Sublimation of My Heart Part2

 ブルーノは本日、昔馴染みにして同じバトル・アーティストである、マルツィオ=バッサーノに会うつもりだった。マルツィオと共に、ドーム内にあるトレーニングルームで、実戦形式の練習をする約束を交わしていたのだ。
 ドームの一画にある休憩所が、待ち合わせ場所だった。しかし時間になっても、その場にいるのは、蝙蝠の鉤爪のように細い指で携帯電話を持ち、ベンチに座っているブルーノのみ。後は、観戦したいライブのためにアリーナへ向かう人や、小腹を満たすためにフードコートに行き来したり、高級デパートさながらの品ぞろえに魅了されてショッピングを楽しもうとする人が、ブルーノの目の前を通り過ぎてゆく。平日の昼間だというのに、人は結構多いようだ。
(マルツィオめ、寝坊したんだな。どうせ髪と背ビレを整えているんだろうけど。まったく、毎朝30分、女にモテるための努力を続けられること自体は、本当に尊敬するよ)
 メールの返信内容を見て、ブルーノは呆れたようにため息をついた。

「あの、ごめんなさい。ブルーノさんですよね?」
 携帯電話の画面から顔を上げたブルーノの前には、背中に両手を隠した少女が立っていた。水玉模様のワンピースを着ていて、黒ストッキングに黒ハイヒール。ハイヒールの分を除けば身長が低く、肌は薄めの小麦色で、頬と鼻の上にはそばかす、髪型は赤の姫カットだ。赤い鱗の尻尾を持つ彼女は、蜥蜴から進化を重ねてきた人間なのだろうか。
「そうだけど、君は?」
 ブルーノは、明らかに年下と思わしき少女を黙って見上げた。
「私、ドロテア=ギンザーニと言います。こう見えても、バトル・アーティストです。あまり有名じゃありませんけど……」
 ドロテアと名乗った少女は、顔を強ばらせている。
「敬語じゃなくていいよ。それに、そんなに怖がらなくても……あぁ、バイストフィリアが言うセリフじゃないか」
 自虐ネタを言って穏やかに笑うと、ドロテアもぎこちない微笑みを浮かべてくれた。
「その、良かったらサインをくれ、る?」
 そう言ってドロテアは、背中に隠していた色紙とサインペンをブルーノに差し出す。
「へぇ? 僕のサイン? 女が痛めつけて悦ぶような奴のサインを?」
 若干驚いたブルーノと対照的に、上機嫌になるドロテア。
「はい! 女の子を痛めつけたいというブルーノさんの気持ち、何となく分かるんです!」
(出会って早々、かなりヘビィな話題を繰り出す子だなぁ……)
 ブルーノが差し出された色紙とサインペンを受けとらず、怯えて硬直したままだったので、ドロテアの表情は急に曇る。
「あ、あの、もしかして女の子と話すの、嫌いだったりします? 女の子の泣く姿を観るのが大好きってくらいですし……」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「じゃあもしかして、嫌なことがあって具合がストレスが溜まっているんですか? だったら、どうぞ私の顔を殴ってください! それで気持ちが晴れるなら!」
「いや、いいっていいって! そんなことをしないで済むようにアーティストになったんだし!」
 ブルーノは慌てて色紙とサインペンと取り上げ、なるべく速く自分の名前をサインした。
「ヘンなことを言ってごめんなさい……。私、考えながら話すのが苦手で、ついつい人のデリケートな所に触れちゃうんです」
「気にしなくてもいいよ。さぁ、これでいいかな?」
 申し訳なさそうに俯いているドロテアに、両手で色紙とサインペンを差し出すブルーノ。
「はい! どうもありがとうございます!」
 元気よく挨拶したドロテアは、受け取った色紙とサインペンを、それをメーションで消失させた。ドロテアが念じれば、いつでもどこでも、再びブルーノのサインは現れる。このように、何もない所から物体を現したり、消失させたりするメーションを使える人間は、自転車を乗りこなせる人間と同じ数だけレイラに存在する。便利なメーションだが、ファッションのためにあえてバッグを使う女の子も多いし、メーションを使った方が逆に疲れるという肉体自慢の人もいる。

