Sparkling Soul

 “セルバーム総合工業試験センター”。港湾倉庫群すら足元にも及ばないほど、だだっ広い敷地内において、日夜あらゆる工業製品の試験が行われている施設だ。面積の広大さのみならず、工業的なあらゆる試験装置の取り揃えも充実している。
 自動車の衝突試験や、音響機器の性能テストなどは勿論のこと。新型ダイナマイトの実用試験や、防弾ベストのペネトレーションテストにもうってつけ。中には大規模な竜巻を発生させる装置すらあり、既存の建築物の耐久性などを調査する防災シュミレートに使われているという。

 今回の試合ライブ会場は、セルバームの一画にある大規模物理シュミレータールームだ。一切の死角を生み出さないよう、計算されて配置されたカメラや計測器は、部屋の中で起こった物理的現象の全てを記録する。
 具体的には、部屋の中でライフルを撃てば、発射から弾着までの軌道や速度を事細かに記録してくれるため、新型兵器の開発にはとても役立つ。以前、資金を無駄遣いすることで有名なテレビ番組によって、”ダイナマイトで布団を何枚ぶっ飛ばせるか!?”という実験が行われていたことは有名。
 更に余談だが、本ライブの場所が場所であるだけに、「今日の会場設営はとても楽だった」、「”見えない壁”がとても展開しやすくて助かる」などと言って、いつもピリピリした様子のスタッフたちが、珍しくのんびりしていたという。

 
 サイバー空間を思わせる、正方形な深海色の部屋。天井までの高さは、四階建てのビルくらいだ。床にはハニカムのタイルが敷き詰められ、それらの境界線上を絶えず白い光が行き来している。
 四方から部屋を遮断するのは、とても頑丈な強化ガラスで、今回はそれごと囲うように”見えない壁”を展開。ミサイルの一撃さえものともしないと言う、見えない壁の内部においては、放送コードに引っ掛かるようなグロテスクな怪我は未然に防がれ、人は死なないし、怪我しても著しい速度で完治する。ただし、長時間壁の内部にいると、危険な副作用が起こると言われる。
 いつもならこの強化ガラス越しに、白衣を着た人々がシュミレートの一部始終を観察しているのだろう。今日は白衣の研究者たちの代わりに、カジュアルな服を着ている一般観客たちだ。最前列のパイプ椅子に座ったり、最後列で背伸びしたりしながら、バトル・アーティストの入場を待ち侘びているところ。

「所々で、床のタイルが束になって突き出てるな。今回は銃撃戦か?」
 “光速の流星”、ケヴィン=シンクレアが言う。ピンクのニット帽にピンクのブルゾン、赤茶色に染めた髪と尻尾を持つ猫人間。いつも気怠そうな表情をしていて、脳汁溢れるような戦闘や遊びに飢えている。
「一対一の近接戦闘なのに障害物があると、ライブのテンポが悪くなりがちだからなあ。メーション使いか銃火器使いかは不明だけど、遠距離戦もこなせるアーティストに違いないと思うよ」
 “ヒト型重戦車”、レフ=カドチュニコフが返す。赤シャツ黒ジャンパーに、迷彩柄のカーゴパンツ。恰幅が良くて強面だが、心は大らかな猿人間。生粋のマシンガントーカーかつ、自作の重火器を撃ちたいが為にアーティストになったほどのミリタリーオタク。アーティストの特権によるものなのか、二人して最前列のパイプ椅子に座っている。
「つまり、ミリオタ仲間の情報網を駆使しても、このライブでデビューする新人のことは分からなかったのか」
「だってさあ、毎日新しいアーティストがデビューするから、その人たちの手掛かりを探るだけでも一苦労なんだよ。仮にどんな人がデビューしたのかを特定しても、スケジュールはどうなっているのか、誰と戦うのかとか、BASの本部は時としてカバーストーリーを交えてまで秘匿するし」
「現地に来てくれたやつらの特権、詳細は当日公開のお楽しみ。相変わらずその辺は徹底してんな。焦らしやがって」

 四の五の言っている間に、アーティストの入場時刻となったようだ。人一人すっぽり収まるような黒煙が巻き起こり、数秒の後に中から姿を現した、レフにとってはお馴染みのアーティスト。BASドームの控え室にある瞬間移動装置を介した、ダイレクトエントリーだ。
 感情を秘匿するようなガスマスクと、所々塗装が剥がれているパイロットスーツもといアーマースーツ。背面を中心にジェットエンジンのような機器が幾つも取り付けられ、手首や太腿には多種多様なミサイルを、腰回りには重機関銃を搭載。呼吸と共に、むせるような煙が吐き出されるような。歩き、空を飛ぶほどに、灯油みたいな香りが散布されるような。この男の名はミッター=ブリュッゲマン、”第657特殊作戦航空団所属レイラ防衛軍LDF空軍大佐”である。
「ほら! 入場したよ、ケヴィン! いかにも男のロマンって感じだろ! 感じるだろう!?」
 携帯電話でゲームをやっているケヴィンの肩を揺らしながら、大層ご満悦なレフが喚く。
「脱ぐとまたカッコいいんだよなあ! アラフォーで渋い顔立ちで、髪の毛がなくてさあ!」
「ハゲかよ」
 キリの良いところで携帯電話をポケットにしまったケヴィンが、ふんぞり返りながら意見を述べてきた。
「つーか、アーティストのクセして、さっきから全校朝会みてぇに突っ立ってて動かねぇ。中の人いんのか?」
「そりゃあ、現役の軍人だからね! 無駄口は叩かない。カッコいいよねえ! LDFのプロジェクト、”空歩兵計画”に必要なデータを収集するために、ああしてプロトタイプのスーツでBASデビューして――」
「うそくせぇ。マジもんなら、一般公開したら色々とアウトだろ。炎上商法か?」
「いい所に目を付けたね! ミッターさんが装備しているのは一世代前の旧型スーツで、本命のプロトタイプは秘匿されているって説が有力らしいよ。それに、観客にも関係者らしき人が多いから、公的なプロジェクトってことは事実に違いない」

 巨大なガラスボックスの周囲を縁取るように佇む、迷彩服やら勲章付きの制服を着た一段。最前列、すなわちBASにおける特等席にいる彼らは、紛うことなきミッターの関係者に違いない。
 ゴテゴテの双眼鏡で大差をチェックしたり、一般に流通していないタブレットPCに何やら入力している、階級の高そうな軍人たち。黙して敬礼の姿勢を崩さないでいるのは、大佐の部下たちなのだろうか。
 厳粛な雰囲気にあてられた一般客らは、騒ぐと拳骨が飛んできそうで怖いので、遠慮しがちに拍手をしているのであった。
「あいつら乗り悪ぃと思ったら、コスプレ集団じゃなくてガチ勢なのな。おめぇの信者どもとは大違いだ」
「いやあ、もう、佇まいからして別格だよね! 見て! 一糸乱れぬあの拍手! 厳しい訓練に耐え抜いた軍人たちは、やっぱり違うなあ! 効率を重視した戦車の傾斜装甲には、自ずと機能美が生ずるけど、それと似たような――」
(ディスったつもりが、油を注いだか……)
 以降、ミッターとその関係者が無言で在り続ける最中、レフは呆れた顔を浮かべているケヴィンに対して延々と”男のロマン”とやらを語り続けるのであった。

 

「おい、来るぜ新人」
 瞬間移動によってアーティストが入場する”合図”を目撃した瞬間、ケヴィンがすかさず言い放った。今日がデビュー戦とされる新人アーティストの”合図”は、迸る蒼白いプラズマのエフェクトのようだ。
「あ、ほんとだ!? どんな人だろう!?」
 そこでようやっとレフのマシンガントークが終わったので、ケヴィンとしてはほっと一息。男二人は、次の瞬間ガラスボックスの内部に降り立つであろう、正体不明の新人アーティストの新鮮な姿を、目に焼き付けようとした。
 そして、プラズマの迸りが頂点を迎え、パシン! と破裂音が轟いて霧消した瞬間、その者の姿が明らかになる。

 タンクトップの上に防弾ベストを装備した、浅黒い肌で眼鏡な鳥人間の青年。鍛えた肩や太腿に直結する六本は、シャープかつメタリック、オブシディアンのような両手両足両翼。血管が浮き出るかのように、生身にも義手にも義足にも義翼にも、蒼白い光の流れが走っており、その髪型は静電気を受けたかのように常に逆立っている。その名はナギーブ=イード。ステージネームは”プラズマ=ドラグーン”。
「レデイィィィース! エェェェーンド!! ジェントルメェェェーン!!!」
 一見知的な学生にも見えるその青年が、想像も付かないほど甲高い声で叫ぶと、機械の両手と両翼がバッと広がった。すると、彼を中心点として、短距離を疾走するプラズマが縦横無尽に放出され、まるで嵐の夜に髑髏と鎌を露わにした瞬間の死神だ。……死神と形容するには、あまりにも威厳が足りな過ぎるが。

「うわあ、派手だなあ!」
「いきなりうるせぇなあいつ」
 新人が自ら演出した濃厚な入場シーンは、観客たちを色々な意味で圧倒するのに十分すぎるインパクトだった。それまで厳粛であった場内との温度差が激し過ぎるのも相俟って、度肝を抜かれた観客たちは訳も分からないまま、一歩、二歩と前に繰り出すのだ。
 それにしてもミッター大佐。騒がしかった観客の大半が、一瞬とはいえ怯んで無言になったというのに、微動だにしないその風格。関係者である軍人ですら、眩いスパークに対して僅かに身体を反らしたというのに、ガスマスクの下で瞬き一つもしていないことが、容易に感じ取れる。
「待って! あの人の身体! もしかしてサイボーグ!?」
 レフはガラスに顔を押し付ける勢いで躍り出た。今回のライブにおける客層は、ミッターが装備するスーツのようなものに憧れる、メカ好き野郎どもが多いから、同様の観客で溢れ返ったことは当然の成り行き。
「そういう人種か?」
 いつも気怠そうな目付きのケヴィンも、僅かに両目を見開いた。この惑星、レイラは実に多種多様な文化人種でごった煮になっているから、見慣れない手や足、翼を持つ者を目の当りにしたら、レイラ人は真っ先に「そういう人種」なのかどうかを考える。
「他の世界からやって来た、高度機械文明の住人なのかもしれないね!」
「かもな」
 実際の所ナギーブは、”オルマネート”という大都会近郊の住宅街で生まれ育った鳥人間であり、レフの大袈裟な予想は掠りさえしていなかった。だが、そういう可能性を真っ先に思わせるくらい、ナギーブの義手義足義翼は珍しいのだ。

