Sublimation of My Heart Part7

 血波と大盾で波乗りしながら、大岩の陰から飛び出したマルツィオとブルーノ。ランチャーに次の弾を装填している最中のレフ目掛けて、一直線に急速接近してゆく。
 そんな二人に、真正面から突っ込んでゆくケヴィン。身体能力強化メーションの影響で、全身から七色の光を曳きながら疾走する様は、まるで流れ星。

「撃ちまくれ、ブルーノ!」
 拳銃を連射しながら、マルツィオが指示を出す。背後から、マルツィオを抱えるように両手を突き出して、ブルーノも強酸性の血液を乱射する。
(この距離から光弾撃ちまくって、全部相殺するのは無理あるな)
 そう判断したケヴィンは、七色に光る己の残像を振り撒きながら、迫り来る敵弾を全て躱す。それどころか、一瞬の隙を見極めてハイジャンプして、マルツィオ達の上をとった。
「消えた!?」
 ブルーノ達の目には、ケヴィンが七色に光りながら分身したように見えた。ケヴィンが上にいることに気が付いていない。

「いったあ!? ……流れ弾かあ!」
 忙しなく装填作業に集中していたレフは、拳銃弾と強酸性の血液を、何発か受けて怯んでしまう。風穴が更に増えて流血の量が増し、迷彩服の一部が腐食して、黒焦げになった肌が露出していた。
(よりによって、手に被弾するとはなあ! 遮蔽物に隠れよう! これ以上負傷したら、装填どころじゃなくなる!)
 装填作業を中断したレフは、ランチャーを持ち上げると、重い足取りで一番近い大岩の陰に退避するのであった。

 敵チームに周囲を見回す暇さえ与えず、空中から急降下キックを放つケヴィン。片足に溜めた七色の光が尾を曳く、体術とメーションの複合技。着地点や落下の軌道を、ある程度自由に決められるため、垂直ハイジャンプから斜め下に急降下ということも可能だ。
 ケヴィンは片足を、マルツィオの頭に的確に命中させ、その衝撃にブルーノも巻き込んでぶっ飛ばす! 七色の光が花火のように弾けると同時に、ブルーノの集中力が途切れて血波が霧消。二人が乗っていた大盾は、車からすっぽ抜けたタイヤのように転がりだした。

 メーション以外はからっきしなブルーノは、着地に失敗して倒れてしまい、最低限の体術を身に付けているマルツィオは、拳銃を持たない方の手を使って受け身をとる。
 そんな彼らをあえて追撃しないケヴィンは、かなりムカつく表情を見せつけながら、猫の尻尾をぶらんぶらんとさせている。
「うわぁ……おめぇ、ゴキブリなみにしぶといな。脳天に一撃食らってピンピンしてやがる。耐久力だけはいっちょ前だな。耐久力だけは」
「誰がゴキブリだー!? もう一度言ってみろ!」
 起き上がったマルツィオは、鼻笑い交じりに言ってきたケヴィンに言い返す。
「おめぇだよ、半裸! ゴキブリみてぇにキモイ奴、おめぇ以外に誰がいるんだ? バカの一つ覚えみてぇに、マッチョになればモテると思いやがってよ。服着てねぇところが、自意識過剰でマジキモイんだよ。ばーか!」
 思いつく限りの罵詈雑言を浴びせられるマルツィオ。転がってきた大盾を足で受け止め、再び装備すると、わざとらしく猫耳を動かすケヴィンを見据えていた。
(わざとマルツィオを怒らせて、囮になるつもりね。挑発しても反則と見なされない、BAS(バトル・アート・ショー)ならではの作戦だわ!)
 口達者なケヴィンがある意味羨ましいと、ドロテアは思う。

