Sublimation of My Heart Part6

 ここは都会のゲームセンター。室内のあらゆる所が派手に光り、あまりにも多くの音楽と効果音が重なるせいで、頭が痛くなる程の大音量が耳を劈く。
(ひぃ……! 頭がガンガンする……!)
 両耳を塞ぎながら、人混みの中をうろうろしているロココの少女。ただでさえ蒼白い肌が、体調不良で灰色にさえ見える。
(は、は、早くケヴィン様とレフ様を見つけて帰りたい。小型カメラが回っている最中に、弱点に繋がるような情報が得られますように……!)
 ゲームセンターにいる人々は、ロココの少女を全く警戒していない。新手のコスプレイヤーだと思っているのだろう。この大音量に酔っている人々の合間を縫って、ロココの少女はターゲットを探し回っている。

(あ、あのお方が……!)
 ロココの少女は咄嗟に物陰に隠れると、その華奢な顔だけを露出させて、一人目のターゲットに注目した。
 塾や学校、仕事帰りの人間たちに紛れて、アーケードゲームに興じているケヴィン=シンクレア。ピンクのブルゾンと、同色のニット帽がケヴィンの私服。赤茶色に染めたセンター分けの髪型に、これまた赤茶色に染めた猫の尻尾。猫から進化を重ねた人間だ。いわゆる細マッチョな身体つきで、垂れ目が特徴的。
 咲き乱れるように点滅するパネルの数々を追いかけるように、ケヴィンは物凄い速度で両手を動かしていた。傍から見ていると、ある種の気持ち悪ささえ覚えるほどの速さだ。ケヴィンの両隣で、同じゲームをプレイしている人たちも大概だが、ケヴィンの勢いが飛びぬけて恐ろしい。総合的なスピードなら、トップクラスを誇るアーティストだけはある。
(おっけ、パフェった! 20クレくらい貢いだ甲斐があったわー)
 ゲームの結果に満足したのか、筐体から離れたケヴィンはどや顔をして周囲を見渡していた。
(いねぇのかよ、あのデブ。ガンシューコーナーに行ったか?)
 途端につまらなそうな顔をしたケヴィンは、(染毛していない)銀の猫耳をわざとらしく動かしながら、その場から立ち去る。ロココの少女は、慌てて後を追いかけていった。

 レフ=カドチュニコフは、ケヴィン以上に目立っていた。ただでさえ巨体かつ強面なのに、赤シャツ、黒ジャンパー、緑迷彩カーゴパンツに金のイヤリングという、威圧的な風貌のせいではない。
 サブマシンガン一丁で、巨大な画面に映ったゾンビの群れに、大立ち回りを演じているからだ。ゲームの素人でも、演出のおかげで容易にその腕前が分かる。アーティストになる前もなった後も、サバイバルゲームとFPSを嗜んでいるレフにとっては、朝飯前なのだろう。
 レイラにおいては珍しく、獣のような耳も尻尾も持たないレフは、猿から進化を重ねてきた人間だ。隣の世界における『人間』と、ほとんど一緒とも言えるだろう。

