【短編小説】Laisse Passe

クローディア書き下ろし(作:Dolce様)

ドルチェ様から書き下ろしでクローディアのバトルコスチュームを描いて頂きました!!
アイドルとプロレス、両方のイイトコどりなハイセンスな衣装をありがとうございます!
以降はこちらを挿絵とさせて頂きました、クローディアとフランの短編小説となります。

 

『フランもね、今度こそディアちゃんの服を着てみたい~! バルーン袖のピンク炎で、燃えろオトメゴコロってカンジ!』
 あの日、フランソワーズがそう言ったのがきっかけだった。

 桜煌おうか聖学院。トップアイドルを夢見る個性豊かな少年少女が、日々厳しいレッスンに励みながらも、自由気ままに青春を謳歌する小中高一貫校――という設定の、コスプレ衣装専門店だ。生地・布地を買う場所は”手芸部室”、模造刀や既製品の和服が売られている部屋は”歴史研究部”、紙パック牛乳や焼きそばパンが食べられる食堂は”料理部”となっているし、スタッフオンリーの代わりに”生徒会室”の標識を使っている。
 ジャパニメーションの世界で暮らしたい人には、まさに天国だろう。着る服ごと成りきる自分を変えながら、何度でも文化祭をやり直せる。朝露に濡れた花壇の花々も、お昼休みに薫ったカレーの匂いも、夕陽を映し出す窓から漏れた吹奏楽のフレーズも、永遠に色褪せない。

「華焔不死鳥、クローディア=クックを崇めなさい!」
 校庭のど真ん中で、拳を握り締めながらそう叫んだのは、BASの看板娘クローディア――ではなく、彼女の私服を借り着しているフランソワーズ。格闘家や魔法使いのコスプレをした人々が、フランを囲って写真を撮っている。「ディア様~!」と歓声を上げる人たちに、親指を立てて勝ち気な笑みを送ってあげるフラン。すっかりクローディアに成りきっている。
「凄い気合入れて撮影してるなー。その辺、BASドーム以上かも?」
 本物のクローディアは、コスプレイヤーたちの熱狂ぶりを目の当たりにして、若干困惑していた。というのも、一人ひとりが高価なカメラを持っているし、わざわざ壁紙や照明を運んできた人もいるし、桜吹雪を散らせている者までいる。偶然有名人と擦れ違ったから、記念にスマホで撮影するといった感覚ではない。
 ちなみにクローディア自身は、私服をフランに貸しているため、試合ライブ用のコスチュームを着ている。アイドル的な可愛らしさと、プロレス的な激しさを併せ持った、煌びやかな炎を思わせる衣装だ。
「いっぱい写真撮ってね、”文芸部”にスタイルブックにしてもらうの~! 一言日記を添えてね! ページをめくれば、ディアちゃんにヘンシンした時のキモチが、パパッとカムバックするよ!」
 レイヤーの輪の中央で、ピョンピョコ飛び跳ねながらフランが言う。
「へー! 頼めば写真集みたいにもして貰えるんだ。そりゃ皆やる気になるよね」
「ディアちゃんもやってみればいいかも~! どんなヒトになっても大丈夫だから、おニューな自分に出会えるチャンスチャンス!」
「どうしよっかなー。面白そうだけど、勝手に写真集とか出したら父さんに怒られるし……」
 クローディアほどの超有名人になると、何気ない行動がファン同士の喧嘩や市場混乱に繋がるので、迂闊な行動ができないのだ。特にプレミア価格が付きそうな、”限定品”を作ることは。
分かったダコール! じゃあ今日は、ディアちゃんができないディアちゃんらしいこと、フランが代わりにやったげるよ~!」
 フランはその場で、数メートルの高さまで垂直ジャンプしながら、空中でブンブンと手を振り回して言った。絶好のシャッターチャンスを逃すまいと、ジャンプの頂点で一斉にシャッター音が鳴り響いた。青空を背にして青春を謳歌する、フランの姿を収めようと。
「それはありがたいね! とことん付き合うよ!」
 クローディアはニッと笑ってみせた。