「あ、あれか? ウケ狙いか? ハハハー! わりぃわりぃ、おめぇダサいもんな。カッコつけても無駄だから、開き直った方がいいよな。一周回ってモテるかもしれねぇし」
 手を叩きながら大笑いするケヴィン。
「……あえて挑発に乗ってやるぜー! 光速の流星さんよー! どっちにしろ、オマエのスピードから逃げながらレフに近づくのはムリだからな!」
 言うや否や、大盾に隠れながらマルツィオが発砲。七色に光るケヴィンの残像が、発砲音と同じリズムで徐々に近づいてくる。
 残像が目の前に来た瞬間に、マルツィオはスタンロッドを取り付けた拳銃で突いた。が、スタンロッドは虚しく空を切るのみ。それどころか、いつの間にか背後に回りこんでいたケヴィンから、七色の光を纏うハイキックを後頭部に受けて転倒する。
 フォロースルー状態にあったケヴィンの側面から、ダッシュで駆け寄ったブルーノが、掌から突き出す血塗れの針で貫こうとする。が、残像を残してひょいと横に避けたケヴィンは、隙だらけのブルーノに光速の猛連打。顔面パンチ、ボディーブロー、顎へのアッパー、腹部への膝蹴り、前のめりになった所に後頭部への肘打ちを振り降ろす。ブルーノは、床に叩きつけられてしまった。
(なっ……! 何が起こったの!?)
 ドロテアやその他大勢の観客は、ケヴィンの目の前で、七色の光が弾け飛んだようにしか見えなかった。

「これだからトーシローは……。メーションが強ければ、それでゴリ押しできると思ってやがる。おれはおめぇと違って、ここがいいからな。こ・こ・が」
 そう言ってケヴィンは、自分の頭を指差す。あえて追撃せずに余裕を見せつけ、攻撃を誘っているのだ。
「大口を叩けば、やられた時が悲惨だよ……!」
 両腕で身体を持ち上げつつ、ブルーノが凄みを利かせる。転倒した際に、こっそり拳銃の給弾を済ませたマルツィオも、ゆっくりと身体を起こす。
 先んじて、マルツィオがケヴィンの背中をスタンロッドで狙う。抜け目のないケヴィンは、振り返ると同時にマルツィオの腕を払い除けた。間髪入れず、ブルーノが同様に掌から突き出した針で刺そうとする。払い除けるどころか、余裕でブルーノの腕を掴んだケヴィンは、そのまま姿勢を低くして、ブレイクダンスのように回転して足払い。
 仲良く転倒した二人は、ハイジャンプして頭上をとったケヴィンを目撃する。また急降下キックが来ると確信したマルツィオは、すかさず立ち上がり、ブルーノを守るように大盾を構える。
 やはり七色の光を片足に纏って、急降下してきたケヴィン。だがケヴィンは、大盾に蹴りを食らわせることなく、ようやく立ち上がったブルーノの背後に着地。
「フェイントだ、マルツィオ!」
 慌ててブルーノが、振り返って強酸性の血液を発射しようとする。それよりも速く間合いを詰めたケヴィンが、振り向きつつあったマルツィオに飛び蹴りを浴びせ、直後にブルーノの背後に回って羽交い締めにする。

(ヤロー! オレの相棒を盾にしやがって!)
 体勢を立て直し、拳銃を構えたマルツィオ。しかし、両脇の下から腕を通されて拘束され、必死で暴れているブルーノを見て、撃つのを躊躇した。
「お? どうした? はやく行かねぇと、あのデブが撃ってくんぞ」
 腹が立つ奴に心配されると、それに逆らいたくなるのが人間の性。かといって、拳銃を撃つとブルーノに当たりそうで怖いし、マルツィオのスピードではケヴィンの死角に潜り込むことができない。
(手を負傷していなければ、もう少し速く装填ができるのになあ……!)
 岩陰に隠れているレフは、着々と砲撃の準備を進めている。間もなく装填が終わるだろう。

「オマエ、いちいちバカにする言い方やめろよな!」
 打開策が思いつかずに立ち尽くすマルツィオは、イライラするあまり怒鳴ってしまう。ケヴィンの思う壺だ。
「は? 反則じゃねぇことをして、何が悪ぃんだ? おれに空気を読んで、手加減して欲しいってか? マジ意味分かんねぇ……。負け犬の遠吠えじゃねぇか」
「うるせー! グダグダ言うとモテねーぞ! 男らしく戦ってみやがれ!」
 羽交い締めを維持したまま嘲笑するケヴィンと、拳銃を構えながら言い返すマルツィオ。
「男らしくって何だよ? 五点以上リードしたから侮辱しないように盗塁を縛ったり、選手が倒れたから安全のために、レフェリーが止めるよりも早くサッカーボールを外に蹴ることか? つまらねぇんだよ、そういうのは! 見る側もやる側も! 少なくとも、このおれはな! ま、『本気ごっこ』をしてぇのなら、アーティスト辞めてアスリートになればいいんじゃね? おれはゴメンだけどな。そういうの嫌いだから、アスリート辞めてアーティストになったんだし」
 一瞬、ケヴィン自身が怒ったような顔を見せたが、すぐに嘲笑い始めて抜け目なくマルツィオの気を引いている。
 羽交い絞めにされているブルーノは、抵抗を諦めて大人しくなっている。イライラしているマルツィオに、物言いたげな視線を向け続けている。