「お? ノロマなゾンビ相手だと、二十人同時に相手できるんだな。おれと違って、一対一のライブは全然ダメなくせしてよ」
 レフの横に来たケヴィンは、小馬鹿にするような笑いと共に言い放ってきた。聞くだけでなんかムカつく声だ。レフはゾンビの群れを薙ぎ払いながらも、得意そうに語りはじめる。
「いやあ! このゲーム、かなりプレイヤー側に親切な設計だからさあ! 爽快感があって面白いからいいけど、ミリタリーオタク的には突っこまずにいられいないよ! まず、こんな至近距離で手榴弾を投擲しても、プレイヤー側が無傷ってこと! あと、いくらなんでもリロードが速すぎるよ! それによく跳弾を恐れずに、こんな至近距離から、こんな角度で撃てるね!」
 意外にも優しげな声で熱弁するレフ。
「爽快感があって面白いなら、一々つっこまなくてもよくね? そんなんだから、友だちできねぇんだよ」
 嘲笑交じりに、実に頭にくる言い方でケヴィンが言う。挑発はケヴィンの十八番だ。
「ケヴィンの方こそ、一々人を煽るのをやめなよ! ウザがられて、誰も近寄らなくなるよ!」
 物腰柔らかいレフではあるが、ケヴィン相手なら遠慮なく言い返す。言い返しながらも、鍛えこんだ判断力と射撃精度を遺憾無く発揮し、ゲームプレイにミスはない。
「おれ、おまえより友だち多いけど? 週一でスポーツやる友だちいるし、音ゲーの有名プレイヤーとも何人か知り合いだけど? 引き籠って武器ばっか作ってるミリオタ野郎とは、ずっとリア充だけど?」
「ぼくだって、兵器工場労働者やガンスミス、ミリタリーショップ経営者の知り合いが結構いるんだぞ! サバイバルゲームで知り合った人もいっぱいいるぞ! 毎日遊んでばかりのケヴィンよりも、ずっと社会貢献しているからね!」
(け、喧嘩怖い……!)
 ロココの少女は、箱型の筐体の陰に隠れながら、言い合っているケヴィンとレフを怖々と見張っていた。

 画面で派手にデカブツが蜂の巣にされている最中にも、男二人の煽り合いは続いていた。
「おれがいねぇと、フルボッコにされるだけのおまえとか、終わってんな。装備が重すぎてスピード足りねぇわ、接近戦では鈍いわ、砲弾は当てられねぇわ……バトル・アーティストやってて死にたくね?」
「ははは! 一生懸命攻撃を命中させてるのに、結局火力負けしてやられるケヴィンに言われたくないね!」
 かれこれ十分くらい経過してもまだ飽きない。
「お? やるか? やるか? そこまで言うんなら、おれの本気見せてやるわ」
「いいとも! ちょうどラスボスも倒したし、ちょっとこっち来いよ!」
 そう言って乱暴に銃を筐体に収めたレフが、ずんずんとこちらに向かって来る。威圧的な風貌と強面のせいで、悪意がなくても本当に怖い。
(ひぃ! 巻き込まれる!)
 ロココの少女は全速力で逃げ出した。

「おら、いくぞおら! 撃つぞ? 今から撃つぞ? おらぁ! うっし! 入ったぁ!」
「くそう! エアホッケーで勝負を挑んだのは失策だったか!」
 その後、ケヴィンとレフは大騒ぎしながらエアホッケーを楽しんでいたらしい。

 

 広大な円形状のステージ、岩の荒野。身を隠すのに適した大岩が点在しているため、チーム戦による銃撃戦やメーションの撃ち合いに向いたステージだ。

「さぁ、相対するは、ブルーノ=ブランジーニとマルツィオ=バッサーノ! バイストフィリアと、ステージのナンパ師のコンビ! 女嫌いと女好きという、奇妙なコンビであります!」
 控え室から瞬間移動で岩の荒野に立つなり、大音量の実況と、天井を突き破らんばかりの歓声が二人を迎えた。燕尾服を着た狂気の青年と、大盾と拳銃で武装したサーファーが並んで立つ様は、ある意味シュール。
 ブルーノとマルツィオは、それぞれ単独で活躍できるほど強いアーティストだが、たまに趣向を変えてチームとして戦うこともある。幼馴染の親友で、互いの過去や能力をよく知っているからこそ、安心して背中を預けることができるのだ。

「よっしゃー! 全員、瞬きすんじゃねーぞ! 今日はオレ達の新技を披露するんだからな!」
 マルツィオがデニムシャツをたくし上げて、自慢の背ビレを見せつけてやると、黄色い声援が巻き起こった。煙たがられることが多いマルツィオだが、何だかんだで一定数の可愛子ちゃんに取り巻かれている、羨ましい野郎だ。
(ふふふ。いいね、こういう雰囲気も。何だか昔を思い出すよ)
 そう言ったブルーノは、無意識に頬が緩んでしまっていた。ブーイングでも歓声でも、観客が反応するのはとても嬉しいことだが、バイオリニスト時代のようにちやほやされるのも悪くはない。
「いいわよ、ブルーノ! ついでにマルツィオ! この前のライブみたいに、私の知らない技見せてー!」
 観客席の最前列に座る、水玉ワンピースのドロテアが叫んでいる。熱狂に包まれたアリーナに感化されて、すっかり人が変わっている。
「おう、ドロテアちゃん! テンションたけーな。この前のライブでも、そうすりゃ良かったのになー」
 見えない壁越しにドロテアを見下ろすマルツィオ。相変わらずのニヤニヤ顔だ。
(マルツィオが邪魔したからだと思うけど……)
 ブルーノは、疲れたようなため息をしてみせる。

