Diamond Revolt Last

 美青年が、2本の指揮棒で風を操っていた。
 長く尖った耳を持つエルフの彼は、とんがり帽子が特徴的な民族衣装に身を包み、どこか物憂げな表情でリハーサルに打ち込んでいる。両手に握った指揮棒を繋ぐような、紐のように細長くしなやかな渦巻く風によって、砂時計のような形をしたコマを空中で回転させている。

 あえて”風紐かざひも”を緩めてから、急に左右に引っ張る。コマが真っ直ぐ放り投げられ、それを斜めに張った風紐で受け止めた。
 一歩踏み出し、太腿の裏に風紐を引っ掛ける。中央が沈み、逆三角形になった風紐。左右交互にコマを投げ渡し、まるでテニスのラリーのよう。
 一旦風紐を消失させ、コマを指揮棒1本の上に乗せた。数秒間、指揮棒の上でグラインドを続けた後、もう片方の指揮棒に投げ渡し、お手玉するように何回か繰り返す。
 フィニッシュに、指揮棒に乗せたままのコマを、大きく真上に放り投げた。優しい色合いの照明と、木目柄のプロペラファンが、穏やかな雰囲気を醸し出す、天井の高い北欧風のレストラン。天井すれすれに達した後、落下を始めるコマ。
 2本の指揮棒を片手に握り、鞭のようにしならせると、カウボーイの投げ縄さながらに、再度展開した風紐でコマをキャッチするのであった。

「準備できました」「確認お願いします」
 温かみのあるパーティションで囲われた、即席の控え室。多種多様な植物が彩られたカーテンをめくり、BASのスタッフ2名が中に入ると、見えない壁の設営が終わったことを報告する。
「あいよ」
 パフォーマーはコマを足元に置くと、テーブルにある空の花瓶に向けて、指揮棒を振るう。すると、渦巻く風が矢のように放たれ、花瓶に命中。複数の破片となって崩れ落ちた。
 数分の間、2名のスタッフは注意深く壊れた花瓶を観察していた。――無数の微小な破片が、磁石で引き寄せられたかのように結合を繰り返し、徐々に大きな破片へと修復されてゆく。やがて、大きな二つの破片となった花瓶は、テーブルから浮き上がって結合し、時間を巻き戻したかのように元通りになっていた。

「問題ありませんね」「大丈夫です」
 2名のスタッフは、エルフの美青年に対して頭を下げ、その場を後にした。レストラン全体を囲うように展開した見えない壁、それがきちんと効果を発揮しているのか、確認しに来たのだった。
 見えない壁の内側で壊された物質は、時間経過で元通りになる。たとえケガを負っても、ちょっと経てば治療される。つまり、器物損壊や事故の心配なく、思いっ切りパフォーマンスができると言うことだ。

「完璧にこなせるといいけれど……」
 エルフの美青年は、伏し目になって呟いた。何せ、大勢の人間が食事している場所で公演をするのだ。手元が狂って、ロールキャベツやライ麦パイを吹き飛ばしてしまったら、至福の夕食時を台無しにしてしまう。いくら見えない壁内部の出来事でも、これは許されざる行為。無意識にも、浅く速い呼吸となっていた。
 入場の合図でもある音楽が、スピーカーから流れた。(さながらプロレスラーの入場曲のように)バトル・アーティストとしてステージに上がる際に流れる、自分自身のテーマ曲。テーマ曲を知っている者の歓声が、パーティションを飛び越え、長く尖った耳の内へ流れてゆく。
 美青年の心の中は、顔見知りの観客が居るという嬉しさで満ち、笑顔となってカーテンをめくった。

 

 木造りの椅子、白に水色の紋様が入ったテーブルクロス、雪景色や明るい森の様子が描かれた絵画。寒い地方にありそうなレストランの中には、クローディアとプラネッタもいた。
 ここはBASの本拠地、名付けて”BASドーム”の一画にあるレストラン。出張ライブからドーム内の控え室へと、瞬間移動装置を使って帰還した二人は、しばらくドーム内を歩き回った後、雰囲気良さげなこの店で夕食をとることにした。
「私、このピュッティパンヌを頼むのです。ジャガイモにソーセージ、保存食に向いているものばかりで、舌に馴染みそうなのです」
「私はとりあえず、トナカイのステーキを3人前かな。後、ロヒケイット(サーモンのスープ)とポルッカナラーティッコ(ニンジンのキャセロール)とカーリカーリュレート(焦げたロールキャベツ)と、それからトマトジュースを5杯分お願い!」
「クローディアさん!? そ、そんなに頼んで、大丈夫なのですか!?」
「もちろん。いつもこれくらい食べてるし。でないと筋肉つかないから」
 涼しい顔をしたウェイターは、確認を取った後に「かしこまりました」とだけ言い残し、厨房へと去るのであった。

 食事が運ばれてくるまでの間、先輩と後輩で親睦を深める。
「プラネッタはいつも何食べてるの? やっぱり、保存食に向きそうなジャガイモやソーセージが大好物?」
「そうなのです。さっきも言いましたけど、スイーツとかとは縁のない生活をして来たのです」
「じゃあさ、デザートにはこのキーッセリというものを頼もうよ。メニューによると……イチゴやグランベリーが入った、ゼリーみたいなものなんだって。私が奢るよ」
「了解です! クローディアさん、イケメンなのです」
「イケメン!? 私が!?」
「デートで女の子の分も払う人のことを、世の女の子はイケメンと呼ぶのです。雑誌に書いてありました」
「いつもどんな雑誌読んで勉強してるの……?」
 と、穏やかなヒーリングミュージックから一転。バトル・アーティストが登場する時に使われるような曲が聴こえてきた。そういえばレストランに入る時、隅っこに取って付けたような簡素なステージと控え室を目にしていた二人。すかさずそっちに視線を移すと、エルフの美青年がカーテンをめくり、壇上に立っていたのだ。

「”忘却の彼方から”、コスティ=シェルストレーム。共に奏でよう、俺たちだけのシンフォニー」
 エルフの美青年もといコスティは、片手を腰の前に、片手を背面にして、深々と頭を下げて挨拶した。
「初めましての人は、初めまして。分からない人も多そうだから、説明しておくよ。俺が持っている、この一対の棒切れの名は”シルフィード=シンフォニー”」
 そう言ってコスティは、指揮棒を握ったまま両手を広げ、その場でくるりと優雅に回る。
「風の精霊を指揮する為の道具なんだ。俺が育った里では、成人すると皆が持つけど、森外の人間には珍しいんじゃないかな? 精霊の力を借りてのメーションは」
 頭上でクロスさせた指揮棒を、弧を描くように一気に振り降ろす。2本の先端が、細長い渦巻く風、すなわち”風紐”で繋がった。レストラン周辺に揺蕩う風の精霊と共鳴したのだ。
「戦いの道具にするのは野蛮かも知れないけど、俺はもっと皆に分かりやすく、誰でも『すげぇ!』と思うようなパフォーマンスをしたいんだ。身内受けするような演目に囚われるのは、森に住むエルフの悪い癖だし、自己満足だと思っている」
 コスティは物憂げな目つきで、レストランを隈なく見渡した。万が一同業者がこの中にいて、生意気だと思われたりしたら……。
「だから俺は、対戦相手にも花を持たせられるようなメーション=スタイルを編み出したんだ。それこそ自己満足の綺麗事かもしれないけど……。どうだろう、試しに何か投げてくれないかい? 花瓶でもナイフでも、何なら火の玉でも銃の弾でも」

 
「じゃあコスティ! 私の華焔を撃つからねー!」
 コスティから見て物陰となっている所から、いきなり飛び出してきたクローディアの自慢げな笑顔。コスティを上回る大物の名乗りで、レストラン内が騒然となる。
「あるぇ!? クローディアいたの!?」
 BASの看板娘がまさかの登場で、コスティは背骨を反らして息を詰まらせた。バトル・アーティストの象徴とも言える超有名人にとって、果たして自分はシンフォニーを奏でるに値するのか。脳内のイメージが途切れて、危うく風紐が消失しそうになる。
「ねぇ、見えない壁を展開しているんだよね?」
 席から立ち上がったクローディアは、壁際で待機していたスタッフらに向けて問う。
「はい。安全の確認は済みました」「全力でどうぞ」
 スタッフらが頷きながら返すと、クローディアは楽しげな表情で、両手の内に華焔を溜めた。独断先行で物事を決めるのは、クローディアのちょっとした悪癖だ。
「じゃあ全力でやっても大丈夫だね。コスティ、私たちだけのシンフォニーをお願い!」
「ちょ! 待って!」
 ビビっているコスティに構わず、クローディアはチャージした華焔を撃った! 激しく美しく火の粉を撒き散らす、巨大な火の玉の剛速球!

