【空想旅行】銀世界の果てに Part1

この度、PARUさんから『空想旅行』シリーズの執筆許可を頂きました!
不思議な生きものと共に暮らす神聖な村を、実際に旅行しているような作品を目指しました。
以下、PARUさんのイラストや文章、そして本文を掲載いたします。
許可を頂き、本当にありがとうございました(^^*

PARUさん Twitter:@paruDevelop tumlbr:paru-develop


■ArchePraysil(アーシェ・プレイシル)
仕立て屋「プレイシル」の看板娘。
父の代わりに隣街まで衣服を卸しにいくことも。
寄り道好きのド天然な性格で、ふわふわしたもの全般がすき。
裁縫も得意で女の子らしい一面を持つ一方で、芯の強い大人な女性に憧れを抱いている。

■CharolRoppe(シャロル・ロップ)
街の教会の一人娘。
幼い子とは思えないほど礼儀がよく、誰に対しても敬語口調で話す。
温室育ちのため少し世間知らずなところもあり、知らない人やもの、場所を前にすると若干緊張するようす。
慣れて緊張が解きほぐれると、とても人懐っこくなる。

■Petit(プティ)
警戒心ゼロのまるい生きもの。
小さく綿のようにとても軽く、長い耳が特徴。
動くものに興味を惹かれる性質のようで、歩いている人などを見ると後ろをずっとついていく。
寝ているとき、リラックスしたいとき以外は常にぴょこぴょこと走り続けている。
ブラシでやさしくとかすと非常に軽い毛玉がとれ、衣装などにも使用される。

■Joy Brundon(ジョイ・ブランダン)
目に入るものすべてが新鮮で、考えるよりも先に体が動くやんちゃな子。
好奇心旺盛ですばしっこい。
気づけばよく姿をくらまし大人たちを困らせている。
まだまだ手のかかる少年だが、成長ぶりに期待を寄せている人は多い。

■Ferne(フェルネ)
小さい体にしては大きな耳のついた生きもの。
匂いに過敏で好奇心旺盛だが警戒心は強く、体を触ろうとするとすばしっこく逃げ回る。
夜行性で、群で生活し行動する。

■Dill Winter(ディル・ヴィンター)
ちょっと変わった生きものたちと共生する、雪の民族の少年。
生意気なあの子。歳の割に賢くものわかりが良いため、周囲の大人たちからは「可愛げのないガキ」として可愛がられている。
インドアで消費カロリー少な目。

■Korc (コルク)
賢く人々と友好的な生きもの。
ツノとつぶらな瞳がトレードマーク。
トナカイやシカのような体つきに似ているが、雪山に適応した新たな生きものといったイメージ。
若いうちはすらっとしていてスマートな見た目だが、老いた個体は体毛が長く伸び、ツノも重く大きいものとなる。
雄同士の対決の末折れたりすることがある。

 

◆   ◆   ◆

 

 銀世界に佇む神聖な村は、生きものたちの声で満ちていた。

 その村は雪山の奥地にあり、教会を中心にして石造りの家屋が身を寄せ合っている。遠くから眺めれば、大きな神殿のように見えるだろう。三角屋根も石畳の道も白銀に染まっているが、花壇では氷のように透明な花々が実を結び、道端の木々が蛍のように微かな灯りを葉に秘める、不思議な光景。
 荷物を背負った村人たちと共に、方々を行き来する生きもの、コルク。トナカイやシカに似た身体つきで、つぶらな瞳が美しい。オス同士で争った際にツノが折れることがあり、村人はそれをナイフなどに加工して使う。老いた個体は体毛が長く伸びて邪魔になる為、人々は彼らの毛刈りを引き受け、見返りとして糸やフェルトの素材を譲り受ける。
 この聖域に暮らすのは、不思議な生きものたちと共生する雪の民族。村人たちに生えている、シカのような角やウサギのような耳は、友好の証として授かったもの。彼らにとって生きものとは、家畜として飼うものではなく、足りないところを補い合って生きる隣人なのだ。
 訪れる人も滅多にいないひっそりとした村だが、今日は特別に忙しない様子。数年に一度開かれる、露天市の準備があるからだ。村人と生きものが共に作った衣服や工芸品などを目当てにして、他の地方から観光に訪れる人も少なくない。また精霊と会話するために歌われる精霊歌ヨイクが見世物となるが、自然の音を模倣した清らかな声に、皆が魅了されるという。

