この度、ヒラキハジメさん、オスコールさん、箱雲かつみさんによる、三名の『獄激辛ペヤング配信』を基に、文章化させて頂きました!
Vtuberの方々から依頼を頂くのは今年の目標の一つ、それが早くも叶って嬉しいです!
ヒラキハジメさん Twitter Youtube
オスコールさん Twitter Youtube
箱雲かつみさん Twitter Youtube
◆ ◆ ◆
「悪魔の食べ物、『獄激辛』をわたしに召喚して欲しいと」
この屋敷の主、オスコールは、杖を握る手に力を籠める。動く白骨遺体だからか、悪魔召喚の心得があるらしい。
「あぁ。協力して悪魔を討つんだ。俺たちの成長の為に!」
ヒラキハジメは腕を組んだまま、白い歯を見せて笑った。相棒のオートバイ、トリッカーくんに搭乗して、遠路遙々、バーチャル空間をツーリングしてやって来た。
「退屈しのぎにしても、度が過ぎている。以前、一人で激辛『MAXEND』に挑んだが……悍ましき呪術が秘められていた。況してや、獄の名を冠した上位種? 興が乗らないよ」
「でも、前の雪山の時、約束しただろ? 今度は協力プレーして、あの人にカッコイイところを見せてやろうぜってな」
過去に雪山のサバイバルで、苦楽を共にした末に、両者は気の置けない間柄となっていた。多少ならば、強引な頼みも快諾されたに違いない。だが、オスコールは重々しく頭を振るばかり。それこそが、獄激辛の苛烈さを何よりも物語る。
「面白そうな事を話してるねぇ? 私も混ぜてよ?」
何処からともなく声がすると、無数の蟲が押し寄せた。それは人型を形成すると、やがて箱雲かつみが姿を現す。
かつみは、バーチャル蠱毒の残滓を、本物の蠱毒のデータと混ぜ合わせて生まれた、蠱毒の怨念そのもの。また、ハジメと共に雪山サバイバルで苦楽を共にした、仲間の一人だ。
「断念した方が賢明だ、かつみさん。ハジメさんはともかく、君が摂取すると、
軋むような足音と共に、オスコールはかつみに歩み寄る。
「あの方への想いがこの程度に負けるわけないでしょ? それともオスコールさんは無理と?」
かつみが馬鹿にするように笑うと、「なに?」とオスコールが眼窩を狭めた。推しへの愛情を疑われ、怒りを露わにする。
「まあ、待てよ。喧嘩腰は良くないだろ、かつみさん」
ハジメは慌てて、二人の間に割って入る。
「まあ、オスコールさんに覚悟がないなら、無理強いはしませんけど」
かつみは橙のメッシュを揺らしながら、更にニコリと笑ってみせた。屋敷主に悪魔を召喚させるべく、挑発するように。
「……いいだろう。獄激辛を召喚するよ。推しへの愛の為に」
召喚を断った理由は、頭の中からとうに消え去っていた。
「そうこなきゃ。流石、オスコールさんですね」
その後は三人で、召喚の段取りをした。危険の軽減を図るため、魔的な要素が薄い場所で実行すべきだと、オスコールが提案する。「俺が言い出しっぺだからな」と、ハジメが自宅を貸し出すことで話がまとまり、その日は解散となった。
◆ ◆ ◆
後日、ハジメ宅のリビングにて。
生き血で描かれたような魔方陣が、フローリングマットに描かれている。モダンな一軒家には不釣り合いな黒魔術。IT機器を照らす照明にすら影が差し、空気は張り詰めている。
既に獄激辛が封じられた箱が召喚され、椅子に座る三人の前に置かれていた。悪魔――と言うよりは、閻魔がプリントされたフィルム。封を開けば、縁日の屋台に出される焼きそばと、何ら変わり映えしない。
「思いの外かわいらしいな。すぐにケリがつきそうだ」
