【予告編】Blazing Firewood Part3

【Assault for Freedom】 Chapter2 “Blazing Firewood”

同人誌・電子書籍として頒布予定の”Assault for Freedom”、
そのChapter2の予告編となります。

 

 そんなこんなで、城壁のようなビル群を眺めていると、通りがかった女の子と目が合った。赤の上着とチェックのフレアスカートの森ガール風、緑髪にはポツポツと白棘が生え、足は植物の根っこのように細かに枝分かれしている。色んな花人間の混血として生まれた、お淑やかそうな女の子。
「コスティ、くん……? そうだ……!」
「あるぇ、パメル? 今日はここで公演かい?」
 彼女は数多くの足を、バレエのように小刻みに、氷を滑るように動かした。円筒状の靴下は、一枚ずつが異なる色で、それらが華麗に前後する様はとても華やか。
 このパメルと言う子は、コスティのジャグラー仲間だ。彼女はバルーンアートを得意としている。
「ね。コスティくん。暇だったらお願いがあるけど……」
 パメルはテーブルに突っ伏している、変態的な服装の男の様子を伺いながら、おずおずと訊いた。
「ちょっとならいいけど。別行動している人が戻るまで」
「じゃ、じゃあ……ラブレターを渡すの、手伝って欲しいな」
 パメルは胸ポケットから、折り畳んだ便箋を取り出した。
「思ったんだけど、ドニに渡すのかい?」
 都会育ちのデジタル世代にしては、なかなか古風な手段を採るのが、パメルらしくてコスティは微笑ましく思う。ドニもまた、コスティのジャグラー仲間であり、パメルが彼に恋心を抱いている事は、それとなく察していた。
「そう、ドニに……。もうすぐサンドイッチ屋さんのバイトが終わるから、この後一緒にデートに行きませんかって」
 パメルはほのかに紅潮し、顔の下半分を広げた便箋で隠す。
「直接言うのが恥ずかしくて、ラブレター書いたのに……。渡すだけでもすごく恥ずかしくて……。だけどね、コスティくんに指揮して貰えば、私でも大丈夫かなって……」
 パメルは真っ赤になった顔全体を、便箋に埋めた。
「ね。不純かな? 失礼? アーティストにこんな事頼むの」
「むしろありがたいよ、そういうに呼んでくれるのは」
 コスティは異空間から、二本の指揮棒を取り出しながら立ち上がる。シンフォニーを奏でる気が満々だ。
「アーティストを気取って、恋愛なんて無駄だと言うのは、人間としての負け惜しみだと思うんだ。トラウマや何かを抱えている人は別だけど」
 パメルは便箋を下に動かし、上目遣いだけを露出させる。
「ありがとう、コスティくん。コスティくんって、お願いすれば、余程忙しくない限り必ず来てくれるよね」
「一人で仕切るよりも、呼んでもらった方が嬉しいからね。ところで、ドニのバイトが終わるまで、後どれくらい?」
「あと三十分くらいだね」
 コスティは目を閉じ、周囲に揺蕩う精霊の声に耳を傾ける。
「それじゃあ、急いで周りの人に声を掛けて、できるだけ多くの演奏者を集めてみよう。一度きりの即興シンフォニー、忘れられない思い出にしてみせるよ」
 そう言ってコスティは、目を瞑ったまま深く頭を下げた。「コスティ、何かやるの?」と、彼をよく知っている人たちが、続々と集まって来る。
「ドニは鼻が利いて、クッキーに目がないから――」

 広場から少し離れた場所。祭日の大通りのように、両側に屋台が立ち並ぶ、フリマの通路にて。
「おつかれさまっした!」
 そう言ってサンドイッチ職人に頭を下げたのは、パメルが恋心を抱くドニ。犬人間の血がかなり濃いようだ。ハスキーの犬ように黒青色の上毛と白毛に覆われ、黒い鼻鏡を持ち、爽やかな笑顔で尖った大きな歯を見せる。服装は、緑と黄色のチェック柄シャツに、淡い水色のジーンズだ。
(今からでも間に合う、ライブの席は無いスかね?)
 せっかくドームに来たんだからと、ポケットから携帯電話を取り出し、アリーナエリアで行われるライブの空席情報を確かめる。彼はこれまで、何度かBASを観に来ている。
「最近のBASマジつまんねぇー!」
 携帯を弄りながら歩いていると、若者グループとすれ違う。
「正々堂々やったら、普通のスポーツと変わらないのに……」
「古参が本気で戦うと、新参ホイホイの信者に叩かれるのよ」
「ゆとりアーティストの信者って、ほんっと害悪だわ!」
 どうしても聞こえてしまい、ドニは微かに眉を顰める。と、甘ったるい香りが、そよ風と共にやって来た。
(これは……季節限定マロンチョコクッキーの香り!?)
 ドニは立ち止まり、黒い鼻鏡をピクピクとさせる。
(もう終わったはずなのに……! フリマだからかな!?)
 ドニは賄いのサンドイッチを貰ったことも忘れて、大好物の香りがする方に走って行く。犬人間故嗅覚に優れるし、このそよ風は意思を持ったように自分の元にやって来る。おかげでドニは、すぐにパラソルテーブルの広場に辿り着いた。