 アリーナの巨大スクリーンには、迷彩服をコスチュームとするレフが映っていた。今回の迷彩服の色合いは、岩の荒野にうってつけな黄土色と茶色のパターン。
 ちなみに、ライブが始まると、見えない壁の内部からスクリーンを観る際に、モザイクが掛かったようになってしまう。スクリーンに映った敵を見るという、姑息な作戦を防止するためだ。
 レフの武装は、腰にマシンピストル、胸にコンバットナイフ、手榴弾やら地雷やら砲弾やらが身体中に。尻尾や犬耳を持たない猿人間だけあって、身に装着できるスペースが他の人種より広いことを活かしている。
 そして、戦車の砲身だけを切りとったかのような、身の丈を超えるランチャーを、握ったまま地面に突き立てている。あれこそが、『ヒト型重戦車』の象徴たる主力武器、ヴィクトリアだ。

 レフの傍にある大岩の上に、銀の猫耳を気だるげに動かしているケヴィンが座っている。間もなくゴングが鳴ると言うのに、飄々と携帯電話を操作しているのだ。
 ピンクのスパイクシューズに、ピンクのグローブ。赤、青、白、黒、桃、灰、緑などといった、カラフルなレーシングスーツを着ている。派手に動き回ることを得意とするケヴィンは、身軽な恰好を好むらしい。
 ケヴィンはスポーツ万能なため、素の状態でも高い身体パフォーマンスを発揮できる。それに加えて、身体能力を強化するメーションに習熟しているのだ。
 圧倒的なスピードで駆け巡ったり、パンチやキックを繰り出すとき、そのメーションの影響でケヴィンは七色の光を曳く。また、七色の光弾や光線を放つメーションによって、遠距離戦も可能だ。その様から命名されたメーション・スタイルは、フラッシー=ミーティオ(派手な流星)。同じ理由から命名された異名は、光速の流星。

「ケヴィン、いい加減携帯をしまいなよ。もうそろそろ始まっちゃうよ」
 強面のレフが、優しい声で言い聞かせる。
「や、大丈夫だから。武器と同じで、ステージの上だと携帯も壊れないじゃん」
 片手で携帯電話の画面を触れながら、ケヴィンが答える。
「そういう問題じゃないよ、もう。どうせまたゲームでしょ。そんなのいつだってできるって。さっきだって、ゲームセンターに二時間も引き籠っていただろ?」
「ばっかおまえ……今ゲリラダンジョンだからよ。わかる? 今しかできないダンジョン。あっ、分かんねーか! おまえミリタリーオタク一直線だもんな。ソーシャルゲーム一緒にやる友だちなんて、いるわけないか! ハハハ!」
「ああ、もう。まったく、よく分からないけど、早く終わらせてくれよ」
 呆れ果てたレフは、その視線をケヴィンから巨大スクリーンへと移す。今度はブルーノとマルツィオがスクリーンに映っているようだ。

「口調は柔らかいんだね。レフは銃や戦車が好きって聞いてたから、血の気が多い人だと思っていたけど」
 マルツィオの耳元で囁くブルーノ。小声だから、ステージの効果で拡声されて、バイストフィリアのキャラが崩壊する恐れはない……はず。
 これまた余談になるが――ライブ最中でなければ、ある程度以上の声量で喋られた言葉は、見えない壁の内部のどこにいても聞こえる。ライブ前後でアーティスト同士の掛け合いを可能にすることで、観客をより愉しませるのだ。
「オマエと同じだろ。戦争が好きという部分を、アーティストになって発散してんだ」
 同じく、小声で返答するマルツィオ。小声だから、敵チームや観客に聞かれる心配はないだろう。

