Diamond Revolt Part2

「エリシャよ。お前に特等席のチケットを用意してやれんかったのが、実に残念だ」
 空になったグラスに、ブランデーを注いで貰いながら語るジャスティン。
「フィニッシュ・ムーブを迎える瞬間、”アリーナ”に居合わせた者は、ああして一体となる。お前の故郷の祭りにも似た、集団トランス状態だ。我がBASが演出する非日常の前では、このブランデーすら児戯に過ぎん」
 そう豪語してブランデーを一気飲みしたジャスティンは、「あぁ」と満足そうに声を漏らした。己が築き上げた唯一無二の栄光、その眩さに自身の顔を映しては悦に浸る。

「ええ。あなたのお仕事に支障がなければ、お供致しますとも」
 背後から肩を揉みながらエリシャが返す。
「会場全体が、本当に一体と化していたのかは、疑問が残る所ですが」
 先輩であるクローディアが、新人であるプラネッタに幾つかのインタビューを投げ掛けている傍ら、巨大スクリーンには観客席の様子が映し出されている。数秒ごとにカメラが切り替わっているが、その間ブルーノの猟奇劇を愉しみにしていた観客たちが、若干残念そうな面持ちでいた。
 後遺症や事故死の恐れは一切なし。四肢切断や臓器露出などの残酷なシーンは、全て未然に防がれる。極めて健全な形で戦闘を楽しめるBASだが、これを逆の方向に突き詰めると、舞台ステージの上ならどんな過激な行為も許される事になる。だから、反社会的なアーティストを支持する観客は少なくない。

「このジャスティン様の台本ブックに不満があるならば、反逆者ヒールを支持すれば良い」
 そう言ってジャスティンはあくどい笑みを浮かべた。
「そいつがベビーフェイスを倒せば、代替わりの時期である証明なのだろう。逆に反逆者が負ければ、現役のベビーフェイスに箔が付く。どちらに転んでも、盛り上がることは疑いようがない」
 客を喜ばせる為ならば、自らやられ役を買って出るのがジャスティンだ。ステージ上でのジャスティンは、金と権力に物を言わせて観客の反感を買い、敢えて部下のアーティストに倒される役回りに徹している。己が書き上げた台本を燃やすテロリストを、心待ちにしているのも、そうしたショーマンシップの延長線上にあるのだろう。
「近頃は食って掛かって来る、骨のあるアーティストがおらん。モンペお望みの全員がシンデレラな発表会のように、負けん気の足りん若者ばかりで困る。――それとも、悪の帝王様の独裁政治が、少しばかり行き過ぎたか?」
 妻に肩揉みしてもらいながら、ジャスティンは腕を組んで考え込む。

 
「――へぇー! じゃあ、今まで甘いお菓子とか縁がない生活して来たんだ! 傭兵としてサバイバル技術を仕込まれていたら、そうなるよねー!」
「そうなのです! 普通の女の子を目指して、タマゴを食べたらヒヨコさんのことを思い出して、涙を流す修行をしています!」
「そんな修行しなくても、プラネッタは十分女子力高いと思うな。だって、いつも裁縫道具持ち歩いているんでしょ?」
「傭兵としての技術なんてイケメンに話したら、ドン引きされてしまうのです!」
 さっきまでの血生臭い光景が嘘のように、クローディアとプラネッタが音楽院跡地の中央で談笑している。二人が負った刺傷や銃創などは殆ど治っている。過激な非日常から、平和な日常へと帰ってゆく。
 新人アーティストの魅力(?)をアピールするために、もう少しこうしたやり取りが続くのであろう。大多数の観客は、ライブがクライマックスを迎えた時の恍惚感に酔い痴れながら、二人のやり取りを面白おかしく見守っていた。至って和やかに、平和的に。

 

「FU●●●●●●●●●●K!」
 テレビなどでこのライブを観戦している人たちには、数秒間に渡って「ピー!」という規制音が鳴り響いた為、さぞかし驚いたことだろう。音楽院跡地を埋め尽くしていた観客たちは、場違いなシャウトに思わず両耳を塞ぎ、やがて空気を読めない馬鹿者の在処を次々と指差した。
「だ、誰なのです!?」
「プラネッタ! あそこ! 上の方!」
 天井や床が焼け落ちる前は、音楽院跡地の渡り廊下だった場所に、乱入者はいた。ダブルネックギターで狂ったように掻き鳴らすのは、血で錆びたナイフのように汚らわしくも鋭利なギターリフ。ヘッドバンギングと共に二本の細長い触角を激しく揺らしているが、あれはゴキブリから進化した人間の証なのだろう。

「ベルゼブブに●●●されたメスネズミのチルドレン! コカイン啜って溶けた牙に黒死病を孕んだ、不浄のリリムどもよ!」
 音楽院跡地の床から、壁から、机から、あらゆる所から、ネズミの大群が這い出てくる。青筋が破裂寸前まで浮き上がり、末期の虫歯のように歯がボロボロになった、ゾンビのようなネズミの大群が。
「うわっ、ネズミ!?」
「なに!? 大地震の前兆!?」
 見えない壁内部の中央に立つプラネッタとクローディアは、数えきれない程のネズミを見回していた。

「大腸に溜まった●●●1つ残らずまで! テメェらのエサだァー!!」
 暴れ狂うギターのサウンドと共に、ネズミの主がシャウトを発すると、メーションによって創られた意思を持つもの――すなわちイメージ=サーヴァントの大群が、一挙に押し寄せてきた!
 プラネッタは時限式爆弾になる、白骨のような拳銃を次々と投げ捨て、クローディアは片手を地面につけ、煌びやかな火炎による爆発を周囲に連爆させる。銃や弾の破片、そして華焔に触れたネズミは、コロッと倒れた後に霧消してしまうが、あまりにも数が多すぎて、津波のように前線が迫ってくる!