「こんのヤローォ!!」
 声を裏返らせて叫んだマルツィオが引き金を引く! 貫通した弾に当たるのを恐れたのか、ケヴィンは一旦ブルーノを解放。七色の像を残す高速移動で全ての銃弾を避けた後に、再びブルーノを羽交い締めにする。
 急所は免れているものの、ブルーノの全身に開いた風穴からは、大量の血が流れ出している。
(なっ……! いくらなんでも、血が出過ぎじゃない!? 拳銃って、あんなに威力大きかったっけ!? あの馬鹿! ちょっとくらいブルーノに当たっても、平気と踏んだのか分からないけど……あっ、そういうわけね!)
 何かに気が付いたドロテアは、嗜虐的な笑みを浮かべてみせる。予想以上の大量出血をしているにも関わらず、ドロテアとそっくりな笑みを浮かべているブルーノのように。
「ハハハ! 何勝手にキレてんの? 事実を言っただけだろ。これだから脳筋は、って――!?」
 血の鎧を纏ったブルーノが、背中から無数の極太針を突き出したのだ。羽交い締めのために密着状態だったケヴィンは、串刺しにされて宙で固定されてしまう。
 ブルーノは更に、無数の針を爆発させて、ケヴィンの体内を強酸性の血液で蹂躙する! 肌は焦げ、至る所が貫かれ、見るも無残な姿になったケヴィンは、爆発の勢いで数メートルほど吹き飛ぶ。

「助かったよ、マルツィオ!」
 ブルーノは礼を述べるが、マルツィオは返答もなく走り出す。片膝立ちになったケヴィンが、片手に七色の光を纏っていたからだ。
「ブルーノ、目を瞑れ!」
 そう言ったマルツィオが、ケヴィンとブルーノの間に割って入ると同時に、七色の閃光が周囲に走る。が、七色の閃光が霧消して露わになったのは、ニヤニヤとしているマルツィオと、嗜虐的な笑みを浮かべているブルーノだった。
(クソ野郎! 読まれてたか!?)
 余裕を見せつけていたケヴィンの姿は何処やら、焦燥感を隠せないでいる。
(シーケーワンは、マジックミラーのようになっているんだ! リアルの光は勿論、AMMの効果でメーションの光も反射する! でもそれだけじゃ不安だし、念のため目を瞑っていて良かったぜー!)

 

(よし! ようやく装填が終わったよ! ケヴィンは……どこだろう?)
 レフはランチャーを持ち上げると、重い足取りで付近の索敵を開始する。受けた傷と、重装備のせいで、あまり速く走れない。
(うわぁ……。路地裏できたねぇおっさんに抱きつかれた女って、こんな気分になんのかな……? マジ逃げてぇ。ハイジャンプなり何なりして逃げてぇ)
 窮地に陥ったケヴィンは、ブルーノの針とマルツィオのスタンロッドを必死で躱し続けていた。ブルーノが放つプレッシャーが心の隙間から侵入して、思うように身体を動かせない。
 血の鎧を纏っているブルーノには、格闘では反撃できない。マルツィオのスタンロッドは、一瞬でも触れれば身体が硬直して、その隙にトドメを刺されてしまう。かなり危うい状態だ。
 マルツィオのスタンロッドだけは、何が何でも避けているケヴィン。血の鎧を起点に突き出る針の数々は、食らっても仕方がないと割り切る。体感で十倍近くブルーノの手数が増している上に、大怪我してケヴィンの動きが鈍っているから、避け切れなくても仕方ない。ならば、自慢のスピードで一旦逃げてから、遠距離戦に持ちこむのがセオリーだが……。
(ダメだ。今おれが逃げたら、こいつら二手に分かれて、あのデブを後ろからブスリとやる。そしたら、マジで勝ち目がなくなるわ。死んでもこいつらを引き付けねぇと)

