ケヴィンvsジャスティン

「……おい、テレポートできねぇぞ。仕事しろ、スタッフ」
 光速の流星ことケヴィン=シンクレアは、周囲を見回しながら苛立ちを煽るような声で言う。
 赤茶色に染めたセンター分けの髪型をした色白のケヴィンは、気怠そうな垂れ目が特徴的で、いわゆる細マッチョな身体つきだ。銀毛に覆われた猫耳と、髪と同じく赤茶色に染めた猫の尻尾を持つケヴィンは、猫から進化を重ねてきた人間。
 着ているコスチュームは、独特なデザインのレーシングスーツ。赤、青、白、黒、桃、灰、緑など、実に様々な色が使われていてカラフルだ。そして、ピンクのスパイクシューズに、ピンクのグローブ。総合的な素早さにおいては、全アーティスト中トップクラスを誇るケヴィンに相応しい、スピードを最大限に引き出す装備だ。
 ケヴィンが立つ場所は、アリーナの中央に設置された、プロレスリングさながらの正方形なステージ、通称『スタンダード』だ。猫の尻尾をぶらつかせながら周囲を見渡すケヴィンの目には、騒然とした観客たちが映る。ライブを終えたケヴィンは、控え室へと瞬間移動するつもりだったが、いつものようにイメージを思い描いてもステージから退場できない。テレポート装置が故障してしまったのだろうか。

 と、聞き覚えのある音楽のイントロが流れたかと思うや否や、観客席全体から物凄いブーイングが巻き起こる。
「チッ……あいつか!」
 嫌と言うほど状況を理解したケヴィンは、観客席の通路に目を遣る。灰色のビジネススーツに、赤いネクタイ。白髪交じりのオールバックで、ほうれい線が目立つ割に筋骨隆々な男が、我が物顔で闊歩してくる。尻尾も獣耳も持たない猿人間……エビル=エンペラー(悪の帝王)と名高いBASの社長、ジャスティン=クックだ! 恐らく、ケヴィンを退場させないよう、ジャスティンがスタッフに命令したのだろう。
 ポップコーンの箱やビールの空き缶など、あらゆる物を投げつけられても動じないジャスティンは、観客席の最前列よりも一歩前に出たところで静止する。数秒間を置くと、ジャスティンは色のない光に包まれて、ステージの上へ瞬間移動する。

「聞いてねぇぞ、おい。さっさと退場して、ラーメン食いてぇんだけど。早く行かないと混むし」
 ケヴィンは片手を腰に当てながら、ジャスティンを睨みつける。
「全く、最近の若者は年寄りに対する礼儀がなってないな。この私が、わざわざ貴様の相手をしに来てやったのだぞ。予定より早くライブが終わったことだし、急いでステージから退場する必要もないだろう?」
 ジャスティンが野太い声で言う。ステージを囲う見えない壁があるせいで、ジャスティンに物を投げつけることはできないが、代わりに全力のブーイングを浴びせ掛ける観客たち。
「うぜぇ……。ただのサビ残じゃねぇか。はよ帰らせろや。長時間ステージにいたせいでぶっ倒れたらどうする」
「私と手合せできること自体が、貴重な経験ではないか。多少の不健康は、未来の貴様への投資と思え」
「なんだそのブラック企業の定型句」
 口を開いて笑ってくるジャスティンを見て、ケヴィンは今すぐにでもぶん殴りたいと思っている。
「この程度でブラック企業だと抜かす人間は、どこに行っても雇って貰えんぞ。貴様のような若者を何と言うか知っているかね? ――そう、ゆとり世代だ」
「分かった分かった。てめぇが偉いのはよーく分かったから、さっさと始めるぞ。ぶっ殺してやる」
「おぉ、怖い怖い。遺産の手続きを済ませておかんと。妻にはこう言い残しておこう。ケヴィンが住む豚小屋に、一生分の肥やしを送ってやれとな。嬉しいだろう、豚君? ハハハ」
(こいつマジうぜぇ)
 ジャスティンが大人気もなく舌を出し、ケヴィンが舌打ちをすると、エキビションマッチの開始を告げるゴングが高鳴るのであった。

 

