【超短編】かえんの!ステーキ

 無料頒布予定の折本に掲載する、原稿用紙5枚ほどの超短編小説です!
 色々と試したい事がありますし、せっかくなのでこちらでも掲載いたします!

 

「”華焔不死鳥かえんふしちょう“、クローディア=クック!」
 勝ち気な笑みを浮かべた、竜の尻尾を持つ赤ポニーテールの女性が、溌剌とした声で叫んだ。
「今日はこのガリクソン牧場に降り立って――」
 若草色の広大な牧草地に点在する、茶色の牛たちは尻尾を振って悠々と歩いている。
「私の華焔で牛肉のステーキを焼いてみるよ!」
 直後、牧場にいる大勢の観客が、ワールドカップさながらに大歓声を上げて狂喜乱舞した。
「この辺りって、牧場以外には砂丘しかないんだけど、それが肉牛の育成には良くってさー。砂が良いフィルターになって、牛たちが飲むミネラルウォーターをくみ上げられるんだよ。あと、多種多様な草を成長過程ごとに――」
 牧場の来歴や魅力について語るクローディアを、カメラやマイクを持った人々が囲んでいる。最高級ステーキの宣伝映像を収録しているのだ。

「――という訳だけど、話聞くより実際に味わった方が分かりやすいよね?」
 スポーツドリンク入りの水筒を、一口飲んでから巨大なテーブルに置いたクローディア。同じくテーブルに置かれている、黒い板の端を掴んだ。大量のグリルプレートを連結させた、百人前のステーキが同時に焼けるという、バカでかいプレートを。
「じゃ、焼き方はミディアムで行ったみたいと思いまーす! ファイアー!」
 そして観客たちも「ファイアー!」と叫ぶと、彼女の両手から煌びやかな炎、通称”華焔”が発せられた。それはプレート全体を一気に包み込み、花火大会のように美しい火花が周囲に散る。
 すぐに百枚のステーキが、シュウシュウと音を立てながら煙を昇らせた。そこに華々しい華焔が添えられ、映像としての見栄えは十二分だ。

 

「今さー、風向きがこっちの方だから、ガーリックの香ばしさがスゴイんだよね」
 なんてクローディアが冗談を言っている間にも、撮影スタッフたちがステーキをトングでひっくり返している。プレートを包む炎は、クローディアの意識で制御されているから、スタッフが手を突っ込んでも燃え移ったりはしない。特別製の防火手袋のおかげでもあるが。
 鼻をひくつかせる香ばしい煙は、砂嵐のようにクローディアを呑み込んだ。白くぼやけた世界が彼女をヘブンへと誘うようで、思わずヨダレが垂れてしまい、お腹の虫が鳴き――。
「あの、クローディアさん。華焔が……」
 スタッフの一人に言われたクローディアは、ハッと我に返る。プレートを包む炎が、いつの間にか弱々しくなっていた。
「ヤバイ! 変な風に焼けちゃう!」
 慌てて火勢を強めようとするが、空腹で集中力が途切れた状態ではむしろ衰えてゆくばかり。
「看板娘さん、しっかりして下さいよー!」
「いやだって、今日美味しいステーキがいっぱい食べられるって聞いたから、パン六つだけだったし、あとはサラダ三杯、ゆで卵八つ、牛乳三杯、トマト四個にバナナ一本くらいしか……」
 これじゃ埒が明かないと悟ったスタッフは、他のスタッフから借りた拡声器を観客に向ける。
「皆さん! クローディアさんを応援して、華焔に”薪”をくべてください! 早く!」
 ステーキが台無しになってはマズイと、観客たちが即座に「クローディア! クローディア!」とコールを始めた。クローディアの華焔は、周囲の人間から応援されるほど勢いを増す。
 クローディアはフラフラになりながらも、板を掴む手に力を籠めた。泉脈を掘り当てたように、身体の芯から熱い力が湧き上がり、それは華焔となって全身から溢れ出る。
「うぉあっつ!?」
 近くにいたスタッフは、思わず後ずさる。
「ごめん! こうなると完全に制御できないから、私のそばから離れた方が良いよ!」
 そう言ってクローディアは深呼吸を繰り返し、プレートに意識を集中させた。そのおかげで、自身の周囲はともかく、調理スタッフはちょっと暑苦しいだけで済んでいる。
「おぉー! 美味しそう!」
 縦縞の焼き跡に汁が溜まったステーキを、次々とトングで取っている調理スタッフを見て、クローディアは目を輝かせていた。

 

「それじゃあ……いただきまーす!」
 観客たちと同様、ステーキの皿を持っているクローディアが、拳を突き上げて叫んだ。観客たちの「いただきまーす!」が返って来た瞬間、食べやすいサイズにカットされた一切れを、フォークで口の中に放り込む。
 最初の一噛みで、一気に口の中に広がる上品な肉汁。絶妙な柔らかさのお肉は、噛むほどに凝縮された旨味がしみ出てくる。更にはほのかなガーリックの風味が、脳に電撃を走らせ、食欲を暴走させるのだ。瞬く間に最後の一切れが腹に収まったが、口や鼻を埋め尽くす後味や残り香が、尚も空腹を煽っていた。
「皆のステーキに対する意気込みのおかげで、こんなに美味しく焼き上がったよー!」
 そうして盛大な歓声と拍手が巻き起こる。一先ず満足したクローディアは、テーブルの上に置いていた水筒を手に持ち、ごくりと飲む。
「あっつ!?」
 ドリンクをこぼしたクローディアを見て、「大丈夫ですか!?」とスタッフが駆け寄った。
「ハハハ……。私のそばに置いてあったから、熱湯になってたみたい。油断しちゃた」

 

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