「服の下! 可愛くないネズミがいっぱい!」
 物量で押し切られてしまったプラネッタの服の下に、ネズミが次々と侵入してくる。腐った牙で噛み付かれる度に、毒物か何かを注入されるのか、痺れるような痛みが血管を走る! 一発一発はどうってことないが、十匹、二十匹に同時でやられたら意識が混濁するし、その間にも纏わり付くネズミは増えてゆく。
「プラネッタ! これ!」
 クローディアは自身から華焔を発し、身体に触れたネズミから火傷を負わせ、霧消させている。同様に、放った華焔でプラネッタを燃やすと、纏わり付いていたネズミは容易く消え失せ、残る大群は飛んで火に入る夏の虫状態。
(ちなみに、華焔によってプラネッタは一切負傷してないし、両者の衣服は焦げ跡一つ生じない。未熟者が創ったメーションの炎は、時として現実の炎以上に危険な代物となるが、熟練者が上手く制御するメーションの炎は、当人にとって極めて都合の良い、物理法則を無視した代物となる)

 
 最後の一匹が華焔に飛びこんで霧消すると、挨拶代わりの攻撃を終えたゴキブリ人間が、いやに冷静な声で告げる。
「”背徳の預言者”、レジナルド=マーフィー……肥溜めからの爆誕だ」
「これもあなたのブック通りですか?」
 人を騙すことが好きな夫のことだから、エリシャはこれをサプライズの一環ではないかと考えた。娘に活躍の場を設けるという建前で、娘に強敵をぶつけて痛めつけさせるという、あんまり嬉しくないサプライズ。
「ハハハハ! そうだ! お前のことを忘れていたよ、レジナルド=マーフィー!」
 社長自らが企画したビックイベントに、堂々と殴り込みを仕掛ける無謀な所業。これぞ、ジャスティンが心底求めていたエンターテインメントであり、この上ないビジネスチャンスなのだ。
「人種はゴキブリ人間、見ての通り過激なパフォーマンスが売りのスラッシュメタラーだ。この社会を呪う若者たちを代弁するような、シニカルでバイオレンスな楽曲は、複数のドラッグを同時にキメた時のように聴衆を狂乱させる。メーション・スタイルは”ベルゼブブ=スウォーム”、物量とスピードに秀でたイメージ=サーヴァントらを操る」
 幻の自動車の誕生秘話を語るが如く、嬉々として部下自慢を始めるジャスティン。

 レジナルドはギターを掻き鳴らし、所々骨が露出したコウモリの大群を召喚する。魔法の絨毯よろしく大群に運ばれて、仰向けのままでいたブルーノの背中に飛び降りる。
「こっんの中●れカマ野郎!! テメェの●●●、●●●中の●●●に●●して、ベーコンにされちまったか!?」
 この後待ち構えるであろう、BASスタッフからの警告を恐れもせず、放送禁止用語を乱発するレオナルド。
「すまないレジナルド。せっかく観に来てくれたのに、不甲斐ないコンサートになってしまって」
 新人いじめの報いを受けて満身創痍にされたブルーノも、殆ど傷が癒えていた。あえて何も喋らずにいたのは、空気を読んでの上なのだろうか。
「テメェはワルに成りきれねぇから、女子供にやっつけられんだよ! お坊ちゃんぶってねぇで、テメェの●●の●をおっ広げて見せ付けちめぇ!」
「そういう君は、見境が無さ過ぎる。プロならもっと、上質な獲物を選ぶべきだ。悲壮感がより浮き立つような子を」
 趣味嗜好が合うのか、同じ狂人ヒールという仲間意識によるものなのか、この二人はプライベートで仲が良いという噂だ。

「オラ!! もう一度●●しやがれ! 第二ラウンドおっぱじめんだよ!」
 ブルーノを激しくストンピングしながら、掻き鳴らしたギターによって衝撃波を浴びせ掛けるレジナルド。
「さっきまで身体中から流血していたから、肝心な所に血が通わないんだ……」
 口答えに憤慨したレジナルドは、近くに転がっていた中身のない植木鉢を拾うと、ブルーノの後頭部に思いっ切り叩き付けた!
「FU●●●●●●●●●●K!」
「ちょっと! 子どもも観ているのに、禁止用語連発するの止めなさいよ!」
 レジナルドを指差しながら警告するクローディア。
「えっ、良い子のみんなが観てもいい番組なんですか!?」
 プラネッタは四つの目をまんまるにして叫ぶ。
「アァン!? テメェ! オレにファッ●ン●●●するなってか!?」
「それはもっとダメだけど、生放送中だからもっと言葉選びなさいよね!」
「FU●●●●●●●●●●K!」

 とりあえず口汚く叫んだレジナルドは、ギターを素早く掻き鳴らして、目が今にも腐り落ちそうな蜂の大群を召喚した。ショットガンのように一纏めに発射された大群を、ローディアは目の前に華焔の壁を展開することで防ぐ。
 レジナルドは、蜂を召喚するためのリフをもう一度、より速く掻き鳴らした。やはり召喚された蜂の大群が一纏めに放たれ、クローディアの華焔に燃やされて霧消する。同じフレーズを繰り返すことで、直前に使ったメーションをスピーディーに発動できるのだ。
 尚もリフを掻き鳴らし、その速度は蜂が召喚される度に加速する。クローディアの華焔の強度が削り切られるか、それともレジナルドのスタミナが先に尽きるか、一触即発なメーションでの根比べ状態だ――!
「Ahhhhhhhhhh!」
 ……と思いきや、怒りを発散して満足したのか、レジナルドは咆哮とともにギターリフを終えた。

「ニンゲン様にはなぁ! ●●●する為の穴が必要なんだよお! テメェは●●●が出てくるお口で●●●を●●●されてぇか!?」
 そう叫んだレジナルドは、特に理由はないがギターをブルーノの背中に叩き付けた。
「レイラ中の公衆便所は、どこもかしこも満席だ。便器はいつもオムツが取れない大人で溢れ返り、腹痛に悶える家畜どもは野●●するしかねぇ……血塗られたディストピアだ。だからオレたちの手で、とびっきりの公衆便所を建ててやるんだ。一番蠅が集りやすく、一番目立ちやすい所にな」
 さり気なくブルーノを蹴り飛ばしたレジナルドは、主役であるはずのプラネッタをも意に介さず、ステージの中央に陣取って狂ったようにシャウトする。
「テメェらに、マジ●チなメンバーを紹介してやるぜ! アイドルポップとミサ曲で滅菌消毒されたディストピアを、オレたちの手でもう一度、汚染してやる!」