(ラッキーッス! 誰も屋台に並んでない!)
 水玉模様のエプロンを付けた、羊人間のお婆ちゃんが、笑顔で迎える。「マロンチョコ下さい!」と言うと、お婆ちゃんはすかさず焼き立ての袋詰めと、折り畳んだ便箋を渡した。
「ディアマイドニ……何スかこれ? サービス券?」
 ドニは自分の名前と、やけにイケメンな犬人間が描かれた便箋を、訝しげに見つめながら開いてみる。
「これかい? あんたへのラブレターだよ」
 ニヤニヤ顔で言われた直後、広場で演奏されていたヴァイオリンやアコーディオンの音が鳴り止んだ。困惑して、ストールを靡かせている指揮者を振り返る。エルフの美青年が、ふわっと両手の平を見せて演奏者たちに微笑むと、お洒落なポップスと打って変わり、静かなイントロが奏でられる。
『ドニ君へ。突然の手紙、ごめんなさい。これから言うことは、本当は直接言うべきなのに』
 続いて、鈴を転がすような声が、スピーカーを通して聞こえてきた。ドニは一層困惑して、辺りをキョロキョロ見回す。
(えっ、ボク? なんで? 手紙……?)
『だって仕方がないの。ドニ君のことを考えると、胸がドキドキしちゃって。私、ドニ君のこと好きになったみたい』
 ともすればすすり泣いてしまいそうな程、感情たっぷりに朗読する女の子を発見した。マイクスタンドが置かれたパラソルテーブルに向き合う、魚人間の子をドニは知らない。
(なんスかなんスか!? あの子誰!?)
『ドニ君のボールジャグリングを観て、ずっと「かっこいいなぁ」と思っていました。実は、いつも動画を観ています』
 ドニはようやく、お婆ちゃんから受け取った便箋の文面と、朗読の内容が一字一句違わない事に気が付いた。このラブレターは、バラードに乗せて朗読する女の子から?
『ストーカーみたいで、ごめんなさい。これから一緒にクッキーカフェに行きませんか? 良かったらお返事ください。お願いします。パメルより』

 直後、熱心な拍手が広場で巻き起こると、ドニもよく知る植物人間が立ちあがった。両手で覆われた顔が真っ赤になっている事は、想像に難くない。普段のパメルとは違う、木漏れ日に照らされた木の葉の雫のような、ナチュラルな香りを吸いこむと、思わずドキッとしてしまった。
 指揮者が棒を振り上げると、即興アンサンブルはクライマックスに突入。不自然な上昇気流によって、ブリザーブドフラワーやシャボン玉、紙飛行機、鳥の餌などが舞い上がる。
 パメルは両手で顔を隠したまま、棒立ちの呆然なドニの方へ歩いてゆく。温かい拍手に後押しされ、寄り添うような声援に導かれ、想い人の目の前に立つとバッと両手をどかす。
「す……好きです! 付き合って下さい!」
 両目を瞑ったままとは言え、大勢の前で、大胆に叫んだことが、自分でも信じられなかった。訪れたのは数秒間の静寂。
「も、もちろんスよパメル! こんな事してくれるなんて!」
 無言の圧力で言わされたのか。一時の気の迷いで言ってしまったのか。悲観的に考察する暇もなく、パメルは涙を溜めた目を、ドニの胸に埋めて隠した。
 フカフカな体毛に覆われている割には硬く、それでいて温かい好きな人の胸から、バクバクと聞こえる心音。段々と幸せな気持ちになってきて、ようやく開かれた目に映ったのは、はにかむドニの赤い顔。今の答えが真実だと、確信する。

