天気の良い日曜日の昼下がり。パルトメリス私立教会堂のキッチンにて。
全体的にナチュラルなこの部屋は、ビルンバウム家の生真面目さを映し出すかのようにいつも小奇麗だ。温かみのある木と、ピカピカなステンレスが調和したシンクは、そこはかとなくモダンな雰囲気を醸し出す。丸テーブルに掛けられた水色チェックのテーブルクロスの上には、開花から暫く経った一輪の花が、水の入ったコップに挿されている。
「やったっ! スーパーレア! ……もう持ってるけど」
木椅子に座る若草ローブの犬人間、クリストファー=ビルンバウムは、丸テーブルにカードを並べている最中、唐突に叫んだ。カードの数は、おおよそ100枚ほどと言ったところか。
初ライブ直後にファイトマネーを得ることができたクリスティーネは、弟が大好きなTCGのパックを大人買いし、プレゼントしたのだ。その際、「大分昔に買いまくった、古いバージョンなんだけどなぁ……」と残念がって、姉のしょんぼりさせてしまったが、ありがたく受け取った。最新版のカードパックを大人買いしようとしても、既に売り切れていたなんてオチだろうが。
「ピーターとのトレードに使おうかな」
そう呟いたクリストファーは、次から次へとカードパックを開封しては、一喜一憂している。
(大は小を兼ねるって言うけど、ちょっと使いづらいわね~、このフライパン。ビビちゃんやピーターの分も、一緒に作って欲しいと言う意味かしら?)
半分に切った大粒のブドウを、鼻唄交じりに炒めているのは、白いブラウスの上に赤いエプロンを着たヘディ。クリスティーネからプレゼントされた、かなり大きなフライパンを使って、いつもの倍近くある量のおやつを作っている。
ちなみに、父親のフェリックスは、クリスティーネから腰のマッサージャーを貰った。本人曰く、「内臓が潰れそうな感覚でした……」とのこと。質の悪い安物だったのか、力加減の調節を忘れていたのか、あるいは効果が抜群過ぎたせいなのか、そこまでは分からない。
「できたわよ~。しまいなさい、それ」
「はーい」
ニヤニヤしていたクリストファーは、テーブルに並べていたカードをデッキケースに押し込む。そうしてからヘディは、カマンベールチーズと一緒になった甘い焼きブドウが入ったボウル皿を、クリストファーの目の前に置いた。
「すごいっ! 大盛りだ!」
犬耳を、鳥の翼のように上下させて喜ぶクリストファー。
「クリスティーネがフンパツしたんだから、お母ちゃんもフンパツしないとね~。ちゃんとお姉ちゃんにありがとうと言うのよ」
そう言いながら、クリストファーと向かい合う位置に自分の分の皿を置いたヘディは、最後に二人分のスプーンを並べる。
「もう言ったってば」
多少怒ったように、声を張って答えるクリストファー。
「またまた~。あなた、未来予知のメーション使えたっけ?」
呆れたように笑いながら、木椅子に座るヘディ。
「お姉ちゃんからカード貰ったときに言ったもん」
「それはカードに対してでしょう。フライパンの分もちゃんと言いなさい」
「え~っ。面倒臭い」
背もたれを背中に押し付けたクリストファーは、嫌そうに目を細める。
「じゃあ、おやつ抜きでいいわね」
「言いますっ!」
ピンと背筋を伸ばして言ったクリストファーに対して、ヘディは深く頷いた。
その後二人は「いただきます」をして、和気藹々とした三時のおやつを楽しんだ。ここ最近、村の人々から大量のブドウを寄越されるせいで、正直ブドウにはうんざりしていたが、ヘディが奮発して作った贅沢なおやつは新鮮で飽きが来なかった。
自由都市メネストのスイーツショップも、こんな感じなのだろうかと、クリストファーは思いを馳せる。回数制限があるとはいえ、BASへのテレポート・チケットを所有しているし、シティボーイへの花道をまっしぐらだ。いずれノイシュウィーン村の都会派として、村の憧憬の的になる日も近いだろうと、道行けば黄色い声を浴びる自分を想像してまたもやニヤニヤするクリストファー。
「あれっ、そういえばお姉ちゃんは?」
