田舎風味

 数多の骸骨が描かれたポスターに、悪魔的な魔法陣が描かれたテーブルクロス。部屋中至る所に不気味な雑貨が置かれており、本棚には悪趣味な本がずらりと並ぶ。
 こんな部屋を「落ちつく」と言い張るのは、血のように赤いベッドの上に寝そべり、ホラー小説を読んでいるドロテア=ギンザーニ。小麦色の肌にそばかすを持ち、髪は赤い姫カットで、赤い尻尾を持つ蜥蜴人間だ。着ている真っ黒なシャツは、オカルトショップで買ったもので、赤文字で背徳的な言葉が書かれている。
「あの、ドロテア様……?」
 か細い声を発したのはデルフィーヌ。ロココ調のフリルドレスを着て、おでこを見せるミルクティーのロングヘアをした、等身大の球体関節人形。ホラーチックなカーペットの上で両足を伸ばしながら、耽美な球体関節人形たちがラインアップされた雑誌を眺めていた。最初は恐ろしかったドロテアの部屋も、最近は何とも思わない。
「なに? またどっかから犬の声が聞こえてきたの? 黙らせてくる?」
 ホラー小説からデルフィーヌに目を移したドロテアが言う。最近、このアパートの近所にいる野良犬が、夜にも関わらず吠えている。微かに聞こえる程度だが、臆病なデルフィーヌは耳にするたびビクンとなる。
「そ、そうじゃなくて……。お願いが、あるんです……」
 伸ばした両足をドロテアの方に向けて、デルフィーヌが畏まる。
「どうしたの?」
 ドロテアも、ベッドの端に座り直して姿勢を正した。

「あ、あの……私、ドロテア様が作った料理を、一緒に食べてみたいです……」
「えっ、私の?」
「はい。ドロテア様が、いつも召し上がっているものを……」
「いいけど……あなた、ペットボトルとか石ころ以外を食べたことあったっけ? 前に私がプリンを勧めても、食べようとしなかったわけだし」
 生きる球体関節人形こと、メーションドールであるデルフィーヌは、ペットボトルや石ころを取り入れることで身体を形成したり、修復したりしている。物質を硬くする、または柔らかくするメーションの応用だ。
「す、すみません。あの時は、あまり慣れないことをしたくなくて」
「今はだいぶ落ち着いたからってわけね。それで、食べたいものって、具体的に何?」
「何でもいいです。何がどういう味なのか、分かりませんから……」
 ドロテアは、少しの間両膝を抱えて考え込み、やがて得意顔となる。
「じゃあとりあえず、明日の朝、カエルのサンドイッチ分けてあげるわ」
「す、すみません! それはちょっと……!」
 二枚のパンに挟まれた、だらんとしたカエルの両脚を思い出したのか、デルフィーヌは小刻みに震えだす。いかにもな『生物の死体』を直視するだけで辛いのに、それを食べようだなんてとんでもない。
「そっか……。デルフィーヌは私と違って、田舎臭い料理を口にするタイプじゃないからね。じゃあ、フランス料理を作ってあげるわ。カエルの足のソテー」
「カ、カエルはやめてくださいぃ! 他は何でも食べますから、カエルだけは!」
 デルフィーヌは更に激しく震え上がる。普段はワガママを言わないデルフィーヌがこう言うのだから、本当にカエルが駄目らしい。
「そんなに嫌なわけ? 健康にいいし、美味しいと思うんだけど」
 ドロテアはベッドにふんぞり返って、自分の偏ったレパートリーの中から、デルフィーヌが好みそうな料理を探してみる。しかし、どれもこれも田舎臭さやゲテモノ感が滲み出ていて、カエルのサンドイッチと同様、デルフィーヌに勧めたところで拒絶されるだろう。
「わ、我が儘言ってごめんなさい……」
 震えが止まったデルフィーヌは、上目遣いになりながら言った。
「気にしなくていいわ。いい機会だし。手料理の練習にもなるし」
 そう言ったドロテアは、寝転がったまま、トカゲの尻尾を上げ下げしながら考え込んでいた。レパートリーが偏っている以上、こうなったら雑誌でも買ってきて勉強するしかない。育ちの良いブルーノが好きそうな料理を見つけるチャンスと考えれば、決して苦ではない。