(さっさとぶっ倒して、夜飯にすっぞ)
 ケヴィンは七色の光を曳きながら、一直線にジャスティンへと接近する。全身から放たれる七色の光は、メーションで身体能力を高めた副作用のようなものだ。光の尾を曳いたり、残像を残したりと、超高速で派手に動き回るその姿から、ケヴィンの扱うメーション全般はフラッシー=ミーティオ(派手な流星)と呼ばれている。
 物凄い速度で突っ込み、ケヴィンが放った右ストレートは、ジャスティンの腹部に綺麗にヒット。「ぬおっ!?」と一瞬よろけたジャスティンに、ケヴィンが容赦なくラッシュを叩きこむ! 左フック、回し蹴り、頭突き、黒い革靴に対する踏みつけ、その他勢いに任せてあらゆる技で畳み掛ける。打撃のインパクトと共に次々と七色の光が飛び散る様を観て、早くも観客たちは大いに沸き立っている。
 ジャスティンは、ケヴィンの手数とスピードに翻弄されるばかりで、手も足も出ないように見えた。が、高速コンビネーションの合間の僅かな隙を突いて、ジャスティンがケヴィンの首を右手で掴む。首を締められながらも、ケヴィンは腹部を何度も蹴り飛ばしてくるが、ジャスティンは全く動じない。
(ビンビンじゃねぇか、こいつ!)
 暴れるケヴィンに、悪魔のような笑顔を見せつけた直後、背中に左手を添えつつケヴィンを限界まで持ち上げるジャスティン。そして、片手で投げ捨てるかの如くチョークスラム! 背面から地面に叩きつけられたケヴィンは、(特殊な装置ですぐに修復されるが)ステージの床が凹むほどの衝撃が身体を貫通し、立ち上がれない。
「情けないな、BASのアーティストどもは。せっかくステージの上では、受ける痛みが少なくて済むのにな。私たちプロレスラーは、その倍以上の痛みを受けても平気で立ち上がっていた」
 眉を下げて笑うジャスティンに、BASの観客たちが全力のブーイングを送ったのは言うまでもない。
「てめぇ、自分で作ったものを否定してどうする」
 苦痛に顔を歪めながらも突っ込んだケヴィンは、素早く立ち上がると連続バク転でジャスティンとの距離を離す。

 イメージを思い描いたケヴィンは、両手の人差し指から七色の光線を次々と繰り出す! 断続的に放たれる細長い光の光線は、ケヴィンのメーションにしては手数やスピードで劣るものの、まともに受ければ風穴が開いてしまう。
 ジャスティンはアクロバティックに側転や前宙を繰り返しながら、ケヴィンとの間合いを詰めてゆく。変則的な動きをするジャスティンに光線はなかなか命中せず、運よく当たっても大してダメージはないようだ。遂に目の前まで接近されたケヴィンは、ドロップキックを顔面に浴びてしまう!
 後方に吹き飛ばされたケヴィンは、見えない壁と激突した後、仰向けに倒れてしまう。すぐにジャスティンがケヴィンの足首を両腕で拘束すると、ケヴィン自身の膝裏を支点とし、てこの原理で足首を極める!
「いでででで! やめろ! マジやめろ!」
 四つん這いの状態で片足を持ち上げられたケヴィンは、激しく動いて脱出しようとするが、徒労となって消耗するばかり。
「タップアウトしたらどうかね? そうすれば早く帰れるぞ。ハハハハ」
 ブーイングを受けて尚もジャスティンが嘲笑している最中、ケヴィンは指先に七色の光を集中させる。
「誰がするか、ばーか」
 ケヴィンは指先だけを後方に向けて、細長い光線を照射する。ジャスティンには横っ飛びで躱されてしまうが、そのおかげで関節技から脱出できたケヴィンは、おもむろに立ち上がる。