 側面からマルツィオがスタンロッドで突いてきた。ケヴィンがサイドステップで素早く躱すと、正面からは無数の強酸性の血液が。その密度たるや尋常ではなく、ケヴィンがどれだけアクロバティックな避け方をしても、絶対に何発か貰ってしまう。近距離だから光弾連射で相殺もできないし、両腕で顔を覆い、片膝を持ち上げてガードする。
「どうした、ヘタレ野郎!? 男だったら、根性みせてみなー!」
 仕返しとばかりにマルツィオが挑発する。
「ふふふ……饒舌は臆病の裏返し。化けの皮が剥がれると、悲惨なものだね」
 更に圧力を加えるつもりで、ブルーノが言い放つ。
「……何勝ち誇ったツラしてんだ? ばーか」
 黒焦げにされた両腕と片膝を降ろしたケヴィンは、鼻笑い交じりに言ってのけた。前に揺れ、後ろに揺れ、今にも倒れそうになりながらも、挑発的な笑いだけは絶やさなかった。

 すかさずトドメの一撃を繰り出す二人。掌から突き出す極太の針と、拳銃に取り付けたスタンロッドが、交差しながらケヴィンの胸に直撃した! 満身創痍のケヴィンは、まともに身体を動かせなかったのだ。
「ん? ……右だー! 右、右防御しろブルーノ!」
 なんとレフが岩陰から飛び出し、ランチャーをマルツィオらに向けているのだ! スタンロッドを引き、屈みながら全身を大盾に隠すマルツィオ。ブルーノも慌てて針を引き抜き、マルツィオの背後で血の壁を展開する。
(よしきた! 一直線に並んでいるなら、スコーピオンで一網打尽だ!)
 アリーナ内に設置されていたハイスピードカメラのみが、この砲弾の正体を捉えていた。砲口から飛び出すなり、スコーピオンと呼ばれた砲弾の表面が、竹を割ったように飛散する。ダーツのようになった砲弾は、頑丈な大盾に容易く穴を空け、マルツィオを、血の壁を、そしてブルーノを血の鎧ごと一気に貫通した!
 背中にできた大きな穴から、爆発したように血を飛び散らせたブルーノは、くの字になってぶっ飛ぶ。
「ちょっと、ブルーノ!? どうして!?」
 本当に何が起こったのか分かっていないドロテア。レフのライブをいつも見ている観客以外も、何が起こったのか分かっていない。
 ちなみに、見えない壁の外側からなら、内部の障害物、つまり大岩などは半透明になって見える。物陰に隠れて見所を見逃してしまった、なんてことはない。
「ハハハ……! ざまあみろ……!」
 仰向けに倒されながらも、ケヴィンは首だけを起こして、数度バウンドした後に気絶してしまったブルーノを見届けた。満足そうに悪態をつくと、遂にケヴィンも気を失うのであった。

(榴弾だと、爆風と破片でケヴィンを巻き込むからね。今更遅いけど。その点徹甲弾は、跳弾さえしなければ、多数の目標を貫通することが可能だ。火力も、撃たれた部位がただの肉塊と化して、即死に至る場合すらあるほどで、申し分ない。だから、いくらライブ中と言っても……!)
 ある種の懇願を訴えるかのような目で、レフはマルツィオを見ていた。徹甲弾の衝撃で、砂埃を上げながら大きく後退したマルツィオを。
 辛うじて生き残っているのだ。着弾に備えた時と変わらず、片膝立ちになりながら。ニヤニヤと笑っているのだ。大きな風穴から、大量の血を撒き散らしているのに。

「よっしゃー! 絶好のモテチャンスじゃねーか!」
 自らを奮い立たせるように叫ぶと同時に、大盾を構えたままマルツィオが走り出す!
「そこは人間として倒れた方がいいよ!?」
 慌ててランチャーを投げ捨てたレフは、素早く腰からマシンピストルを抜いてフルオート射撃した。
「いや、ちょっと、おかしいでしょ! なんでそれだけの理由で立ち上がれるのよ!? えっ? まさか、見た目よりダメージは酷くないとか? それとも、モテたいって思えばタフになれるメーション!?」
 黄色い声援があちこちから聞こえる中、マルツィオに激しく突っ込むドロテア。レフが撃った砲弾の正体といい、もう訳が分からない。