 
「ハロー、ミナサン、コンバンハ!」
 通常、見えない壁の内部にいる人間の声は、特殊な装置で周囲に拡声されるから、観客席の最後列に居たとしても問題なく聞こえる。作戦会議をする際の小声など、人に聴かれたくない声が拡声されてしまった、なんてこともない。
 にも関わらず、妙に目立ちたがりでお調子者なこのナギーブ=イード、義手かどこかに仕込んだマイクでガラスの外側にいる観客たちに言い聞かせている。いつものように、自然に耳に届くわけでもなく、明らかにスピーカーを使っていると思わしき音圧が観客たちを刺激する。というか、観客全員に聞こえるくらいの、大爆音の中心点にいるナギーブ本人は、聴覚が無事なのだろうか……?
「オイラの名前は知ってるかナ!? 今日からこのレイラナンバー1の大企業で働く、”プラズマ=ドラグーン”、ナギーブ=イードさ!」
 期待するようにチラッ、チラッと観客らに流し目を送るナギーブ。緊張感の欠片も無い。もしくは緊張感が一周回って、このようになったのだろうか……。
 
「プラズマ=ドラグーン!? 昔そういうアニメとかあったよね!?」
「知ってる。けど、おれが観たときあんのは、身体の一部が機械になっているんじゃなくて、宇宙人がアーマー着て戦ってるやつだったな」
「あれ? 自立思考型のロボットじゃなくて?」
「……マンガ以外だと、設定違うのか?」
「じゃあ、あの人は……?」
 作品としてのプラズマ=ドラグーンは、ドラマを始め、アニメやマンガ、小説などと言った様々な媒体で展開されている。その際大人の事情に合わせて、大小あれ設定や容姿が細かく変動しているから、「知ってる?」と訊ねあっている観客たちの話が微妙に食い違っているのだ。
「みんな知ってるってか!? これは冥利に尽きるってヤツだぜ! プラズマ=ドラグーンよ、永遠にってな!」
 耳元で手を広げて、騒然となった観客席の雑多な声を拾ったナギーブが、その内容をよく吟味することはなかった。
「アリガトウ! アリガトウ! アリガトウ!」
 組んだ両手を頭上でシェイクしながら感謝する。オリジナルのプラズマ=ドラグーンに非ずと言うのに、すっかり調子に乗っているナギーブであった。

「プラズマ=ドラグーンの”誰か”が、スポンサーについているのかなぁ?」
 本物のプラズマ=ドラグーンが登場するならまだしも、明らかな”偽物”が堂々とデビューしてきたことで、レフは訝しい面持ちとなった。本人曰く「ティッシュ箱三つくらいの準備が必須」な波乱万丈感動譚の末に、ナギーブは二代目ドラグーンとなったのだが、普通の人間がその経緯を知る由もない。いや、観客の中には知っている人もいるのかもしれないが、その出来事がニュースになったのは十年以上も前のことだし、すっかり忘れていたとしても無理はない。
「コスプレがダメとは思わねぇけど、よくやるわ」
 戦わずしてヒーロー気分に入り浸っているナギーブを観て、失笑、あるいは呆れ返った観客は、ケヴィンの他にも大勢いる。
「いやあ、でも現実の初代タイガーマスクも、デビュー戦では笑われていたよ」
 隣の世界(日本)でのプロレスの歴史を引き合いに出すレフ。長い付き合い故に、四六時中他人を挑発するような言葉遣いをするケヴィンを、咄嗟にフォローする癖ができてしまったのだ。

 

「ヘイ、アンタ! いいノズルしたスーツじゃねぇか!」
 微動だにせず、電源をオフにしたロボットのように佇んでいるミッターに近寄りながら、ハイテンションなナギーブが言う。それこそ、いいケツした女の尻をいやらしく撫で回すかのように、ミッターのスーツを隅々まで調べようと思ったのだが……。
「ウゲェー! クセェー! ガソリンクセェー! 一ヵ月放置したモロヘイヤチキンみてぇにクセェー!」
 ある程度の距離まで忍び寄った瞬間、突如鼻をつまみ、空気をもう片方の手で払いながら退いたのだ。いや、確かにガソリン臭いのは本当なのだが、そこまで大袈裟な反応をするレベルの臭さではない。ナギーブが一々大袈裟なだけなのだ。あるいは構って貰いたいのだろうか?
「アンタ、ちょっと燃料タンクら辺を確認した方がいいぜ! オイラのプラズマが燃料に引火したら、アンタの立派なスーツもジ・エンドだかんな!」
 今度は何度も指を突き出しながら、ガソリン臭いエリアの中に自ら侵入していくナギーブ。
「……」
 しかしながらミッター、微動だにしない。構わず捲し立てるお喋りナギーブ。
「あと、ライブ中にガソリンぶっかけて、オイラまでモロヘイヤチキンにするのはやめてくれよ! この後控えているヒーローインタビューに備えて、ビクッとセクシーな香水つけて来てるんだぜ! カワイコチャンを夜空にさらって、スパーキンするプランなんだかんな!」
「……」
 それでも無言でいるミッター。いよいよもって、静寂(にしては周りの観客が騒がし過ぎるが)に耐えられなくなったナギーブは、黒曜石のような義手をもって、ミッターのガスマスクに対して軽く往復ビンタをかました。

「オイ! なんか言ったらどうだ!? 耳かっぽじってよーく聞け!」
「……空軍式の香水だ……」
「ホワッツ!?」
「……」
 ただ一言、威圧感溢れる重々しい声が放たれたことで、ナギーブは往復ビンタをキャンセルした。
「どういうこったい!?」
「……プロが、手の内を明かすと思うな……」
「ワッツ!?」
「……」
 自前のマイクで拡声されるナギーブのやかましい声よりも、圧倒的な重厚感を孕んだミッターの声。浮き立った観客たちに、これから”殺人術”が披露されることを自覚させ、気を引き締めさせるには十分だった。
「……無駄口が過ぎると死ぬぞ……」
 微動だにせず、しかもガスマスクで口が覆い隠されているものだから、まるで冷徹な機械に命令を下されたかのような気分。「チェッ!」と舌打ちしたナギーブは、予めBASスタッフに言われていた所定の位置へと、とぼとぼと歩いて行った。

「ただのコスプレバカで終わんねぇといいけどな」
 欠伸交じりにケヴィンが言うと、レフがいつもの癖で意味もないフォローをする。
「まあまあ。デビュー戦は誰だって空回りするからね。ミッターさんのようなプロ相手に、カードを組んで貰えたんだ。それだけの資質はあると見込まれているに違いないさ」
 今回はお互い、ハイテクによる遠距離戦が想定されるから、お互いの距離が大きく離れた所からライブが始まる。ナギーブが振り返ると、束となって突き出たハニカムのタイルが、幾重にも重なっていて、ミッターの姿が視認できなくなっていた。いつ、どこから撃たれるか分からないという状況が、お調子者のナギーブですらも緊張させる。
 見えない壁の外側にいる者らには、束となったハニカムが透けて見える為に、また所々に設置された大型スクリーンの映像のために、両アーティストの姿を余すことなく確認できる。ミッターは相変わらず微動だにしないが、所定の位置に到着したナギーブは、拳を握り締めて真剣な目つきになった。
(いいか、超スーパーエリート特待生、ナギーブ=イード! オマエはこの日のために猛勉強したり、カラテスクールに通い詰めたりしたんだかんな! オマエは本物のプラズマ=ドラグーンに見こまれたヒーローなんだ! 第一話でやられちゃ、ダニエル=ソローが泣くぜ!)
 見下ろしたその黒曜石のような義手からは、彼の闘志が解放されたかのように、蒼白い光が迸っている。

 

(オイラは自由に空を飛べるけど、今はガマンだ。せっかく遮蔽物があるのに、何もない空中に身体を晒したら、先制攻撃されちまうからナ!)
 ハニカムのタイルが束となり、突き上がったことにより形成された遮蔽物。そこか半身だけを露出させ、周囲にミッターが隠れていないことを確認してから、次の遮蔽物の陰へと駆けだす。両手両足を振り上げるような、独特のランニングフォームで。
(ついでにコイツを撒いておくか! おケツをとられちゃヤベェし!)
 同じように遮蔽物間の移動を続けているミッターと、ステージ中央辺りで鉢合わせ、そこから銃撃戦が展開されるはずだ。しかし、何かの間違いで擦れ違ってしまった場合、背後からミッターに撃たれる可能性がある。それは致命的な事態。
 だからナギーブは、自身が隠れた来た遮蔽物の陰に、必ず罠を設置しているのだ。黒曜石のような掌から、螺旋状に捻り出された、その場で浮遊する蒼白いプラズマの球体。
 バスケットボールくらいの大きさがあるこの球体は、ナギーブ以外の誰かが一定距離内に近づくと、放電して短時間身体を麻痺させるのだ。さながら、プラズマボールに触れた指に向かって、四方八方に飛び散っていた光が集束するかのように。

「うわあ、なんか出てきた! 光学兵器の一種かなあ!? そしてあれは、機雷みたいなやつ!?」
 超強化ガラス越しに、ナギーブの動きを観ているレフは、未来的なナギーブの装備に興奮していた。
「おい、あのハゲ全然動かねぇぞ」
 隣にいるケヴィンはと言うと、直立不動に徹するミッターを、気怠そうな目で眺めていた。
「虚仮威しじゃあなかったと仮定したら、ナギーブくんの装備、能力は、入場の時に放った電撃の通りだ。不用意に飛行したら、先に対空射撃されて撃ち落とされるのが関の山だろう」
「……まあ、曲がり角とかで奇襲されるくらいだったら、スタート地点で芋になってた方が合理的だけどな」
「うん。だとしても珍しいなあ。全く動かないなんて」
 トラップを撒きつつ、遮蔽物の陰から様子を伺いつつ、慎重ながらも積極的に前進を続けるナギーブ。対してミッターは、移動することはおろか、何かエネルギーを溜めている訳でもないし、まさかの奇策で呪文の詠唱をしている……なんてこともない。

 ゴングと同時に絶狂に呑まれた観客たちは、次第に熱が冷めていった。トラブルやミッターの体調不良を疑い、「えっ?」「なんで?」などと言った戸惑いの短い声をあげる者もいた。
 次第に誰からともなくブーイングが巻き起こり、「さっさと帰れ!」だの「やる気あんのか!」などと言った怒気剥き出しの大声が飛び交う。
「……」
 それでもミッターは動かない。観客席の最前列にいる軍人一団も、全く動揺を見せない。これがアーティストと軍人の意識の差だとでも言うのだろうか?
「ちょっと待って。いくらなんでも、ステージの角に立ち尽くしているのは自殺行為だよ。アンブッシュするにしても、適切なスポットがあるはずだ。撃ち合いが始まったら、ナギーブくんの弾を遮るものが何もない」
 ミッターが出るライブの常連であるレフですら、眉を顰めている。
「釣ってんのか?」
 不自然な”動き”の裏で、何か企んでいるのではないのかと勘繰るケヴィン。

