッドだよ、プラネッタ。あのオカマのインキュバス、アクシャヤ=モトワニが治める冥府ブルディッシュという世界から、メーションで召喚しているんだ」
 プラネッタとクローディアも、酒に酔ったような感情の昂りを感じている。
「この打楽器のビート、聴いた人の精神を興奮させるみたいだね。メーションだから、敵は聴いてもハイテンションにならないっていう、器用な制御ができるでしょうけど」
 コスティは無意識に二本の指揮棒を握り、即興シンフォニーを奏でられないかと考え込んでいた。

「ハーイ、二人組作って~!」
 アクシャヤが打楽器による鼓舞を終えると、いやにハッピー全開なアンデッドたちは、観客席に雪崩れ込んだ。すっかりアゲアゲな気分になっている観客たちは、近付いてきたアンデッドたちと手を繋ぐ。腐った手、骨だらけの手、包帯が巻かれた手、実体のない手を、一切躊躇なく握る。
 相手が見つかったアンデッドたちは、各々好きなように観客たちと一緒に踊り始めた。――いや、一緒に踊ると言うよりは、むりやり観客を踊らせていると言った方が適切だ。有り余るパワーで観客を振り回したり、浮遊して観客を宙高くに連れ去ったりしている。
「ちょ、待って!」「タンマ! タンマ!!」
 更には集団で無理矢理胴上げをしてみせたり、挙句の果てにはアンデッドのグループ同士で、胴上げによる観客のキャッチボールまで始まった。
「激し過ぎるよぉ~!」「アカン!!!」
「舞曲にしたって強制的過ぎるでしょ」
 絶叫マシーンさながらの楽しい悲鳴が轟く野外ホールを、やや遠間から眺めているコスティが呟く。
「ディアちゃんよりも強引かも~!」
 さり気なくフランが酷いことを言うと、クローディアはわざとらしく咳払いをしてみせた。
「ライブの時はもっと激しいよ。楽器とかで身体能力が強化された、ハイテンションなダンサーたちが、一斉攻撃でアーティストに畳み掛けて来るんだ」
 アクシャヤの周りに管楽器や打楽器を抱えたアンデッドらが、土煙を噴出させながら這い上がって来た。
「そろそろ身体が温まってきたかしら~? それじゃあ、お気軽コースが好きな人はそのまま。もっと激しいのが好きな人は、こっちのフィーバーコースに来るのよ~!」
 野外ホールの中央、円形ステージの外周を囲うように、新たに這い上がって来たアンデッドたちが配置される。骨の棍棒や曲剣、ライフルなどで武装している、アンデッドダンサーズの攻撃チームだ。
 この円形ステージの上に立てば、演奏チームによって更に強化された武装アンデッドたちが、フィーバーコースと言う名の命懸けのダンスを強要して来るらしい。陽気な弦楽器や打楽器に合わせて、武装アンデッドが笑顔で武器や手を振って円形ステージに誘っているが、生贄を求めている死霊術師の集団にしか見えない。

「実際に体験した方が手っ取り早いね」
 クローディアは、四つ目を左右に動かしているプラネッタの手を握る。
「ほら行くよ、プラネッタ!」
 そうしてグイッと引っ張ることで、後輩アーティストを強引に野外ホールの中央へと連れ去ってゆく。
「えぇ!? まだ準備体操もしていないのです! それに、お腹いっぱいだから、今動いたりしたら――」
 泣き言を言うプラネッタと、意気揚々としたクローディアは、激しいダンスを踊るアンデッドや観客に飛びこんだ。
「アンデッドとシルフィードのシンフォニーか」
 アンデッドと上手く付き合えるものかと、コスティは物憂げな目で数瞬考え込んでいたが、やがて二人の後を追って歩きだした。
「ワタシもインド映画に出てみた~い!」
 フランは武装アンデッドたちに手を振り返しながら、観客席の合間を縫って、円形ステージへと走っていった。
「あんらまあ、クローディアちゃん! オトモダチも一緒なのねえ」
 最初にクローディアとプラネッタ、次いでコスティ、そしてフランが円形ステージの傍まで辿り着くと、アクシャヤは舌なめずりしながら興味津々に見下ろした。
「そちらの蜘蛛人間ちゃんは、新しい子?」
「そうだよ! ほら、プラネッタ! 挨拶!」
「よ、よろしくなのです!」
 プラネッタがお辞儀すると、アクシャヤは妖しい笑みを浮かべた。
「よろしくねえ、プラネッタちゃん。コスティちゃんも、フランちゃんも」
「お手柔らかに頼むよ」
「早くやろ! 早くやろ!」
 ちなみに、四人以外にはこのフィーバーコースを希望する者はいないようだ。いや、心の中でやりたいと思っている人はいるかもしれないが、如何せん激しいダンスを強制されているので、自由に動けなくて……。
「フィーバーコースは、アーティストだけでやると言う事なのねえ。それなら、フンパツしてサービスしなくちゃ」
 円形ステージの中央にアクシャヤが立つと、彼を囲むように演奏チームが隊列を組んだ。四名のアーティストは、アクシャヤを交差点として、十字を作るように立つ。
「いくわよ!」
 隣に立っていたゾンビが抱える、大きな打楽器を勢いよく打ち鳴らすと、アンデッド楽団の激しい演奏が始まり、地獄のフィーバーコースが開催された。