「聞こえるかい? ブルーノくん、マルツィオくん。幸運を祈るよ!」
 ステージの反対側に立っているだろう、レフの声が聞こえてきた。
「……そっか。なら、僕も君たちの幸運を祈ってあげよう。ふふふ……」
「おう! よろしく頼むぜ!」
 巨大スクリーンには、ゆっくりとお辞儀をするブルーノと、拳銃を持つ手を振り回しているマルツィオが映っていた。
「おなしゃーす」
(……なんかムカつくわね。あのケヴィンって男。特に理由はないけど)
 だらしない座り方をしながら、適当な挨拶を返したケヴィンが、ドロテアはどうも気に入らないようだ。理由もなくケヴィンがムカつくのは、ドロテア以外にも多数いるらしいが。

 それからすぐにゴングが高鳴り、大興奮のエンターテインメントが幕を開いた。

 

(遮蔽物が多くて、敵影は視認できない。恐らく分散して、遮蔽物に隠れながら接近してくるだろう。だから、無差別爆撃で先手を打とう!)
 レフは斜めに突き立てたランチャーに、身体から取り外した砲弾を籠めている。ケヴィンは相変わらず、大岩の上に座って携帯電話で遊んでいる。

「よし、乗れブルーノ!」
 地面に置いた大盾の上にマルツィオが立ち、同様にブルーノが背後に立つ。続いて、ブルーノが大盾の下に大量の血液をメーションで創造すると、マルツィオが波に乗ったかのように大盾を操り始めた。
(速い! あれがここ一週間でみっちり練習した新技ね! そういえば、マルツィオの特技はサーフィンだったっけ。『波』をブルーノのメーションで操って、『サーフボード』をマルツィオのメーションで操る。防御を捨てての超高速移動だわ!)
 ブルーノのライブをほとんど見てきたドロテアだが、さすがにこの合体技は観たこともなかったようで、大層驚いた。クリスティーネ戦では、初めてブルーノが苦戦した所を観たし、そこからの起死回生の一手にも驚いたし、まだまだブルーノの全貌は分からないなとしみじみ思う。

「おい、デブ。あいつら、なんかサーフィンしながら超スピードで突っ込んで来るわ。話が違うじゃねぇか、何とかしろ」
 数多くの大岩の陰から陰へと移動する、血液波乗り野郎たちを、動体視力に優れるケヴィンは見逃さなかった。やっとやる気を出したのか、携帯電話をメーションで消失させたケヴィンは、大岩の上から敵チームの監視に徹する。
「そうきたか!? とりあえず、センチュリオンをヴィクトリアに装填したから、これを撃っておこう! どこにいる!?」
「あそこだ!」
 ケヴィンは間髪入れず、ステージ中央付近まで進軍した敵チームを指差した。と思いきや、その指先から、野球ボールほどの大きさの、七色光球をメーションで放つ。それはもう、銃弾すら上回るほどの弾速だった。

 血波と大盾の上に乗って高速移動する二人の目の前で、光球が地面に着弾。光球は強烈な七色の閃光を拡散させ、マルツィオ達の視力を奪う。
「うぉー!? 何だ今の!?」
「え!? どこから!?」
 傷は一切受けなかったが、二人とも思わず両目を瞑って怯んでしまう。それによってメーションが中断され、血液の波も霧消すると同時に、上空でドガン! と聞くからに危険な音が響く。
「やべー! 上からだ、ブルーノ!」
 身を乗せていた大盾を拾い上げるマルツィオ。ブルーノは、足元を掬われたかのように転倒したが、構わずマルツィオは大盾を水平に持ち上げて備える。何も見えない状態というのに、手慣れた動きだ。
 空中で爆発したレフの砲弾は、クラスター爆弾のように、詰まっていた小型爆弾を広範囲に散布させる! 小型爆弾一発あたりの火力は比較的低いが、大盾の表面に無数に降り注いだ為に、衝撃でマルツィオは押し倒され、ブルーノが下敷きに。

