Diamond Revolt Part1

「ハハハ! いいぞ! もっと流血ジュースをぶち撒けろ! 規制規制と煩いババアどもを、ヒステリーに追い込んでやれ!」
 BASの社長、”悪の帝王エビル=エンペラー”と名高いジャスティン=クックが、大層愉快そうに叫んだ。
 帝王の自宅に設備された巨大スクリーンは、本来なら大都会のビルの為の規格。五十過ぎとは信じられない程に、ボディビルダーもかくやと鍛え抜かれた帝王の身体を、深々と受け止める心地好いチェアー。座ったまま片手に持つグラスには、毎日晩酌にしていると豪語する、自動車一つの値打ちはする最高級のブランデーが注がれている。

「あなたの台本ブック通りですか?」
 チェアーの背もたれ越しに投げ掛けられた声。帝王の婦人、エリシャ=クックという。紅色の竜鱗に覆われた尻尾の他に双角を持った、生粋の竜人間。
 シャツにエプロンという動きやすい格好だが、羽根のイヤリングは誉れ高き血統を示す由緒ある代物。そしてブランドのスキンケア化粧品を使っているのが、疎い人間でもよく分かる。プライドが高い故、自身が認めた男にとって相応しくあろうと、ホームヘルパーなどを雇わず、ほぼ全ての家事を完璧にこなすのだ。

「ああ! あどけない少女が、全身血塗れの針で串刺しにされている所だ!」
 高笑い交じりにジャスティンが言う。
「相も変わらず、悪趣味にして過激なものです。いくら死なない、後遺症が残らないとはいえ」
 そう言ってエリシャは、両腰に手を当てた。ジャスティンが、あくどい笑みを浮かべながら振り返る。
「その方が盛り上がるだろう? 反感を買うのが悪役ヒールの仕事だ」

 
 巨大スクリーンに映るのは、所々に焦げ跡がある床に伏した、女の子アーティストの痛ましい姿。床下から突き出してきた、無数の血塗れの針によって、全身至る所を貫通されている。針の先端に、抉られた内臓が引っ掛かっている……などといった、放映禁止レベルの惨劇ではない。しかし、年端もいかない子どもに見せつけたら、大泣きするに違いない。
 そこは本来なら、”コンディニプール音楽院跡地”と呼ばれる、ホラースポットの一つ。嫉妬と逆恨みに塗れた、生徒や教師たちによる、酸鼻を極めたいじめ、そして自殺の現場だった場所。今はBASにおける、出張ライブの舞台ステージだ。

「皆が君の姿に夢中みたいだ。華々しいデビューで良かったね、プラネッタ」
 血塗れの燕尾服を着た、蝙蝠の両翼を持つ、顔立ちそのものは可愛らしい感じの青年。”バイストフィリア”、ブルーノ=ブランジーニの仕業だ。女の子の身体を弄んだことに、罪悪感の欠片すらなく、むしろ婚礼服を仕立て上げたかのように恍惚としている。
「ふざけんなカス!」「最低コウモリ!」「女の敵!」「サイコパス!」
 倫理観が抜け落ちている平然とした態度が、この試合ライブを眺めていた観客たちの逆鱗に触れた。放火によって半焼した為に、不気味な闇夜が露になった校舎跡。その中央に立つブルーノは、観客席とステージを隔てる“見えない壁”越しに、群衆を見回す。

「どうして批判される筋合いがあるのだろう? 彼女は目立ちたいからこの舞台の上に立った。僕は先輩として、手っ取り早く有名になるお手伝いをしているだけだよ」
 ブルーノは苦笑いしながら、仰向けになっている犠牲者の腹を、思い切り踏み付けた。黒いエナメル靴の裏には、思い描いたイメージを実体化する技術――すなわちメーションによって作られた血塗れの針が、びっしりと。スパイクに踏み抜かれた女の子の腹に、夥しい数の穴が抉られた。