 クローディアの周りには、骨から作られた棍棒で武装した骸骨が集まっていた。ガシャガシャと音を立てながら、次々と脳天目掛けて棍棒を振り降ろしたり、野球選手のように思いっ切りスウィングをしてきたり。マトモに受けたらとっても痛い思いをする為、死ぬ気のダンスを強要される。
「よっと」
 クローディアは脳天目掛けた一発を、軽快な横ステップで回避。棍棒を振り降ろした際のフォロースルーで、前のめりになった骸骨の頭部に、おもっきりパンチをお返しした!
 骸骨一体につき一発ずつ、順番に仕掛けてくる棍棒アタック。ボクシングさながらのダッキングやウィービングで回避しつつ、パンチやキックで綺麗にカウンターを決めて倒していく。
「いい練習になるね」
 地獄のフィーバーコースを楽しんでいるクローディアを、プラネッタは曲剣で武装したアンデッドたちの合間から眺めていた。プラネッタを包囲するのは、踊り子衣装に身を包んだ女ゾンビたち。
「えぇっと、見えない壁が張ってあるんですよね?」
 最も近い位置に立つ踊り子ゾンビに視線を移すと、彼女は無言で頷き、曲剣を構えた。
「じゃあ、よろしくなのです」
 そう言ってプラネッタが、二本の手で骨のような拳銃二挺を持つと、構えたまま踊り子ゾンビが疾走する。拳銃を撃つには十分な猶予があったが、あえて二本腕を伸ばしたまま、踊り子がギリギリまで踏み込んで来るのを待つ。
 最初の踊り子が真っ直ぐに突きを繰り出すと、プラネッタは上半身を大きく反らせて、胸元目掛けた曲剣を回避。蜘蛛のような手足四本で、真っ直ぐに伸びた曲剣を掴むと、天井に張り付く蜘蛛のように逆さとなって、至近距離で踊り子の両足を撃ち抜いた!
 最初の踊り子がバランスを崩して両膝立ちになると、二体目の踊り子が後ろから斬り掛かってきた。プラネッタは、蜘蛛の四本を巧みに使って、両膝立ちな踊り子の背中に回り込む。二体目が、仲間を斬ってしまうかもと立ち止まった瞬間、盾にされた踊り子の背後から、二発の拳銃弾を受ける!
 以後、蜘蛛人間ならではの複雑な動きで、斬り掛かってくる踊り子たちを壁代わりにしながら、曲剣の届かない絶妙な間合いから、プラネッタは迎撃射撃を繰り返していた。
 コスティは、単発式のライフルで武装したミイラたちに包囲されていた。アクシャヤと演奏チームによって奏でられる、激しいビートに合わせて、ミイラたちは天に向けてライフルを撃っている。
「何でもダンスや楽器に使い過ぎでしょ」
 何とも言えない表情を浮かべてしまったコスティは、二本の指揮棒を持ったまま、両腕を大きく広げた。二本の指揮棒は、風紐によって繋がっていない。
(銃の弾を風紐でキャッチしたり、フィッシングするのはまず無理だからね)
 風の精霊たちの耳打ちを聴くように、目を閉じて両腕を広げているコスティに、ミイラたちは一斉にライフルを向ける。次の瞬間、最初の一体が引き金を引き、僅かな時間差で次々と弾が放たれ、16ビートを刻むように発砲音が鳴り響く!
 四方八方から蜂の巣にされるかと思いきや、コスティは自身を中心とする竜巻によって守られ、事無きを得ていた。無数の銃弾は竜巻によって絡め取られ、コスティを中心点として絶えず周回している。
 ノリのいいミイラたちは、無駄な行動だと分かっていても尚、ライフルを撃って小惑星軌道の密度を高めてゆく。あまりにも密度が高いから、銃弾と同じ鈍い金色の輪が、コスティの周りに出来あがってしまった。
「今夜はバレリーナのフランちゃん! いっきまーす!」
 フランがいつの間にか握っていた淡いグレーのステッキは、ピンクレオタードな妖精と融合する。ステッキは、とても長いリボンが先端に付いたパステルカラーへと変身し、フラン自身は生クリームでデコレーションしたようなミニスカートと、羽毛が付いたピンクレータードを着たバレリーナに変身した。その昔、仲の良い友だちやバレエ教室の先生が魅せてくれた、空を飛ぶかのように自由奔放なバレリーナ。
 フランを包囲するアンデッドは、浮遊する半透明の幽霊たちだ。彼らは武器を持たないが、遠間から鬼火やら闇のエネルギーやらを飛ばしてくる。
 優雅なバレリーナに成り切ったフランは、爪先立ちのまま百八十度両足を広げたり、背骨が折れるかと思えるくらい身を反らせたりして、魔弾の全てをギリギリの所で避け続ける。時たま優雅な回転ピルエットと共にリボンを振り回して、魔弾を弾き返している。
 一体ずつの時間差射撃ではダメだと判断した幽霊たちは、息を揃えて三百六十度から同時に鬼火を撃った! するとフランは、まるで白鳥が飛び立つかのように、軽やかに舞い上がる。数多の鬼火は、幽霊の輪の中央でぶつかり合い、霧消する。リボンで大きな渦を描きながら、羽毛の如くゆっくりとした速度で舞い落ちてくるフラン。
「ちゃんとダンスをしているのは、ワタシだけだもんね~!」
 ミニスカートを両手で持ち上げながら、バレリーナがお辞儀をした。

