【空想旅行】銀世界の果てに Part3

PARU+さんの『空想旅行』シリーズの続編です!
今回は銀世界の果てへ、果てへとご案内致しましょう。

余談ですが、PARU+さんのサイト内でとても為になる記事が掲載されました。
“ゲームクリエイターのお仕事とは?!【イラストレーター、デザイナー編】”
物書きの私としても、非常に興味深い内容でした……!
皆様も是非、ご覧下さいませ!

PARU+さん Twitter:@paruDevelop tumlbr:paru-develop

 

◆   ◆   ◆

 

 ジョイはまるで冒険家だった。教会に言い伝えられている、精霊の国に迷い込んで宝探しをした、あの物語のような。

 絡み合った木々のトンネルを潜り抜け、助走をつけて小さな穴を飛び越える。雪を舞い散らす向かい風にも負けずに走り、大岩群をよじ登って更なる高みへ。
 足跡一つない無垢な雪原を、コルクのようにどこまでも、いつまでも駆け回る快感。すごく大きなお城を、一人占めしているかのようだ。

 
 急斜面を登り切ると、裸になった巨木が聳えていた。ジョイは森に入った直後から、ずっとこの場所を目指していた。丘の上にあるたった一本の木が、お宝を隠しているみたいに意味ありげに感じて。

 ジョイは木にしがみつく。両手と両足を順番に、上の方に動かして少しずつ登る。太い幹が頭に触れそうになると、両手を離した。後ろに引っ張られるように、そのまま落ちてしまうかと思いきや、タイミングよく幹を捕らえる。同様に両足も幹に移動させ、クルリと半回転、背中を空に向ける。
 そうして、木の幹の上で這うようにして、コルクの食べ物を探し回った。人間の大人やコルクだったら、根元の雪を掘り起こして、埋もれていたキノコや落ち葉を探すだろう。しかし、的外れに思えるジョイの考えは正しかった。
「あ! みっけ!」
 木の幹にキノコが群生していたのだ。厳しい冬の寒さから裸木を守る、傘のようになって。幹に跨ったジョイは、背負った小樽を目の前に置いて、採ったキノコを中に入れていく。枝分かれする地点で折り返すと、次の幹に乗り移ってキノコを採り、少しずつ高い所まで登ってゆく。

 
 そうしてジョイは、木の一番高い所まで登った。結構な量のキノコが集まったが、小樽いっぱいになるまではまだ足りない。
(あと100個くらい?)
 そう思いながら、食べ物がありそうな場所はないかと、銀世界を見渡す。
 空には仄かに朱色が交じった雲が浮かび、同じように雪原や森が日に染まっている。雲の上にいるみたいだなぁと、ジョイは見惚れていた。
 遠いところにコルクの群れを見つけた。いつも見ているコルクたちと違って、布や紐が巻かれていない。群れの中の二頭が、角を突き合わせて喧嘩している。村の中ではまず見られない、ありのままのコルクの姿。
 遥か彼方に連なる雪山。ジョイは思う、あそこは世界のはじっこだと。アーシェお姉ちゃんは、隣街まで衣服を卸しに行った時の話をしてくれるが、本当に隣街なんて――ボクたち以外の人間なんて、存在するのだろうか? フェルネのような大きな耳が、ピクリと震える。

 何かがヒラヒラと、目の前に降って来た。一瞬大きな雪かと思ったが、すぐに正体は羽根だと理解する。見上げると、純白の鳥たちが羽ばたいていた。天国に至る螺旋階段を昇るように、円を描いている。
 あの鳥たちなら、隣街の景色も知っているのだろうか。翠色の瞳に空を映せば、身体が軽くなって、大空に羽ばたけるような気がして――。

 

 同じ空の下、ディルは遠くで周回する鳥たちを眺めていた。丘の上で停止させた、コルクソリに座ったままで。銀世界が朱色に染まりつつあるせいで、肩に力が入ってしまう。何とかして、日が暮れる前にジョイを見つけなければ……。
「ディルくん、もっと私に頼ってもいいのよ~?」
 コルクソリの後部座席から、手持ち無沙汰なアーシェが話し掛ける。
「僕一人で良いって言ったのに、なんでついて来たんだよ」
 ディルは目を合わせずに答えた。少しだけイライラしている。
「だって、ディルくん一人に迷子探しを丸投げするのって、大人の女性として無責任じゃない? プティたちだって探さなきゃだし」
 後部座席では、仕立て屋『プレイシル』から飛び出したプティたちが、ギュウギュウになっている。疲れているのだろうか。あんまりピョコピョコ飛び跳ねない。

