【BAS短編】闘魂を秘めた氷晶

CHIEsさんから頂いたクローディアのDoll写真三枚をもとに、短編小説を書きました。
ちなみに見惚れてしまうようなDollのアイは、とあこさんが創られたものです。
御二方とも、本当にありがとうございました!

CHIEsさんブログ とあこさん通販ページ

 

 ◆   ◆   ◆

 

 ここは、柔らかい柑橘のアロマミストが立ち込める、”自由都市メネスト”のミシンカフェ。

 温かな木製テーブルの上に散乱する、ハンドメイドのパッチワークやキルトなどが、お花屋さんのような賑やかさを醸し出している。ツーピースを着せたトルソー、ボックスで可愛らしく座るフェルト人形、ワイヤー本立てに収めたテキストブックなどが、創作意欲を刺激する。
 初心者と思わしき少女も、店員さんに手取り足取り教えて貰って、楽しそうにミシンで縫っている。ラウンジでくつろいでいる人々は、紅茶やスコーンを味わいながら、完成したポーチやバックやをお互いに自慢し合っているようだ。

 
 小さなドールたちに、自ら仕立てたお洋服を着させる、ロココ調のフリルドレスな女の子が一人。メーションによって生命を吹き込まれた、等身大の生きた球体関節人形メーションドール、デルフィーヌだ。
 長い睫毛と、涙を溜めたような瞳が憐憫を誘う。血の通わない肌は、病的にすら思える蒼白さ。髪型は、おでこを見せるミルクティーのロングヘア。ボンネットに包まれたその童顔は、揺りかごで夢を見る赤子のようだ。
 テーブルに置かれたデルフィーヌのドールたち。赤白チェックのエプロンドレスを着た、暖かい夕陽のような眼差しで見上げる子。碧海のような神秘的なブレスレットと深紅の長髪、そして竜眼のような褐色の瞳が神秘的な子。そして、ノースリーブの水色ワンピースが爽やかで、グッと拳を握り締めている快活な子の三人だ。

 
「へぇ~、カワイイじゃないの!」
 いきなり背後から話し掛けられたから、デルフィーヌは「ひっ!?」と驚きながら振り返った。
「ペ、ペリィ様……驚かせないで下さい……」
 臆病なデルフィーヌは、微かに震えながら振り返った。
 話し掛けてきた女の子の名前はペリィ。このミシンカフェのスタッフだ。
 人種は狐人間。ホッキョクギツネのように白い肌で、鼻鏡は微かにピンク色で、獣耳には氷のように青いグラデーションが掛かっている。進化の元となった生物の特徴を、色濃く残しているタイプの人間。

 
「その子たち姉妹なの?」
 ペリィはデルフィーヌの脇から顔を突き出し、デルフィーヌのドールたちと見つめ合った。
「い、いえ。同一人物です」
 デルフィーヌは緊張しており、伏し目がちに返答した。
「そうなんだ。なんて名前?」
「クローディア様、です」
「へぇ~。……うん、クローディア様? クローディア=クック?」
 ペリィはもしやと思った。BASの看板娘である、炎のように赤い髪をしたクローディア=クックは、BASを知らない人間でも知っている程に有名。映画『E.T.』は観たことなくても、月に自転車の陰が映る名場面だけは知っている人は少なくない、それと似たようなものだろうか。
「仰る通りです……」
「へぇ~! お姫さま系に、ドラゴン風に、やる気に満ち溢れた感じの三人。どれも新鮮でカワイイじゃないの」
 ペリィは口元を緩め、更に目を細めた。彼女の瞼の青いアイラインと、目尻の跳ねたような睫毛が、デルフィーヌにはどこか優美に思えた。
「あ、ありがとうございます……」
 デルフィーヌはわざわざ立ち上がり、恭しく頭を下げた。