 

「ネームレス=リメイン。死神と呼ばれた傭兵が自作した拳銃。質実剛健の家財也」
 声がしたと同時に、極彩色の風がプラネッタの目の前を掠める。身構えたプラネッタが、ホルスターから二艇の拳銃を引き抜こうとしたら、いつの間にか消失していることに気が付く。
われ玉璽ぎょくじを刻みませう。人類が共有すべき遺産たる証」
 プラネッタの背後に、風と思わしきものの正体が立っていた。彼女はプラネッタが身に付けていた二挺の拳銃を床に置くと、爪先でこれ見よがしに踏み躙る。
 その後、ご満悦な面持ちとなった彼女が二梃を拾い上げると、立派な飾り羽で渦を巻く孔雀の印が刻印された。薄手のレッグカバーの足裏にある紋様で、判子を押すようにして。

「あの者、もしや……!?」
 髪の毛の代わりに、目玉を思わせる紋様の羽根が頭部から生え、同じく腰周りから生える羽が、ベリーダンス衣装の腰巻きのように連なっている、成熟した女性。鳥人間――より厳密に言えば、孔雀から進化した人間である彼女の勇姿を、エリシャは知っている。
「えっ、うそ!?」「マジもん!?」「引退したんじゃ……!?」「なんでここに!?」
 殆どの観客も、孔雀人間の女性には見覚えがあった。確か彼女は、怪盗劇とカンフー活劇を見事に融合させ、古典映画シリーズの一つとして数えられるまでになった、伝説のヒロインを演じきってみせた女優。

「人呼んで権茶恩くぉんだうん! ”纏璽玉膚てんじぎょくふ”とお呼びなさい!」
 その名前、ステージネームが音楽院跡地に轟いた瞬間、辺りからは最早悲鳴と変わらない叫びが飛び交ってきた!
「マジ!? 本物!?」
 この世界でトップクラスの有名人であるクローディアも、伝説のアクション映画女優を目の前にして、その風格に立ち竦む。
「そ、そんなに有名な人なのですか!?」
 幼少時代、サバイバル一辺倒の教育を受けてきたプラネッタだから、誰もが知っている女優を知らなくても無理はない。

「驚くのも無理はあるまい。かの有名なカンフー映画、”纏璽玉膚シリーズ”によって一世を風靡したアクション女優は、出産を機に映画界から姿を消した。しかし、『お前の母ちゃんはやらせしかできない雑魚』といじめられた我が子の嘆きに奮い立ち、己が力を示すために、バトル・アーティストとして舞い戻ったのだ」
 してやったりの顔で、エリシャに解説を始めるジャスティン。レイラ中の人間の度肝を抜くために、今の今まで極秘情報として内密にしていたのだ。
「いやしかし、初披露がこのような形になるとは……。誰の手引きだ?」
 バトル・アーティストは新人であっても、ある程度までは出演するライブなどを自由に決めることが許されている。とは言っても、社長自ら企画したライブに乱入するとは、生半可な準備では許されない行為だ。ジャスティンは、二人の乱入者の背後にある、何か強大なものの存在を疑った。

「一挺は吾の美術館に永久保存。もう一挺は、警察組織に寄与せんが為、然るべき値打ちで技術者に売り付けませう」
 所謂メソッド・アクターである茶恩は、ステージの上では完全に纏璽玉膚の役柄になり切っている。
「これが低価格で作成できる拳銃ならば、相場から言って50,000。技術料金を加味するなら最低でも400,000。吾がこの舞台に立つに要した費用は200,000程。肉体を鍛え上げるに用いた錬成費30,000,000などは出精し……強気に見積もって、1,000,000ほどの値打ちか」
「銃の構造がバレテしまったら、私の商売上がったりなのです!」

 
「返してあげなさいよ、それ!」
 クローディアは両腕に華焔を纏い、ダッシュで茶恩との間合いを詰めてゆく。と、茶恩は傍に転がっていた木椅子を蹴り飛ばす。クローディアに向かって滑走する椅子の背もたれを掴み、逆立ち状態のようになると、両手を軸にして駒のように開脚大回転した!
「うわっ、何それ!?」
 格闘技としては到底あり得ないムーブを目の当たりにしたので、クローディアは困惑して立ち止まる。茶恩の脚が顔面に当たりそうになった寸前、姿勢を低くして回転蹴りから逃れた。
 真横を通り過ぎた瞬間、茶恩は椅子を持ったまま縦に半回転。勢いを利用して、持ってた木椅子を思い切り叩き付けてきた! クローディアは両腕でガードし、木椅子は木端微塵になる。
「すげぇ! 本当にできるんだ!」
 小道具を用いずに雑技団のような動きをしてのけた茶恩に、大勢の観客が夢中になる。いくら映画館のポスターなどで、CGやワイヤーは未使用と宣言しても怪しいものだが、映画で見た動きを目の前で再現されたなら、もう疑いようがない。

 壊れた木椅子の脚であった二本の棒を、茶恩は巧みに操っていた。クローディアのパンチやキックを躱しながら、木棒の先端で刺突し、斜め前に飛びながら後頭部を殴りつけ、脛から首へと上昇する神速の八連撃で斬り付ける。茶恩は見栄えが良いという理由で、テコンドーを主体にして戦うが、他のあらゆる格闘技や武器術にも長けている。
「このっ!」
 近間に来た時、クローディアはボディーブローで反撃を試みたが、茶恩は鋭いバックステップで回避。直後、茶恩は前に踏み込んで低姿勢で一回転。クローディアの足を払おうとするが、間一髪、太腿を上げて蹴りを避けられた。
 丁度一回転した瞬間に、カウンターの前蹴りを浴びせようと思ったクローディアだが、あろうことか茶恩はもう一回転してきた。それも立ち上がりながらの上段蹴りだから、不意を突かれて顔面にクリーンヒットしてしまった!
 ――名だたる怪盗は、盗みの現場に敢えて痕跡を残すという。茶恩が用いる痕跡は、アームカバー、レッグカバーによって刻まれる孔雀の玉璽。強烈な蹴りを頬に浴びたクローディアは、顔面に孔雀の印が刻まれてしまった。
「できるんだ! 実戦で!」
 今この時点においては、クローディアよりも茶恩の方が人気が高い。