 困惑気味のブルーノの目の前で、ドロテアは背筋を伸ばし、すぅと息を吸ってからゆっくり喋る。
「ブルーノさん。私、昔はいじめられっ子だったんです。私がアーティストになったきっかけは、いじめっ子たちを見返してやろうと思ったからです。だから、女の子を痛めつけたいというブルーノさんは、もしかしたら過去に酷い目に遭ったんじゃないかって。その……口下手なので、大したことは言えませんが……だから、頑張ってください!」
「そ、そっか……。うん。どうもありがとう」
 話すのが下手なドロテアのカミングアウトに、困惑気味のブルーノであったが、応援されたことは素直に嬉しかった。ブルーノはわざわざ立ち上がって、頭を深々と下げる。予想以上の丁寧さに驚いたドロテアも、上目遣いで様子を伺いながら、丁寧にお辞儀をするのであった。
「こんな僕を、一人前の人間として尊敬してくれるなんて」
 ブルーノが呟くと、ドロテアは話す言葉に迷って俯きがちになる。
「あぁ、ごめん。君の前で言う台詞じゃなかったね。素直に嬉しいんだよ。嫌われる覚悟でこの仕事を始めて、今となってはブーイングがある意味で快感に思えるように、悪役として成長したけど、さ……」
「……口下手で、何も言えなくてごめんなさい」
「いやいや。口下手だからこそ、勇気を振り絞って話しかけて貰えて、本当に嬉しいよ」

「ワリィ! ワックス切らしたから、一度買ってきてから髪整えてたんだ、って……女の子!?」
 走って来て、二人の間に入ったと思ったら、ドロテアを見て驚き、ブルーノを見て更に驚く。この落ち着きのない金髪ウェーブの男こそが、マルツィオ=バッサーノだ。
 容姿のことを詳しく言うと、肌は浅黒く、弛まぬ筋トレの成果で身体つきはがっしりしており、くどいが憎めない顔つきをしている。衣類は派手なタンクトップとダメージジーンズ、アクセサリーは攻撃的なネックレス。そして、水色のヒレが背骨に沿うように生えている。きっと、祖先が魚だったことの名残だろう。首の近く以外はタンクトップで隠れているが。あえて言うなら、サーフ系ファッションに近いだろうか。実際、マルツィオの趣味はサーフィンなのだが。
「なになに、この娘オマエのファン? やるじゃん!」
 興奮した様子のマルツィオは、ドロテアをあちこちの角度から観察し始めた。
「そ、そうなんですよ! 私、ブルーノさんの大ファンなんです!」
 マルツィオのテンションに便乗するように、ドロテアも背伸びをしながら言った。
「そうだよ、マルツィオ。じゃあ、これから模擬戦をするから、僕たちは行くよ。応援してくれて、本当にありがとう、ドロテア」
 ブルーノは、改めてドロテアに頭を下げると、マルツィオに先駆けてトレーニングルームに続く通路を歩いていった。
「頑張ってくださいね!」
 人混みでブルーノが見えなくなる前に、ドロテアが手を振ってくれた。

「オレ、マルツィオ=バッサーノ。アイツのダチだから、お近づきになりたいなら根回ししてやるぜ!」
 などと言いつつ、実際は自分がドロテアにお近づきになろうと考えているマルツィオ。
「あ、はい……」
 だが、ブルーノの時とは違い、引いたような、冷めたような、とにかく愉快ではなさそうにドロテアは視線を逸らした。見知らぬ男にこう接近されたら、ネガティブな性格のドロテアじゃなくてもきっとこうなる。
「今の内にメルアドでも交換しとくか? アイツに取り入るスキがあったら、逐一オレが知らせてやるぜ!」
「それはちょっと……」
 マルツィオが一歩迫ると、ドロテアも一歩距離をとる。
「早く行こう、マルツィオ! とっくに予約した時間を過ぎているんだから!」
 人混みの中からわざわざ戻ってきて、ブルーノがマルツィオを非難した。
「おっと、ワリィ! また今度な! オレで良かったら、いつでも相談に乗ってやるぜ」
「わ、分かりました……」
 素っ気ない返答を手応えのなさを引きずることもなく、マルツィオはブルーノの横に並んだ。
「後で詳しく聞かせてもらうからな!」
 そう言って、ブルーノの背中をいたずらに叩くマルツィオ。二人が並んだまま、今度こそ人混みの中に消えてゆくまで、ドロテアはじっと見送っていた。