 コスティは両手を高く上げる。同時に風紐の真ん中辺りが、縄跳びのタイミングが失敗した時のように、彼が穿く靴と地面の隙間に入り込む。上下から引っ張られた風紐は、コスティの胴体部分でX字状に交差する形となった。
 丁度風紐の交点に、巨大な火の玉が着弾した。打ち上げ花火が開花した時のように、煌びやかな火の粉が飛び散って、コスティは黒焦げになるはずだった――が、風紐で受け止められた火の玉は、コスティの目の前で回転し続けるのみで動かない!
「さっすがー!」
 クローディアはガッツポーズをしながら叫んだ。コスティの指揮棒と彼女自身の華焔によって、シンフォニーが奏でられるのを観て、レストランに居合わせた者は惜しみない拍手を送る。
「それなりに応援してくれる人がいるし、この華焔なら強力な”盾”になりそうだ」
 指揮棒を巧みに操り、華焔玉を8の字にゆっくりと振り回しながら言った。クローディアのメーションは、応援する人が多いほど強化されることは、周知の事実だ。
「もっともっと、投げたり撃ったりしてくれるかい? 華焔が霧消しない内がチャンスだよ」

 
「よし、プラネッタ! せっかくだし、宣伝も兼ねて撃っちゃいなよ!」
 クローディアに引っ張られて立ちあがったプラネッタは、4つ目を全て丸くして困惑した。
「えぇ!? いいのですか!? 万に万が一、人に当ててしまったら……」
「大丈夫大丈夫! さっきのライブみたいに、見えない壁が張られている内は平気だから!」
 プラネッタの背中を片手で押しながらクローディアが言った。
「本当にいいのですか? この世界には色んな人がいますから、銃を持ち歩くだけで逮捕される法律なんて基本ありませんが、公共の場で撃ったりするのはちょっと……」
「だから大丈夫だって! このくらい”BASドーム”の中では日常茶飯事だからさ、誰も気にしないよ! ディズニーランドで時計ウサギとアリスが追いかけっこしていても、何とも思わないでしょ?」
「健全なファンタジーと比べたら、ここは過激すぎるでしょ!」
 火の玉で8の字を描きながらコスティが突っ込む。プラネッタはメーションを使って、異空間に収納していた拳銃を手の内に現した。

「じゃあ――行くのです!」
 2つの手でしっかりと拳銃を握る。3つ目の手を使って、手動でスライドを後退させると同時に、4つ目の手と2本の足で、弾丸一発ずつを直接チャンバーに装填する早業。通常時を遥かに凌ぐ連射速度で、リロードの隙を克服した銃弾の嵐をコスティにプレゼントした!
 コスティは指揮棒を巧みに操って、、巨大な火の玉を目の前で(彼から見て)時計回りに振り回していた。乱射された弾丸の悉くが火の玉に着弾して、焼き尽くされてゆく。
「すげぇ! 全部火の玉で受け止めてる!」
「狙ってやってるの!?」
「振り回しながら風を起こして、掃除機みたいに吸い寄せてるんじゃないかしら?」
「あー、だから多少ずれてても火の玉に入ってゆくのか」
 滅多に見れないものを間近で観て、レストランの人々は大いに興奮していた。プラネッタは依然として銃弾を乱射している。コスティが協奏している火の玉は、沢山の銃弾を受け止めた為に、強度が削れてすっかり小さくなっていた。

 
「せっかくだから、その拳銃も投げてくれるかい?」
 ついに火の玉が霧消すると、手を一旦止めたコスティが頼んだ。
「もしもあるなら、2個か3個同時に投げてくれると、面白いものが見れるかもよ?」
「了解なのです!」
 彼の技量なら問題ないと判断したプラネッタは、新たに2挺の拳銃を現し、合計3挺の拳銃の秘密のスイッチを押す。すると、拳銃は鋭い刃を持ったV字型のブーメランへと変形し、3つのブーメランを同時にコスティへと投擲した! 本来このブーメランは、銃弾が空になった時などに使う奇襲用の技であるらしい。
 コスティは2本の指揮棒を、素早く持ち上げてから振り降ろす。2本の先端から風紐が伸び、それぞれ1つずつのブーメランを捕らえてから、最後の1つのブーメランを両側から捕らえ、1本の風紐となって繋がる。
 そのまま3つのブーメランを引き寄せると、二等辺三角形を描くように、胴の前で規則正しく回転させた。V字のブーメランがくるくると、一定の速度で機械のように操られていて、まるで科学の実験を眺めているかのようだ。

「ここから投げるから、掴んでみて」
 そう言ったコスティは、2本の指揮棒を片手で握ってから、投げ釣りのようにそれらを振り降ろした。3つのブーメランは、勢いよくプラネッタの方に飛んで行くかと思われたが、巧みに風紐を操っている為に、天井スレスレになるくらい高い放物線を描いた。
 頂点に達したブーメランらは、空から羽毛が揺れ落ちるかのように、ゆっくりとプラネッタの目の前に落ちてくる。コスティの粋な気遣いによって、プラネッタは何の苦労も無く3つのブーメランを回収できた。
「コスティさん、優しいのです」
「借り物は綺麗なままで返すのが礼儀でしょ」
 コスティは両腕と頭でZを作る様な、深々としたお辞儀をして締め括った。

 

「ワタシのシンフォニーも奏でて~!」
 偶然その場に居合わせたアーティストたちの、一期一会のシンフォニーを観て、自らもジャグラーになることを夢見た乙女が一人。パステルカラーのふわふわとした洋服に身を包んでいて、いわゆる『ゆめかわいい』といった感じのファッションだ。
「あるぇ? 君は――」
 淡いグレーの長いステッキを、メーションで異空間から取り出している少女を、コスティはちょっとだけ知っている。
「”ミニュイ=トゥジュール”、フランソワーズ=シャントゥール! 今日はジャグラーになってみるの!」
 フランソワーズことフランは言い終えると同時に、頭の脇にチャイナ服を着た2頭身の妖精――イメージ=サーヴァントを召喚した。フランと顔がそっくりなこの妖精は、ステッキの先にちょんと立つと、霧消しながらステッキと融合してゆく。するとフランが着ている服は、光に包まれた。
 チャイナ妖精と完全に一体化したステッキは、中国拳法で使われるような、金の派手な紋様の入った赤く太い棒となっていた。同時にフランを包み込む光も消え失せ、妖精が着ていたのと同じチャイナ服の姿が現れる。魔法少女が、中国拳法家に変身したのだ。

「こんな所で奇遇じゃないか、フラン。レイラでの生活には慣れたかい?」
 軽くお辞儀しながらコスティが問い掛けると、目を星のように輝かせながらフランが返す。
「慣れた慣れた~! 自然と”ニホンゴ”も上達して、ジャパニメーションも字幕なしで観れるようになっちゃった! 毎日がメルヴェユってカンジ!」
「メ……メルヴェユ?」
 聞き慣れない単語に若干困惑したコスティは、尖った両耳を一瞬ピクリと跳ね上げた。
「フランス語で言うトコの『サイコー』を略したの」
「そうか。君フランスの人だったよね」

 フランとコスティがやり取りしている間、座っているプラネッタはクローディアに小声で質問する。
「フランスって、レイラのどこなのです?」
「フランスは”隣の世界”にある国だよ。日本という国がある世界と一緒」
「そうなのですか。どうしてこっちの世界に来たのです?」
「フランスに将来有望なファッションモデル候補生の噂があって、BASのスカウト担当が目を付けたの。あのステッキ、”サンドリヨン=ブランシュ”を渡して、『成りたい自分に”変身”してみせろ』とテストを出したんだって。そうしたら見事に合格して、今はこのBASドームの近くで、アーティストやりながら一人暮らししているよ」
「一人暮らし……家族と一緒じゃないのですか?」
「うん。でも家出とか誘拐とかじゃないよ。家族の許可を得てるし、フランス政府からも公認されてるから」