(あのガソリン野郎、どこ行ったってんだ! 背後を取られちまったか!?)
 ステージの中央くらいでミッターと遭遇すると踏んでいたナギーブは、一人寂しくステージを駆け回っていることに不安を覚えていた。球体トラップが放電する際のビリッ! とした音もなければ、銃声も足音もエンジンの駆動音も聞こえない。
 もしや、どこかで待ち伏せして、致命傷を打ち込む絶好の機会を伺っているのではないか? 姿の見えない敵から、いつ撃たれてもおかしくないという、極限のプレッシャー。自ら敵の間合いに踏み込む格闘家や剣士は勇敢だが、見えない恐怖と常に隣り合わせとなる銃火器使いは、時として彼らをも上回る覚悟や勇気が必要となるのだ。
 ――オイラはヒーローになる為にここに立った。ヒーローになる為にたくさん勉強して、カラテスクールにも通いつめ、あの日、被験体として受け継いだ名前に相応しくあるよう最大限に努めた。何の戦術的要素も無しに後退することは、自ら築き上げたアイデンティティを否定すること――構わずナギーブは、ひたすら前進した。

(なんだってんだ! わざわざ動くまでもない相手ってか!?)
 遮蔽物の陰から上半身だけを出したナギーブは、遂にステージの角で佇むミッターを観測した。ライブが始まる直前、数少ない会話を交わした時と、何ら変わらない立ち姿。
(よーし! ケツの青いルーキーだって、オイラを舐めてンのを後悔させてやるぜ! Hybrid Vibration Power Generation Systemハイブリッド振動発電システムによってチャージされたプラズマはまだ37%くらいだから、チャージ率を下げない普通の射撃で――)
 開いた手の平を、ミッターに対して突き出した。黒曜石のような義手は、毛細血管のように巡るプラズマの本数が急激に増加し、その蒼白いラインは生身の肩にまで達する。放出するプラズマをチャージしているのだ。それまで至極単調であった会場が、徐々に強くなる観客たちの叫びとともに昂り、今まさに増大したプラズマが放たれようとした、その刹那。
「ワァオ!?」
 ナギーブの驚きの声とともにプラズマビームが放たれた瞬間、同じタイミングでミッターが両手を広げ、全身からミサイルが放出された! ナギーブに向けた片手から放たれた数発の小型ミサイルは、一直線に向かって来て、それは両者の中央付近でプラズマビームと激突。ミサイル群は残らず爆散し、プラズマビームも掻き消される形となった。
 その間にも、背中からは垂直に大量のミサイルが打ち上げられ、やや遅れて一番最初のミサイルよりもやや大型なミサイルが、片腕ずつから計二本発射された。
「ヤケクソか?」
「違うよケヴィン! 三つの異なる種類のミサイルを同時に放ったんだ! 片手だけから発射されたのは、追尾能力が低いけど弾速が速い、SWS/M7-HSPM ”Flanker”! 背中から垂直に上がったのは、一定高度に達してからミサイルの雨を降らせる、SWS/M26-VERM “Starfire”! そして、広げた両腕から発射されたのは、追尾性能が高い挟撃用のSWS/M43- PIMM “Mirage”!」
「名前憶えにくいわ」

 
(アブネー! プラズマビームとミサイルがホットドッキングしたから助かったぜ!)
 自ら放ったプラズマビームが、図らずも一直線で突っ込んで来るミサイル群を相殺する”盾”となったことで、事無きを得たナギーブ。この目でしっかりと、大量のミサイルが放たれるのを目視していたため、一旦遮蔽物に全身を隠してやり過ごそうとしたが……。
(ストーカー! オイラのケツが危うい!)
 ジェット機が頭上を掠めるかのような、不穏な音とともにナギーブの側面に現れたのは、器用なことに大きく弧を描いて遮蔽物の裏に周った、追尾性能が非常に高いミサイル。通称、”Mirage”というヤツだ。
 当然のようにミサイルに背を見せ、全速ダッシュでミサイルから逃げてゆくナギーブ。と、遮蔽物の反対側から、同じく大きく弧を描いて追尾して来るミサイルが現れた!
(挟み撃ちかよ!)
 この遮蔽物の陰に引き籠るのは危険だと悟り、一つ手前の遮蔽物の陰へと逃げ込もうとするナギーブ。だが、後ろのミサイルはともかく、前から迫ってくるミサイルが非常に厄介。
 全速ダッシュしながらも、殆どチャージせずに放ったプラズマビームで、ナギーブはそれを撃ち落とそうと試みる……が、びくともしない。一つ手前の遮蔽物に退避するよりも前に、正面から迫り来るミサイルと衝突してしまうのは、もはや時間の問題だ。

 ――何やら閃いたナギーブのメガネに、プラズマが走ったかのように綺麗な電気が走った。もう一度正面に向けて手を突き出し、ちょっとだけチャージし、僅かに義手の青白い光が膨張する。今度はより強力なプラズマビームを放つのかと思いきや、黒曜石のような鋭い五本指から、触手のようにうねる五本の電撃が放出!
 今まさに、正面からのミサイルと衝突しようとした瞬間、電撃触手が巻き付いて絡め取り、半回転してハンマー投げのように投げ捨てた! 間髪容れず、後方から追い掛けてきたミサイルも、展開したままの電撃触手で絡め取り、もう半回転して正面へと投げ捨てる! 二発のミサイルが、強化ガラスに激突して爆散し、目の前にいた観客は安全だと分かっていても目を瞑った。
「あれは!? もしかして、トラクタービームのような!?」
 思わず強化ガラスを叩き付けながら叫ぶレフ。

「アウチ!?」
 二発のミサイルを処理して一息つく暇もなく、上から大量の小型ミサイルが降ってきた! その内二、三発を身体に受け、お尻に火が付いたかのように走りだすナギーブ。ミッターからは遠ざかってゆく。
 一つ手前の遮蔽物の陰に身を隠そうとした瞬間、巨大なロケット花火が飛翔するようなミサイルの落下音に混じって、大型バイクの駆動音のようなものが接近してきた。五発、六発と小型ミサイルを食らいながらも、死に物狂いで退避しているナギーブは、自分に覆い被さる大きな影に気が付いていない。
 一つ手前の遮蔽物、その端に隠れるために曲がり角を曲がろうとした瞬間。ミサイルの雨が止まるや否や、燃料臭いアーマースーツがナギーブの行く手を阻む。
「ホワット!?」
 不用心にもジェット剥き出しの背中を見せながら、そのまま両足で着地すると思われたミッターに対し、ナギーブは反射的にカラテチョップをお見舞いしようとした。義手の硬さ、鋭さ、纏ったプラズマ、そしてナギーブの血と汗が滲んだ努力などにより、そのチョップは侮れない威力。
 憎き相手の背中にチョップを振り降ろそうとした、その直後。主に片脚などに備わった複数のジェットが瞬間的に噴射し、その勢いを借りた猛速で、半回転しつつのミッターの強烈な空中回し蹴り! 腹部にモロに突き刺さった!
「アァーウ!?」
 情けない悲鳴とともに、大きく後方にぶっ飛ばされたナギーブは、尻餅をつく。

 ナギーブが吹き飛ばされる前の場所に、重々しく着地したミッター。両足を肩幅程度に開くと、スーツの両腰にある二艇の重機関銃、そのトリガーに指をかけた。
「ヤベェヤベェヤベェヤベェ!!」
 尻餅状態のナギーブは、片手を地面につけて身体を引っ張り、大急ぎで一番近い遮蔽物に隠れようとした。それは、ライブ開始直後からずっとミッターが陣取っていた場所、すなわちステージの最も外側にある遮蔽物だ。
「カアァーチャアァーン!!!」
 ミッターが両腰の重機関銃を撃ち始めると同時に、ナギーブも空いた方の手の指先から、無数の小型ビームを連射した! 交互に数発ずつ、確実に射撃するミッターの弾丸と、片手を”足”にしながらとにかく撃ちまくるナギーブの小型ビームは、射線上で互いにぶつかり合って四方八方に弾け飛ぶ!

「”Barrier By Barrage弾幕障壁”によって、お互いの弾を撃ち落とし合っている! でも火器の性能自体は、ミッターさんのSWS/HMG9 “Salamander”の方が上回っているから、ナギーブくんに一方的なダメージだ!」
 ナギーブの身体が数発の銃弾に貫かれているのを観て、レフのミリオタ熱に火が付いた。
「おめぇ、意識高い系のベンチャー企業みてぇに、わざわざ”BBB”って言うのやめろ。“Anti Mation Material抗メーション物質”とか”Anti Bullet Barrier対銃弾防護壁”とか、ただでさえ紛らわしい言葉ばかりだし」
 BBBこと弾幕障壁というのはつまり、撃った弾によって相手の弾を撃ち落とすようなイメージを実体化する、メーションの基本技術の一つである。弾幕(Barrage)を形成することで、擬似的に敵の弾を防ぐ障壁(Barrier)を形成することが名前の由来。
 メーションにしてはスタミナ消耗が少なく、習得も比較的簡単。弾で弾を撃ち落とすということから、メーションの技術よりもむしろ火器の性能の方が重要である特性は、メーションに関しては不得手だが、銃の反動制御や早撃ちに長けたアーティストにとって、大きなアドバンテージとなる。

「ナギーブくん、咄嗟にABB――対銃弾防護壁を展開しなくて正解だったなあ! あの火力だと、バリアを張っても殆どダメージを減らせないのに、弾幕障壁よりもスタミナの消耗も激しくて、全然良いことなし! でも照準が外れた分だけ、自分狙いの弾を撃ち落とす確率は低下するから、ある程度の度胸と冷静さが要るんだけど!」
「ガチの軍人でも、弾幕障壁とか使うんだな」
「そりゃあなあ! 実際の戦争と違って、遮蔽物に隠れながら撃つのとは訳が違うし! 何よりも、真正面から撃ち合って火力比べをするのは、格闘家が手四つで力比べをするみたいで、見栄えがかなり良い!」
「わかる。けど、無駄弾を撃ちまくるのって、本職からすれば素人染みてていやなんじゃね? いつもおめぇが言ってるように、制圧射撃でもない限り、無駄弾連射とかコスパ的にやべぇだろ」
「どうだろうなあ。慎重に慎重を重ねる現代戦においては、敵兵一人倒すのに一万発以上の弾丸が必要で、ほとんどの決め手は爆発物なんだって。誰だって死にたくないからね。LDFでも弾幕障壁の訓練を取り入れる動きがあるらしいよ」
「なるほどな。死ぬことに比べたら、弾の無駄使いなんてな」
 BBBでも捌き切れない銃弾によって、徐々に身体の風穴が増えてゆくナギーブが、無事に遮蔽物の陰にまで辿り着くまでのやり取りであった。

