ロジータvsエマ

 夢の国の門、ファンファンタウン。近郊にレイラ有数の巨大なテーマパークがあり、多くの観光客が訪れることから、宿泊業をはじめとしたサービス業が盛んである。テーマパークに訪れた人々を迎えるマスコットキャラクターを模した、人形や文房具などが特産品。
 街の中心部こそ、小売業界などのオフィシャルビルが立ち並んでいるが、テーマパークがある近郊へと向かうにつれて、昔懐かしのアニメで観たようなカートゥーンチックな様相となる。眼鏡を掛けた男の子の巨大な顔が”正門”となっているおかしなホテルや、きも可愛い黄色のハリネズミの全身がそのまま五階建てのビルになったデパートなどがあり、あたかも既にテーマパークの内部にいるかのようだ。
 ホテルやお土産売り場が乱立する地帯を越えた先には、連日満車とさえ言われる広大な駐車場があって、それも越えればいよいよテーマパークだ。敷地内では複数あるエリアごとに、それぞれテーマに沿ったアトラクションや飲食物が提供されている。例えば、(アメリカの)西部開拓時代をテーマにしたエリアでは、蒸気船やトロッコの形状をした乗り物のアトラクションが展開されているし、軽食としてチキンナゲットやアメリカンコーヒーなどが売られている。
 一日二日では遊び尽くせないほど、多種多様なアトラクションやイベントがあるテーマパークだが、何と言っても中心部にある巨大な城が来訪者の目を惹く。屋根が青い尖塔が幾つもある、ファンタジックでロマンチックで立派なお城だ。夜になればこれでもかと豪華にライトアップされて、正しくお伽噺のプリンセスを迎え入れるかのよう。このテーマパークの象徴と呼ぶに相応しいものだ。

(へー。ちょっとこういう所には縁が無かったけど、あんなに無駄遣いできるもんなんだ)
 腰に片手を当てて立つロジータは、遠間からテーマパークのお城を眺めながら想う。
 浅黒い肌をしたロジータは、鼻が低くてなかなかの美少女。流れるような白髪パーマで、側頭部にはヤギのような巻き角。ヤギから進化してきた人種で、一般的な人間より聴覚に優れているらしい。
 着ているコスチュームは、古着を繋ぎ合わせて作ったような、肩の立ち上がったドレス。廃棄品を再利用して作られたドレスは、一見継ぎ接ぎだらけのくたびれた洋服にも思えるが、不思議な均整が感じられて、エキゾチックな美しさがある。
 ドレスと同様、様々な廃棄物を再利用して作られた布袋が、腰回りを一周するように多数取り付けられている。その中には、雑多なジャンクを極限まで分解したカラフルな粉、通称”ジャンクパウダー”が詰め込まれている。
 物質を分解、再構築するメーションを得意とするロジータにとっては、ジャンクパウダーは計り知れない可能性を秘めた”武器”と化す。物質を花の形に模して再構築する癖があることから、メーション・スタイルはブルーミング=ジャンクと命名された。

 現在ロジータは、ファンファンタウンにしては珍しい、大人向けのホテルの正門広場の中央に立っている。上品な花、よく整備された庭園など、西洋式の王道的なホテルに見えるが、流麗で大人向けなデザインにアレンジされたカートゥーンキャラクターの彫刻があるなど、ファンファンタウンならではの意匠も見受けられる。
 ホテルの入口へ一直線に続く石畳と、それを挟むように敷かれた黄緑色の芝生を、見えない壁で正方形に囲ったところが、今回の出張ライブのステージだ。せっかくファンファンタウンに出張するのだから、テーマパーク内部、せめてカートゥーンキャラクターを模したおもしろホテルの目の前とかを、出張ステージにするべきだという意見も多数ある。
 しかしながら、子どもにとっての夢の国で、血飛沫撒き散らす暴力的なBASを催すのは、双方にとってかなりのイメージダウンになると判断されたのだろう。この正門広場からでも、カートゥーンチックな街の光景、そしてテーマパークのお城やジェットコースター、観覧車等々を見渡すことが出来るから、それで勘弁して欲しいということなのかもしれない。

(ああいう場所にいる人って浮かれがちだから、スリとかも簡単にできちゃうかも? ヒヒヒヒ!)
 見えない壁の外側――お洒落なベンチや芝生に直接腰を下ろすストリートチルドレンたちは、突如としてニヤけたロジータの本意が容易に理解できた。ロジータがあんな風にニヤけるときは、盗みなどの悪巧みを思いついた時に決まっている。
「まーたロジータ、スリのこと考えているよ。こんな所まで来てさ」
「ああいう所、行ったことないから、めいいっぱい遊びたいんだけどなぁ」
 現実主義なロジータは、夢の国を訪れてもお金と盗みのことしか考えないだろう。ロジータ自身だけではなく、仲間全員のお金をやりくりを考えている点が、自由や仲間を求めて家出した、夢見がちなストリートチルドレンのリーダーとして相応しい所以でもあるが……。年頃の子どもの性として、やっぱり夢の国では現実を忘れて遊び惚けたいのだ。

「はーい! みんなちゅうもーく! エマ=レジャーだよーっ!」
 テーマパークのお城を見上げていたロジータやストリートチルドレンは、突如として響いたキンキンとした高い声に振り向く。典型的な幼児体型で、大きくて丸い目をした、エマ=レジャーと名乗った女の子。瞬間移動で入場した彼女こそが、今回のライブにおけるロジータの対戦相手だ。
 金髪で、一部が黒色に染められているツインテール。白基調水色縞模様の半袖の上に、濃い青のデニムサロペットスカート。そのサロペットにある沢山のポケットには、ドライバーやレンチ等の工具が詰まっている。下半身は、アシンメトリーなタイツ。右側は紫グレーの太い縞模様、左側は黒白の細い縞模様。そして、白とピンクの二輪ローラーシューズだ。
 人種は恐らく蜂人間。臀部から小振りな白い針が、頭頂部からこげ茶色の二本の触覚が生えている。一応、針には微量な毒が含まれているらしいが、BASに出場できるほどの強者相手には、あまり実用的ではない。
 左腕には、変わった形状のタブレットPCが取り付けられている。たくさん繋げた、色とりどりな蛍光ブレスレットの上に、長方形のディスプレイをくっつけたような形状だ。エマはこれを”ジェットコースター=シアター”と呼んでいる。
「みんな来てくれてありがとー! 夢の国の門、ファンファンタウンはどう? ボク、ここの出身なのーっ! テーマパークには案内できないけど、代わりにボクが作ったオモチャたちを見せてあげるー!」
 忙しなく観客席を見回しては、身振りを交えてアピールするエマの、子どもらしさと言ったら。
(子どもだなー……)
 半ば呆れ返っているロジータも、大人と呼ばれるにはもう一歩足りない年頃なのだが、あのような無邪気な振る舞いはできそうにない。子どもらしさを装って、油断したところで金目の物を頂戴するのはよくやるが、心の底から大人に甘えてみたり、背伸びしてアイドル気取りを演ずることは不可能だ。