 
「せっかくだから、ワタシのフルーツを分けてあげるよ。フルーツバスケットの特大を注文したんだけども、これ4人前だったみたい!」
 フランはそう言いながら、中華風に”変身”したステッキを構え、片足立ちになった。
「ちゃんとメニューを見てから頼まないと、店員に失礼でしょ。お馬鹿さん」
 優しい声で言ったコスティは、苦笑いしながら肩を竦めてみせた。察しの良いウェイターの1人が、フランの近くのテーブルに、大量の空き皿を置いてくれた。
「じゃ、まずは盛り付ける用のお皿でシンフォニ~!」
 テーブルの上にある皿の縁に、ステッキの先端を持ってきたフランは、テコの原理を用いてコスティの方へと投げ飛ばした! コスティは自身を軸とする小規模な竜巻を発生させ、投げられた皿を捉えた。
 普段のフランがこんな曲芸に挑戦しても、皿をあらぬ方向に飛ばして失敗に終わるだろう。しかしチャイナ服に変身したフランは、”なりたい自分”という強烈なイメージを、現実の自分自身に重ね合せているため、まるで中国雑技団の人が憑依したようになっている。
 フランは一枚ずつ、ステッキを使って投げ飛ばす。残さずキャッチするコスティは、彼自身を軸とする渦巻く風によって、メリーゴーランドのように数多くの皿を回転させている。

「次はフルーツを切っていくよ~!」
 フランの脇に、コック帽を被った妖精が現れる。中華風ステッキの先端に立つと、融合していたチャイナ服妖精が反対側から飛び出してきて、入れ替わりにコック帽妖精が融合した。
 ステッキは巨大な包丁へと変身し、フラン自身もコック帽妖精と同じ姿、可愛らしいコックさんへと変身した。近所のカフェのおばさんから、デパートのパティシエールまで、ありとあらゆるコックさんを投影した、欲張りなコックさん。
 たまたま自分が手を付ける寸前だった、バスケットの中にあるフルーツ詰め合わせに、巨大な包丁で乱れ切りをお見舞いする。あっという間にリンゴは8等分され、バナナは輪切りにされ、マスカットは一粒ずつに分けられ、イチゴのヘタが取り除かれる。
「アーティストばっかりで盛り上がって悪いし、皆で俺に向かってフルーツを投げてごらん。一つ一つ皿に盛り付けるからさ。人が触ったフルーツを、他の人に渡しはしないことを誓う」
「わーい!」
「それなら……」
 レストランの人々はフランの近くに寄ってきた。バスケットの中のフルーツを掴むと、一人ずつ順番に、コスティに向かって投げてゆく。子どもが投げたイチゴが、コスティの足元にすら届かなかったとしても、風で引き寄せられるようにして、ゆっくりと皿の上に舞い落ちる不思議な光景。
「あんな感じで、着ている服ごとにフラン自身の能力が変わるんだよ」
 一般客が盛り上がっているから、席に座って自重しているクローディアが、傍にいるプラネッタに説明する。

 
「誰がどの皿なのか、ちゃんと憶えているの?」
 バスケットのフルーツが全部皿に盛りつけられた後に、フランが聴いてみた。目まぐるしく回転する大量の皿は、似たり寄ったりな盛り付けのフルーツばかりで、間違って人が触ったフルーツを手に取りかねない。
「風の精霊たちの楽譜に刻んだ」
 コスティが言った直後、それまで不可視だった風の精霊たちが姿を現した。半透明で清らかなワンピースを着た、蝶のような可愛らしい翅を持つシルフィードたちは、フルーツが盛り付けられた皿を真下から持ち上げている。渦巻く風に巻き込まれた割には、規則正しく宙で回転していると思ったが、なるほど、風の精霊たちが運んでいたのか。
 風の精霊たちは、それこそ風に舞うように、無邪気な笑顔とともにフルーツ盛り合わせを人々に運んで行った。精霊一人に付きお客様一人、しっかり記憶していたから滞りなくフルーツを届けることができた。

「フラン。一緒に祝砲を上げてみないか?」
 コスティが両腕を脱力させながら言う。
分かったダコール! ドカーンとイッパツ!」
 再三に渡って召喚したのは、セクシーなボディースーツを着た女スパイの妖精だ。自由奔放で悪党どもにも単身立ち向かえるくらい強くて、でも本当にピンチの時には恋人が助けに来てくれる、ロマンに生きる大人の女性。
 スパイ妖精と融合したステッキは、巨大包丁からバズーカへと変身し、フランの衣装もボディースーツに変わる。今のフランは、色んな銃火器の扱いに長けた女スパイ。2本の指揮棒を掲げたコスティに、バズーカの照準を向けて連射する!
 コスティは激しい上昇気流を纏っていた為、砲弾はコスティに直撃する寸前、直角に上昇を始めた。天井に砲弾が当たるスレスレの所で、砲弾はタイミングよく爆発し、カラフルな火花がレストランに舞い散った。何発も打ち上げ花火が舞い散っていて、まるで沢山のクラッカーを一斉に打ち鳴らしたみたいだ。

「戦うだけがアーティストじゃないのですね」
 やはり“バトル”のアーティストなので、戦うことばかりに目が行っていたプラネッタは、4つ目をパチパチとさせながら言った。
「戦いもジャグリングもコスプレも、自分を表現する手段の一つだよ」
 クローディアが得意げな面持ちで返答する。
 日常と非日常の境目であるBASドーム。レストランの一画は、偶然そこに居合わせた者たちによって、またとないシンフォニーが奏でられる形になった。

 

 近未来にタイムスリップしたかのように、シンプルながらスタイリッシュな雰囲気を醸し出す、BASドーム内部メインストリート。

 壁に備え付けられた電子ポスターは、人気アーティストの姿やライブの日程、空席情報、ドーム内にあるテナントの広告などを、目まぐるしく映し出している。一定距離ごとに観葉植物が配置され、液晶自動販売機には物珍しいジュースや健康食品を陳列。通路を挟み込むように、レイラは勿論、あらゆる異世界から集まった店舗が展開されている。ストリートを歩き回るだけで、世界旅行をしたような気分に浸れる。
 それはもう、色んな人種や籍の人々がストリートを行き交い、愛玩動物どころかロボットとすら擦れ違うことも。各々の目的も様々で、男同士の殴り合いに興奮する格闘技マニアや、女性アーティストの健気な姿に熱狂するアイドルオタクなどは勿論のこと。はなっからBASに興味は無く、ショッピングや外食、レジャーを目的とする人も多い。トレーニングやライブ上がりのアーティストも、ちらほら見受けられる。

 
 そんなメインストリートの中央を歩く、4名のアーティスト。中庭を目指して先頭を歩くクローディア、キョロキョロとテナント店舗を見回しているプラネッタ、凄まじい人混みと騒音によって若干気分が悪いコスティ、アパレルのショーウィンドウに目を遣ってはキャッキャと楽しそうにしているフラン。
「あと1人見つけたら、食べ放題のお店に行くからね」
 クローディアはそう言いながら、暇そうにしている知り合いがいないか、辺りを見回している。
「クローディアさん、まだ食べるんですかぁ!?」
 さっきのレストランで、少なくとも3人前の食事を平らげたクローディアに対し、プラネッタは4つ目が飛び出るくらい驚いた。
「足りない足りない! これじゃあ筋肉維持できないし、胃袋が縮んで明日の朝食べられなくなっちゃう」
「クローディアちゃん太らないの~!?」
 視線があちこちに飛んでいたフランは、思い出したかのようにクローディアの真横に駆け寄る。
「肉だけ食べていれば人間太らないよ」
「法螺話じゃないのかい……?」
 タダでさえ気分が悪いコスティは、胸焼けによって更に気分を悪くした。
「個人的にさ。コスティは沢山食べて筋肉を付けた方が、もっとカッコよくなると思うな。背が高い方なんだし」
 クローディアに言われて、ガッチリ体型になった自分を思い浮かべたコスティは、肩を落として首を振った。
「風の精霊が怖がるから、遠慮しておこう」
「コスティが筋肉ムキムキに変身したら、白馬のシュヴァリエみたいになっちゃう~!」
「シュヴァリエって何なのです?」
 プラネッタがフランに質問する。
「フランス語で騎士って意味なの~!」

「……それにしても、なんで一人で行かないんだい? 誘われたのは嬉しいけれども」
 大層物憂げな面持ちとなったコスティは、話題を変えるつもりで述べた。
「それがさー。昔はあそこに一人で行っていたんだけど、元が取れないから一人で食べ放題は止めてくださいって言われて。必死にお願いしたら、団体として来るなら良いって言われたけど、その基準が5人以上だからさ」
 両手を後頭部に回しながら、クローディアが答えた。
「あのぅ、クローディアさん……私もう、お腹いっぱいなのです」
 蜘蛛のような腕2本で、自分のお腹を抱え込んだプラネッタが言う。
「大丈夫大丈夫。私がお肉食べまくっている間、座ってるだけでいいから。お金は全部私が払うよ」
 クローディアはBASの社長、ジャスティンの娘なのだから、お小遣いは有り余るほど貰っている。ちなみにクローディアには、歳の離れた兄がいる。
本当にアボン!? じゃあワタシ、アイスクリームでウサちゃん作って写メっちゃお~っと!」
 つまりフランもお腹いっぱいだと言うことだ。
「俺は一人でチョコレートの祭典を執り行おう」
 コスティもデザートを食べる気力しか残っていない。
「それなら私は、野菜やキノコを炒めて、タッパーに保存してお持ち帰りするのです!」
「それはちょっと止めた方がいいかもね……」
 思わずマジな調子で言ってしまったクローディアは、中庭へと続く自動ドアを通り抜け、他の3名も後に続いていった。