 楽しそうに行き来する人々に遮られ、ブルーノたちが見えなくなったところで、ドロテアはゆるりと反転する。と、自動販売機に半身を隠しながら、こちらを見てくる少女と目が合った。
 華奢で手足が細く、少女漫画のように細く薄幸な瞳をもつ、やや蒼白い肌の少女。赤基調、白フリルの、ロココ風で華麗なドレスを纏い、おでこをみせるミルクティー色のロングヘアの上に、可憐なボンネットを被っている。現代社会の日常で、これを着るなんて珍しい。
「な、なによ……?」
 ドロテアは思わず足を止めて、困ったように呟いた。ブルーノに告白した通り、元々いじめられていた経験があるから、黙ってこちらを見られていたら、いじめるための口実を探られているような気分になる。ドロテアが睨みつけてしまうのも無理はない。
 ――どうもこの少女が放つ雰囲気には、『生気』が乏しい。更に言うと、身体の造形が出来過ぎて、まるで作り物のようだ。等身大の人形に、メーションで生命を吹き込むという技術があることは、それとなくレイラ中に流布しているが、もしや……。
「ひぃ……! な、なんでもないです」
 ロココの少女は怖気づいたのか、ドロテアに背を向け、一目散に駆けだした。何度も通行人たちとぶつかりそうになってはよろけ、やがてショッピングエリアに群がる人々の中へと消えて行った。
(変な噂広められないといいけど……。前に好きな人ができた時、体育館の裏に呼び出して告白したら、時代遅れって言われて、散々からかわれたから……。私の今のやり方、とても普通だったわよね? 言葉遣いも、今時の女の子っぽかったよね?)
 いじめられる原因を僅かでも見せたくないドロテアは、ブルーノが座っていたベンチに座り込み、憑りつかれたように考え込むのであった。
(ブ、ブルーノ様と、ご友人の顔、目に内蔵した小型カメラで、しっかり撮れたかな?)
 ドームの外に出たロココの少女は、道のど真ん中で立ち止まり、考え込む。
(……どのアーティストも、個性的で、楽しそうな人たちだな。屋敷の外はつまらない人間で溢れ返っているって、いつも教えられたけど……)

 

 数多くあるトレーニングルームは、カラオケボックスのように扉が並ぶ通路に面した所にあり、それぞれの室内は小さな体育館のようになってある。部屋の中央にある模擬戦用のステージは、ブルーノとカリナが戦った時のような『スタンダード』だったり、岩が点在し銃撃戦に適した『岩の荒野』だったり、バイオレンスなライブが展開される『金網デスマッチ』だったりと、部屋ごとに様々だ。

 今回借用する部屋は、文字通り標準的なステージである、『スタンダード』がある部屋だ。普段着からライブ用のコスチュームに着替えた二人は、ステージに上がるなり戦闘を始めていた。長時間ステージの上に立つと、健康を害するし、部屋を借りられる時間は決まっている。のんびりとしている暇はない。
 血糊のついた趣味の悪い燕尾服を着るのがブルーノ。マルツィオは、肉体美を見せつけるかのように、裸体の上にデニムシャツを羽織っている。下半身には、白黒のサーフパンツ。そして、攻撃的なネックレス。趣味がサーフィンである、マルツィオらしいコスチュームだ。
 さて、ブルーノは、遠距離にいるマルツィオ目掛けて、掌から強酸性の血液を何度も発射している。だがマルツィオが持つ大盾は、その全てを受け止めることができる。
 『シーケーワン』。表面に無数の棘が付いた、円形型の大盾の名前だ。この盾はマジックミラーのようになっており、陰に隠れながら外側の様子を視認することができる。マルツィオが、様々な角度から飛来する血液を、盾に隠れたまま完璧に防ぎきってみせるのは、この性質のおかげだ。反面、外側からはマルツィオの様子は見えず、代わりに鏡像が見える。このため、微妙にマルツィオの位置を視認しづらい。
「なんだ? もう終わりかよ?」
 ブルーノの目からマルツィオの顔は見えないが、盾の陰でニヤニヤしていることは、長い付き合いだから安易に分かる。
「……他の方法を考えているんだ」
 やや強い口調で返答するブルーノだが、100メートルを全力疾走したかのように、せわしなく息をしている。
「ノンキだなー、オイ」
 そう言うや否や、マルツィオは盾を携えない方の手で握り締めた拳銃で、マルツィオで射撃した。咄嗟にブルーノはメーションによって、正面に強酸性の血液の壁を展開させて銃弾を防ぐ。一瞬にして銃弾は溶けたが、マルツィオが次から次へと銃弾を撃ってくるので、血液の壁を消失させる暇ができない。
(これを維持するの、結構疲れるんだよなぁ!)
 歯を食いしばって、血液の壁のイメージを絶やさないことに集中するブルーノは、射撃しながら間合いを詰めてくるマルツィオへの対処ができなかった。
「スキありぃ!」
 十分に接近したマルツィオがニヤリと笑うと、ブルーノの側頭部目掛けて、素早く拳銃を突きつけようとした。これは、『サムライライト』と呼ばれる拳銃そのもので殴るつもりではなく、銃身下部に取り付けたスタンロッドで、ブルーノを感電させようとしているのだ。
 ブルーノは、ついいつものクセで、掌から突き出した血塗れの針で、マルツィオの腕を刺してしまった。スタンロッドはブルーノの側頭部すれすれで止まったが、マルツィオは痛みをものともせず引き金を引いた。
「しまった!」
 ブルーノが叫んでも時すでに遅し、放たれた銃弾が頭部を貫通。蝙蝠の翼にまで穴が空いてしまった。想像を絶する痛みを感じたわけではないが、ブルーノは片膝を突いて崩れ落ち、マルツィオの腕を貫いた血塗れの針も、血液の壁も、集中力が途切れたせいで霧消する。