 
「ハァ……ハァ……ハァ……! イッテー……! 死ぬほどイテー! ケツの穴が五つくらい増えちまった!!」
 上から降り注いだミサイル数発やジェット回し蹴りは、まあ辛うじて軽傷の内として、重機関銃で撃たれた二十ヶ所以上が物凄く痛む。座ったまま、遮蔽物に凭れ掛かったナギーブは、義手で自分の肩などを触ってダメージのほどをチェックする。
「あいつもう負けそうじゃん」
 一般客の目から見ても、ケヴィンのような同業者から見ても、かなりの劣勢であることは明らかであった。ふと、ロケットが打ち上げられるような轟音が響き、会場にいる殆どの物がステージの高い所を見上げる。
「マイガアァー!!」
 情けない表情で見上げたナギーブの嫌な予感は的中し、上空から破壊の雨を降らせるミサイル、通称”Starfire”が天高くを埋め尽くしていた! 慌てて立ち上がるや否や、重機関銃によるけたたましい銃声が鳴り始め、遮蔽物を貫通して無数の弾丸が襲ってきた! 
 ミッターが目標を視界に捉えていない状態、しかも先ほどとは違ったフルオートの銃身暴れ放題だから、幸いにもナギーブに一切命中していない。今のところは。だとしても、遮蔽物の外に飛び出して、真上のミサイルから逃れようとするナギーブの勇気を折るには、十分な威圧効果だった。

「ミッターさんやるなあ! ナギーブくんをいとも容易く、ステージのコーナーに追い詰めた! 最初からこれを狙っていたのかなあ!?」
 観客のブーイングを意に介さず、あくまで確実に目標を仕留めようとするミッターは、両手で重機関銃の引き金を引いたままで、次から次へとミサイルを発射する。着用者の意思に応じて発射するその機構は、メーションによるものなのか、はたまた秘匿された科学技術の結晶なのか。
「ほら! また両腕から”Mirage”! 遮蔽物の両端から、ナギーブくんを挟み撃ちだ! あ! 肩からSWS/M68-VTHM “Phantom”も発射された! すごくゆっくりだけど、近付いただけで爆発する、地雷のようなミサイルさ! これでナギーブくんが、決死の特攻を仕掛けて来たとしても――」
「これはえげつねぇ。詰んだも同然だな」
 自分の良い所だけ見せつけて、速やかに勝負を終わらせて撤退する。そんな利己的極まりないミッターのやり方を、嫌う観客は少なくなかった。既に諦観して、無言を貫いている人もいる。
 だが、ネガティブな言葉を語りつつも、二名のアーティストはナギーブの逆転に期待していた。彼は新人アーティストだから、どんな手札を持っているのか分からない。逆転劇という王道で魅せるのが、バトル・アーティストの本分であることを、レフとケヴィンは身を以って知っている。

(必殺技に必要なプラズマのチャージ率は……63%くらいか。この内20%――いや、30%くらいをバリアのエネルギーに使って――)
 義手に備わった小さなメーターを確認するナギーブ。その身体から発する蒼白いプラズマの輝度は、ライブ開始直後と比べると、明らかに大きくなっていた。
 上からミサイル、横からもミサイル、遮蔽物越しに貫通する銃弾。多分、捨て身で遮蔽物を飛び出しても、何かが待ち受けているだろう。出し惜しみは無しにして、一撃に賭けるしかない。
「届けてくれよ、ジーザス!」
 遮蔽物の真ん中辺りに立つナギーブは、両手を胸の前で合わせた。義手、義足、そして義翼に走る、血管のような蒼白い光が更に膨張、増殖する。纏ったプラズマのエネルギーが増大し、ナギーブの生身ごと強く発光しているように見える。

 今まさに、両側から挟み撃ちにしてくる二発のミサイルと、上から降り注ぐ無数のミサイルが、ナギーブに直撃しようとする寸前だった。輪郭だけが蒼白く、中身はほぼ透明な半球状の障壁。それがナギーブを中心として急激に膨張した。
 必然的に、そのプラズマバリアの中に進入したミサイルらは、ナギーブ自身を起点とした電撃によって、近い順から撃ち落とされていった! 間近でミサイルが爆発した為、全くの無傷という訳ではなかったが、直撃よりは遥かにマシだ。これもまた、指であちこち触れられたプラズマボールさながらに、電撃が四方八方に飛び散るような光景だ。

「は? 全部撃ち落としやがった」
 最後の一つのミサイルを撃ち落とした時、ケヴィンがそう呟いた。その頃には、プラズマバリアは遮蔽物をも通過して、向こう側に立っていたミッターをも呑み込もうとしていた。
「……!?」
 ミッターが装備するアーマースーツは、ジェット噴射による移動を前提とするほどの超重量。生身なら、数歩後方に退くことによって事無きを得られたであろうが、小回りが効かず、瞬間的なスピードで劣るのが弱点だ。為す術なくプラズマバリアに呑み込まれたミッターは、緩やかな山を描くような軌道で、遮蔽物越しに電撃が襲い来る!
 電撃を受けたミッターは全身が軽く麻痺し、二艇の重機関銃を両手で保持したまま、静止してしまった。直後にプラズマバリアが霧消したことから、ナギーブが立つ地点からミッターが立つ地点まで、”ジーザスが届けてくれる”ギリギリのチャージ率だったという訳だ。
「なんだあ!? あのバリアは!? どういう原理!?」
 このままルーキーが、悪いベテランに現実の厳しさを叩きこまれて終わるだろう。すっかりそう割り切っていた観客たちは、重傷でありながら反撃のチャンスを手にしたナギーブを観て、大いに驚く。それまでの武闘派ヒールの行いから、鬱憤が溜まっていた観客たちは、ブーイングを力強い歓声へと変換する。

 ナギーブは飛翔した。鳥人間であるから、背中に装着した義翼で羽ばたくのが筋かもしれないが、プラズマ=ドラグーンは訳が違う。義翼の下部からプラズマを発光させ、飛行機雲のような蒼白い軌跡を残して急上昇する、まるで重力を反転させたかのような静かでスマートなやり方。
 頂点に達した所で、未だ身体が麻痺しているミッターに対し、頭から突っ込むかのような体勢をとった。義翼下部に溜まった蒼白い光は、より眩いものとなり、一気に急降下!
 中途、尺骨(小指側にある、手から肘関節までの骨)に沿うような形で、義手からプラズマを展開させる。所謂レーザーブレードならぬ、プラズマブレードとして展開したそれを以ってして、擦れ違い様にミッターをぶった斬ろうとする。肩から入って腰へと抜ける、袈裟切りの要領で――!
「イエェッス!!」
 ミッターと擦れ違う時、プラズマが体内に沁み渡るような、感触の良い音を耳にした。再度沸騰した観客たちが目撃したのは、前宙返りのように一回転してから、背中を見せて華麗に着地するナギーブの姿と、蒼白いプラズマが全身で跳ね回り、立ったまま悶えているミッターの姿だった。

 

 立ったまま痙攣しているミッターの背後に、前転で着地したナギーブ。すかさず立ち上がると、黒曜石の両腕でファイティングポーズをとった。
「いいか! オイラはこう見えてカラテの達人なんだ!」
 そのまま駆けだすと、消失したはずの青白い光が両腕を覆い、打撃と同時に電撃を直接流し込むハイテク武器となる。未だ身体が麻痺しているミッターが立ち直るよりも早く、アーマースーツの後頭部にストレートパンチ!
「ありゃ?」
 後頭部の装甲に亀裂が走り、ミッターがうつ伏せに倒れ伏す様をイメージしていたナギーブは、キン! と甲高い金属音と共に右の義手が弾かれてしまって、唖然とした。しかし、纏っていたプラズマはアーマースーツに流れ込み、頭頂部から両肩にかけてスパークする。全くのノーダメージという訳ではない……はず。

「……」
 直後、麻痺から立ち直ったミッターの、片脚などに備わったジェットが瞬間的に噴射。
「ワーオ!?」
 数分前の手痛い思い出が蘇ったナギーブは、上半身を反らしながら滑るように後退する。まるで磁石で引っ張られているかのように、不自然な程スムーズな動きだ。その咄嗟の判断は的確であり、目の前で超重量の片脚が空を切った!
 一回転半して正対したミッターに対し、パンチがギリギリ届かない間合いからナギーブがプラズマビームを撃つ! 咄嗟の小回りが効かないミッターは、ガスマスクにプラズマビームをモロに受けてしまい、スーツが大破したかのように上半身に蒼白い光が走る。
 すかさずミッターが、背面のジェットを噴射させながら、一気に間合いを詰めてきた! 間一髪、滑るようなサイドステップでそれを回避したナギーブ。振り返ると、勢い余って数メートルほど遠ざかったミッターの背中へ、再度義手を向けて射撃せんとする。

 近距離での激しい攻防が始まり、これぞ求めていたものだと観客たちが大いに沸き立った。ミッターはジェットを噴射した時の最高速こそとんでもないが、瞬間的な動作におけるスピードはかなり遅い。
 ジェット噴射によるタックル、同じく噴射の勢いを借りた殴打や蹴りなどは、ナギーブに悉く避けられてしまう。ミサイルを撃てば自爆する可能性が高いし、重機関銃は構えてから撃つまでの隙を突かれてしまう。
 ナギーブはプラズマを纏ったパンチやキック、また掌から撃つ小規模なプラズマビームなどで、着実にダメージを与えていった。いくらカラテの達人でも、あの超重量から繰り出される打撃を受け止めるのは、とてもじゃないが不可能だ。滑るようなステップで回避に徹し、攻撃直後の大きな隙に突き刺す。
「……効いてんのか?」
 周囲の観客たちが熱狂する最中、最前列で気怠げに猫の尻尾をフラフラとさせているケヴィンが、ナギーブの気持ちを代弁するかのように言う。
「効いていると思うよ。スーツを貫通して身体に電気を浴びているから」
 隣に立つレフが答える。
「全然怯んでねぇし、声出さねぇし、表情も見えねぇから分かんね」
「そこはほら! ベテランの軍人だからさ。敵に自分の不利を悟られないよう、訓練しているんだよ」