大事なことに気がついて、クリストファーが言った。教会堂の仕事は、ラッキーなことに午前中で終わっている。父のフェリックスは、助っ人として聖グブルバヌグ大聖堂に行っているのは知っている。だがクリスティーネは、いつもならビビが遊びに来るのに備える意味もあって(今日は来てないようだが)、私室で編み物などをしているはずだ。
「ドームのトレーニングエリアって場所に行って、身体を鍛えているそうよ。最近、何時にも増して動きっぱなしだから、日曜日くらい休めばいいのに」
恐らく、健司に危うく負けそうになったことで、自分の力量に疑念を持ったせいだ。今頃、最上級のスポーツジムも真っ青な充実度のトレーニングエリアにて、柔軟体操を入念に行い、足腰を鍛えていることだろう。
「なんだよ。テレポート・チケット使い放題なんだから、おやつの時だけ帰ってくればいいのに」
そう言ってクリストファーは、有名人となった自慢の姉の隣に座れないことを、あからさまな表情で残念がるのであった。これじゃあ、ピーターやビビに向かって自慢できない。
「プレッシャーが半端ないのかもしれないわね」
そう言ったヘディは、親として自分が為すべき責務を思い出した。血塗れになって戦う娘のところに、応援に駆けつけるのはできそうにないが、責めてクリスティーネの胸を締め付ける心の痛みを理解してやるべきだと思った。
「ねぇ、BASどうだった?」
こうやって遠回しに聞くことで、ヘディは見るに堪えない現実を直視しまいとした。
「面白かったよ」
「そうなんだ。へぇ~」
ブドウを口に含みながら答えたクリストファーと、あくまで朗らかであろうとするヘディ。
「お姉ちゃん、カッコ良かった?」
「うん」
「そっか~」
クリストファーが一瞬考えこんだので、ヘディは思わず真顔になってしまうところだった。
「お母ちゃんでも楽しめそう?」
「……分かんない」
「そう……」
いつも元気で、少しばかり生意気なクリストファーなら、「見た方がいいよ!」もしくは「恥ずかしいからこないで!」とはっきり言うはずだ。だからヘディは、小声で答えたクリストファーが何を見て、何を感じたのか、漠然と理解することができた。親に見せたくないものについて、適当にはぐらかすような、その言い方が。
「――ごちそうさまっ。ねぇ、ケンちゃんから貰ったブドウ餅食べていい?」
沈黙がややあった後に、育ち盛りのクリストファーが図々しく訊いた。ケンちゃんこと
「こらっ、そんなに食べたら夜ご飯食べられなくなるでしょ」
呆れたようにヘディが言う。
「え~っ。でも、賞味期限が……」
「大丈夫だから。お母ちゃんを騙そうなんて、十年早いわ。ほら、食べたら食器片付けなさい」
「はーい……」
そう言って立ち上がったクリストファーは、ボウル皿とスプーンを手に持って、渋々とシンクの方に歩いてゆくのであった。
今回のライブ会場は、擬似都市ラ・ラウニのスラム街だ。
ラ・ラウニの大多数の世帯は、元を辿れば、農業や漁業で生計を立てることが難しくなって、仕事を求めて上京した貧困者たちだ。しかし、都市の中央で乱れ立つビルの内部に巣食う者は、莫大な利潤と出世しか眼中にない異邦の企業戦士たちか、”善意の経済発展”を推し進めた結果、貧しい人々から仕事を奪い、貴重な税金を無駄遣いした無能な偽善者たち。
金を使い果たした移住者たちは、故郷に帰って農業や漁業に復帰することすら不可能となり、急激に”都市化”したラ・ラウニ全域を囲うようにスラム街が繁茂した。低所得者がありつける仕事は、屑拾いや物売り、荷物運びや靴磨きがいいところ。労働力欲しさに次々と子どもが産まれるが、殆どが口減らしのために捨てられるか、酒や薬に溺れる両親に見切りをつけて家出する。
数が増える一方にあるストリートチルドレンたちは、ラ・ラウニのスラム街で結託し、相互に扶助しながら暮らすようになった。やっとの思いで得た仕事は、命の危機すらあり得るのも珍しくなく、町の美観を保つと言う名目で、臭いものに蓋をしたがる警察や傭兵に追われることは日常茶飯事。衣食住の貧しさは、改めて言うまでもない。
