【短編小説】魔法生まれの司書さん

魔法音楽メイドカフェ『ピピリヤミィリュ』さんのメイドたちに、思いを馳せるつもりでちょっとした物語を綴ってみました!
夜空で揺蕩うような、夢心地の美しい旋律。
少しでも多くのご主人様に知って頂ければ、私も嬉しいです!

魔法音楽メイドカフェ『ピピリヤミィリュ』 公式HP Twitter:@MinCxi

 
◆   ◆   ◆

 
(十四連勤……マジで死ぬかと思った)

 夕方の都会。レンタルビデオショップのアルバイトを終えた青年が、疲れ切った顔で大通りの歩道を歩いている。

(金も、時間も、才能もない。やりたいことも見当たらない。俺は一生、バイトとしてこき使われるのかなぁ……)

「お疲れさまです! 良かったら、こちらをどうぞ!」

 綺麗でふんわりとした、小鳥のような声に立ち止まる。黒髪で可愛らしい、メイド服の女の子と目が合った。

(メイド喫茶の宣伝かな?)

 そのメイドは、チョコレートと、栄養ドリンクらしき不思議な瓶、そして”ピピリヤミィリュ”という店のチラシを差し出す。店には興味ないが、ボロボロの身体にチョコとドリンクはありがたい。青年は無言で、全部を受け取った。

「どうもありがとうございます! バイビー!」

 笑顔で手を振る彼女に、小さく頭を下げ、その場を去る。

 アパートに帰った青年は、夕食を食べる気力も無かった。ふんわり甘いチョコレートを口にし、眠気を誘うようにまろやかな、栄養ドリンクを飲み干すと、数秒と経たずに意識が遠のいた。瞼の裏にステンドグラスのドアが浮かぶ――。

 

 大きなステンドグラスが、ギィと音を立てて開かれる。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 現れたのは、妖精のように可愛らしい三人組だった。

「だ、誰!?」

 夢心地だった青年は我に返り、頭が真っ白になる。

「はじめまして。マホカ・ウォーツェルと申します」

 短い金髪で青い瞳の子が、上品なお辞儀をした。ひらひらなケープ付きのメイド服で、宝石付きの長い杖を持っている。

「ご主人様、はじめまして♡ ミィス・テリアスですっ!」

 よく手入れされた、ピンクのツインテールが愛らしいメイド。ぱちん、とウィンクして、上目遣いで見つめてきた。

「おかえりなさい、主く あるじ ん。ボクの名前はイリュ・リュウ」

 深緑色の魔法使い服を着た子は、ニコリともせず言った。女の子なのか、男の子なのか、パッと見では分からない。

「な、なんで俺はここに!? 家に居たはずなのに!?」

 青年は辺りをキョロキョロ見回していた。

 開かれたドアの向こうは、円形の広々とした部屋。不思議な色の液体瓶がズラリと並び、木の柱には植物の蔦が絡みつき、星のように輝く花があちこちに咲く。窓の外では、青い森がどこまでも広がり、蛍のような光の粒がゆらゆらと飛ぶ。

「この度は、魔法音楽メイドカフェ”ピピリヤミィリュ”にご帰宅ありがとうございます。ご主人様の疲れを、三人の魔法で癒してさしあげますね」

 マホカは一瞬目を閉じて、微笑んでみせた。

「魔法……? ある訳ないだろ」

 青年が冷たい視線を送った後、お腹の虫が「グー」と鳴った。そういえば、夕食を食べていない。あの不思議なドリンクが疲労に効いたのか、空腹を感じる余裕も生まれていた。

「主くん、お腹が減っているんだね。何か作ってあげるよ」

 イリュは一人で頷くと、キッチンの方へ行ってしまった。

「さあ、入った入ったー! 私が案内してあげる♡」

 ミィスは、恥ずかしさで赤面していた青年の手を引き、カウンター席まで連れて行った。青年が、ふかふかとした背もたれの席に座ると、マホカが目を閉じて何かを唱え始める。

「マホカマピリヤ……マホカマピリヤ……」

 突如カウンターに、星や月が描かれた五芒星の魔法陣が浮かび上がった。青年が身を反らして驚く間に、星の粒が集い――輝きが収まると、それはメニュー表となっていた。

「マホカの魔法、すごいでしょー! こう見えてマホカは、王室に仕える魔術師生まれという、超お嬢様なのだっ♡」

 ミィスは「えっへん」と、自分のことのように自慢した。

「……CGだろ?」

 青年は訝しがりながらも、メニュー表を手に取った。滑らかで艶のある手触りを感じたから、これは幻覚ではなくて……VR技術に違いないだろう。

「そ、それじゃあ、星屑どんぶりをお願いします……」

 

 キッチンでイリュが調理している間、マホカとミィスが魔法音楽を奏でてくれた。煌く星々のように繊細なヴァイオリンに、ミルクティーのように甘くて楽しげなデュエット。そして、夢の世界に誘うように妖しげなアラビアン。

 青年は心地良い浮遊感に包まれ、少しずつ心や体が軽くなるのを感じていた。これが本物の魔法かどうか、疑ってかかることもすっかり忘れて。

 光の粒を指揮するように、長い杖を優雅に振るうマホカは、星空に浮かぶ満月のように美しかった。光の粒が駆け巡り、流れ星のようにマホカを取り巻いている。

 いつの間にか天井が消えていて、見上げると、空まで届きそうなほど大きな木の根があった。その聖なる樹木の、冠を目指すかのように、流れ星たちが尾を引いて昇ってゆく。

 

