Military Halloween

 ハロウィンの仮装した人々で、BASドーム内外が埋め尽くされている最中。トレーニングエリアの模擬戦用ステージ(スタンダード)の中で、軍服を着たケヴィンが立っていた。

「……重くね?」
 大層ご満悦な様子のレフに対して、呆れた顔で文句を言うケヴィン。
「これでも軽い方さ! 大規模作戦の行軍時には、50kgを超えることも少なくない!」
「走ってるだけでだるそう」
「情けないなぁ! 毎日欠かさず、ランニングしているクセしてさ!」
「持久力とスピード極振りな鍛え方してんだし、仕方ねぇだろ。これじゃおれのアドバンテージ発揮できねぇんだけど」
「低下したスピードは、火力で補うといいよ! ほら、そのアサルトライフルでさ!」
 レフは誇らしげに、ケヴィンが携えている突撃銃を指差した。

「君のリクエストで銃剣付けといたんだからさ! まあ、ショットガンのアクセサリーの方が実用的なんだけど、隠密行動における不意の遭遇戦なら有用かもね!」
「おれ、ゲームでも銃はなんか合わねぇんだよ。FPSだとシールド持って突撃するし、ロボゲーだとブレード機とかばっか使ってた」
「へえ! ケヴィンがFPSとかやるのは意外だなあ!」
「兄貴がFPSやってるのを見て、ちょっとだけ貸してもらったわ。あと、音ゲーの曲解禁するのに、ロボゲーとの連動イベントやらなきゃいけねぇこともあった」
「勿体ないなぁ! 銃のゲームなんだから、銃を使えばいいのに! 現実の銃を撃ってみたら、少しは興味が湧くんじゃないのかなあ!?」
「つーか、銃の弾って思ったより真っ直ぐ飛ばねぇし、ジャムるリスクもあるし、日頃のメンテナンスがだりぃ。物量とチームワークが物を言う軍隊同士の戦いなら、銃の方が良いのは分かるけど、少人数で戦うのBASなら、メーションや体術の方がいいんじゃね? っていう」

 ケヴィンは気だるげな動作で、その場に足元に突撃銃を置いて、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
「特にこいつとか、前におまえから借りて撃った時あるけど、全然当たらねぇし。持ち歩く意味あんのか?」
「牽制くらいにはなるよ! 何かしらの理由で主力兵器が使えなくなった時、低性能とは言え銃があるかないかの違いは大きい。狭い室内などでの近接戦闘CQBなら、場合によっては突撃銃よりも有効な時もある」
 レフが熱弁しているのを余所に、ケヴィンは両手で握った拳銃を、前方水平に向けた。

「こう……手を突き出している間に、腕を取られて投げられるんじゃね? 接近戦ではナイフの方が速いってよく言うし」
「そうとは限らないんだよなあ。ちょっとそれ貸して。こう、腕を伸ばさず、胸元で構えたままさ――」
 レフはそう言いながら、両肘を曲げたままで実際に何発か発砲してみせた。

「こうやって何発か撃ってから、サイトを覗いてちゃんと撃つのさ。これなら普通よりも素早く撃てるし、銃を奪われる危険性も軽減される」
 きちんと両腕を伸ばし、銃のサイトを覗いたままの状態で、レフが説明する。
「なるほどな……。いい事聞いたわ。腕を伸ばすか曲げるかの違いは、確かに大きい。迂闊に近づいたら返り討ちにされる」
「分かってくれたんだね! 毎日ぼくが熱弁し続けてきた成果が出てきたのかなあ!?」
「おめぇ、一々大げさなんだよ」
 舌打ち交じりに言ってのけるケヴィン。