だが、ラ・ラウニのストリートチルドレンたちは、常に精神的な充足感に満ち溢れているという。血で繋がっているだけに過ぎない”家族”に虐げられるよりも、企業間の競争に巻き込まれていいようにこき使われるよりも、同じ痛みを背負った子どもたちと身を寄せ合い、心を通わせる方が、遥かに幸せなのだ。
古資材を寄せ集めた掘っ立て小屋がひしめく、夕方のスラム街。屋根と屋根を行き来するための、細い板切れが要所にある、立体的な街並みだ。立派な摩天楼や超高層マンションの巨大な影が、スラム街全体に差しているが、温かい血が通ったかのように紅い空には、巨大で力強い夕陽が浮かんでいる。
出張ライブのステージとして使われる場所は、ストリートチルドレンたちが集会場として使う、比較的大規模な建物の屋根上だ。それを取り囲むように展開された、見えない壁の外側は、統一性のない大小様々な小屋がある。屋根と屋根が折り重なってできた段差を観客席とするのもよし。洗濯物を干すための簡素なバルコニーを劇場のそれと見立てるのもよし。
一足早く、やはり水色ローブを着ているクリスティーネが、ドームの控え室から瞬間移動でステージに入場していた。集会場から一番近い小屋の上の段差に腰掛けている、クリストファーとピーター。そして、二人の背後に座るストリートチルドレンらは、早くも沸き立っている。
「うおぉ、すげぇ! 言った通りの格好だ! 君って本当に、クリスティーネの弟なの!?」
上半身裸のハイテンションな男の子が、段差に腰掛けるクリストファーの後ろから聞いてきた。
「そうだよ。似てないってよく言われるけど」
「すごい! 噂通り、優しそうな人だね!」
所々黒ずんだ、白かったはずのワンピースを着る女の子が笑顔で言った。
「ああ見えて、怒ると怖いんだぜ。特に目が」
キツネ人間緑半袖のピーターが遠い目で語ると、暖かそうな手編みのセーターを着た小さな子どもが、イタズラっぽく笑う。
「うそだ~。信じられない。あんなに優しい人なのに。ビビり過ぎじゃない?」
「なんだよ、さっきから。オマエらにクリスティーネ姉ちゃんの何が分かるんだよ」
一瞬だけ拳を振り上げたが、怒りを抑えたピーターが睨みながら言う。
「名前だけならぼくたちも分かるよ! どんなことをしてくれたのかもね!」
そういって両足でビートを刻んだ半裸の男の子を、一瞬だけ振り返ってから、ピーターは首を傾げるのであった。
このスラム街に住むストリートチルドレンは、ライブ会場を提供するのと引き換えに、無料でライブを観戦できる権利を得ている。勿論、デビュー当初からクリスティーネのファンになった人や、今回の対戦相手のファンも多く、各々手頃な屋根に腰掛け、ベランダに立って観戦するつもりでいる。中にはこのライブのチケット代の一部が、スラム街の寄付金に充てられると聞いて、わざわざ観に来た優しい人もいるくらいだ。ここでのライブを提案した、ストリートチルドレン出身のBASのスタッフも、感涙に咽んでいることだろう。
「さぁさぁ、皆さんお待ちかね! 擬似都市ラ・ラウニのヒロイン! 人呼んで、ジャンクヤードに咲く花! ご紹介しましょう――その名はロジータ!」
集会場の上に、実況と共に瞬間移動の前兆となるヴィジョンが現れた。寄せ集めのジャンク品を再利用して作られた、数多くのジャンクフラワーのヴィジョンが。それは人型を成し、霧消し、代わりに現れたのはロジータ。ファミリーネームはボボネと言うが、本人はそれを名乗ることを嫌がっている。
浅黒い肌をしたロジータは、鼻が低くてなかなかの美少女。流れるような白髪パーマ、側頭部にはヤギのような巻き角。まさしく、ヤギから進化してきた人間なのだろう。
コスチュームは、古着を繋ぎ合わせて作ったような、肩の立ち上がったドレス。廃棄品を再利用して作られたドレスは、一見継ぎ接ぎだらけのくたびれた洋服にも思えるが、不思議な均整が感じられて、エキゾチックな美しさがある。
ロジータの登場で、彼女の”家族”たちは嵐のような歓声を巻き起こす。夕陽に照らされて煌く、ストリートチルドレンたちの期待一杯の笑顔。悪徳な貴族たちをぶちのめして、民衆たちが自由を勝ち取るための革命が、これから始まるかのような昂り。