「ねぇねぇねぇ! キミはアソコに行ったことあるー?」
 ローラーシューズで一気にロジータに近づいたエマは、片足を前にして顔をのぞき込むように言った。悪く言えば礼儀知らず、良く言えば純粋無垢な子どもだ。要するに、騙しやすい。
「行けると思う?  あたし、ストリートチルドレンなんだけど」
 BASに就職して以降、何かとストリートチルドレンであることに同情、もしくは嫌悪されているロジータは、逐一リアクションをとることに疲れている。だが今回は、敢えて哀しみと少々の怒りを籠めた表情を、無邪気に微笑みかけているエマに向けた。
「ストリートチルドレン? 何それ?」
「家出した子どもってワケさ」
「えーっ!? 家出したの!? パパやママは!?」
 片手を口に当ててビックリ仰天するエマ。せいぜい小学生と中学生、あるいは高校生くらいの歳の差で、BASでは少数派な子ども同盟だと思っていたが、軽々しくオモチャについて語れそうな”子ども”じゃない。
「あー、あいつらなら酒と薬に溺れて、あたしを奴隷としか見てなかったよ。だから、こういう場所に連れて貰おうだなんて、夢にも思えやしない。どうせあたしたち、一生働いてもここで遊べるお金なんて稼げないしー」
「ご、ごめん。知らなかったの。一緒に面白い話できたらいいなぁって、できたらボクのオモチャにも興味を持ってくれたらなぁって、そう思っただけだもん。ねぇ、だから許して?」
 両手を合わせて必死に頭を下げるエマを見下ろしても、ロジータはほくそ笑むようなミスをしない。それどころか、更なる罪悪感を植え付けようとする。
「いーよいーよ。どーせオモチャのことなんか分からないし、あたしと話したって時間のムダさ。オモチャなんか買ったことないし」
「ごめんってばーっ! ほら、これタダであげるから許してよーっ!」

 そう言ってエマは、メーションでオモチャの白い戦闘機と、それを操る為の銀色のリモコンを、それぞれ両手で握るように現した。機首にプロペラが付いたタイプの、最新型のオモチャだ。
「これね、ボクの手作りオモチャ! お店で出そうと思っているヤツの試作品だけど、立派な最新型だよーっ!」
 何を隠そう、天才児のエマは立派なオモチャ会社の社長。実質的な経営は、部下の大人たちに任せっきりだが、嘘偽りなくオモチャを一から組み立てるエマが社長であることは、客寄せをするのに十分過ぎるほどのインパクトだ。メインターゲットとなる子どもたちと同じ目線で、物事を考えられるというメリットもある。
 そんな子ども社長がバトル・アーティストになったきっかけは、本人が「面白そーっ!」と発言したことも一つだが、第一はオモチャ会社の宣伝の為である。自作のオモチャ兵器(もちろん子どもたちに売るつもりはない)の性能を観客に見せつければ、子どもだからと言う色眼鏡を通して特別扱いされることもなく、オモチャ博士としての技量を純粋に評価して貰えるからだ。

「一つだけかー……。奪い合いになっちゃうかも」
 憚ることなく言ってのけたロジータに続いて、後ろの観客席に座るストリートチルドレンたちが叫びだす。
「もっとちょうだい!」
「私もそれで遊びたい!」
「皆で遊びたいよー!」
 騒然とするストリートチルドレンを、唖然として見ているエマに対して、ロジータがダメ押しの一言。
「だってさ。哀れな少年少女を見捨てたりしないよね?」
「で、でも、タダであげたら、社員のお兄ちゃんたちに叱られるから……」
 エマが激しく頭を振ると、こげ茶色の二本の触覚がぶんぶんとしなった。
「そうやって、目の前にいる不幸な人を見捨てるつもり? 怒られる程度がなにさ? こっちは明日生きてる保証すらない、ギリギリの生活送ってんの」
「だ、だってさーっ!」
 言葉に詰まったエマが、目を閉じながら叫んだ直後、世間知らずな子どもが自分のペースに巻き込まれていることを確信して、助け舟を出してやる。
「しょうがないなー。じゃあさ、こういうのはどう? あたしが勝っちゃったら、あんたのオモチャをいくつか貰うよ。あたしが負けちゃっても、出せるものは何もないけど、代わりに素直に諦めると約束するからさ」
 明らかに不平等な約束を、さも当然のことのように言い出すロジータ。自分がストリートチルドレンであることさえ利用して、人の良心や罪悪感に付け込んで、物品を巻き上げるのだ。全ては今日を懸命に生きる為、そして苦楽を共にする”家族”の為に。
「あーもーっ! 分かったよ! ボクが勝てば恨みっこなしでしょ!? 絶対負けないもんねーっ!」
 目は瞑ったまま、前のめりになって叫んだエマを確認したことで、ロジータはようやくほくそ笑んだ。エマがそのままローラーシューズで、瞬間移動で降り立った場所まで戻ったことで、二人の間合いは遠く離れたものとなる。それぞれ定位置について、双方の背後から子どもたちの声援が大きくなると、やがてライブ開始のゴングが高鳴るのであった。

 

 ライブ開始直後のロジータとエマの間合いはとても遠く、懐に入り込まれる前に飛び道具で容易く対処されてしまう程だ。
(さーてと。まずはこのジャンクパウダーの恐ろしさを、思い知らせてやらなくちゃね)
 腰に巻き付けた布袋の一つを投擲するロジータ。ロジータの手を離れた途端、布袋がメーションによって分解され、中に詰まっていたカラフルな粉が再構築されてジャンクフラワーとなる。雑多なジャンクを再利用して作られた、花の形を模したこれは、ナイフのように鋭い。
(まずはロジータの視線を上空に釘付けにしよーっと!)
 対してエマの方は、左腕に取り付けたタブレットPCの画面を、右手の指で触れて操作する。指先で何度もタッチパネルを突っつくこと数秒間、やがてエマの頭上にプロペラが付いた白いオモチャの戦闘機が出現する。瞬間移動のメーションを再現するプログラムが、タブレットにインストールされているのだろう。
 オモチャの戦闘機を頭上に現した直後、エマは飛来して来る一本のジャンクフラワーを、タブレットPCを固定する蛍光ブレスレットでガードする。激しい戦闘を想定して作られている為か、かなり頑丈にできているようだ。蛍光ブレスレットに直撃したジャンクフラワーは塵となり、そのままエマの全身に降り掛かった。