 
 BASドームの中庭に辿り着いた4人。
 見上げると真っ黒な夜空。燦然とした栄光によって、一等星さえも萎縮している。とどまる所を知らない人々の騒々しさが、眠気を誘うような闇に吸い込まれるから、ドーム内部よりは幾分か静かだ。
 石畳で舗装され、生垣でちょっとした迷路が形成され、テイクオフした飲食物を楽しむのにお誂え向きな、オシャレなベンチや椅子がそこかしこにある。知らない人に写真を見せれば、「ここは最高級ホテル」と返答されても何ら不思議ではない。
 環境に配慮した最新技術の照明、しかも外観は贅沢なアンティーク風。それが広大な中庭に大量に設置され、底なしの資金力を物語っている。通りすがれば、数瞬だけ喧騒から解放される癒しの噴水。西洋文化に囚われることもなく、滝石組などが存在する和風エリアなる場所まである。

「さてと。人が集まってそうな所に来てみたんだけど――」
 満席になった野外ホールを目指して歩いているクローディアは、中庭の様子がいつもと違うことに気が付いた。暗闇に揺れる妖しい松明、微かに聞こえる陽気な打楽器と手拍子、顎を撫で上げるかのような艶っぽい弦楽器。そして、演者不在の野外ホールは、点滅を繰り返している赤や紫や黄色の照明でライトアップされている。
「あはっ! ピカピカ~! 誰のコンサート?」
 スキップで先頭に躍り出たフランは、両手で眼鏡を作って野外ホールに注目した。
 と、4人は地面が振動するのを感じた。大勢の観客が野外ホールへと押し寄せているのかと、全員揃って辺りを見回すなり、そこかしこから土煙が噴出した!
 赤色、黄色、紫色――土としては通常あり得ない色の煙が消失するなり、姿を見せたのは、ゾンビや骸骨やミイラや幽霊等々。つまり様々な種類のアンデッドたちが、土の中から現れて、一斉に野外ホールの方へと走り出したのだ!
「えぇ!? これがハロウィンなのです!?」
 プラネッタの目の前を、多数のアンデッドが通り過ぎてゆく。「オラァー!」とか「キエーッ!」とか、鬼気迫った様子で全力疾走するアンデッドを追うように、4つ目をあちこちに動かしていたら目が回った。
「血の気のある音色が聴こえてこない。正真正銘のアンデッドだ」
 コスティの尖った両耳は、他の人種には聞こえない音を拾えるのだ。
 満席の野外ホール全体を囲むように、アンデッドたちが輪を作った。次の瞬間、生きとし生ける者が無惨に食い散らかされる、吐き気を催すような光景が広がるだろう――かと思いきや、野外ホールの観客たちはアンデッドを顧みて、「キター!」だの「うおー!」だの「キャー!」だの、楽しそうな叫び声を上げている。

 
 ややあって、野外ホールの中央で一際大きな土埃が噴出した。火山の噴火に例えるべき、様々な色が入り交じった土埃の中から姿を見せた主演者。尖った双角を持った、踊り子風の衣装を身に纏った男。敢えて露出させた厚い胸板、そして挑発的な魅惑の眼差しが情欲を煽る、インキュバスだ。
「アンデッドダンサーズ”パッショネイト”! 今夜は寝かせないわよ~!」
 彼は、筋肉質でセクシーな肉体に反して、女性っぽい口調で高らかに叫んだ。
「パーティーのホストは、このア・タ・シ! “ネクロ=カーニバル”のアクシャヤ=モトワニよ~!」
 艶めかしく腰をくねらしながら、インキュバスの彼が言うと、観客たちは「ウオオオーーーッ!」とか「キャーーーッ!」と大歓声を上げた。

 狂熱を帯びた観客席を包囲するアンデッドたちは、地中から這い上がるや否や全力疾走したせいでガス欠になったのか、両膝に手を置いて呼吸(!?)を乱したり、ふらふらと倒れそうになっている。普段からロクなものを食べていないせいだろうか。
「アナタたち! 笑顔よ、え・が・お! そんな死んだ魚のような目をしていたらダーメ! ほら、口角に指をあてなさい!」 
 などと言って、アクシャヤがアンデッドの存在意義に一石を投じる。アンデッドダンサーズの団長命令に従って、アンデッドたちは顔を引き攣らせながらも、腐った指や骨だけの指を口角にあてた。
 アクシャヤのすぐ隣で土埃が噴出し、大きな打楽器を抱えたゾンビが這い上がって来る。
「サン、ハイ!」
 掛け声と共に、アクシャヤがゾンビに抱えられた打楽器を片手で連打する。重低音が観客席を突き抜け、外周にいるアンデッドたちの胸をも貫き、揺さぶられた魂が心身に尋常ならぬエネルギーをもたらす。
「フハハハハハ!!!」
「イエェーイ!!!」
「フウゥゥゥーーー!!!」
「レッツロック!!!」
 飢餓によって生気を無くしていたアンデッドらは、再び心臓が鼓動を始めたかのように熱狂し始めた。
「なんか火照ってきたわーー!!」
「テンション上がってきた!」
「踊りましょう!」
 観客席にいる一般人たちも、アクシャヤの演奏によって更にヒートアップする。

 
「あの子もこの子も、み~んなあげぽよ~!」
 アクシャヤの間近にいた人間ほどではないが、フランの魂も打楽器の鼓動によって僅かにヒートアップし、幼稚園児のようにその場で跳ね回りながら行く末を楽しみにしている。
「クローディアさん。あのゾンビさんたちも、イメージ=サーヴァントなのですか?」
「あれは正真正銘のアンデッドだよ、プラネッタ。あのオカマのインキュバス、アクシャヤ=モトワニが治める”冥府ブルディッシュ”という世界から、メーションで召喚しているんだ」
 プラネッタとクローディアも、酒に酔ったような感情の昂りを感じている。
「この打楽器のビート、聴いた人の精神を興奮させるみたいだね。メーションだから、敵は聴いてもハイテンションにならないっていう、器用な制御ができるでしょうけど」
 コスティは無意識に2本の指揮棒を握り、即興シンフォニーを奏でられないかと考え込んでいた。

「ハーイ、二人組作って~!」
 アクシャヤが打楽器による鼓舞を終えると、いやにハッピー全開なアンデッドたちは、観客席に雪崩れ込んだ。すっかりアゲアゲな気分になっている観客たちは、近付いてきたアンデッドたちと手を繋ぐ。腐った手、骨だらけの手、包帯が巻かれた手、実体のない手を、一切躊躇なく握る。
 相手が見つかったアンデッドたちは、各々好きなように観客たちと一緒に踊り始めた。――いや、一緒に踊ると言うよりは、むりやり観客を踊らせていると言った方が適切だ。有り余るパワーで観客を振り回したり、浮遊して観客を宙高くに連れ去ったりしている。
「ちょ、待って!」
「タンマ! タンマ!!」
 更には集団で無理矢理胴上げをしてみせたり、挙句の果てにはアンデッドのグループ同士で、胴上げによる観客のキャッチボールまで始まった。
「激し過ぎるよぉ~!」
「アカン!!!」

「舞曲にしたって強制的過ぎるでしょ」
 絶叫マシーンさながらの楽しい悲鳴が轟く野外ホールを、やや遠間から眺めているコスティが呟く。
「ディアちゃんよりも強引かも~!」
 さり気なくフランが酷いことを言うと、クローディアはわざとらしく咳払いをしてみせた。
「ライブの時はもっと激しいよ。楽器とかで身体能力が強化された、ハイテンションなダンサーたちが、一斉攻撃でアーティストに畳み掛けて来るんだ」

 アクシャヤの周りに管楽器や打楽器を抱えたアンデッドらが、土煙を噴出させながら這い上がって来た。
「そろそろ身体が温まってきたかしら~? それじゃあ、お気軽コースが好きな人はそのまま。もっと激しいのが好きな人は、こっちのフィーバーコースに来るのよ~!」
 野外ホールの中央、円形ステージの外周を囲うように、新たに這い上がって来たアンデッドたちが配置される。骨の棍棒や曲剣、ライフルなどで武装している、アンデッドダンサーズの攻撃チームだ。
 この円形ステージの上に立てば、演奏チームによって更に強化された武装アンデッドたちが、フィーバーコースと言う名の命懸けのダンスを強要して来るらしい。陽気な弦楽器や打楽器に合わせて、武装アンデッドが笑顔で武器や手を振って円形ステージに誘っているが、どう見ても生贄を求めているようにしか見えない……!