(ブーイングを受けてしまったらどうしましょう……)
スラム街そのものがロジータをバックアップしているように思えて、クリスティーネは思わず尻込んでしまった。
「あんたがクリスティーネ=ビルンバウムか。まー、よろしく頼むよ」
ロジータがクリスティーネに歩み寄りながら喋る。パワフルな声だ。例えるなら、力強いジャズシンガーのような声。
「よろしくお願いしますっ! エネルギッシュで、とても強そうな方ですね!」
健司の時のように、露骨なまでに対戦相手を褒め称えるクリスティーネ。見事勝利を収めた際に、相手に嫌われない為の予防線だ。
「嫌なことがあったら笑い飛ばしとかないと、やってけないからねー。一々泣いちゃってたらキリがない」
そう言いながらロジータがサッと手を差しだしたので、クリスティーネは素直に応じて握手を交わした。
(金目のものはっと……)
握手しながら目だけを動かして、クリスティーネの水色ローブの袖の中を確認するロジータ。どうやらスリを働くつもりらしい。
今回の対戦相手の名をスタッフから知らされた時から、ロジータはクリスティーネを葱を背負った鴨だと見做していた。それもそのはず、以前よりボランティア団体から手編みのセーターを受け取る際に、手編みのセーターの作り主たちの名を聞かされていたからだ。その内の一人がクリスティーネであり、ロジータはこの善良な聖職者のことを、世間知らずの富裕層だと踏んでいた。
(あー、腕時計とかは無しか。首のネックレスみたいなの盗ったら、さすがに気づかれちゃうし。――背中の方、どうなってんだろ?)
舌打ちもせず、嫌な顔もせず、平静を装ったまま手を離すロジータ。カモに警戒心を抱かせてしまったら、スリの成功率はかなり低くなる。盗みの経験が豊富なロジータは、至って冷静だ。アーティストになる前は、誰かから金を盗まないと自分たちが食っていけなかったから、嫌でも窃盗が特技となった。
「この服、いいでしょ。捨てられてた物を一旦分解して、服になるように再構築したんだ。あたしのメーション・スタイル、”ブルーミング=ジャンク”の力さ」
ロジータは鼻高々に言うと、その場でくるりと回転してみせた。ひらりと裾が舞ったドレスの継ぎ接ぎの理由を、何となく理解するクリスティーネ。
「メーションでリサイクルしたということでしょうか。物を大切にするなんて、素敵な心がけですねっ。きっとそのドレスも、ロジータさんに使って貰えて喜んでいますよ」
とにかく攻撃対象を褒めちぎるクリスティーネ。好感度を稼ぐために必死だ。
「あんたの服も良いよね。シスターって割りには、ちょっと派手すぎる気もしちゃうけど」
一瞬、ロジータの機嫌を損ねたのではないかと、素の表情に戻ってしまったが、すぐに柔和な笑みを作ってクリスティーネが説明する。
「この服は、十字架を背負うという決意の表れなんですよ。善行ではなく、悪行を積み重ねていることを忘れ得ぬよう。私の家系に代々伝わっているものです」
微かな期待に胸を躍らせて、ロジータが口元を吊り上げる。
「へー。じゃあレア物? ちょっと背中を見せてくれない? アタシみたいに、くるって回ってみて」
「はいっ!」
素直にロジータの言うことを聞いたクリスティーネは、やや大袈裟に身体を回転させる。スリットの入った水色ローブの裾がひらりと舞い、黒ストッキングを穿いた太腿が露わになる。
(はー……。ポケットに財布を入れたままにしちゃった、なんてこともなしか。よくズボンにアクセサリー付けてる人とかいるけど、全然見当たらなかったし)
無償でセーターを編んでくれる富裕層と言う、期待大な獲物だと見積もっていたために、ロジータは思わずため息をついてしまう。スリをするなら、ライブ開始前が絶好のチャンスだ。ライブ終了後だと、相手に手の内や性格を悟られてしまうし、勝っても負けても疲れによって成功率は低くなる。
「どうでした、ロジータさん?」
ちょうど一回転し終わったクリスティーネは、肩を落としていたロジータをおずおずと見詰める。
「あー、良かったよ。清貧一直線って感じ」