 仕立て屋『プレイシル』の作業場では、看板娘のアーシェ・プレイシルが作業に勤しんでいた。毛玉が床に転がっていて、染色したフェルトが今にも棚から落ちそうになっている。机の上では、コルクの角から作られたナイフや、これまたコルクの毛から作られた糸などが散乱しており、仕事の慌ただしさを物語っているようだ。
「シャロルちゃん、できたわよ~」
 アーシェはそう言って、仕立てた衣装の襟を掴んだまま、椅子から立ち上がった。色彩豊かなフェルト地の上着。袖や裾にあしらった細かい刺繍が、とても綺麗だ。
「大丈夫だと思うけど、念のため着てみてちょうだいね~」
 アーシェが優しい笑顔で語りかけたのは、シャロル・ロップという名の幼い子。教会の一人娘で、露天市でヨイクを歌う時の衣装を仕立てて貰っている。
「わあ! とてもキレイですね」
 衣装を受け取ったシャロルは、ウサギの耳をピクリと動かした。水色のコートをするりと脱ぐと、フェルトの民族衣装に両腕を通す。鏡の前でクルリと回って、跳ね上がった裾の愛らしさといったら。
「大丈夫? 動き辛くない?」
「全然問題ありません。さすがアーシェさんです」
 シャロルは澄ました顔で、深々とお辞儀をしてみせた。
「良かったわ~。じゃあ、着付けの方までやっちゃおうかしら~」
 アーシェはシャロルに、刺繍テープで彩られた帽子や房付きのショートケープ、錫の糸で作ったブレスレットなどを着せていく。アーシェの趣味なのか、全体的にふわふわとした意匠だ。それをアーシェは「かわいい~!」とか「プティちゃんみたい~!」とか言いながら着付けするので、シャロルは嬉し恥ずかしさを堪えるように、鏡の前で人形のように佇んでいた。
 プティとは、小さい綿のような丸い生き物だ。長い耳が特徴的で、ブラシで優しくとかすと、衣装にも使われる非常に軽い毛玉が取れる。日頃からアーシェに可愛がられているプティたちは、プレイシルによく遊びに来ている。今もプティたちが、作業場の隅でピョンピョン飛び跳ねながら、大きな仲間ができるのを楽しみに待っている。

「明日が待ち遠しいわね。早くお披露目したいわ~」
 アーシェは着付けが終わると、シャロルの両肩を背後から掴みながら言った。プティたちもシャロルの足元にすり寄って来る。
衣装だけ・・・・なんて言われないように、がんばって歌います」
 鏡に映ったシャロルの顔は、憂いを帯びている。
「よその国からたくさん人が来るって聞いて、やっぱり緊張するかしら?」
 シャロルの肩を揉んであげながら、アーシェが語りかける。
 元々シャロルは、知らない人やもの、場所を前にすると若干緊張する子だ。アーシェのように慣れている人間には、とても人懐っこいのだが。だから、大勢の見知らぬ人の注目が集まる中でヨイクを歌うことが、とても怖いのに違いない。
「はい。私は皆さんの代表ですから」
 シャロルがそう言うと、いきなりアーシェが髪の毛をくしゃくしゃして来たので、思わず目を瞑った。
「大丈夫、大丈夫~! いつも教会に、シャロルちゃんの歌を聴きに来る人がいるじゃないの」
 アーシェはシャロルの頬を両手で持ち上げた。
「はい、笑って。雪だるま~」
「雪だるまー!」
 シャロルはおまじないを唱えると両手を広げ、木の枝が挿さった笑顔の雪だるまになった。両肩にプティもピョンと飛び乗って来て、フワッフワのモッフモフに。