(イメージ=サーヴァント……?)
 メーションで創りだされた意思を持つもの、すなわちイメージ=サーヴァントなのではないかと、訝しむような目で見上げるロジータ。召喚されたオモチャの戦闘機は、先ほどエマがロジータにタダであげようとしていた物にそっくりだ。ただし、機体の下部に機関砲、両翼の下部にミサイルが装備されていることから察するに、戦闘用に改造した代物であるらしい。
 ロジータはもう一度、布袋の一つを投擲し、エマの顔面目掛けてジャンクフラワーを繰り出す。エマは頑丈な左腕で顔を隠しながら、タッチパネルを右手で操作した。
 ジャンクフラワーがまたもや蛍光ブレスレットに直撃する――かのように思われたが、その直前でジャンクフラワーは素早く分解、再構築され、小さな三本のジャンクフラワーとなって拡散した。顔への一本は頑丈な左腕で防げたが、残る二本は腹と太腿に突き刺さり、「いたーっ!?」とエマは思わず自分の身体を見下ろした。

 と、ズドドドドド! と、重金属を洗濯機で描き回しているかのような音が、ステージ中に響いた。オモチャの飛行機を警戒していたロジータは、その音が機体下部のガトリング砲によるものだとすぐに理解できた。
(数で攻める武器だから、弾一発あたりの殺傷力は高くはないはず……。一般的には、殺傷力と、抗メーション物質AMMによるメーションへの抵抗力は、比例関係になるように作られているから、多分あたしのメーションでも――)
 ロジータは両手を前に突き出したまま、自ら後方に倒れ込んだ。ガトリング砲の最初の数発はロジータの身体を貫通し、小さいが決して無視できない銃創を生じさせる。
 だが、後に続く銃弾の雨は、ロジータが物質を分解するメーションを行使したことによって、全てすんでの所で粉々になる! ロジータのメーションの強度が、銃弾に含まれているAMMの抵抗力を上回った結果だ。これが本格的な戦闘機に装備された、戦車をも抉り抜く機関砲とかだったら、無理な芸当だったであろうが。

 機関砲を撃ちまくる飛行機が、頭上を通り過ぎたところで、銃弾を分解した粉に塗れたロジータが跳ね起きる。エマは相変わらずタブレットPCの操作で忙しいが、脇目ながらちゃんとロジータの一挙一動を観察している。
 と、立ち上がったロジータの全身を覆う粉が、突き出された両手の指先に収束する。
(な、なんか来るーっ!?)
 視界の隅でそれを確認したエマは、身の危険を感じてその場に伏せた。直後、指先に集められた粉は、元通りの銃弾へと再構築された上で、エマに向かって一斉に放たれた!
 その内の約十発ほどは、ロジータが戦闘機に撃たれた時と同じように、軽傷だが消して甘く見てはいけない銃創をエマに生じさせる。残る銃弾は、伏せたエマの周囲に弾着した後、粉となってその場に残留した。絶海の孤島に不時着した遭難者のように、ロジータが撒き散らかした粉の海に、エマは取り囲まれてしまった。

「すごいや! 撃たれた弾をリサイクルした!」
「本当にあのオモチャで遊べるかも!」
 ロジータ側の観客席に座るストリートチルドレンたちが、早くも有利な展開を予期してなお一層騒ぎ立てた。
「さすがに一機だけでは分が悪いみたいだね」
「エマの長所も活かせないし」
 エマ側の観客席に座る、研究者風の白衣を着たどこか間が抜けた大人たちは、さもこうなることが分かっていたかのように平然としていた。多分、彼らがエマの部下であり、エマのオモチャ会社を実質的に運営する大人たちなのだろう。

(もう一度ガトリング砲を撃って、ロジータがいい気になっている隙に、新しいオモチャを召喚しよーっと! そうすれば、いきなり出てきたオモチャ兵器に、ロジータは慌てるもんね!)
 両手で頭を押さえて伏せていたエマは、タブレットPCをほんの少し操作してから立ち上がる。見えない壁に激突するかと思われた飛行機は、縦方向にUターンして180度進路を変えた。
(あの機械で戦闘機を操っちゃってるワケか。まさにラジコンのオモチャって感じ)
 背後の飛行機を何度も振り向きながら、正面のエマを観察していたロジータは、タブレットPCが攻略の鍵であることを悟る。立てた人差し指をエマに向けると、エマの全身に付着している最初のジャンクフラワーの残りカスが、蔦状に再構築された。
(うわーっ!? 関節技ーっ!)
 ジャンク蔦に雁字搦めにされたエマは、右腕を背後に引っ張られた上に関節を極められてしまったため、タブレットPCを操作することが出来ない。
(ヒヒヒ! チャンス到来! 近寄っちゃえば、こっちのモンさ!)
 身動きが取れないエマに向かって、ロジータは全速力で走りだした。

「――ぷるぷるエアプレーン、ロックオン、ニアエネミー、ミサイル――」
 エマが何やら小声で喋り始める。
(ミサイル? ミサイルって言ったよね? ぷるぷるエアプレーン……後ろを飛んでる飛行機のこと?)
 聴覚に優れているロジータは、エマが喋ったことを聞き逃さなかった。ヤギ人間故の特技なのか、ストリートチルドレンとして生き残るために磨いた技術なのかは分からないが、この耳の良さはロジータを何度も窮地から救ってくれた。
「危ない、ロジータ!」
 ストリートチルドレンたちに言われるよりも早く、立ち止まったロジータは後ろの方を見上げた。オモチャの飛行機から放たれたミサイルが、ゆっくりとこちらに迫ってくる――!
(あれをメーションで分解するのは、ちょっとムリかも……!)
 咄嗟にロジータは、側面に対して飛び出した後、ぐるりと前転して回避行動をとる。片膝立ち状態になって振り返ってみると、あろうことかミサイルがぴったりとくっついて来たのだ! 非常に追尾性能が高いミサイルだ!
 ミサイルがロジータの身体に直撃したことで、小規模な爆発が発生する。小規模とは言え至近距離にいたロジータは、数メートルは軽々と吹き飛ばされた! リサイクルドレスの背面は一気にボロボロになり、顔や手の甲に付けられた黒い跡が、ダメージの大きさを物語る。

