長編小説『Assault for Freedom』の”Chapter3″、スローペースですが執筆を進めております!
Chapter3のPart1(我ながら煩雑……)まで終えたので、そのごく一部を掲載致しますね。
Chapter1&2のネタバレを含む点、また推敲前の文章なので、頒布する際には一部修正・削除されている場合などがありますが、ご了承頂ければ幸いです。
◆ ◆ ◆
三ツ星レストラン顔負けの設備が整っている、クック家のダイニングキッチン。真っ白なクロスが掛けられた丸テーブルの上に、400グラムのステーキを始めとした、エリシャお手製の料理が並んでいる。
クローディアはテレビで観ながら、毎日訪れる朝一番の幸せを享受していた。こうしている間は、自分がBASの看板娘であることを、忘れられるから良い。
テレビでは、縁結びの港町アヴァラジーナの特集が放映されている。船が浮いて見えるほど綺麗な海。天井が蒼白く輝く洞窟に導かれるボートクルーズ。何よりも、海の幸を贅沢に使ったズッパディペッシェ、アクアパッツァ、カルピオーネ……! 満たされたはずのお腹の虫が、早くも鳴いた。
「いいなー。私もアヴァラジーナに行きたい」
牛乳を一気飲みしたクローディアの独り言。
「昨日、出張ライブで行ってきたばかりでしょう」
エリシャは怪訝な面持ちのまま、デザートのチョコバナナタルトを丸テーブルに置いた。
「仕事じゃなくて、バカンスとして行きたいんだけどなー」
タルトの一切れをつまみ、思い切り口を開いて放り込む。
「あなたのスケジュールからして、日帰り旅行が精一杯ね」
言葉尻が思わずため息交じりになるエリシャ。
「私もさー。BASのしがない社員なんだしさー。父さんもそこのところ考えて、有給許可してくれないかなー?」
言い終えると、残りのタルトを一気に頬張る。
「仮に長期休暇を貰っても、落ち着いた旅行は無理でしょうね。ホテルにパパラッチその他が押しかけますもの」
「じゃあ、ボディガードを百人くらい雇おうかな」
冗談っぽく笑ったクローディアが、心にありもしない事を言ったのを、母親は見抜いていた。娘が夢見ているのは、一人きりの自由。誰の目も気にせず過ごせる場所なのだ。
「ごちそうさまー」
そう言ってクローディアは、ゆっくり立ち上がった。
「お粗末様。あなた今日、休みよね。誰かと遊ぶ日?」
引き留めるようにエリシャが訊ねる。
「ううん。家でトレーニングしたり、ゴロゴロする」
この豪邸は、結構な規模のホームジムを備えている。
「珍しいものです。それとも体調不良かしら?」
「いや、
エリシャが「そう」と返すと、両者とも押し黙った。
先日、仲間と共にBASドームで余暇を過ごしていたクローディアは、敵対アーティストらから執拗な襲撃を受けたらしい。あえてクローディアを狙わず、行動を共にしていた仲間たちに矛先が向けられた事に、責任を感じているのだ。だから最近、クローディアは単独行動が多くなった。
夫――BASの社長から話を聞いたのか。娘の些細な変貌が気掛かりで、メディアで情報収集をしたのか。あるいは母親ならば、娘の目を覗けば、全て理解できるかも知れない。
数秒間、クローディアは視線を合わせなかった。やがてクローディアが、歯磨きしようと、バスルームへと歩き出した瞬間、再度エリシャが呼び止める。
「それなら、お精肉店に行って頂戴」
「え~っ。めんどくさいなぁ」
グラバー精肉店。クローディアが物心ついた時から、世話になっている店だ。毎日食べているステーキ肉は、そこで購入している。小さい頃はよくお使いに行って可愛がられたし、今でも合間を縫って出向いては世間話を交わしている。
「食べるばかりで外出しないと、太るものです」