 
「実際に体験した方が手っ取り早いね」
 クローディアは、4つ目を左右に動かしているプラネッタの手を握る。
「ほら行くよ、プラネッタ!」
 そうしてグイッと引っ張ることで、後輩アーティストを強引に野外ホールの中央へと連れ去ってゆく。
「えぇ!? まだ準備体操もしていないのです! それに、お腹いっぱいだから、今動いたりしたら――」
 泣き言を言うプラネッタと意気揚々としたクローディアの姿は、激しいダンスを踊るアンデッドや観客に呑まれ、見えなくなってしまった。
「アンデッドとシルフィードのシンフォニーか」
 アンデッドと上手く付き合えるものかと、コスティは物憂げな目で数瞬考え込んでいたが、やがて2人の後を追って歩きだした。
「ワタシもインド映画に出てみた~い!」
 フランは武装アンデッドたちに手を振り返しながら、観客席の合間を縫って、円形ステージへと走っていった。

「あんらまあ、クローディアちゃん! オトモダチも一緒なのねえ」
 最初にクローディアとプラネッタ、次いでコスティ、そしてフランが円形ステージの傍まで辿り着くと、アクシャヤは舌なめずりしながら興味津々に見下ろしてきた。
「そちらの蜘蛛人間ちゃんは、新しい子?」
「そうだよ! ほら、プラネッタ! 挨拶!」
「よ! よろしくなのです!」
 プラネッタがお辞儀すると、アクシャヤは妖しい笑みを浮かべた。
「よろしくねえ、プラネッタちゃん。コスティちゃんも、フランちゃんも」
「お手柔らかに頼むよ」
「早くやろ! 早くやろ!」
 ちなみに、4人以外にはこのフィーバーコースを希望する者はいないようだ。いや、心の中でやりたいと思っている人はいるかもしれないが、如何せん激しいダンスを強制されているので、自由に動けなくて……。

「フィーバーコースは、全員バトル・アーティストでやると言う事なのねえ。それなら、フンパツしてサービスしなくちゃ」
 円形ステージの中央にアクシャヤが立つと、彼を囲むように演奏チームが隊列を組んだ。4名のアーティストは、アクシャヤを交差点として、十字を作るように立つ。
「いくわよ!」
 隣に立っていたゾンビが抱える、大きな打楽器を勢いよく打ち鳴らすと、アンデッド楽団の激しい演奏が始まり、地獄のフィーバーコースが開催された!

 

 クローディアの周りには、骨から作られた棍棒で武装した骸骨が集まっていた。ガシャガシャと音を立てながら、次々と脳天目掛けて棍棒を振り降ろしたり、野球選手のように思いっ切りスウィングをしてきたり。マトモに受けたらとっても痛い思いをする為、死ぬ気でダンスするのを強要される。
「よっと」
 クローディアは脳天目掛けた一発を、軽快な横ステップで回避。棍棒を振り降ろした際のフォロースルーで、前のめりになっている骸骨の頭部に、おもっきりパンチをお見舞いした!
 骸骨一体につき一発ずつ、順番に仕掛けてくる棍棒アタック。ボクシングさながらのダッキングやウィービングで回避しつつ、パンチやキックで綺麗にカウンターを決めて倒していく。
「いい練習になるね」

 地獄のフィーバーコースを楽しんでいるクローディアを、プラネッタは曲剣で武装したアンデッドの合間から眺めていた。プラネッタは既に、踊り子衣装に身を包んだ女ゾンビたちに包囲されている。
「えぇっと、見えない壁が張ってあるんですよね?」
 最も近い位置に立つ踊り子ゾンビに視線を移すと、彼女は無言で頷き、曲剣を構えた。
「じゃあ、よろしくなのです」
 そう言ってプラネッタが、2本の手で骨のような拳銃2挺を持つと、構えたまま踊り子ゾンビが疾走する。拳銃を撃つには十分な猶予があったが、あえて2本腕を伸ばしたまま、踊り子がギリギリまで踏み込んで来るのを待つ。
 最初の踊り子が真っ直ぐに突きを繰り出すと、プラネッタは上半身を大きく反らせて、胸元目掛けた曲剣を回避。蜘蛛のような手足4本で、真っ直ぐに伸びた曲剣を掴むと、天井に張り付く蜘蛛のように逆さとなって、至近距離で踊り子の両足を撃ち抜いた!
 最初の踊り子がバランスを崩して両膝立ちになると、2体目の踊り子が後ろから斬り掛かってきた。プラネッタは、蜘蛛の4本を巧みに使って、両膝立ちな踊り子の背中に回り込む。2体目が、仲間を斬ってしまうかもと立ち止まった瞬間、盾にされた踊り子の背後から、2発の拳銃弾を受ける!
 以後、蜘蛛人間ならではの奇怪かつ複雑な動きで、斬り掛かってくる踊り子たちを遮蔽物に見立てながら、曲剣の届かない絶妙な間合いから、プラネッタは迎撃射撃を繰り返していた。

 コスティは、単発式のライフルで武装したミイラたちに包囲されていた。アクシャヤと演奏チームによって奏でられる、激しいビートに合わせて、ミイラたちは天に向けてライフルを撃っている。
「何でもダンスや楽器に使い過ぎでしょ」
 何とも言えない笑みを浮かべてしまったコスティは、2本の指揮棒を持ったまま、両腕を大きく広げた。2本の指揮棒は、風紐によって繋がっていない。
(銃の弾を風紐でキャッチしたり、フィッシングするのはまず無理だからね)
 風の精霊たちの耳打ちを聴くように、目を閉じて両腕を広げているコスティに、ミイラたちは一斉にライフルを向ける。次の瞬間、最初の1体が引き金を引き、僅かな時間差で次々と弾が放たれ、16ビートを刻むように発砲音が鳴り響く!
 四方八方から蜂の巣にされるかと思いきや、コスティは自身を中心とする竜巻によって守られ、事無きを得ていた。無数の銃弾は竜巻によって絡め取られ、コスティを中心点として絶えず周回している。
 ノリのいいミイラたちは、無駄な行動だと分かっていても尚、ライフルを撃って小惑星軌道の密度を高めてゆく。あまりにも密度が高いから、銃弾と同じ鈍い金色の輪が、コスティの周りに出来あがってしまった。

「今夜はバレリーナのフランちゃん! いっきまーす!」
 フランがいつの間にか握っていた淡いグレーのステッキは、ピンクレオタードな妖精と融合する。ステッキは、とても長いリボンが先端に付いたパステルカラーへと変身し、フラン自身は生クリームでデコレーションしたようなミニスカートと、羽毛が付いたピンクレータードを着たバレリーナに変身した。その昔、仲の良い友だちや先生が魅せてくれた、空を飛ぶかのように自由奔放なバレリーナ。
 フランを包囲するアンデッドは、浮遊する半透明の幽霊たちだ。彼らは武器を持たないが、遠間から鬼火やら闇のエネルギーやらを飛ばしてくる。
 優雅なバレリーナに成り切ったフランは、爪先立ちのまま180度両足を広げたり、背骨が折れるかと思えるくらい身を反らせたりして、魔弾の全てをギリギリの所で避け続ける。時たま優雅な回転ピルエットと共にリボンを振り回して、魔弾を弾き返している。
 1体ずつの時間差射撃ではダメだと判断した幽霊たちは、息を揃えて360度から同時に鬼火を撃った! するとフランは、まるで白鳥が飛び立つかのように、軽やかに舞い上がる。数多の鬼火は、幽霊の輪の中央でぶつかり合い、霧消する。リボンで大きな渦を描きながら、羽毛の如くゆっくりとした速度で舞い落ちてくるフラン。
「ちゃんとダンスをしているのは、ワタシだけだもんね~!」
 ミニスカートを両手で持ち上げながら、バレリーナがお辞儀をした。