 おもむろに身体を起こし、めげずにエマへと再突撃しようと試みるロジータ。だが、いつの間にかエマの足元に、ホイールと前面にドリルが装備された手の平サイズのミニカーが現れていたので、思わず踏み止まる。
(え? 戦闘機だけじゃないの?)
 エマが装備するタブレットPCで操作できるのは、何も戦闘機だけではない。ミニカーを始めとした、他多数のオモチャ兵器を、同時に操作することが可能なのだ。
 複数のオモチャ兵器のライブカメラが、一挙に画面上に映し出される点。その画面上にあるアイコンをタッチして、オモチャ兵器に命令を下す点などから、タブレットPCの画面は目まぐるしく変わる。それがまるで、ジェットコースターに乗っているかのような有様だから、”ジェットコースター=シアター”と名付けられたのだ。

 

 改めて状況を確認すると――ジャンク蔦に雁字搦めにされたエマは、頭上には戻って来た飛行機があり、足元には召喚したばかりのミニカーがある。エマの周囲三百六十度には、ロジータによってジャンクパウダーが巻き散らかされており、ロジータ自身はステージの中央付近まで間合いを詰めることに成功している。
「――とげとげミニカー、ロックオン、ストレート、サークル――」
 召喚されたミニカーは、前面に付いたドリルを激しく回転させながら、物凄い勢いでロジータへと突っ込んだ。ある程度の距離まで近づくと、今度はロジータを中心点として円状に駆け巡る。
(腕を封じても、あいつの声に反応して機械が動く寸法か。でも、あいつがどんな命令を下しているのかが丸分かりだし、手で操作するよりはワンテンポ遅れそうだから、全くの無意味じゃないね)
 エマが発した言葉を盗み聞きしているロジータは、マルチタスクを得意とするエマの策略の、突破口を探していた。
 ”とげとげミニカー”が、ロジータを”ロックオン”して、”ストレート”に突っこんだ後、” 円状サークル”に走り回る。どうやらエマは、このミニカーをロジータに直接ぶつけるつもりはなく、円状走行させることによって、時間稼ぎをしたいらしい。ロジータが不用意にミニカーへと近づけば、新たな命令を付け加えて、直接攻撃することも可能。
「ぷるぷるエアプレーン、ロックオン、オートパイロット、ガトリング――」
 まさかロジータに盗み聞きされているとも知らず、小声で命令を下し続けているエマ。”ぷるぷるエアプレーン”が、ロジータを”ロックオン”した後、エマが直接命令を下さない” 自動操縦オートパイロット”で飛行しながら、”ガトリング砲”で攻撃する。
 要するに、素早く動き回るミニカーで足止めしたロジータを、ガトリング砲で攻撃する作戦らしい。

(ガトリング攻撃か。あれならあたしのメーションで分解できるし――そうだ!)
 エマの後方へと飛んでいた戦闘機が、自分が立っている方へと進路を変えた後、急降下を始める。それを確認したロジータは、斜め上に両手を突き出し、メーションを使うための構えをとる。
 エマが小声で命令を下した通り、ズババババ! と飛行機がガトリング砲の連射を開始した瞬間だった。ガトリング砲の口から銃弾が飛び出ると同時に、それら全てがロジータのメーションによって、粉状に分解されゆくのだ!
 銃弾だった粉に、自ら飛び込んでいく形となった飛行機は、瞬く間に粉塗れになった。それはもう、全身に蜂の大群が纏わり付いた熊のように。
 ガトリング砲の連射を終え、飛行機が急降下から急上昇に移行する瞬間を見計らって、ロジータは新たなイメージを研ぎ澄ませる。直後、飛行機に纏わり付いた粉が、何枚ものおかしな形状の翼へと再構築された!
 勝手に形状を変えられて、バランスを崩してしまった飛行機は、もう急上昇することができない。急降下によって速度を得ていた飛行機は、螺旋を巻いて回転しながら、あえなく墜落。ガシャン! と音がして中破してしまった。
 一連の間、ドリルが付いたミニカーは、本当にロジータの周囲をぐるぐる走っているだけだった。

「馬鹿な!? メーション対策は抜かりなく施したつもりだ!」
 白衣の研究者の内の一人が、墜落した飛行機を観ながら叫ぶ。あのオモチャ兵器を作るにあたって、エマに協力した人物の一人なのだろう。
「んむ~。これは推測じゃが、あの嬢ちゃん、銃弾を分解してできた粉”のみ”を、翼として再構築したんじゃあるまいか? そうすれば説明がつくわい。でたらめに取って付けられた翼は、物理法則と嬢ちゃんのイメージに従って、墜落を誘発するだけじゃ」
 老練なる白衣の研究者が、髭を指で擦りながら、乾いた声で言った。エマの協力者の中でも、特に頼りにされている人物の一人なのだろう。

(たとえ壊れちゃっても、見えない壁の中だから一定時間経てば元通りになるはず。今の内に突撃しなきゃ――って!?)
 飛行機が背後で墜落する瞬間を目撃してから、正面を向き直したロジータ。咄嗟に両腕で上半身を防護し、身体を丸める。
 それもそのはず、第三のオモチャ兵器として、(高さがエマの膝辺りまである)オモチャとはいえ本格的な戦車が召喚されていたからだ! エマを雁字搦めにしていたジャンク蔦は、いつの間にか効力が切れて霧消していた。
「もし、この間合いでミサイルを撃っていたら、捨て身で突っ込んできて、ボクを道連れにするかもしれないからね。さっきボクが『ミサイル』って音声認識させた瞬間、ロジータったら立ち止まっていたもん。盗み聞きされていることは知っているんだよねーっ!」
 勝ち誇ったようにエマが叫んだのは、戦術的にも有効だった。
(掌の上で踊っちゃってたってワケ……!?)
 ロジータは動揺したことによって、あらゆる行動を躊躇してしまった。
 エマがタッチパネルを指先で一度だけ触れると、一瞬とはいえ棒立ち状態になっていたロジータは、戦車の砲身から放たれた榴弾をモロに喰らってしまった! 堪らず後方に吹き飛ばされたロジータは、起き上がるまでにやや時間を要した。

