【ポエーマンズ短編】できた、たのしい

 文芸Vtuberの弥乙澪さんこと、ポエーマンコバルトさんの短編小説を執筆致しました!

 専門家の方から多くのご意見・ご指導を頂きましたので、我ながら子どもに対する接し方などがリアルではないかなぁと(`・ω・´

 あまやど文庫FANBOX(弥乙澪さんのページ)


◆   ◆   ◆

 

 ここは、古民家を作り替えた塾。

 モールガラスを通り抜ける、赤味を帯びた陽の光。茶色の壁に掛けられた、使い込まれたミニ黒板を照らします。塗装が所々剥がれた、黒いテーブル。なぜだか、おばあちゃんの手を握ったような、温かい感触が。

 漢字のカードゲームや、九九のビンゴゲーム。まるで、メンコや缶バッジを飾るように、棚に並べられています。さっき、子どもたちが食べたのでしょうか。どこからか、駄菓子の甘ったるい匂いが、漂ってくるのです。

 

「うえぇーん……」

 にわかに、男の子がめそめそと泣く声が、聞こえて来ました。名前は優真ゆうまくんと言います。

 お友だちは、「ドッジボールをしようよ!」と言って、帰ってしまったのに。優真くんは立ったまま俯いて、涙をこぼしています。

「なに、どした?」

 不安そうな声で尋ねたのは、コバルト先生です。他の子が、優真くんが泣いていることに気付かないよう、そっと覗き込んで。コバルト先生は、丸メガネを掛けていて、こげ茶色の髪を一括りにしています。この個別指導塾の、先生なのです。

「えーん、うえぇーん……」

 優真くんは、両手で顔を隠します。

「うん、何が辛くて泣くんや、言うてみ?」

 先生はそう言いながら、ジャージを履いた膝に手を乗せて、屈み込みます。

「言わな先生、分からんよ」

「だって! もっと勉強しなさいって、言われるの!」

 優真くんは泣きながら、大きな声で言いました。

「もっとって、何の勉強を?」

 コバルト先生が聞きましたが、優真くんは涙を指で拭くばかり。すぐには答えてくれません。

「筆算をもっと勉強しなさいって、先生に言われるの!」

 そう叫ぶと、優真くんは両手をブンブンと振り回します。優真くんの顔は、すっかりしわくちゃで、真っ赤っかです。

「えー、先生そんなヒドいこと言うたっけ?」

「違うの! 学校の先生に言われるの!」

 優真くんは、床を力いっぱい踏みつけます。

「筆算もっと勉強しなさいって言うの! ちゃんとやってるのに!」

 そう言って優真くんは、より一層大きな声を上げました。

「ひどいなぁ。優真くん、塾でたくさん問題解いてんの、先生知ってるんやけどなぁ」

 コバルト先生は、優真くんの頭を撫でてあげました。

「バツつけられたり、分かんなくてとまってると、もっと勉強しなさいって言われたの思いだすから、筆算きらい!」

 優真くんは、皮が剥けそうになるほど強く、目の下を擦っています。

「せやな。辛いな。でも優真くん、だから塾に来てるんやろ。筆算得意になりたくて」

 コバルト先生が言うと、優真くんは泣きながら頷きます。

「でも、どうしても泣いちゃうから、どうしたらいいか分からない!」

「じゃあ優真くん。学校の先生に言われたこと、思い出しそうになった時は、楽しい事を思い出してみたらどう?」

 そこで優真くんは、ハッとしました。目を丸くして、コバルト先生の得意そうな顔を、じーっと見つめます。

「……どうやって?」

「んー、楽しい事って人それぞれやしなあ。たとえば先生なら、カフェ巡りが好きやから美味しかったケーキのこととか思い出すかな」

 いつのまにか、涙が止まった優真くんは、しばらく考えてみました。右に、左に。首を何度も傾げては、楽しいことを思い出しているようです。

 やがて、名案を閃いた優真くんは、前のめりになって言います。

「……じゃあ、ゲームのことを思い出していいの!?」

「おーっ! いいの思い付いたやん。泣きそうになったときは、それを思い出せばムテキやな」

 先生が、優真くんの肩をポンポンと、軽く叩きます。

「うん、やってみる!」

 優真くんは、白い歯を見せて笑いました。

 

 それから、五日が経ちました。

 どこか懐かしい、橙色の電球が光る塾の一室。使い古したミシンテーブルの上には、筆算のプリントが置かれています。

 テーブルを挟んで向かい合うのは、優真くんとコバルト先生。二人とも、固めの赤クッションを敷いた、木椅子に座っています。コバルト先生から「じゃあ、やってみよう」と言われて、優真くんは問題を解き始めました。