「違うもん! パパが私を戦場に出して、死なせたくないから――!」
 そう叫んだ女の子の名は、プラネッタ=モルティス。腕が四本、足が四本、目が四つ、蜘蛛から進化を重ねてきた人間。二つの手で、辛うじて二丁の拳銃を握っており、恐怖に屈服しまいと逆らっている。が、下から数多くの血塗れの針に串刺しにされ、その上吸血鬼のような青年に踏み付けられているから、もがくことすら不可能。
「それなら、わざわざ晴れ舞台に立つ必要なんてないじゃあないか。君はレイラ中の人間に、誉めそやされたいんだよ。初々しい表情を一皮剥けば、自己顕示欲で一杯だ」
 スパイク靴で腹を踏み躙ると、血塗れの針はプラネッタの奥深くまで侵入していった。

「私のお父さんは! 普通の人みたいに生きていく方法を知らないから! 戦う方法だけを教えてもらったけど、それで幸せになって欲しいって――!?」
 一際大きな血塗れの針が、言い終わる前に口内に放り込まれた。ブルーノの掌から突き出したそれは、喉の奥深くに突き刺さり、先端から勢いよく血液を噴出させる。この血液は強酸性であり、直接体内に流し込まれたプラネッタは、想像を絶する激痛と共に内臓が溶かされてゆく。

「やめろ!」「キチガイコウモリ!」「可愛そうでしょ!」「この悪魔!」
 最早傍観者を装えない観客たちは、この異常者を精神的に抹殺せんと、集団で畳み掛けた。ブルーノは優しく微笑みながら、プラネッタの口から血塗れの針を引き抜き、それを霧消させた。
「ほら、また人気になった」
 プラネッタは窒息で昏倒する寸前かのように咳き込みながら、自分のと強酸性のとが入り交じった血を噴出させている。

 
「ムハハハハハ! 最高にイカれてやがる! 次は着ている服を溶かしてやれ!」
 自宅の巨大スクリーンの前に鎮座するジャスティンは、大衆を意のままに操る快楽に酔い痴れ、両手を広げて大いに笑う。
「レイラ中のテレビに、あの子のヌードを放映するおつもりですか?」
 空になったグラスにブランデーを注ぎながら、エリシャが飛ばす。
「なに、心配はいらん。そろそろ時間だ」
「あの子の出番ですね」
 クリスタルのデキャンタ瓶をテーブルに置いたエリシャは、そこでようやく視線をスクリーンへと移した。

 
「バイオリニストを目指していた時、家庭教師から教わったんだ。聴衆からお金と時間を頂いている以上、決して手を抜いてはいけない」
 親指以外の4本から、細長い血塗れの針を繰り出すブルーノ。「やめろ!」などいった観客の怒声は、全く意に介さない。
「僕はプロ意識が高いんだ。できる範囲で、皆の希望に応えてあげたいけど――どうかな?」
「首チョンだな」「斬首がいい」「どうせ死なないし」
 観客席の最前列に陣取る集団が、興奮した様子で捲し立てる。異常性を剥き出しにしたこの集団に、マトモな観客が近寄るはずもなく、周囲10席分くらいは空席になっている。

「じゃあ、望み通りにしてあげよう」
 四本の針で、プラネッタの首を挟み込むブルーノ。何とか二艇の拳銃を取り落とさないように踏ん張っている女の子は、首縄で吊るされたように持ち上げられた。
 見えない壁の内部にいれば死なないし、負った怪我もすぐに癒えるし、感じる痛みも軽減される。しかし、痛みに慣れたアーティストであっても、ブルーノが齎す苦痛は耐え難いもの。死なないことは即ち、無間地獄に苛まれることなのだ。

「ごふっ……ごふっ……」
 悲鳴の代わりに、幾度となく吐血するプラネッタ。強酸性の血液が口内をボロボロに溶かす。死ぬような痛みを受けても気絶すら許されない、そのトラウマが首筋に刻み込まれる、今まさにその時――!

 

「全員の望みを叶えてあげられないから、あんた一生負け犬ジョバーなんだよ」
 いやに強気な女性の声が聴こえたと思ったら、華々しく燃え盛る焔が落ちてきた。それはプラネッタの首を挟んでいた針を打ち砕き、燃やし尽くし、“華焔かえん”を纏っていた主がブルーノの目の前に着地する!