「エマさ、さっきからさ、タブレットばかり見ていて、全然ロジータの方見てなかったよね? なのにちゃんと、ロジータの動きを観察していた」
「タブレットに、飛行機やミニカーに取り付けられたカメラの映像が、映っているからなんじゃない? だとしても、二個も三個もオモチャを操りながらだから、頭の悪いぼくにはできそうにないけど……」
 最初ストリートチルドレンたちは、原因不明のロジータの劣勢に困惑していた。互いに顔を見合わせて、この非常事態について議論し合う内、次第にエマの天才的な頭脳への恐怖心が大きくなってゆく。

 立ち直ったロジータは、腰回りの覆う布袋の内の二個へ、両手を伸ばした。それとタイミングを同じくして、エマがタッチパネルに指で触れると、ロジータの周りをぐるぐる回っていたミニカーが、突如として地中を潜航し始めた。
(ドリルで地面を抉っちゃってるワケ!?)
 とりあえず、二輪のジャンクフラワーを投擲した後分解し、戦車の砲身を詰まらせる作戦でいたロジータは、ミニカーの思わぬ行動に躊躇して、周囲を見回した。――よく耳を澄ませると、地中の物質をドリルで猛速で削る音が、微かに聞こえてくる。
(左……後ろ……あたしの背後から、奇襲を仕掛けるつもりか)
 布袋を分解し、二輪のジャンクフラワーを双剣として構えていたロジータは、あえて正面を向いたまま静止していた。その視界には、やっぱりタブレットPCを忙しなく操作しているエマが映っている。

 背後から響いてくるドリルの音が、急激に大きくなることを悟った瞬間、ロジータは振り返りながら双剣を水平に薙ぎ払った! だが、ミニカーは飛び魚のように、ほぼ垂直に地面から飛び出ただけ。先端のドリルがロジータに掠りもしなかった代わりに、勘で振るわれたロジータの双剣も、ミニカーに掠りもしなかった。
 そこに背中へ5、6発の銃弾を貰った為、ロジータはエビ反り状態になって怯む! 壊れたはずの飛行機のガトリング砲ではなく、戦車に取り付けられた機関銃によるものだ。
「完璧なタイミングでしたね。オモチャ兵器を自動操縦にすることを控え、敢えて全てを手動で操作するメリットが、ここにあります」
「ま~凡人が真似をしても、中途半端の隙だらけになってしまうのが関の山じゃがな~」
 白衣の研究員たちが、何度も頷きながら話し合っている。

(あーもー、またハメられた――って! まだあんの!?)
 撃たれた痛みで身体を丸めながらも、エマと戦車が並んでいる方に向き直ったロジータは、新たなオモチャ兵器が召喚されていたことにうんざりする。
 四つ目のオモチャ兵器は、先ほどのプロペラ飛行機よりも大型な、緑色の爆撃機だ。機首にはカートゥーン調なサメの、鋭い目と凶暴な口がペイントされている。
 地中に潜航したミニカーが、ロジータの背後へと移動している最中に、爆撃機召喚の操作を行っていたのだろう。爆撃機召喚の操作を終えると同時に、すかさずミニカーに地中から跳び上がる命令を下し、更に即座に戦車の機関銃発砲命令を送信したのだ。

(どうすればいいのさ!? 何がどうなってるのか、分かんなくなって来ちゃった!)
 ハチャメチャな状況に困惑しているのは、ロジータだけではないだろう。余程頭の回転が速い者でなければ、この状況は把握できない。
 一応解説すると、若干のダメージを被っているエマの、目の前には榴弾を装填中の戦車が、頭上にはゆっくりとロジータに迫ってる爆撃機がある。そしてロジータの背後には、再び地中に潜航したドリル付きのミニカー。ただでさえ、こんな理解しがたい状況なのに、それが刻一刻と激しく変容するのだから、まるでジェットコースターに振り回されているかのようだ。

 自分でも訳も分からず、二輪のジャンクフラワーを戦車に投擲したロジータ。戦車にそれが突き刺さる寸前、粉々になったジャンクフラワーは戦車の砲身に詰まり、砲撃を封じること自体は成功した。さっき思いついた作戦を、強引に実行しようとする点から、ロジータが相当混乱していることが分かる。
 今更戦車一つの砲撃を封じたところで、オモチャ兵器の大群の前では意味がない。高度を維持したまま低速で迫る爆撃機は、ロジータから数メートル離れた地帯を起点とし、大量の無誘導小型爆弾を投下し始める!
 導火線を辿る炎のように、徐々に迫り来る無数の爆風を見て、ロジータは後方に逃げ出す他なかった。爆風が横に対して広すぎるため、側面に退避するのは不可能。爆撃機の速度の低さに伴って、迫り来る爆風も遅いものだから、全速力で走れば容易に逃げ切れるだろう。

 ロジータが頭を真っ白にして逃げていると、その足元からドリル付きのミニカーが跳び上がってきた!
(ヤバッ! 忘れてた!)
 ロジータがそう思った時には、もう手遅れだった。前に踏み出していた脚の太腿から肩口にかけて、ミニカーが弾丸のように突き抜ける! 大きなダメージを負ったロジータは、その場に崩れ落ちてしまった。
 絨毯爆撃による爆風はというと、うつ伏せになって倒れたロジータの、足先に到達するかしないかの辺りで弾切れになった。最初から爆撃機でロジータを爆破するつもりはなく、潜航させたミニカーが本命だったらしい。

 

(はぁー……。このままじゃ、あの戦闘機はお預けかー……)
 片手で自分の身体を支えているロジータ。BASスタッフたちからは、辛うじて戦意喪失とは判断されていないようだ。だからライブ終了を告げるゴングが高鳴らない。
(別にオモチャを貰ったって、あんまり嬉しくないんだけどね。あれを分解して、欲しがってるやつらに売りつけて、そんで巻き上げたお金で、家族たちを食わせてやって――)
 それは物欲なのか家族愛なのか。執念を以って片膝立ちまで持ち直ったロジータは、ふいに真横に転がっているものが目に映る。

 先程、ロジータが墜落させたオモチャの戦闘機だった。タブレットPCの命令を受け付けないほど、派手に壊れてしまった戦闘機。見えない壁の中でもたらされる作用によって、少しずつ元通りになってゆく。
(あたし結構、壊れたオモチャを分解することとかあるけど、これってホントに金になりそう……!)
 ロジータは無意識にも、壊れた戦闘機を手に取っていた。子どもが持ち運ぶことを前提としているせいか、(非売品である)ミサイルやガトリング砲のことを加味しても、持ち上げるのには苦労しない。
(ホント、もったいないねー。まだまだ使い道はあるのにさ……!)
 ストリートチルドレンたちの声援が大きくなっているのが分かる。家族たちの食い物がかかっている以上、観客を魅せることを差し引いてでも、この一戦に負けるわけにはいかないのだ。

