Sublimation of My Heart Part5

 傷が著しく治るステージの効力で、ちょっとは回復した血塗れのブルーノが、おもむろに立ち上がる。
 糸のような優しい目で、無邪気に喜ぶ子どもたちに手を振っていたクリスティーネも、カッと目を見開いて臨戦態勢に。ブルーノが立ち上がる際、僅かに立てた音を聞き逃さなかったのだろう。
「左の頬を差し出すことができないなら……せめて、同害報復法を実践してもらおうか……!」
 悍ましく震えた声を発した、次の瞬間。ブルーノの全身を覆う流血を起点として、無数のより巨大な血塗れの針が、物凄い速さで突き出てくる。
(なんて密度……! 私の身体を避難させるだけの隙間すらありませんっ!)
 ブルーノの四方八方へと血塗れの針が展開し、それが瞬く間に迫ってきたものだから、さすがのクリスティーネも躱せない。血塗れの針が全て傷口へと引っ込むと、数本の血塗れの針に貫かれたクリスティーネは、思わず片手で腹を押さえてしまった。
「よっしゃ! キタキター! いい感じに、クリスティーネちゃんの服が溶けてるぜー!」
 などと、実に不純な動機でマルツィオは喜んだ。念のために言っておくと、恥部や胸を曝け出すくらいに衣服が破損するような事態は、ステージの力が阻止している。大衆娯楽である以上、その辺は弁えないと社会問題になる。

「何あれ!? 今まで本気を出していなかったの!?」
 ドロテアは、歯を食いしばって立ち上がろうとしているクリスティーネに、ゆっくりと近づいて行くブルーノを観たまま、隣で座るマルツィオに問いかけた。マルツィオはしめたとばかりに、下心丸出しのニヤニヤ顔になる。
「あいつのメーション・スタイルはブラディ=ニードル、つまり『血塗れの針』と呼ばれているのは知ってるだろ? 血液はアイツの武器だ。今アイツは、その血液を全身に纏っているから、使い放題なんだぜ? 普段より強くなるに決まってるだろ!」
「それじゃあ、傷つけば傷つくほど、ブルーノの攻撃は凶暴になるってこと!? ここからが本番ってわけね!」
 悲鳴と絶叫をあげる観客たちに紛れて、目を輝かせて成り行きを見守るドロテアは、まるで一般人に対する天邪鬼。

 間合いを取りつつ双鞭で乱打していたクリスティーネは、ステージの端、つまり見えない壁まで追い詰められてしまった。びくともしないブルーノが傍まで来ると、掌から突き出した極太の血塗れの針でクリスティーネの胸を貫く。その瞬間から、静まり返ったいた子どもたちの泣き声が、一際アリーナ内に轟き始めた。
 そのまま宙に持ち上げられながらも、双鞭で左右から怒涛の反撃を浴びせるクリスティーネだが、強酸性の血液が飛散するばかり。血液の鎧を纏ったブルーノにはびくともせず、それどころか飛び散った血液でクリスティーネの全身が更に爛れてゆく。
(効かない!? でも、飛び散る血液の量は減っていますし、諦めなければ『鎧』を削り切れるはずです……!)
 焦燥と恐怖に駆られながらも、決して反撃の手を緩めないクリスティーネ。だが、勇敢な女傑を嘲笑うかのようにブルーノが口元を吊り上げると、クリスティーネを貫く極太の針を爆発させた! 内部に膨大な強酸性の血液を送りこまれ、針が圧力に耐え切れなくなったのだ。
 瞬く間にクリスティーネの服は至る所が溶解し、その白い肌は真っ黒に焦げてしまう。それでも片膝をついて、辛うじてダウンは免れていた。
 しかしブルーノは、狂ったように血液と針を乱れ撃ち、クリスティーネの全身を黒く焦がし、穴だらけにする!
「うそだ! クリスティーネお姉ちゃんが!」
「やめろ、このバイストフィリア!」
 悲鳴のような子どもたちの悪口。ブルーノのメーションは狂ったように激しさを増し、残酷劇は絶頂を迎える。蓄積した痛みにいよいよ耐え切れなくなって、クリスティーネは遂に崩れ落ちてしまった。