 実際、ミッターは軽視できないほどのダメージを被っていたが、奴隷扱いにも等しい訓練を経て身に付けた精神力で耐え忍んでいた。声一つおろか呼吸のリズムさえ一切崩さない。
(かてぇー!? なんだこのヤロウ! ほんとに人間サマか!?)
 装甲は傷一つ付かないし、内部にいるはずの人間からも、感情の揺らぎ一つ感じられない。確かにダメージは蓄積しているはずなのだが、徐々にナギーブは自身の行いに対する疑念が芽生えていた。
(イッパツブレードでいってみるか。あれは手ごたえがあったからな。チャージ率は――42%くらい。イッパツくらいならヨユーだナ)
 ミッターのジェットタックルをやり過ごしたナギーブは、それまでのようにビームで反撃することなく、全速力で走りだした。両手両足を振り上げるような、独特のランニングフォームで、がら空きの背後を見せつけているミッターに迫る。間合いに踏み込み、尺骨に沿うような形でプラズマをブレード状に展開させる。
 と、ミッターの背面に備わったジェット複数が、いきなり不穏な音を立てて噴射した。ジェットの勢いを借りた回し蹴りだと踏んだナギーブは、回し蹴りをやり過ごしながら、擦れ違い様にぶった斬ろうとしたが……。

「アヂイィーーー!?!?」
 ナギーブが低姿勢になった瞬間、複数のジェットから猛烈な火炎が放射された! 自らその中に飛びこんでしまったナギーブは火達磨と化し、慌てて後ろ歩きで炎の渦から退避する。
「出た! ミッターさんの奇襲技! 引火させた液体を噴射させて、背後にいる敵を攻撃するんだ! 機動性に劣るからという理由で、背後に回ってくる敵に対する対策だ!」
 どよめいた観客席の最前列で、レフがケヴィンの肩を揺すりながら要らぬ解説をする。
「あいつやせ我慢して、ナギーブが寄って来るのを待ってたんだな」
 ケヴィンが言うや否や、火炎放射を止めて大振りに反転したミッターが、怯んだナギーブに対して真正面から突っ込んだ! 力任せのタックルで撥ね飛ばすかと思いきや、タイミングよくナギーブをキャッチし、前方からナギーブの腰に両腕を回す形となった。そのまま、すぐ背後にあった遮蔽物へとナギーブごと激突!

「ギャアアァァー!」
 超重量のアーマースーツと、突き上げたハニカムタイルが束となった遮蔽物によって、ダイナミック・デンジャラス・サンドイッチにされてしまったナギーブは、悲痛な叫び声を上げた。ナギーブを受け止めた遮蔽物は、クレーンに吊るされた鉄球が直撃したかのように凹んでいる。
 すかさずミッターは、二本の指の第一関節から鋭利な物を展開。えげつない威力のボディブローを受けたかのように、その激痛と衝撃によって動けないでいるナギーブの、閉じられた両目を狙って二本を繰り出す。洒落た眼鏡が割れて、刃物が深々と突き刺さる!
「アアァァーーッ!」
 約一秒間、ミッターが念入りに刃物を突き刺していた最中、絶叫するナギーブは両手を狂ったように振り回していた。
「かわいそう」
 ケヴィンが僅かに目を細めながら呟く。お調子者なナギーブの情けない悲鳴が、いよいよ笑えなくなってきた観客たちは、新人に対して大人気ない攻撃をするミッターに対し、怒声で抗議をしていた。
「ケヴィンが”かわいそう”って言っても、バカにしているようにしか聞こえないなあ」
 隙あらば、日頃の罵詈雑言に対する報復を実行する悪友レフ。
「うるせぇ、だまれ」

 ナギーブの両目から細長い刃物を引き抜いたミッターは、数瞬の”溜め”の後、ロケットが斜めに打ち上げられたかのように、後退しながら上昇。空中へと退避した。
「さっきのバリアを警戒しているみたいだね。空中から仕留めるつもりだ」
「あいつ暫く目が見えないから、やることと言ったらそれしかないよな」
 見えない壁の中だから目潰しされても、数十秒~数分程度で視界は元通りになる。だとしても、奪われた視力を取り戻すまでの時間は、致命的な隙を晒すことになる。
 凹んだ遮蔽物の前で両膝をつき、片手で両目を覆っているナギーブ。もう既に、いつ倒れてもおかしくないほどの傷を受け、「ハァ……ハァ……」とかわいそうになってくる呼吸を繰り返している。哀れみからか、「ナギーブ!?」と呼びかけている観客多数。
「カ、カーチャン……」
 目潰しされた両目を手で抑えるナギーブの様が、まるで涙を拭う子どものような姿に見えた。
「おめぇもう少し頑張れよ」
 半ば呆れながら言うケヴィン。
「ミッターさんは様子を伺っているよ! ほら! チャンスだ!」
 励ましの声を大にするレフだが、果たしてナギーブの耳に届いたことか。

「……」
 目潰しを決められたナギーブは、突き放すようにプラズマバリアを展開してくると読んでいたミッターは、空中で数秒ほど間をおいて様子を伺っていた。
「も、もうダメだぁ……オイラはヒーローなんかになれっこしねぇ……」
 なんとか立ち上がったものの、ナギーブは目が利かない。片手で顔を覆ったまま、空いた方の手をあちこちに動かして辺りを探る。残念ながら、ミッターは近距離には陣取っていない。遂には、まるで神サマに救いを乞うかのように、蒼白い光を纏った義手を上を伸ばした。非情ながら、上にいるのは神サマではなく、アーマースーツを着た軍人だ。
 BASデビューして浮かれていたナギーブは、完全に戦意を喪失しているらしい。それでもミッターは油断せず、見栄を張って大技を繰り出そうともせず、遥か上空からナギーブを見下ろしたまま、多数のミサイルを一斉に発射する。
「まあ、最初はこんなものだよ。次があるさ」
 先輩バトル・アーティストとして、レフの口から思わず零れた、新人バトル・アーティストへの慰めの言葉。左右から挟み込むようなミサイル、上空から雨のように降り注ぐミサイル、直線的に一気に飛来するミサイル。それらがほぼ同じタイミングで放たれ、空襲警報すら幻聴するような無慈悲な轟音が張り詰める!

 
「なーんてナ!」
 ミサイルの発射音を聞き逃さなかったナギーブは、トラクタープラズマを上空にいるミッターに向けて放った! 身に纏っていた蒼白いプラズマの輝度が、僅かに低下すると共に、触手のようにうねる五本の電撃が、アーマースーツの四肢と首に絡み付く!
(何でもアリのBASなんだ! 煙幕に音響閃光弾、メーションでの透明人間ごっこや、普通のカラテだと禁じ手な目潰しだってアリだ! そんなBASに、何も対策せずに踏み込むほど、オイラはバカじゃない!)
 目の見えない状態で、よくミッターにプラズマ触手を命中させることができたなと、元からあった大歓声が二重となって巻き起こった。そのままミッターを引きずり落とすかと思いきや、逆にナギーブ自らが、プラズマ触手に引っ張られていった!
(このトラクタービームは、さっきのとは段違いの性能なんだぜ! ミサイルその他は無視して、”人間”だけをピンポイントでロックオンする優れものサ! 主にお化けになったカワイコチャンを捕まえたり、霧に紛れてスタコラサッサと逃げ回るコネコチャンを追い掛けるのに使う! もっともチャージ率を食うから、連発はできないんだけどナ)
 プラズマブレードが不発に終わったことが、転じてチャージしたプラズマの無駄使いに終わらずに、幸運となったのだ。先ほどの42%と、僅かにチャージされた8%ほどをプラスして、約50%の残存エネルギー。その内15%ほどを自動追尾するプラズマトラクターに割り当て、更に10%を消費して再度プラズマバリアを展開!
 ステージのコーナーに追い詰められた時にやった、爆発的な広がりを見せるプラズマバリアではなく、ナギーブの全身を包むくらいの小さなものであった。それでも、真正面から向かってくるミサイルから身を守るには十分なレベル。このままミッターに体当たりをかませば、優勢劣勢が一気に逆転する!

 プラズマを纏ったまま突進してくるナギーブと、彼を追尾する大量のミサイル。それらが命中しては無事では済まないため、ミッターは勢いよくジェット噴射して、斜め上方へと飛行する。
 丁度プラズマバリアが消失したナギーブは、ミッターの四肢と首に絡み付かせたプラズマ触手に引っ張られるような形で飛行する。
 そして、ナギーブを追尾していたミサイルはというと、燃料が切れてしまい、地面へと真っ逆さまに落ちた後爆発した。

 強制的にモーターボードにされてしまったミッターと、水上スキーのように引っ張られてゆくナギーブが、縦横無尽に空を飛ぶ。何とかナギーブの後ろに回り込もうと、ミッターが幾度となく旋回、宙返りを試みている。が、引っ張られている為に飛行速度がほぼ同じのナギーブは、ミッターが描いた円よりもより小さく旋回、宙返りなどを行っているのだ。つまり、ミッターのケツにガッツリ噛み付いて離さない。
「いやあ! 地上戦だけで終わると思ったけど、空中戦が観れてよかったなあ! しかも激しいドッグファイトだ! ナギーブくんがここまで喰らい付けるなんて!」
 時間経過とともに、徐々に視力を取り戻しているナギーブは、ミッターのケツを狙って何度もビームを放っている! ミッターは左右への不規則な急旋回を繰り返しており、しっかり狙ってもなかなか命中しないが、反撃を受けることはなく一方的だ。
「よく避けられんな。後ろにカメラが付いてんのか?」
 ケヴィンの予想は的中しており、ミッターが装備するスーツの後頭部には、カメラが付いている。そうでなければ、ナギーブがビームを撃つのとほぼ同じタイミングで、急旋回を行っている説明が付かない。

 ふいにミッターが、肩に搭載されていたミサイルを発射する。その場で浮遊しているのかと錯覚するくらいの低速度で飛行するそれは、敵が近づいただけで爆発する、地雷のようなミサイルだ。
 それならばとナギーブは、空いた方の手から、その場で浮遊する蒼白いプラズマの球体を捻りだすように射出。ナギーブ以外の誰かが一定距離内に近付くと、放電して短時間身体を麻痺させる、空中機雷だ。
 このトラップバトルはナギーブの方に分があるようだ。ミッターの近接信管式ミサイルはプラズマで撃ち落とせるが、ナギーブのトラップボールは実弾やミサイルでは撃ち落とせない。いや、実は撃ち落とせるのかもしれないが、そうだとしても極めて撃ち落としにくい。
 それどころか、トラップボールがミサイルを撃ち落としている始末。設置されてから経過した時間にもよるが、トラップボール1つに付き、大体2~3発のミサイルを撃ち落としている。ステージ上空を、無数のトラップボールが埋め尽くすのは、時間の問題だった。

(オッケー! ほんの一瞬だけど、身体が麻痺して反応が遅れてるナ! さっきまでは、オイラが撃った瞬間に急旋回ブレイクしていたけど、今はワンテンポ遅れてやがる!)
 感情を秘匿するガスマスクと、威圧的な無言からは、ミッターの心情を推し量ることはできない。だが、トラップボールからの放電を浴びた直後、ごく短時間だがミッターの空中機動が単純になることが、ナギーブを良い意味で調子付かせていた。ミッターが放電を食らった後に、すかさずビームを発射することを、数回ほど繰り返す。
 この際ビームではなく、僅かな”溜め”を要するプラズマレーザーで仕掛けよう。近未来的な車輪が疾走するような、キュイーン! という音が響いた直後、掌から発射されるプラズマレーザー。ミッターの背面から腹部へと貫通させることは出来ないものの、レーザーは内部の身体にまで行き着き、僅かだがその身をビクリと反らした。
(オッケェー! 効いてる効いてる!)