「いいから、シャロルを連れて帰れよ。不安がっているだろ」
 ディルはアーシェの隣に座るシャロルを、手の平で示しながら言った。
「大丈夫よ。私が寄り道しないように、見張ってくれているもんね~」
「は、はい」
 アーシェは笑顔で言ったが、慌てて返事をしたシャロルの顔は強張っている。
「他人事のように……」
 ボソリと呟いたディルは、首を傾げるのであった。
(……夜になるまで帰らないと、皆に叱られちゃう)
  シャロルは俯いたまま、膝の上で拳を握り締めている。
(アーシェさんの言いつけを守って、教会に帰ればよかったかな。でも、アーシェさんを見張らないと寄り道されて、前みたいに衣装が遅れちゃうし……)
 どこまでも続く銀世界には、建物も人影も全く見当たらない。村の中で大切に育てられたシャロルにとって、とても怖い景色だ。来た道を振り返っても、大小様々な丘や木々に遮られて、村が見えなくなっている。
 雪に覆い被さる影は、刻々と伸びている。やがて日が暮れれば、世界が真っ黒に塗り潰されて、何もかもが消えてしまうだろう。
 刺すように痛く、冷たい空気が、シャロルを震わせている。

 
 ふらりと、ソリを引くコルクの一頭が、シャロルの横から顔を突き出してきた。
「な、なんでしょうか……!?」
 ビックリしたシャロルは、思わずアーシェに抱きついた。
「シャロルちゃんと、お友だちになりたいんじゃない?」
 アーシェとプティたちは、寄って来たコルクのつぶらな瞳を見る。なんとなく、このコルクは他と比べて、とりわけ優しそうな目をしていると感じた。
 このコルクは二頭の子を育てている母親で、ディルのソリを引く役目をよく請け負っている。ちなみに、ディルのすぐ傍で座っている、凛々しい目をしたコルクは、人間的に言えば夫だ。
「アーシェさん、本当ですか……?」
 シャロルはアーシェの服をぎゅっと掴みながら言った。
「きっとね。試しに挨拶してみたら?」
 母コルクは耳をパタパタさせたり、舌なめずりをしながら、じーっとシャロルを見つめている。シャロルを怖がらせない為の、気遣いなのだろうか。

 シャロルは座ったまま、母コルクとの距離を縮めてゆく。何かされた時すぐに飛び付けるよう、上半身をアーシェの方に倒しながら。
 母コルクの頭に手が届く距離まで来てみた。「撫でて下さい」と言わんばかりに、頭を下げている母コルク。シャロルは恐るおそる手を伸ばす。震える指先が、コルクの頭に触れようとした瞬間。寒さからか、コルクがブルリと身を震わせ、思わず手を引っ込めた。
(やっぱり怖いです……!)
 シャロルはシュンとなってしまう。するとコルクは、穏やかな鳴き声を発した。シャロルには、教会の扉を開く音のように聴こえる。
 シャロルのプティのような耳が、ピクリを跳ね上がる。何か思いついたようだ。すぅと、浅く息を吸う。

 
 囁くように、揺れるような透明感のある歌声。風が優しく吹き抜けるような。母なる空に手を伸ばすかのように、音階が上り詰められる。意味の無い歌詞の繰り返しだが、だからこそ清らかな自然音に聴こえる。
 母コルクの綺麗な瞳に、目を瞑って謳うシャロルが映っている。魔法の鏡に映し出された、雪の精霊のように、幻想的に。
 アーシェはシャロルの歌声に合わせて、手拍子してあげていた。プティたちもリズムに合わせてピョイピョイ跳ねている。いつのまにか、ディルと父コルクも後ろを振り返り、じっと聞き入っていた。小さく清らかな妖精の歌声に、皆の焦りや高まっていた緊張が少し和らいだようだった。

 そうして夕陽が沈むように、穏やかに歌声が消えた。アーシェはすかさず拍手を打ち鳴らし、やはりプティがピョンピョコ飛び跳ねる。
 シャロルは母コルクに対してお辞儀した。それを人間の中での、感謝や友好を表す動作だと知る母コルクは、真似をして首を上下させる。
(良かった。通じたみたいで)
 安堵のため息をつくシャロル。「ソリを引いてくれてありがとう」とか、「村の皆に力を貸してくれてありがとう」とか、思いつく限りの感謝を籠めて歌ったつもりだ。歌詞がないのに、本当に生きものに伝わるのか不安で仕方なかったが、母コルクは大人しく聴いてくれて、お辞儀までしてくれた。それがとても嬉しかった。