「よしきた! せっかくのハロウィンなんだし、とことんコスプレした”キャラ”になり切ってみようじゃないか! 練習がてら、その装備を駆使して模擬戦だ!」
 手を大きく打ち鳴らして、レフが宣言する。
「街中ゾンビが群がってる時に銃撃戦とか、ハロウィンじゃなくてバイオハザードじゃね?」
「いやとは言わせないよ! ケヴィンだって、ぼくのフランケンシュタインを見て笑っていたじゃないか! お互いに恥ずかしい姿を見せ合って、それでおあいこさ!」
 ちょっと前まで、レフはフランケンシュタインの仮装をしていたのだが、無理矢理にでもケヴィンを軍服姿に仕立てるために、動きやすい普段着に戻ったのだ。
「恥ずかしいとかそういう問題じゃなくて、ただ単にだりぃんだけど」
「そうか、分かったぞ! 銃と銃の戦いなら、ぼくが相手だと不利過ぎるからね! そりゃあだるいよね、ごめんごめん」

 語り出すと止まらないレフは、緑迷彩のカーゴパンツから携帯電話を取り出しながら言った。
「じゃあ、今からぼくの知り合いを呼ぶから、その人相手に戦ってみなよ! 軍服を着て戦ってみたい人がいるって言えば、きっと駆けつけてくれる人だからさ! 今のうちに、ウォーミングアップしておいた方が良いよ!」
「戦いたいとか言ってねぇし」
 溜め息をついて嫌がったケヴィンだが、大人しく従うことにした。金詰りの時はジャンクフードを奢ってもらっているし、チームメイトとしてもスパーリングパートナーとしてもお世話になっているので、無下に拒むことができない。
(どうせこいつの知り合いなんだから、同じように銃を使うやつが来るんだろうな。ファンネルみてぇなオモチャ兵器を使う、エマ=レジャーとか)
 気だるげに動かす猫の尻尾で円を描きながら、ケヴィンは思い耽っていた。
(いや、待てよ……。最近デビューするとかしないとか言っていた、ガチ空軍のハゲ親父かもな。”空歩兵計画”だかなんだかの性能テストをする為に、ジェットパックみてぇな装備して、色んなミサイル使うやつ。こいつ、前々から熱く語ったし、妙に詳しいと思ってたけど、もしかして知り合いなのか?)
 ケヴィンの予想はいざ知らず、レフは携帯電話で文字を打って、しばらく誰かとやり取りをし続けるのであった。

 

「此奴が”彗星”の実弟とはな。噂には聞いておったが、似ても似つかんのう」
 数十分後、模擬戦用ステージに訪れたのはオルガだった。豪華絢爛なゴスロリ服に身を包んだ少女は、その実長い年月を生きてきた老婆であり、”異端者のお茶会”と呼ばれる服飾店を営んでいる。
「なにせケヴィンは、髪や尻尾を染めていますからね! あと、お兄さんと違ってオッドアイじゃない!」
 オルガの隣に立っているレフは、興奮した様子で喋りまくっている。軍服姿のケヴィンと戦わせるため、彼女を呼んだ張本人だ。
「高貴なシャム猫に起源を持つ、異端たる貴重な白髪。好き好んで茶髪という、一過性の流行りに染まるとは、嗚呼、救い難き冒涜」
「ちなみに、ぼくの金髪は合格ですか!?」

「おめぇらのどこに接点があるんだよ……」
 盛り上がっている二人を遠巻きに眺めているケヴィンは、呆れたように呟いた。
「そりゃあ、オルガさんは戦闘服全般を扱うプロだからね! ここでいう戦闘服とは、野戦服だけとは限らない!」
 さっとケヴィンの方を振り向いたレフが言う。
「俗世の価値観への抵抗。資本主義的画一化に対するアンチテーゼ。我らが何にも染まらぬ黒で絹肌を覆うのは、雑草が蔓延る泥中にて薔薇を咲かせんとするが故」
 レフのマシンガントークに対抗するかのように、何やらオルガも語りだした。
「文化的侵略への抵抗だよ! いわば軍事心理戦として用いる、古典的な戦略! 戦争においては、兵の士気は非常に重要! その点においては、ゴスロリも立派な戦闘服さ!」
「戦列歩兵の時代、彼らの服装は極めて派手であった。敵味方の識別を容易にすることも理由の一つじゃったが、殊更に士気が勝敗に直結する時代のこと。敵を威圧し、士気を低下させる目的もあったのじゃ」
「中二が二人に増えやがった……」
 軍事関係者が来るだろうと踏んでいたケヴィンは、まさかのゲストに呆然とする他なかった。