 ナギーブが二発目のレーザーを撃つために、僅かな時間チャージしている時だ。ミッターが円を描くように上昇したので、また宙返りで背後を取ろうとしているんだなと、ナギーブや多くの観客はタカを括っていた。
 その予想に反し、180度ほどループした所で、ミッターは身体を180度ロールさせ、縦方向にUターン。引っ張られるように上昇していたナギーブは、胴体を地面に向けた状態のミッターを、真下から見上げる形となった。ミッターの両手は、腰に装備した重機関銃二挺を握り締めている。
「ワッツ!?」
 これ以上ケツの穴を増やされちゃ堪らないと、ナギーブはミッターを拘束するプラズマ触手を霧消させ、ホームランされた野球ボールのように斜め上へと自力で飛行。辛くも重機関銃の弾丸から逃れる。
「インメルマンターン!? 空歩兵だったらあんな風に使うこともできるのかあ! ナギーブくんが自らドッグファイトを中断するように仕向けた!」
「向き合った瞬間にナギーブが反応して、バリアとか張られていたらヤバかったな。今までは安パイを選んでたわけか」

 両アーティストが一瞬だけ、ホバリング状態で遠間から正対したことが、ドッグファイトが終わって三次元的銃撃戦が始まった合図だ。
 あらゆる種類のミサイルを一斉に放ったミッターは、ステージ上空を埋め尽くすトラップボールに勝る物量を以ってして、飽和攻撃を仕掛けて来た! 360度――空中にいるから真下からも迫り来るミサイルの嵐は、トラップボールがステージ上空を埋め尽くしていても捌き切れない。
 対抗するようにナギーブは、無数のビームやトラップボールをとにかく撃ちまくる! 宙に設置したトラップボールの放電で、撃ち落とし切れなかったミサイルを、残らずビームで迎撃してゆく。その合間を縫って、ミッター狙いのビームを撃つのだ。
 ミッターもミッターで、通常の戦闘機ではあり得ない、真正面にナギーブを捉えたままの空中機動で上下に、左右にとビームを避ける。トラップボール、そして時折不意打ちでかましてくる、プラズマトラクターで”投げ返された”ミサイルに注意を払いながら、隙間を埋め尽くすようにミサイルを撃ちまくる。
 このド派手な膠着状態はエンターテインメントとしては華であり、本ライブ一番と言ってもいい熱狂をみせる観客席。テンション的には、いよいよ大詰めと言ったところか。

 
「ねぇ、ケヴィン。気づいてる? ナギーブくんの身体から出てる蒼白い光。どんどん強くなっていること」
 バトル・アーティストたるもの、来たるべき自分のライブに備えて、熱狂に酔うばかりでなく知識やムーブを掠め取る意識はとても重要。素人のごっこ遊びのように両アーティストが撃ち合う最中、裏で何を企てているのかと探っていたレフは、ナギーブがその身に纏う蒼白いプラズマの変化に気づいていた。
「明らかに、試合が始まった時よりも眩しいな。あのハゲもとっくに気づいてるだろうな」
「うん。ナギーブくんがバリアを張った時や、ブレードで攻撃した時、そしてドッグファイトの起点となったトラクタービームを撃った時なんかは、逆に蒼白い光が弱まった」
「つまり、あいつの身体から出てる光の強さは、大技を使うのに必要なエネルギー量に比例してる可能性が高い。太陽光発電……はこのステージじゃありえねぇし、時間が経つと勝手に溜まっていくシステムか?」
 ケヴィンの予想は半分当たっている。ナギーブが纏う蒼白いプラズマ――言い換えれば、大技を撃つのに必要なチャージ率は、時間経過”でも”増大してゆくのだ。チャージ率が低下しない攻撃をしたり、激しく動き回ったりすることでも、チャージ率は上昇し、身に纏うプラズマもより輝きを増す。
 特に、ナギーブ自身が動き回ることでチャージされる度合いは大きい。義手義足義翼に仕込まれた小さな装置が、振動による圧力を電力へと変換している。異なる視点を持てば、重量のあるジェネレーターを搭載する必要はないとも言える。消費電力の大きいプラズマをコンスタントに撃つエネルギーと、精密かつ軽快な運動の両立を可能としたもの、それが”ハイブリッド振動発電システム”なのだ。

「とするとさあ、ナギーブくんが牽制ばかりに徹しているのは、エネルギーが溜まるまでの時間稼ぎとも言えるのかもね。対してミッターさんは、ミサイルを消耗する一方だ」
「見るからにメーションでのリロードが追い付いてねぇな。少しずつ上の方に押されていってる」
 次から次へとミサイルが放たれ、それらは一見無尽蔵のように思える。しかし、アーマースーツに搭載したミサイルを撃った後は、メーションで予め異空間に収納していたミサイルのストックを、直接召喚して再装填を行っているのだ。空になった銃火器の弾倉内に、直接弾丸などを召喚してリロードする技は、銃火器使いの間でも広く使われているメーションの一つ。
 しかし、熟練者でもなければ、弾を一度に付き一発ずつしか召喚(装填)できない。弾丸一発装填するに要する時間を、訓練で短縮できたとしても、普通に弾倉ごと替えた方が遥かに早いケースも多々ある。それに、普通にやるよりスタミナの消耗も激しいが、こうして撃ち合いながら弾(ミッターの場合はミサイル)を装填できるのは大きなメリットだ。
「少しずつ、ミサイルを撃つ間隔が長くなっているからなあ。ナギーブくんが設置したプラズマのボールが、その数を増しているということは、ミッターさんが物量において負けているという何よりの証拠だ」
「あれだけ撃ちまくっているミサイルと同じ数を、全て一気にメーションでリロード、それも撃ち合いながらやるってのは、まず無理ゲーだな」

(オッケーキャプテン! そのまま天井の隅にまで駆け込みナ! 真打ちをぶち込んでやるぜ!)
 激しく輝く蒼白いプラズマに包まれた、ナギーブの黒曜石のような義翼が、特に青白い光を発生させる。必殺技である”F・Tキャノン”を撃つために、コンデンサにある余剰エネルギーを大規模なプラズマに変換しているのだ。
(ナイトスカイで追いかけっこしてから、ファイアーワークスフィーバーしたオイラのエネルギーチャージ率は、約92%! 全エネルギーをプレゼントしてやるからな!)
 ともすれば、ナギーブの身体が大爆発するのかと思うほどに、強烈に光り輝いている蒼白いプラズマは、素人にもナギーブの逆転勝ちを予感させていた。ミッターを見上げたまま縦横無尽にミサイルを回避しているナギーブの、殊更に発光している義翼が、華やかな手持ち花火を振り回したかのような軌跡を描く。
「ミッターさん弾切れだ! 肩や背中のミサイル発射装置をパージしている! 残弾数が無くなると、自動的に切り離される仕組みなのかなあ!?」
「あいつ発狂してんな」
 アーマースーツの肩や背面に装着されていた、撃ち尽くしたミサイルの発射装置が、飛行機から放り出された犠牲者のように落下している。メーションによる自動装填だけでは間に合わないほど、ミサイルを撃ちまくっていたせいだ。
 僅かに残ったミサイルでさえ、出し惜しみする余裕がないミッターは、間もなく天井の隅に辿り着こうとしている。ビームとトラップボールで追いやられているから、最早そこしか安全な場所はない。遂には、腕や腰に装着された発射装置すらも切り離す。

(ハッハー! プロポーズに結婚指輪忘れたギザ野郎みたいに慌ててやがるぜ! このままアンタがさっきやったみたいに、逃げ場のない角っこで撃ち落としてやるからナ!)
 ミサイルの嵐は途絶えたに等しく、合わせてナギーブが両の手で撃つビームなども、一旦鳴りを潜めた。数瞬後、どちらが撃たれ、どちらが地面にキスするのかは、誰がどう見ても明らかな様相だ。
 F・Tキャノンのエネルギーを収束する際の、圧縮されたような甲高い音が鳴り響く。同調するように、「うおおぉぉぉーーー!?」と徐々に音程を上げてゆく観客たちの叫び。
「すごいや! 新人なのに、ミッターさんに空中戦で勝つなんて!」
 本ライブにおけるクライマックス、ナギーブの必殺技に必要とされるエネルギー、それらは全く同じタイミングにおいて、限界まで膨れ上がろうとしていた。
 そして、エネルギーの収束音が絶え、一瞬の静寂が見えない壁の中に張り詰めた――!