そう言ってハジメは両隣を見た。優雅に酒を味わうオスコールと、訝しげに箱を突っついているかつみ。景気付けに、ハジメも酒を一杯飲んだ。そして、祈るように両手を合わせ、再度オスコールとかつみを見て、すぅ、と深く息を吸う。
「それでは、いただきます!」
ハジメの声で、狂宴は幕を切って落とされた。何も問題はない。一口喰らってやろう。何も怖ろしい事はない。
だがその油断を合図に、悪魔はハジメに牙を剥く。
「ヤバイヤバイヤバイ、来てる来てる来てる!!」
痛い。悪魔の攻撃が口の中を駆け巡る。今まで感じたことのない激流が精神をかき乱す。彼はこの時ようやく理解した。この箱を開けてはならなかった。ヒトの手に余るものだと。
「失ったはずの舌が、ヤスリで削られるかのようだ」
オスコールは、存在しない胃や腸が、きりきりと締めつけられる激痛に苛まれた。いわゆる幻肢痛は、かつて挑んだMAXENDを想起させる。ふいに、死者は歓喜に震えた。
「懐かしい……!」
有り余る激辛に、生者だった時の感覚が、蘇ったのだ。
「確かに思ったよりは強いが、所詮この程度か」
かつみに至っては、内心すこし落胆していた。この程度の悪魔を喰らい、内に巣食う蟲どもと戦わせたところで、大した力は手に入らないと。策略が徒労に終わり、ため息を一つ。
五臓六腑がヒリつくハジメは、箸を持つ手が止まっていた。が、悪魔をひたすら喰らう二人を見て、改めて決意する。
「そうだ、これは協力プレーだ」
漢には戦わねばならない時がある。生の実感に打ち震える死者と、平然と悪魔を喰らう蠱毒の化身は、多大な勇気を齎す。姿形は違えど、彼らとて「漢」なのだ。前へ進むという漢の矜持を前に、尻込みをしてはいられない。
たとえ一歩ずつでも、醜くとも、狂喜乱舞しようとも。時に呻いた。時に涙した。時に歌って……痛みに耐えた。
◆ ◆ ◆
ついに、三人の目の前には、空になった箱があった。
「終わった……! 地獄が……!」
最後の一口が、胃の腑に収まった瞬間、ハジメは背中を椅子の背もたれに押し付けた。安堵の余りに糸が切れたようになって、危うく椅子から転げ落ちそうにもなった。
ハジメはその時、ようやく皆の仲間になる資格を得た気がした。この儀式は決して無益ではなく、その険しい道のりを分かち合い、友情を確かめ合うものだと。彼の胸には二つの気持ちが芽生えた。達成感と、二度とやらねぇという戒めが。
「かつて挑み果てた18禁カレーとはまた違った形で、『悪魔の力』を内包した恐怖、そのものだったよ」
おもむろに箸を置いたオスコールは、タチの悪い夢から覚めたような気分だった。推し云々はどこへやら、苦境を乗り越えたという安堵だけが、心を満たしていた。
二人を余所にしてかつみは、思っていた程の力を得ることができずに終わり、遣る瀬無い表情で虚空を見詰めていた。
「18禁カレーか。それはこれよりも辛いんですかねぇ?」
しかし、18禁カレーの言葉を耳にするなり、怪しくひっそりと笑う。次なる獲物を視界に捉え、無数の蠱が蠢動する。
「全ては、あのお方の為……ふふふ」
次は18禁カレーを喰らってやろう。喰らって、手にした悪魔の力で、あの方に更なる狂信を捧げる為に。かつみは早くも、オスコールを焚き付ける口実について、企てていた。
身体を形成する無数の蟲が、熱狂して蠢き、今にも忘我の境に入りそうだ。その熱情こそが、かつみが喰らった新たなる力の実態なのかも知れない。或いは、愛とも呼ばれる、万物を破滅に至らせる劇毒。
「鯖の味噌煮を召喚するなら、嬉々と承るんだけどね」
快哉を叫ぶハジメと、不敵に微笑むかつみを尻目に、オスコールは苦笑するのであった。