「ヘヘヘ、やっちまったな!」
 マルツィオは律儀にも、ブルーノの銃創が癒えるまで待つつもりでいる。
「相変わらずの『ステージのナンパ師』っぷりだなぁ……。ゆっくりと相手に近づいて、ここぞとばかりに痺れる一撃。何とかなりそうだと思っている内に、いつもやられてしまうよ」
 射抜かれた側頭部を押さえながら、上目遣いでブルーノが言う。
「ハハハ! 女を口説くときのテクニックを、応用したようなもんだしな。死角を利用するのはオレの十八番。オマエが女だったら、今ごろ骨抜きになってるぜ」
 呑気に笑うマルツィオ。
「そういうタイプの『もしも』は、やめてくれないかなぁ? 想像すると気分が悪い……」
 ブルーノが目を見開いて訴える。
「女嫌いなバイストフィリアだったら、ワンチャン男と付き合うのもアリかもしれねーぜ」
「やめて! 僕はそういうキャラで売るアーティストじゃないから!」
 と、ここで終了時刻が迫っていることを知らせるブザーが、室内に響いた。救急車や消防車のサイレンのような、けたたましく不愉快な音だ。
「ヤッベ、もうそんな時間か! 早くステージから降りねーと、ぶっ倒れちまうぞ! 傷はもう大丈夫か、ブルーノ?」
 マルツィオは、拳銃と盾をメーションによって消失させてから、ブルーノに手を差し伸べた。
「あぁ、もう大丈夫だ。ありがとう、マルツィオ」
 マルツィオの手を借りて、立ち上がったブルーノは、側頭部の銃創も、蝙蝠の翼の風穴も、元通りになっていた。ステージから降りた二人は、依然けたましいブザーが鳴り響くトレーニングルームを後にした。

 

「で、あのトカゲちゃんは誰よ?」
 二人しかいないロッカールームでのこと。デニムシャツを脱ぎ、上半身に派手なタンクトップを通しながら、マルツィオがブルーノに尋ねた。
「ドロテアのこと? 僕のファンだと言っていたけど……」
 落ち着いた色のカーディガンとズボンに着替えていたブルーノは、悪趣味な燕尾服を畳む手をとめて答えた。
「ほーれみろ! オレが言った通りっしょ! 危険な香りが漂う男に、女は惹かれるもんなんだって! 約束通り、オレにアクアパッツァ(イタリアの魚料理のこと)奢れよ!」
 だいぶ前に交わした賭け事に勝ったことによるのか、それとも知人の男女関係を聴き漁るのが趣味と言うことによるのか、マルツィオはニヤニヤ顔でブルーノを指差した。
「うん。まあ、確かに僕に共感しているとは言っていたね」
 若干弾むような口調でブルーノが言うと、燕尾服を畳み始めるのであった。
「どうよ!? 行っちゃう!? 行っちゃう!?」
「半日も経ってないのに、気が早すぎるって!」
 目を丸くしてブルーノが返す。
「バカ野郎オマエ! こういうのは、熱が冷めないうちに行くモンなの!」
 ふざけた調子でマルツィオが言うと、今度はダメージジーンズを一気に下半身に通した。
「でも、あんまりがっつきすぎると迷惑じゃ……。最近思うんだ。やっぱり僕は、現実世界にも不快感をもたらす人間なんじゃないかって」
 ちょうど燕尾服を畳み終えたので、ブルーノはそれをメーションで消失させた。
「うっは! オマエチキン野郎だな! こういう時は、運命を信じて行くしかねーよ! 行っちゃえって! 過去のトラウマを、今こそ克服するんだよ!」
 マルツィオは出し抜けに、ブルーノと肩を組んできた。
「そんな大きいスケールにしなくたって……」
 ブルーノは呆れ半分、当惑半分。
「オマエは元々優しいんだから、バイストフィリアと日常とのギャップで、女の子なんてイチコロだぜ! 昔を思い出してみろ! 可愛い系男子のオマエは、それだけでモテてただろ!? っと、ワリィ。ちょっと電話」
 ダメージジーンズのポケットの中で、マルツィオの携帯電話が振動したのだろう。さっとブルーノから離れたマルツィオは、暫くの間、電話の向こうの女友達とやり取りしていた。