「さて……いい加減、悲鳴の一つでもあげればいいんじゃないかなぁ? そうした方が楽になるよ。同情してもらえるし、いい事ずくめだ」
 ブルーノは、身体を揺らすほど激しい呼吸を繰り返しているクリスティーネを、尚も血塗れの針で突き続ける。突いて、突いて、抜き差しして、時々針の先端から強酸性の血液を放って、更に突きまくる。
(このプレッシャーに加えて、暴行現場を思わせる攻撃手段が、私の本能を震え上がらせます……。慢心のつもりはありませんでしたが、予想以上ですね……!)
 全身串刺しにされながらも、両手で身体を起こし、四つん這いのような状態になったクリスティーネの胸では、じんとした痛みが広がっていた。自分が自分ではなくなったかのような、身体の奥深くが汚れてしまったような、強烈な違和感と深い絶望に苛まれている。
「クリスティーネ!」
「お姉ちゃーん!」
「頑張って!」
「やっつけろ!」
 子どもらしい簡潔な応援。だからこそ勇気が出る声援。――完全に血の鎧が修復してしまったら、もう打つ手がない。今立ち向かわなければ、待っているのは子どもたちの涙だけだ。
(ここで諦めたら、皆さんの期待を裏切るという、大罪を犯してしまいますっ!)

 満身創痍とは思えないほど素早く、、クリスティーネは立ち上がった。良心に急かされたかのように、慌てているようにも見えた。
(まだやる気か……)
 クリスティーネを弄ぶことを中断し、後ろ走りして間合いをとるブルーノ。鞭による攻撃も脅威だが、それ以上に接近戦が怖いらしい。
(まずは、その血の鎧からですっ!)
 クリスティーネは恐ろしい速度で、片方の鞭を水平に放ち、ブルーノの首を血の鎧ごと強く締め付けた。首に絡んだ十字架の鞭を溶解しようと、血塗れの手で触れるブルーノ。だが、十字架の鞭は全くと言っていい程腐食しない。
「ヤベー! 強度で優れるブラディ=ニードルが効かねーだと!? あの鞭、かなり良質な『AMM(抗メーション物質)』が含まれてるみてーだ!」
「AMMを含ませた武器なのに、痛みを感じさせないという、強力なメーションが掛けられているわけ!? オーパーツ紛いの代物だわ! 並大抵の技術者じゃ、あんな武器作れない!」
 AMM自体は、レイラではありふれた物質だ。例えるなら、『常に雷を纏うゴムの棒』のような矛盾した武器だから、マルツィオとドロテアが驚きを隠せないでいるのだ。
 クリスティーネが、もう片方の鞭を縦横無尽に振り回し、血液の鎧を一気に削りに掛かっている。恐怖はしているのかもしれないが、それを全く表情にだしていない。
「不屈の闘志ね~。あ~んなになっても、まだ戦意喪失しないなんて」
 艶っぽい声で言ったグロリアの目は、クリスティーネへの敬意に満ちていた。

 鞭を腐食させることは不可能と判断したのか、ブルーノは両手から血液を連射して攻勢に出る。クリスティーネは、ブルーノの首を締めていた鞭と、血液の鎧を削っていた鞭を同時に引き戻すと、それらを目の前で車輪の如く高速回転させる。次々と放たれる強酸性の血液は、双鞭によって全て弾かれるため、ブルーノだけが一方的にスタミナを消耗してゆく。
 連射を止めたバイストフィリアは、決して屈しないクリスティーネを見据え、戦慄していた。
(一体どうすればいいんだ!? あんなに痛めつけ、怖がらせても、全く怯まない!)
 既に血の鎧は半壊状態。スタミナも消耗し、蓄積したダメージも甚大だ。ノックアウト寸前なのは、クリスティーネも同じはず。分かっているはずなのに、いつもだとあり得ない状況だから、ひどく焦っている。
(とにかく、距離を離すと双鞭の手数で押されるな。いっそのこと、僕の方から突っ込んでしまおう。血の鎧が辛うじて残っているから、多少の無理は通るはずだ……!) 

 ブルーノは低い姿勢になると、足の裏に纏った残り少ない血液を噴射させた。そして、ジェットスキーのように急速接近しつつ、両手から血液を乱射。
(来ましたね……。近づかれる前に、何とか血の鎧を壊しませんとっ!)
 対するクリスティーネは、被弾覚悟で双鞭の嵐で迎撃する。弾ききれなかった血液がクリスティーネに当たるが、ブルーノの血の鎧ももうボロボロだ。
「ワンチャンあるぜー! ブルーノ!」
「クリスティーネねーちゃん! 負けないで!」
「ブルーノ! 私が見守っているから!」
「と~っておきのラストを魅せてちょうだい」
 一瞬の内に様々な歓声が上がり、その全てを聞き取ることはできなかった。それでも、両アーティストとも、自身が期待されていることは感覚で悟り、無我の境地へと至る。

