【短編小説】Girly merry-go-round

大正浪漫の新春、教育熱心な母親に辟易する或る少女は、メルヒェンの世界を創造する。

常盤クニオさんが描かれた作品、『2014年東急ハンズ年賀状イラスト』からインスピレーションを頂いて執筆した短編小説です!
クニオさんはフリーのイラストレーターで、どこかレトロなのにモダンで可愛らしいイラストを描かれます。
女性や子どもをターゲットとした柔らかいイラストを得意とされているので、デザインやイラストで「ちょっとこまってる」際には是非……!

常盤クニオさん サイト:https://kunio920.com Twitter:@illustrator920

 

◆   ◆   ◆

 

 門松並ぶ百貨店。振袖を纏ったハイカラ娘らが行き交う。

 こと新年の祝市に於いては、物珍しい品々が取り揃えられる。
 緑の色素と甘味料を混ぜ合わせた炭酸水に、練乳を凍結させた様な洋菓子を浮かばせた物。錻力で製作された、銃剣を携える赤軍服の兵隊人形に、風船のように腰周りが膨らんだ衣裳を着せられた、陶磁器の幼女人形。サイフォンの実演によって珈琲の高貴な香りが充満し、ピアノの流麗な旋律がエントランスを包む。
 中でもカステラは目玉商品で、開店早々長蛇の列が出来上がった。きめ細やかな食感と上品な甘さが決まり手の最高級で、日持ちもする故に年賀の贈り物としてもお誂え向きだ。

「お母様、そんなにカステラが入用なの。去年も食べたじゃない」
 列の中ほどに立つ少女が言う。
「入用よ。将校様のお宅に持っていくの。貴方と一緒にね」
 前に立つ洋服の婦人は、柔和な笑みを少女に見せる。
「万年筆に、骨董に、お人形に。もう充分でしょう」
 呆れる少女。この長蛇の列に並ぶまでに、娘は母の寄り道に散々付き合わされた。母の両手には、贈答品で一杯になった紙袋が提げられている。
「足りないわ。家族団欒の想い出を産めるものが」
「もう、お母様。人様のご家族にお節介を焼かなくても」
「斯様な心遣いこそが、善き婦人の心得よ。貴方の教育の一環です。いざ貴方が嫁いだ時に、苦労させたくないもの」
 少女は物心が付いた頃より、教育熱心な母から家柄に恥じない教養を身に付けさせられた。軍服が破れた際に備え裁縫を習い、客人を持て成す時に備え珈琲の淹れ方を教わっている。母親曰く、女性らしく暮らす為だと。
 少女はそれが、女の子らしいとは思えない。

 

 半刻が経過し、ようやっとカステラの品を手に入れた。母の両手は塞がっているから、娘の両手に袋が提げられた。自身では食べる積もりがないカステラを。
 そのまま本来の目的である、写真師の所まで向かう。毎年始め、娘の健やかな姿を見せるという理由で、婦人は娘の写真を遠方の親戚に送っている。
 少女にとってそれは、疎ましい慣わしであった。成人という逃れられない運命を、まざまざと見せ付けられる。歳を取る程に、不本意な縁談の話が現実味を帯びる。年老いた我が姿の写真は、少女にとって気味が悪い。
 だから、いざ撮影室に着き、「写真機が故障した」という話を聞いたときは、少女は内心喜んでいた。
「でも安心ね。二時間もすれば修理の目処が付く話よ。今日中には撮影できそうね」
 母親の言葉で、再び沈鬱となる。
「お母様、また今度にしましょう。早く帰って、メルヒェンを読みたいわ」
 少女にとって数少ない愉しみの一つが、メルヒェンを読むことだ。妖精や小人が暮らす創造的で綺麗な世界を、不自由な少女は憧憬している。
「いいえ、今日中に行います。明日から新年の挨拶で忙しないもの」
 少女は押し黙った。反抗した所で、母親の言い出したら聞かない性分を、再確認するのみに終わる。

「代わりに空いた時間、貴方のお買い物に付き合ってあげる。荷物はここで預かって下さるわ」
 お母様にしては珍しい事を言うものだと、少女は思った。平時は寸暇を惜しんで「学問に励みなさい」などと言うのだが。流石に娘を気の毒に思ったのか、将又新年を迎えて浮かれているのか。
「それなら私、遊園地に行きたいわ」
 少女にとって百貨店は何の面白味もない。学校の同級生が噂している遊園地に、一度でいいから行ってみたい。観覧車に乗れば満都一眸の大偉観、回転木馬に乗れば夢幻泡影の黄金郷。他の女の子に許された愉しみを、少女も体験したかった。
「行き来だけで二時間が過ぎます。我が儘言わないで頂戴」
 冷たく言い切った母親は、少女を置き去りにして歩き出す。少女は伏し目がちに、母親の後を追った。

 

 ややあって、着物や金襴織物が展示された、硝子張りの店舗什器が並ぶ一画にて。
「この色留袖、貴方に似合うと思うわ」
 婦人は直感的に手に取った色留袖を、鏡と娘の合間に挿し込んだ。鏡から振袖が掻き消えて、少女は不服そうに首を傾げた。
「気に入らなかったかしら」
 母親は色留袖を元の場所に戻した。苛立たしさが見て取れる。婦人は婦人なりに、娘に喜んで欲しいと願っているのだが。
「お母様。私、書店に行きたいわ」
「そう」
 またメルヒェンかと、母親は微かに眉を顰めた。高級品が揃い踏みの百貨店ならば、娘も婦人らしい物事に興味を抱くと考えたのだが、期待外れだ。
 販売員に「御免なさいね」と告げると、娘と共に逃げるように部屋を後にする。親子は無言のまま、案内図を頼りに書店を目指して歩く。