 
 ふと、振り返ったまま物を言わない、ディルや父コルクと目が合う。
「す、すみません。うるさくてごめんなさい。お仕事の邪魔をして」
 シャロルは慌てて立ち上がると、頭を深々と下げた。
「いや。むしろ気持ちが落ち着いて助かった」
 ばつが悪そうに、ディルと父コルクは正面に向き直る。
「……精霊歌ヨイクか。たった一人でコルクソリに乗る人間が、孤独を癒すためにも歌われるね」
 ディルは背中を見せたまま言った。遠くで飛行する鳥たちの動向に気を配りつつ。
「生きものはもちろん、山や森とか、あらゆるものに宿る精霊とお話しする方法なんでしょ~?」
 アーシェは身を乗り出し、母コルクの頭を撫でながら言った。
「はい。まだまだ練習不足ですけど」
 行儀よく座り直したシャロルが答える。
「日頃から精霊たちの声をよく聴いて、それをマネしなさいって、教会では教わるんです」

「それなら、いい機会なんじゃないか?」
 そう言ってディルは、彼方まで広がる銀世界を指し示した。シャロルはしきりに瞬きをしたが、すぐに意味を理解すると、ヨイクを歌う時のように目を瞑り、耳を澄ませた。
 風の精霊たちの吐息が耳を打つ。優しく揺らされた木々が、微かにさざめいている。喧嘩しているらしい、雄コルクたちの甲高い鳴き声も。バサリと大気を掻き分ける音によって、森から白鳥が飛び立った瞬間が目に浮ぶ。
 そうだ。私たちは生きものたちから居場所を借りて暮らす、この大いなる銀世界の一部。たとえ世界が闇に塗り潰されても、精霊たちの声が道標になってくれる。生まれた時から慣れ親しんだ、山や森の声が。そう思うと、見知らぬ場所の真っ只中にありながら、お母さんの胸に抱きついているような、落ち着いた気分になれた。

 
 鳥が羽ばたく音が、空から降りてくる。ソリの端に優雅に着地すると、両翼をバサバサとさせながら、ディルに何やら訴え掛けている。
「ジョイがいたって? 向こうの雪原で、フェルネを追いかけている?」
 鳥の報告を受けたディルは、怪訝な面持ちで言った。
「夜行性なのに、早起きなフェルネだな。冬場で暗くなるのが早いから……なのか?」
 二頭のコルクは、そそくさとソリの前に移動した。振り落とされないよう、ソリにしっかり掴まるアーシェとシャロルに、二人の身体にぴったりくっつくプティたち。
「出発しよう」
 手綱を握ったディルが言うと共に、コルクソリは緩やかな傾斜を経由して、雪原へと向かって行った。

 

 太陽はいよいよ旅立ちを迎え、別れを惜しむように一際光り輝く。聖火を纏ってやがて灰となる、雲の移りゆき。草木のない雪原一帯では、人の目に見えない巨大な焚火があるように、うっすらと朱い光が広がり渡っている。
 キノコを咥えるフェルネを追いかけ回すジョイ。もっと他の場所で、コルクの食べ物を集めたらいいのに、考えるよりも先に走り出すと来たものだから。
 友好的なコルクや呑気なプティとは違って、フェルネは警戒心が強い。ジョイがキノコを分けて貰おうと追っかけてくるから、すばしっこく逃げ回っている。フェルネが全力で走れば、人間が追い付けるはずがないのだが、ジョイは遠ざかるどころか徐々に近づいてくる。

 前方に、崖と見間違えるくらい大きな氷河が見える。透き通った水色の氷河だ。フェルネはそこにある、小さな穴を目掛けて突っ走る。人間の子どもは、あとちょっとの間合いまで迫っていた。
 ジョイが手を伸ばし、フェルネの尻尾を掴もうとした瞬間。フェルネは小さな穴に飛び込んで、間一髪で逃げ切った。勢い余って、氷の壁に激突する羽目になったジョイ。ちょっと痛かった。
 ジョイはおもむろに、村の教会と同じくらい高い、氷の壁を見上げた。生まれて初めて見る、不思議な物体。一体これは何なのだろうと、危機感よりも好奇心が先立つ。
 身を伏せて、フェルネが飛び込んだ穴を見る。這って移動すれば、アーシェお姉ちゃんでも余裕で中に入れそうだ。ジョイは伏せたまま進み、途中背負った小樽が引っ掛かったものの、難なく中に入ることができた。