(何とか血の鎧を温存させて、クリスティーネの傍まで接近できた! これで――終わりだ!)
 嗜虐的な笑みを浮かべながら、イメージを練るブルーノ。
(頭部だけは完全に破壊できました! 十分過ぎるほどの勝機ですっ!)
 残る力全てを振り絞りながら、片足立ちになるクリスティーネ。
 次の瞬間、血の鎧から突き出た無数の針でクリスティーネが貫かれ、鋭く強烈なハイキックがブルーノの頭部に炸裂した! ほぼ同時に双方の攻撃がクリーンヒットしたため、両者はその体勢で一瞬硬直してしまい、観客たちは固唾を呑んで静まり返る。
 やがて、クリスティーネが双鞭を手放し、ブルーノは針ごと血の鎧を霧消させ、どちらともなく倒れてしまった。これ以上の山場はこの先訪れないだろうと判断し、スタッフがライブ終了のゴングを盛大に鳴らすと、大満足とばかりに数多の叫び声が轟いた。
「負けはしなかったけど、惜しかったわね……」
 ドロテアはゆっくりと拍手しつつ、少しばかり残念そうに呟いた。
「まー悪役バトル・アーティストとしては、立派な役目を果たせたな!」
 下品な意味じゃないでしょうね? と聞き返すのも面倒くさいため、ドロテアは鼻の下を伸ばしているマルツィオを無視していた。

 

(終わりましたか……?)
 先に立ち上がったのは、白い肌と修道女風の服が、ある程度元通りになったクリスティーネだ。観客を楽しませることに主眼を置いているため、ライブの勝敗を必要以上に追い求める必要はないが、あえて言うなら結果は引き分け。
「うわあぁぁ! お姉ちゃんが! お姉ちゃんが!」
「お姉ちゃん、大丈夫!? 生きてる!? 死んでる!?」
 クリスティーネの応援に来た子どもたちが、正気を失い、泣き喚いている。
(あぁ、どうしましょう……私が不甲斐ないライブをしたばかりに……!)
 必要以上の罪悪感に駆られたクリスティーネは、見えない壁のすぐ傍、最前列の子どもたちを見下ろせる位置まで来て、必死に手を振りながら引き攣った笑みを作ってみせる。
「み、皆さん、私は平気ですっ! ほら、ちょっと痛かったですけど無事ですよ! もう終わりました、大丈夫ですからっ!」
 取り乱しながら言い聞かせるが、子どもたちは泣きやむ気配がない。
「こ、この後夜ご飯に致しましょう! 皆さんの大好きな、ハンバーグを食べに行きましょう! 私が全部負担しますから!」
 思いつく限りの慰めの言葉を掛けても、子どもたちの泣き声は止まらない。いよいよ観客席全体に、重苦しく気まずい空気が伝染し、あからさまに嫌な顔をする観客もいた。
(私が……完璧な人間だったら……!)
 しまいには、クリスティーネは犬耳を引っ張りながら俯き、彼女自身が泣き出しそうになった。

「あらあら~? ブルーノさん、そ~んなに優しそうな目をしちゃって。頭をぶつけて、人が変わっちゃいました~?」
 いつの間にやら、グロリアがステージの上に瞬間移動していた。幾分か傷が癒えたブルーノの身体は、挑発的な笑みを絶やさないグロリアに支えられている。
「うっわ! 羨ましー!」
「ちょ、ちょっとアンタ!? ブルーノに気安く――!」
 マルツィオが興奮して跳ね起き、ドロテアが嫉妬して眉を顰め、ブルーノはグロリアにまじまじと見詰められて、ポカンとしていた。
「よ、よく分からないけど……? 何かこう、温かい気分、だと思う……」
 とりあえず調子を合わせると、グロリアはブルーノを抱き起して、子どもたちの方を向きながら言い聞かせる。
「聞きました~? 『温かい気分』らしいわ~! クリスティーネさんが、ブルーノさんの中の悪~いモノを、スッキリさせちゃったみたい!」
(そっか、そういう作戦か。ふふふ……)
 思わず笑ってしまうブルーノ。
「えっ、でも私、ブルーノさんに暴力を振るっただけで、ご奉仕は何も……」
 ただでさえ生真面目なクリスティーネは、良心の呵責に苛まれているせいで、全く空気が読めていない。ここは自分が行かねばと、ブルーノはクリスティーネの傍まで来て、手を差し出す。
「ありがとう、クリスティーネ。君が僕の頭を思いっきり蹴ってくれたから、もう暴力を振るおうなんて思わなくなったよ」
「えっ? そうだったんですか……」
 納得いかない様子だったが、握手を求められたら無下にするのは罪。鉤爪のように細長い手を握り返すと、結ばれた二人の手を下から支えながら、グロリアが宣言する。
「は~い、一件落着~! これでもう、クリスティーネおね~さんも大丈夫ですね~!」
 子どもたち全員が泣き止んだわけではなかったが、はっきりと分かるほど痛ましい泣き声は小さくなっていた。ブルーノが『変わった』ことを素直に信じて、はしゃいでいる子どもの姿も見られる。