(クソ、重い一撃じゃねぇと意味ねぇか)
 ステージの中央にて、自分の尻を叩いて挑発するジャスティン。五十を超えた大人なのに、いちいち大人気ない。そんなジャスティン目掛けてケヴィンは走る。片脚に七色の光を集中させると、低姿勢となって滑り込みつつスライディングキック。
 残念ながら、脛に片脚がヒットする直前、ジャスティンがその場で跳躍した為スライディングキックは空振りした。が、滞空するジャスティンの真下を滑るケヴィンが、タイミングよく指先からの光線で足を撃ち抜く!
(フッ! こっちがメインなんだよ!)
 足に風穴が開いたことで、着地に失敗したジャスティンは、ダイナミックにコケて仰向けとなる。
(してやられたか……!)
 大の字となったジャスティンの両目には、七色の光を曳きながら空高く飛んだケヴィンが映る。ジャンプの頂点に達したケヴィンは、もう一度片脚に七色の光を集中させた。
(来るか!? 急降下キック!)
 ジャスティンは歯を食いしばって衝撃に備える。次の瞬間、七色の光を曳きながら、通常あり得ない程の速度でケヴィンが急降下し、片脚をジャスティンの顔面に突き刺した! 電気ショックを与えられたかのように、ジャスティンは四肢を大きく跳ね上がらせた後、ステージ中央でのた打ち回る。ケヴィンへの歓声と、ジャスティンへの嘲笑が飛び交う場内。

「起き上がるんじゃねぇぞ」
 悶えて転げ回るジャスティンの目の前で、片脚を頭上に上げるケヴィン。踵落としでトドメを刺そうとした瞬間、突如ジャスティンは両手の内に深海色の自動拳銃を創りだした。
(それは、確か半裸の……)
 見覚えのある拳銃を目にした瞬間、ケヴィンは七色の残像をその場に残し、素早く退いた。二つの銃弾は七色の残像を貫通。跳ね起きたジャスティンは、渾身のどや顔と共に二丁拳銃をケヴィンに向けた。
 ジャスティンは、他人の武器を複製するメーションを得意としている。プロレスラー時代に凶器攻撃を得意としていたことと、BASの社長であるという意識が影響しているらしい。素手で戦うべきプロレスラーが武器を用いるどころか、よりによって他人の武器を無断拝借しているのだ。そのメーションの使い方は、人呼んでダーティー=フィーバー。本物と比べて攻撃力や耐久力が劣るとはいえ、次々と武器を複製しては使い捨てる様は、ブーイング不可避な反則のオンパレードだ。
「てめぇ、それ使う必要ねぇだろ」
 猫の尻尾をぶらぶらとさせるケヴィンが、悪態をつく。
「悔しかったら、貴様もやってみればどうだ? まあ、私の方が武器の扱いが巧いし、無駄な抵抗だろうがな」
 言うや否や、ジャスティンが二梃の拳銃を発砲。ケヴィンは七色の残像を残して高速移動し、ジャスティンの側面をとる。隙ありと強烈な右ストレートをお見舞いしようとした瞬間、拳銃を突き付けられて寸止めするケヴィン。サムライライトと呼ばれるこの拳銃は、銃身下部にスタンロッドを取り付けており、触れれば感電して身体が硬直してしまうのだ。
 動きが止まったケヴィンを横目で確認して、拳銃の片方を発砲するジャスティン。ケヴィンはその場に残像を残して移動したが、銃弾が肩口を貫通してしまった。

 七色に光るケヴィンの残像らが、踊るように二梃の拳銃を乱射するジャスティンを取り囲む。隙あらば切り込みたいケヴィンだが、足元を撃ってスライディングキックを躊躇させたり、身体と共に回転させるスタンロッドで牽制したりと、ジャスティンは抜かりない。
(微妙に本体と残像の区別が付かんな。どっちも光り輝いているせいで。分身しているように見える)
 踊り狂いながら弾をばら撒くジャスティンは、ケヴィン本体の動きを目で追えなかった。だからこその、『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』作戦だ。
 引き金を引いても銃弾が放たれなかったのを、動体視力に優れるケヴィンは見逃さなかった。すかさずケヴィンが、サマーソルトキックをジャスティンの顎に浴びせた!
 尻餅を付いたジャスティンは、弾の尽きた二艇の拳銃をケヴィンに投げつける。メーションを使うまでもなく、ケヴィンは身体を反らしてそれらを避けたが、その僅かな合間にジャスティンは新たな二梃を両手に握っていた。
(スタミナと引き換えに、実質撃ち放題か)
 舌打ちする暇もなく、多数の残像を残しながら銃弾を避け始めるケヴィン。