「それとも、目が退化しちゃって周りが見えない?」
 片膝立ちからゆっくりと立ち上がる、派手な炎を思わせるジャケットを羽織ったアーティスト。揺らめく聖火のようにポニーテールが波打ち、威風堂々たる竜の尻尾を僅かに曲げて威嚇する。
「ディア様!?」「華焔不死鳥だ!」
 帝王ジャスティンと夫人エリシャの間に産まれた、猿人間と竜人間のハーフ、クローディア=クックだった。生まれつき、BASの看板娘になることを宿命づけられた不死鳥を、知らぬ者などこの場にいない。
「えっ、誰!?」
 尻餅を付いてから、数回ほど血を吐いた所で、プラネッタがクローディアの背を見上げる。他のアーティストが乱入することは、スタッフから知らされていないのだ。

 
「ハハハ! どうだ、プラネッタ! お前には出世街道を歩ませてやる! 初戦から我が娘とのタッグマッチだ!」
「いやにお気に入りですね。どれ程の逸材なのかしら?」
 クローディアの両親も、悲鳴から一転して歓声で満ちた会場を、自宅から見守っている。

 
「他の人から出番を横取りする。流石は社長の娘。見上げた自惚れだ」
 呆れたように言い放つや否や、ブルーノは爪のように展開した血塗れの針で、クローディアの喉を切り裂こうとした。クローディアは既の所でその爪を片手で掴み、事なきを得る。
 本来なら爪に付いた強酸性の血液によって、クローディアの手はボロボロにされたであろう。だが、片腕に纏う華々しい炎、通称“華焔”がクローディアを守っている。
 単純な攻撃力などとは別にある、メーションにおける“強度”の概念。双方の強度が互角だからこそ、爪も華焔も無効化されないのだ。

「看板娘の意にそぐわない者は、徹底的に焼却かい? この種の劇を観たい人も少なくないよ?」
 そう言ったブルーノは、爪が目の前に在ることを”確信”するのに徹している。吸血鬼が不気味に口元を吊り上げると、クローディアの乱入を良く思わない同類たちも、同様に口元を吊り上げた。
「別に? ハードコアでもいいよ、私には。それが役目だから」
 自信満々の表情で言い切ったクローディアは、もう片方の手を徐に爪へと近づける。
「後は、新人の子を傷つけさせない、そして狂人ヒールを焼き尽くす。以上、この3つが――」
 両手で爪をホールドしたクローディアは、思いっ切りそれをへし折った! 粉々になった爪は、火力を増大させた華焔に包まれて消え失せる。

「あんたたち全員の望みで、いいんだよね?」
 クローディアはブルーノに背を向けると、両手を広げ、観客席を見回しながら叫ぶ。
「フオワァーーーーーッ!!!」
 直後、凄まじい歓声が沸き起こり、「クローディア! クローディア!」というコールが高鳴る。
「宣言したからには、思い通りになってもらおう」
 今度は両手から血塗れの針、もとい爪を展開させるブルーノ。クローディアは人差し指で手招きした。
 踏み込んだブルーノが爪を水平に薙ぐと、クローディアはバックステップして前蹴りで反撃。そうして乱入者と悪役の熾烈な接近戦が、幕を開けた。

 

 一方プラネッタは、どういう訳か見えない壁に4つの手を押し付け、極々ゆっくりと前進している。まるで重いピアノを、前に押し出しているかのようだ。
「プラネッタちゃん、どこ行くの!?」
「ビビっちまったかァ!?」
 観客たちは慌ててプラネッタの前に詰め寄り、ステージを指差したり両手を振ったりしている。ステージの上では、偶然にも手四つの状態となった、クローディアとブルーノが力(とメーションの強度)比べをしている。

 
「やはり新人の子には、荷が勝った相手ではないです?」
 巨大スクリーンで生中継を観ているエリシャが言う。
「なに、”プロの観客”がケツ押ししてくれる。真に迫った興行とは、むしろ観客が作るものだ。当然、裏方のスタッフも含めてな」
 ジャスティンは不敵に笑いながら返答した。