「ちょっと、やめて~! アタシを虜にする気なの!?」
 生命力漲る四人のダンスを眺め回して、アクシャヤは片手を頬に当ててうっとりする。
「気に入ったわあ! アナタたちには特別に、アタシの奥の手を見せ付けて、ア・ゲ・ル!」
 ペロリと舌なめずりしたアクシャヤは、神話絵画のような風変わりなポーズを決めた。すると、スポットライトのような七色の円盤光が、アクシャヤの足元に現れる。そうして彼が蹴り上げるような動きをした直後、円盤光はリズムに合わせて激しく明滅を繰り返し始める。
 骸骨や踊り子やミイラや幽霊の身体に、同じような七色の円盤光が発生する。背骨に沿うように発生した七つの光は、実に神秘的で思わず魅入ってしまう。人肌のように温かいその円盤光は、精気の消えたアンデッドたちに、溢れんばかりの生命力を灯した。

 一体ずつ骨棍棒で殴り掛かって来る骸骨を、律儀にも一体ずつカウンターでぶっ飛ばしていたクローディア。突如、凄まじい速度で骨棍棒を振り回すヤツが襲い掛かって来たので、思わずバックステップして避けた。
「うわっ、はや!」
 マッチョな筋肉を取り戻したかのように、乱暴に骨棍棒を振り回す骸骨に、カウンターを決める隙は存在しない。何回か回避した後、脳天狙いの一撃が振り降ろされ、避け切れないと悟ったクローディアは、間一髪棍棒を両手でキャッチ。
「むぐぐぐ……」
 真正面から力比べをしている骸骨は、多数の骸骨たちに後ろから押されて、数十体分の剛腕がクローディアの両腕に圧し掛かる! 押し倒されまいと踏ん張るが、地に足付けたままステージの表面を抉らんばかりに、後方へと押されてゆく。
 十体、二十体、三十体――背中を押す骸骨の数が増え、クローディアの両腕に掛かる力も大きくなる。クローディアが力負けして押し倒される、その寸前。
「てやあぁぁーーー!」
 半回転しながら身を屈めたクローディアは、最終的に五十体にもなった骸骨たちの剛腕を逆利用し、一本背負いの要領で骨棍棒ごと彼らを投げ飛ばした!
 棒高跳びを無理矢理やらされた骸骨たちは、文字通り空中分解して、ガラガラと音を立てながら辺りに飛び散る。バラバラにされた骸骨たちが落下すると、骨の一本一本が意思を持ったかのように、元に戻ろうとして合体を繰り返す。
 しかしながら、どの骨が誰のものなのか、てんで分からない。サイズが違う骨と合体しては、ビクリと驚いて自ら崩れ落ち、また合体するという途方もない作業。
「皆体重軽いよ。ちゃんと食べてる?」
 軽々と骸骨集団を投げ飛ばしたクローディアは、上着に付着した埃を払いながら言った。
(見ろ!)(食えるワケないだろ!)(ボケェ!!)
 全身が、或いは上半身だけが元通りになった一部の骸骨たちは、自分たちの中身の無い肋骨などを何度も指差して、クローディアに無言の抗議をした。