 ややあって、レイヤーたちが「せっかくだから、バトルの場面も撮りたいよね」と言い始める。フランもノリ気で、「撮りたい撮りたい!」とピョンピョコ飛び跳ねる。
 レイヤーの輪の中から飛び出し、淡いグレーの長いステッキを異空間から取り出した。偶然近くに置いてあったトルソーに、ステッキの先でチョンと触れる。トルソーは一瞬パステルカラーのモヤモヤに包まれ、顔がへのへのもへじ・・・・・・・の案山子へと変身させられた。サンドバッグの代わりらしい。
「ディアちゃん! SNS映えしやすい技とかってある!? やってみして!」
 ユメカワ風にデコったスマホを、ステッキの先に装着して、カメラレンズをクローディアに向ける。
「フランちゃんがディア様を撮影するの?」
「ウイ! こうやって撮れば、フランもディアちゃんのマネが上手くなるから!」
「でも君、さっき華焔出せたじゃん。服やアクセサリーを身に付ければ、その持ち主や創り主の能力をコピーできるんだし」
「だけども技の一つずつをコピーするには、このステッキ自体に一時保存するか、ちゃんと練習しないとダメなの~。というワケで、ディアちゃんお願い!」
 フランやレイヤーが、クローディアに期待の眼差しを送っている。
「そう言われても、私は全部の技が魅力的だからなー」
 クローディアは両手に腰を当てて、勝ち気な笑みを浮かべた。
「というわけで、何かリクエストとかある?」
「ディア様! アレだ! デロリアン!」
 すかさず、少年漫画風の具足甲冑コスプレをした、小麦色肌の狐男が叫ぶ。
「デロリアン……? バック・トゥ・ザ・フューチャー?」
「なんか”炎のタイヤ跡”を残すタックル!」
「それを言うなら、ヴァレンティノでしょ!」
 狐人間のガールフレンドである、巫女装飾を纏った猫人間が、顔をデコピンする。「あいってぇ!」との狐人間の声。
「あーヴァレンティノのことね! 似てるよね、デロリアンと!」
 そう言ったクローディアは助走を始め、前屈みとなって突撃。まさにデロリアンを彷彿とさせる、炎のタイヤ跡を曳きながら、案山子に対して渾身のスピアー・タックルが炸裂! 華焔に包まれた案山子は薙ぎ倒され、全体重を預けたクローディアの下敷きとなる。

「ワァ~カッコイイ~! 大気圏に突入してでもクリスマスの朝に間に合わす、慌てん坊のサンタクロースみたいでカッコイイ~!」
 などと独特な言い方で褒めそやすフラン。他の観客たちも、「超パワフルで超クール」とか「すげすげすげうおぉー!!」とか、大喜びだ。
「フランちゃん、コピーできた?」
「上手く撮れたのか?」
「撮れた撮れた~! デキるデキる~!」
 フランはキャピキャピしながら、ステッキの先端からスマホを取り外す。そうして「それ!」とステッキを振ると、黒焦げになった案山子はユメ色のモヤモヤに包まれて、キラキラおニューな案山子へと元通り。
「これだけでコピーできたんだ?」
 クローディアは転倒した案山子を立たせると、フランに訝しげな視線を向けた。
「ヨユーヨユー! 肩からぶつかればイイんでしょ!」
 のほほんとした笑顔なフランは、ステッキを背負った。仲間のレイヤーたちは、案山子へと続く花道を作る。フランが間近を横切る、またはタックルを決めた最高のタイミングを逃すまいと、じっと構えている。
 やがてフランは、クローディアの真似をして助走を始めた。背中にあるステッキから不思議な力が流れ込み、華焔が迸る身体が勝手に動き、スマホで撮ったクローディアの動きが再現される。勢いのままに前屈みとなり、肩を案山子に突き刺そうとするものの――。
 ゴトン! と鈍い音が響いた。頭から案山子に突っこんだフランは弾き飛ばされ、物理法則を無視して一回転した後落下、うつ伏せに倒れる。
「ちょっと! 大丈夫、フラン?」
 クローディアは唖然としながらも、フランのそばに寄り、身体を起こしてあげる。
「いった~い……」
 フランは両目をグルグル回しながら、自分の頭頂部を撫でている。クローディアがフランの頭に華焔を分け与えると、幾分か痛みは和らいだ。
「やっぱ使いこなせるかどうかは別のハナシか~」
 そう言いながらピョンと跳ね起きたフランは、周りに集まったレイヤーを見回しながら「撮れた?」と訊く。「助走の最中までは上手く」「でもフランちゃんのタックルじゃなくて頭突きが」「頭突きはちょっとカワイくない……」などと、撮影者たちも若干残念そうだ。

