【超短編】お金にかえられないもの

自由、そして本当の家族を求めて自ら家出した、ストリートチルドレンのリーダー格、ロジータの物語です!
「アナタたちって可哀想。ワタシが幸せにしてあげる!」と迫る、芸能人やテレビ番組のスタッフたち。
ロジータの対応や如何に?


◆   ◆   ◆

 

 擬似都市ラ・ラウニ。競い合うように天に手を伸ばす、摩天楼の数々が、八方で繁茂する夕方のスラム街に影を差す。

 ストリートチルドレンが建てた、大小様々な掘っ立て小屋が密集し、野球場よりも広大な、凸凹屋根の一つの建物のよう。熱帯特有の生ぬるい風は、鉄さびや生ごみの臭いを運ぶ。

「アナタたちって可哀想。トリュフも食べずに死ぬなんて」

 迷宮のように入り組む、スラム街の道端で、毛皮のハーフスリーブを着た芸能人が言った。背後には、マイクやカメラを持った大人たち。テレビ番組の撮影中らしい。

「うん。家族・・全員の粥を手に入れる事すら難しいから……」

 深刻な顔で答えたのは、ストリートチルドレンのリーダー格、ロジータ。浅黒い肌に白髪パーマ。継ぎ接ぎだらけのワンピースドレスの、二つの巻き角を持つヤギ人間の少女。

「ねぇ、一つだけ願いが叶うなら、何がいい?」

 芸能人は、ニヤニヤしながらロジータに尋ねる。

「家族のために、立派なお墓を建ててあげたい」

 ロジータは、より一層悲壮感を滲ませる。

「じゃあ、ワタシがその願い叶えよっか?」

「えっ、今、なんて……!?」

 ロジータが目を潤ませると、他の大人らもニヤニヤした。

「リーダー! バカにされているのが分かんないの!?」

 愛らしい丸目をした、猿人間の少年が一人、叫びながら詰め寄った。ロジータの家族の一人、ピオロである。

「天国の家族も、こいつらからのお墓なんか……うわっ!」

 突如ロジータは、ピオロの顔面に鉛色の粉を投げつけた。物質を分解・再構築するメーションで、ジャンクを極限まで分解したものだ。それがピオロの顔に付着すると、蔦の形状へと再構築され、猿轡となってピオロの口を封じる。

「ワタシがアナタたちを幸せにしてあげる!」

 ピオロを余所にして、芸能人は嬉しそうに述べる。ロジータはというと、恥じる様子もなく涙を流した。

「ありがとう……お姉ちゃん!」

 その後ロジータは、墓のデザインを決めるからと言って、芸能人らと共に都市のレストランへと出発した。

 時間経過で、ピオロに絡み付く蔦が、粉々になって吹き散る。同時にチルドレンが駆け付け、大人たちにチヤホヤされて歩くロジータの背を、皆揃って遣る瀬無く見つめていた。

「そりゃ、何か寄付してくれるなら、僕も演技はするけど」

「アイツら金を寄越さねぇで、手紙や変な絵をくれやがる」

「ロジータ、バトル・アーティストになって変わったよね」

「金持ちになって、欲の皮が突っ張ったんじゃねーの?」

 ひとしきり口の中の粉を吐いた後、ピオロが語りだす。

「僕は自分の意思でストリートチルドレンになった。他人を蹴落とす方法ばかり勉強して、親と同じになりたくなかった」

 スラム街の道路に落ちる、都会のビルの長い影。その中にロジータは、足を踏み入れた。

「家族を養うためなら、喜んでプライドを捨てるけどさぁ。生き甲斐のない大人を介護するつもりは、さらさらないよ」

 

 それから数週間、立派な墓石が届く日になった。

 大人たちに先んじて、子どもたちは墓地スラムで待機していた。不満を飲み込めないピオロが、ロジータと言い争う。

「目を覚まして! ここを大人の溜まり場にするつもり!?」

「溜まり場でいいんじゃない? お供え物とかくすねるし」

「ムダだね! どうせ今から来るヤツらと同類の、食えも売れもしない物しか寄越さない、大人しか訪れない!」

「そこをアピール材料にしちゃってさ……あっ、来た!」

 ロジータは、墓石を載せたトラックや高級車の列を認めると、すぐさま走り出した。車から降りた芸能人の胸に飛びつき、嬉し涙まで流している。やはり大人たちはニヤニヤ顔。

(ロジータ……見損なったよ)