 
 ふいに少女が立ち止まる。脇見する対象は、雑貨屋の店頭に展示された、桃色のトップハットだ。偶然か運命か、今着ている振袖と同色である。
 別段、そのトップハットに稀有な価値を見出した訳ではない。しかしながら、什器の側面に飾り付けられた額縁に収まる、トップハットを被った女の子の童画に、想像を掻き立てられた。夢心地で目を瞑っている女の子の絵に。
 什器に置かれている品々は、女の子が見る夢を具現するかのようだ。清らかな空色の敷物の上で、紅いスーツを着た二足立ちの動物人形が整列している。加えて、掌に載せられる程小さな木馬や、人形遊びに使える料理の模型などが敷き詰められている。トップハットを始め、そこにあるリボンや日傘を手に取れば、童画の女の子と同じ夢を見られる気がしたのだ。

「どうしたの」
 数十歩進んだ後、娘が離れたことに気が付いた婦人が、少女の傍まで来て言った。
「お母様、私の帽子が欲しいわ」
 少女はトップハットを指差しながら伝えた。母親が微かに笑う。
「まあ、遠慮しているのかしら。今日くらい、もう少し上等な品にしたら」
「いいえ。私、あれが欲しいの」
 少女は頭を振って訴える。
「貴方もいい年齢だし、もっと立派な品を求めなさいな」
「私、あれ以外考えられない」
 珍しく少女が言い張るので、母親は少しばかり吃驚している。
「冷静になりなさい。貴方、あれを被れば嗤われるに違いないわ」
「お母様、私のお買い物に付き合ってあげると言ったじゃない」
「誰もあのような幼児染みた物を買うとは言っていません」
「不公平よ。お母様ばかり、予定に無い買い物を沢山して」
 親子は暫し言い合っていた。少女の言い出したら聞かない性分は、母親の遺伝に違いない。

「全く。好きにしなさい」
 最終的に折れたのは、母親の方であった。瞬間、少女の顔に花が咲く。滅多に見せない娘の表情に、母親が再び吃驚したのも束の間。少女は店頭の什器に早歩きで向かって行った。
 トップハットを嬉々として持ち上げた少女は、それを回転させながら眺めた。無地の桃色は、あるがままでも充分可愛らしい物だが、何かが欠落していると感じた。
「満足かしら」
 母親が横から嫌味たらしく言う。
「いいえ、帯が欲しいわ。私の振袖と同じような」
 そう述べて店の奥を見遣ると、様々な色のリボンが並べられた什器を発見した。少女は、荒野で一輪の花を見付けたかのように駆け出した。
「はしたないこと」
 そう呟いた母親は、しかし本気で娘を止めようとはしなかった。

 

 やがて、撮影の時刻となる。

 撮影室にいる少女は、紅いスーツとハットを着た白い木馬に腰掛け、自身は紺色のリボンを巻いたハットを被っていた。壁紙には、幻想的な星々や雲が描かれた、巨大な青空の水彩画。この画は人形劇の背景などを想定して描かれたらしいが、写真撮影の壁紙に用いてはならない謂れは無い。
 これらは全て、少女が母親に頼み込んで買って貰った物だ。元々ハットにはリボンが巻かれていなかったし、木馬にはスーツが着せられていなかった。全て少女が自由な発想で挑戦し、創りだした夢。これらと共に撮影されたいと我が儘を言い、従業員らに撮影室まで運搬して貰ったのだ。
「御免なさいね。躾がなってなくて」
 写真師の隣に立つ婦人が、愁いを帯びた眼差しで詫びた。
「構いませんよ。これがお客様の望んだ風景ならば」
 白髪で髭を生やした写真師は、笑って返す。
「とは言え、我が儘の度合いが過ぎるでしょう」
「お言葉ですが、ならば何故、即刻連れて帰らないのですかな」
 愉快そうに写真師が言うと、婦人は不貞腐れた顔となる。
「毎年娘の写真を、遠方の親戚に送るのよ。成長した娘の、健康な姿を見せる狙いで。であれば、娘の最も幸せそうな顔を撮るのが道理です」
 木馬に乗る少女の満たされた表情には、母親も異を唱えようがない。嫌がる娘を無理矢理撮影して、作り笑いの笑顔を親戚に送るよりも、余程理に適っている。教育熱心な婦人とて、必ずしも娘の心情を蔑ろにする訳ではない。

「成程。娘様の望みが実現しましたか」
 写真師が言った通り、仮初にも少女は願いを成就していた。遊園地にあるという回転木馬――夢幻泡影の黄金郷に旅立ったのだから。少女は実物を見たことないが、創造的な世界に揺蕩っているこの心地は、本物の回転木馬に勝るとも劣らないと信じている。
「どうやらこの百貨店は、夢を叶えるきっかけを売る場所らしくてね。娘様も、新しい生き方を創造したのでしょうな」
 撮影の瞬間を心待ちにしている少女は、空想に耽っていた。お気に入りのメルヒェンのように、王子と共に白馬に乗って空を飛ぶ、女の子らしい空想に。

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