 
「デルフィって、クローディアのファンなの?」
「は、はい。その、御手本にしたいです……」
 デルフィーヌは座り直すと、テーブルに置かれた三人娘たちをじっと見た。
「沢山の方々に注目されても、笑顔でいられるところや、心無いこと言われても、言い返す勇気を、私も見習わなければなりませんよね……」
「そっか。デルフィ、バトル・アーティストとして修行中だからか」
 バトル・アーティスト。絶対安全な舞台ステージの上で、何でもアリなバトルで観客を魅せる者。
 かつて虐待されていたデルフィーヌは、バトル・アーティストらに救われた過去がある。もう残酷な主人の顔色を伺う必要はないからと、自分の臆病さを克服するために、自らもバトル・アーティストを志したは良いものの……BASにおいては、プロレスよろしく野次やブーイングが飛び交うことも珍しくないと聞いて、どうも怖気づいてしまうのだ。
「緊張しないように、あの方のドールを創らせて頂きました。傍にいると、励ましの言葉を頂けます」
「えっ、デルフィと同じで喋るの?」
 ペリィは、三人のクローディアの口をまじまじと見る。
「わ、私のように口を動かしたりはしません。分かり辛くてすみません……」
「ドール同士だから、喋らなくても意思疏通もできちゃうのかな」
 デルフィーヌが生身の人間ではないことは、ペリィ含め多くの人にとって周知の事実だ。この世界では――厳密にはこの惑星では、異世界人やエイリアン、ロボットなどが闊歩するのも珍しくないのだ。球体関節人形が動いたり喋ったりする程度じゃ、世間はあんまり騒がない。

 
「ところで、この子は今からアイを付けるの?」
 ペリィは、グッと拳を握り締めているクローディアを指し示しながら訊いた。
「は、はい……」
 デルフィーヌは、テーブルの隅に置かれたポーチに手を突っ込む。
「あ、あれ……?」
 何やらデルフィーヌは、顔を曇らせながらポーチの中を覗き込む。
「なくしちゃった?」
 ペリィがまばたきしながら呟く。
「私ったら、もしかして家に置きっぱなし……?」
 やがて諦めたデルフィーヌは、ポーチを掴んだまま、束の間考えを巡らす。
「せっかくですから、新しいの買ってきます。ドールショップ、近いですし」
 デルフィーヌは再度立ち上がり、ペリィに対して深々と頭を下げた。
「私もついていっていいかな?」
 ペリィは、口を僅かに開いて笑ってみせた。
「えっ……あ、あの、お仕事は……?」
 デルフィーヌは顔を固定したまま、目だけをあちこちに動かした。
「ちょうど仕事上がりなんだ」
「そ、そうだったんですか。すみません」
 再三、デルフィーヌが頭を下げる。この子が他人行儀なのはよく知っているから、ペリィは冗談っぽく笑って受け流すのであった。

 
 ◆   ◆   ◆

 
 その後二人は、少し寂れた雰囲気の商店街を歩いていた。目的のドールショップは駅近くにあり、ここを経由する方が早い。

 錆付いた看板、人目憚るように閉じられたシャッター。夜になると、仕事や育児疲れのおっさんおばさんが常連になるような、水商売の広告看板が怪しい光で誘うらしい。酒や食材の配達、受け取りをする人々がちらほら見られ、昼夜逆転した人が眠い目を擦りながら行き交う。

「兼ねてから思っております。ここはメネストらしくないと、言いますか……」
 デルフィーヌは、辺りを警戒しながら言った。古臭い外灯、錆付いた看板、若干の生臭さ、活気に乏しい空気。暗くなってからここを歩くのは、とても恐ろしいことに違いないと、ロココの少女は考える。
「ここはいわゆる、”下町”って言うんだろうね~。ずっと昔、ここは土地が安かったらしくて、上京や失業した人が集まっていた名残らしいよ。本当かは分からないけど」
 ペリィは導くように、デルフィーヌの少し先を歩いていた。時には迷路のような路地裏を、また時には足音が響くアーケードを通過し、駅近くのドールショップを目指して歩き続ける。