「良かった。無事に成功したみたいで」
 少なからず緊張していたコスティは、指揮棒を下ろし、胸を撫で下ろす。この即興シンフォニーに協力してくれた、この日この場に偶然居合わせた人々――クッキー職人、イラストレーター、アナウンサー、アロマセラピスト、その他大勢の音楽家や手芸屋さんたちも、皆揃ってほっこり笑顔。
「気が早いけど、皆でブーケトスしてみない?」
 コスティは二本目の指揮棒を、異空間から取り出した。演奏者らは頷くと、めいめいに投げ渡すを手に持つ。
「よし! さあ皆、何でも投げてくれ!」
 両手を広げてどんと来いのコスティ。間近で見つめ合っていた新しいカップルは、どんなブーケが出来上がるのかと、ドキドキしながら広場を見回した。結んだハンカチにヘアリボン、和柄のスプーンなどに加え、メーションで創られたと思わしき、人の頭くらいの緋色の月影まで宙に浮かんでいる。
(月ッスね。……そういや、ずっと前に観たライブで……?)
 緋月があまりにも不自然だから、ドニは嫌でも過去に観た光景が脳裏に浮かんだ。あの緋月は、確か投げられた勢いで光槍へと変化し、相手を貫いていたような……。あの時の眩い火花と、観客のどよめきだけは、はっきり憶えている。コスティは気づいていないようだが、まさか……!?
「危ないコスティ!」
 叫んだドニはパメルから離れると、佇んでいたコスティに体当たりをかました。「えっ!?」とコスティが倒れた直後、ドニの身体に緋色の槍が着弾。溶断機で鉄が切断される時のように、物凄い火花が数秒間に渡って飛び散った!
「きゃあ! ドニ!?」
 パメルは腰を抜かして尻餅を付いた。いつの間にか見えない壁が展開されていたらしく、幸いにもドニは、シャツに穴が空いた程度で済んだ。だが、「うぅっ……」とうめきながら腹を押さえて蹲り、激痛にもがき苦しんでいる。
「ドニ!? ……すまない。人が多くて、聴こえなかった」
 こうも人が多い場所では、精霊の声を上手く聴き取れない。アーティストであるコスティは、本当の狙いは自分だとすぐに理解して、光槍が飛んで来た方を見た。
「素人がカッコつけて、出しゃばりやがって」
 よく通るハッキリとした声。メーションでを操り、透明になっていた猫人間は、コスティに近づきながら、徐々にその姿を色濃くしていった。
 空気抵抗を減らす為の、カラフルなレーシングスーツ。ピンクのスパイクシューズに、ピンクのバイク用手袋。細長い尻尾と、センター分けの髪は、赤茶色に染めている。気怠そうな垂れ目は、見る人によっては怒りを煽られる。
「あなた誰なの!?」
 パメルは鬼のような形相で叫ぶ。BASに興味が無い人にとっては、クローディア以外のアーティストなんて知らない。
光速こうそくの流星、ケヴィン=シンクレア。一々言わせんな、だりぃ」

 何食わぬ顔をしているケヴィンには、普段は温厚な観客たちも、「なにするんだよ!」「台無しじゃない!」「何でこんなことするの!?」と、非難を浴びせずにはいられない。
「BASドームで、何でもって言ったアーティストに」
 ケヴィンは猫の尻尾を、気怠そうに振り回している。
「弾投げて叩かれるとか、意味わかんねぇよな。負け犬ども」
 火に油を注がれた観客たちは、「ハァ!?」「空気読めよォ!」「暗黙の了解ってのがあるだろーが!」と、言葉遣いが汚くなってゆく。と、怒りが頂点に達したパメルは、突っ立っているケヴィンの頬に、全力の平手打ちを浴びせた! ケヴィンは一瞬目を瞑ったが、すぐに何食わぬ顔となって、心底面倒臭そうに、目に涙を溜めるパメルを見返した。
「土下座してくれる!?」
 臆病な自分の為に、大勢の人がシンフォニーを奏でてくれて。ずっと想い続けた人と、これからデートに行くつもりだったのに、彼はもがき苦しんで、何もかも滅茶苦茶にされて。暴力とは無縁の彼女でも、怒り狂うのも無理はなかった。
「言っとくけど、おれはステージ上で手加減しねぇからな」
 そんなパメルの気持ちなど意に介さず、ケヴィンは猫の尻尾をぷらぷらさせながら、言いたい事だけを言ってのけた。
「だから何!? どうでもいいけど!」
 間近で叫んでも、ケヴィンは無反応だった。数秒の沈黙を経て、再び怒りの頂点を迎えたパメルは、手を振り上げる。
 直後、ケヴィンのボディブローがパメルに入った! 左腕に纏った七色の光は、身体能力(特にスピード)を強化するメーションの副作用。激痛に硬直したパメルは、それまで溜めていた涙を零してしまう。「パメル!?」「嘘だろ!?」と、コスティやドニの叫び声が響いた。
 パメルが崩れ落ちる中途、ケヴィンは一切の手加減を加えなかった。七色の光を纏った両腕が、残像を残して振り回されていたように見えたが、恐らく顔面へのストレートやフックが六発以上、ボディへのパンチは十三発以上、膝蹴りや肘打ちが四発以上当たっていたはず。
 一瞬にして、パメルの可憐な顔は鼻血で染まり、そこかしこが腫れ上がってしまった。横倒れとなった可愛らしい服は、埃だらけにされてしまい、所々が引き裂かれている。
「普通男が女を殴りますか……!?」
 パメルは両手で顔を覆い隠すと、静かな声ですすり泣く。
「都合の良い理論持ち出して、言い訳してんじゃねぇぞカス」
 ケヴィンは数メートルほどの距離から助走をつけると、サッカーのフリーキックの要領で、パメルを思い切り蹴り飛ばした! パメルはパラソルテーブルに何度も激突しながら、数十メートルを転げ回った後、群集のど真ん中で倒れ伏す。
「これだから女はうぜぇ」
 非難轟々から一転、「うわあ」「ひどい」「嘘でしょ」「そこまでやる?」とドン引きする観客たち。ケヴィンに殴り掛かれば、一般人であろうとお構いなしにボコボコにされるのだ。
「お! 自己満リア充、公開処刑されてんじゃーん!」
「思い通りにいかない信者が、全員涙目で超ウケる~!」
 餓えた過激派たちの、胸糞悪い歓声が聞こえてくる。シンフォニーを奏でていた人々は、本来この場所で何が見世物となっているのかを思い出す。