「さすがオルガさん! 戦列歩兵を知っているなんて! “敵の黒目が見えるまで発砲するな”という教練のもと、ギリギリまで敵陣に近付いてゆく、一種のチキンレースですからね! 陣形の崩壊が敗北とほぼ同義だったから、正面攻撃の恐怖に打ち克つ兵の士気は、何よりも重要だ!」
「かの有名なチェーザレ・ボルジアが、烏合の衆に赤色の鎧を着せたところ、彼奴等は勇猛果敢によく戦ったという。軍人には概して野蛮な心象が付き纏うが、時に本職の仕立て屋を凌駕する”戦闘服”を生み出すから侮れん」
「赤色と言えば、武田信玄の”赤備え”もそうでしたよね! 特殊部隊の戦闘服は、黒や紺の単色であることが多いけど、それも心理的な威圧、威嚇効果が目的だ! 室内などに突入する際は、迷彩服を着る必要がないからね!」
「そうじゃ、黒じゃよ。黒はどんな色にも染まらない。故に如何なる意見や圧力にも左右されん。裁判官が黒の礼服を着用することは、広く知れ渡っていることの一つじゃが――」

「盛り上がってるところ邪魔しちゃ悪ぃし、おれ帰るわ」
 完全に置いてきぼりを喰らったケヴィンは、持っていた突撃銃をポイと投げ捨て、プロレスリングのようになったステージから降りようとした。
「なんたる無礼……。余興の重要性が分からぬか? メインディッシュを貪るのみは、無教養を自ら露呈する行為に違わん」
 オルガが不愉快そうな面持ちになって呼び止める。
「まずもって、おめぇらの薀蓄を凡人が理解できると思うのか?」
 ケヴィンは舌打ちしながら振り返った。
「耳を傾けようとすら思わぬか」
「だってあいつに無理矢理やらされてんだし」
 赤茶色に染めた猫の尻尾でレフを指す。
「ハロウィンなんだし、いいじゃないか!」
「いや、ハロウィン関係ねぇだろ」
 よりによって、かなり面倒そうな老婆の相手をしなきゃいけないので、ケヴィンは少なからず苛立っていた。

「嗚呼、成程。要約するに、重戦車はこの若造の腐った根性を叩き直して欲しいと見た。確かに、この俗物を劇場に引き連れることはできん。無粋な一言で興が冷める」
 レフとのマシンガントーク合戦を邪魔されたオルガは、上機嫌とは言い難い。頑固なお婆ちゃんそのものと言った風に、生意気な若者に対しては態度が厳しい。
「いや、なんでそうなるんだよ」
「やっちゃってください、オルガさん!」
 いつの間にか見えない壁を通過し、ステージから降りていたレフが叫ぶ。
「おめぇ、おれに恨みでもあんのか?」
 人を怒らせる天才と呼ばれるケヴィンが、今日は立場が逆になっているらしい。
「うん! そりゃあ、たくさん!」
「なるほどな」
 最早笑い飛ばす気にもなれなかった。

「資質が絶望的という訳ではあるまい。あの”彗星”の実弟ならば、尚更のこと。何も”少女性”とは、うら若き娘の胸中にのみ芽生えるものではない。性別や年齢をも超越する、崇高なる心の在り様じゃ」
「控えめに言ってキモいわ」
 ケヴィンは悪態垂れながらも、仕方なく投げ捨てた突撃銃を拾い直した。
「どれ……。その装備を用いて戦うという条件じゃったな。戦闘服について造詣を深めるならば、お誂え向きと呼ぶに相応しい」
 そう言いながらオルガは、片手に時計の長針を模した剣、もう片手に短針を模した防御用の短剣を、メーションによって創りだした。
「だりぃ……」
 首の骨をバキバキ鳴らしたケヴィンは、気怠げそうな動作で、結構重量のある突撃銃を構えるのであった。