 その頃エマは、自身の周囲でミニカー、戦車、爆撃機の全てを旋回させ、早くも勝利のパレードを開催していた。
「やったーっ! ねぇねぇ、みんな観てた!? 観てたよね!? 凄いでしょ! ボクの最新型のオモチャたち! 買いに来てーっ!」
 子どもらしい無邪気さで周囲を見回しては、その場で飛び跳ねて喜びを表現している天才児。その裏では、変わらず頭をフル回転させていた。
(ロジータったら、死んだふりしちゃって誘ってる。とげとげミニカーって、あんまり攻撃力高くないんだよねー。ぱらぱらボンバーは、もう一度爆弾落とせるようになるまでに時間掛かるし、ミニカーだけでトドメを刺そうとすると音を聞かれて避けられるもん。どかどかタンクの砲身に詰まった粉が、早く霧消してくれればいいんだけど)
 天才的な頭脳を有するが、まだまだ子どもで未熟なエマは、自分が容易に思いつくような作戦は、相手も対策しているに違いないと、無意識下で考えている。”完璧”な作戦を求めず、勢いに任せて総攻撃した方が良いかもしれないのに。頭が良すぎることが、時に最大の弱点になってしまう。
 未だ壊れた状態の戦闘機を手に持ったロジータが、おもむろに立ち上がった途端、背中を見せていたエマが向き直る。油断しているように見せかけて、しっかりとロジータのことを観察していた。

「そうやって、じゃんじゃん新しいオモチャばかり生み出して、壊れたオモチャを仲間に入れてあげないのって、どうなのさ?」
 両手で持った壊れた戦闘機を、少しだけ高い位置に掲げながらロジータが問う。ミニカー、戦車、そして爆撃機のみが、むくれっ面になったエマの周囲を回り続けている。確かに、戦闘機もそのパレードの中に加えてあげた方が良さそうだ。
「オモチャ博士が聞いて呆れるよ。壊れたオモチャをすぐに捨てちゃうなんてさー」
「むーっ……! 負け惜しみ言ったって、無駄だもんねーっ!」
 しかめっ面をロジータに見せたまま、ブラインドタッチでタブレットを操作するエマ。
 直後、ミニカーは猛スピードでS字走行を開始し、戦車は重々しい動きで砲身をロジータに向け、爆撃機はゆっくりと迫り来る! 戦車の砲身に詰まったジャンクパウダーが、霧消していればの話だが、恐らくミニカーと爆撃機で注意を引き付け、榴弾の一撃でトドメを刺す魂胆だ。
(戦闘機の分解や修理とかしたことないけど、できるかな……? いや、やってみせる! やれると思わなきゃ、メーションは使えない!)
 状況を把握しようとするだけで頭がこんがらがるし、はっきり言って徒労にしか思えない。だからロジータは、折れない心を以ってして、この状況を打破するしかないのだ。

「まだ使えるでしょ……このミサイルとか!」
 ロジータはメーションを使って、修復途中にあった戦闘機の一部を再構築して、なんとミサイルをぶっ放した! 戦闘機の装甲にこそ、それなりのAMMが含まれているが、内部の機構にはメーション対策が施されていなかった。
 ミサイルを撃つのに要される知識を無視して、思い描いたイメージを実現させる想像力のみで、ロジータは不可能を可能にした。もっとも、それだけ現実離れしたメーションを使った代償として、一瞬立ち眩みを覚えるほど、スタミナを消耗してしまったが。
 放たれたミサイルは、S字走行とUターンを繰り返しているミニカーを追尾していた。時々跳び上がっているのを見るに、地中に潜航するブラフをちらつかせていると推測できる。
 そのすばしっこさから、普通にジャンクフラワーを投げつけても、命中率は極々低いものであっただろう。だが、エマの技術の結晶を逆利用リサイクルしたことによって、見るからに耐久力の低そうなミニカーは、容易に粉々となった! ミサイルが爆散するとともに、ドリルや剥がれた車体などがそこかしこに飛び散る!

 咄嗟に作戦変更したエマが、戦車に機関銃を撃たせた。戦闘機を取り落としたながらも、斜め前に前転して回避したロジータは、大破したミニカーから飛び散ったドリルを拾い上げる。
「このドリルもさ!」
 素早く立ち上がったロジータは、布袋の一つを引き千切る。そして、胸の前で撒き散らされたジャンクパウダーの中に、回収したドリルを突っ込むと、先端にドリルが付いたジャンクフラワーが再構築された! 平時でもなかなかの切れ味を誇るジャンクフラワーだが、壊れたオモチャ兵器をも絡めて再構築リサイクルしたことによって、威力は倍増だ!
 ドリルジャンクフラワーを、ロジータは空中に向かって投擲する。戦車の機関銃で牽制してから、無誘導爆弾をぶち込むつもりなのか。それとも、先ほどのように絨毯爆撃で追い回してから、戦車の榴弾でトドメを刺すつもりなのか。緑色の大型の飛行機に下された命令を、理解できる余地はない。
 たとえ手の内が読めなかったとしても、オモチャ兵器を壊す分には問題ない。ロジータのメーションパワーと、敵対者であるエマの科学力、二つを兼ね備えたドリルジャンクフラワーは、いとも容易く爆撃機を貫いた! 下面から上面へと突き抜けた一撃は、爆撃機を派手に爆散させる!
「あーっ!? 壊れたーっ!」
「あ……壊れちゃった」
 まさか大破するとは思わなかったので、エマはもちろん、ロジータも驚愕して、消えゆく花火のように落ちてゆく無数の残骸を凝視していた。
(当たり所が悪くて、搭載していた爆弾が誘爆しちゃったのかな……? ――イケるかも!)
 何やら悪巧みを企てたロジータがニヤリと笑う。

(あーもーっ! どかどかタンクの砲身に詰まってるこの粉、しつこい! せっかく時間稼ぎしてるのにーっ!)
 戦車の砲身には、未だジャンクパウダーが詰まっておいる。せっかく再装填を終えても、榴弾を撃つことが不可能なのだ。
 一度付着したジャンクパウダーは、長時間その場に残留する。ロジータのメーションで操られると、(それが強力なメーションであればあるほど)残留する時間が短くなってしまうのがネックだが。