(やべぇな、ジリ貧だわ)
 至近距離から闇雲に発砲された拳銃弾は、その何発かを躱しきれずに銃創を負っていた。高速移動をしつつも作戦を練っていた。スタンロッドが怖くてなかなか打ちこめないし、距離を離せば二丁拳銃のジャスティンが余計有利になるし、このままでは銃創が増える一方だ。
(とにかく、重い一撃だ。こいつに軽い攻撃は意味がねぇ)
 ジャスティンの周りで高速移動を続けていたケヴィンは、思い切り地面を蹴って高く跳躍する。二つの銃口が後を追うように上を向いたが、すぐにジャスティンが二梃の拳銃を霧消させる。
(ケヴィンの遠距離攻撃は、威力こそ低いが、手数が非常に多い上に強度もそこそこある。二艇の拳銃では、全て相殺された上に蜂の巣にされてしまうだろうな)
 ジャスティンが新たに現したのは、十字架のような形状をした二本の短剣だった。ディバイン=メルシィと呼ばれるこの武器は、『刀身』が伸縮自在な無数の十字架となっており、鞭のように扱うこともできる。
 予想通り、ケヴィンは空中から無数の光弾を発射してきた。ジャスティンは短剣の刀身を伸張させ、それを頭上で高速回転させると、光弾を残らず弾き飛ばす。防御に徹するを得ないジャスティンは、光弾を撃ちつつ落下してくるケヴィンを、鞭を回しながら見上げるしかできなかった。
(また来るか!? 急降下キック!)
 ケヴィンの片脚が頭上すれすれまで接近すると、ジャスティンは両腕で頭部をガードした。が、ケヴィンの狙いは急降下キックではなく、両脚でジャスティンの首を挟み込むことにあった。ケヴィンは両手両足、更には猫の尻尾まで器用に使い、ジャスティンの身体を軸にダイナミックに回転を繰り返し、勢いをつけてジャスティンを投げ飛ばす! ジャスティンは大きく目を見開いたまま、転げ回った後に大の字となり、二本の鞭は霧消する。

 

 倒れたまま呻き声を上げるジャスティンに両手を向けたケヴィンは、十本の指全てから継続的に七色の光線を照射する! 全身10ヶ所に絶えず刺すような痛みが走るため、ジャスティンは痙攣するかのように激しく苦しみ悶える。メチャクチャ痛そうだ。
「貴様ー! 今すぐやめろー! それが目上に対する態度かー! それでも人間かー!」
 唇を震わせながら叫んでいるジャスティンは、釣られた魚のようにのた打ち回っているのも相俟って、見ていて面白い。
「情けねぇな。痛がり過ぎだろ。おれの方がまだ大人しい」
 照射を続けながらケヴィンが嘲笑うと、観客一同大爆笑。しかし、観客席のあちこちから何故か悲鳴があがると、ケヴィンは怪訝な表情で周囲を見渡す。
 特に変わった様子がなかったので、ケヴィンが呆れた次の瞬間、頭頂部に尋常ならぬ衝撃を受けてうつ伏せに倒れてしまう! 周囲に大量のガラス片が撒き散らされたのを見るに、落ちてきた四角形の黒い物体は天井にあった照明らしい。
「クッソ……! なんだ今のは?」
 頭部から血を流すケヴィンは、重い身体を持ち上げて天井を見上げる。あろうことか、BASのスタッフ2名がワイヤーに吊るされていて、ケヴィンを指差しながら大笑いしているのだ。
「うっぜぇ……! あいつらが落としやがったのか……!」
 ふらつきながら立ち上がったケヴィンは、両手にイメージを集中させる。メーションで悪徳スタッフを撃ち落とそうとしたのだ。だが、間一髪でジャスティンが機械大剣を投げつけたのを察知すると、ギリギリのところでそれをキャッチする。
「あっつ!? なんだよ、あっちぃ!」
 ボイトと呼ばれるこの機械大剣は、切っ先からサウナのような黒煙を噴出させることが可能だ。剣撃そのものを防がれたとしても、この黒煙がじわじわと敵の体力を奪うのだ。
 顔にモロに黒煙を浴びるケヴィンは、顔を顰めながら大剣を投げ捨てる。大剣の周囲一帯がサウナのように高温となったため、高速移動で大剣から離れるケヴィン。
「投げて使う武器じゃねぇから、それ!」
 殺人鬼のような笑顔を浮かべながら、新たな大剣を投擲しようとするジャスティンを見て、ケヴィンが突っ込む。1本目の大剣がまだ霧消していないのに、2本目を投擲されてしまったら、黒煙によってケヴィンはジャスティンに近付かざるを得なくなる。
 ふと思い出したように一瞬天井を見上げると、やはり2名のスタッフが照明を弄っていた。もう一度ケヴィンに照明を直撃させるつもりだ。やりたい放題で卑劣なジャスティンに、熱烈なブーイングがプレゼントされる。