 茶恩は宙に舞い上がりながら、身体の軸を地面と水平にした。空中で三回転した後、クローディアの頭部目掛けて垂直に踵を叩き付けようとする。すかさずクローディアは両手で頭を隠す――が、なぜか顎を蹴り上げられて、後方に吹っ飛ばされてしまった!
「えっ!? 何したの今!?」「どうして吹っ飛んだ!?」
 回転方向に逆らった蹴り技は、一般人は勿論、格闘技のプロにすら見切ることが難しい。
 クローディアは尻餅をつき、茶恩は華麗に着地。木棒を投げ捨てると、腰に収めていた二挺の拳銃を引き抜き、容赦なく連射する! クローディアは慌てて全身から華焔を発し、銃弾から身を守ろうとする。
「いたっ! ……あれ!?」
 と、クローディアの皮膚に幾つかの銃創が生じた。直撃よりは遥かにマシだが、それなりに痛い。
 いつもなら拳銃弾程度、軽々と燃やして防げるはずだが、華焔の勢いがいつになく弱々しい。それもそのはず、クローディアの華焔は観客の応援によって焚き付けられ、激しさを増すもの。その観客たちは今、伝説のカンフー女優に心を奪われているのだ。

「既にそちの身体は吾のものよ。刻印されし孔雀印、光栄に思え」
 プラネッタから奪った宝を、再度腰に収めながら、勝ち誇ったように言う茶恩。クローディアは対抗するようにニヤリと笑いながら、ひょいと立ち上がる。
「ふふん。でもキックはあんまり痛くないね。そのアームカバーとレッグカバー、映画通りなら”玉璽纏ぎょくじまとい“って言うんだっけ? わざと攻撃力を低くするメーションを掛けた、撮影用の武器でしょ」
 そう言って指差した瞬間、茶恩がクローディアの手首を片手で捕え、肘を肘で捕え、一気に骨を折った! 尚も腕を捕らえられているクローディアは、茶恩と共にその場で一回転して引き倒される。クローディアの背後から脇の下に腕が回されていて、片膝立ちの茶恩が身体を捻ると、肩の関節まで破壊される!
「是即ち、そちの演芸よりも長く上映できる事と同義也」
 仰向けになったクローディアの頭を膝に乗せ、首を締め上げながら茶恩が言う。本気を出せば、神速の関節技で全身を破壊できるという、暗黙の脅迫だ。
「マジだー! この人マジだー!」
 優しく解放されたクローディアは、身体を震わせて驚愕するのみであった。

 

「僕の名前はイグノランス。”思案するガラクタドール”だ」
 まさかの乱入者に熱狂していたせいか、いつの間にか第三の乱入者が現れていたことに、多くの観客は気が付かなかった。
「あらまあ、可愛らしい男の子」
 スクリーンを眺めるエリシャがそう漏らす。イグノランスと名乗った、小奇麗でシンプルな首輪を着けた男の子は、生まれたばかりの赤子を思わせるように透明で、それでいて聡明そうな顔立ちをしている。素肌を覆うように黒い装甲があり、眼球のほぼ全体が真っ黒なのを見ると、蟻から進化した人間なのだろう。

「奴は天涯孤独であるが故に、子どもとは思えぬくらいに感情表現が希薄。しかし、心の奥底では愛を求めているが故に、仕える主を探し回っているのだよ。精密機械の如き弾道演算能力を以ってして、”アンタレス”と呼ばれる特殊な光線銃を使いこなす、モンスターヒールだ」
「モンスターヒール? 主に外見などで観客を怖がらせる、悪役のことですよね?」
「それにしても、新人アーティストを二人以上も囲い込めるとは、余程強力なバックが付いているに違いない」
 エリシャの質問を無視するように、ジャスティンが独り言を言った。知らぬふりを決め込むことは、つまり後で性質の悪いサプライズが待ち構えているということだ。

「奉仕させて欲しい。僕の自由意志を証明する為に。人間らしいことを――」
 見えない壁のすぐ近く、いわば特等席に陣取っている、悪趣味な観客たちと向き合ってそう言うイグノランス。不完全燃焼だった彼らはすかさず、「プラネッタちゃんを撃て!」「顔と服をやれ!」と口々に叫んだ。イグノランスの片手には、変わった形のレーザーラーフルが握り締められている。
(来るの……!?)
 プラネッタは、メーションで異空間から予備の拳銃二挺を取り出し、敢えてホルスターに入れてしっかりと握る。半壊した机の上で、足を組んで眺めている茶恩が、隙を見つけて銃を奪ってくるかも知れないからだ。

「それが何故、君たちへの奉仕と成り得るのだ?」
 イグノランスは無表情で問いかけた。猟奇趣味への軽蔑でもなく、恐怖でもない、純朴な形で疑問を呈した。機械的な反応に、流石の観客たちも困惑して一瞬静まり返るが、すぐに「プラネッタちゃんが可愛いから」という返答が挙げられた。
「不明な因果性だ。原初状態の僕には理解し難い」
 瞬きもせず、頷きも首を振ることもせず。好奇心を秘めた巨大な黒目で、悪趣味な観客たちは真っ直ぐ見つめられた。なぜ猟奇趣味に目覚めたのかなんて、改めて質問されたら咄嗟の説明に困る。自然と観客たちは、イグノランスと同じように真顔になっていた。

「だが――把握した。局地的な多数決原理に基づき、アンチノミーを克服する。君たちの思考回路を理解してみたい」
イグノランスは無表情のまま、やおらにライフルをプラネッタに向けた。
「ふふ。素直じゃあないか、あの子。怖いくらいに」
「あの坊主には後でたっぷりと、タトゥーの彫り方をねじ込んでやる」
 期待できそうな仲間を見つけて、狂人ヒール二名がほくそ笑む。
「クローディアさん、休んでいてください! 私がやるのです!」
プラネッタが言った瞬間、イグノランスは無表情でライフルを撃って来た!