 はじめの方は二桁の筆算でした。優真くんは、繰り上がりや繰り下がりに注意して、丁寧に答えを書き込みます。

 そうして、三桁の筆算に差し掛かった頃。

「うーん……」

 優真くんの手が止まります。しきりに瞬きを繰り返して、じーっとプリントを見つめています。コバルト先生は、優真くんが楽しいことを思い出していると、分かりました。「もっと勉強しなさい」と言われたのを思い出さないように。

 優真くんが、鉛筆をテーブルに放り投げます。そして、まだ問題が残っているプリントを、コバルト先生に押し返しました。

「あれ、どうしたの? 優真くん」

 コバルト先生は、今にも泣きそうな優真くんに尋ねます。

「またもっと勉強しなさいって、言われちゃうの!」

 優真くんは、膝の上でぎゅっと手を握っています。涙を流さないよう、目に力が入っています。

「優真くん、そんなときは? どうするんやった?」

「……楽しいこと思い出す」

「そう。ほら」

 コバルト先生は、笑顔を見せました。口だけで笑った優真くんは、もう一度楽しいことを思い出そうと、チャレンジします。ですが、少し経つと、目に涙を浮かべてしまいます。

「できない! 頭の中で、学校の先生が何度も言ってくる!」

 優真くんは、大きな声で言いました。とうとう優真くんは、涙を一粒、流してしまいます。

「明日学校のテストで、また先生に言われちゃう!」

 

「もっと勉強しなさい」

 にわかに、コバルト先生が言いました。学芸会のように、ゆっくり、はっきりと、いつもとは違った声の調子で。

「い、今から百点とります」

 優真くんは、ポカンと口を開けました。

「優真くん、『す』からしりとり。前向きな言葉で繋げてみて」 コバルト先生は手を打ち鳴らし、両目を大きく開きます。

「す? す、す、す……」

 優真くんは、何度も首を傾げながら考えました。

「今から百点とります……すぐにやろう!」

 そう言うと、すかさずプリントを引き寄せて、問題を解き始めました。難しそうな三桁の筆算も、一生懸命頑張って解きます。

 一問解くと、コバルト先生は丸をつけてあげました。大正解だったのです。

「う、生まれ変わる日! 筆算の天才や」

 まだしりとりは続いているよ。それが分かるように、コバルト先生は、ゆっくりはっきりと言いました。

「や、や……やったあ!」

 優真くんはバンザイをしました。嬉しくなって、次の問題を解いている優真くんを、コバルト先生は笑顔で見守ります。

 次の問題も、大正解でした。自信が出てきて、夢中になって問題を解く優真くん。コバルト先生は、優真くんが一問解くごとに、丸をつけてあげました。

「あ、明日のテストも、もう怖いものなし!」

 コバルト先生も楽しくなって、しりとりを言うのが早くなりました。

「し、し、し。しりとりのおかげ!」

 優真くんは、目を輝かせています。

「げ、ゲームしに行く思たらいいねん」

「あっ、先生のまけ! んって言った!」

「いや、今の『ん』まで言うとらんて。い・い・ね」

 そう言って、ニンマリしてみせるコバルト先生。

「はぁ!? 言ったし! ぜったい言った!」

「証拠はぁ~? 何時何分地球が何回周ったときィ~?」

「コバルト先生、うっざ!」

 優真くんが笑います。部屋が、楽しそうな声で満たされます。楽しい雰囲気の中、優真くんは最後まで問題を解きました。「はい!」と、優真くんが差し出したプリントに、コバルト先生は百点を付けてあげました。

 

 まもなく、優真くんの勉強時間が終わりました。先生は、廊下で待っている他の子を、迎えに行かなければなりません。

「この部屋、次に使う人いる?」

 優真くんは、勢い良く立ち上がりながら、尋ねました。「いないよ」と答える先生。すると優真くんは、ランドセルから算数のドリルを取り出しました。自慢のお宝を見せるように。

「じゃあぼく、ここで自習してから帰っていい!?」

 先生は笑って頷きました。優真くんに手を振ってから部屋から出ます。廊下の椅子で待っていた子に、「時間やし行こうかー」と言う先生。二人で、他の部屋へと出発します。

「もっと勉強しなさい。……い、いつでもへいき!」

 廊下には、優真くんの楽しそうな声が、響いていました。

 

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