 

(武器使って戦わねぇと、あいつが色々うるせぇからな)
 気怠げな表情をしているケヴィンは、物臭そうに携えていた突撃銃を、オルガの方に向けた。持っていた長針と短針を交差させて、オルガが防御態勢に入った瞬間、ケヴィンが銃を撃ちまくる!
「ケヴィン! ちゃんと指切りで撃たないと当たらないよ!」
 ステージの外に立っているレフが叫んだ通り、反動で銃口が激しくブレるため、殆どオルガに当たらない。数発ずつ小刻みに撃つようにしなければ、突撃銃は殆ど命中しないとされる。
「うるせぇ! 撃つの止めたら回り込まれるだろ!」
 アドバイスしてきたレフに反抗するように、ケヴィンは尚も引き金を引き続ける。

(熟練の度合いにもよるが、無疵で受け止められるのは、拳銃くらいが限界じゃな)
 自身を覆うような球状の半透明の防護壁――銃弾に対抗するためのメーション、”対銃弾防護壁ABB“を展開しているオルガは、弾倉が空になるまでじっと耐えている。銃弾の数発がABBを貫通し、当たった箇所の皮膚を浅く抉る。無視できないダメージだ。
「面倒臭ぇ……」
 弾が切れたことに気が付いたケヴィンは、物凄い速さでリロードを開始する。片手から七色の光を曳いての全速力。その隙にオルガは、三日月のような軌道を描きながら、高速ホバー移動でケヴィンの裏をとる。

「ほらな」
 一歩遅れてリロードを終えたケヴィンは、素早く反転してから、背後に立っているオルガの胸を、取り付けた銃剣で刺そうとした。どうぞ刺して下さいと言わんばかりに佇んでいたオルガは、真っ直ぐに繰り出された銃剣を短針で受け流す。
 その一瞬、スタミナを大きく削って、短針に強力なイメージを注ぎ込んだ。短針に触れた銃剣から、突撃銃、そしてケヴィン自身へとメーションが流し込まれて、彼の“時間”がほんの一瞬だけ停止した!
「でた! 十八番の時止めカウンター!」
 どっちの味方かも知れないレフが叫んでいる傍ら、オルガはケヴィンの心臓に、長針による深い一刺しをお見舞いする。
(此奴をブリキの玩具と侮るならば、退廃主義ゴシックが行き過ぎて腐敗の老議員じゃ)
 長針と短針を同時に霧消させたオルガは、刺突を繰り出した状態で静止しているケヴィンから、突撃銃を奪い取った。一連の流れは、一秒あるかないかの一瞬の出来事。
「奪った! ケヴィンの武装を解除した!」
 間髪入れず叫ぶレフの、喋りの速さもなかなかのもの。オルガが蝶の翅を羽ばたかせながらの、後方へのホバー移動を開始した瞬間、止まっていたケヴィンの時間が動きだした。

「は?」
 まずケヴィンは、突撃銃の代わりに空気を握り締めていたことに困惑した。しかも、至近距離にいたオルガが、何の前触れもなく遠くに瞬間移動していて、気が付けば胸に鋭い痛みが一挙に広がる。
 オルガは不敵に笑うと、ケヴィンから奪い取った突撃銃を向け、数発ほど撃って来た! ケヴィンは慌てて、七色の光を曳く高速移動で真横に逃れる。
(マジいてぇ……。死なねぇのがある意味拷問だわ)
 辛うじて銃弾を躱したケヴィン。自分は時間停止のメーションを受けた隙に、心臓を刺されたのだと理解する。流血する胸を片手で押さえる暇もなく、片手を突き出してきたオルガが、メーションで時計の針を斉射してきた。
 流石に銃弾には及ばないものの、それでも視認困難なほど超高速な時計針。人間が歩くよりも遅い速度で飛来する、何とももどかしい超低速な時計針。様々な弾速の時計針が混在した変則的な弾幕が、ステージを埋め尽くす!