 七色の光が発生した踊り子ゾンビたちは、突如残像を残すほどの速さで動き始めた。八本の手足をフル活用して、踊り子から踊り子へと絡み付きながら、攻防一体の移動射撃に徹していたプラネッタ。次に絡み付こうとしたゾンビが、目の前から消えたので、背中から地面に落下する羽目となった。
「あ、あれ?」
 下の二つ目を丸くして、上の二つ目を思わず瞑って、驚きを表現したプラネッタ。すかさず蜘蛛の足二本で爪先立ち状態となり、その場でぐるぐると回転しながら、二挺の銃をそこかしこに撃ちまくる! こんな適当な撃ち方でも、人口密度が高い空間に対してなら、誰かしらに当たる。
 だがしかし、アクシャヤの魅惑の舞によって、生命力が漲っている踊り子たちは、神速の曲剣捌きで拳銃弾を弾き飛ばしていた。流石に自らプラネッタに近寄ることは避け、ある程度距離を置いて弾切れになるタイミングを伺っている。
 最後の一発を撃つと同時に、軸回転を止めたプラネッタは、計八本の手足を地面に着けた。直後、踊り子ゾンビたちは残像を残すほどの速さで、一斉に踏込み突きを放って来た! ブレの無い数多の曲剣が、隙間の無い輪となって中央へと収束する!
 ここでプラネッタは、八本の手足をバネのようにして、トランポリンでも使ったかのように数メートルの高さを跳んだ。プラネッタが居た場所では、数多の曲剣の切っ先が擦れ合い、甲高い音を響かせる。ハイジャンプするのが一歩遅れていたら、プラネッタの全身が余す所なく貫かれていただろう。
 ジャンプの頂点に達した時、プラネッタは逆立ちしているような体勢となっていた。弾切れになった二挺の銃、そして腰に装備していた予備の拳銃二挺、合わせて四挺を踊り子の輪の中央目掛けて投擲する。銃口が地面に突き刺さった四挺の拳銃は、パァン! と破裂音を立てて爆発。砕けた骨のようになった無数の破片が、密集していた踊り子たちの身体を貫通する!
 爆風によって小さく上に吹き飛ばされた、踊り子ゾンビたち。文字通りの屍の山が出来上がる。プラネッタは幸運なことに、その頂上に落ちてくる。屍の山がクッションとなったので、若干お尻が痛んだだけで無傷だ。
「ふぅ……」
 山の頂点に突き刺さっていた、曲剣を引き抜いたプラネッタは、興味深そうに眺めていた。自分の物を取られた踊り子ゾンビは、困惑した面持ちで手を伸ばして来る。――よく見ると、これは何かしらの骨を素材として作られた曲剣だと気付く。
「これ、貰っても大丈夫なのです?」
 四つ目をパチパチとさせながら、プラネッタに訊かれた曲剣の持ち主は、「まさかアンデッド以外に骨の剣を欲しがる人が……」なんて考えたのか、思わず顎が外れそうになった。

 ライフルを持ったミイラたちは、背骨に沿うような七つの円盤光の恩恵にあずかると、神経系統と視覚能力が大幅に強化された。徐々に鈍化する視界の中で、微かに見えるようになってゆく。コスティの周りで渦巻く風を、操っているシルフィードたちの姿が。一秒あたりの体感時間が長くなる程に、風の精霊らの姿も色濃くなってゆく。
 このままコスティに発砲しても、渦巻く風に巻き取られ、無数の銃弾で形成された鈍い金色の輪が大きくなるだけだ。渦巻く風の円周外や、コスティの頭頂部よりも高い位置で浮遊している、風の精霊たちに狙いを定め、ミイラたちがトリガーを引く。池に小石が落ちたかのように、銃弾が半透明の身体に浸透した風の精霊たちは、大の字になって宙でぐるぐると回転しながら吹き飛ばされる!
「あるぇ? 見えるの?」
 風の精霊たちを指揮していたコスティは、撃たれた彼女たちがぐるぐると彼方へぶっ飛んでゆくのを見て、ちょっと危機感を覚えた。常人が風の精霊を視認するのは難しいことだし、見えたとしても軽やかな彼女たちは、いつもならひらひらと銃弾を躱せる。ミイラたちの感覚が、極限まで研ぎ澄まされている訳だ。
 徐々に渦巻く風の勢力が衰え、輪になった無数の銃弾が雨粒のように落ち始めた。風の精霊たちが残らず吹っ飛ばされ、丸裸のコスティが蜂の巣にされるのも、時間の問題だ。
 コスティは、片方の指揮棒をこれ見よがしに頭上に掲げた。絶え間なく響くライフルの発砲音が、コスティにはクライマックスを目前とした打楽器の煽りのように思え、密かに高揚している。
「フィナーレだ、シルフィード!」
 そう言ってコスティが、指揮棒を一気に振り降ろすと、周囲にいるシルフィード全員が両手を一杯に広げ、輪になっていた銃弾が一斉に撃たれた。実銃のライフリングには劣るものの、渦巻く風によって回転を加えられた無数の銃弾は、円状を保ったまま整然と広がり、コスティを囲んでいた兵隊ミイラの身体に風穴を開ける!
 風の精霊が齎した、穏やかな一陣の風が吹き抜けた。身を仰け反らせて硬直していたミイラたちは、誰とはなしにライフルを取り落とし、硬質な落下音が次々と鳴る。拍手喝采にも似た音が響く中、ミイラたちは両膝立ちとなり、やがてはステージにひれ伏す。輪の中央で、深々と頭を下げたシンフォニーの指揮者を称えるように。
「そういえば、クライマックスに大砲を撃ち放つオーケストラがあるらしい」
 ゆっくりと顔を上げながら、コスティは呟いた。