 
「えぇっと……? 私の出番、終わりな雰囲気じゃないんですか?」
 見えない壁の内側から、腕四本の肘から先だけを出した状態で、プラネッタが硬直した。――強酸性の液体を浴び、注入され、針でズタボロに引き裂かれていた筈のその身体は、時間経過によって50%ほど元通りになっていた。
「いや! 終わりじゃないから!」「むしろこっからがホンバン!」「ディア様を援護してやれ!」
 BASの醍醐味を心得ているベテランたちは、新人の子に”魅せ方”というのを教授し始めた。

「えっ……!? でも、2対1はヒールの義務で、私はベビーフェイスだから――」
 どうもこの子は、世間知らずを自覚した上で、無理に一般人に合わせようとしているのか、時たま素っ頓狂な言葉が飛び出てくる。
「いいのよいいのよ!」「卑怯じゃないって!」「あれはお助けキャラな!」「主役は君だ!」
「そうだったんですか!?」
 4つの目を丸くさせたプラネッタは、習った事と何もかも違う出来事の連続で、頭が真っ白になっている。

「ほら、行って!」「行けって!」
 次第に観客たちはプラネッタに詰め寄り、突き出ている4本の腕を押し戻そうとした。
「何してるの!?」「抜けなくなった!?」
 見えなくて不思議な質感の壁の外から、少しずつ内側へと戻されてゆく4本の腕。
「あいたっ!」
 スポン! と4つの手が抜けると、勢い余ってプラネッタは尻餅をついた。

(銃を持った人に側面を取られるのは、ひどく不愉快だ)
 掌から太い血塗れの針を突き出し、やや遠間にいるクローディアを串刺しにしようとしたブルーノ。尻餅をついたプラネッタを脇目で確認すると、ふいに嗜虐的な笑みを浮かべた。
 真っ直ぐに繰り出された極太針を、斜め前への鋭いステップで躱すのは、クローディアにとって朝飯前。そのままボディブローでカウンターを決めようとしたら、寸での所でブルーノの空いた方の手に顔を掴まれた。

 ブルーノはクローディアの顔を掴んだまま、5本の指から血塗れの針を一気に突き出す。容赦なく貫通した5本の針の先端から、強酸性の血液が噴出し、無惨にも脳内口内を直接溶かす!
「ちょっと! 爪カビ移さないでよ!」
 ブルーノに片手で持ち上げられたクローディアは、拘束されながらも華焔を纏った蹴りを何度もお見舞いしている。が、あまり効いていない。
これみよがしにクローディアを持ち上げたブルーノは、クローディアを銃弾への盾として扱うつもりでいる。

(ロングバレル……ロングバレル……)
 2本の腕で拳銃をしっかり握るプラネッタは、精密射撃でブルーノの足先だけを撃ち抜こうと考えた。銃身の先端に細長い筒状のものを、余った2本の腕で取り付けようとしている。『一人であらゆる状況に』がコンセプトなこの拳銃は、非常に多種多様なアクセサリーに対応しているのだ。
「さっきやってた強装弾は!?」「ディア様ごと撃っちまえよ!」
 プラネッタの意図を察した観客たちは、突飛な指示を異口同音に叫んでいる。

「えっ、でも……」
 ロングバレルの装着作業を中断し、肩越しに困惑の表情を見せるプラネッタ。そんなことはお構いなしに、ブルーノが空いた方の手を広げ、血液の塊を発射してきた。
「前!」「前見ろ!」
 促されるまま前を向いたプラネッタは、飛来する血液の塊数発を、拳銃で残らず撃ち抜き、霧消させた。銃弾に配合されている”AMM”――メーションに耐性のある物質の”抵抗力”が、血液の塊の強度を上回ったのだ。

「プラネッタ! 別に撃っちゃって良いから! いっそ私の頭を撃って! 針がツーンってしてメッチャ痛い!」
 地に足着けずにもがいているクローディアですら、フレンドリーファイアを促している。
 『どうせ誰も死なないから』という意識は、こうも人間を残酷にしてしまうものなのか? この際倫理観は抜きにしても、味方に損害を与えることは、冷徹な思考を以ってしても戦術的失敗としか言えないのではないか?