 
 徐々に高層ビルが近づいてきて、元気な若者と擦れ違う頻度が増した頃合。ちょっとした広場に差し掛かった時だった。
「らっしゃい、らっしゃい! 腹が減ったら肉を食え!」
 威勢のいい呼び込み声が聞こえてきた。精肉店の前に、ちょっとした行列ができているのだ。
「揚げたてアッツアツなから揚げを用意してやらぁ!」
 そう言いながら、上質な肉をスライスしている牛人間こそ、店主のアレン=グラバーだ。牛人間特有の巨体に見合わぬ繊細な包丁捌きで肉を加工して、手頃な価格で売り捌く、この商店街におけるヒーローだ。グラバー精肉店の、特大串刺しから揚げの為だけに、わざわざ駅から通い詰める少年少女も多いらしい。
 デルフィーヌとペリィは、一瞥だけして気にも留めず、広場を過ぎ去ろうとしていた。しかし、突如上がった「クローディアさん!?」という叫びに立ち止まる。

 
「クローディアさんですよね!?」
 次いで聞こえて来た声の方に向き直る。ベンチに座って、友人たちと串から揚げをつまんでいた少年グループの一人が、わたわたしながら行列へと駆け寄る。
「おー。肉食ってる?」
 なんて、呑気な挨拶をしてのける、赤髪と竜の尻尾が特徴的なスポーティ女子。間違いない。BASの看板娘、クローディア=クックだ。
「な、な、な、なんでこんな所にいるんですか!?」
 少年は行列の中ほどで立ち止まり、串刺しを持つ手を震わせている。
「グラバーのおっちゃんのお肉、昔っから大好物なんだよね。体作りの為にも、たくさん食べているんだ。今日は仕事が休みだから、のんびりやって来たの」
 クローディアは得意気な笑みを浮かべながら、精肉店の看板を何度も指差した。
「おう! 毎度世話になってんな!」
 グラバーのおっちゃんは、拳を突き上げながらクローディアに礼を言った。
「じ、じゃあ、ここクローディアさんの行きつけ!? ワァオ!」
 少年の友人たちも、興奮した様子で超有名人の元に集まって来た。「マジかYO!?」「スゲェ!」「やば」などと、騒々しくなる。居合わせた他の人々が無反応なのは、クローディアと同じ行きつけで見慣れているのか、単に話し掛けるのが恥ずかしいのか、もしくは本当に興味がないのか。

 
 遠巻きにやり取りを眺めていたペリィは、愉快そうに頭を左右に振っている。
「ちょっとデルフィー! ワンダフルな偶然じゃないの。挨拶してきたら?」
 ペリィはそう言って横を向いたが、居るはずのデルフィーヌが消えている。「あれぇ?」と呟いてキョロキョロ見回すと――臆病な球体関節人形は、ペリィの背中に隠れていた。
「どうしたの?」
 ペリィが振り向いた際、僅かに立ち位置がずれたのに合わせて、デルフィーヌも僅かに横に移動した。
「わ、私なんかが、ク、クローディア様に、気安く話し掛けて許される身分では……!」

 
 クローディアはようやっと、行列の一番前になった。グラバーのおっちゃんに『いつものやつ(常人基準でステーキ肉15食分)』を注文すると、ここぞとばかりに少年が願い出る。
「クローディアさん! 実はオレ、お願いしたいことがあるっすよ!」
「私にお願い? いいよ。あまり勝手なことしたら父さんに怒られるけど、サインとか握手くらいだったら大丈夫だよ」
 クローディアはサムズアップした。
「マジっすか! ありがとうございます! オレ、プロレスが好きですから、クローディアさんに闘魂注入・・・・して欲しいです!」
 少年は鬼軍曹と鉢合わせたかのように、背筋を伸ばして歯を食い縛った。
「プロレス、闘魂注入……? あー!」
 何やら納得したクローディアは、手をフラフラと振って脱力させると、絢爛豪華な炎、通称『華焔かえん』を纏った
「じゃ、行くよ。チェストォー!」
 と、クローディアはいきなり少年の頬を華焔ビンタした! ピシリと高鳴る衝撃と、友人グループの「What’s!?」「ウゲェ!?」「やば」という驚きの声。少年は一瞬仰け反った後、試合に勝ったスポーツ選手のように、爽やかに頭を下げた。
「ありがとうございます!」
 少年の頬に燃え移った華焔は、体内に侵入して全身を温める。メーションだからこその、物理法則を無視した現象だ。リングに入場する際、大歓声で迎えられたボクサーのように、やる気や情熱に満ち溢れ、今すぐにでも突っ走りたくなる。そして少年の瞳には、華焔が灯っている。