 新たなオモチャ兵器を召喚する暇はなく、砲撃が封じられた戦車の攻め手は機関銃のみ。ならば奇襲を仕掛けてロジータの動きを封じ、戦車の砲身、あるいは壊れた他のオモチャ兵器の完全修復を待つ他ない。
(仕方がないから、緊急手段!)
 咄嗟に作戦を練り直したエマは、左手をロジータに向ける。その状態でタブレットPCを操作すると、一番端にある蛍光ブレスレットから、大きな輪状の光線が多重に放たれた!
 次第に広がるその輪状光線は、漏斗状となってゆっくりとロジータに迫る。直接的な殺傷力は微々たるものだが、命中すれば少しの間身体を麻痺させることができる、護身用の攻撃だ。
 頭の回転はエマの方が速いが、しかしながら身体の動きそのものは、ロジータの方が遥かに速い。銃弾に比べると、かなりゆっくりと飛来する輪状光線を、側面に飛びこみ前転することで、難なく避けるロジータ。
(なんでーっ!? もう一度撃つのに、時間が掛かるのに!)
 緊急手段さえも残念な結果に終わったエマは、その場で両足を交互に持ち上げながら焦りだす。輪状光線は、タブレットPCのエネルギーを変換して撃つ原理なので、無闇に撃つとタブレットPCが電池切れになってしまう。それを防ぐため、エマはあえて連続して撃てないようリミッターを掛けているのだ。

(砲身に詰まらせたジャンクパウダーが蔦になって、戦車の内部を侵食するイメージ――戦車のことは詳しくないけど、排熱機構を封じたりして、内部の機器を暴走させるイメージで――!)
 極限まで集中力を高めたロジータは、片手を戦車に向かって突き出す。すると、エマのすぐ近くにある戦車が、何やらガタガタと不穏な音を立て始めた。エマはもしやと思い、タブレットPCに映っているカメラを切り替え、戦車の内部を確認する。
(やばーっ! なんか粉が蔦に変わって、どかどかタンクの色んな所に喰い込んでるーっ! しかもオーバーヒートしてるーっ!)
 戦車が爆発する可能性があると見たエマは、ローラーシューズで急いでその場から離れようとした。しかし、最初の一歩を踏み出した途端、なぜか躓いてしまって派手に転んでしまう。
(え、何かある!? ――あーっ! 忘れてたーっ!)
 うつ伏せ状態から、両手で身体を持ち上げて振り返ったエマは、足首にジャンク蔦が絡んでいたことに仰天した。もう片方の手を突き出したロジータによって、足元のジャンクパウダーが蔦に再構築されたのだ。
 戦闘機のガトリング砲をリサイクルしたロジータが、エマに対して弾丸を乱射した時にできた、ジャンクパウダーの海が未だに残留している。ライブ開始直後に打たれた布石だったので、タブレットPCとロジータの動きに集中していたエマは、長時間の経過ですっかり忘れていた。

 ジャンクパウダーの海から伸びる蔦が、更にエマの両手両足を絡め取り、身動きを封じた。ゴトゴトゴトと、不穏な音が更に大きくなったオモチャの戦車も、海から伸びたジャンク蔦に絡め取られて、エマに向かって投げつけられる。
「どうなる!? どうなる!?」
「何が起きるのかな!?」
 沸き立つストリートチルドレンたちは、千載一遇のチャンスにおけるロジータのフィニッシュムーブが、どのようなものであるか大いに期待していた。
「砲身が真っ赤になっているぞ! 原理は知らんが、メーションで戦車の機器が狂わせられている!」
「しかも、砲身には物が詰まっている。あの状態で榴弾を撃ってしまえば……腔発こうはつするな」
 白衣の研究者たちの、嫌な予感は的中した。投げつけられた戦車が、エマの背中に当たろうとした瞬間。ロジータは内部にあるジャンク蔦で、戦車の機器をジャックするイメージを思い描いた。それによって、砲身の内部で榴弾が爆発し、戦車の弾薬庫なども誘爆して、物凄い大爆発が発生する!

 地面に残留するジャンクパウダーの大半を、一挙に吹き飛ばすほどの大爆発。その爆心に横たわっていたエマは、巻き上がる煙と、降り注ぐ砂埃、戦車の残骸、そしてジャンクパウダーで見えなくなっていた。
 一旦静まり返った観客席だったが、やがて煙や砂埃が収まって、黒焦げになって倒れるエマの姿が露わになる。ストリートチルドレンたちは大いに喜び、白衣の研究者たちは身振り手振りで失意を表した。
「悪かったねー。あんたのオモチャを粗末にしちゃってさ。要らないんなら、あたしが貰ってあげるよ」
 高度な知識の乏しさを、足りない想像力で補うという、現実から大きく乖離したメーションを扱ったために、ロジータのスタミナは尽きる寸前のところであった。無数の傷も相俟って、片手片膝を地面に付くほどの状態だが、ロジータは今までのお返しとばかりに、挑発的に笑ってみせた。
「うー……悔しぃーっ!」
 両手両足をじたばたさせて、悔しがる元気は残っていたが、エマはとても戦える状態ではなかった。ライブ終了を告げるゴングが高鳴ったが、それに異を唱えるものは、誰一人としていなかった。

 

 後日。ロジータの故郷である、擬似都市ラ・ラウニのスラム街にて。

 古資材を寄せ集めた掘っ立て小屋がひしめく、快晴のスラム街では、使い古しの洗濯物があちらこちらに干されている。都市の中央部にある摩天楼や超高層マンションは、立体的のスラム街全体のどこからでも眺められるが、ストリートチルドレンたちにとっては空高く昇る太陽のように遠い景色。
 物質的には貧しい子どもたちだが、明日への希望と心を寄せ合える仲間たちが、金持ちには持ち得ない精神的な充足感をもたらしてくれる。時に命の危険もあり得る仕事をこなす日々を送りながらも、いつか遊園地に遊びに行けたり、腹一杯の食べ物を三色食べられる日々がくると信じているのだ。