 

 密集した木々のせいで、その森は昼にもかかわらず薄暗い。不気味な植物が多く繁茂するせいか、この森には魔女が住むと古くから言い伝えられているらしい。道往く者を捕らえては、釜で茹でて食うとされる、邪悪な魔女が。
 ドロテアは一人でこの森に入り、召還したイメージ=サーヴァントに食材を採集させていた。手頃な値段の料理雑誌を購入し、じっくり検討した結果、ガーリックステーキときのこ炒めを作ることにした。高級で上品な味わいのガーリックステーキと、素朴で優しい風味のきのこ炒めなら、デルフィーヌも喜んで食べるだろう。
 問題は懐事情だ。熟考したドロテアは、ガーリックステーキには惜しみなく金を使うことにして、代わりにきのこは自ら採取することにした。実家で暮らしていた時は、よくキノコ狩りをしたものだし、ドロテアにとっては散歩気分だ。

 黒いファー(毛皮)ポンチョ、黒いフェザースカート、黒のファーブーツ。赤黒い宝石が煌く皮のブレスレット、蛇柄の赤黒ベルト、そして赤い羽根が付いたインディアンネックレス。薄暗く不気味な森に、ワイルドなシャーマンのコスチュームはなかなかに映える。ドロテアはこの衣装を相当気に入っているらしく、ライブは勿論、私生活でもこれを着て出歩くことが少なくない。
「これは……地味な色しているけど、毒キノコだわ。根元が少しだけ膨らんでいる」
 目の前で滞空している、鋭い目のフクロウに対して言うドロテア。イメージ=サーヴァントであるフクロウは、一見美味しそうなキノコを足で掴んでいる。
 フクロウは不服そうに目を細めると、毒キノコをその場に落とし、密集する木々の合間を縫って飛んで行った。この辺りには切り株や倒木が多く、キノコが目につきやすいため、フクロウは直ぐに新たなキノコを持って帰って来るだろう。

「た、助けてくれぇ~! 誰かぁ~!」
 突如、男の叫び声が聞こえてきた。ドロテアの耳に届いた声量から察するに、そう遠くない場所に声の主はいる。
「殺される~! 死ぬ~! 誰か助けて~!」
 ドロテアは考える間もなく、何度も繰り返される男の悲鳴に向かって走り出した。苔に覆われた大きな岩の上を跳び、伸び放題になった木の幹を潜り抜ける。ほんの二分足らずで辿り着いた場所は、この森にしては明るい、清らかな水が流れる川だった。
 一際大きな岩の上で尻餅を付いた男に、唸り声をあげる灰色の狼がじわじわ近づいてゆく。近くに釣竿が転がっているのを見るに、どうやら釣りに興じていた男が狼とばったり出くわし、パニックに陥ったのだろう。慎重に間合いを詰めてゆく狼は、この男が食えるかどうかを見定めている最中らしい。
(この狼が、人の味を覚えているかどうかは置いといて、助けた方が良さそうだわ……!)
 ドロテアが腕を狼に向けると、掌から暗緑色の短い蛇が飛び出した! イメージ=サーヴァントの召喚、指令を高速で行うことにより、短い蛇を飛び道具代わりとしたのだ。
 話は逸れるが、最近のドロテアはイメージ=サーヴァントの扱いが著しく上達している。それにより、イメージ=サーヴァントの陰に隠れつつ、嫉妬の炎と陰湿な毒で攻める戦術から、イメージ=サーヴァントの大群で圧倒する戦術にシフトしつつある。多くの仲間を得たことで、ドロテアの無意識が変化したのだろうか。
 伏せていた灰色の狼が、今まさに怯える男に飛び掛かろうとした瞬間、その脇腹にドロテアの『仲間』が噛み付いた! 「アウォン!?」と声をあげた狼が横向きになって倒れ、短い毒蛇はすぐに霧消する。極めて急速な麻痺を引き起こす神経毒が作用し、狼の身体が動かなくなったのだ。
 ちなみに、呼吸が停止するなどして狼が死ぬ恐れはない。あくまでメーションだから、現実の神経毒とは勝手が違う。