「ごめんくださぁい!」
 と、ドアベルと共に元気な声が響いた。
「あら、ジョイくん?」
 ウサギの耳をピンと立てたアーシェは、作業場から店の出入口へと移動する。カウンターを挟んで立っていたのは、ジョイ・ブランダンというやんちゃな少年。
「アーシェお姉ちゃん、藁を持ってきたよ!」
 その子はそう言って、紐で結わえた藁の束を頭上に掲げた。
「あらまあ、ありがとう~。ジョイくんが持って来てくれたのね」
 アーシェは手を伸ばして藁の束を受け取る。
「だってボク、コルクそりよりはやいもん!」
 露天市の準備で配達員が手一杯だから、ジョイが代わりに持って来てくれたのだろう。この子はすばしっこさで有名だから、急ぎのおつかいがある時などは、大人たちに重宝されている。
「だったらジョイくんがコルクレースに出たら、一番になれる?」
「大人になって、もっと走るのはやくなったらイチバンになれる!」
「そうなのね~。うふふ。大人になるのが楽しみね~」
 少しの間、アーシェはジョイの自慢話に付き合ってあげていた。作業場へと続くドアの陰で、シャロルがおずおずと様子を伺っている。ふとした瞬間、ぴょっこり出ているウサ耳にジョイが気付く。
「あっ、だれ!?」
 ジョイは開きっぱなしのドアを指差して叫ぶ。自分と同じくらい(と思わしき)子どもを見つけて、嬉しくなったのだろう。友だちになりたいと思ったのかもしれない。見つかってしまったシャロルは、ビクリとして作業場の奥へと逃げてしまう。
「まって、まって!」
 動きにつられたジョイは、瞬く間にカウンターの脇を通り過ぎて、勝手に作業場に足を踏み入れた。静止する暇もなかったので、呆気に取られたアーシェは「あらまあ」と漏らす。コルクそりよりも速いのは、あながち誇張でもないかも知れない。

 一歩遅れてアーシェが作業室に入ると、早速ジョイがシャロルに質問攻めを仕掛けているところだった。
「えぇっと、キミは教会の……なんだっけ?」
「シャロル・ロップと言います。教会の一人娘です」
 興味津々に前屈みになっているジョイと、前で手を組んで恭しくお辞儀するシャロル。突然の客を全く警戒していないプティたちは、二人を輪になって囲んで、順々にピョンと飛んで波を作っている。
「なんでここにいるの?」
「アーシェさんに衣装を作って貰ってました」
「なんの衣装?」
「露天市でヨイクを歌う時の衣装です」
 ジョイは落ち着きなく身体を揺らしているが、シャロルは伏し目がちになってもじもじしている。
「ずっとアーシェお姉ちゃんのお仕事見てたの?」
「はい、そうです……」
「いいなぁ! ずるいよ! ボクもアーシェお姉ちゃんのお仕事見たい!」
 その場で小刻みに飛び跳ねながらジョイが言う。プティたちも負けじとピョンピョン跳ねている。シャロルはその隙に、上目遣いによる『助けて下さい』というサインをアーシェに送った。
「仕方ないわね~。ジョイくん、おつかいのご褒美にブーツを作るところ見せてあげるわ」
 ジョイはすかさず振り返り、「ほんとぉ!?」と目を輝かせる。
「本当よ。ジョイくんが持ってきた、この藁を使ってね」
 得意気な顔をしたアーシェに、ジョイが「わぁい!」と飛び付いた。解放されたシャロルは、「ふぅ……」と胸を撫で下ろす。

「ほら、これ。このブーツの底に藁を入れると、空気の層ができて暖かくなるのよ~」
棚に収めていた作りかけのブーツを、アーシェは机の上に置いた。物珍しそうに眺める二人。「これシャロルちゃんの?」という 質問に、「はい、そうです」という回答。
「大体完成しているから、後は藁とコルク毛で最後の仕上げをして……あらあら?」
 棚にあるフェルト生地や毛糸玉を、次々と掴んでは投げ捨てるアーシェ。
「アーシェさん、どうしました?」
 その慌てた様子に、シャロルが心配そうに問いかける。
「コルク毛、どこに置いたかしら……?」
 そう言っている内にも、引き出しを片っ端から開けて中を見るが、見当たらない。
「無くしちゃったの?」
 ジョイはポカンとしながら言う。
「そんなはずはないけど……あら!?」
 クローゼットを開けた瞬間、アーシェが声を上げた。
「ありました!?」
「……プティちゃん! どうやってこの中に?」
 アーシェはクローゼットの中で、スヤスヤ眠っているプティを抱え上げ、そっと床に置いた。本当にどうやって入ったのだろう……? 仲間たちがその子にピョコピョコと集まってくる。期待を裏切られたシャロルは呆れたように目を瞑る。
「アーシェお姉ちゃん。コルク毛がないと靴が完成しないの?」
「まあ、このままでも履けないことはないけど……あまりの寒さで、針の山を歩くみたいになるかもしれないわ」
 この地方の冬期は、平均しても氷点下15℃、時として氷点下50℃にすら及ぶ。「寒い!」というより、むしろ「痛い!」と感じる度合いだ。