 照明が落下を始めた瞬間、ケヴィンは指先から継続的に光線を放ち、2本のワイヤーを薙ぎ払うように切断する。照明の後を追うように、2名のスタッフが絶叫しながら落下を始めると同時に、ジャスティンが機械大剣を投げつける。
 ケヴィンはその場で高く飛ぶと、落下中の照明にオーバーヘッドキック。蹴り飛ばされた照明は、口を大きく開いて驚愕しているジャスティンに激突! ジャスティンが地に倒れ、2名のスタッフがステージに沈み、2本の機械大剣が霧消し、ケヴィンが華麗に着地する。

「てめぇ、マジで死ねや!」
 いつもは飄々としているケヴィンも、さすがに怒り狂っている。空高く跳躍してからの急降下キックで、今度こそトドメを刺そうと踏ん張った瞬間。背後から巨大な二本の腕に抱きつかれ、ケヴィンは身動きが取れなくなってしまう。
「おい! 今度はなんだよ!?」
 拘束されたまま振り返ったケヴィンの目に映ったのは、赤色のシングレットを着たマッチョな大男だった。
「知らねぇのなら教えてやるよ。俺たちゃ、サンドイッチ=ブラザーズ!」
 そして、ケヴィンの正面に、青色のシングレットを着た大男が瞬間移動で現れる。
「さしずめテメェは、サンドイッチのハムってとこだな!」
 それを聞いた瞬間、ケヴィンは必死に暴れて脱出しようとするが、赤色のマッチョに引きずられるばかり。大音量のブーイングなど、ブラザーズは聞く耳持たず。
 ブラザーズがステージのコーナーとコーナーに位置取ると、どちらともなくニヤリと笑い、猛スピードで走りだした。
「待て! それシャレになんねぇから! マジで死ぬって!」
 顔を真っ青にしたケヴィンは、ブラザーズ同士の衝突事故に巻き込まれ、サンドイッチのハムにされてしまった! 前後から同時に逃げ場のない衝撃が突き抜け、呆気なく崩れ落ちてしまうケヴィン。
「今だ! 貴様らも加勢しろ!」
 復活したジャスティンは、同様に立ち上がった2名のスタッフを指差しながら指示を出す。合計5人がステージで伸びているケヴィンを取り囲むと、これでもかとストンピング、ストンピング、ストンピング! 5本の足が、無抵抗なケヴィンを徹底的に踏みつける!

「さて、いよいよお待ちかねのフィニッシュ・ホールドだ」
 気を失ってぐったりしているケヴィンから離れると、ジャスティンは新たな武器を創りだす。二鋸のチェーンソーを閉じたハサミのようにした巨大な武器、クライ“ティンバー”だ。
 二連チェーンソーを駆動させたジャスティンは、それを掲げながら旋回し、観客に見せつける。ブラザーズは、気を失ったケヴィンの片腕ずつを引っ張り、ケヴィンを両膝立ち状態に固定した。2名のスタッフは、ケヴィンの傍でニヤニヤと笑っている。
「ケヴィン! ケヴィン! ケヴィン!」
 絶体絶命に陥ったケヴィンの名を、観客たちが繰り返しコールする。駆動させたままの二連チェーンソーを、膂力を以って開いたハサミのようにするジャスティン。チェーンが回転する凶悪な二刃のバーをケヴィンに近付けると、開いたハサミをじわじわと閉じてゆく! 場内の緊張感が否応なしに高まり、ケヴィンへのコールもヒートアップする。
 今まさに、二刃のバーがケヴィンの首筋に触れようとした瞬間。突如、見えない壁の内部が、ケヴィンの身体を発生源とした強烈な光で満たされた! ステージの外側にいる観客たちには、真っ白な光が数秒間に渡って輝いているようにしか見えないが、内部では光の色が目まぐるしく七色に変化している。
 やがて光が収縮すると、ふらふらになりながらも立っている、傷だらけのケヴィンが姿を見せた。ジャスティン一味は二本足で立っていられずに苦しんでおり、二連チェーンソーは光に覆われている内に霧消してしまったようだ。
(光過敏性発作……! 激しい光の点滅が視覚に飛び込むと、頭痛や吐き気、酷い時は痙攣や失神を来たす。特に、目まぐるしく色が変わる光の点滅は危険だ。見えない壁によって観客は無事だろうが、間近でケヴィンを注視していた私たちはこの有様。敵が近くにいればいるほど、注目すればするほど効果が高い技だから、あえて気絶を演じていたのだな)
 見事にケヴィンに騙されたジャスティンは、リベンジせんと立ち上がろうとするが、眩暈のせいで足を滑らせるばかり。ブラザーズや悪徳スタッフたちも、眩暈のせいでまともに立てない。ケヴィンへのコールはより速いリズムで繰り返され、観客たちの興奮は頂点に達する。