 
「どういたしまして。君はなんて名前なの?」
 ついでにクローディアは、愛しい宗徒ファンに握手までしてあげた。
「オレはエム・ライザーって言います!」
「へー! エムなんだー」
 クローディアの手をギュッと握っている少年の脇から、友人の一人が話し掛ける。
「痛くねーの?」
「全然! むしろ漲って来たぜ! 宿題も一気にできるわ!」
「マジ? 俺もやってもらおうかな……?」
 友人は恐るおそる、クローディアに視線を移した。
「やりたいの? いいよ!」
 クローディアはニッと笑った。そうして少年の友人や、その場に居合わせた人々も流れに乗っかって、目の前に立った人から順々に「チェストォー!」していくクローディア。
「デルフィもやって貰ったら? 情熱の火が灯るみたいだし」
 ペリィは無邪気な笑みを浮かべながら、デルフィーヌの腕を引っ張った。
「い、いいですから! 私はいいですからぁ!」
 いくら憧れの人でもビンタが怖いデルフィーヌは、しかしペリィの腕を力ずくで振り払う度胸もなく、ズルズルと引きずられていった。

 
「おー!? デルフィーヌじゃん!」
 全ての希望者に闘魂注入を終えた後、クローディアは思わぬ出会いに声を上げた。スキップ交じりの雪肌の狐人間に連れられた、デルフィーヌを見て。等身大の球体関節人形は、恥ずかしさで目を強く瞑っている。血が通っていない筈だが、微かに紅潮しているような気がする。
「クローディアさん、お会いできて嬉しいです~」
 ペリィは、ガラスの階段を登りきったように、クローディアの目の前で軽やかに静止した。
「お、お、お、お目にかかれて光栄です……」
 デルフィーヌは、身体がほぼ直角になるくらい、頭を下げながら述べた。
「そんな硬くならなくていいよー、デルフィーヌ!」
 クローディアは笑いながら言った。
「どうしてBASを知ったのか、そしてバトル・アーティストを志している理由とか、なんとなくは聞いているよ。今は修行の身なんだって? 頑張って!」
「は、は、は、はいぃ! お褒めに預かり恐縮です!」
 デルフィーヌは更に頭を下げた。そのままおでこが膝にくっ付いてしまうかも?

 
「君はデルフィーヌの友だちかな?」
 クローディアはペリィを見ながら問いかける。
「そうなんですよ~。この子、みなさんご存知の通り気が小さくて、本人もコンプレックスみたいだから、なんとか自信つけさせてあげたくて」
 ペリィはペリィなりに、デルフィーヌのことを想っているらしい。だから少々、強引な行動に出るという面もある。
「だから、闘魂注入? というのをして頂けませんか? できるだけ優しく」
「デルフィーヌにだね。いいよ!」
「ひぃっ……!?」
 デルフィーヌは竦み上がった。強烈な平手で頬を打たれてしまう。これがBAS本番のように、見えない壁の内部にいて、感じる痛みが激減されるならまだしも。今ビンタを受けてしまったら、大量の涙が流れ出るに違いない。
「じゃ、行きまーす!」
 クローディアはこれ見よがしに片手を振り上げる。一際激しい華焔が、その手に纏わる。デルフィーヌは、指先一つすら動かせない。既に涙を溜めている両目で、片手が振り下げられるのを目撃した瞬間、至近距離で大型トラックがクラクションを鳴らしたかのように、頭が真っ白になった。