「だ、大丈夫? マルツィオ?」
 身を呈して庇ってくれたから、申し訳なさそうに、遠慮がちに気遣うブルーノ。運よくブルーノは、小型爆弾による傷は受けていない。子爆弾の数が多いと、必然的に不発弾の数も多くなることが、幸いしたのかもしれない。
「あぁ! 割と大丈夫だぜー! ちょっと身体が痛むけどな!」
 そう言ってマルツィオは、再び大盾を地面に置いた。二人とも、まだ視力が万全とは言えないが、戦闘継続には問題ない。素早く大盾に乗ると、ブルーノはエンジン代わりの血波を生みだし、マルツィオはハンドル代わりに大盾を操作する。

「あんま効いてねぇぞ。あの裸族の脳筋具合がやばいのか。あの盾がチートなのか」
 再発進した敵チームを視認したケヴィンは、大岩の上からレフに知らせる。
「クラスター弾は、子弾の威力一つひとつは小さいから、強固に守られている目標には効果が薄いからなあ! 特にセンチュリオンは、反動を抑えた代わりに威力が控えめになっている! まさか、ツーマンセルで突撃してくるとは思わなかったよ! マルツィオくんはまだしも、AMM(抗メーション物質)の作用によってブルーノくんなら――」
「わーったから、はよ次使う弾を教えろや! それによって、おれの仕事が変わるんだし」
「いやあ、ごめんごめん。興奮してつい喋り過ぎてしまったよ。よしきた! 主力砲弾、シャーマンを使おう! さすがにこの榴弾の爆風効果は、大盾でも血の壁でも防げまい! 弾幕を展開して時間稼ぎを要請するよ、ケヴィン!」
 そう言ってレフは、次なる砲弾を身体から取り外し、再装填に取り掛かった。
「引きつけてぶっぱする作戦は失敗ってことか。残念な頭してんな。はぁーあ。ったく、しゃーねぇ」
 わざとらしく溜め息を漏らしたケヴィンは、気怠そうに立ち上がる。

 大岩の上に立つケヴィンは、突き出した両手から無数の光弾を、マシンガンの如く乱射し始める。ピュン、ピュン、ピュンと、着弾して弾ける光弾の音が、そこかしこから聞こえてくる。
「左に行くぜ、ブルーノ!」
 隙ありとばかりに一直線に接近してきたマルツィオ達は、ケヴィンのメーションを確認するなり進路を変更。大岩の陰から陰へと移動しながら、渦を巻くような軌道で徐々に近づく作戦だ。
「数が多すぎて避けきれない! 何百発撃っているんだよ!?」
 星の数に匹敵するとさえ思われる無数の光弾が、広範囲に万遍なく放たれているのだ。ブルーノたちが、どれだけ高速で波乗り移動しても、どうしても何発か被弾してしまう。
「でも、あんまり痛くねーな! ステージの外で食らったら話は別だろーけど、チクリとするくらいで何ともねー! かといって、たくさん食らえばヤバそうだし、このまま慎重かつ強引に行くぜー!」
 多少のダメージを精神力で耐えつつ、確実にレフ達との距離を縮めてゆくマルツィオチーム。

「装填完了! ちょっと休憩してなよ、ケヴィン!」
 そんなレフの叫び声が、はっきりと聞こえるほど近づいた時だった。
 巨体のレフすら小さく見えるほど大きいランチャー、ヴィクトリアの砲口が、真っ直ぐとマルツィオ達を凝視してきたのだ。たった一発の砲弾でアーティストを倒すことも珍しくない、『ヒト型重戦車』の最高傑作たる、その砲身が。
 光弾の嵐が止んでチャンスかと思いきや、冥土から訪れた死神と対面したかのようだった。両チームを隔てる大岩は存在しない。仮に存在した所で、爆風と共に飛んできた破片に晒されて、重傷は免れないが。