 
 銃口から射出された光線弾は、実弾に比べるとそれほど速い弾速ではなかった。横走りしながら、四本腕による安定した二艇撃ちを行い、射線から逃れながらイグノランスに反撃する。
 イグノランスは両腕をクロスさせ、メーションによって”対銃弾防護壁ABB”を展開した。バトル・アーティストにとっての基本技の一つである。しかし、銃弾に配合された”抗メーション物質AMM“が少ないにも関わらず、拳銃弾の貫通を許して傷つけられたのを見るに、メーションはそれほど得意ではないらしい。

 プラネッタが焼け落ちた屋根の陰に隠れたところで、イグノランスは斜め上方に向けてライフルを撃った。勿論その方向にプラネッタはいないが、まるで鏡に反射されたみたいに、光線弾の軌道が変わった。天井にあたって跳弾した訳でもなく。
 プラネッタは「えっ」と声を漏らして、間一髪、物陰から飛び出して変則軌道した光線から逃れる。片膝立ちのまま二艇の拳銃を連射すると、イグノランスもライフルから小さな光弾を連射させて対抗した。
 互いの撃った弾が、二人を結んだ線の中心付近で衝突しあい、共に撃ち落とされる形になっている。この奇跡的な確率が頻発しているのは、”弾幕障壁BBB”という基本的なメーション技によるものだ。その効果は銃弾速度や連射速度など、メーションの腕前よりも銃火器の性能、そしてガンテクニックに依存する割合が非常に大きい。

 先に弾を撃ち尽くしたプラネッタは、自ら仰向けに倒れ込む。その中途、空の弾倉を抜き、フリーになった手を使って、新たな弾倉を素早く挿し込む。これを一挺に対して二本の腕で行えば、二梃同時にリロードできるのだ。
「僕はもう――」
 何やら呟きながら、イグノランスは大きな光の塊を撃って来た。
(クラスター爆弾!?)
 上下に揺れながらゆっくりと迫り来るそれに対し、プラネッタは仰向けのまま一発打ち込む。案の定、銃弾が命中した瞬間、光の塊はハリネズミが爆発したかのように、無数の小さな光の針となって拡散する! その内の何発かが刺さったが、あんまり痛くなかったので安堵するプラネット。これが至近距離での爆発だったら……想像もしたくない。

 次々と光の塊を撃ってくるイグノランス。プラネッタはその全てを、近い順から撃ち落としていったが、二艇拳銃の銃弾が尽きるのは時間の問題だった。最後の一発を撃った瞬間、仰向けのまま全速力で後退する。蜘蛛人間特有の、8本手足だから為せる業だ。
「あの蠍のように本当に皆の幸の為ならば――」
 反撃を喰らうことはないと確信したイグノランスは、闇夜に向けて何度も太い光弾を撃った。その間にも光の弾は迫り、それを上回る速度でプラネッタが後退する。最も近かった光の塊が、時間切れで爆散した瞬間、プラネッタは物陰に退避した。

(こうなったら、追加弾倉なのです!)
 そう思いながら、異空間から特殊な弾倉を取り出したプラネッタは、念のために真上を確認した。……やっぱり光線弾が降って来た! 太い光線弾から分裂した、無数の光線だが闇夜を埋め尽くしている!
 プラネッタはやむを得ず、メーションで対銃弾防護壁を展開した。半透明なバリアによって、光の雨の第一波、第二波からは守られた。が、第三波からは徐々に光弾が貫通して身体に刺さり、第四波によって完全に防護壁が破壊され、残る光の雨が無慈悲に突き刺さる!

「僕の躰なんか、百遍灼いても構わない」
 イグノランスは、そう言いながら銃口を降ろした。プラネッタは物陰で、無数の小さな刺傷に悶えて自らの両肩を掴んでいるが、そこまで激しい出血量という訳でもない。
 無表情のまま、猟奇趣味を持った観客たちに向き直るイグノランス。すると、「それで終わり?」とでも言いたげな視線が帰って来た。
「僕の奉仕は、十分だったか?」
 その無機質さに当てられて、すっかり観客たちも大人しくなっていた。
「種族のイドラを持たない僕には、分からない」
 イグノランスは、瞬き一つしなかった。

 

「本当のなまえはてぃみゅりぃ。二つ名は”虚蝕きょっしょく”って言う」
 廃校舎の壁の陰から現れた、ティミュリィと名乗ったサイバーゴス風の女の子。何日も不眠でいるかのように、目の下にある隈が真っ黒で、手足は左右で別々の色合い、シルエット。まるで身体の部位ごとに、異なる生物を継ぎ接ぎにしてくっ付けたかのようだ。
「でもわたし、寄生するタイプのキノコから進化したにんげんだから、戦う時になると、段ボールにしまっていた、たくさんあるわたしたちが暴れだして――」

「また乱入者!? なんかいつも以上に多いなあ!」
 勢いが復活した華焔と、見えない壁の内部という相乗効果によって、破壊された身体が元通りになっていたクローディア。物陰で蹲っていたプラネッタに駆け寄り、傷だらけの身体に華焔を灯してあげると、乱入者が現れた方を見た。
「カルシウムに、コラーゲン……骨素材!? 否、よもや……」
 茶恩はと言うと、片眼鏡と一体になったバタフライマスクを着けて、奪った宝の鑑定に夢中になっていた。華焔の火種を奪われるような、アクロバティックな動きはしていない。
「そろそろキリがないのです!」
 灯された華焔によって、クローディアと同様な自然治癒能力を得たプラネッタ。無数の刺傷が塞がると、二挺の拳銃をリロードしながら立ち上がった。