「本気出してやるから、ありがたく思えよ」
 全身に七色の光を纏うケヴィンが言い捨てると、超高速の流星と化した! ケヴィンの残像らが、ステージ全域で出現と消失を繰り返し、それらと擦れ違う度にジャスティン一味は上方に吹っ飛ばされる。あまりの速さに、観客たちの目には体当たりを繰り返しているようにしか見えないが、実際は擦れ違い様にアッパーカットやハイキックをヒットさせているのだ。
 宙に浮かされた5人の身体が落ちるよりも速く、ケヴィンは超高速移動で追撃を繰り返す。徐々に上昇してゆくジャスティンの周囲を、ケヴィンが縦横無尽に飛び回る。七色の光を曳きながら超高速移動を繰り返すケヴィンは、まさに『光速の流星』だ。
 何十発もの追撃の末、ジャスティン一味は天井間際まで打ち上げられた。最初は分散していた5人だが、いつの間にか地面に対して一列に並んでいる。更に高い位置で、ケヴィンが一瞬静止する。片脚に眩い七色の光を纏わせたケヴィンの姿が、観客たちの目にもはっきりと映った。
「二度と起き上がんじゃねぇぞ」
 拡声されたケヴィンの声が場内に響いた直後、七色の流星が急降下する! 一番上にいたジャスティンがまず流星に直撃し、次いで悪徳スタッフ、ブラザーズが巻き添えになる。通常の急降下キックよりも更に眩い光を纏った一撃は、瞬く間に地面に辿り着くほどの速さだった。
 ジャスティン一味と共にステージに着地した瞬間、隕石が落下した際の衝撃波のように、ケヴィンの周囲に七色の光の波が発生する。ステージの中央に積み重なった人の山は、微動すら敵わなかった。
「だっせぇな」
 人の山の頂上、要するにジャスティンに片足を乗せていたケヴィンが鼻で笑うと、ライブ終了のゴングが高鳴る。流星と化したケヴィンに驚嘆するばかりであった観客は、再びケヴィンへのコールを繰り返すのであった。

 

「あーぁ、だりぃ」
 人の山から飛び降りたケヴィンは、覚束ない足取りで歩きながら水筒をメーションで現す。傷が癒えるまでの間、見えない壁に寄りかかりながら、自作のスポーツドリンクで喉を潤すつもりらしい。
 こう見えてケヴィンは料理が得意だったりする。確かに面倒臭がりな性格だが、狡猾で要領が良い人間でもあるので、やる時はやるし、努力する時は努力する。このスポーツドリンクは、ケヴィン自身のパフォーマンスを最大限に発揮するために作ったもので、水分を素早く補充できるように調合している。一人暮らしのケヴィンにとっては、安価で作れる点もありがたい。
(何食うかなぁ? ラーメン屋は今の時間混んでるし。昼飯はハンバーガーだったから、ファーストフード食いたくねぇし)
 観客から送られる惜しみない賛辞よりも、これから食べる夕食の方が気になるケヴィンは、見えない壁に背中を預けながらドリンクを一気飲みする。全身の傷は見る見るうちに塞がり、血塗れになったケヴィンの顔やレーシングスーツも綺麗になってゆく。