 
「ちょっと、やめて~! アタシを虜にする気なの!?」
 生命力漲る4人のダンスを眺め回して、アクシャヤは片手を頬に当ててうっとりする。
「気に入ったわあ! アナタたちには特別に、アタシの奥の手を見せ付けて、ア・ゲ・ル!」
 ペロリと舌なめずりしたアクシャヤは、古来から伝わるポーズを決める。すると、スポットライトのような7色の円盤光が、アクシャヤの足元に現れた。そうして彼が蹴り上げるような動きをすると、円盤光はリズムに合わせて激しく明滅を繰り返し始める。
 骸骨や踊り子やミイラや幽霊の身体に、同じような7色の円盤光が発生する。背骨に沿うように発生した7つの光は、実に神秘的で思わず魅入ってしまう。人肌のように温かいその円盤光は、生気の消えたアンデッドたちに、溢れんばかりの生命力を灯した。

 
 1体ずつ骨棍棒で殴り掛かって来る骸骨を、律儀にも1体ずつカウンターでぶっ飛ばしていたクローディア。突如、凄まじい速度で骨棍棒を振り回す1体が襲い掛かって来たので、思わずバックステップして避けた。
「うわっ、はや!」
 マッチョな筋肉を取り戻したかのように、乱暴に骨棍棒を振り回す骸骨に、的確なカウンターを決める隙は存在しない。何回か回避した後、脳天目掛けた一撃が振り降ろされ、避け切れないと悟ったクローディアは、間一髪両手でキャッチする。
「むぐぐぐ……」
 真正面から力比べをしている骸骨は、多数の骸骨たちに後ろから押されて、数十体分の剛腕がクローディアの両腕に圧し掛かる! 押し倒されまいと踏ん張るが、地に足付けたままステージの表面を抉らんばかりに、後方へと押されてゆく。
 10体、20体、30体――時間とともに骸骨の数が増え、クローディアの両腕に掛かる力も大きくなる。クローディアが力負けして押し倒される、その寸前。

「てやあぁぁーーー!」
 半回転しながら身を屈めたクローディアは、最終的に50体にもなった骸骨たちの剛腕を逆利用し、一本背負いの要領で骨棍棒ごと彼らを投げ飛ばした!
 棒高跳びを無理矢理やらされた骸骨たちは、文字通り空中分解して、ガラガラと音を立てながら辺りに飛び散った。バラバラにされた骸骨たちが落下すると、骨の一本一本が意思を持ったかのように、元に戻ろうとして合体を繰り返す。しかしながら、どの骨が誰のものなのか、てんで分からないものだから、サイズが違う骨と合体しては、ビクリと驚いて自ら崩れ落ち、また合体するという途方もない作業。
「皆体重軽いよ。ちゃんと食べてる?」
 優れたテクニックとパワーによって、軽々と骸骨集団を投げ飛ばしたクローディアは、上着に付着した埃を払いながら言った。
(見ろ!)(食えるワケないだろ!)(ボケェ!!)
 全身が、或いは上半身だけが元通りになった一部の骸骨たちは、自分たちの中身の無い肋骨などを何度も指差して、クローディアに無言で抗議した。

 
 7色の光が発生した踊り子ゾンビたちは、突如残像を残すほどの速さで動き始めた。8本の手足をフル活用して、踊り子から踊り子へと絡み付きながら、攻防一体の移動射撃に徹していたプラネッタ。次に絡み付こうとした、踊り子ゾンビが目の前から消えたので、背中から地面に落下する羽目となった。
「あ、あれ?」
 下の2つ目を丸くして、上の2つ目を思わず瞑って、驚きを表現したプラネッタ。すかさず蜘蛛の足2本で”爪先立ち”状態となり、その場でぐるぐると回転しながら、2挺の銃をそこかしこに撃ちまくる! こんな適当な撃ち方でも、人口密度が高い空間に対してなら誰かしらに当たる。
 だがしかし、アクシャヤの魅惑の舞によって、生命力が漲っている踊り子たちは、神速の曲剣捌きで拳銃弾を弾き飛ばしていた。流石に自らプラネッタに近寄ることは避け、ある程度距離を置いて弾切れになるタイミングを伺っている。
 最後の一発を撃つと同時に、軸回転を止めたプラネッタは、計8本の手足を地面に着けた。直後、踊り子ゾンビたちは残像を残すほどの速さで、一斉に踏込み突きを放って来た! ブレの無い数多の曲剣が、隙間の無い輪となって中央へと収束する!
 ここでプラネッタは、8本の手足をバネのようにして、トランポリンでも使ったかのように数メートルの高さを跳んだ。プラネッタが居た場所では、数多の曲剣の切っ先が擦れ合い、甲高い音を響かせた。ハイジャンプするのが一歩遅れていたら、プラネッタの全身が余す所なく貫かれていただろう。

 ジャンプの頂点に達した時、プラネッタは逆立ちしているような体勢となっていた。弾切れになった2挺の銃、そして腰に装備していた予備の拳銃2挺、合わせて4艇を踊り子の輪の中央目掛けて投擲する。銃口が地面に突き刺さった4艇の拳銃は、パァン! と破裂音を立てて爆発。砕けた骨のようになった無数の破片が、密集していた踊り子たちの身体を貫通する!
 爆風によって小さく吹き飛ばされた、踊り子ゾンビたちによる、文字通りの屍の山が出来上がった。プラネッタは幸運なことに、その頂上に落ちてくる。屍の山がクッションとなったので、若干お尻が痛んだだけで無傷だ。
「ふぅ……」
 山の頂点に突き刺さっていた、曲剣を引き抜いたプラネッタは、興味深そうに眺めていた。自分の物を取られた踊り子ゾンビは、困惑した面持ちで手を伸ばして来る。――よく見ると、これは何かしらの骨を素材として作られた曲剣だと気付く。
「これ、貰っても大丈夫なのです?」
 4つ目をパチパチとさせながら、プラネッタに訊かれた曲剣の持ち主は、「まさかアンデッド以外に骨の剣を欲しがる人が……」なんて考えたのか、思わず顎が外れそうになるのであった。

 
 ライフルを持ったミイラたちは、背骨に沿うような7つの円盤光の恩恵にあずかると、神経系統と視覚能力が大幅に強化された。徐々に鈍化する視界の中で、微かに見えるようになってゆく。コスティの周りで渦巻く風を、操っている風の精霊たちの姿が。1秒あたりの体感時間が長くなる程に、風の精霊らの姿も色濃くなってゆく。
 このままコスティに発砲しても、渦巻く風に巻き取られ、無数の銃弾で形成された鈍い金色の輪が大きくなるだけだ。渦巻く風の円周外や、コスティの頭頂部よりも高い位置で浮遊している、風の精霊たちに狙いを定め、ミイラたちがトリガーを引く! 池に小石が落ちたかのように、銃弾が半透明の身体に浸透した風の精霊たちは、大の字になって宙でぐるぐると回転しながら吹き飛ばされる!
「あるぇ? 見えるの?」
 風の精霊たちを指揮していたコスティは、撃たれた彼女たちがぐるぐると彼方へぶっ飛んでゆくのを見て、ちょっと危機感を覚えた。常人が風の精霊を視認するのは難しいことだし、見えたとしても軽やかな彼女たちは、いつもならひらひらと銃弾を躱せる。ミイラたちの感覚が、極限まで研ぎ澄まされている訳だ。
 徐々に渦巻く風の勢力が衰え、輪のようになった無数の銃弾が少しずつ落下し始める。風の精霊たちが残らず吹っ飛ばされ、丸裸になったコスティが蜂の巣にされるのも、時間の問題である。

 コスティは、片方の指揮棒をこれ見よがしに頭上に掲げた。絶え間なく響くライフルの発砲音が、コスティにはクライマックスを目前とした打楽器の煽りのように思え、密かに高揚している。
「フィナーレだ、シルフィード!」
 そう言ってコスティが、指揮棒を一気に振り降ろすと、周囲にいるシルフィード全員が両手を一杯に広げ、輪になっていた銃弾が一斉に撃たれた! 実銃のライフリングには劣るものの、渦巻く風によって回転を加えられた無数の銃弾は、円状を保ったまま整然と広がり、コスティを囲んでいたミイラガンナーの身体に風穴を開けた!
 風の精霊が齎した、穏やかな一陣の風が吹き抜けた。身を仰け反らせて硬直していたミイラたちは、誰とはなしにライフルを取り落とし、硬質な落下音が次々と鳴る。拍手喝采にも似た音が響く中、ミイラたちは両膝立ちとなり、やがてはステージにひれ伏す。輪の中央で、深々と頭を下げたシンフォニーの指揮者を称えるように。
「そういえば、クライマックスに大砲を撃ち放つオーケストラがあるらしい」
 ゆっくりと顔を上げながら、コスティは呟いた。