「お昼に食べたハンバーガーの挽肉から豚の唇が露出し、という胸怖小人のニヤニヤが……死ぬ……、引き肉から豚の唇、が、露出して、水溶する何もかも分裂した太陽が迫って来てコンクリートが水様して、ある日狂、怖……が、深海魚で生まれて来れば良かった小人を食えるし大洋という教賦でスープが沸騰しても」
 自らの頭を抱えながら言いだしたティミュリィの言葉を、理解できる者はいなかった。銃火器の台頭によって、時代遅れと見做されている詠唱式のメーションだとしても、支離滅裂な内容の呪文は非推奨のはず。多くの者は、ティミュリィを正気の人間だと思っていない。
「あの子、意識が不安定のように見えますが、大丈夫なものですか?」
 腕組みをしているエリシャは、険しい面持ちでスクリーンを眺めている。
「彼女は茸人間の中でも希少種な、言わば寄生するタイプのキノコから進化した人間でな。ティミュリィと言う名の、”核心”となる一つの人格があるが、あらゆる生物に寄生を繰り返した経緯から、数多くの自我がごった煮になっているのだ。普段は根暗な性格だが、興奮すると支離滅裂で凶暴な状態となってしまい、それを克服する為にデビューした新人だ」
 嬉しそうに解説したジャスティンは、ある人物が一枚噛んでることを確信し、不敵に笑っていた。

「――精神は液化した虚無だ。無意識の深淵の上に蓄積された――」
 突如目を見開いたティミュリィが両手を突き出す。皮膚を鉄ヤスリで削ったかのように、二本の腕から粉状のものが分離されたかと思うと、底知れぬ闇を思わせるような黒へと変色した。闇の底に潜む得体の知れない怪物が、地上に立つ者を掴んで引きずり落とすかのように、黒い粉が空間を浸蝕しながら二人に迫る――!
「目潰し!?」
 クローディアは例によって、目の前に華焔の壁を展開した。深海生物の触手のように、空間を侵食する黒い粉は、華焔の壁に当たって呆気なく霧消する。背後に立っているプラネッタも、華焔の壁によって守られるはずだった。
「あ、プラネッタ!?」
 しかし、クローディアの華焔がまだ弱体化していると判断したのか、それとも経験が浅い故の焦りなのか、イグノランスのような変速軌道の攻撃と判断したのか。物陰から物陰へと飛びこみ前転することで、浸蝕する黒い粉から逃れようとした。

 飛びこみ前転を終えたプラネッタは、すぐに周囲を確認した。すると、今まで自分とクローディアが立っていた場所に、ティミュリィが瞬間移動していた。どうやらあの黒い粉は、瞬間移動をする為の予備動作であるらしい。
 移動直後で周囲の状況が把握できず、辺りをキョロキョロ見回しているティミュリィに向かって、一挺の拳銃を向けるプラネッタ。確実にダメージを与える為、まずは一発胴体を狙い、矢継ぎ早に頭狙いの一発を撃った。ティミュリィの身体に二つの風穴が空き、小麦粉袋が破裂したように、黒い粉が周囲に飛び散る。

 
「ちょ、プラネッタ! 私だって!」
 何処かへ消えていたクローディアの怒声。気が付くと、今の今までティミュリィが居た場所に、クローディアが立っていた。腹部と頭部に銃創を受け、身体から夥しい量の血が流れているクローディアが。
「えっ……」
 プラネッタは罪悪感で、額付近にある二つ目から、涙が流れそうになった。まさか、銃撃を受ける寸での所で、ティミュリィがもう一度瞬間移動したというのか。自身と相手の場所を瞬時に入れ替える、高度なメーションによって。
「ちゃんと確認しろや! ど素人!」「何テンパってんの!?」「頭おかしいんじゃね?」
 観客席から発せられる痛烈な批判が、耳を通り抜け心臓へと突き刺さる。

「ちゃんと確認して撃ってよ、プラネッタ! 今まで何の為に練習してきたの!?」
 怒り心頭のクローディアは、全身に華焔を纏いながら、ゆっくりとプラネッタの方へ歩み寄る。
「それとも私のことが気に食わない!? せっかく親切にしてあげたのに!」
 シューズが腐った床を踏みしめる度に聞こえる響きが、まるで自分が断頭台へ続く階段を登っている時のように思える。
 プラネッタは恐怖で腰が抜けてしまって、その場にへたり込んでしまった。人として恥ずべきミスを犯した自分に、裁きの華焔が迫ってくる――!
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
 皮膚の全てが爛れる地獄の炎を想像した。身体が勝手に、クローディアの太腿を狙って射撃していた。観客の怒りも籠った激しい華焔が、呆気なく拳銃弾を燃やす。地獄の炎が迫るにつれ、心臓が暴走し、血管が破裂しそうになり、あまつさえ吐き気すら覚える。

「死ね! 恩知らず!」「辞めちまえ! クズ!」「あんたなんか、生きてる価値ないわよ」「さっさと責任取れよ!」「お姉ちゃん、きらい!」「こんなライブ観に来るんじゃなかった……」
 三角座りになり、涙を滲ませた四つ目を固く閉ざし、四つの手で耳を押さえ付けて、外界の情報をシャットアウトする。それなのに、観客の罵声は無理矢理脳内に響き渡り、周囲の空間が押し潰して来るような錯覚に陥る。
 為す術なく天誅を待ち受ける他なくなったプラネッタは、この責め苦から逃れる唯一の方法を思いついた。メリットとデメリットが釣り合っているのか、考える余地はない。自らの側頭部に銃口を突き付け、躊躇なく引き金を引く!
それで苦しみから解放されるはずだった。しかし、ここは事故死や後遺症があり得ないBASのステージの上。死ぬことは許されず、不運なことに気絶することすら許されなかった。

「私のっ! 腕が悪いのです! もう悪魔の腕になっちゃいました! 早く手術したいです!」
 どうせ拷問に晒されるなら、せめて自分で自分を罰しようと考えた。胸に装着していたナイフを手に持つと、自らの手首を何度も突き刺した。必死に許しを乞いながら、顔を振り回し、涙を撒き散らす。
 目の前で立ち止まり、屈みこんだクローディアが、ナイフを突き立てられたプラネッタの腕を取る。彼女の全身に灯った華焔が、そのまま腕に燃え移る――!
 遂にこの時が来てしまったのかと、受け容れ難い現実に直面したプラネッタは、そのまま昏倒しそうになった。