「おまたせしましたー♡ 星屑どんぶりです!」

 魔法音楽に聞き惚れていた青年の前に、料理を置くミィス。名前に違わず、色とりどりの小さな星が乗った一品だ。

「いただきます」

 青年は、どんな味か想像もつかないどんぶりを、若干緊張しながらスプーンで掬う。いざ口に入れると、シャリシャリな食感と、ご飯とマッチする絶妙な甘さで、すぐに病み付きになった! あえて喩えるなら、最高級の栗ご飯みたいだ。

「ねえ。ご主人様って、普段何して暮らしているの?」

 ミィスは隣の席に座り、興味津々に尋ねてきた。

「何も……してないよ。アルバイトする以外は、全然」

「へー! どんなアルバイトなのかしら?」

「本やCDを仕入れたり、整理したり、客に案内したり」

「つまり主くん、司書みたいなものか。すごいね」

 キッチンから出てきたイリュが、カウンター越しに言う。

「……全然すごくないよ。俺は頭が良くないし、扱う商品もドラマやマンガ、ゲームとか、誰でも知っているモノばかりだ。司書なんかと違って、俺の代わりなんていくらでもいる」

「えっ。ご主人様は、人間界のドラマに詳しいのでしょうか?」

 マホカは早歩きで、ステージから青年のそばまで移動した。

「いいなーーー♡ マンガに囲まれた生活なんてっ!」

「ボクたち三人、人間界のゲームとかが大好きなんだよね」

 ミィスとイリュが身を乗り出し、青年は少し困惑する。

「マホカは、人間界の文化を一生懸命勉強したいです。ですから、素敵な歌が出てくる”でぃーぶいでぃー”を探していますが、ご主人様ならたくさん見つけられるのでしょうか?」

 マホカは尊敬の眼差しで、青年を見つめている。

「今時、スマホを使えば、誰でもすぐに見つけられるさ」

「でもね、主くん。マホカくんはスマートフォンに触ると、魔法のエネルギーと反発してしまって、壊れてしまうんだ」

「な、なんだそれ? あっ、いや、ごめん……」

 青年が謝ると、マホカはにっこりと微笑んでみせた。

「”マホピピ”のCDも、ご主人様に仕入れて欲しいなー♡ もっとたくさんのご主人様に、帰って来て欲しいの!」

 ミィスは魔法で現したCDを見せた。さっきのマホカの魔法陣そっくりなCD。魔法音楽が収録されているのだろう。

「ゲームに詳しい人間と知り合いになれて嬉しいかも」

 イリュは無表情のまま、しきりに瞬きをしてみせた。

 

「……ごめん。騙しているみたいで。こんな俺みたいな、夢も希望もない人間なんか、君たちの魔法と比べたら」

 メイドの温かさが現実とは思えず、青年は俯いてしまう。

「主くんは心が疲れているだけだよ。特別な魔法薬、作ってあげる。それできっと、穏やかになるから」

 イリュはそう言い残し、再びキッチンに入って行った。

「私がご主人様のコト、占ってあげる♡ ぜーったいキラキラな未来が待っているわ! だから、ね? 元気出してっ!」

 ミィスは魔法で水晶玉を現す。それを両手でなでなでしながら、青年の未来を立体化するように、想像力を働かせる。

「マホカたちは、ご主人様の心が少しでも癒えるようにと、願いを込めてこの”マホピピ”を作りました」

 優しく語り掛けるマホカ。青年はゆっくりと顔を上げる。

「マホカたちの魔法で、元気一杯になってくださいませ。マホカはご主人様のために、いつでも魔法の歌を歌います」

 マホカの満面の笑顔は、どんな魔法よりも眩しかった。

「……ありがとう、みんな」

 それからマホカはステージに上がって、魔法音楽がもう一度始まった。イリュが運んできたゴブレットにある、ブクブク泡立つ液体を飲んだ青年は、段々と意識が薄れてゆく――。

 

 気がつくと、青年はベッドの上で横たわっていた。

「やっぱり、夢か」

 そう呟きながら起き上がった青年は、思わず自分の両手を眺めた。十四連勤の疲れが嘘のように消えている。それどころか、妙なやる気に満ち溢れ、前向きな気持ちでいる。

「ん?」
 机の上に、何か見知らぬ物が置かれていた。

「ピピリヤミィリュ……メンバーズカード?」

 カードの他には、魔法陣のようなCDや、手紙が置かれていた。もしや、この心身の穏やかさは、イリュの魔法薬のおかげなのか? 青年は納得したように頷き、頬を緩める。

「夢じゃなかった……!」

 今日は仕事が休みだ。早速青年は、CDをプレーヤーに入れて再生する。すると、マホカの歌声が流れて始めて――!

「司書……”マホピピ”のCDも仕入れて欲しい、か」

 朝の光に照らされた手紙には、こう書かれていた。

『ご主人様♡ たくさんお話できて楽しかったよっ♡ そういえば占いの結果だけど、ご主人様は将来、ヒーリングミュージック専門のお店を開いて、大成功するんだって!』

 

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