 
「すごく青い……」
 内部で立ち上がったジョイは息を呑んだ。外は夕陽が射しているにも関わらず、外から見た氷河は水色にも関わらず、洞窟が青く輝いているからだ。
 夏に溶けた水によって、広大な氷河の中に自然形成された、氷の洞窟。沸騰した水のような起伏のある、宝石みたいに光る壁。長い長いトンネルは、奥に進むほど天井が高くなっている。村中の建物を上手く一列に並ばせれば、すっぽり収まってしまうかもしれない。
 気温の変化で氷が不規則に崩れるため、座るのに丁度良い出っ張りや、かくれんぼするのに打ってつけな窪みが、そこかしこに出来上がる。絶えず変化を続ける氷の洞窟は、生きもの以外の何ものでもない。
「精霊って、本当にいるんだ」
 見惚れているジョイは、そう呟いた。人間じゃないと――いや、人間よりもずっと偉い生きものじゃないと、こんなにすごい建物・・を造ることができないと思ったからだ。
 山、森、そして雪がどこまでも広がるこの銀世界。精霊の姿なんて見たことなくて、大人たちの作り話じゃないかと疑ったこともあったが、本当にいるという証拠を目の当たりにし、嬉しさの余り立ち尽くしていた。

 唐突に、ブオォーンと、得体のしれない音が反響して来た。ジョイは我に返り、洞窟の奥を眺めた。水瓶に口を押し付けて、「ワアー!」と叫んだ時の音に似ていると思った。
 おつかいを頼まれた記憶はどこへやら。見知らぬ生きものか、はたまた精霊なのか、音の正体を確かめるため。ディルは走り出した。きっと誰も知らない場所の、一番深いところを目指して。
 大きさとりどりな氷の段差を登ったり降りたり。こんなに楽しい迷路があったなんて。更に進むと、湖のようにツルツルとした氷の床の通路となる。靴底をくっつけたまま、身体を揺らして面白おかしく進むジョイ。波紋が広がる水面のような、青い天井や床に囲まれて、魚に変身したみたいだった。

 
 そしてついに、ジョイは洞窟の行き止まりに至った。――いや、多分まだ行き止まりじゃない。
 立ちはだかった壁の前に、フェルネの群れがいたのだ。キノコや木の実を咥えた彼らは、壁に空いた穴を順番に潜り抜けている。あの穴は、洞窟の入り口よりも小さそうだ。ジョイが伏せて進んでも、穴に入れないかもしれない。
 もう一度、ブオォーンと音が反響して来た。さっきよりも近い。この壁の向こう側からに違いない。
 ジョイに気付いたフェルネの群れが、警戒心を露わに睨み付けてくる。その最中にも、一匹ずつフェルネが穴を潜り抜けている。
 好奇心に満ち溢れていたジョイは、恐怖や不安を感じていない。永い冬を越えてやって来た太陽が、真っ直ぐに自分を照らすように、心が幸せで満たされている。銀世界の果てには、何が隠されているのだろう? 誰も見たことがない生きものか、精霊か。あるいはお宝なのか、それとも――。

 ジョイは一歩踏み出した。フェルネの群れが、一歩後ずさる。秘めやかに光り輝く青色の空間の中、自分の心臓の音がはっきりと聞こえる。
 カツ、カツと穴に近付いて行く。フェルネたちは尻尾を壁に押し付け、ジョイの一挙一動を見逃すまいと凝視している。三度、ブオォーンと音が反響して来た。自分の足音と、何かの声だけが聴こえる、二人きりの世界。
 小さな穴まで、あと数歩の所だった。我慢の限界が来たフェルネの群れが、一斉に走り出す! 白いものが絶え間なく、ジョイの真横を全力疾走で横切るから、さながら雪崩に襲われたかのよう。
「うわっ!?」
 驚いたジョイが尻餅を付いた、その瞬間。自分やフェルネの群れの重さによって、氷の床に亀裂が走る。
「あっ……!」
 ジョイは慌てて立ち上がり、逃げるために思いっ切り床を蹴った、その直後。ミシミシと音を立てて、氷の床が崩れ去り、ジョイが滑り落ちてゆく――!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。