 数分後、人の山の頂上で倒れていたジャスティンが立ち上がった。観客たちは、ボッコボコのたん瘤だらけにされた、ジャスティンの面白い顔が元通りになったことを残念がる。
「きさま~! よくも私の完璧なブックを台無しにしてくれたな! ショーマンシップに反する所作だと分かっているのか!? 貴様はクビだ、クビ!」
 声を荒げるジャスティンは、何度も指を突き出しながらケヴィンに詰め寄る。涼しい顔をしたケヴィンは、平然とジャスティンの股間を蹴り上げる!
「誰がてめぇの分まで稼いでると思ってんだ?」
 白目を剥き、股間を両手で押さえて小刻みに震えていたジャスティンは、そのまま後方にバタリと倒れた。
「き、貴様、私の家宝になんてことを……!」
 観客席が爆笑の渦に包まれると、ケヴィンは水筒を消失させる。身悶えるジャスティンを見下ろして鼻で笑うと、色のない光に包まれて、ようやくステージから退場できたのであった。

[newpage]
 後日、自由都市『メネスト』にて。
 レイラ最高水準の都市と呼ばれているメネストは、ファッション、サブカルチャー、エンターテインメントなどの中心地。超高層ビルが所狭しと聳え立ち、昼夜問わず夥しい数の人間で溢れ返っている。

 ピンクのブルゾンを着て、ピンクのニット帽をかぶったケヴィンが、エレベータを使ってとあるビルの一階に降り立つ。このビルは内部全体がゲームセンターとなっており、一階は子ども向けのTCAG(トレーディングカードアーケードゲーム)や若い女性向けのプリクラ、UFOキャッチャー等々が設置されている。
(鳥乗んねぇな、あの譜面。階段の密度パネェからいつもニアる)
 ビルから外に出ようとしたケヴィンは、見覚えのある人物がUFOキャッチャーをプレイしていたことに気づき、足を止める。灰色のビジネススーツを着た、筋骨隆々な男――まさかのジャスティン=クックだった。隣に立つ小さな女の子は、踏み台の上に乗り、ほっぺをガラスに押し付けている。
(お、事案発生か? そういやあいつ、この近くに住んでんだっけ)
 他のUFOキャッチャーの陰に隠れたケヴィンは、ガラス越しにジャスティンの貴重な姿を観察する。赤くて丸い猫の人形目掛けて、クレーンが垂直に降下するが、狙いが外れてしまい、女の子が「あぁ~!?」と叫ぶ。
「ぬぅ……狙い通りと思ったのだが……」
 ジャスティンが悔しそうに両手で顔を擦る。
「おじいちゃん! もう一回! もう一回!」
 女の子はボタン台に両手をついたまま、その場でピョンピョン飛び跳ねた。
「わ、分かった。今度こそ取ってやるからな」
 ジャスティンはポケットから財布を取り出し、コインを投入する。多分、コインを投入しては落ち込むのを、何度も繰り返しているのだろう。
 何度も猫人形の腹を狙うが、縦に逸れるわ、横に逸れるわ、挙句の果てには持ち上げても途中で落下してしまうわ……。ラストチャンスとなって、遂に猫人形をダクトに落とすことに成功した瞬間、「やったー!」と小さな女の子がジャスティンに抱きついた。

「どうだ。約束通りだろう」
 手に取った猫人形を、恐らくは孫と思わしき女の子に手渡したジャスティンは、満面の笑みとなる。
「ありがとう! おじいちゃん、負けてばっかりで弱いけど、何でもくれるから大好き!」
 猫人形を抱き締めながら、女の子は無邪気に笑う。ジャスティンは、目を見開き、口も大きく開き、愕然とした。「何でもくれるから大好き」が痛恨の一撃だったらしい。
「おじいちゃんは強いのだぞ。あまりにも強すぎるから、戦う時は手加減してあげているのだ」
 とりあえず自分の強さをアピールすることで、「何でもくれるから大好き」からの脱却を狙うジャスティン。
「嘘だー! テレビのおじいちゃん、いつも変な顔でおねんねしてるよー! 勝ってるところ見たことなーい!」
 子どもには刺激が強すぎるという理由で、比較的マイルドな部分を切り取ったBASのライブを見せられている女の子は、素直にそう答えた。
「あれは、その……にらめっこ大会なのだ!」
 以降、このような感じのやり取りがしばらく続く。

「ふーん……」
 気だるげな表情でジャスティンたちを観察していたケヴィンだったが、飽きたところで自動ドアからビルの外に出る。猫の尻尾をぶらぶらさせながら歩くケヴィンは、昼食を牛丼にするべきか、それともピザにするべきか、迷っていた。

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