「お前責任取れよ! 今すぐ!」
 コスティは指揮棒をケヴィンに向けて叫ぶ。シルフィードたちの激しい怒りで風が吹き荒れ、とんがり帽子の妖精人形が揺れ動き、ストールやジャケットが激しくはためく。
「文句あるならミシェルに言え。あいつがクローディアに関わったやつ、適当に痛めつけてやれって指示出したんだ」
「うるさい! じゃあなんで命令に従ったんだ!?」
「さあ? 暇だし。おまえらウザいし」
「皆がお前に何したと言うんだ!? 何もしてないだろ!」
 ケヴィンはそっぽを向くと、異空間からペットボトルを取り出し、スポーツドリンクを口に含む。「おい、話聞け!」とコスティが怒鳴った後、背中を見せたまま語り始める。
「おれは元々、プロアスリートの養成アカデミーに通っててな。スポーツマンシップ・・・・・・・・・と言うものを、たくさん教わったな」
 ケヴィンは尻尾を気怠げにブラブラさせている。
「無能なコーチの機嫌をとる為の脳筋プレー。頭脳戦でアホ選手を逆ギレさせない為の接待プレー。スポンサーに媚び売る営業のせいで、使い辛ぇ道具をあてがわれたし、心を鍛えると言う名目で、無給労働や意味のねぇ奉仕を強要されたな」
商売プロとしてお金を稼ぐなら、色々我慢しなきゃダメでしょ」
「……それは確かに、おめぇの言う通りだな。だとしても、本気・・でやらねぇと楽しくねぇだろ?」
 ペットボトルを異空間に収納し、ケヴィンが向き直る。
「だからおれは、負け犬に媚びた商売は辞めて、何でも・・・許されるBASに転職したんだ。けど、おめぇら馴れ合い厨が変な風潮を作ると、せっかくの自由が台無しになるんだよ」
「そんなの! 結局お前だけの都合だろ!」
 コスティが怒鳴ると、至る所で嘲笑交じりの歓声が上がる。
「ガチ喧嘩をタダで観せてくれるサービス精神いいぞ~!」
「平和ボケした奴に手段を選ばないスタイル、マジ好き」
 シンフォニーを奏でるために集まった人々は、血の匂いを嗅ぎつけた蛮族どもに、取り囲まれていた。
「戦わないアーティストとか、客を舐めすぎだよな?」
「シンフォニーとかいらねーし。さっさとバトル見せろ!」
 攻撃本能を満たす為の生贄に、ありったけの野次を浴びせる野蛮人ども。その数の多さに、コスティが物憂げな面持ちで伏し目がちになっていると、ケヴィンが鼻で笑った。
「おめぇらみてぇなのが、連続敬遠するやつとかを必死こいて叩くんだろうな。ルールの範囲内で、勝つ為に一生懸命やったやつらを」
 過激派たちは大爆笑した。コスティと共にシンフォニーを奏でた人々は、負けじと声援を送る。
「ね、コスティくん……! お願い、ドニの分まで……!」
「真に受けちゃダメッスよ! あんなのほんの一部ッス!」
「思い知らせておやり! 恋路を邪魔した者がどうなるか!」
「戦うだけがアーティストじゃないもん! 大丈夫だもん!」
 決意を固めたコスティは、両の指揮棒を縦に構えた。オーケストラの開幕寸前のように、一瞬の静寂が張り詰める――。

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