「いいから撃て!」「早く!」「平気だから!」
 血に飢えた観客ばかりで恐ろしい……。プラネッタは怯えながらも、拳銃のスライドを3つ目の手で引き、4つ目の手で腰のポーチから取り出した強装弾を装填する。随分と無理がある設計、運用法の拳銃だが、使い捨てることを前提としているため問題はない。
 ブルーノは暴れるクローディアの顔を、より強く握り締めながら、片手を掬い上げると共に目の前に血液の壁を創りだす。クローディアの身体だけでは、弾丸を防げないと予測したのだろう。

 蜘蛛人間のプラネッタは、拳銃を4つの手でしっかりホールドし、4本の足でしっかりと床を踏みしめ、腰を深く落とした。大技を予感した観客が一瞬静まり返ったあと、一際派手なマズルフラッシュと共に、強力な銃弾が発射された。
 それは、並の銃弾ならば触れた瞬間に跡形もなく溶解させる、血の壁を水風船の如く打ち砕いた。勢いは留まることを知らず、クローディアの後頭部から額にかけて難なく貫通し、ブルーノの頭部をも撃ち抜く。尚も突き進む強装弾は、ブルーノの背後にあった木椅子やバイオリンケース、そして古びたピアノをも粉砕した!

「よっしゃあ!」「ざまあ見ろ!」「反動きっつそうだな……」「すっごーい!!」
 上半身を大きく反らして、危うく倒そうになっているブルーノを観て、観客たちは大いに喜んだ。地に足付けると共に、片膝立ちで額を抑えるクローディアの姿には目もくれない。
(みんな怖い……)
 反動によって、地面を擦るように後退したプラネッタは、やはり素人の言う事に耳を傾けるべきではなかったと、良心の呵責に苛まれていた。

 

「そんなに出番が待ち切れなかったのかい?」
 頭部が赤に染め上げられつつあるブルーノは、糸で引っ張られたかのように、気持ち悪い動きで上体を起こした。もう一度スライドを引き、強装弾を装填する最中であるプラネッタに対して、掌を向ける。
 すると、プラネットの体内から無数の鉄片が飛び出した! 内側から蜂の巣にされたプラネッタは、血をだらだらと流しながら、特に腹部に来る激痛によって、立っていられなくなった。先ほど突き刺された血塗れの針が、まだプラネッタの体内に残留しており、それらが爆発したのだ。

「すまない。新人の君に、華を持たせるべきだっだよ」
 その場で爪を展開したブルーノは、両膝を着き、腹を押さえているプラネッタを、やや遠間から見下ろしている。
「うぅ……」
 プラネッタは激痛で、反撃どころではない。

 と、片膝立ちになっていたクローディアは、不死鳥のような炎の翼を身に纏って急上昇。アッパーカットさながらに、ブルーノの顎に体当たりをかます! 斜め下から突き上げられたブルーノは、数メートルほどぶっ飛んで、背中から床に激突した。
「ありがと、プラネッタ!」
 数メートルの高さから、軽やかに着地したクローディアは、プラネッタの方を向くと笑顔で手を振った。身に纏う華焔は、より煌びやかになっている。――ふと見ると、後頭部から額にかけての風穴が、塞がっている。
 彼女が片膝立ちだった時、確かに後頭部から血が流れているのを確認した。見えない壁の内部だとしても、こんなにも傷の治りが早いのは異例だ。

「いつの間に……?」
 プラネッタは4本腕で腹を押さえながら、素早く立ち上がったブルーノとメーションの撃ち合いを始めた、クローディアを見上げる。音楽院跡地に放置された机が、木椅子が、ガラス片が、リコーダーが、華焔に焼き尽くされ、酸血に溶解されてゆく。
「な! 平気だっただろ!」「ディア様の華焔は、一瞬で傷を治してくれる!」「そして華焔は、俺たちが熱狂するほど燃え上がる!」「積極的に応援していこうな!」
 大いに沸き返った観客席から、プラネッタに対する解説が次々と飛んで来た。
「あのぅ、次は何をすれば……?」
 プラネッタは低姿勢のまま4本足で動き、見えない壁に顔を押しつけながら尋ねる。ベテランの観客たちは正しかった。素直に従うのが、勝利への近道だと判断した。