 
 幽霊たちの身体にもやはり、七色の円盤光が宿っていた。彼らが放つ鬼火や闇のエネルギーは、さっきと比べて追尾性能が格段に向上している。
 バレリーナの動きでフランが華麗に避けても、鋭くUターンして弾は執拗に迫ってくる。それが何十という単位でフランを取り囲んでいるのだから、余裕で回避していたフランも必死で逃げ回らざるを得なくなった。体操選手のように大きな跳躍で、追尾弾の包囲網の外側に脱出しようとする。
「インドと言えばヨガヨガ!」
 その大きな跳躍の頂点に達した時、フランの衣装が変化する。綺麗な装飾が施された、柔らかなピンク色の細長い布を、腰や胸に巻き付けて、ヘソが出るようにした衣装。杖の方は、煌びやかな宝石が嵌められた黄金に変身している。いつか見たおとぎ話――偉大な王様を導き、惑わし、神秘の世界に誘う魔術師のイメージなのだろうか。
 フランの着地と同時に、幽霊たちが振り返り、一斉に新たな弾を撃ってきた。と、フランが杖を掲げると、その先端から太陽光が発射され、半円を描くように幽霊たちを薙ぎ払った! 決してフィニッシュ・ムーブ級の大技ではないのだが、太陽と言う弱点をピンポイントで突かれた幽霊たちは、その大半が鬼火や闇弾ごと消し飛ばされてしまう!

 後列にいた幽霊たちが受けたのは、減衰した太陽光であった為、辛うじて消失を免れていた。密集すれば太陽光で薙ぎ払われる為、幽霊たちは一旦散開。フランの身体に掴み掛ろうと、ふらふらと突撃を仕掛けて来た!
 フランは杖を地面に突き立てた。真上を含む、あらゆる角度から迫ってくる幽霊たちを、ギリギリの間合いまで待ち構える。最初の1体が、フランの首筋目掛けて手を伸ばして来た瞬間だった。
 杖を中心点として、強烈な爆炎が発生した! ドーム状の爆炎は、フランの近くにいた幽霊たちを残らず包み込み、あえなく霧消させて冥府に強制送還させる。炎のメーションを上手く制御している為、爆心点に立っていたにも関わらず、フランは全く火傷を負っていなかった。

「フランさん、それは何のコスプレなのです?」
「アラビアンナイト?」
 一足先に、アンデッドたちを蹴散らしたプラネッタとクローディアが、フランの方に近付きながら訊いてきた。
「これね、ヨガの衣装なの~!」
「ヨガと魔法使いは別物でしょ」
 コスティは目を細めながら、フランの方に歩み寄る。
「同じだも~ん。極めると炎を吐いたり、太陽エネルギーを操れるって言ってたよ」
「あらフランちゃん、詳しいのねえ」
 激しいダンスを終えて、汗だくになったアクシャヤは、両手を団扇のように使いながら述べた。彼は本気のダンスによって、アンデッドたちにありったけの生命力を注ぎ込んだから、疲労困憊でフラフラの状態だ。

 
「ヨガでチャクラを開くと、漲った生命力が炎や光となって、体外放出されるようになるのよねえ」
「いや、ならないでしょ!」
「へー! じゃあ私は、常にチャクラが全開ってワケか」
 クローディアは腕組みし、納得したように頷いた。
「ほら、勘違いする人が出てくる!」
「もう、コスティ。ヨガの達人のアタシが言うんだから、素直になったって良いじゃないの」
「今のもヨガだったのです?」
 冗談交じりのアクシャヤに対し、半信半疑になりながら訊くプラネッタ。
「お・お・あ・た・り! アタシの渾身のダンスで、ベイビーたちのチャクラを開いてあげたのよねえ。7つの光は、主要チャクラが開かれた証なの」
「……まあ、メーションは思い描いたイメージを実体化させる技術だし。科学的に正しいかどうかよりも、使う人にとってイメージしやすいかどうかが重要だ」
 コスティは遠い目をしながら、開き直ったかのように言った。
「アタシの生命力を分け与えるようなモノだから、自分が燃え尽きちゃうのが難点なのよねえ。もうベイビーたちをリードする力も残って無いの」
 そう言ってアクシャヤは体育座りをした。ふと周りを見渡すと、大勢の観客たちを振り回して、無理矢理ダンスを踊らせていたアンデッドたちが、死んだように硬直して動かない。リーダーたるアクシャヤが元気でなければ、アンデッドたちも元気に踊ることが出来ないようだ。

「少し早いけど、今夜はこれでお開きにしましょう。ごめんなさいね。物足りなかった人は、またこ・ん・ど」
 気力を振り絞って立ち上がったアクシャヤが、声を張り上げた。
「あれ、もう終わり?」
「た、助かったぁ……」
「死ぬかと思った」
 死ぬほど激しいダンスを強制されていた観客たちにしてみれば、いつの間にかダンスが終了していたので、拍子抜けというか一安心というか。
「おい、クローディア様とかいるじゃん!」
「いつの間に!? ってか、あの子さっきの新人ちゃん!」
「キャー! コスティー! こっち向いてー!」
「フランちゃ~ん! 握手してくれ~!」
 当然、フィーバーコースに出演した栄えある4名の乱入者のことなど、気に掛けている暇は無かった。今になって円形ステージを確認した観客たちは、ゾンビのように蒼褪めていたはずなのに、再度熱が灯って騒ぎ立てた。
「とりあえず、ミンナで拍手しましょうか。最後までフィーバーコースを踊り切った、タフなオトモダチに拍手!」
 アクシャヤに続いて、観客やアンデッドたちの精一杯の拍手が、野外ホールに高鳴った。4人のオトモダチは、自慢げに手を振ったり、頭を描きながら小さく頭を下げたり、芝居掛かった深々としたお辞儀をしたり、片膝を曲げたピースサインをして、観客たちに応えるのであった。

 

 その後、生命力を出し尽くしたアクシャヤは、食べ放題の誘いに二つ返事で快諾したと言う。目的の店における、団体料金が適用される規模となったので、クローディアは意気揚々と4人の仲間たちを引き連れていった。

 フロアは濃緑とクリーム色のチェック柄、バイキングコーナーには赤白縞模様のオーニングテント、食欲を煽る様な暖色系で統一された花やフルーツで飾られ、高い天井はとても開放的な空間を演出する。カジノ街を思わせるような、バフェ・レストラン。
 見るからにカロリーが高そうな食べ物が大半だ。牛肉や鶏肉、ソーセジなどは勿論のこと、チーズやポテト、ロブスター、パスタまで取り揃えられている。変わり種としては、寿司やカレーナン等があり、デザートとしてケーキやアイスクリームまで揃っている。

「そういうワケだから、地上の世界にやって来たのよねえ」
 自分自身がレイラに訪れるまでの経緯を、4人に説明し終えたアクシャヤは、すっかり冷めてしまったカレーナンを口にする。
「冥府でも、人口爆発や食糧不足が問題になっているのですか」
 プラネッタはリンゴやバナナといった、健康に良さそうなフルーツを両手に握り締めながら言った。
「しかも、王様が率先して動くなんて、相当ヤバいレベルでしょ」
 そう言ってコスティは、チョコレートソースをたっぷり掛けたアイスクリームをスプーンで掬う。
「アタシのところの冥府は、他と比べて領地が狭いから、特にねえ」
 アクシャヤは唇に付いたカレーを舐めとると、深いため息をついた。

「アタシってホラ、インキュバスじゃない。飢えたアンデッドに精気を注入できるから、代々冥府の王族をやって来たんだけどねえ。結局アタシ自身がベイビーたちの分まで食べなきゃ、そもそも注入なんて不可能だし、かと言って許容量を超えて食べると戻しちゃうしい」
 指を鳴らして、土煙と共に美しい夢魔を召喚したアクシャヤは、口臭ケアのスプレーを口の中にシュッと。直後、シマウマを仕留めるライオンのような速さで、隣にいた夢魔を抱き寄せると、大胆にもその唇を奪った!
「や~ん! 人前で大胆すぎ~!」
 次から次へと、色んな種類のケーキを写メっていたフランは、片手を頬に当て、獣を露わにしたアクシャヤを羨ましそうに眺めていた。……正確には、インキュバスに備わった能力を使って、同じインキュバスに精気を注入しているのだが。
「一人占めはイケないわよ~。ちゃんと分けてあげなさい」
 アクシャヤの抱擁から解放された夢魔は、小さくお辞儀すると土煙と噴出させて、冥府へと落ちてゆくのであった。特に飢餓が重篤なアンデッドたちの為、あの夢魔はキス魔となって冥府を渡り歩くのだろう。
「あるぇ? 今の夢魔って、女性? 男性?」
 コスティは難しい顔となって首を傾げる。

