【超短編】冥王の注入大・作・戦!

 冥府を統べる王として威厳を保つ為、オカマのインキュバスアクシャヤは、変装してバーでしっぽり呑んでいた。
 食糧問題や移民政策に苦悶する日々に、何度もため息をつく。
 帰り際、夜道に女性を襲う吸血鬼が現れると聞き……。


◆   ◆   ◆

 

「マスター、いつものヤツ、お願いね」
 エキゾチックな像や絨毯を、妖しくもひっそりとした照明が彩る、こじんまりとしたカウンターバーの中。パーマをかけた銀髪セミショートで、妖艶な民族衣装サリーに身を包む、頭から双角が生えた女性が、頬杖をついてため息一つ。
「アンタほどの美女が、こんな良い夜に一人かい?」
 馴染みのマスターは挨拶代わりにからかいながら、カルーア・ミルクを置く。他に客はいない。美女と二人きりだ。ちなみにマスターは顔が髑髏で、リストラされた元死神。
「そうよ。しっぽり呑んで、ガス抜きしたくてねえ」
「なんだ? 愚痴くらいなら聞いてやるぜ。暇だしよ」
「……お気持ちだけ頂いとくわ。ありがとう」
 断られることを知っていたマスターは、「フッ」と笑った。
 彼女の正体はアクシャヤ。女装したオカマのインキュバス。この小さな冥府を治める王であり、食糧不足や移民政策と日々格闘している。民の為に私財を投げ打ったのは有名とは言え、自身が貧乏とは思わせたくない、そして弱みは見せたくないという理由で、わざわざ変装して一人呑みするのだ。
 彼女――彼がここで呑むときは、押し黙ったままチビチビ呑んで、時たま「ハァ……」とため息をつくものと決まっている。暇なマスターは、ヨットに関する本を読んでいる。

 
 一、二時間を過ぎ、四杯くらいのカクテルを飲み干せば、大体帰りどきだ。美女・・が無言で立ち上がる。
「知ってるか? 最近出るらしいぜ。この辺で吸血鬼が」
 マスターは見計らったように、領収書を書きながら言った。
「夜道を一人で歩く女に、後ろから抱きついて、ガブリとな」
「あらやだ。怖がらせないでよねえ」
 酩酊一歩手前の美女は、懐から財布を取り出した。
「怖がらせたくて言ったんだ。アンタも襲われんなよ」
 からかいながら代金を受け取るマスター。
「まったく、今この冥府が食糧不足だってのは分かるが、ヒト様の血を――よりによってか弱い女を狙うとは情けねえ話だ。また冥王のため息が増えちまう」
「食糧不足だからこそ……ねえ。ワケありかもしれないわよ。配給された血を隠し子に与えて、彼自身の分が足りないとか」
 グラリと来たのか、美女はそう言いながら座り直した。
「危機感ねぇな。次はアンタかもしれねぇぞ」
「やだねえ。衣食足りて礼節を知る。地上の世界の、そのまた隣の世界にある、中国のお偉いさんはそう言ったわ」
 マスターは両手の手のひらを上に向ける。
「この冥府には、色んな所からアンデッドが来るんですもの。カルチャーショックも日常茶飯事だわ。まずは話し合ってみないと。彼の育った村は、夜這いの風習があったかもねえ?」
「甘やかし過ぎると、冥府が乗っ取られちまうぜ?」
「閉鎖的な社会は、今の時代取り残されるわ。冥王さまも言っているじゃないの。新しい何かが生まれるチャンスだって」
「けどよ、犯罪が増えるのはゴメンだぜ」
 美女はカウンターに手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
「私の方から、冥王さまに進言してみるわ。きっと何とかしてくれるから」
 そう言い残し、今度こそバーを後にした。
「フッ……きっとなんとか、ねぇ」
 片手を腰に当てて、マスターの一人言。
「ま、あの女に任せておけば一安心だな」

 