(トラウマの克服かぁ。確かに、いつまでも女の子に八つ当たりするだけなのは、子ども染みているし。そろそろ、真っ当なリハビリをしてもいい頃なのかもしれない。ドロテアだって、僕に話しかけるまでとても緊張したと思うし、それに応えないと)
 マルツィオが、聞く方が恥ずかしくなるトークを繰り広げている間、ブルーノは蝙蝠の両翼をゆっくり羽ばたかせながら考えごとをしていた。やがて、マルツィオが携帯電話をポケットにしまい、水色の背ビレごと首を掴んで、骨を鳴らしながら言ってくる。
「オレはこれから合コンに行くんだよ! 真昼間の一次会から二次会、三次会の連チャンで、今日は眠れない夜になりそうだぜぇー!」
 そう言って万歳までしてみせるマルツィオは、男からすればどうも憎めない。
「毎週そんな感じで、合コンとかしているよね。しかも、女の子との連絡は欠かさない。よくそれで体力がもつよね。皮肉じゃなくてさ」
 ブルーノは穏やかな笑みをこぼす。
「ったりめーだろ! オレは女にモテるために生きてるんだからな! フロイトっつー心理学のオッサンも言ってたろ! 全ての人間的活動は、性欲(リビドー)の変形だって!」
「下ネタかよ……」
 ブルーノが呆れ返ったことを気にも留めず、マルツィオは携帯電話を再度取り出しながらが問う。
「で、オマエはこれからどうすんだ?」
「分からない。ドーム以外のところで、メーションの基礎訓練でもやろうかな? イメージトレーニングとか、瞑想とか。映画や漫画の暴力シーンを見て、バイストフィリアとしてのイメージを強化するのもいいね」
 それを聞いたマルツィオはニタッとした。
「予定なしか。だったら、今からドロテアちゃんのライブ、観に行った方がいいんじゃねーの? もう少しで始まるみたいだぜ」
 マルツィオは、バトル・アート・ショーのホームページを携帯電話で閲覧し、今日行われるライブの一覧を確認しながら言った。
「いずれドロテアちゃんと戦うことになるかもしれねーぜ。その時に備えて、気分転換ついでに敵情視察も、悪くねー話だろ?」
「一理あるね。ネットやファンをつてにして、他のアーティストの情報を集めても、多くの場合参考にならない。アーティストじゃないと分からないことが多いからね。かといって、トップクラスのアーティストでもない限り、テレビ中継でライブが放送されることなんてまずあり得ない。結局、直接アリーナを観に行くしかないからなぁ」
「ついでに、ドロテアちゃんを口説く文句を考えるにも最適だな! よく言うだろ? バトル・アート・ショーはでっかい画用紙で、バトル・アーティストは絵筆って。それぞれの戦いぶりを見れば、そいつの性格や信念、潜在意識までもが分かる! 敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。さぁ行け、ブルーノ!」
 蝙蝠の両翼をゆらゆらとさせて考え込むブルーノの肩を、マルツィオは正面からポンと叩いた。
「う、うん。何はともあれ、行ってみる価値はあるよね。よし、行ってみよう。日常生活でもバイストフィリアにならないためにも」
「よっしゃ! 後でどこまで行ったか、事後報告しろよ!」
「ライブ終了後、僕がドロテアの控え室に行くこと前提なの?」
 もはや、呆れてものが言えないブルーノの前で、マルツィオはなぜか白い歯をみせて達成感に浸っている。
(へへへ! あとでドロテアちゃんに、オレがブルーノに『根回し』したんだぜと報告すれば、好感度がアップだぜ!)
 結局行き着く先は、女にモテたいという下心である、マルツィオであった。

(お友だちは、女どもに好かれればいいようね。まあ庶民にはそれで満足だろうわ。何はともあれ、これは有益な情報ねぇ)
 ブルーノとマルツィオは、ロッカールームの天井に、超小型カメラが付けられていたことを、知る由もなかった。

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