「そ、そういうことでしたか。ブルーノさん、グロリアさん、本当に申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに……」
 ステージの拡声効果によって観客に聞かれないように、小声でクリスティーネが詫びた。
「そ~んなことないわ。あの子たち、クリスティーネさんをと~っても一生懸命応援していたわよ。二度目のゴングが鳴る、その瞬間まで。本当に不甲斐なかったら、子どもたちは正直だから飽きちゃうでしょ~?」
 小声で言ってから、グロリアがウインクする。
「あ、ありがとうございますっ……」
 クリスティーネは、決まり悪そうに俯いてしまった。
「僕からも礼を言うよ、グロリア。クリスティーネ。大人ならまだしも、子どもたちの為のライブをするなんて、僕には無理だからなぁ。一流のステージガールと、慈悲深いアーティストがいてくれて、本当に助かったよ」
 そう言ってブルーノが、小さく頭を下げてきたので、グロリアはウインクをしながら言葉を返した。
「いえいえ~。ブルーノさん、キャラに合わないことに応えてくれて、どうもありがとうね~」
「ブルーノさん……本当に頭を打って、人格が変わったのですか?」
 恐るおそるクリスティーネが聞くと、苦笑いしながらブルーノが返答する。
「今だけね。ふふふ……」

 

 ライブが終わった頃には、夕食に丁度いい時間だった。
 普段着に着替えたブルーノを迎えたマルツィオは、速やかにスペイン料理店に案内する。もちろん、ドロテアも一緒だ。
 赤いトカゲの尻尾が邪魔だったので、その先端を両膝の上に乗っけて座るドロテア。男二人は、ドロテアと向かい合うように並んで座っている。
「ステージの上では言えなかったけど、二人とも応援ありがとう」
 パエリアやガスパチョ等を店の人に頼んだ直後に、ブルーノが礼を述べた。
「うん! どういたしまして!」
「おうよ! いい物見させてもらったぜ!」
 それだけ言うと、話題が見つからずに沈黙が流れた。
 思えば、ブルーノとドロテアが直接会って話すのはこれが二度目で、お互い素の性格をよく知らない。
 バイストフィリアと淀んだ焔、ステージの上で出会っていたら、見るも無惨な戦闘を繰り広げていたであろう。だが、今在る場所は現実世界。コンプレックスをぶつけあうコミュニケーションをしたら、刑務所行きになってしまう。

 誰かが二の句を継ぐことを待っていられず、マルツィオがため息を吐いた後で突っ込む。
「それだけかよ! 何か話そうぜ、なぁ? 好きな異性のタイプとか、普段言われているニックネームとか」
「ご、ごめんなさい。何を話せばいいのか迷ってて……。えっと、好きなタイプは、私の悩みを聞いてくれる人で、私のことを守ってくれる人で、ヘビとか虫とかが平気な人で……」
 真に受けたドロテアは、どうやら本当にコミュニケーションが苦手らしい。意外にも虫や小動物が苦手なブルーノは、想像して身震いをしながらも口を挟む。
「合コンじゃないんだからさ、マルツィオ。もっと無難な話をしようよ。例えば、好きな食べ物とか」
 答えやすい質問だったのか、ドロテアは嬉々として言う。
「好きな食べ物? カエルのサンドイッチだわ! カエルの下半身を切って、トマトとレタスごとパンで挟むの!」
 育ちの良いブルーノと、世俗の食べ物に慣れ親しんだマルツィオは、カエルを好んで食べる人間と初めて出会ったために愕然とする。
(この人本物の魔女……!?)
(おーう……レベルたけー……)