「ねぇ、大丈夫?」
 頭を抱えてガタガタ震える男に、ドロテアは話しかけた。頭が真っ白になっているせいか、男からは何の反応も無い。ドロテアは恐るおそる、男の肩に指で触れみる。
「ぎゃあ~!?」
 男は両手両足を広げて飛びあがり、大岩の上から転げ落ちた。腰を抜かした状態で見上げると、赤い目を持つドロテアと視線がぶつかる。
「た……立てる?」
 手を差し伸べながらドロテアが言うと、男は踵で何度も地面を蹴った。完全に取り乱しているせいで、立ち上がろうとしても足を滑らせてしまうのだ。
「魔女! 魔女が出た~! 食べられる~! 誰かお助け~!」
 なぜか仰向けからうつ伏せへと体勢を変更した男は、四つん這いでドロテアから数歩遠ざかった後に立ち上がり、一目散に逃げ出した。川に沿って逃走する男は、何度も岩に躓きながら、その姿を小さくしてゆく。
「……もしかして、蛇が嫌いなわけ?」
 呆然と立ち尽くすドロテアが、意味の分からないことを口走る。一株のぶなしめじを、足で掴んだフクロウが帰ってくると、何も言わないドロテアの真横で滞空しながら、首を回転させるのであった。

 

「デルフィーヌー。もう少しだからー」
 地味なエプロンと三角巾を身に付けたドロテアが、流し台の前に立ったまま言う。
「はい。いい子にします」
 リビングにいるデルフィーヌの声が、ドア越しに返って来た。今頃デルフィーヌは、テレビの前で足を伸ばして座り、可愛い動物がじゃれ合う映像を観ていることだろう。

 森で採ってきたぶなしめじを始め、ピーマンやタマネギを弱火で炒めているドロテア。その最中、(他に置く場所が無かったので)保温にした炊飯器の上に置いた料理雑誌を眺め、念入りにガーリックステーキのレシピを確認する。牛肉やニンジン、ブロッコリーやニンニクの下拵えは済ませたし、ここまでは順調だ。しかし……。
(あ……ステーキのソースのこと忘れてたわ)
 ドロテアは、しゃもじを動かしていた手を硬直させた。この料理雑誌は、親切にも『食材』と『調味料』ごとに必要なものを記載しているのだが、『調味料』の欄を確認するのを忘れていた。『調味料』の欄に『市販のステーキソース』とだけ記載されているのが、却ってタチが悪い。たたでさえ、調味料は常に家にあると油断しがちなのに、普段使わない調味料だったら尚更だ。
(ステーキソース、自分で作れるかしら……?)
 大急ぎで料理雑誌のページをめくるが、ステーキソースの作り方なんてどこにも載っていない。諦めてしゃもじを握ったドロテアは、醤油や塩で誤魔化すことを思いついたが、何となく嫌な予感がする。いっそ、ソースなしでもイケるんじゃないかと思えてきたが、今まで忠実に従ってきたレシピには『市販のステーキソース』とだけ記載されているし……。
(そういえば、うちにステーキ用の皿ってあるわけ……!?)
 完成予想図をイメージしていたドロテアは、再び手を硬直させたてしまう。
 思えば、ファミリーレストランで食べたステーキは、全部鉄板の上に乗っていた。いや、ステーキが鉄板の上に無ければいけないという規則はないが、今まで通りレシピに忠実に従うならば、写真の通りに鉄板の上に乗せなければならない。
 この雑誌は厄介なことに、鉄板に乗せたステーキの写真がある以外は、食器について何も記載されていないのだ。レシピ通りに作らなかったステーキを、デルフィーヌに食べさせるなんて、ただただ恐ろしい。

