【超短編】聞き上手

 

(なんて話せばいいのか分からないのです……)
 蜘蛛人間のプラネッタは、空になったパフェグラスを、四つある目でじっと見つめているしかなかった。
「ワタシってそんなにブスなのかなぁ……?」
「そんなことないよ~! カワイイよ~!」
 テーブルの向かいに座る女子二人は、さっきからこんな話ばかりだ。友だち探しを目的にして知り合った三人は、以前より何度かこのカフェに集まっては、パフェを食べながら非生産的な話を繰り返す。
「そ、そうなのです! とってもカワイイですよ!」
 押し黙っていては、友だちなんか作れやしない。そう思ったプラネッタは、便乗するように言った。
「うん、ありがとー」
 ブスと自虐していた子は、一瞬プラネッタに笑みを見せた後、もう一人の女の子に対してこう言う。
「その服、カワイイねー。キミが着ているモノって全部、ワタシまで好きになっちゃいそう」
「え~マジ!? すっごく照れるんだけど~!」
 便乗できず、何も言えなかったプラネッタは、再び空のグラスを見つめるしかなかった。褒め合っている二人に口を挟む隙を伺い、時間だけが過ぎていく。

 そうして夕暮れ時になると、店の前で三人は別れた。
「またねー、プラネッタちゃん。今度の試合ライブ、絶対観に行くからねー」
「なかなか行けなくてごめんね~! いつか必ず、プラネッタちゃんのバトル観に行くから~!」
「了解なのです! バイバイなのです!」
 手を振って見送ったプラネッタは、しかし二人組が口先だけであることを悟っている。前回も、前々回も、それこそ最初に出会った時から、同じセリフを残しては結局ライブに来なかった。
 興味がないのなら仕方がないとしても、上っ面の言葉だけで取り繕う彼女たちが腹立たしい。意味もなく互いを褒め合って、結局友だちも何も得られなかったプラネッタは、肩を落として帰路に就いた。

 

 後日、夜のフジワラヒルズのローズガーデンにて。
 御影石の道を歩くのは、トイプードルとお散歩しているマダム。プラネッタは彼女のボディガードだ。腰にあるのは、オートマとリボルバーの特徴を兼ね備えた、おかしな形状の白骨のような拳銃だ。
 大金持ちとはいえ、犬の散歩にボディガードを雇うのは大袈裟かも知れない。だとしても、しがらみ抜きで気兼ねなく話せる相手が、大金持ちには必要なのだ。特にプラネッタのような、若い女の子が。
「なるほどねえ。そんなことが」
 マダムは頬に手を当てて、憐れむように言った。
「はい。友だちにはなれそうもないのです……」
 そう言ったプラネッタはしょんぼりしている。
「雑誌には、相手のお話を聞いて褒める、聞き上手になりなさいとありましたが、本当なのでしょうか?」
 あちこちの物陰(特に木々の辺り)に目を配りながらも、プラネッタが弱々しい声で尋ねる。
「本当よ。でもちょっとばかしコツが要るわねえ。付け焼刃じゃイイ人には通用しない」
 身震いしたトイプードルの背を、優しく撫でてやりながらマダムが言った。
「昔、私の旦那――というか玉の輿を狙っていたライバルは多かったけどねえ。出し抜くつもりで、『あなたのプラモデルに興味があるわ』と言ったの。女性からそう言われたのは初めてだったらしいわ。『私が一から仕込んでやる!』なんて、拍子抜けするほど簡単に落ちちゃってねえ。オホホホ」
「結構ずる賢いですね……」
 プラネッタは呆れて、上の二つ目を細める。マダムは、依然震えているトイプードルを抱っこしてあげた。
「まあね。でもおかげで今じゃ、二人でプラモデルの開発に勤しむ日々を送っているし。ライバルの女と下らない駆け引きをして、何もかも無駄にしていた頃よりずっと充実しているわ。だからプラネッタちゃんも、そういう人とは縁を切った方が良いわよ」

 突如としてプラネッタが素早く反転し、腰に装備した拳銃に手を伸ばす。それが何を意味するのかは、マダムにも容易に理解でき、子犬と同様に震え上がった。
「待って! ごめんなさ――」
 失言を詫びる暇もなく、銃声がローズガーデンに響き渡った! 思わず目を瞑ったマダムの背後で、ドサリと何かが落ちる音が。
 数秒後。痛みも何も感じないことを、不思議に思ったマダムが目を開く。目の前にプラネッタはいない。恐るおそる後ろを向くと、ロープを手に持ったプラネッタが、手際よく何かを縛り上げていた。
「……猿!? なんでこんな所に!?」
 ゴム弾を受けた猿が二匹、横たわっていたのだ。金細工の悪趣味な首輪を見ると、野生ではないらしい。
「さっき情報を仕入れたのです。悪いお金持ちが飼っていた、凶暴なお猿さんが二匹、脱走したって」
「もう。死ぬかと思ったじゃないの」
 マダムは腰が抜けて、その場に座り込んだ。
「ご、ごめんなさい……」
 二匹を縛り上げたプラネッタは、気まずそうに瞬きを繰り返しながら、頭を下げた。マダムはすかさず、プラネッタを安心させために笑顔を作る。
「――でも、生のHalf-Lifeが観れて得した気分だわ。本当に一発分の銃声しか聞こえなかった。一発目を撃つのとほぼ同時に、撃鉄を叩いているんでしょ?」
「えっ……見えたのですか?」
 この技はプロですらも”一発”としか認識できないので、プラネッタは驚いて四つ目を見開く。
「まさか。そういう技があるって、パンフレットに載っていたから。執事に言いつけて取り寄せたのよ。前から生で観たかったけど、仕事で忙しくてねえ」
 そう言ってマダムは、懐からBASのパンフレットを取り出す。期待の新人がデビューしたと言う内容の。
「あっ……あの! もし良かったら!」
 その時プラネッタは、もっと自分の技を観てもらいたいと思って、初めて自分の方から話を切り出した。

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