 再び沈黙が流れてしまったので、ドロテアは二人の顔色を窺いながら言う。
「……やっぱり、ドン引きしちゃいました? 昔、カエルのサンドイッチを学校に持っていったら、それが原因でいじめられるようになりましたから……」
「ちげーよ! カエルが美容にいい食べ物だとよく知ってんなーって、感心してたんだぜ!」
 親友によるフォローをより完璧にするべく、ここはブルーノも便乗する。
「そうそう! あれだよね? 豆腐みたいなものだよね?」
「そうなのよ! カエルは低脂肪、低カロリーの割に栄養価が高いから、女の子にもお勧めだってお母さんからよく言われたの。それを知らない人は可哀そうだわ。味も鶏肉みたいで上等なのに」
 ドロテアは笑顔を取り戻し、何とか場を取り繕うことに成功する。
「おー! やるな、ドロテアちゃんの親御さん! カワイイ娘のためを想って、食生活まで徹底させるなんてな!」
「多分今ごろになって、カエルのサンドイッチを馬鹿にしたいじめっ子たち(?)は後悔していると思うよ! 僕たちくらいの年齢になると、肌の綺麗さに差が出てくるからね!」
「わー! ブルーノにそんなこと言わるなんて!」
「ぼ、僕に?」
 俄かには信じられないと言った感じで、ブルーノが漏らした。

「オッメー、興醒めな野郎だな! 何でそのタイミングでオンショア吹かせちゃうワケ? 男だったら、自信をもって受け容れてやれって!」
「……平気で人を傷つけて、見る人を不快にさせる僕に、そんな資格があるのかなぁ?」
 蝙蝠の羽を羽ばたかせて考え込むブルーノの顔を掴み、自分の方ではなく、ドロテアの方に向けさせるマルツィオ。追っかけアーティストと目が合ったドロテアは、満面の笑みとなる。
「あるに決まってるわ。ブルーノは、現実と虚構の区別ができているから」
「ありがたいけど……どうして、君にそんなことが分かるの? こうして僕と君が話したのは、たったの二回しかないのに」
「私はブルーノのライブを、デビューした時から殆ど欠かさず観ていたのよ。何度も話しかけようと思って、後を追ってみたこともあったけど、物陰から見る限りブルーノはとても紳士な人で――あっ、ごめんなさい。ストーカーのつもりはないの。監視して、いじめのタネにするつもりも」
 ネガティブに囚われて、ドロテアは伏し目がちになってしまった。
「ほーれみろ! オマエが草食系男子だから、ドロテアちゃん寂しい思いをしているじゃねーか!」
 勢いよくブルーノの背中を叩きながらマルツィオがおちょくる。
「いや、ちょっとは大目に見てくれよ! 本当に気づかなかったんだから!」
 困ったように目を丸くして答えるブルーノ。
「じゃあ、これからはコイツも言い訳して逃げれねーな! よかったな、ドロテアちゃん!」
「はい! 私、過激なことでもある程度なら付きあえるから、構ってくれると嬉しいわ! よろしくね、ブルーノ!」
「あぁ、うん……? よろしくね」
 以降はこのような感じでやり取りが続いた。時々ドロテアが、ぶっ飛んだ発言をすると、マルツィオが上手くフォローをして、ブルーノがそれに付随する。きっと、ブルーノとドロテアだけだったら、マトモに会話が成立しなかっただろう。楽しい食事会は、あっという間に過ぎてゆく――。

 

 過剰に意匠を凝らしたワンオフのソファーは、それを持たない庶民を見下すためのもので、金銀で作られた女神や天使の像は、この屋敷の主の潜在願望を如実に現す。質素だが美しい夜空を遮るかのように、幾つも展開された照明は、整形手術を繰り返して悦に浸る者のため。

(ロクに働かない貧民どもが、スターを気取れるなんて、世も末ねぇ……! あたしなんか、レイラ中のクズニートや負け犬から業務妨害されても、めげずに働いてお金を稼いでいるってのに……!)
 不自然な爆乳と、気持ち悪い色の口紅を持つ女は、最高級のドレスを着る人間とは思えないほど、子ども染みた怒りの表情を剥き出しにしていた。巨大なスクリーンに映っているのは、ブルーノVSクリスティーネのライブの一部始終。違法撮影された映像だ。
(あたしこそが、ステージに立つべきだわぁ! 私はレイラ一のお金持ち、すなわちレイラ一の努力家! 崇められるべきは、このあたしだ! 今に見てなさいよぉ、バトル・アーティストども! あんた達の弱点を洗い出して、今に思い知らせてやる!)

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