さり気なく皮肉を飛ばしたロジータは、踵を返してクリスティーネから離れてゆく。
「あっ、ありがとうございますっ……?」
悪意のない褒め言葉だと受け取ったクリスティーネは、なぜロジータが残念がっているのかが理解できなかった。
「ロジータって、素手で戦うの?」
クリストファーが身を反らしながら、後ろに座る半裸の男の子に問いかける。すっかり打ち解けているようだ。
「素手でも戦えるけど、あとは秘密!」
「えぇ〜。教えてくれてもいいじゃん。どうせすぐ分かるんだし」
「きみだって、クリスティーネの戦い方について教えてくれないじゃん! とりあえず、ロジータはベルトにある布の袋の中身で戦うとだけは言っておくよ!」
「そうなんだ? あれってドレスの飾りじゃないんだね」
ドレスと同じく、様々な廃棄物を再利用して作られた布の袋の数々が、ロジータの腰回りを一周していた。風船のように膨らんだ、カラフルなベルトのように見える。単なる”飾り”のようにしか見えないが、半裸の男の子の言うことを信じるなら、れっきとした武器であるらしい。
クリスティーネは、腰から双鞭にもなる双剣、ディバイン=メルシィを引き抜き、脱力した両腕を広げ、カッと目を見開く。既に臨戦態勢だ。対してロジータは、片手を腰にあてたまま動かない。構える必要がないと言う、余裕の表れなのだろうか。
ややあって、ライブ開始を告げるゴングが高鳴ると、スラム街はサッカーの親善試合が執り行われたかのような盛り上がりを見せた。
クリスティーネは両手を振り降ろしつつ、短剣の剣身を伸ばして鞭へと変化させる。ロジータは素早い横っ飛びで、双鞭の軌道から逸れたつもりだが、速さが足りずにその先端が肩に直撃してしまった。継ぎ接ぎドレスの破片が飛び散り、切り裂かれた箇所からみみず傷が垣間見える。
痛みを全く感じなかったので、回避に成功したつもりでいるロジータは、腰回りの布袋の一つを引き千切った。中に詰まっていたカラフルな粉が飛散し、破損した布袋諸共、地面に落ちるかと思いきや、それは数本の花と化す。ジャンク品を組み合わせて作ったように、メカニカルで泥臭くて、手作り感あふれる造花だ。
「もしかして、メーション使いか? “触媒”を元にイメージするタイプの」
訝しい面持ちでピーターが呟く。
数本のジャンク花が、投げられたナイフのように、クリスティーネ目掛けて飛翔する。初めの一振りを命中させた直後、素早く双鞭を引き戻していたクリスティーネは、それらを目の前で車輪のように回転させて、難なくジャンク花を叩き落とした。壊れたジャンクの花々は、カラフルな粉となって、クリスティーネの周囲に降り積もる。
今度は双鞭を水平に振るうクリスティーネ。ロジータはクリスティーネの腕の動きから先読みして、屈んで躱そうとしたが、額に鞭が当たってしまう。その後、二つ目の布袋を千切ると、中のカラフルな粉が数本のジャンク花と化して射出され、やはり双鞭を高速回転させたクリスティーネの目の前で叩き落とされる。クリスティーネの周囲に、更なるカラフルな粉が降り積もるのみだ。
「結構すばしっこいけど、お姉ちゃんほどじゃないな」
そう漏らしたクリストファーと、同じことを思ったに違いない。有利とみたクリスティーネは、二本の鞭を目にも止まらぬ速さで乱打し始める! 集会所の屋根を囲った、見えない壁の内部から、鞭の先端が音速を超えた時のバチン! という音が、絶え間なく鳴り響く。
(当たっちゃってるはずだけど……痛くないね。なんでだろ? 武器に薬塗ってんの?)
身を屈めて、被弾する面積を最小限にしていたロジータは、鞭の猛打を身に浴びながらも、ピッとクリスティーネの足元を指差した。痛みを与えないディバイン=メルシィは、敵に攻撃を命中させても気取られにくいという長所があるが、敵を怯ませにくいという短所にも成り得る。
(もうちょっと積みたかったけど、なんかマズイしこの辺でやっちゃおうかな。深手にはならないけど)
そうしてイメージを研ぎ澄ました次の瞬間、降り積もっていたカラフルな粉は、数本の鋭いジャンク花へと再構築される。その全てが、クリスティーネの身体を斜め下から貫いたのだ!