 マシンピストルの弾は、迫り来る大盾に悉く弾かれてしまう。一応、徹甲弾で開けた大盾の穴を狙っているが、銃の反動が激しくて思った通りにならない。
「くそう! なんて装甲だ! 着脱式のストックを装備するべきだったかなあ!? それか、隣の世界で作られたマシンピストルを持ってくるか! レイラの銃火器の多くは、AMMが使われているから、メーション使いとも互角にやり合えるけど、その分火力そのものは劣っていて――!」
 早口でミリオタ熱を発散する暇もなく、ダッシュの勢いを借りたマルツィオが、スタンロッドで真っ直ぐに突いてきた。間一髪、斜め前に転がることで避けたレフは、片膝立ちになるともう一度引き金を引くが……。
「ああもう! 語っている場合じゃなかった! 弾切れじゃないか! いつの間に!? どれくらい接敵された時にだ!? いやもう、そんなことは――!」
 ケヴィン曰く、興奮すると喋りが止まらないのがレフの悪い所らしい。マシンピストルも投げ捨てたレフは、スタンロッドを引き下げたマルツィオの腕を掴み、近接格闘で応戦しようとした。自分で銃火器を作るほどのミリオタなレフは、格闘戦距離における様々な戦闘技術も、一応身に付けている。

 もう一度、スタンロッドを握った腕を真っ直ぐに伸ばすのかと思いきや……。
(シ、シールドバッシュかあ!?)
 見事にフェイントに引っ掛かってしまったレフは、表面に無数の棘が付いた大盾で押し倒されてしまう。マルツィオは、そのまま大盾ごとレフの上に圧し掛かり、脇腹にスタンロッドを数秒間当て続ける。
 最初に激しく痙攣した後、身動きが全く取れなくなったレフから離れたマルツィオ。未だ背中から大量出血しているにも関わらず、カワイイ女の子たちが座る観客席を眺めながら盛大に言ってのける。
「今回一番のビックウェーブが来るぜー!」
 その場に投げ置いた大盾の上に乗ったマルツィオは、サーフィンの要領で移動を始める。一瞬フラッと倒れそうになったが、気にしない。『波』がないため、さっきより走行速度が落ちているが、レフは動けないから問題ない。
 一番近くの大岩を駆け登って、大きくジャンプ。わざわざ空中でポーズを決めたマルツィオに、ありったけの黄色い声援が浴びせられる。直後、マルツィオが乗る大盾は、仰向けのまま硬直しているレフの腹部に落下! 押し潰された衝撃で、レフの身体が大きく跳ねたが、それ以上動くことはできなかった。

「うっひょー! バトル・アーティストやってて良かったー!」
 ライブ終了のゴングが高鳴ると同時に、大盾の上でバンザイしたマルツィオは、限界がきて仰向けに倒れてしまった。全身傷だらけ、血だらけだが、何度も聞こえてくる「マルツィオくーん!」の声で顔はニンマリ。とても幸せそうだ。
(一体どこで、そのタフネスを身に付けたわけ? 毎日合コン三昧で、背ビレのセットに三十分かけて、女の子が好きそうな情報の収集して、筋トレして……。そうすれば、自然と頑丈な身体になれるの? モテたいってだけで?)
 無意識に拍手を送っているが、ドロテアは納得できないと言った感じに口をすぼめている。承認欲求を素直に開示できて、賞賛されて素直に嬉しがっているマルツィオに、嫉妬しているのかもしれない。