(上から急降下キックを喰らわせてやるか?)
 流星に例えられるほどスピード自慢のケヴィンは、変則的な弾幕の合間を駆け巡りながら思案している。だがオルガは、時計針の斉射の合間に、斜め上に向けて超低速の時計針を撃っている。ケヴィンの急降下キックに備えた”盾”だ。
(仕方ねぇ。弾幕合戦だな)
 手始めにオルガの視界を奪うため、強烈な閃光を放とうと、ケヴィンがスピードを緩めた瞬間。見計らったようなタイミングで、オルガが両手で突撃銃を持ち上げ、ケヴィンを(ちゃんと指切り射撃で)狙い撃った!
(クッソうぜぇ……!)
 数発だけなら、時計針に当たっても大丈夫だろう。その思いこみが命取りになると思い知ったケヴィンは、目まぐるしくステージ内を駆け回る他なかった。運よく急所は外れたものの、銃弾が身体を貫通したため、結構手痛い。
 味を占めたオルガは愉悦の表情でいて、ケヴィンがステージの隅で方向転換したり、弾幕を回避するために急ブレーキをかけた瞬間などを狙って、突撃銃で射撃している。

「すごいぞう! メーションと非メーションリアルのコンビネーション弾幕だ! オルガさんのメーションは威力に劣るけど、変則的で小回りが利く。その長所を存分に生かして、ケヴィンの動きを制限しつつ、融通は利かないけど高威力かつ弾速に優れる突撃銃で、確実にダメージを奪う戦術だ!」
 すっかりオルガのムーブに魅入っているレフは、親友のことはそっちのけで、一人で叫びまくっている。
(これだから武器は持ちたくねぇんだよ……。奪われたらだりぃことになる)
 老獪なオルガによって、体力もスタミナも着実に奪われてゆくケヴィンは、心底面倒臭そうな面持ちで走り回っていた。

 

 目に見えぬほど超高速な時計針や、欠伸が出るほど超低速な時計針。時間操作のメーションを巧みに利用したオルガの弾幕の合間を、ケヴィンは七色の光を曳きながら駆け巡っていた。
 一瞬でも立ち止まれば、奪取された突撃銃で狙い撃たれてしまう。しかしながら、老獪なオルガはケヴィンの行く手を阻むように、超高速の時計針を事前に撒いていたり、超低速の時計針の嵐によって、徐々にステージのコーナーへと追い詰めたりする。そうして、方向転換や急ブレーキせざるを得ない瞬間に、一、二発ほど貰ってしまうのだ。

 数多の銃創によって、ケヴィンが倒れるのも時間の問題だと、レフが確信した直後だった。オルガがケヴィンに突撃銃を向ける――が、トリガーを引いても弾が出てこない。
(替えの弾倉も奪取しておけば良かったのう)
 その隙をしっかりと目で捉えていたケヴィンは、七色の光を曳きながらのスライディングキックで、遠距離から一気に接近してきた!
「敵武装を奪取してからのぶっつけ本番だと、性能を確認する暇もないからなあ」
 フォローするつもりで独り言を言ったレフ。オルガはと言うと、ケヴィンのスライディングキックを軽やかなサイドステップで避け、突撃銃を投げ捨てると共に、再び長針と短針を創り出した。

「うわあ! 絶妙に嫌らしい間合いだ! ケヴィンの蹴りが届かない!」
 やや遠間から、レイピアのように長針で次々と刺突してくるオルガ。本物のレイピアと違う所は、時々鞭のように刀身をしならせての斬撃を交えてくる所だろうか。
 非常に攻撃速度が速く、ケヴィンは右に左に回避することは可能でも、踏み込んで打撃を食らわせる猶予が与えられない。
(身体小さぇから攻撃が当て辛ぇ……)
 それこそ少女のように身体は華奢なのに、反撃に備えて長針と短針を突き出した上で、がに股のように低姿勢でいる。むしろ、適当に振り回しているように見える長針は牽制に過ぎず、反撃を誘ってからの鋭いカウンターに、主眼を置いているのかもしれない。
 攻めあぐねているケヴィンは、何度か軍服の表現に長針の先端が掠り、露出した肌からは血が滲んでいた。