「うわっ、まだ使えんのかよそれ!」
ストリートチルドレンらが歓喜の声をあげる中、ピーターは驚愕する。
(えっ、足元から……!?)
長く鋭い、数本のジャンク花に串刺しにされたクリスティーネは、二秒間ほど身動きがとれなかった。やがて、ジャンク花全てがカラフルな粉と化し、引き千切られた布袋と同様に、ロジータの腰回りへと還ってゆく。クリスティーネは、片膝をついて蹲る。
ロジータの”ベルト”が元通りになるや否や、再び二つの布袋が千切られて、数本のジャンク花が連射された。
「お姉ちゃん、避けて!」
クリストファーの叫びが耳に届いたのか、クリスティーネは立ち上がり、横方向にダッシュ。ジャンク花の射線上から脱出する。流石のスピードだ。
しかし、並んで飛来するジャンク花の最後の一本は、ロジータに指差されると、空中でカラフルな粉へと分解。それは一瞬で、五本の小さなジャンク花へと再構築され、クリスティーネ目掛けて扇状になって飛んでゆく!
(あっ……! 分かれるんですか、それ……!)
予想外の攻撃に、逃げる方向を見失ったクリスティーネは、身体にジャンク花の二本が刺さってしまう。水色ローブの要所が、クリスティーネ自身の血で染まってゆく。
「分かった! ロジータは、あの粉を自在に操れるんだ!」
クリストファーはそう叫んだものの、いつものように得意気な顔はしていない。雲行きが怪しくなっているのを、感じ取っているようだ。
「ちょっと違うね~。ロジータが得意とするメーションは、物質を分解、または再構築するメーションなんだ。”再利用”するメーションとも言えるね。さっき自分で言ってたけど、ブルーミング=ジャンクというメーション・スタイルだよ~」
温かそうなセーターを着た子どもが説明すると、クリストファーとピーターは同時に振り向いた。
「あの粉は、このスラム街に溢れるジャンクを極限まで分解したものなんだ! 名付けてジャンクパウダー! 戦う時は、そのジャンクパウダーを一気に再構築して、花のような形にするんだ! その気になれば、あのジャンクパウダー以外の物質も、分解したり再構築したりできるよ! まあ、強い
半裸の男の子は狂喜して、早口で捲し立てた。
「ジャンクを花の形以外にも再構築できるのか?」
ピーターがぶっきらぼうに訊くと、黒ずんだワンピースの女の子が、笑いながら教えてくれた。
「できるよ。でも戦っている時は、どうしても花の形になっちゃうんだって。メーション使いが一番得意とするメーションは、その人の”無意識”の影響を強く受けていることは、知っているてしょう? ロジータの場合、どんなジャンクでも一輪の花となって生まれ変われるという無意識が、影響しているらしの」
「そう! ぼくたちは家族に捨てられても、偉い人にゴミのように扱われても、綺麗な花となって生まれ変わることができるんだ! まさに
半裸の男の子がその場で足踏みをしながら叫ぶと、クリストファーとピーターは納得したように頷くのであった。
(見切りにくい攻撃ばかりですね。遠距離戦は不利でしょうか……?)
一直線に来るジャンク花の花弁が、突如分解して散弾銃の如く広範囲にばら撒かれたり、やむを得ずジャンク花を砕いてできたパウダーが再構築され、クリスティーネの死角から突き上げてきたり。
持ち前の身軽さでジャンク花の嵐を捌きつつ、僅かな隙に鞭を放つクリスティーネではあるが、身に受ける傷は増すばかり。ロジータの方も、鞭による傷が時間とともに増加してゆくが、クリスティーネが負ったダメージと比較すればどうということはない。
(恐れは……禁物ですねっ!)
クリスティーネは意を決して、ジャンクパウダーを回収しては花々を繰り出し続けるロジータに、真正面から突っ込んでいった。集会場の屋根に降り積もったジャンクパウダーが、ジャンク花と化して突き上げることで妨害してきたが、右斜め前左斜め前と素早い跳躍で回避しながら、突進してゆくのであった。