 
「これあげる」
 振り下ろされた片手は、デルフィーヌの目の前で止まった。手の平の上で、焚火のように暖かな華焔が浮いている。
「……えっ? えっ?」
 呆気に取られたデルフィーヌは、涙を引っ込めて宙に浮く華焔を見つめた。
「自分でして欲しいと言った人なら大丈夫だけど、そうじゃない人にビンタしたら犯罪だからね」
 クローディアはそう言いながら、メーションで異空間からスプレー缶を取り出した。これはメーション定着剤というもので、時間経過によるメーションの劣化・霧消を防止するものだ。
「そこそこ良い物を使っているから、一週間くらいは持つと思うよ。蝋燭か何かに燃え移して、お守り代わりにしちゃって」
 スプレーを華焔に吹き付けながら、クローディアは言った。
「あっ……ありがとう御座います」
 デルフィーヌは恐縮して頭を深々と下げ、華焔を両手で受け取った。華焔はボールのように個体的な感触を持つが、羽毛のような軽さだ。肌で触れても火傷しないし、じんわり情熱だけが身体の芯まで伝わる。こうした都合の良い炎は、優れたメーション使いならではだ。
「良かったね、デルフィ」
 ペリィは口を僅かに開き、楽しそうに目を細める。

 
「クローディアさん。さっきこの人を、アーティストを志しているって言ってましたよね?」
 一番最初に闘魂注入された少年が、怪訝そうな面持ちで言った。
「そうだよ。名前はデルフィーヌ。生身の人間じゃなくて、人形なんだ」
「本当っすか?」
 少年にとってバトル・アーティストとは、クローディアのように強くて自信たっぷりな人間というイメージだ。可憐な衣装を身に付け、召使いのようにペコペコする、怖がりなこの女の子がアーティスト志望だなんて、ちょっと信じられない。「なんか弱そう」「何ができンの?」「さあ」友人グループのヒソヒソ話が聞こえて来た。
「本当だよ。そりゃあ腕っぷしは弱いけど、人形だから私たちと違って身体が硬いよ。更に氷を操るメーションで、身体の一部を氷みたいに溶かしたり、更に硬くできる。結構頑丈なんだ」
「んじゃあ、ビンタされても平気なんじゃ……?」
「それは気の持ちようなのかもねー」
「ふーん。せっかくだし、氷を操るメーション、見させてもらっていいっすか?」
 好奇心旺盛な少年は、デルフィーヌとの間合いを詰めながらお願いした。

 
(不思議……。とても御心強い。それに安堵します)
 デルフィーヌは、両手で抱いた華焔玉を見つめたまま動かない。少年の声は確かに聞こえた。いつものデルフィーヌなら、見知らぬ少年に言い寄られたなら「ひぃっ……!?」と怯んでしまうだろう。しかし、抱きしめた華焔のおかげで、元気に愛想よく応対する――までは行かないものの、平常心を保つことが可能だった。
(さぞかし、御父様や御母様と、両手を繋いで歩く御子様のような……)
「あ、あのぉ……」
 少年が声を出すと、俯いていたデルフィーヌは顔を上げた。氷のような瞳に、少年の困惑した顔が映る。
「わ、私は何をすれば宜しいのでしょうか……?」
「氷を操るメーションを……ダメでした?」
 少年は気まずい思いをした。失礼なことを言ってしまったのだろうかと。「機転利かないGirlだ」「アーティストに向かないんじゃね?」「晩年候補生、か」友人グループたちの、歯に衣着せぬやり取りは、デルフィーヌの耳にもしっかり届いていた。
(あえて助けない方がいいかもね)
 クローディアは黙って見守ることにした。なぜならデルフィーヌが臆病を改善する、絶好のチャンスに思えたからだ。
「そんな酷いこと言わないで! デルフィ優しくて手先が器用なんだから。ドールの衣装作りだって上手いし」
 ペリィは友人グループに腹を立て、友人を庇うように言った。この子がどれくらい強いとか、そんなことは全然知らないが、それでもデルフィーヌの良さをたくさん知っている。まだ思春期真っ只中の男子たちとは言え、ムキにならざるを得ない。
(そ、そういえば、ドールのアイを買いに行く最中でした)
 ペリィの言葉を耳にして、デルフィーヌは一つ閃いた。