「バイストフィリアの奴、”血の鎧”を纏っているの、見えるだろ? あれを削らないと」
 ブルーノの額から流れ出る大量の酸血が、指先爪先まで余すことなくブルーノを覆っていた。クローディアが掌から発射する火の玉や、龍を模した熱光線は、酸血甲さんけつこうの表面に触れると瞬時に蒸発する。
「私たちが全力で焚き付けた華焔でも、あの酸血の強度には及ばないのよ」
「あいつの武器は血液だから、あいつ自身が血を流すとヤバくなるんだ」
「あれくらいパワーアップした華焔なら、普通のメーションだと一瞬で焼き尽くせるのに」
「直接殴りに行けば、身体が酸で傷つくしなァ」
「そうだったんですか」
 水中でダイナマイトを爆発させたかのように、ブルーノが纏っている酸血が360度に飛散する。避ける隙間もないクローディアは、為す術なく被弾。身に纏う華焔で焼き尽くすことは不可能で、浴びた肌が瞬時に黒ずむ。

「ひえっ!?」
 爆散した酸血甲の一部が飛んで来たので、プラネッタは慌てて伏せて回避する。尚も酸血を厚く纏っているブルーノを視界に入れつつ、ゆっくりと立ち上がるプラネッタの背後に、観客たちによるありがたいアドバイス。
「さっきの強装弾でも貫通出来ないかも知れん! 手数で削れ!」
「ディア様には当たっても大丈夫だから、とにかく連射!」
「了解です!」
 イケると確信したプラネッタはゆっくりと歩きながら、2本腕で拳銃を握り、通常時を上回る速度で拳銃を連射した。3本目の手で自らスライドを後退させ、余った手と2本の足で、弾丸一発ずつを直接チャンバーに装填する早業。リロードの必要なしに、無尽蔵の弾を注ぐ様は、機関銃の如し。

 最初は遠間だったため、ブルーノには全く命中せず、それどころかクローディアに弾が当たる始末だった。しかし、形成した弾幕によって、向かい来る血液弾や針を撃ち落としつつ、有効射程距離まで少しずつ近づいてゆく。
 十分にブルーノと間合いを詰め、最初の一発が酸血甲に命中した時、池に水滴が落下した時のように、小さな波紋が広がるのみであった。構わずに観客の言う事を信じ、装填し、発射し続ける。ブルーノの酸血や針を顔や腹に受けても、歯を食いしばって耐える。
 クローディアの火の玉や熱光線の手助けもあって、次第に酸血の装甲が薄くなっていた。二対一という必然的な物量差によって、両者に対する反撃の弾が、どうしても手薄なものとなる。相手をコーナーに追い詰めたボクサーが、超絶ラッシュを仕掛けているかのように、観客たちは徐々にヒートアップしている。

 間もなく血の鎧が剥がれ落ちるかと思われた時、プラネッタの連射が止まった。白骨のような拳銃の、銃身が赤熱化し、所々に亀裂が走っている。
「ジャムったか!?」「いや、壊れたっぽいね」「無理がある使い方だったよな」
 最悪のタイミングで弾幕が消失してしまった。今まで撃ち落としていた数多の血液や針が、一挙にプラネッタの全身を呑み込もうとしている……!
「えー!? なんでこんな時に!?」
 プラネッタの斜め後方で、両手から交互に火の玉を撃っていたクローディアも、上擦った声で叫んだ。