「跳ぶぜ、ブルーノ!」
 マルツィオが叫んだ直後に、血波が間欠泉のようになって、大盾ごと二人を宙に吹き飛ばした。ほぼ同時に、マルツィオ達の真下で榴弾が着弾する!
(このっ……! まさに爆音だわ!)
 観客席の最前列に座るドロテアやその他大勢は、あまりにも大きい爆発音が聞こえたため、思わず耳を塞いでしまう。
 思っていたよりは爆風は小さく、飛び散った破片も、表面を下に向けた大盾が防いでくれた。どうやら、自爆やフレンドリーファイアを恐れて、殺傷範囲をかなり小さめに設計しているらしい。それでも、対人用としてはオーバーキル気味な火力だが。

「おい、ぼさっとしてねぇでさっさと伏せろ、デブ!」
 ケヴィンに言われるがままにレフが伏せるや否や、空中からブルーノが強酸性の血液を両手で連射してきた。珍しく蝙蝠の翼を羽ばたかせている。退化した蝙蝠の翼で長時間空を飛ぶことはほぼ不可能だが、落下速度を緩めるくらいなら可能だ。
 対するケヴィンも、両手から無数の光弾を乱射。その弾数たるや、ブルーノが放つ血液の倍近くはあるようだ。血液と光弾がぶつかると、双方とも霧消する。メーションとしての『強度』は互角らしい。威力そのものは低い光弾だが、防御目的で乱射するには非常に使い勝手が良いようだ。
(まさか……全部相殺されている!?)
 空中で鎬を削り合っていたはずの、赤い雨と七色の流星群。いつの間にか、ブルーノとケヴィンの合間は、無数の七色光弾で埋め尽くされていた。

「危ない、ケヴィン!」
 伏せていたはずのレフが、ケヴィンの背中を押しながら、前に倒れ込もうとしたその刹那。数発の銃弾が、二人の身体を貫いた!
 先んじて、血溜まりと化して静止している血波へ着地していた、マルツィオからの援護射撃だ。有効打を浴びせてニヤニヤしていると、背後でブルーノがゆっくりと着地し、二人乗りのサーフィン状態に戻る。
「ちっ……。わりぃ、おれのミスだわ。裸族の方忘れてた」
 ケヴィンは詫びながら素早く跳ねあがり、大岩の陰に退避した敵チームを警戒する。
「いやあ、全然いいよ。ぼくがシャーマンを外したせいだ」
 重装備のレフが、ゆっくりと身体を持ち上げながら答える。
 双方とも、身体にいくつかの風穴があき、血を垂れ流している。ライブ中なら、重傷と呼べるほどの被害ではないが、それなりに効いているらしい。

「結構食らっちまったみてーだけど、大丈夫か?」
 大岩の陰、血溜まりと化した血波に乗る大盾の上で、拳銃に給弾をしながらマルツィオが訊いた。新たな弾倉をメーションで現しているが、これは予備の弾薬をポケットではなく、異空間に閉まっているからだ。
「あの光弾、地味にくるね。身体の節々が痛んできた。でも、それ以上にスタミナが持たないかも……」
 長時間血液の波を展開していたブルーノだ。嫌がらせかと思うほど難しい本を読んだかのように、神経が擦り減っているのも当然だ。
「だろうな……。よっしゃ! ここまで近づけたんだし、一気にカタを付けてやろうぜ! レフが次の弾を装填する前にな!」
「そうだね。至近距離までいけば、敵も爆発に巻き込まれるから、ヴィクトリアは使えないはず。そうなれば、僕たちの有利だ!」
 自らを奮い立たせるように、ブルーノは語尾を強めた。

「で、どうするよ?」
 敵チームが隠れている大岩を見据えながら、背後にいるレフに問うケヴィン。
「スコーピオンを使おう! ケヴィンは近接格闘で時間を稼いでくれ! 頼むよ!」
 そう言ってレフは、三つ目の砲弾の装填を開始する。かなり接近されたと言うのに、ヴィクトリアを使うつもりだ。
「は? マジでか? おめぇ、絶対おれを巻き込むんじゃねぇぞ」
 ケヴィンが嫌そうに言った瞬間、血波に乗った敵チームが岩陰から飛びだして来た。レフ目掛けて一直線に動く二人に、真正面から突っ込んでゆくケヴィン。七色の光を曳きながら疾走する様は、まさに『光速の流星』だ。

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