 一か八か、ケヴィンは至近距離からのスライディングキックを試みる。連続攻撃の最中、心臓狙いの長針が真っ直ぐに突かれた時が狙い目だった。
 転ぶように背中を地面に付け、七色の光を曳きながら矢のように滑り、オルガの脛を蹴り飛ばす。石に躓いたように転倒したオルガは、難なく受け身をとって、素早くうつ伏せから仰向けに体勢を変える。
(迂闊に蹴り飛ばしても、短針に触った瞬間に時止めされる。ナイフで斬りかかっても、そこからメーションが伝導してくるから同じだ)
 ケヴィンは片足に七色の光を纏わせる。急降下キックやスライディングキックと同じ要領で、身体能力をメーションで強化し、倒れているオルガを踏み付ける魂胆だ。
 対するオルガは余裕の表情で、長針と短針をクロスさせ、ケヴィンの追撃に備えている。反応が追い付かなかったならばいざ知らず、今攻撃しても、メーションパワーが籠められた短針で受け止められ、致命的な反撃を貰う。

(逆に言えば、直接触るような攻撃さえしなければ問題ない)
 光を纏った片足を持ち上げたケヴィンは、オルガを踏み付けるわけでもなく、その場で足踏みするだけのようになった。その間、腰のホルスターから素早く、レフから借り受けたマシンピストルを引き抜く。
(ほう……?)
 ケヴィンのフェイントに合わせて、短針をより高く持ち上げたオルガは、くわっと目を見開いた。その刹那、銃口から恐ろしい連射速度で銃弾が放たれ、1秒も経たずしてマシンピストルの弾倉は空になった。全弾命中には至らなかったものの、オルガは瞬く間に蜂の巣にされてしまう。

「なんだよ、ケヴィン! 結局それ使うんじゃないか!」
 拳銃は命中率が低いし、接近戦ならナイフの方が速い。そう言っていたはずのケヴィンに対して、レフは呆れたように叫んだ。
「たまたま装備してるから使っただけだ。武器が無かったら無かったで、他の方法を採るわ」
 ケヴィンは溜め息交じりに言いながら、空になったマシンピストルをホルスターに収める。
「その理屈から言うと、仮にスコットランドのキルトを着させれば、バグパイプに興味を抱くと論結しても良いな?」
 上半身だけを起こしたオルガは、あくまで高齢者としての威厳を保とうとしていた。
「日常生活まで服に縛られるつもりはねぇし。おまえと違って、アニメキャラになりたいとかじゃねぇんだよ」
「何じゃと?」
 大層面倒くさそうな面持ちで、邪険そうにケヴィンが言い放った途端、オルガの顔色が曇った。

「いい年こいて私は周りに流されたくない、自分自身を貫くだけだとか、中二を卒業できえねぇ証拠だろ。ババアのくせに」
 猫の尻尾をぶらぶらさせながらケヴィンが言うと、眉を顰めたオルガは突き立てた長針を支えとし、おもむろに立ち上がってゆく。
「嗚呼、お主といい、男に媚びた例の魔法少女コスプレイヤーといい……近頃の若僧どもは、挙って神聖なる理念を穢しおるわ。衆愚政治に抵抗せんとす我らの戦闘服を、やれコスプレなぞ、やれ幼稚さの結晶なぞ」
「誰がいつお前に喧嘩吹っ掛けたんだよ……。被害妄想もいい加減にしろ。戦いっつったら、ステージの上で殴り合う意外ねぇだろ。バトル・アーティストなら特に」
 そうしてケヴィンが手で挑発すると、オルガは長針の切っ先を向けて対抗する。
「お主にとっては、腕の太さのみが人を測る物差しとなるか? かくなる上は、よかろう。“可憐”が弱者への侮蔑であるように、“美しさ”が強者への憧憬たり得ることを思い知れ」