(さて、このライブの結果は……? ……全員倒れているじゃないか。また引き分け? あ、でも、マルツィオを称える歓声が多いなぁ。ということは……)
 ある程度傷が癒え、何とか立ち上がったブルーノは、黄色い声で呼ばれる名前で全てを悟った。未だ全身から血を流しながらも、仰向けになっているマルツィオの元へ歩んでいくブルーノ。
 真夏の太陽のような照明を遮るように、ブルーノの顔が視界に現れたのにマルツィオは気付く。咄嗟に両膝立ちになると、ブルーノの腰に両腕を回しながら、ややオーバーな様子で謝罪する。
「うおー! ブルーノ、最初から最後まで、オマエに負担ばかり掛けちまって悪かった! いいとこ取りしたのは、絶対狙ったわけじゃねーんだ! 頼むから、仕返しはやめてくれー! オレたち親友だろ!? 男同士だろ!?」
「男同士だったら、何なんだよ!? 誤解を生むような挙動と言動はやめて!」
 ブルーノは身を震わせながら、両手でマルツィオを突き飛ばす。
「許してくれー! ブルーノ! せっかく勝ったんだ! ズタボロにされたオレの姿を、美人美少女に公開しないでくれー!」
 再び仰向けに倒れたマルツィオは、拳銃を持たない方の手を突き出して必死に頼む。
「はぁ……。そんなことしないよ。マルツィオのおかげで勝てたんだから。――ありがとう、マルツィオ」
 そう言って差し伸べられた手を、握り返すかと思いきや、マルツィオは立ち上がってブルーノと熱い抱擁を交わす。
「オレの方こそありがとなー! ブルーノ! 愛してるぜー!」
「だからやめてって! 女の子に抱きつけばいいじゃないか!」
 暑苦しい抱擁から逃げられないブルーノは、血の鎧から突き出す無数の針で、制裁を下してやろうかと考えていた。
(そっち系のお姉さまを取り込む作戦ね……!)
 勘違いするドロテアだが、実際ブルーノを熱く抱きしめているマルツィオには、更なる黄色い声援が送られている。そっち系のお姉さまによる声援だろうか?
 言うまでもないが、マルツィオは女の子一筋だ。もちろん、そっち系のお姉さまを取り込もうなんて、これぽっちも考えていない……はず。

 

「本当に見る目がない貧乏人ども! レイラ一のセレブよりも、こんな三文芝居で成り上がったクズどもの方が人気だなんて!」
 悪趣味な屋敷の私室にて。外装だけは立派な恰好をしている女性が、過剰に豪華なソファーを叩きつけながら喚き散らす。

 巨大なスクリーンに映るのは、先日部下に命じて違法撮影させた、チーム戦ライブの一部始終。
「いやあ、すごいね、マルツィオくんの大盾は! どんな構造をしているんだい!? スペースド・アーマー? モジュール構造かな? もしかして、僕対策に爆発装甲反応にしていたり!?」
「いい加減にしろ、デブ! 半裸と吸血鬼困ってるだろ! とっとと謝れや!」
 興奮したレフがマルツィオの装備に関して質問をしまくって、ケヴィンが悪態交じりにそれを引き止めている。さっきまでは、熱い抱擁を一方的に交わすマルツィオとブルーノに、惜しみない拍手と歓声が送られていた。

「あー、胸糞悪い! どうせ現実世界じゃモテないから、ああやってBASに逃げて、身内で盛り上がっているんだろうわ! レイラに誇る総合薬品企業の社長を務める、このあたしと違って、ねぇ!」
 下品で幼い声による罵声で喚いているが、一向にストレスは解消されない。
「デルフィーヌ! さっさと来なさい、デルフィーヌ!」
 こういう時は、自分に逆らえない部下を殴ったり蹴ったりするのが一番だ。華奢で弱々しい美少女が、お誂え向きだろう。
 自分より優れた容姿を持つ女性をいたぶる方が、そうでない女性をいたぶるよりも、遥かに気持ちいいに決まっている。何もできないくせに、可愛いと言うだけでちやほやされている美少女が、容姿を台無しにされてゴミ同然にされる瞬間を観ると、胸がすっとする。
「す、す、すみません、ジュリアナ様! 今行きますから!」
 泣き出す寸前の子どものような声が、大きな扉の向こうから響いてくる。すぐに大急ぎな足音が聞こえて、扉をノックする音が聞こえたが、レイラ一のセレブはあえて無視した。
「し、失礼します……!」
 猛獣が住む檻の中に入るかのように、恐るおそる扉を開くデルフィーヌ。蒼白い肌と、少女漫画のような薄幸な瞳を持ち、ロココ風の華麗なドレスを身に纏った、ジュリアナの道具だ。

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