「どうする? 練習に付き合おうか? 動きは完璧だったし、すぐに慣れると思うけど」
 クローディアは腕組みしながらフランに問いかける。
「練習したいトコだけども、今日のフランちゃん予定がギュウギュウなの~。ディアちゃんから服を借りたこの日の内に、たくさんの人とツーショット決めてね、ヨガのレッスンを受けてね、帰ったらアルセーヌ・ルパンのドラマを観てね、ミンナの投稿に『いいね!』しなきゃいけないの~」
「つまり時間がないんだ。うーん、それじゃあ――フラン、もう一度コピーしてくれる?」
 言われるがままに、フランはステッキの先端にスマホを取り付け、クローディアは案山子から遠ざかり、観客たちが花道を作った。
「多分タックルが速すぎるから、位置調整が難しいと思うんだよねー。だから、正面からぶつかるようにすれば――!」
 クローディアは言い終わらぬ内に、炎のタイヤ跡を曳きながら突撃、前屈みとなる。ここまでは先ほどと同じだが、クローディアは拳を前方に突き出し、そのまま案山子のお腹にパンチを打ち込む! 転倒した案山子は、パンチバッグさながらにすぐ跳ね起き、十数秒前後に揺れていた。
「どう? スーパーマンみたいでカッコいいでしょ」
 クローディアは勝ち気な笑みを浮かべて言った。
「スゴ~イスゴ~イ! 技名なに? あとでスタイルブックにまとめるから~!」
 フランが小走りでクローディアの傍まで来た。
「技名って言っても、今思い付いたものだからなー。強いて言うなら、パンチング式ヴァレンティノ?」
「もっとキャワワな名前がイイかも~!」
「えー? このままでもカッコいいと思うけど」
「ディア様! オレ、カッコいい技名思い付いたぜ!」
 口を挟んだ具足甲冑の狐人間は、両手を振ってアピールしている。「おー! どんな名前?」とクローディアが耳を傾ける。
「それはな! デロリアン!!」
 指差しのポーズを決める、目立ちたがりな年頃の少年。
「もういいでしょ、それ!」
 ガールフレンドの猫人間に、後頭部をピシンと叩かれ、「アウチ!?」と痛がる狐人間。

「あ~! フランちゃん、いい名前思いついちゃった~!」
 フランが拳と手の平を打ち合わせた。
「へー! デロリアン?」
 なんて言ってみて、クローディアが茶化した。
「ノンノン! レッセ・パッセ!」
 フランにキャピキャピと言われてみても、クローディアにはピンと来なくて、しきりに瞬きをした。
「これ着てもう一度やって~!」
 フランは返事を待たずに、ステッキの先端でクローディアの肩に触れた。すると、どうだろう。クローディアのライブ用コスチュームは、一瞬ユメカワなモヤモヤに包まれると、ボタニカルテイストなワンピースへと”変身”させられた。
 ネックラインにある花々の刺繍使いが上品な、ラベンダー色のブラウス。リボンベルトがフェミニンな、黄や薄桃のフラワーがプリントされたスカート。一瞬、強い風がやって来ると、スカートがやさしく揺れて、春が訪れたかのよう。
「大富豪のお嬢様だとバレないように、カジュアルで庶民的な服を意識したけども、着飾らないシンプルさがかえって完成されたフェミニンを演出して、一人カフェで恋愛小説を読むはずが、バリスタ見習いという素敵な王子さまを引き寄せてしまう、少女漫画の主人公がテーマ!」
 以前から妄想していたクローディアの着せ替えファッションを、ここぞとばかりに現実のものとしたフラン。クリーム色のパンプスを見下げている、困惑しているクローディアを、スマホで何度も撮影して密かにガッツポーズ。
「こういう服は、ちょっと新鮮だなー」
 BAS社長の娘というお嬢様の生まれでありながら、庶民的な恰好をすることが多いクローディアは、このような動きにくい服装がちょっと慣れない。照れ笑いを浮かべている彼女に、「レアだねそれ!」とか「全然アリじゃん!」など言った歓声が。
「この”コスプレ”なら、よく見ないとディアちゃんだって分からないでしょ? コッソリとモンスターカフェにだって行けちゃう~!」
 着る服を変えることは、新たな自分に出会うキッカケ。心の檻を壊すためのおまじない。それがフランの信じる美学。だからフランは、世間の目に縛られがちなクローディアを――。

「コスプレするからには、身も心も成りきってみせるのが、桜煌聖学院の校則なんだっけ?」
 周りを見回しながら、どこか楽しそうにしているクローディアが言うと、「そうだよー!」とか「おうよ!」と元気な返答が方々から。ニヤリと笑って、咳払いを一つ。「お嬢様っぽい!」という声が多く聞こえるので、あえてポニーテールにした髪を解くと、鈴を転がすような声で皆に言う。
「私、今日はお忍びでここに来たから、執事の代わりに桜煌聖学院のご案内をして下さるかしら?」

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