(このっ……! なんで肝心な部分の説明がないのよ!)
 心の中で、雑誌に対して暴言を吐いてる暇はない。一刻も早く打開策を見出さなければ、今夜のおかずはきのこ炒めだけになってしまう。それだけだと寂しいし、何よりもステーキを楽しみにしていたデルフィーヌを泣かせてしまう。
(デルフィーヌをお使いに行かせてみる? ――いや、ダメだわ。迷子になるかも)
 デルフィーヌと一緒になってからも、ほとんどの場合、ドロテアが一人で買い出しに行っていた。デルフィーヌと一緒に、近所のスーパーマーケットに行ったことは何度かあるが、だからと言って行き方を憶えているとは限らない。
(じゃあ、イメージ=サーヴァントに行かせる? ――喋れないからダメだわ)
 イメージ=サーヴァントの扱いに長けたドロテアは、巨大コウモリと共に空を飛んだり、フクロウにキノコを採取させたりすることができる。だがドロテアのサーヴァントたちは、人の言葉を理解することはできても、人の言葉を話すことはできない。レジで会計を済ませる時、必ずトラブルが発生するだろう。喋らずに買い物を済ませる方法も思いつかない。
(どうすんのよこれ……! 下拵えしたけど、冷蔵庫に入れ直して明日にする? でも、ご飯ときのこ炒めだけじゃ物足りないし……)
 眉間に皺を寄せたドロテアは、しゃもじを動かしつつ迷いに迷う。生まれて初めて作るステーキを、デルフィーヌに食べさせるのだ。完璧を求めるせいで、ドロテアが慎重になるのも無理はないが、思い切って手を打たなければ事態は解決しない。
(牛肉、ニンジン、ブロッコリー、ニンニク。……いけそう。でも、味は大丈夫なの?)
 ドロテアが最終手段を躊躇している間にも、ぶなしめじやピーマン、タマネギに火が通っていく。包丁捌きには自信があるから、今から牛肉やニンジンを細かく切っても間に合うだろう。いや、間に合わせなければならない。

 

 数多の骸骨が描かれたポスターに、悪魔的な魔法陣が描かれたテーブルクロス。部屋中至る所に不気味な雑貨が置かれており、本棚には悪趣味な本がずらりと並ぶ。
 こんな部屋でも、今だけはドロテア以外もゆっくりとくつろげるかもしれない。テレビに映っているのは、ふさふさな白い子犬と、ふさふさな茶色の子犬。流れるオルゴールを聞きながら、芝生の上でじゃれ合っている二匹を観ていると、夢心地になって何だか眠くなる。テレビから若干離れたところで、両足を伸ばして座っているデルフィーヌは、そよ風に吹かれた一輪の百合のように身体を揺らしていた。

 デルフィーヌが二匹の子犬に癒されていると、ドロテアが部屋に入ってきた。両手で持っているお盆の上には、白米が盛られた茶碗が二つと、色んな食材がごっちゃになった大きなボウルが一つ。後は、箸が一膳と、箸が使えないデルフィーヌ用のスプーンとフォークだ。
「で、できました?」
 デルフィーヌはリモコンを手に取って、テレビの電源を切った。ドロテアは無言のまま、テーブルの上に茶碗、スプーン、フォークを並べる。
「こ、これが、ガーリックステーキ、ですか……?」
 テーブル中央に置かれた大きなボウルを見ながら、デルフィーヌが訊いた。ぶなしめじやピーマン、タマネギなどに入り混じって、小さな正方形となった牛肉がある。サイコロステーキ……なのだろうか?
「ごめん、デルフィーヌ。ステーキを作れなくって……」
 正座したドロテアが、悔しさで声を震わせる。
「食材、全部きのこ炒めに混ぜたの……」
 キノコなどを炒めているフライパンに、細かく切った牛肉やニンジン、ブロッコリー、そしてニンニクを投入したのだ。ガーリックステーキが無くなった代わりに、無駄に豪華なきのこ炒めが出来上がったと言うわけだ。
「味見したけど、牛肉の焼き加減が微妙だったわ。しかも、味が喧嘩していたから、調味料で誤魔化したし、つまり……」
「美味しいんですか?」
 真顔でデルフィーヌが言うと、ドロテアは目を逸らした。
「食べれば、私でも分かりますか?」
「どうせ不味いと思うけど、ご飯だけよりはマシだと思うわ……」
 デルフィーヌは、丁寧に「いただきます」をしてからスプーンを握り、慣れた手つきで正方形の牛肉を掬う。食べやすいようにと、ドロテアが細かく刻んでくれたペットボトルを口にするため、毎日スプーンを使っているから当然だ。
 牛肉が口の中に運ばれると、ドロテアは怖々とした様子でデルフィーヌを見守る。咀嚼を終え、牛肉を飲みこんだデルフィーヌの口が、僅かに開いたのを確認すると、ドロテアはおどおどしながら問い掛けた。
「どう、味は?」
「わ、分かりません……」
 消え入るようなデルフィーヌの声を聞いた瞬間、ドロテアは肩を落とした。
「やっぱり、口に合わなかったか」
「い、いえ、本当に分からないんです。ペットボトルや小石と同じ味がするんです」
「どうせ、ペットボトルや小石と同レベルだわ……」
「そ、そうじゃなくて……すみません……」