 
「――大丈夫? プラネッタ?」
 その一声で、プラネッタはようやく認識できた。クローディアに握られている自分の手首から、得体の知れないキノコが生えていたことを。手首だけでなく、全身数ヵ所にキノコが寄生していた。それらは華焔によって、全て焼け落ちてゆく。
「キノコの胞子で洗脳されていたのか……!?」「罪悪感で自傷に追い込んだんだよ」「えげつなッ!」
 観客たちは、プラネッタを罵ってなどいなかった。キノコによって精神が寄生されていた時、聞こえる言葉全てが罵詈雑言へと変換されていただけだ。心配そうに顔を覗きこんでくるクローディアに対して、プラネッタは呆然と頷くことしかできなかった。

「見たか? ああやって”自我”に寄生して、幻聴や幻覚で責めるんだ。すると、ヤ●中みたいに兄弟同士でケンカしたり、自分の首を掻き毟ったりして、自分の手を下さずにリンチできるんだ」
「久しぶりに、新しい狂人ヒールがデビューしたという訳か。僕や君とはまた、方向性が違っている」
 ヒールの花形とも言える狂人ヒールは狭き門。レジナルドとブルーノは、気持ちの昂りクールダウンさせるように、譫言を言い続けるティミュリィを、興味津々と眺めていた。
「そこから光が、光。わたしの”蝕胞しょくほう“が土星、の輪の中に掃除機されてしまった。あるいは消毒液が空から降って来てこれはわたしの気だけが狂っている演技ですアーティストとしての。いぐのらんすと同じです自由意志です土星を観ているから正気です」
「自由意志とは、かくも混沌としたものなのか?」
 イグノランスは遠間から、ティミュリィを無表情で観察していた。

 

「少しは思い知ったのではなくて? 貴女の腐敗政治に異議を唱える、虐げられし民らの反骨精神を。悪の帝王の七光り、クローディア=クックッ!」
 五人目の乱入者は、クローディアにとって聞き慣れた声だった。ライブの枠組みを超えて突っ掛かってくる、クローディアのライバル。誰に対してもフレンドリーな彼女ですら煙たがる程、事あるごとに営業妨害ばかりしてくる、嫌味の塊のような女。
 胸元の空いた真紅のロングドレスを着て、無色の宝石が額に埋め込まれたハイ・カーバンクル。高貴な生まれであることが一目で分かる衣装だが、職人の頭目さながらに大声を張り上げる様は、むしろ労働者階級の方が親しみやすいだろう。
「ミシェル、あんた……!」
 思わず拳を握り締めながら、クローディアが5人目の乱入者を――今までの4人を統率するリーダーを睨み付けた。
「ハハハ! やっぱりお前が主犯だったか! “ダイヤモンド=クイーン”、ミシェル=ルィトカ! いいぞ、もっとやれ!」
 これぞ待ち望んでいたものだと、ジャスティンは両手を打ち鳴らして大いに喜んだ。クローディアがミシェルに手を焼いていることはよく知っているが、あの程度で心折れるようなヤワな教育はしていない。自慢の娘にどれほど食い下がれるか見物だと、激突の瞬間を待ち焦がれている。

「観客を楽しませる為なら、何でも許されるこのステージ。されど、実際に上演されるは、口パクアイドルグループのお遊戯会にも等しい、筋書き通りのおままごとッ! 泥臭さとッ! 気合とッ! 根性が足りませんわッ!」
 盛大なブーイングによって出迎えられることは、覚悟の上の乱入。飛び交う野次を跳ね除けるかの如く、最後列の観客にまで届く声で演説をするミシェル。
わたくしは、この決闘場を在るべき姿に還したいのですわッ! 奴隷身分にも等しく下克上の機会を与え、絶えず強者が王座を巡って流動し、永劫に淀み無き清流が溢れだす、神聖なる決闘場に!」
 観客席を見回したところで、誰も彼もが意気地なし。台本通りに進んだライブで、自分たちが飼い慣らされていることを、疑問にすら思わない。自らの意志を破棄して、金持ちが投げ与えるエサを啄んで生きる、奴隷の精神。

 しかし、どのような集団の中にも、反骨精神を秘めた骨のある人間は、常に一定数いるものだ。表立って反逆しないのは、同調圧力によるものなのか、無念にも実力が伴わないのか、虎視眈々と機会を狙っているのか。
 ミシェルの先祖は、鉱山地主に奴隷としてこき使われていたが、下克上によって利権を奪い取って貴族となった。その武勇伝を誇るかのように、金持ちでありながら飢えた貧乏人の精神を絶やさずにいることを、誇りとしている。そんなミシェルは、反逆の意志を秘めた強き者どもを煽り立て、闘争に駆り立てることを、使命として己に課しているのだ。
「貴殿たちッ! 血潮滴る闘いを所望なのではなくてッ!?」
 今回ミシェルが目を付けたのは、ブルーノの猟奇趣味を楽しみにしてきた観客たちだった。彼らの目の前、見えない壁に鼻先が触れるか否かの前に陣取ると、握り締めた拳を見せつけながら叫んだ。
 片手に4つずつ、計8つ嵌められたダイヤモンドの指輪。それらが一斉に煌くと、ミシェルの握り締めた拳が無色透明な宝石に覆われた。物理的にもメーション的にも、最高峰の強度を誇る宝石を、真正面から豪快にぶちかますメーション・スタイル。決して砕けぬ不屈の闘志を称えるように、”ダイヤモンド=ガイスト”と呼ばれている。