「だから、家のジムで筋トレとかするんだってば」
首を傾げ、溜息一つ。母親への苦情は、それで十分だった。
「……支度が済んだら、ランニングついでに行ってくる」
そうしてクローディアが立ち去る際に、「ええ。お願いね」とエリシャは言った。小刻みの足音が消失すると、母親は窓の外に広がる閑静な住宅街を眺め、物思いに耽った。
(願わくば、我が家の他にも心安らぐ場所を、見つけて欲しいものです。あの子の私生活までもが、看板娘ではないわ。グラバーさんならば……きっと善き話し相手になるでしょう)
◆ ◆ ◆
数十分が経過し、ようやっとクローディアの番になった。
「おっちゃん、リバウド、こんにちは!」
「むぅ……クローディア」
リバウドはギョロリと目を見開いた。仕事の邪魔だと威圧しているのではない。同業者とは思えない程の、看板娘の輝かしいオーラを前にして、緊張しているのだ。
「おう、クローディアちゃん! 久しぶりだな!」
一方おっちゃんは、姪っ子と接するかのように親しげだった。超有名人の名が飛び出て、周囲がほんの少しざわめく。
「おっちゃん、いつものヤツお願いしまーす!」
「おうよ! 大量のステーキ肉だな!」
グラバーはせっせと袋に肉を詰め始める。
「リバウドはアルバイト慣れた?」
ショーケースの上で頬杖をついて、クローディアが訊く。
「然り。幾許かは、人前に立つのも慣れたものよ」
「まだ全っ然、堅っ苦しいけどなぁ。だが、肉の加工や惣菜作りは見事だ。バーベキューの達人を自称するだけあるぜ」
グラバーに親指で指され、リバウドは「ふ」と微かに笑う。
「それは良かった。クローディア様も紹介した甲斐があるよ」
ふふんと、得意気になるクローディア。人付き合いの練習がしたいリバウドと、人手不足に悩んでいたグラバー。二人のちょっとした悩みを小耳に挟み、ふいに閃いたクローディアのアイディアは、両者にとって有益だったようで何より。
「サービス業も、悪くはない。林業を辞める気はないが、あれは買い手の様子が間近では見られん。しかも、おのれと同じ人付き合いが多い故に、改善の機会にも恵まれんからなァ」
リバウドは一旦手を止め、肩をのっそりと回している。
「どの道、居るだけで人を怖がらせるならと、自棄で成ったモンスターヒールも馴染んではいるが……プライベートまでも役割を( ギミック )演ずる生き方では、疲れて果ててしまう」
「……そうだね。たしかに」
一瞬クローディアは、湿っぽい顔を露わにした。
「あいよ。いつものヤツと、新商品のバーベキュー串刺し」
袋詰めされた大量のステーキ肉と、恐らくリバウドが発案したおまけの品を、クローディアは受け取った。
「ありがとー! おっちゃん、リバウド!」
クローディアが手を振りながら立ち去る。
「焼肉にしてつまみ食いするんじゃねぇぞ!」
「うむ。達者でな」
店主がバイトに手短に告げると、すぐに次の客に応対した。
◆ ◆ ◆
「クローディアって、ホントどこにでも出しゃばってウザい」
誰かが、わざとらしく大きな声で言った。キノコを齧る寸前だったクローディアは、ムッとして周囲を見回す。
「自分が一番だと思ってるから、マナーがなってないよな」
「あいつ看板娘を外されたら、生きてけないんじゃない?」
クローディアは立ち上がり、一帯を見回した。
「誰!? 文句あるならハッキリ言いなさいよ!」
そう叫ぶと、嘲り笑う声が広場で渦を巻いた。
「やかましいのう。黙らせた方が良かろうでは?」
「賛成! オレ、ナイフ持ってるよ!」
「いや、近付くと危ないから消火器が良いと思う」
「バカお前。そこは電卓が仕事になるだろ」
「はぁ!? ハンドクリームが空から降ってくる!」