 ピオロは小石を蹴り飛ばし、それ以上何も言わなかった。

 重機によって、墓地の中央にある網目の台の上に、墓石が運ばれる。ロジータの注文により、墓石は集団のものとしてはあまりに小さく、要所に宝石が埋め込まれている。

 「せめて、天国では宝石を持ってお出かけできればって思ってさ」とはロジータの弁。そして墓石にはデカデカと、芸能人やテレビ番組の名前と、メッセージが彫られている。

(いつからそんな、上っ面な人間になったんだよ……!)

 遠巻きに眺めるピオロは、無言で墓石を睨み続けている。彼の近くに立つチルドレンも、同様に不快を露わにしていた。

「嬉しいでしょ、ロジータちゃん」

 墓石の設置が終わると、芸能人は演技風な拍手をした。周囲の大人たちも、口笛などを響かせてパーティー気分。

「こんな治安の悪い場所で、宝石を外に放置したら、絶対盗まれるケド……ロジータちゃんが対策するんでしょ?」

 ロジータは両手を腰に当て、「フフン」と胸を張った。

「どうやって、ワタシのお墓を守ってくれるのかな?」

「それはね……こうしちゃったりして!」

 

 ロジータは墓石に手を当てた。すると、砂の城が崩れるかのように、墓石が粉々になるまで分解された!

「エッ、エッ、エッ!?」

 芸能人は慌てふためき、両手をわたわた振り回す。ヘラヘラ笑っていた他の大人たちもどよめいた。宝石だった粉の山は、台の網目を通り抜けて下に落ちてゆく。

「ほ、宝石が! 宝石が下に!」

 芸能人が絶叫して、網目越しに台を下を確認すると……。

「今だ! 粉をバケツに詰めて、外に運び出せ!」

「うわっ、結構重い……」

 台の真下に掘られたトンネル内で、大勢のチルドレンがバケツリレーで、分解された墓石、宝石を回収していたのだ。

「アイツら、アレを売っぱらうつもりだ!」

 誰かがそう叫ぶと、番組スタッフたちは散り散りになって走りだす。トンネルの入り口を探し回るが、見つからない。

(いつの間に、みんなでトンネル掘ってたの……?)

 ピオロをはじめ、地上のチルドレンは呆然と立ち尽くす。

「ありがとねー。分解しやすい高級品を寄付してくれてさ」

 ロジータは勝ち誇ったような笑顔を見せた。

「ヒドイ! ワタシたちの優しさを踏み躙るなんて!」

 両膝をつく芸能人は、顔を真っ赤にして抗議する。

「本気で優しくしたいなら、さっさとお金を恵むべきだと思うなー。でも結果的にそうなって良かったじゃん。ヒヒヒ!」

「アナタたちって可哀想。お金の事しか頭にないなんて」

「愛されたいのにムダなことしちゃう、可哀想なあんたには、家族のためにプライドを捨てる事は理解できないだろうね」

 ロジータは芸能人が着る毛皮のハーフスリーブを掴んだ。芸能人が怯んだ刹那、その服が分解されて粉々になる!

「やりぃ! 今夜は皆で子豚の丸焼きレチョン!」

 金になる粉が、ロジータが持つ皮袋に吸引される。

 上半身がブラジャー一枚となった芸能人は、隠すように身体を丸め、すすり泣く。だが番組スタッフたちは、盗まれた宝の粉を取り返すのに必死だ。誰も助けてくれない。

「リーダー……なんで言ってくれなかったの?」

 芸能人に背を向けたロジータに、ピオロは半目で尋ねた。

「あんた融通利かないから、大人に口を滑らしそうだし」

「なっ……! 僕は純粋に、家族を想ってだな!」

「ごめんごめん。特別にハロハロ奢っちゃうから許して」

 ――大人に追い回されつつも、バケツを持って逃げ回るチルドレンの、鬼ごっこで遊ぶように楽しげな声が響き渡る。

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