(ははん、ケヴィンわざとオルガさんを怒らせたな。やられた分だけやり返すつもりだ)
 一方は刺突や斬撃で、一方はパンチやキックで、戦いの火花を激しく散らしている様を観ながら、レフは思う。口に出すとオルガの怒りに火を注いでしまう言葉だから、さすがのレフも口に出さないようにしている。
(ケヴィンのお兄さんから聞いたことがあるよ。本格的なロリィタ信仰者は、サブカルチャー的なロリータが優勢にある現状に、物凄い苛立ちを覚えているって。多分、ケヴィンもお兄さんから同じ事を聞いたんだな)
 意地を張り合っている二人の戦いは、しばらく終わりそうにない。下手に何か喋ると更に長引いてしまうそうだから、その喧嘩が終わるまでの最中、レフは珍しく無言を貫いていたという。

 

 トレーニングルームにて、オルガと喧嘩に明け暮れた末には、既に太陽が沈みかかっていた。最後まで悪態を言い合いながらオルガと別れたケヴィンは、レフに誘われるがまま、デパートエリアにあるいつものカレー屋に食べに行くのであった。

「それで、どうだった? 現代兵器を駆使して戦った感想は?」
 それまで適当に雑談していたレフは、大盛りのビーフカレーを半分ほど平らげた辺りで聞いた。
「自分で使っても面倒くせぇだけの割に、敵に使われるとマジうぜぇ印象しかないわ」
 フォークで刺したカツを、カレーの海の中に差し込みながらケヴィンが返す。
「いやあ! 間接的にも銃火器の恐ろしさを理解してくれて嬉しいよ! 銃を撃つ側は、撃たれる側の悲劇を認知し難いからね!」
「おまえが言っても、楽しそうにしか聞こえねぇな」
 呆れ半分で言いながら、中辛カレー塗れになったカツを齧るケヴィン。

「そりゃあ、本当に銃で人を殺した試しがないし、そんなぼくが言っても本職の人に失礼だろ。東流津雲村のケンちゃんが言った方が、ずっと説得力あるよ」
 レフはでっかいスプーンでご飯とカレーを掬い上げ、それを一口に放り込んだ
「あいつ銃で戦争したことあるのか?」
 クレーンの運転士免許やダイビングの資格を持っているなど、まさに”何でも屋”と称される竜山健司だから、従軍経験があったとしても何ら不思議ではない。
「まさか! でも、日頃から猟銃を使って、山の動物たちを狩っているって言うよ。最近ライブで使うようになった散弾銃は、その猟銃を改造したものなんだってさ」
「マジか。あいつ“命のやり取り”に関しては、割とドライなイメージがあったけど……」
「動物解体とか、ケヴィン駄目そうだよね」
 現代っ子のケヴィンは、グロテスクな光景が少々苦手である。最も、戦闘中の昂揚感に身を任せている状態では、自他の流血すら快感に思えるらしいが。
「食うためなんだから、仕方ねぇ」
 よりにもよって、食事中に内臓などの話題は避けたいケヴィンであった。

 
「オルガさんはどうだった?」
 ちょっと間を置いた後にレフが訊く。大盛りだったビーフカレーは、残り四分の一と言ったところか。
「マジ、クソババアだわあいつ。ただの頑固なババアじゃねぇか。よくおまえ、あんなのと付き合ってられんな」
「オルガさんは自分が“ずれている”と分かっているから、同じようにずれている人には優しいんだよ。結構交友関係広いよ」
「例えば誰と仲良いんだ?」
 訝しい目付きになってケヴィンが訊く。