 とても重苦しい空気が圧し掛かってきて、二人とも俯き、押し黙ってしまった。少しの間その状態が続いたが、根暗はいけないとばかりにドロテアが顔を上げ、語りだす。
「ええっと……。良かったら、試しに他のも食べてくれる?」
「ほ、他のって……?」
 キツく叱られるんじゃないかと思って、デルフィーヌは微かに震えている。
「ご飯とか、ピーマンやキノコとか。ちょっと気になることがあって」
「は、はい……食べてみます……」
 デルフィーヌは急いで食事を再開した。ご飯やピーマン、キノコを口に運び、咀嚼し、飲みこみ、怪訝そうに可憐な睫毛を上下に動かす。
「やっぱり、ペットボトルや小石と同じ味? 怒らないから、正直に言ってみて」
「は、はい。ぜ、全部同じ味がします。でも、食べられます。だ、大丈夫です」
 本心を打ち明けるのが怖かったのか、デルフィーヌは何度も吃ってしまった。
「本当に? 良かったー」
 緊張が解けたドロテアは、足を崩して後方に倒れ込んだ。
「す、すみませんドロテア様……! 大丈夫ですか……!?」
 酷いことを言ってせいで、ドロテアが失神したのではないかと、デルフィーヌはあたふたしてしまう。
「大丈夫だって。ほっとしただけだわ。――多分だけど、デルフィーヌの味覚が発達していないから、何を食べても同じ味になるんじゃない?」
 天井を仰いだままドロテアが言う。
「そ、そうなんですか……?」
「多分ね。だってあなた、今までペットボトルや小石のように、『味がないもの』ばかり食べてきたわけでしょ。だから身体が、味覚は要らないって判断したんじゃない? でも、味覚が無くても問題なく食べられるってことは、デルフィーヌの身体がこれを立派な栄養源だと見做したわけだわ!」
「は、はい……?」
 ふーっと細長い息を吐いて、ドロテアは顔を綻ばせた。デルフィーヌの味覚が未発達であることを、手放しで喜んではいけないと分かっているが、こんな田舎臭い料理を食べてくれるのが素直に嬉しかった。根暗になって物事を決め付けず、ポジティブに考えた甲斐があったものだ。

「私の身体が、この料理を食べたいって言ってるんですよね? でしたら、私の身体はドロテア様のようになりたいって言ってるんですか?」
「さあ? でも、味覚は私のようになるかもだわ」
 上体を起こしながら言うドロテア。
「……私、ドロテア様のように、強くて弱虫じゃない人になりたいです。ドロテア様と同じものをたくさん食べて、もっと強くなります。そしていつか、カエルを見ても怖がらないで、食べられるようになりたいです」
 律儀にスプーンを置いたデルフィーヌが、背筋を伸ばしてそう宣言すると、ドロテアは不可解な面持ちとなった。
「えっ? この間は嫌がってたのに?」
「はい。ですから、頑張って悪いところを直します」
「……そこは、別に頑張らなくてもいいと思うわ」
 はにかみながらドロテアが言った。デルフィーヌが田舎臭さに汚染されつつあることに、妙な罪悪感を覚えながらも、どこまでも健気な妹分がとても可愛かった。

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