あまりにも異様な陰口が飛び交い、クローディアは冷や汗を流した。ミシェル軍団からの襲撃かと、すぐに思い至る。
「まさか……キノコ!?」
クローディアは、持っていた串刺しを見下ろした。そして思い出していた。自我を寄生させ、他者の精神を操る、茸人間のアーティスト――二つ名
「ざんねん。てぃみゅりぃとお友だち、いや?」
抑揚のない声で囁かれたクローディアは、ビクリと仰け反る。すぐ横に、真っ黒な球体が浮かんでいた。さながら深淵へと続く虚無の洞穴、浸蝕された空間の成れの果てのような。
穴の中から、得体の知れぬ液体が流出する。それには、目の隈が真っ黒な生気の無い顔が、卵の黄身のようにくっ付いている。見覚えのある顔……やはりティミュリィだった。
「あんた、無関係の人間に手を出したの……?」
クローディアは、怒りで声を震わせた。
「だって、お友だちになりたかったもん。キノコがすきなら、キノコのティミュリィだって食べてくれるでしょ」
ティミュリィの支離滅裂な言葉を、ハッタリかどうかと疑う余裕は、怒り心頭に発するクローディアにはない。
「本気でお友だちになりたいと思うなら、あんた一から勉強し直した方が良いよ……!」
「してきた! だがしかし、我らの中に秘めるミラーニューロンこそが、情動伝染病の淵源と真定する……」
訳の分からない言葉を、早口で呻くティミュリィの顔は、地面に垂れ落ちた。そこから、卵白が広がるように、黒い液体が広がっていって、ティミュリィの身体が形成された。四肢がそれぞれ、異なる生物の手足を出鱈目に付け替えた、アシンメトリーでカオスな形相。寄生キノコならではだ。
「ならば、わたしは紛れもない! CEOだ青年文化の中核を為す――飛んで火に入る夏の虫! 新しい! 憑代を!」
能力を使う副作用だろうか。興奮して、支離滅裂な言葉を吐きながらも、ティミュリィは象のような片脚を引きずるようにして、精肉店へと近づいて行く。
◆ ◆ ◆
仰向けに倒れるクローディア。リバウドは鈍い足音と共に近寄り、彼女の首目掛け手を伸ばす。持ち上げるつもりだ。
クローディアは仰向けのまま、不死鳥のような炎翼を身に纏って急上昇。ラリアットの要領で、真下からリバウドの首を片腕で振り抜く! だがリバウドは、ちょっと仰け反っただけで、大したダメージにはならなかった。
そのまま地上5メートルまで上昇したクローディア。
「これならどう!?」
上昇中、予め片手に溜めていた火の玉を、真上から投げ落とすクローディア。その火の玉は、散りゆく花火のような軌跡を曳きながら、地上に落下。一回だけ小さくバウンドした後、静止したそれは、ジリジリと不穏な音を立てている。
(おのれィ! 爆発物か! 手榴弾のような!)
爆発玉から離れようとするリバウド。が、如何せん足が遅かった。バン! と大きな破裂音と共に、派手な爆発が発生。オレンジ色の煌びやかな光に、リバウドは呑まれた。
クローディアは炎翼により、一歩遅れて軽やかに着地した。
(よーし、今だ! 懐に飛び込む!)
炎翼を残したまま、前屈みになって助走を開始。そして、炎の
派手な光が消失すると共に、姿を現したリバウド。分離させたチェーンソーを双剣のように持ち、その場で独楽のように回転している。凄まじい駆動音と共に。まるで竜巻だ。
(うわっ、効いてなかった!?)
矢のように直進していたクローディアは、自ら横薙ぎのチェーンソーにぶつかる形となった。腹部が横一文字に切り裂かれ、ジャケットの繊維がおがくずのように舞い散る! 体勢を崩したクローディアは、勢い余って転げ回った。
(かなり頑丈だねー……。普通の相手なら、とっくに膝をついているもんだけど)
首の横に両手をつき、跳ね起きたクローディア。一瞬だけ、腹部を片手で押さえたが、悶えている暇はないようだ。