(酔っぱらいたちが、これを使って乱闘騒ぎを起こしちゃったんだろうねー。綺麗な状態で落ちてた方が、直す手間も省けて助かったんだけど。まー、壊れた酒瓶なんてあたしくらいしか拾わないし、その意味ではラッキーかな? ヒヒヒ!)
 窓というよりは、四角形の穴と呼ぶに相応しい、粗末な窓。そこから挿し込む光が眩しい、雑多なジャンク品が押し込められた薄暗い掘っ立て小屋の中で、ロジータは胡坐をかいていた。粉々になった酒瓶をメーションで再構築しつつ、手頃な道具を使って補強しているのだ。
 メーションだけで再構築した物質を、長時間そのまま保存しておくことは難しい。ライブの時のように、ごく短時間で再構築した物質は、すぐに霧消してしまう。かと言って、長時間イメージを思い描き続けると、スタミナと時間を浪費してしまう羽目になる。だから、非メーションリアルとメーションの合わせ技が、最も効率がいいと言う結論に行き着いた。
 この掘っ立て小屋は、ジャンク品の修理や分解、そして保管するための場所である。既にロジータは、粉々になっていた酒瓶数本の修理が済んでおり、それを手頃な箱の中に詰めていた。全部の酒瓶の修理が終わったら、それを店に持っていって換金してもらう予定なのだ。

「ロジータ~! 届いたよ~! エマからの”寄付”が~!」
 先頭を走っていた子どもが叫ぶとともに、段ボール箱を持った子どもたち数人が、掘っ立て小屋に入って来た。勝手に段ボール箱の封が開かれていることから、気になってしまったストリートチルドレンが既に中身を見たのだろう。
「ジャンク品じゃなかったわ! ちゃんとしたオモチャの戦闘機! それも、二倍の数あるのよ!」
「へー! 約束通りってわけか!」
 立ち上がり、振り返ったロジータは、各々段ボール箱から取り出されたオモチャの戦闘機と、それを操作するためのリモコンを手に持つストリートチルドレンたちを見回す。
 先のライブで勝利を治めたロジータは、性質の悪いことに「可哀想だから、ジャンク品で勘弁してあげるよ」とエマを嗤ったのだ。ただでさえライブに負けて悔しかったのに、その一言が飛んできたものだから、「貧乏人なのに、調子に乗らないでよーっ!」とエマはムキになってしまった。「こういうオモチャをたくさん作れて、タダであげられるボクの方が偉いもん!」という、子ども特有の競争心を、ロジータに利用されていることも知らずに。

「さーて。これを分解して、それぞれパーツごとに専門店に売りつけた方が、高く稼げるかな? いや、最新型のオモチャなら、いっそこの状態で転売した方が儲けられるか」
 腕組みしたままでロジータが言うと、ストリートチルドレンたちは口々に不平を漏らした。
「なんで!? せっかく貰ったんだし、これで遊んでいいでしょ!?」
「たまにはいいじゃん! たまには!」
「ロジータのケチ!」
 色々言われたロジータは、羊のように白い天然パーマの髪の毛を、指先で梳きながら言い聞かせる。
「今すぐにでもこれを売り付けなきゃ、向こう三日間は釣った魚だけの生活になっちゃうよ?」
「別にいいもん、それで!」
「飽きてから売ればいいじゃん!」
「いいでしょ、ロジータ!?」
「良くないって! 栄養失調で倒れたら、薬代で余計に金がかかるし!」
 何が何でもオモチャで遊びたい小さなストリートチルドレンたちと、あくまで現実を見据えているリーダ格のロジータは、おおよそ十分間に及ぶ討論を繰り広げた。物質的に貧しいスラム街暮らしだから、健康の面を考えるとロジータの言い分が正しい。
 しかしここに生きている人間は、本来は遊び盛りなはずの小さな子どもたち。普段我慢している分、オモチャがあれば心ゆくまで遊びたくなるのが性。それも、下手すれば金持ちでさえも触れることすら叶わない、天才オモチャ博士によって作られた渾身の一作を手にしている。いつも以上にワガママを押し通したくなるのも仕方ない。

「はぁー……。分かったよ。じゃ、あんたたちだけメシの量少なくなるけど、文句言わないでちょうだいね」
 嫌味交じりに、ついに折れたロジータが言い聞かせる。ストリートチルドレンは「ありがとロジータ!」とだけ言い残すと、戦闘機とリモコンを掲げたまま、我先にと出入り口へと押し掛けていった。
 乱れた髪の毛の一本を指で引き抜き、それをピンと投げ捨ててから、ロジータは彼らの後を追った。外に出たロジータが、ゆっくり歩いてスラム街の広場へと行き着いた頃には、戦闘機の一つが青い空を自由に飛び回っていた。
 一番年上の男の子が持つ、銀色のリモコンで操られる戦闘機を、他のストリートチルドレンたちは輝いた目で見上げていた。数分の後、「やり方教えて!」、「わたしもやりたい!」などと一斉に叫んだ子どもたちが、年長者が持つリモコンに手を伸ばす。
「待て! おまえら、自分の分があるだろ! やり方教えるから、手を離せ! 壊れたらどうする!」
 一番年上の男の子が、リモコンを両手で必死に守りながら、無邪気に笑っている子どもたちに対して怒鳴っている。

「たまにはいいかー」
 楽しそうに遊んでいる子どもたちを、広場の隅の方で眺めているロジータは、腰に片手を当てたまま呟いた。ジャンクヤードでも逞しく花が育つためには、僅かな栄養だけでは事足りないことを、ロジータ自身が一番理解している。陽光のように温かい、生きる希望こそが大切なのだ。
 ファンファンタウンのテーマパークに遊びに行くことは、ストリートチルドレンたちにとっては夢のまた夢。けれども、こうして天才児のオモチャで遊べる日が来たことによって、僅かながらその夢も現実味を帯びたのだ。少しずつ、夢に向かって真っすぐ歩いていることが、実感できる瞬間だ。
「あんな遊び方じゃ、すぐに壊れちゃうと思うけど。まー、その時はあたしが直せばいっか」
 戦闘機を上手く操作できないことを、リモコンのせいにする子ども二、三名が、尚も年長者のリモコンを奪い取ろうとしている。あんな調子では、いずれ戦闘機が小屋の壁に激突したり、川底かどこかにリモコンが落下してしまうに違いない。
 その時はその時で、何とかなるだろう。ジャンクを一輪の花として咲かせることこそが、ストリートチルドレンとしても、バトル・アーティストとしても、ロジータという人間の信条なのだ。

 現実という壁の向こう側にある、微かな希望を垣間見たことで、心なしかロジータは満足していた。黙って踵を返したロジータは、ジャンクが詰め込まれた掘っ立て小屋へと戻り、酒瓶の修理を再開するのであった。

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