「……」
 途轍もなく恐ろしいスピードだった。今までの攻撃が、全て児戯のように鈍重に見えるほど。両者の距離がゼロと錯覚するほどだ。
 収束音が消失した次の瞬間、ミッターは隕石のような勢いで急降下を行い、今まさにF・Tキャノンを撃つ寸前だったナギーブにタックルをかました!
「マイガアァー!?!?」
 斜め下へとぶっ飛ばされたナギーブを、後を追うように突進を続行するミッター。ナギーブが見えない壁に叩き付けられ、磔にされたかのように大の字になった直後、急降下して来たミッターと再度激突! あり得ない速度と重量によって、全身が潰されてしまう!
「アウ!? ハウ……」
 見えない壁越しに背後に立つ観客ら共々、驚愕の表情を浮かべたナギーブは、声にならない悲鳴をあげる。
「はえぇ。よく反動で自滅しねぇな」
 距離を離していたからと油断していたナギーブ同様、さっきまでとは比べ物にならない速度を出したミッターに、ケヴィンが驚く。

 ミッターはナギーブの首根っこを片手で掴み、宙返りして見えない壁から離れる。ステージ中央の最大高度まで、ほぼ宙吊り状態になっているナギーブを運んでゆく。期待していた現実を塗り替えられてしまった観客たちは、唖然としながら、天井付近でホバリングしているミッターを見上げていた。
「……そうかあ! ミサイルが空になって、発射装置も切り離したから、総重量も空気抵抗も大幅に減っているんだ! おまけに、ステージの天井付近から突進を開始したから、高度が速度へと変換されている! だから、今までからは考えられないほどのスピードが出たんだ! 慌てて装備をパージするなんて、ミッターさんらしくないと思っていたけど、まさかこれを狙って――」
 ミッターの片手に首を捉えられたナギーブは、虚ろな目をして手足を垂直にしている。F・Tキャノンは不発に終わり、義翼に溜めたプラズマのエネルギーは消失。身に纏った蒼白いプラズマは、最大限までに光り輝いているが、ナギーブにはバリアを展開する程の気力すら残っていない。

「……あばよ、ドラグーン……」
 ただ一言、威圧感溢れる重々しい声が放たれると、両者はハニカムタイルに向かって一直線に急降下を開始した。超重量を感じさせるフライトとは打って変わって、それこそジェット機の超音速を思わせるほどの迫力で。
 地獄行きダイナミックダイビングの中途、ミッターはナギーブを真下に放り投げ、自身は両膝を彼の背中にのせた。天井からの位置エネルギーと、ミサイル等々を捨てたとはいえ尚も超重量なアーマースーツ、そして超音速と見紛う如き速度。
 それら、膨大なエネルギーが残らず、終着点に行き着いたナギーブの全身を粉砕する!

 

 天井から急降下したことによる、着地時の甚大な衝撃。同じく、急降下のエネルギーに加え、(装備の大半をパージしても尚)超重量のアーマースーツを上乗せした両膝落としの強烈な衝撃。上下から莫大な衝撃の挟撃にあったナギーブは、うつ伏せになって動けない。
 ミッターは深々と刃物を突き刺すように、ナギーブの背中を数秒間ほど押さえていた。冷酷なインパクトによって一瞬静まり返った観客席が、再燃したかのように騒然とする頃、ミッターはそっとナギーブから離れて、またしても直立不動に徹する。
 ライブ終了を告げるゴングが鳴らないことを良いことに、「ナギーブ!?」、「立ち上がれ!」、「そんなもんかぁ!?」などと言った、怒声にも似た応援が方々から巻き起こる。鬼軍曹による理不尽なブートキャンプさながらに、勝てば良いという思考のベテランが新人アーティストをいたぶるだけの内容が、大層気に食わないらしい。

「ハンデか」
 飄々と呟くケヴィン。頑張って両手で身体を起こそうとしているナギーブを観ながら、猫の尻尾をぷらぷらとさせている。
「そうでもしないと、勝ち目がないからね」
 腕組みし、深く頷きながら返すレフ。妙に堂々とした風格だ。
「互角なやつ同士の試合なら、とっくにゴングが鳴ってるけどな。装置を調節して回復力にハンデを持たせたり、KO判定を甘くしてやらねぇと、実力差が大きなやつらの試合が全然儲からねぇ」
「それに加えて、ヒールとベビーフェイスだからなあ。でも、ハンデがあっても勝てるとは限らない」

 何とか身体を起こしたナギーブは、疲れ切った表情で見上げていた。物言わぬ直立不動で、得体の知れない企みを秘匿したアーマースーツを。
「ハァハァ……チクショー……また調子に乗り過ぎたか……!?」
 目をパチパチとさせているナギーブは、追撃を仕掛けてこないミッターを不可解に思う。
「……」
 これはあくまで見世物なのだから、空気を読んで敢えて回復を猶予を与えることは何ら不自然ではない。だが、無言のガスマスクの下に、実際どんな感情が秘匿されているのかは、全くもって見当が付かない。
「なんだってんだ……オイラにトドメを刺す価値もないってか?」
 言いながらナギーブは、片膝立ちからゆっくりと両足立ちになろうとしたが、身体がふらついてしまって、再び片足立ちになってしまった。
「いいか! オイラはそんじょそこらのギークとは違う! 特別なギークだ! こう見えて選ばれたんだからナ、本物のプラズマ=ドラグーンに!」
「本物の?」
 異口同音に、少なくない数の観客がそう漏らす。もう一度二本足で立とうとするナギーブだが、脳へのダメージが遅れてやって来て、眩暈を来たし片手を地面についてしまった。
「ここで諦めるようじゃ、本物サマにタンカスぶっ掛けるようなもんだぜ! 簡単に諦めるようじゃ、何の為にオイラは選ばれたってんだ!? そうでない子たちに羨まれるだけの、イヤミな野郎になる為か!?」
「……」
「おいガソリン野郎! なんか言ってみたらどうだ!?」

「……俺には、息子がいる……」
 低く、確かな声がガスマスクを通り抜けた。
「あァん!?」
「……丁度、お前がプラズマ=ドラグーンのドラマを観ていた歳と、同じくらいか……」
「だからなんだってんだ?」
「……息子は、ロボットが好きだ……」
「ハァ!?」
「……」
 ミッターは無言のまま背後のジェットを噴射させ、真上に上昇してゆく。
「答えやがれ! ボケナス!」
 ある程度傷が癒えたが、依然としてまともに立ち上がることのできないナギーブは、プラズマトラクターをアーマースーツに向けて撃った。件の”ハイブリッド振動発電システム”で溜めたエネルギーによる、通常よりも強力な方のプラズマだ。
 垂直に上がってゆくミッターに絡み付いた、海底動物のような五本のプラズマ触手によって、釣りあげられるように上昇してゆくナギーブ。再度、ナギーブがミッターの尻尾に喰らい付く形の、ドッグファイトが展開された。

 恐らくミッターは、わざと自ら不利になるようなムーブを行ったのだろう。終始威圧感溢れる無言を保っているため、その演技からわざとらしさは微塵も感じられず、一般客たちは「行け!」「逆転だ!」などと叫んで、再加熱を始めた。
 ミッターはナギーブにチャンスは与えたが、攻勢においては一切容赦していない。縦横無尽に巨大なガラスケースの中を飛び回りながら、後を追って飛行するナギーブに対し、ありとあらゆるミサイルを放っている。とはいえ、先ほど武装の大半をパージしたのだから、ミサイル弾幕は目に見えて薄くなっている。
「ぜってー倒してやるからナ! ぜってー!」
 ボロボロになっているナギーブでも、十分捌き切れる程度の物量だ。手綱を握るようにトラクタービームを片手で展開させたまま、空いた方の手を高速で全方向に動かし、プラズマビームで次々とミサイルを撃ち落としてゆく。
「あいつ何が言いたかったんだ?」
 ハリケーンに呑み込まれたように、空中でひたすら旋回を繰り返す両アーティストを眺めながら、気怠げに猫の尻尾をふらふらさせているケヴィンが言う。
「ミッターさんの子どもとナギーブくんを、重ね合わせたんじゃないのかなあ?」
 レフは腕組みをしたまま首を傾げた。

 ミサイルとプラズマの合間を縫うミッターは、何度も急旋回して、どうにかナギーブを振り切ろうとしている。何度も何度も、空中で互いが衝突しそうになっている。
(なかなか狙いが定まらないぜ)
 ナギーブは僅かな隙を見出して、今度こそ”F・Tキャノン”をお見舞いするつもりだ。黒曜石のような両翼にプラズマを溜めており、間もなく発射準備が完了しようとしているが、激しく動き回るミッターの背面に命中させる自信が無い。
(チャージ率は……とっくに100%か。さっきの”F・Tキャノン”が不発だったからナ。……ってことは、だ!)
 機動を単調にさせない為か、ミッターが突如円を描くように上昇した。180度ほどループした所で、ミッターは身体を180度ロールさせ、縦方向にUターン。引っ張られるように上昇していたナギーブは、胴体を地面に向けた状態のミッターを、真下から見上げる形となった。
 ――ナギーブの両手は、プラズマバリアを展開するために、大きく両手に広がっている!
「覚悟しナ!」
 ミッターに絡み付いていたトラクタービームが消え失せると同時に、なかなかに大規模なプラズマバリアが、ナギーブを中心として球状に展開された! 呆気なく内部に取りこまれたミッターのアーマースーツは、一時的に機能を停止して、少し直進した後に重力に負けて落下を始める!

「今度こそ!」
「やったれ!」
「決めて~!」
「勝った!」
 強力なプラズマバリアを展開しても、F・Tキャノンをぶっ放すには十分な量のエネルギーが溜まっていた。青白く光る義翼で滞空しているナギーブは、身動きできずに落下するしかないミッターの、落下地点に狙いを定めた。
「オイラを甘く見たってことを、公開させてやるぜ!」
 調子のいいことを言ってのけたナギーブは、ミッターがハニカムタイルが激突したのと同タイミングで、両翼から蒼白い光線を放った! 斜め下に向けて撃たれた、極太の二本の光線は、中途で合流、収束して一つの平べったい光線となる。それに完全に包み込まれてしまったミッターは、最早なす術がない!