 幽霊たちの身体にもやはり、七色の円盤光が宿っていた。彼らが放つ鬼火や闇のエネルギーは、さっきと比べて追尾性能が格段に向上している。
 バレリーナの動きでフランが華麗に避けても、鋭くUターンして弾は執拗に迫ってくる。それが何十という単位でフランを取り囲んでいるのだから、余裕で回避していたフランも必死で逃げ回らざるを得なくなった。体操選手のように大きな跳躍で、追尾弾の包囲網の外側に脱出しようとする。
「インドと言えばヨガヨガ~!」
 その大きな跳躍の頂点に達した時、フランの衣装が変化する。綺麗な装飾が施された、柔らかなピンク色の細長い布を、腰や胸に巻き付けて、ヘソが出るようにした衣装。杖の方は、煌びやかな宝石が嵌められた黄金に変身している。いつか見たおとぎ話――偉大な王様を導き、惑わし、神秘の世界に誘う魔術師のイメージなのだろうか。
 フランの着地と同時に、幽霊たちが振り返り、一斉に新たな弾を撃ってきた。と、フランが杖を掲げると、その先端から太陽光が発射され、半円を描くように幽霊たちを薙ぎ払った。決してフィニッシュ・ムーブ級の大技ではないのだが、太陽と言う弱点をピンポイントで突かれた幽霊たちは、大半が鬼火や闇弾ごと消し飛ばされ、冥府に強制送還された!
 後列にいた幽霊たちが受けたのは、減衰した太陽光であった為、辛うじて消失を免れていた。密集すれば太陽光で薙ぎ払われる為、幽霊たちは一旦散開。フランの身体に掴み掛ろうと、ふらふらと突撃を仕掛けて来た。
 フランは杖を地面に突き立てた。真上を含む、あらゆる角度から迫ってくる幽霊たちを、ギリギリの間合いまで待ち構える。最初の一体が、フランの首筋目掛けて手を伸ばして来た瞬間だった。
 杖を中心点として、強烈な爆炎が発生した! ドーム状の爆炎は、フランの近くにいた幽霊たちを残らず包み込み、あえなく霧消させて冥府に強制送還させる。炎のメーションを上手く制御している為、爆心点に立っていたにも関わらず、フランは全く火傷を負っていなかった。

