【超短編】ユメいっぱいのクリーナー

 昔大人気だったアニメキャラ、”麻綾”のアイテムをコーデしてコスプレするフラン。
 すると、ホンモノの麻綾が現実世界にやって来た。
 会えて嬉しいとはしゃぐフランだが、麻綾は何故か見たことないほど暗い表情で……。

 

「フランね、ストレスクリーナー麻綾まあやのハンドクリーナーを買ったの~! ハイテク魔法少女のコスプレのために~!」
 リサイクルショップから出た瞬間、偶然鉢合わせた知り合いたちに、フランは説明した。
「そのキャラ、もう古過ぎない?」
 知り合いの一人が、半笑いと共に言う。
「だって、現代社会の闇をお星さまにして浄化するユメカワ感は、麻綾ちゃんにしか出せないもん!」
「オタクが好きそうなものを寄せ集めただけでしょ」
「ってか、そのキャラの信者ヤバい奴ばかりじゃ……」
 二人から言われたフランは、ムッと頬を膨らませる。
「フランのことだから、奇を衒って目立ちたいんでしょーよ」
 そう言い残した人を先頭にして、グループたちは笑いながら去ってゆく。あっかんべーするフラン。
「いいも~ん! フランだけで麻綾ちゃん独り占めするし!」

 
 夜になると、フランは高級ホテルの一室にてし変身コスプレしていた。古着や中古電化の一部を組み合わせた、フランオリジナルの衣装を着て、片手に掲げるのは麻綾のクリーナー。
「今までなんか足りないと思ってたけども、麻綾ちゃんのおかげで納得いくコーデができちゃった~!」
 ゴキゲンなフランは、鏡の前で自撮りに夢中だ。
「――あなたが、私を呼んだの?」
 いきなり聞こえた声に、ビクッと振り返る。立っていたのは、フリルは大量なのに露出度の高い服を着た女の子。
「麻綾ちゃん!? ウソでしょ!? ホンモノ!?」
 オバケのように現れた少女は、恐るおそる頷く。
「やった~! うれし~! どうしてここに~!?」
 麻綾の両手を握って、その場スキップを始めるフラン。
「どうしてなのか分からないけど……なんで私なんかを?」
 麻綾が申し訳なさそうな顔をしたので、フランは一瞬硬直した。アニメやイラストでは、明るい笑顔を絶やさないのに。
「だって麻綾ちゃんじゃなきゃ、ハイテクなユメカワ感出せなかったから~!」
 握った手を上下にブンブン振りながら、フランは答える。
「そう、なんだ……」
 暗い顔で言った彼女は、本当に麻綾なのだろうか? フランは物言わない彼女を、じーっと見つめながらお願いする。
「あのね、フランね、このコスプレでやりたいことがあるの」

 
 午前0時。二人は都会で一番高いビルの屋上に立っていた。二つのクリーナーには、真っ黒な煙が詰まっている。これは道中人々から吸引したストレス、いわば現代社会の闇だ。
「やっぱり誰かのコスプレする時は、ココロもソックリさんにならなきゃ~! いっぱいご奉仕できて、フラン幸せ~!」
 フランは手足をバタバタさせてはしゃいでいる。麻綾は離れた所で俯き、何も言わずにいる。
「ね! お星さま咲かせるトコ、フランに見せて!」
 麻綾は上目遣いでフランを見た。数秒間押し黙り、フランがきょとんとする。やがて本物・・のクリーナーを掲げると――。
「この闇に光を灯して――おやすみなさい」
 いつもの呪文を唱え、クリーナーから断続的に黒煙が吐き出される。星一つない闇に昇るそれは、徐々にパステルカラーへと浄化されて、頂点に達すると花火となって舞い散る。
「やっぱ生で観るとすご~い! フランも一緒にやる!」
 フランは麻綾の隣に立つと、真似して模造のクリーナーを掲げ、闇を吐き出す。空いた方の手に自撮り棒を握って。
「二人の写真撮って、あとでSNSに載せるね~!」
「……やっぱりそれが目的?」
 フランがそう言うと、麻綾は生気の失せた顔で呟いた。
「あっ、ゴメン。イヤだった?」
 フランが自撮り棒をしまうと、麻綾は呆然とした。
「えっ……撮らなくていいの?」
「だって、悲しそうな顔するから、よすべきかな~って」
 突然、麻綾の頬に一筋の涙が伝う。
「わ~っ!? ゴメン! キミがキライになったワケじゃ!」
「違うの。私、いつもムリヤリされてばっかりだったから」
 闇夜で花火が咲く度に、両手から零れ落ちる涙を照らす。
「断っても誰も聞いてくれなかったのに、それなのに……。私のこと、心の底から好きになってくれる人、初めて」
「……にゃんで? キミの絵やグッズ、イッパイあるじゃん」
 困惑したフランは、ポカンと口を開いている。

「私は人気者じゃなかった。ただ、道具にされただけ」
 腕で涙を拭った麻綾は、フランの目を真っすぐ見る。
「人気欲しさに私の服を着たり、イラストを描いたりする人ばっかりだったの。まあ私自身、『本当に私のこと好きなら、出るまで貢いでくれるよね!』なんて言わされてたし……しょうがないよね。踏み台扱いにされても」
 フランは真剣な面持ちで、麻綾の話を聞いている。
「闇を浄化する魔法なんて、私にはできないの。できるのは、何でも私に見えちゃって、私のこと以外はどうでもよくなる催眠術だけ」
「……ワタシ、上辺だけ変身するヒトが大っ嫌い。平気で街中にゴミを捨てるし、関係ないヒトに迷惑掛けやがる。媚びるしかないヤツらばっか。麻綾ちゃんのことも知らないで。ワタシが変身したいヒトが、アイツらのせいで嫌われるんだ」
 フランは毒を吐いた。一瞬、パステルカラーの花火の紫が色濃くなる。
「フランはね、中身までヘンシンしたいの。麻綾ちゃんの、人助けを進んでやるボランティア精神とか。麻綾ちゃんがデビューした時から、ずうっと」
 麻綾の目に光が灯った。フラリと前のめりに倒れた彼女を、フランは胸で受け止める。グスリと、麻綾が泣いていることが間近で聴き取れた。フランは何も言わず、麻綾の頭を抱く。
 吐き出された黒煙の全てが、夜空でユメ色の星々となった。パステルカラーの残滓が、都会の一番高い所に降り注ぐ。

 
 ――午前0時。高級ホテルの一室にて、フランは横たわっていた。ふかふかのベッドの上で、ハイテク魔法少女のコスプレをしたまま、両目を瞑ってユメ心地で。
「とっても嬉しかったよ」
 フランではない、少女の声が聴こえた。室内には、フラン以外に誰もいないにも関わらず。
「また、ユメの世界で、ね」
 眠っているフランが握る、ハンドクリーナーの口から、パステルカラーのモヤモヤが出て行った。それは窓の隙間からすり抜け、夜空にふんわり昇ってゆく――。

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