 ――数秒間に渡って照射されたプラズマが、徐々に細くなり、やがて霧消する。露わになったのは、ガスマスクが損壊し、素顔が露わになったまま仰向けでいるミッターの姿。
「……」
 ハリウッド映画で主演を張れそうな、渋い顔立ちの禿げ頭は、敗北を受け容れても尚も鋭い眼光を放ち、固く口を結んでいる。
「見たか! オイラの必殺技! 直伝のF・Tキャノン!」
 ステージ中央で滞空しながら、すっかりいつもの調子に戻ったナギーブが、ガッツポーズをしてみせた。大歓声、拍手喝采、それらが傷だらけの新人に恍惚の表情をもたらした。
「すごいや! ミッターさんに勝つなんて! しかも空中戦! 初出場で!」
「ハンデあり、手加減ありの試合だったけどな」
 お膳立ては明らかであったとは言え、予想外の金星を得た新人アーティストに、レフとケヴィンも拍手を送っていた。

 

「どうだったか!? ジャイルズ先生!」
 先のライブにおける舞台であった、”大規模物理シュミレータールーム”に備え付けられたカメラの映像を、一挙に閲覧できる小さな部屋。
 ライブが終わり、散々調子こいたセリフを言って観客の注目を集めた後、ナギーブはジャイルズ先生と呼ぶ恩師が待機する、その部屋に全速ダッシュした。両手両足を大きく振り上げて疾走する独特なフォームは、擦れ違った一般客たちに「ロボット?」と思わせた。
「うんうん。よく観測されているよ。ナギーブ君の一挙一足が」
 優しく目を細めたまま、清涼感のある声を発したジャイルズは、何度も頷いている。
「ワオッ! オイラの大学のコンピューターかあちゃんもなかなかのモンだったけど、量も速度も段違いだ!」
 恩師が座る椅子の背もたれを掴むナギーブは、十も二十もあるスクリーンの数々を見上げて興奮している。
 カラテを演じたりビームを放ったりするナギーブを、余すことなく全方位から捉えた投倍速の映像。その一瞬、一瞬に生じた力学的エネルギーなどは、計測器から数値を抽出することにより、滝のように次から次へと流れ落ちる無数の数字として、多数のスクリーンに映し出されている。

「ありゃ? でもあのガソリン野郎にヒットさせたアタックのデータはナッシング?」
 兼ねてからナギーブとジャイルズは、黒曜石のような義手義足義翼を造るにあたり、名門大学にある設備を借りて、プラズマビームなどの火力テストを行っていた。幾度となく、防弾ガラスなどに向けて放ったビームの、破壊力などを観測していたが、あの“セルバーム総合工業試験センター”であるにも関わらず、ミッターの装甲の被害具合などのデータが抽出されない。
「何分、軍事機密だからね。データ抽出に制限がかけられたんだよ」
 ナギーブがカラテで立ち回っているシーンをコマ送りする為に、何やら妖しく光っている高性能キーボードをタイピングしながら、ジャイルズが説明した。
「ハッ!! ケツ穴ちっせーヤロウどもだぜ! なーにが軍事機密だ! 人類皆がハッピーになる為には、ハイテクをとにかく情報公開するべきだ!」
 スクリーンにはプラズマカラテチョップを食らった瞬間のミッターが映っており、ナギーブは拳を振り上げて言ってやった。
「軍事機密が機密じゃなかったら、テロリストや犯罪者に悪用されちゃうよ」
 ナギーブのパーソナリティーをよく知っている先生は、苦笑いしながら言い聞かせた。

「ばら撒かれちゃ困る技術なんか作っているからだろ! その点オイラの”ドラグーン=アームズ”はすげーよナ! なんてったって、この義手を六本くらい着ければ、誰でもオクトパスごっこができちまうんだぜ!」
 渾身のドヤ顔を浮かべるナギーブ=イード。
「いや、君のドラグーン=アームズも、かなり物騒な代物だけど」
「一部のワルどもだけが一人占めするから、戦争が起きちまうんだろ? オイラたちがボランティアで、全人類にアームズを支給すれば、問題ナッシングだぜ!」
「いやあ……それはそれで、一触即発の冷戦状態と言うか……」
 曲がりなりにも、超スーパーエリートの特待生であるナギーブなら、世間に”武器”をばら撒けば大変なことになるくらい分かるはず。だが、妙に子どもっぽく、時として焦燥感すら見て取れるその先走り。同門の学生、そして教授たちは、日夜ナギーブを宥めるのに手を焼いているのだ。

 
「ナギーブさん! ナギーブさん!!」
 分厚い扉を思いっきり叩きながら、BASのスタッフと思わしき青年の声が聞こえて来た。
「お客様が大勢いらっしゃいました!」
「待っていたぜ! イッツショータイム!」
 恩師が座る背もたれを、思いっ切り押した反動を利用して、ビュンと駆けだすナギーブ。
「忙しないなあ……」
 呆れたジャイルズは、分厚い扉を勢いよく開いたナギーブを尻目に見送った後、更なるナギーブの活躍の為、データ解析に専念するのであった。
「待っていたぜ! カワイコチャンたち!」
 シュミレータールームから出てきたナギーブは、予想以上に大勢いる観客たちにたちまち取り囲まれる。
「ワオ!? さすがのオイラも、ここまでモテるとは思わなかったナ!」

「本物のプラズマドラグーンって、どういう意味ですか!?」
 同じような意味合いの質問が、全方位からほぼ同時に飛んで来た。どうせなら、「おすすめのドライブルートはありますか!?」なんて質問をされたらハッピーだったのだが。
「オッケー! よくぞ聞いてくれたナ! あれは忘れもしない、オイラの7歳のバースデーパーティーのことで――」
 このような質問が飛んでくるのを、ナギーブは分かり切っていた為、予め用意していた口上を芝居がかった調子で述べてゆく。
「――つまり! オイラは先代のプラズマ=ドラグーンから、直々に新型アームズを譲り受け、独自に改造・発展させてきた代物なんだ!」
「マジで!?」
「すげぇ!」
「信じられない!」
「一体どうやって!?」
 これもまた、分かり切っていた反応だ。ほとんど予測通りの展開となったヒーローインタビューは、ほとんどリハーサル通りのセリフを口にするナギーブによって、ハイテンションに進行する。
「――要するにオイラは、先代が基金を設けた奨学金から、お金の代わりにプロトタイプを貰ったんだ! 粋な心意気だよな!」
「なんか昔ニュースで観たぞ、そういう話」
 ごく少数だが、少年時代のナギーブがニュースになったことを、憶えている観客がいたようだ。知らなかった観客たちも、おもむろに頷きながら事情を把握し、確かにプラズマ=ドラグーンの後継者であることに納得した。

「じゃあ僕も、プラズマ=ドラグーンから、新しい腕を貰えるの!?」
片腕のない少年が、手を繋いでいた母親ごと引っ張るようにして、群衆の前に躍り出る。絶対に来ると、ナギーブは予感していた。嫉妬の眼差しではなく、希望に満ちた輝きを灯しているのは、彼にとって幸いであった。
「おっと! 今すぐってのは難しい話だナ。さっきも言ったように、オイラは毎日カラテのトレーニングを積んで、毎回のテストでAをとっていたんだ。ヒーローになる為には、まず選抜試験に受からなきゃって話だ」
 多少ドキッとしたが、ナギーブにとっては想定の範囲内であった為、ここは持ち前の調子の良さと勢いで誤魔化す。
「えぇ~っ!? 僕だって、絵画コンテストで優秀賞とか取ったりしているのに!」
 例えばスーパーでお菓子を買って貰えなかったような、ごくありふれたような反応をする子ども。一見すると、微笑ましいかもしれない。だが、観客たちがたった一人の子どもに注目すると、途端に押し黙り、さっきまでの熱狂が嘘のようになった。

「……なーんてナ! オイラが言ったのは、昔の話サ! 今すぐってのはムリだけど、いずれはこのドラグーン=アームズをタダで配れる日がやって来る! ハッハー! イイネ! 一家に一式、ドラグーン=アームズ! お勉強なんかしなくたって、誰でもドラグーンになれるのサ!」
 思い切ってナギーブは、いつも以上におどけてみせた。そのちゃらんぽらんな言動は、下手すれば子どもの心に深い傷を負わせてしまうかもしれない。だからといって、ナギーブがしんみりしてしまったら、ここにいる全員が暗い顔で俯いてしまうだろう。
「本当!?」
 幸いにもこの子は純粋で、多少誇張が入ったナギーブの言葉を、簡単に信じてくれた。
「だぜ! いつかはナ!」
 そう言ってナギーブは、黒曜石の小指を立てて、屈みこむ。指切りげんまんだと理解した子どもは、ある方の手でそれに応じた。
「ぼくはエゴン! 約束だよ!」
「おう! 約束だ!」

 
「ヒーローインタビューはどうだった?」
 おおよそ数十分に渡る熱弁が終わり、シュミレータールームに帰還したナギーブに対して、無数のスクリーンを眺めたまま言葉を投げ掛けるジャイルズ先生。
「三代目の候補生が、また一人増えたぜ!」
 やはり、蒼白く発行する義手で、背もたれを掴みかかりながら返す。
「そうなんだね」
 三代目の候補生が増えること。ヒーローとして振る舞うことを、否応なしに要求されるナギーブにとって、それが時として大きなプレッシャーになることを、ジャイルズはよく知っていた。
「子どもなの?」
「だナ」
「へえ。受けは良さそうだった?」
「元ネタ知ってっかどうかは分からないけど、ドラグーンに憧れていたナ」
「良かった。現代っ子でも通用するデザインなんだね」
 ドラグーン=アームズの開発に携わった者の一人として、ジャイルズは鼻が高い。義肢装具士の第一人者としても。デザインよりも機能性重視の、一般的な筋電義手は、時として子どもに「ロボットみたいで怖い」と、抵抗感を感じさせてしまう問題点があるのだ。
「オイラがヒーローらしく活躍したおかげだナ!」
「そうかなあ? ふふ」
 ニヤニヤ笑うナギーブと、苦笑いを浮かべるジャイルズ。

「このハイテク義手が、普及品になればいいね」
 そう言いながら、巨大なキーボードを高速でタイピングしていくジャイルズ。
「だナ! クールな義手なら、子どもがいじめられることもなくなる!」
「本当にその辺、子どもたちは容赦ないからね。デザインと機能性、それに量産性、全てを取り揃えるのは本当に難しい」
 サイバー的な透明コップを持ち上げ、コーヒーを一口含んだ後に、ジャイルズが続ける。
「ましてや、発展途上地域にも通用するようなものは……」
 義肢装具士の権威でもあるジャイルズは、時に発展途上地域に赴いて、無償で義肢を寄付する為の活動をしている。実際に無償で義肢を提供したケースは、数えるほどしかないが、無償提供するための体制作りが難しいのだ。
『理不尽な人生を歩む子どもたちを、救ってあげたい』
 ジャイルズの口癖が、ナギーブの脳裏を過ぎる。とても恵まれた環境に身を置くラッキーマンであることを、ナギーブは自覚しているつもりだ。両親からは口酸っぱく、『お前は特別なんだから、人一倍頑張らないといけないんだぞ』と言われて育ってきた。ヒーローの魂たる義肢を受け継いでいながら、それを鼻にかけているだけでは、ドラグーンの面汚しだ。

「オイラが頑張ってデータ収集してやるからナ! 義肢装具士の第一人者、ジャイルズ先生!」
 側面から、恩師に対して義手を差し出したナギーブ。
「ふふ、期待しているよ。プラズマ=ドラグーン」
 和やかな笑みを浮かべるジャイルズ先生。彼にとっても、ナギーブはヒーローなのだ。

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