「フランさん、それは何のコスプレなのです?」
「アラビアンナイト?」
 一足先に、アンデッドたちを蹴散らしたプラネッタとクローディアが、フランの方に近付きながら訊いてきた。
「これね、ヨガの衣装なの~!」
「ヨガと魔法使いは別物でしょ」
 コスティは目を細めながら、フランの方に歩み寄る。
「同じだも~ん。極めると炎を吐いたり、太陽エネルギーを操れるって言ってたよ」
「あらフランちゃん、詳しいのねえ」
 激しいダンスを終えて、汗だくになったアクシャヤは、両手を団扇のように使いながら述べた。彼は死霊術によって、アンデッドたちに自らのスタミナを注ぎ込んだから、疲労困憊でフラフラの状態だ。
「ヨガでチャクラを開くと、漲った生命力が炎や光となって、体外放出されるようになるのよねえ」
「いや、ならないでしょ!」
「へー! じゃあ私は、常にチャクラが全開ってワケか」
 クローディアは腕組みし、納得したように頷いた。
「ほら、勘違いする人が出てくる!」
「もう、コスティ。ヨガの達人のアタシが言うんだから、素直になったって良いじゃないの」
「今のもヨガだったのです?」
 冗談交じりのアクシャヤに対し、半信半疑になりながら訊くプラネッタ。
「お・お・あ・た・り! アタシの渾身のダンスで、ベイビーたちのチャクラを開いてあげたのよねえ。七つの光は、主要チャクラが開かれた証なの」
「……まあ、メーションは思い描いたイメージを実体化させる技術だし。科学的に正しいかどうかよりも、使う人にとってイメージしやすいかどうかが重要だ」
 コスティは遠い目をしながら、開き直ったかのように言う。
「アタシの生命力を分け与えるようなモノだから、自分が燃え尽きちゃうのが難点なのよねえ。もうベイビーたちをリードする力も残って無いの」
 そう言ってアクシャヤは体育座りをした。ふと周りを見渡すと、大勢の観客たちを振り回して、無理矢理ダンスを踊らせていたアンデッドたちが、死んだように硬直して動かない。リーダーたるアクシャヤが元気でなければ、アンデッドたちも元気に踊ることが出来ないようだ。
「少し早いけど、今夜はこれでお開きにしましょう。ごめんなさいね。物足りなかった人は、またこ・ん・ど!」
 気力を振り絞って立ち上がったアクシャヤが、声を張り上げた。
「あれ、もう終わり?」「た、助かったぁ」「死ぬかと思った」
 死ぬほど激しいダンスを強制されていた観客たちにしてみれば、いつの間にかダンスが終了していたので、拍子抜けというか一安心というか。
「おい、クローディア様とかいるじゃん!」
「いつの間に!? ってか、あの子さっきの新人ちゃん!」
「キャー! コスティー! こっち向いてー!」
「フランちゃ~ん! 握手してくれ~!」
 当然、フィーバーコースに出演した栄えある四名の乱入者のことなど、気に掛けている暇は無かった。今になって円形ステージを確認した観客たちは、ゾンビのように蒼褪めていたはずなのに、再度熱が灯って騒ぎ立てる。
「とりあえず、ミンナで拍手しましょうか。最後までフィーバーコースを踊り切った、タフなオトモダチに拍手!」
 アクシャヤに続いて、観客やアンデッドたちの精一杯の拍手が、野外ホールに高鳴った。四人のオトモダチは、自慢げに手を振ったり、頭を描きながら小さく頭を下げたり、芝居掛かった深々としたお辞儀をしたり、片肘を曲げたピースサインをして、観客たちに応えるのであった。