 大小様々な墓石や、石棺が立ち並ぶ地帯を歩く美女。冥府における住宅街で、入り組んだ様相は路地裏と言った所か。
(この辺りがきな臭いわねえ)
 物陰に注意を払いながら歩く。ふと、不自然にも道のど真ん中に、財布が落ちているのを目にした。
(あらあら。後でおまわりさんに届けないと)
 そう思いながら財布を拾った瞬間。ゴミ箱の中から何かが飛び出してきて、アクシャヤを羽交い締めにした!
「うへへへへへへ……」
 男の声だ。噂の吸血鬼に違いない。餌を前にした犬のように息巻く彼は、一切抵抗しないアクシャヤを壁に押し付ける。
「やったわあ! 求められちゃうなんて、嬉しいわあ!」
 などと、自惚れ甚だしいことを言ってのける美女。
「お前マゾかよぉ!?」
 呆気に取られる吸血鬼。大抵の女性は、必死に暴れるのに。
「だって、アナタの御眼鏡に適うくらい、アタシは魅力的って証よねえ? か弱い女の子だけを襲う、吸血鬼さん」
 振り向いた美女は、熱っぽい視線を吸血鬼に送る。
「ちぃっと違うなぁ。オレは女なら、分け隔てなく襲う!」
「あらやだ! 紳士の仮面を被った野獣さん?」
「サラサラ血液じゃねぇとゲロ吐いちまうんだよ! ヘモグロビンの濃度の違いかもな。そりゃあ、冥王さまから献血パックが配給されるが、それが濃度の低い血液とは限らねぇし」
 馬鹿にされている気がして、怒った吸血鬼は饒舌になる。
「文句言ったら偽善者どもが、『贅沢だ!』と扱き下ろしやる! だからこうして、ヘモグロビンが少ない傾向にある、女の血液を吸ってんだ。人助けと思ってくれよ。なぁ?」
 吸血鬼はじわじわと、美女のうなじに口を近づける。

 
「もう。言ってくれたら、特別サービスしてあげたのに」
 美女がため息を吐いた瞬間、身体が砂で覆われた。胸や臀部のふくらみが、流砂のように崩れ去る。「おわっ!?」と吸血鬼は美女から離れ、腰が抜けてしまってへたり込む。
「えっ、えっ……!?」
 やがて全ての砂が流れ落ちると、現れたのは美女ではなく冥王。厚い胸板、尖った悪魔の双角、ダンサーのような筋肉質体型。妖艶な笑みを湛え、慈愛に満ちた目で見下ろす。
「冥王さま!? いや、その、これには訳が!」
 吸血鬼は恐れ戦き、両手で後ろに身体を引きずる。
「今夜のコトは、他のミンナには内緒にしてアゲるわ。アタシが精気を注いでアゲるから、もうバカなマネはよしなさい」
 インキュバス特有の、精気を他者に分け与える能力を頼りにされて、アクシャヤの一族は冥府を治めてきた。自身と同じ能力を持つ、地区担当のインキュバスたちを中継点とし、民らに食糧を配給するのは、冥府の誰もが知っている。
「ま、待て! オレは男の血液って言うか、ドロドロの血液に対しては拒絶反応を起こしちまいやす!」
 半分は事実だが、吸血鬼が死の物狂いで拒絶するのは、アクシャヤの食糧注入手段のせいだ。このオカマのインキュバスは、効率が良いからという理由で、口と口をくっつけ、直接体内に精気を流し込む!
「大丈夫よ。私はサキュバスにも変身できるタイプのインキュバスだから。サラサラのモノを注・入! してあげるわあ!」
 アクシャヤは舌なめずりしながら言った。「ひぃっ!!」と吸血鬼は立ち上がり、転びそうな勢いで走り出す。その行く手を阻むように、手を壁に押し付ける冥王。壁ドンだ。
「アカン!!!」
 恐怖で引き攣った吸血鬼の顔を、アクシャヤは慈しむように覗き込んだ。アクシャヤはじわじわと、吸血鬼の唇に口を近づける。
「アタシが一肌脱いで、ア・ゲ・ル!」
「アッーーー!!!」

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