「グロリアさんとか、デルフィーヌちゃんとかだね」
「あのグループか……。闇が深そうで迂闊に煽れないし、関わりたくねぇわ。ドロテアはまだマシかもってくらい」
「へえ! ああいう感じの女の子がタイプなのかい!?」
 色恋沙汰には殆ど興味がないケヴィンが、ちょっとだけでも興味を示したことは、長い付き合いであるレフにとっても珍しかった。
「あの中から選べって言われたらな。テレビのスイーツ特集を真に受けて、1時間も行列に並んでいるような女の、『可愛い~!』とか『美味しい~!』とかに一々相槌を打つのがだりぃんだよ。仮に付き合うとしたら、そういうのとは縁が無さそうな女がいいわ」
「なるほどなあ! じゃあ、カリナちゃんとかはどう? 前にカリナちゃんと、乗り物のエンジンに関する話題で盛り上がったことがあるんだけど、良い意味で男性的な趣味をしてるし、サバサバしてて感じが良いよ!」
「あいつのことよく知らねぇけど、パシリに使われそうでなんか嫌だわ。遊び友だちならまだしも。おまえと同じで、話長そうだし」
 不意にケヴィンの脳裏に、鉄道トークとミリオタトークでドッジボールをしている、カリナとレフの姿が過ぎった。

 
 それから間もなく、律儀に「ごちそうさま!」と言ったレフは、満足そうな笑顔となった。
「ん? おかわりはいらねぇのか?」
 いつもレフはこのカレー屋に来ると、少なくとも二皿は平らげる。空腹が行き過ぎている時は三皿。それなのに、今日はたったの大盛り一皿でごちそうさまをしたので、ケヴィンは僅かに彼を心配した。
「いやあ、最近重量過多になってきたのか、機動力が低下してしまってね。敵に接近された時、転進が間に合わないケースが多くなってきたんだよ。だから、ちょっとしたダイエット中なのさ」
「装備している武器を減らせばいい話だと思うけど」
 ケヴィンの皿には、後三分の一ほどのカレーが残っている。先ほどと同じように、フォークに刺したカツを、残り少ないカレーに付けている。
「別におれ待つ必要性ねぇから、用事があるなら先に帰っていいからな」
「予定なんてないし、のんびり待っているよ。強いて言うなら、書店で軍事関係の雑誌の最新号を買いに行くくらいかな。そういうケヴィンは、この後予定とかあるの?」
 微かに笑いながらレフが言うと、ケヴィンは気だるげな表情に戻ってボソッと言う。
「ゲーセンだな」
「出た、ゲーセン! よくも毎日、飽きもせず続けられるね!」
「おまえのミリオタぶりにも、同じセリフを返してぇわ。それに隠し曲を解禁するには、毎日コツコツ貢ぐしかねぇんだよ」

「ずっと前から思っていたけど、長く続けられる”スパイス”みたいなのが、存在するのかい?」
 今のレフは機嫌がいいのか、いつものようなマシンガントークばかりではなく、他者の趣味の範囲に興味を示している。ミリタリーハロウィンが相当お気に召したようだ。
「実際にプレイしてみれば、分かるんじゃねぇの?」
 刺々しい言葉を放っているが、ケヴィンも暇なご様子だ。
「お金がなあ」
 雑誌は勿論、ライブで使う装備の軍資金や、その他ミリタリーグッズのコレクションにも費用を回したい。熱中すると止まらないと分かっているレフだから、冷静さがある内には、せめて節約しようと思うのも無理はない。
「普通にプレイする分なら、缶ジュース一本犠牲にするのと同じだし、ケチんなよ。おれにはミリオタ強要して、自分だけは逃げようってか?」
「そこまで言われたらなあ! よし! ダイエットにも良さそうだし、やってみよう! ミリタリー関係の曲とかってあるのかい?」
「ガンシューティングのメインテーマなら、入ってる機種あるけど」
「そうかあ! 楽しみだなあ!」
 レフは、その後のケヴィンのカツカレーを食べるペースが、心なしか速くなったように感じていた。

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