    ◆

 その後、生命力を出し尽くしたアクシャヤは、食べ放題の誘いに二つ返事で快諾したと言う。目的の店における、団体料金が適用される規模となったので、クローディアは勇んで四人の仲間たちを引き連れていった。
 フロアは濃緑とクリーム色のチェック柄、バイキングコーナーには赤白縞模様のオーニングテント、食欲を煽る様な暖色系で統一された花やフルーツで飾られ、高い天井はとても開放的な空間を演出する。カジノ街を思わせるような、バフェ・レストラン。
 見るからにカロリーが高そうな食べ物が大半だ。牛肉や鶏肉、ソーセジなどは勿論のこと、チーズやポテト、ロブスター、パスタまで取り揃えられている。変わり種としては、寿司やカレーナン等があり、デザートとしてケーキやアイスクリームまで揃っている。
「そういうワケだから、地上の世界にやって来たのよねえ」
 自分自身がレイラに訪れるまでの経緯を、説明し終えたアクシャヤは、すっかり冷めてしまったカレーナンを口にする。
「冥府ブルディッシュでは、人口爆発や食糧不足が問題になっているのですか。他の冥府と違って、大変そうですね」
 プラネッタはリンゴやバナナといった、健康に良さそうなフルーツを両手に握り締めながら言った。
「王様が率先して動くなんて、相当ヤバいレベルでしょ」
 そう言ってコスティは、チョコレートソースをたっぷり掛けたアイスクリームを、スプーンで掬った。
「アタシのところは、他と比べて領地が狭いから、特にねえ」
 アクシャヤは唇に付いたカレーを舐めとると、深いため息をついた。
「アタシってホラ、インキュバスじゃない。飢えたアンデッドに精気を注入できるから、代々冥府の王族をやって来たんだけどねえ。結局アタシ自身がベイビーたちの分まで食べなきゃ、そもそも注入なんて不可能だし、かと言って許容量を超えて食べると戻しちゃうしい」
 指を鳴らし、地中から夢魔を召喚したアクシャヤは、口臭ケアのスプレーを口の中にシュッと。直後、シマウマを仕留めるライオンのような速さで、隣にいた夢魔を抱き寄せると、大胆にもその唇を奪った!
「や~ん! 人前で大胆すぎ~!」
 次から次へと、色んな種類のケーキを写メっていたフランは、片手を頬に当て、獣を露わにしたアクシャヤを羨ましそうに眺めていた。……正確には、インキュバスに備わった能力を使って、同じインキュバスに精気を注入しているのだが。
「一人占めはイケないわよ~。ちゃんと分けてあげなさい」
 アクシャヤの抱擁から解放された夢魔は、小さくお辞儀すると、底なし沼に落ちるように、冥府へと帰還するのであった。特に飢餓が重篤なアンデッドたちの為、あの夢魔はキス魔となって冥府を渡り歩くのだろう。
「あるぇ? 今の夢魔って、女性? 男性?」
 コスティは難しい顔となって首を傾げる。
「後六人の配給係に、注入する必要があるのよねえ。もう少しお食事しても良いのかしら?」
 配給係の夢魔に精気を注入したことによって、アクシャヤの胃袋は若干の余裕が生じた。
「もちろん大歓迎! 一緒に食べる人が居た方が楽しいし!」
 やっぱり大量の肉を何人前も食べているクローディアは、本当に楽しそうな態度で言ってのけた。
「ありがとうねえ。冥府の政治に私財を投げ打って、最近はちっとも贅沢ができないから、アタシ自身楽しいわあ」
「いーよいーよ! お礼なら後で社長に言って! 元々父さんのお金だし!」
 その頃、関係者以外立ち入り禁止の扉の前で、スタッフの一人がクローディアとアクシャヤを交互に指差し、慌てふためいている。
「マネージャー! あれじゃまた大赤字ですよぅ!」
「ちくしょうめ! もうジャスティン社長に直談判するしかねぇのか!?」
 カッとなった店舗マネージャーは握り拳を壁に叩き付けた。出禁を命じたクローディアに対し、千歩くらい譲って「団体として来るなら考えてやらんでもない」と言ってしまったのを、深く後悔している。

「ここは居心地良いわねえ。アンデッドがありのままの姿で外を歩けるもの」
 雑談交じりに、暫く食事を楽しんでいたアクシャヤは、ふとナプキンで自分の指を拭きながら言った。
「食糧不足も重要だけど、ベイビーたちには生き甲斐を感じて欲しいのよねえ。冥府でただ呆然と過ごすなんて、せっかく神様から授かった永い時間が拷問になっちゃうわ」
生き甲斐・・・・、なのですか……?」
 プラネッタは蜘蛛の四つ目をパチパチさせて、訝しがる。
「観客を楽しませる為なら、何でも許される。単純明快で素敵な法律じゃない。ベイビーたちが聖水やニンニクを投げ付けられても、ダンスで笑わせてあげれば解決だものねえ」
「ローマにおいてはローマ人のようになせ、な~んて言われないから快適だよね!」
 のほほんと言ったフランス人のフランも、色々と修羅場を潜り抜けて来たのだろうか。
「逆にどんなことをしても、観客にウケなかったら終わりとも言えるけど」
 コスティは観客第一のパフォーマンスを徹底しているが故、忘却される事への不安が人一倍大きいのだ。
「私コスティのそういう謙虚なところ好きだよ。常に観客を意識している、アーティストの鑑って感じでさ」
 クローディアはフライドチキンを齧りながら、コスティの背中を強く叩いてあげた。
「お、おう……」
 BASの看板娘に言われると、不思議と勇気付けられる。