 しかしプラネッタ、この拳銃は使い潰すことが前提だと理解しているため、4つの目は鋭いままだった。氷上で滑ったかのように、自らうつ伏せに倒れ込みつつ、ブルーノの弾幕による被害を最小限に抑える。そうしつつ、拳銃を何やら弄り回してから、それをカーリングのようにブルーノの足元に投擲。
 回転しながら進む拳銃は、ブルーノの足元に行き着いた瞬間、突如として大爆発した! 弾倉内に残っていた弾丸が、四方八方に飛び散る!
 爆心地に立っていたブルーノは、弾丸や破片、そして爆風をモロに受け、酸血甲が完全に剥がれ落ちてしまった。余剰エネルギーはブルーノ自身にもダメージを及ぼし、音と衝撃によって一瞬の立ち眩みを覚える。

「ナイス! プラネッタ!」
 しっかりと後輩を褒めながら、クローディアは短距離を全速ダッシュ。尚も傷口から流れ出る酸血によって、酸血甲が復元されるよりも速く、ブルーノの胴を両手で締め上げ、持ち上げた。
 締め上げた際の圧迫ダメージに加え、両手に纏う華焔の翼が、大層不愉快そうな面持ちのブルーノを燃やす。――いや、燃やしているはずだが、不思議なことに火傷一つできていない。
「華焔を移して、傷を癒しているのか!?」と観客の一人が叫ぶ。「そうか! 敢えて傷口を塞いで!」「血の鎧を封じているんだ!」

「プラネッタ! デビュー戦のフィニッシュ・ムーブ、ド派手に決めちゃって!」
 ブルーノを拘束したまま、クローディアはプラネッタの方を振り返りながら叫ぶ。父親ジャスティンを彷彿とさせる不敵な笑みは、見る者に妙な説得力と確信を抱かせる。
「了解です!」
 この人なら絶対に大丈夫だ。すっかり信じ切っていたプラネッタは、ライブの最後を飾るに相応しい大技――つまりフィニッシュ・ムーブの準備に取り掛かった。

 メーションによって、どこからともなく3つの手の中に現したのは、白骨のような拳銃合計三挺。同様に、残った手で握るように現したのは、3枚羽のブーメラン。この3枚羽には、拳銃の弾倉よろしく沢山の強装弾が詰まっている。
 グリップの中が空っぽな3挺の拳銃を、ブーメランの羽に装着する。察しの良い観客は、さっき拳銃が投げ捨てられたことを思い出し、早くも興奮の絶頂にあった。
「やっちまいなァ!」「ディア様耐えろよ~!」「初披露ね!」「ちなみに技名は!?」
「FARCRY!」

 掛け声と共に投擲されたブーメランは、ブルーノに直撃した後轟音を発する! 激しい炎と甚大な爆風が、二名のアーティストをすっぽり包んで不可視にする!
 まるで花火工場が火災に見舞われたかのように、強装弾があらゆる方向に飛び散っている! 大岩を発泡スチロールの如く打ち砕く程の一発一発が、音楽院跡地の床を、壁を、窓を、その他あらゆる物体を粉砕するのだ!

 
「やったか!?」「やったの!?」「どうだ!?」
 爆炎が消えるまでの僅かな間、観客たちは一旦静まり返る。数秒後に姿を見せたのは、黒焦げになってしまったブルーノを踏み付けている、親指を立てたクローディアだった。
「散々振り回されたデビュー戦だったけど、結果的に大金星で良かったかもね」
 そう言ったクローディアは、最高潮に高まった華焔の庇護によって、身体には傷一つない。華焔不死鳥の二つ名は伊達じゃない。
「やったぜ!」「やってた!」「やりましたァ!」
 ライブ終了を告げるゴングが聞こえなくなるくらい、拍手喝采が轟いた。

 
「ハハハハハ! どうだ! 一般客参加型のアトラクションは! 一般人にとって身近なアイドル、いつでも会えるアイドル。今流行りのやり方だろう?」
 予定通りに事が進んで満足したのか、ジャスティンも自宅で高らかに笑ってみせた。
「無茶なことばかり。心臓がはち切れそうになるものです」
 エリシャはというと、いくらクローディアが不死身だとはいえ、サンドバッグ同然の扱いを受ける我が子の心身が、心配で堪らなかった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。