 
 デルフィーヌは両手で持った華焔玉を、少年に見せつけるように差し出した。
「ご、ご覧下さい」
「は、はい……これを?」
 言われるままに少年は、華焔玉に注視した。
 すると、どうだろう。デルフィーヌが手で触れている箇所が、妙に輝いている気がする。丹念に磨かれた窓ガラス越しに、華焔玉を眺めているような。
 少年が瞬きしていると、次第にその輝きが華焔玉全体に、水面の波紋のように徐々に広がって行った。いや、よく見ると、光っているのではない。華焔玉が凍り始めているのだ。
「これが、氷を操るメーション……」
 少年には、メーションの修行の過酷さや、才能がある者とない者の違いなど、専門的なことはよく分からない。しかし、いくら物理法則を無視しているとは言え、炎を掻き消さないように繊細に、不純物を交えないように美しく、まるで氷晶に華焔玉を封じ込めるかのようにイメージを練るデルフィーヌは、きっと凄いアーティストなのだろうと思った。

 
 やがて華焔玉は、水晶玉のような氷に封じ込められた。内部では、微かだが尚も炎が揺らめいている。
「い、いかがでしょうか……?」
 デルフィーヌは、僅かに踏み出しながら少年に対し言った。
「気泡が凄いっすね……! 家の冷蔵庫で作るヤツより全然キレイ。当たり前だけど」
 少年は水晶玉のような氷を撫でてみた。氷と炎が丁度良い塩梅となって、まるで人肌のような感触だ。
「み、水が沸騰した時の気泡を、そのまま凍らせたら、さぞ美しいかと考えて」
 それまで肩に力が入っていたデルフィーヌは、ストンと肩を落とした。
「なんか錬金術みたいっすね。氷と炎のいいとこ取りで」
 少年は氷を撫でる感触に病みつきになっていた。興味をそそられた友人グループたちもやって来て、「どれどれ」「へぇー」「やば」などと、すっかり魅入っていた。

 
「ね、デルフィ。もしかしてそれ……」
 ペリィが傍に寄って、小さく笑いながら言う。その氷の透明度、気泡の具合などを見れば、ペリィにはデルフィーヌの思惑が分かるらしい。
「はい。こちらを御持ち頂けますか?」
 ペリィは頷き、氷玉を受け取った。少年たちは一旦離れる。デルフィーヌが氷玉に手を翳すと、内部に小さな気泡が発生した。氷玉の一部が溶けたらしい。
 二つの気泡は、ゆっくりと表面まで浮かび上がる。分離した瞬間、急速に凍りついて、小指の爪くらいの薄い氷となった。内部には華焔が封じられていて、やはり微かに揺らめいている。
「どうするんっすか、それ?」
 少年だけでなく、友人グループも――それどころか、広場に居合わせた他の人々も不思議がっている。注目される緊張してしまうが、闘魂が宿る氷を手の平に乗せているから、仄かに勇気が湧いてくる。
「何が始まるのかな?」
 クローディアにも予想が付かず、一観客として楽しげな表情をしている。

 
「あ、あの、クローディア様……!」
 意を決したデルフィーヌは、異空間からお手製のドールを取り出した。三体ある内の、ドラゴン風のクローディアを。
「頂いた闘魂、大切に使わせて頂きます。クローディア様の御跡を辿るように」
 そう言ってドラゴン風ドールのヘッドに、アイとして闘魂を秘めた氷晶を入れる。
「……それって、もしかして!?」
 クローディアは、デルフィーヌが持っているお人形が、他ならぬ自分自身をモデルにしてあることを悟る。すぐさま、他の人々も状況を飲み込んで、「わぁ」や「カワイイ」などといった、淑やかでどこか優しげな歓声が巻き起こった。
「うわー! とても可愛い!」
 デルフィーヌは、クローディアが喜んだのを見て、初めて頬を緩めることができた。両手に乗せたクローディア人形は、闘魂アイを入れたことによって、生身の人間のように温かかった。

 

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