「私も、上手くやっていけるのだと思います?」
 プラネッタは脇を締めて、一本の棒のようになりながら、恐るおそる訊いた。
「父さんが見込んだアーティストなんだし、大丈夫に決まってるよ。さっきのライブだって、大成功だったじゃん」
 それだけ言うと、クローディアは残りのフライドチキンを、一気に放り込んだ。
「でもぉ……」
 四つ目をバラバラに動かしながら、このバイキングにいる凄い人たちを確認していく。
 同席した四人は勿論、裕福さを伺わせる立派なスーツやドレスを着た客は一杯いるし、アーティストと思わしきマッチョやインテリも少なくない。ふと耳に入ったのは、新型冷蔵庫の設計図だとか、今度のコンテストでのプリザードフラワーだとか、未知の領域について熱く討論している人々の会話。
 比べれば比べる程、自分の無個性さが浮き彫りになる。
「みんな個性的で、魅力的な人ばっかりなのです。私、自信が無いのです。得意なのが戦いだけだと、パパの二の舞になっちゃいます」
 しょんぼりとなったプラネッタは、上側の二つ目を閉じ、残る二つ目で自分の膝を見下ろした。
「あらまあ、かわいそうに。プラネッタちゃんはと~ってもいい子なのに、見る目のない人しか周りに居なかったのね」
 アクシャヤはプラネッタと出会って一日も経っていないが、短い歓談の中で「傭兵としてサバイバルや戦闘を徹底的に仕込まれた」と聞けば、年頃の女の子として可哀想な環境で育ったことはパッと理解できた。
「プラネッタちゃん、パパのこと嫌いなの~!?」
 フランは物事を深く考えていないのか、それとも敢えて能天気な調子で話したのか。
「それは違います。パパのことは大好きなのです」
 強い眼差しでプラネッタに見つめられたフランは、指を口端にあてがって?マークを浮かべた。
「ただ、完璧な傭兵でいる為には、家族にも素顔や本名を明かさないくらい、スキの無い生活が強要されるのです。武器を捨ててありのままを曝け出せば、報復攻撃どころか、家族が人質に取られる恐れがあります。ですから、完璧な傭兵として生き続けるしかできないのです」
 徐々にプラネッタの視線が、再び自分の膝へと落ちていく。
「強いことしか取り柄がないのは虚しいと、パパがよく言っていました」

「だからシンフォニーを奏でる仲間を求めて、BASに来たんでしょ」
 暴風雨で今にも千切れそうな、可憐な花に触れるかのように、コスティは澄んだ声でプラネッタの心を包み込んだ。
「楽器は一人につき一つしか演奏できない。ピアノコンサートだったら問題ないけど、オーケストラは一つの楽器じゃ成り立たない。人間一人が為せることなんて、限界がある」
「そう、なんですか……?」
 上目遣いとなるプラネッタ。
「そういうもんでしょ。でも、誰かと一緒に演奏すれば、即興でもふとした拍子に新しい音色が生まれるかも知れない。それこそが、個性が芽生えるきっかけになると思うんだ」
「きっかけ、ですか……私にも」
 四つ目をパチパチとさせて、真剣に考え込んだプラネッタから、それ以上の返答はない。
「自分で語っておいて何だけど、恥ずかしいな……」
 気まずくなって、コスティは自分の目を手で擦った。
「そうだ。今度プラネッタにこのドームの中を案内してあげるよ。面白いものが一杯あるからさ」
 オレンジジュースを一気飲みしたクローディアが、得意げな笑顔で割って入る。
「内面を磨くには、色々遊んでみないとねー。沢山食べないと、身体作りは始まらないのと同じ」
 両手を後頭部に回したクローディアは、早速どこのお店に行こうかと、勝手にスケジュールを組み立て始めた。
「またそうやって、食べ歩きの屁理屈をこねちゃって、もう」
 呆れたアクシャヤは、手首を支点にして、脱力した感じで手を振った。
「でも面白そうね。愛おしい雛鳥を一から育てると考えれば。アタシにも予想できない、イイ女が生まれちゃうかもねえ」
 そう言ってアクシャヤが舌なめずりすると、プラネッタは「あっはい……」と一瞬身震いするのであった。
「色んな人がウラヤマ! って思うのは、なりたい自分がたくさんあるってことだよ!」
 フランがスプーンを魔法の杖に見立てて、目の前でクルクルと回しながら言った。
「ワタシ、ルーキーなマヌカンって羨ましいって思うの~! 何にでもなれちゃうイノセントってことじゃん! チェックのマフラーに、スパイダーソフトフェルトベレー帽のコーデ……! ゼッタイ似合いそ~!」
 しまいにはスプーンを両手で強く握って、すっかり自分の精神世界に没入してしまった。
「ほらね。いつの間にか新章の楽譜ができあがった」
 周囲の人がアドリブに合わせてくれたおかげで、コスティも細く息を吐いて一安心。
「アーティストの醍醐味と言ったら、やっぱりこういう瞬間でしょ」
 お礼を言う代わりに、コスティーは一人一人に目配せを送るのであった。

「という訳で、ここにいる皆今度集合ね! プラネッタを一流のバトル・アーティストにするために!」
 パンと強く手を打ち鳴らして、半ば強引に決定事項を下すクローディア。
「あいよ」
「ダコール!」
「さ・ん・せ・い!」
 一瞬目を閉じて頷くコスティ、元気に片手をあげるフラン、妖艶に微笑むアクシャヤ。
「よ、よろしくなのです」
 濃いメンバーに囲まれながら、まさかの主役に抜擢されたプラネッタは、とりあえず深々と頭を下げる他ないのであった。

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