 
「利益の追求こそが資本主義ならば、声高き顧客の意見を汲み取るのは自明の理ッ! 口枷を嵌められたように押し黙れば、衆愚政治が罷り通ってしまうのは、時間の問題ッ! 貴殿らは、煌びやかな装飾を纏う豚どもに媚び諂って、人生を台無しにするのがお望みですのッ!? 違うでしょうッ!!」
「そうだそうだ!」「ダルマだ!」「ヒロピンだ!」「大革命だ!」
 マイノリティたちは、鬱憤を晴らすようにがなり立てた。刺激に飢え、曝け出せない欲望を抱えて生きる人間にとって、またとないチャンス。渇望していた寄るべき大樹。ダイヤの女王が革命を起こす瞬間を観たいと、すっかり釘付けになっていた。

「素晴らしいですわッ! もっと声を聞かせておやりなさいッ! その魂の叫びで、眠りこけた羊どもの目を覚醒させてご覧なさいッ!」
 虐げられし民を統率する手腕に長けているミシェル。彼女が大声を張り上げる度に、心酔した観客たちも狂乱し、その勢いは数十倍以上もの観客たちを尻込みさせるほど。
「今に私が、羊どもを修羅場に連れ出して、一人残らず鉄拳で打ち砕いて――」
 クローディアは何の前触れもなく、振り向いた瞬間のミシェルの顔に、華焔を纏ったストレートをお見舞いしようとした! ミシェルはダイヤに覆われた手で、クローディアの拳をギリギリのところで捕らえる。

「意にそぐわぬ者の口は封じるお積もりッ!?」
 掴んだクローディアの拳を、怪力を以って握り潰そうとするミシェル。クローディアの手の骨が軋む。メーションとしての強度も、素の状態ではミシェルの方が上だから、ダイヤに急速冷凍されるかのように、華焔の勢いも弱まってゆく。
「あんたの声がうるさくて、観客の声が聞こえないんだよ。喋ってばかりいないで、たまには耳を傾けてみたら?」
 しかし、クローディアの華焔は誰かの応援によって焚き付けられるもの。単純な戦闘能力ではなく、いかに観客と共に戦うのかを追求したメーション・スタイル。徐々に華焔の強度が高まり、逆にダイヤを霧消させてゆく!
「そうだそうだ!」「ただの嫉妬だわ!」「数に頼ってボコボコにしやがって!」

「数に頼っているのは、貴女の方ではなくてッ!?」
「皆の期待を背負っているから、それに応える責任があるの!」
「自分だけが正義だと思わないで下さいましッ!」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ!」
 華焔とダイヤが真正面からぶつかり合い、両者一歩も譲らない。何万人もの声援を受けた華焔の勢いは、さながら竜神の吐く息のように荒々しくも神々しい。それを真正面から受け止めているミシェルの姿が、不死鳥を打ち負かす新たな伝説の到来を予感させ、眉を顰めていた観客ですら「もしや……!?」と無意識に期待していた。

「フンッ!」
 力比べから先に手を引いたのは、ミシェルの方だった。
「今日は宣戦布告さえ済ませれば、それで良いですの。私がけしかけるのは総力戦。そう! 貴女のプライベートや関係者をも巻き込む、大規模な戦争ですのよッ!!」
 腕に纏ったダイヤを霧消させ、メリケンのようなダイヤ指輪を嵌めた拳を振り上げて叫ぶ。
「憶えておきなさい、クローディア=クックッ! 貴女が生まれ持ったコネクションや血筋のみでBASを支配するならば、私たちは気合によって削り切るまでッ!」
 真紅のロングドレスを翻したミシェルは、肩越しにクローディアを睨み付けながら、最後にこう叫び、瞬間移動で控え室へと消え去っていった。
「この場に居合わせた者一人残らず、傍観者とは言わせませんわッ! 安寧を享受できる最後の日、せいぜい大切になさいッ!」

「いいか。世のキ●ガイ野郎どもを隅に追いやると、いずれテメェら最大の敵となって立ちはだかる。メタリカを追い出された奴が、メガデスを結成して復讐を誓ったようにな」
 中指をクローディアに突き立てから、後を追うように瞬間移動で去るレジナルド。……なぜかブルーノも一緒に消え去っていった。あんなに酷い仕打ちを受けていたのに、やはり仲良しなのだろうか。
「そちの居場所、吾が盗ってくれるわ。賢明にして活きの良い聴衆は、誠に天下無双の至宝。そちには豚に真珠也」
 うっとりと目を細めながら茶恩は言った。うっすらと危険な笑みを浮かべると、怪盗もまた瞬間移動で退場する。ブーイングではなく、クローディア以上に盛大な歓声を受けながら。
「僕にはミシェルのやることが、矛盾しているように見える。だが僕は無知であるのを自覚しているし、本当は理にかなっている行為なのかもしれない。ルサンチマンか、アガペーか、それを見極めたい」
 イグノランスはクローディアとプラネッタに背中を見せたまま、難しい言葉を呟きながら、ゆっくりと光に包まれて消える。その純粋な好奇心が、見守る者に一抹の不安を覚えさせた。
「てぃみゅりぃのこと、怖がらないでね……。怖いのは、戦っている時だけなの」
 平常心を取り戻したティミュリィは、遠間から上目遣いで言った。プラネッタは言うに困って硬直していたが、返答を待たずして、逃げるように瞬間移動で去っていった。

 
「敵軍がたくさんで、クローディアさん大変ですね」
 やがて、記録的な嵐が過ぎ去ると、プラネッタは無言で佇むクローディアの背後から、小声で言った。
「私は生まれつき、恵まれ過ぎているからね。その分人一倍苦労しなきゃ、笑われちゃうよ」
 振り返らず、グローブを嵌め直しながら、クローディアは強く答えた。その瞳に陰りはない。大勢に焚き付けられた華焔が、制御しきれずに身体の表面で跳ね回っている。
 迸る華焔は、観客からの強制なのかも知れないし、クローディアの強がりなのかも知れない。恐らく、本人にすら真意は分からない。
「ハハハハ! それで良い! それでこそ私の娘だ! 逆境を見せ場に変えて、魅せろ!」
 スクリーンの前で高笑いしたジャスティンは、デキャンタ瓶の中身を一気に飲み干した。
「でも、たまには休んだっていいものですよ」
 スクリーン越しとは言え、ライブの熱狂に呑み込まれることなく、強く、優しく、エリシャは呟いた。

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