「私、ちょっとの間ならガマンしますよ」
 シャロルが言うが、アーシェは無反応だ。「え~と、え~と……」と、記憶を辿るのに集中している。
「アーシェお姉ちゃん! ボク、おつかいに行ってくるよ! ディルお兄ちゃんのお家に!」
 ジョイは跳び上がりながら言った。ディル・ヴィンター、村人の中でも特に生きものとの意思疎通が上手な少年だ。いつもコルクたちの世話をしているから、コルク毛もあるに違いないと思ったのだろう。
「あの、いきなり押し掛けたら、ディルさんに失礼じゃありませんか? ディルさんもコルク毛を持っているとは限りませんし――」
「ボク走るのはやいから! すぐ戻ってくるよ! 行ってきます!」
 シャロルの話も聞かずに、ジョイは作業場から飛びだした! 興味を惹かれたプティたちも、ピョコピョコと走って後に続く。ただでさえ考えるよりも先に身体が動くのに、その上すばしっこいと来たもんだから、一度決心したら大人でも手を焼いてしまう。
「ちょっと待ってください!」
 シャロルが後を追って、店の出入口に来たときには、もうジョイの姿は見えなかった。半分くらいのプティたちが置き去りにされて、ドアの前でピョンピョン飛び跳ねている。
(どうしよう……)
 無意識に背筋を伸ばし、その場で考え込んでいたが、どうすることもできない。仕方がないと振り返った瞬間、作業場へと続くドア――開きっぱなしのドアのフックに、何か引っ掛かっていることに気が付く。
(これって、もしかして……)
 目を丸くしたシャロルは、背伸びをしてそれを回収すると、丁寧に折り畳む。

「どこ置いたかしらね~? 仕入れから戻った時は、ちゃんと机の上に置いてあったんだけど……う~ん」
 散らかし放題になった部屋の真っ只中で、アーシェは考え込んでいる。
「あの、アーシェさん。ドアのフックに掛かっていた物ですが……」
 怖じ怖じとした声に振り返ったアーシェは、丁寧に畳まれたコルク毛を発見した。
「あらまあ! ありがとう、シャロルちゃん! そうそう、私って忘れっぽいから、目に付く所に引っ掛けていたのよね~。特に大切な物だから」
 自分で思いついたことを忘れて、逆にドタバタしてしまうくらいには、アーシェはド天然である。
「ジョイくん、あったわよ~。ジョイくん、どこかしら~?」
「ジョイさんはディルさんからコルク毛を貰いに行くって、出ていきましたよ」
「あら、そうだったの?」
 アーシェは呆気に取られ、お互い数秒の沈黙が続いた。
「それは困ったわね~。ジョイくんすぐに姿をくらますから、探すのに苦労するのよ。この前なんか、『ボクも魚釣りがしたい!』って飛び出したから、親たちで夕方の池を手分けして探して、てんやわんやだったらしいの」
「今は露天市の準備で皆さんいそがしいですから、迷子になったら大変じゃないですか?」
「そうよね~。ディルくんは賢いから、ジョイくんを何とかしてくれると思うけど……家に行く途中で迷子になったらどうしよう」
 もう一度、数秒間の沈黙が訪れた後で、アーシェは言いだした。
「他の人が忙しいなら、私が探すしかないわよね~。ごめんね、シャロルちゃん。靴は今日中に仕上げて明日の朝持っていくから。今から教会に送ってあげるね」
アーシェはいそいそと外套を羽織り、外出の支度を始めた。
「アーシェさん、私もディルさんのお家に行きます」
「あら、どうして?」
「だってアーシェさん、いつも寄り道して帰りが遅くなりますから。この前なんか、『美味しそうな匂いがしたの~!』ってパン屋に寄り道して、隣街からの帰りが遅くなって、皆さん心配していましたよ」
「そんなこと言われても、ただ衣装を卸しに行くなんて、つまらないじゃない~」
 アーシェがのほほんと笑うものだから、シャロルは困ってしまって瞬きを繰り返した。
「ですから、私も一緒に行ってアーシェさんを見張ります」
「無理しなくていいのよ? シャロルちゃん、遠出はあまり慣れていないじゃない」
「ですけど、二人とも迷子になったら――」
「ならないわよ~。この村の中でなんて」
「そんなこと言って、いつも寄り道するじゃないですか!」
 その後、「行きます!」と「大丈夫よ~」のやり取りが、幾度となく繰り返されたのであった。

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