「後6人の配給係に、注入する必要があるのよねえ。付き合ってくれるかしら?」
 配給係の夢魔に精気を注入したことによって、アクシャヤの胃袋は若干の余裕が生じた。
「もちろん! 大歓迎! 一緒に食べる人が居た方が楽しいし!」
 やっぱり大量の肉を何人前も食べているクローディアは、本当に楽しそうな態度で言ってのけた。
「ありがとうねえ。冥府の政治に私財を投げ打って、最近はちっとも贅沢ができないから、アタシ自身楽しいわあ」
「いーよいーよ! お礼なら後で社長に言って! 元々父さんのお金だし!」

「マネージャー! あれじゃまた大赤字ですよぅ!」
 関係者以外立ち入り禁止の扉の前で、スタッフの1人がクローディアとアクシャヤを交互に指差し、慌てふためいている。
「ちくしょうめ!! もうジャスティン社長に直談判するしかねぇのか!?」
 カッとなった店舗マネージャーは握り拳を壁に叩き付けた。出禁を命じたクローディアに対し、千歩くらい譲って「団体として来るなら考えてやらんでもない」と言ってしまったのを、深く後悔している。

 
「ここは居心地良いわねえ。アンデッドがありのままの姿で外を歩けるもの」
 雑談交じりに、暫く食事を楽しんでいたアクシャヤは、ふとナプキンで自分の指を拭きながら言った。
「食糧不足も重要だけど、ベイビーたちには生き甲斐を感じて欲しいのよねえ。冥府でただ呆然と過ごすなんて、せっかく神様から授かった永い時間が拷問になっちゃうわ」
「”生き”甲斐、なのですか……?」
 プラネッタは蜘蛛の4つ目をパチパチさせて、訝しがる。
「観客を楽しませる為なら、何でも許される。単純明快で素敵な法律じゃない。ベイビーたちが聖水やニンニクを投げ付けられても、ダンスで笑わせてあげれば解決だものねえ」
「”ローマにおいてはローマ人のようになせ”、な~んて言われないから快適だよね!」
 のほほんと言ったフランス人のフランも、色々と修羅場を潜り抜けて来たのだろうか。
「逆にどんなことをしても、観客にウケなかったら終わりとも言えるけど」
 コスティは観客第一のパフォーマンスを徹底しているが故、忘却される事への不安が人一倍大きいのだ。
「私コスティのそういう謙虚なところ好きだよ。常に観客を意識している、アーティストの鑑って感じでさ」
 クローディアはフライドチキンを齧りながら、コスティの背中を強く叩いてあげた。
「お、おう……」
 BASの看板娘に言われると、不思議と勇気付けられる。

「私も、上手くやっていけるのだと思います?」
 プラネッタは脇を締めて、1本の棒のようになりながら、恐るおそる訊いた。
「父さんが見込んだアーティストなんだし、大丈夫に決まってるよ。さっきのライブだって、大成功だったじゃん」
 それだけ言うと、クローディアは残りのフライドチキンを、一気に放り込んだ。
「でもぉ……」
 4つ目をバラバラに動かしながら、このバイキングにいる凄い人たちを確認していく。
 同席した4人のアーティストは勿論、裕福さを伺わせる立派なスーツやドレスを着た客は一杯いるし、同業者と思わしきマッチョやインテリも少なくない。ふと耳に入ったのは、新型冷蔵庫の設計図だとか、今度のコンテストでのプリザードフラワーだとか、未知の領域について熱く討論している人々の会話。
 比べれば比べる程、自分の無個性さが浮き彫りになる。
「みんな個性的で、魅力的な人ばっかりなのです。私、自信が無いのです。得意なのが戦いだけだと、パパの二の舞になっちゃいます」
 しょんぼりとなったプラネッタは、上側の2つ目を閉じ、残る2つ目で自分の膝を見下ろした。

「あらまあ、かわいそうに。プラネッタちゃんはと~ってもいい子なのに、見る目のない人しか周りに居なかったのね」
 アクシャヤはプラネッタと出会って一日も経っていないが、短い歓談の中で「傭兵としてサバイバルや戦闘を徹底的に仕込まれた」と聞けば、年頃の女の子として可哀想な環境で育ったことは容易に理解できた。
「プラネッタちゃん、パパのこと嫌いなの~!?」
 フランは物事を深く考えていないのか、それとも敢えて能天気な調子で話したのか。
「それは違います。パパのことは大好きなのです」
 強い眼差しでプラネッタに見つめられたフランは、指を口端にあてがって?マークを浮かべた。
「ただ、完璧な傭兵でいる為には、家族にも素顔や本名を明かさないくらい、スキの無い生活が強要されるのです。武器を捨ててありのままを曝け出せば、報復攻撃どころか、家族が人質に取られる恐れがあります。ですから、完璧な傭兵として生き続けるしかできないのです」
 徐々にプラネッタの視線が、再び自分の膝へと落ちていく。
「強いことしか取り柄がないのは虚しいと、パパがよく言っていました」

 
「だからシンフォニーを奏でる仲間を求めて、BASに来たんでしょ」
 暴風雨に晒されて今にも千切れそうな、可憐な花に触れるかのように、コスティは澄んだ声でプラネッタの心を包み込んだ。
「楽器は1人につき1つしか演奏できない。ピアノコンサートだったら問題ないけど、オーケストラは1つの楽器じゃ成り立たない。人間1人が為せることなんて、限界がある」
「そう、なんですか……?」
 上目遣いとなるプラネッタ。
「そういうもんでしょ。でも、誰かと一緒に演奏すれば、即興でもふとした拍子に新しい音色が生まれるかも知れない。それこそが、個性が芽生える”きっかけ”になると思うんだ」
「きっかけ、ですか……私にも」
 4つ目をパチパチとさせて、真剣に考え込んだプラネッタから、それ以上の返答はない。
「自分で語っておいて何だけど、恥ずかしいな……」
 気まずくなって、コスティは自分の目を手で擦った。

「そうだ。今度プラネッタにこのドームの中を案内してあげるよ。面白いものが一杯あるからさ」
 オレンジジュースを一気飲みしたクローディアが、得意げな笑顔で割って入る。
「内面を磨くには、色々遊んでみないとねー。沢山食べないと、身体作りは始まらないのと同じ」
 両手を後頭部に回したクローディアは、早速どこのお店に行こうかと、勝手にスケジュールを組み立て始めた。
「またそうやって、食べ歩きの屁理屈をこねちゃって、もう」
 呆れたアクシャヤは、手首を支点にして、脱力した感じで手を振った。
「でも面白そうよね。愛おしい雛鳥を一から育てると考えれば。アタシにも予想できない、イイ女が生まれちゃうかもねえ」
 そう言ってアクシャヤが舌なめずりすると、プラネッタは「あっはい……」と一瞬身震いするのであった。
「色んな人がウラヤマ! って思うのは、なりたい自分がたくさんあるってことだよ!」
 フランがスプーンを魔法の杖に見立てて、目の前でクルクルと回しながら言った。
「ワタシ、ルーキーなマヌカンって羨ましいって思うの~! 何にでもなれちゃうイノセントってことじゃん! チェックのマフラーに、スパイダーソフトフェルトベレー帽のコーデ……! ゼッタイ似合いそ~!」
 しまいにはスプーンを両手で強く握って、すっかり自分の精神世界に没入してしまった。
「ほらね。いつの間にか新章の楽譜ができあがった」
 周囲の人がアドリブに合わせてくれたおかげで、コスティも細く息を吐いて一安心。
「アーティストの醍醐味と言ったら、やっぱりこういう瞬間でしょ」
 お礼を言う代わりに、コスティーは1人1人に目配せを送るのであった。

 
「という訳で、ここにいる皆今度集合ね! プラネッタを一流のバトル・アーティストにするために!」
 パンと強く手を打ち鳴らして、半ば強引に決定事項を下すクローディア。
「あいよ」
「ダコール!」
「さ・ん・せ・い!」
 一瞬目を閉じて頷くコスティ、元気に片手をあげるフラン、妖艶に微笑むアクシャヤ。
「よ、よろしくなのです」
 濃いメンバーに囲まれながら、まさかの主役に抜擢されたプラネッタは、とりあえず深々と頭を下げる他ないのであった。

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